司馬相如 《子虚賦 》(4子虚は「よろしいです。」と言って、話を始めた。斉王は、千台の馬車をしたてられ、万人の騎兵をよりすぐられ、海岸地帯で狩りをされました。兎に網をかぶせ、鹿を車輪にかけ、麋(へらしか)を射とめ、麟(大きなめじか)でさえ足を押さえ捕獲したのです。

 

2013年9月10日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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司馬相如 《子虚賦 》(4)#2-1 文選 賦<109-#1-39分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩883 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2963

 

 

(4)#2-1

子虛曰:「可。

子虚は「よろしいです。」と言って、話を始めた。

王駕車千乘,選徒萬騎,田於海濱。

斉王は、千台の馬車をしたてられ、万人の騎兵をよりすぐられ、海岸地帯で狩りをされました。

列卒滿澤,罘罔彌山.
兎に網をかぶせ、鹿を車輪にかけ、麋(へらしか)を射とめ、
掩莵轔鹿,射麋格麟。

麟(大きなめじか)でさえ足を押さえ捕獲したのです。
騖於鹽浦,割鮮染輪。
射中獲多,矜而自功。

王は、仕留められたのが大猟であり、そのことが自慢で誇りとされた。

顧謂僕曰:「楚亦有平原廣澤、游獵之地,饒樂若此者乎?

私の方を振り返られると謂われた。「あなたの故郷である楚の国にも、この地と同じぐらい狩猟のできる平野や大湿原があるだろうが、豊かでこんなに楽しい場所としているのだろうか。」と。

楚王之獵,孰與寡人?」

そして、「楚王のなさる狩猟は、私のそれと比較して、どちらが立派で、上だろうか」とお尋ねになりました。

 

(5)#2-2

僕下車對曰:「臣,楚國之鄙人也,幸得宿衛十有餘年,

時從出遊,遊於後園,覽於有無,然猶未能遍睹也;

又烏足以言其外澤者乎?」

齊王曰:「雖然,略以子之所聞見言之。」

 

(4)#2-1

子虛 曰く:「可なり。」と。「王駕車は千乘【せんじょう】,

徒【と】萬騎を選びて,海濱に田【かり】す。

列卒 澤に滿ち,罘罔【ふもう】山に彌【わた】り,

莵【うさぎ】を掩い鹿を轔【す】り,麋【び】を射 麟【りん】を格す。

鹽浦【えんぽ】に騖【は】せ,鮮を割きて輪に染【なす】る。

射中【あ】てて獲【えもの】多く,矜【ほこ】りて自ら功とす。

顧【かえり】みて僕に謂いて曰く:

「楚にも亦 平原廣澤、游獵の地の饒【ゆた】かに樂しきこと此【か】くの若き者 有りや?」と。

「楚王の獵【りょう】,寡人【かじん】孰與【いずれ】ぞ?」と。

 

(5)#2-2

僕 下車より 對えて曰く:「臣は,楚國の鄙人【ひじん】なり。

幸いにして宿衛【しゅくえい】を得たること十有餘年。

時に從いて出で遊び,後園に遊び,有無を覽たり。

然れども猶お未だ遍【あまね】く睹【み】る能わず;

又 烏【いずく】んぞ以て言其の外澤【がいたく】をいうに足らんや?」と。

齊王 曰く:「然りと雖も,略【ほぼ】 子が之聞き見たらん所を以て之を言え。」と。

野鴨0131 

 

『子虚賦』4回目 現代語訳と訳註

(本文) (4)#2-1

子虛曰:「可。王駕車千乘,選徒萬騎,田於海濱。

列卒滿澤,罘罔彌山,掩莵轔鹿,射麋格麟。

騖於鹽浦,割鮮染輪。射中獲多,矜而自功。

顧謂僕曰:「楚亦有平原廣澤、游獵之地,饒樂若此者乎?

楚王之獵,孰與寡人?」

 

 

(下し文) (4)#2-1

子虛 曰く:「可なり。」と。「王駕車は千乘【せんじょう】,

徒【と】萬騎を選びて,海濱に田【かり】す。

列卒 澤に滿ち,罘罔【ふもう】山に彌【わた】り,

莵【うさぎ】を掩い鹿を轔【す】り,麋【び】を射 麟【りん】を格す。

鹽浦【えんぽ】に騖【は】せ,鮮を割きて輪に染【なす】る。

射中【あ】てて獲【えもの】多く,矜【ほこ】りて自ら功とす。

顧【かえり】みて僕に謂いて曰く:

「楚にも亦 平原廣澤、游獵の地の饒【ゆた】かに樂しきこと此【か】くの若き者 有りや?」と。

「楚王の獵【りょう】,寡人【かじん】孰與【いずれ】ぞ?」と。

  

(現代語訳)

子虚は「よろしいです。」と言って、話を始めた。

斉王は、千台の馬車をしたてられ、万人の騎兵をよりすぐられ、海岸地帯で狩りをされました。

兎に網をかぶせ、鹿を車輪にかけ、麋(へらしか)を射とめ、麟(大きなめじか)でさえ足を押さえ捕獲したのです。

王は、仕留められたのが大猟であり、そのことが自慢で誇りとされた。

私の方を振り返られると謂われた。「あなたの故郷である楚の国にも、この地と同じぐらい狩猟のできる平野や大湿原があるだろうが、豊かでこんなに楽しい場所としているのだろうか。」と。

そして、「楚王のなさる狩猟は、私のそれと比較して、どちらが立派で、上だろうか」とお尋ねになりました。

  

(訳注)(4)#2-1

子虛曰:「可。

子虚は「よろしいです。」と言って、話を始めた。

 

王駕車千乘,選徒萬騎,田於海濱。

斉王は、千台の馬車をしたてられ、万人の騎兵をよりすぐられ、海岸地帯で狩りをされました。

・千乘 千台の馬車。

・萬騎 万人の騎馬兵。

 畋【かり】

 

列卒滿澤,罘罔彌山

士卒たちは谷間にあふれ、獣を獲る網は山々を覆い尽くしたのです。

 

掩莵轔鹿,射麋格麟。

兎に網をかぶせ、鹿を車輪にかけ、麋(へらしか)を射とめ、麟(大きなめじか)でさえ足を押さえ捕獲したのです。

・麋 (1)大きい鹿。 (2)ヘラジカ。

・麟 大きな雌じか。格麟=獲麟(かくりん)。中国の歴史書である『春秋』の最後に書かれた出来事で、後世には転じて「物事(あるいは人生)の終わり」の意味で用いられる。

 

騖於鹽浦,割鮮染輪。

海辺の入り江の湿地に馬を走らせながら、獲物の肉を割き、車輪についた海の塩にすりつけて食べるというありさまでした。

・鹽浦 海辺の入り江の湿地。

・割鮮 獲った獲物の肉を割くこと。

・染輪 (獲った獲物の肉を割いたものを)車輪についた海の塩にすりつけて食べる。

 

射中獲多,矜而自功。

王は、仕留められたのが大猟であり、そのことが自慢で誇りとされた。

 

顧謂僕曰:「楚亦有平原廣澤、游獵之地,饒樂若此者乎?

私の方を振り返られると謂われた。「あなたの故郷である楚の国にも、この地と同じぐらい狩猟のできる平野や大湿原があるだろうが、豊かでこんなに楽しい場所としているのだろうか。」と。

 

楚王之獵,孰與寡人?」

そして「楚王のなさる狩猟は、私のそれと比較して、どちらが立派で、上だろうか」とお尋ねになりました。
yayoipl07