班固《西都賦》(6) まさに南の秦嶺の山を望見し、北の丘陵を遠望する。長安の西の灃水と東の㶚水とを帯とし、龍首の山を足場とする所。ここに大いなる帝都の基礎を、億という年までもゆるがぬよう地固めし、宏大な規模になるよう見積もりして、大々的に着工する。


2013年11月26日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(6)#2-4 文選 賦<112―6>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩960 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3348
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(26)-#24韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <873>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3349韓愈詩-220-#24
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3350 杜甫詩1000-608-864/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 85蘇武 《詩四首 其二》 古詩源  漢詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3351 (11/26)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 寄人 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞 Gs-361-7-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3352
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

班孟堅(班固)《西都賦》(6)2-4 文選 賦<112618分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩960 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3348



(3)#2-1

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。

(天命の西都) 漢の西都は薙州にあり、これを長安と名づける。

左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。

東のかたは、函谷と二崤の要害に護られ、太華・終南の山々は都の目標となる。

右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。

西のかたは、褒斜・隴首の険が自然の境界となり、黄河・淫水・澗水の川が都を帯のようにとりまく。

眾流之隈,汧涌其西。

かすかずの流れは湾曲し、その西に汧水の川が、大地よりふき出して流れる。

 (4)#2-2

華實之毛,則九州之上腴焉;

草木五穀の花実を結ぶこの地こそは、天下の中でも恵まれた上等の肥沃な土壌である。

防禦之阻,則天地之隩區焉。

外敵をふせぐ要害にかこまれた土地こそは、天地の中でも住むに足るの土地である。

是故橫被六合,三成帝畿。

されば、長安の大地の恩恵は、天地四方にあまねく行きわたり、三たび帝都の地となり、

周以龍興,秦以虎視。

周はこの地により龍のごとくさかえ、秦はこの地により虎のごとく天下をにらみつけた。

 (5)2-3

及至大漢受命而都之也,

大漢は天命を受けたのでここに都を定めるにいたったのである。

仰悟東井之精,俯協河圖之靈。

天を仰げば、蕹州の分野を司る東井の星座の神霊が、ここを都とせよと示すを悟り、目を伏せ地を見れば、黄河より現れ出た河図の霊妙なしるしにも、ここを都とする希望にうまく合う。

奉春建策,留侯演成。

奉春君の婁敬も洛陽にまさる地の利は長安と献策すれば、留侯の張良はこれを助けて完成する。

天人合應,以發皇明。

天と人と、あい応じて、高祖の明察を導き開く。

乃眷西顧,寔惟作京。

かくてまなざしをめぐらし西のかたをかえり見られて、ここ長安に都を造営された。

 (6)2-4

於是睎秦嶺,北阜。

まさに南の秦嶺の山を望見し、北の丘陵を遠望する。

挾灃灞,據龍首。

長安の西の灃水と東の㶚水とを帯とし、龍首の山を足場とする所。

圖皇基於億載,度宏規而大起。

ここに大いなる帝都の基礎を、億という年までもゆるがぬよう地固めし、宏大な規模になるよう見積もりして、大々的に着工する。

肇自高而終平,世增飾以崇麗。

はじめは、高祖より平帝に至るまで、代々普請を増して、美観はいやましに麗しいいのである。

歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

帝位は世々十二代の長きにわたり継承されたので、物心ともにおごりを極めたものとなる。

長安 五原八水00 


 


『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (6)#2-4

於是睎秦嶺,北阜。

挾灃灞,據龍首。

圖皇基於億載,度宏規而大起。

肇自高而終平,世增飾以崇麗。

歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

 


(下し文) (6)#2-4

是に於いて秦嶺を睎【のぞ】み,北阜【ほくふ】【み】る

灃・灞【ほう・は】を【さしはさ】んで,龍首に據【よ】る。

皇基を億載【おくさい】に【はか】り,宏規を度【はか】りて大いに起す。

高自り肇【はじ】めて平に終り,世【よよ】に飾を增して以って麗を崇【ま】し。

十二の延祚【えんそ】を歷【へ】たり,故に泰【おごり】を窮めて侈【おごり】を極む。

 


(現代語訳)

まさに南の秦嶺の山を望見し、北の丘陵を遠望する。

長安の西の灃水と東の㶚水とを帯とし、龍首の山を足場とする所。

ここに大いなる帝都の基礎を、億という年までもゆるがぬよう地固めし、宏大な規模になるよう見積もりして、大々的に着工する。

はじめは、高祖より平帝に至るまで、代々普請を増して、美観はいやましに麗しいいのである。

帝位は世々十二代の長きにわたり継承されたので、物心ともにおごりを極めたものとなる。

 


(訳注) (6)2-4

於是睎秦嶺,北阜。

まさに南の秦嶺の山を望見し、北の丘陵を遠望する。

〇睎 遠くを見る。

〇秦嶺 終南山、または南山という。秦嶺山脈は終南山3015mから太白山3767mに続く平均3000mの嶺を云う。

 視る。注視する。

〇北阜 北方の山。

 


挾灃灞,據龍首。

長安の西の灃水と東の㶚水とを帯とし、龍首の山を足場とする所。

〇灃 終南山に源を発し、長安の西方を北流して渭水に注ぐ。

〇灞 秦嶺山脈より発し、長安の東方を北流し滻水と合流して渭水に注ぐ。

〇龍首 長安城内にのびてきている龍首の山には、これにそって宮殿など建てられた。

長安付近図00 


圖皇基於億載,度宏規而大起。

ここに大いなる帝都の基礎を、億という年までもゆるがぬよう地固めし、宏大な規模になるよう見積もりして、大々的に着工する。

〇皇基 皇は大。大きな都城建築の基礎。

〇億 十万を億と名づけられている。載は年。

〇度 はかる。一本「慶」に作る。羌に通じ、その場合「ああ」という意。

 


肇自高而終平,世增飾以崇麗。

はじめは、高祖より平帝に至るまで、代々普請を増して、美観はいやましに麗しいいのである。

〇増・崇 前者はもとの物につけ加えてます。後者はその事のため美観をますこと。

 


歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

帝位は世々十二代の長きにわたり継承されたので、物心ともにおごりを極めたものとなる。

〇十二之延祚 高祖・意帝・呂后・文帝・景帝・武帝・昭帝・宣布二刀帝・成帝・京帝・平帝まで十二帝。前二〇六年より紀元五年まで二百十一年。延は長い。辞は帝位。班固は宣帝の曾孫花子嬰の在位を認めない。僅か三年で王葬に廃せらる。

〇泰 汰と同じ。おごり。侈も意味的には同じだが、泰は気分的、侈は物質的。

終南山03