班固《兩都賦序》(8) 西の長安の長老どもは、ことごとく恨みを抱き、天子の愛顧をこいねがい、大いに長安の旧制をたたえ、洛陽の都をおそまつだという議論がある。だから私は「両部の賦」を作り、長安の衆人の誤った偏見を追究し、東都洛陽の礼法にかなった今の制度をもって論破するのです。その西都・東都に関する文辞は次のとおりである。

2013年11月20日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(8) 文選 賦<111―8>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩954 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3318
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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班孟堅(班固) 《両都賦序》(8) 文選 賦<111813分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩954 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3318

 

#6

#6

稽之上古則如彼,考之漢室又如此。

これを上古に考えても、皐陶の例のとおり、これを漢の王室に考えても司馬相如らのとおり。

斯事雖細,然先臣之舊式,

賦を作るということは、とるに足らぬことではあるが、先人のしきたりであり、

國家之遺美,不可闕也。

漢の王室が今に残した美事であり、今の世も欠いてはならぬものである。

之を上古に稽【かんが】えるに則ち彼の如く,之を漢室に考えるに又た此の如し。

斯の事 細なりと雖も,然も先臣の舊式,

國家の遺美【いび】にして,闕く可からず也。

 

#7

臣竊見海清平,朝廷無事,

さて私が、ひそかに観察してみると、天下のはてまでも太平であり、朝廷も仕事上の問題は全くないのである。

京師脩宮室,浚城隍,

京都洛陽では、宮室を造営し、城の堀を深くしたのである。

起苑囿,以備制度。

皇帝の巡狩の禁苑を起こし、それから、諸制度を整備したのである。

臣 竊【ひそか】に見る海【かいだい】清平,朝廷は事無し。

京師に宮室を脩め,城隍【じょうこう】を浚【ふかく】す。

苑囿【えんゆう】を起し,以って制度を備う。

カンナ113 

#8

西土耆老,咸懷怨思,冀上之睠顧,

西の長安の長老どもは、ことごとく恨みを抱き、天子の愛顧をこいねがい、

而盛稱長安舊制,有陋雒邑之議。

大いに長安の旧制をたたえ、洛陽の都をおそまつだという議論がある。

故臣作兩都賦,以極眾人之所眩曜,

だから私は「両部の賦」を作り、長安の衆人の誤った偏見を追究し、

折以今之法度。其詞曰。

東都洛陽の礼法にかなった今の制度をもって論破するのです。その西都・東都に関する文辞は次のとおり、

西土の耆老【きろう】,咸【みな】怨思を懷【いだ】きて,上の睠顧【けんご】冀【こいねが】う。

而して盛んに長安の舊制を稱し,雒邑【らくゆう】を【ろう】と陋【ろう】するの議有り。

故に臣 兩都の賦を作り,以って眾人の眩曜【げんよう】する所を極め,

折【くじ】くに 今の法度を以てす。其の詞に曰く。

 pla033

 

兩都賦序』 現代語訳と訳註

(本文) #8

西土耆老,咸懷怨思,冀上之睠顧,

而盛稱長安舊制,有陋雒邑之議。

故臣作兩都賦,以極眾人之所眩曜,

折以今之法度。其詞曰。

 

 

 

(下し文)

西土の耆老【きろう】,咸【みな】怨思を懷【いだ】きて,上の睠顧【けんご】冀【こいねが】う。

而して盛んに長安の舊制を稱し,雒邑【らくゆう】を【ろう】と陋【ろう】するの議有り。

故に臣 兩都の賦を作り,以って眾人の眩曜【げんよう】する所を極め,

折【くじ】くに 今の法度を以てす。其の詞に曰く。

 

(現代語訳)

西の長安の長老どもは、ことごとく恨みを抱き、天子の愛顧をこいねがい、

大いに長安の旧制をたたえ、洛陽の都をおそまつだという議論がある。

だから私は「両部の賦」を作り、長安の衆人の誤った偏見を追究し、

東都洛陽の礼法にかなった今の制度をもって論破するのです。その西都・東都に関する文辞は次のとおりである。

杏の白花012 

(訳注) #8

西土耆老,咸懷怨思,冀上之睠顧,

西の長安の長老どもは、ことごとく恨みを抱き、天子の愛顧をこいねがい、

西土 洛陽の西地方の長安。

耆老 者は六十歳(『爾雅』、曲礼)、または七十以上(『説文』)。老は七十(『説文』)、五十以上の説あり。父老。漢に三老の制があり教化の職に当たる。

上之睠顧 天子の愛顧。

 

而盛稱長安舊制,有陋雒邑之議。

大いに長安の旧制をたたえ、洛陽の都をおそまつだという議論がある。

晒 せまい。後漢初めの文人杜篤(ととく)に「都を論ずるの賦」がある。その中に「洛邑の淳濚(小さいさま)たる、なんぞぞ以て万乗(光武帝)を居らしむるに足らんや。」という。洛陽遷都に反対し帝王を風刺する一節。洛陽が長安より小さいことが問題となっていた一例である。ただし実は旧都長安を見棄てはすまいかという不安があったからである。この杜篤も長安近く杜陵の人であった。「洛邑を陋とする議あり」の中には、この賦のことも班固の念頭にあったろう。

雒邑 洛陽の都。邑は国都。

 

故臣作兩都賦,以極眾人之所眩曜,

だから私は「両部の賦」を作り、長安の衆人の誤った偏見を追究し、

眩曜 まばゆいばかりに光りかがやくこと。まぶしくて目がくらむこと。また、目をくらますこと。

 

折以今之法度。其詞曰。

東都洛陽の礼法にかなった今の制度をもって論破するのです。その西都・東都に関する文辞は次のとおりである。
 珠櫻001