司馬相如 《上林賦 (41)(亡是公がこのように話し終えると)ここに至って、子虚と烏有先生は、厳粛な面もちで、また茫然自失した様子で、あとすざりして席から下り、発言する、「私どもは田舎者で見識が狭く、恐れを知らない議論をしてしまいました。


2013年11月12日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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司馬相如 《上林賦 (41)#13-5  文選 賦<110-13513分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩946 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3278

(上林賦―最終回)

 

(39)#13-3

於斯之時,天下大

この時に至って、万民は大いに喜び、

向風而聽,隨流而化;

風になびくように従い、流れにのるように感化される。

芔然興道而遷義,刑錯而不用;

盛んな勢いで、道に志し、義に向かったのであった。その結果、刑罰は捨て置かれて用いられず、

德隆於三皇,而功羨於五帝:

天子の徳は、三皇より高く、功業は、五帝よりも大きいものとなった。

若此,故獵乃可喜也。

こういう次第であるからこそ、はじめて、天子の狩猟は喜ばしいものといえるのである

 

(40)#13-4

若夫終日馳騁,勞神苦形,

それにひきかえ、終日馬を走らせ、精神と肉体を疲れさせ、

疲車馬之用,抏士卒之精,

車馬を使いものにならなくさせ、兵士の気力を損ない、

費府庫之財,而無德厚之恩;

倉庫の財産を浪費し、一方、君主の厚い恩沢が下に及ぶわけでもなく、

務在獨樂,不顧衆庶。

もっぱら自分だけ楽しむことにつとめ、民衆のことなど頚になく、

忘國家之政,貪雉兔之獲,則仁者不由也。

国家の政務を忘れ、雉や兎を多く捕まえようとする、そういった狩りの在り方は、仁者の行わないものである。
杏の白花012

 

(41)#13-5

從此觀之,齊、楚之事,豈不哀哉!

以上のことから考えてみると、斉工・楚王の狩りの様子は、何とも悲しむべきではないか。

地方不過千里,而囿居九百,

国の土地が千里四方もないのに、狩り場は九百里四方を占めている。

是草木不得墾辟,而人無所食也。

これでは、野や林を開墾することができず、人々は、食べてゆくこともできないだろぅ。

夫以諸侯之細,而樂萬乘之侈,僕恐百姓被其尤也。」

そもそも、諸侯の分際で、天子の賛沢を楽しんでいるようでは、民衆がそのしわよせを受けるのではないかと、私には心配でならない。」と。

 

於是二子愀然改容,超若自失,

(亡是公がこのように話し終えると)ここに至って、子虚と烏有先生は、厳粛な面もちで、また茫然自失した様子で、

逡巡避席曰:「鄙人固陋,不知忌諱,

あとすざりして席から下り、発言する、「私どもは田舎者で見識が狭く、恐れを知らない議論をしてしまいました。

乃今日見教,謹受命矣。」

それを今日、教えさとしていただきました。謹んで先生のお教えに従いたいと思います。」と。



長安付近図00 

『上林賦』 現代語訳と訳註

(本文) (41)#13-5

從此觀之,齊、楚之事,豈不哀哉!

地方不過千里,而囿居九百,

是草木不得墾辟,而人無所食也。

夫以諸侯之細,而樂萬乘之侈,僕恐百姓被其尤也。」

 

於是二子愀然改容,超若自失,

逡巡避席曰:「鄙人固陋,不知忌諱,

乃今日見教,謹受命矣。」

 

 

 

(下し文) (41)#13-5

此れに從りて之を觀れば,齊、楚の事,豈に哀sじからず哉!

地方千里を過ぎずして,囿 九百に居る,

是れ草木 墾辟することを得ずして,人 食う所無し也。

夫れ諸侯の細を以て,而して萬乘の侈【おごり】を樂しむ,僕 恐るらくは百姓の其の尤【とが】を被らんことを。と。

 

是に於いて二子 愀然【しゅうぜん】して容を改め,超若として自失し,

逡巡して席を避りて曰く:「鄙人【ひじん】固陋【ころう】にsぎて,忌諱【きき】することを知らず,

乃ち今日教へられぬ,謹しんで命を受けなん。」と。

 

 

 

(現代語訳)

以上のことから考えてみると、斉工・楚王の狩りの様子は、何とも悲しむべきではないか。

国の土地が千里四方もないのに、狩り場は九百里四方を占めている。

これでは、野や林を開墾することができず、人々は、食べてゆくこともできないだろぅ。

そもそも、諸侯の分際で、天子の賛沢を楽しんでいるようでは、民衆がそのしわよせを受けるのではないかと、私には心配でならない。」と。

(亡是公がこのように話し終えると)ここに至って、子虚と烏有先生は、厳粛な面もちで、また茫然自失した様子で、

あとすざりして席から下り、発言する、「私どもは田舎者で見識が狭く、恐れを知らない議論をしてしまいました。

それを今日、教えさとしていただきました。謹んで先生のお教えに従いたいと思います。」と。

 

 

(訳注) (41)#13-5

從此觀之,齊、楚之事,豈不哀哉!

以上のことから考えてみると、斉工・楚王の狩りの様子は、何とも悲しむべきではないか。

 

地方不過千里,而囿居九百,

国の土地が千里四方もないのに、狩り場は九百里四方を占めている。

 

是草木不得墾辟,而人無所食也。

これでは、野や林を開墾することができず、人々は、食べてゆくこともできないだろぅ。

・墾辟 開墾

 

夫以諸侯之細,而樂萬乘之侈,僕恐百姓被其尤也。」

そもそも、諸侯の分際で、天子の賛沢を楽しんでいるようでは、民衆がそのしわよせを受けるのではないかと、私には心配でならない。」と。

・諸侯之細 諸侯の分際というほどの意。

 

於是二子愀然改容,超若自失,

(亡是公がこのように話し終えると)ここに至って、子虚と烏有先生は、厳粛な面もちで、また茫然自失した様子で、

・愀然 (1) (表情が)不快げな.(2) 厳粛な,重々しい.

・超若 がっかりして気が抜けた様子。

 

逡巡避席曰:「鄙人固陋,不知忌諱,

あとすざりして席から下り、発言する、「私どもは田舎者で見識が狭く、恐れを知らない議論をしてしまいました。

・忌諱 いやがって嫌うこと。いみはばかること。

 

乃今日見教,謹受命矣。」

それを今日、教えさとしていただきました。謹んで先生のお教えに従いたいと思います。」と。

 

 

 

此れに從りて之を觀れば,齊、楚の事,豈に哀しからず哉!

地方千里を過ぎずして,囿 九百に居る,

是れ草木 墾辟することを得ずして,人 食う所無し也。

夫れ諸侯の細を以て,而して萬乘の侈【おごり】を樂しむ,僕 恐るらくは百姓の其の尤【とが】を被らんことを。」と。

 

是に於いて二子 愀然【しゅうぜん】して容を改め,超若として自失し,

逡巡して席を避りて曰く:「鄙人【ひじん】固陋【ころう】にsぎて,忌諱【きき】することを知らず,

乃ち今日教へられぬ,謹しんで命を受けなん。」と。

終南山04