班固《西都賦》(11) 三つの選ばれた人々で、二陵と五陵計七陵に遷移されて、陵墓の奉仕にあてられたのである。まさしく、漢の幹となる王室を強くし、枝となる諸侯の力を弱め、中央集権体制を強化し、帝都を天下一に高めて、万国に誇示することであった。

 

2013年12月1日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(11)#4-2 文選 賦<112―11>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩965 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3373
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《讀皇甫湜公安園池詩書其後〔一本為二首。〕》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <878>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3374韓愈詩-221ー#4
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 706 《章梓州橘亭餞成都竇少尹〔章使君橘亭餞成都竇少尹〕〔得涼字。〕》 蜀中転々 杜甫 <613>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3375 杜甫詩1000-613-869/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 虞美人二首 其二 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-366-8-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3377
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(11)4-2 文選 賦<1121118分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩965 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3373

 

 

(10)4-1

(王室の七陵)-1 

若乃觀其四郊,浮遊近縣,

さて、できるなら、長安四方の郊外をとくと眺めていただき、近県を周遊してみる。

則南望杜,北眺五陵。

南に杜陵と㶚陵の二陵をはるかに望み見て、北に長陵・安陵・陽陵・茂陵・平陵の五陵が見わたされる。

名都對郭,邑居相承。

そこには名高い諸侯の屋敷町が、長安の城郭と向かいあい、村里がこれにつづいてあいつらなる。

英俊之域,紱冕所興。

こここそは人の中でもすぐれた人が住む地域、高位高官の士が生まれる土地。

 

(11)4-2

冠蓋如雲,七相五公。

衣冠装束の士の馬車が、雲のごとく群がり、七人の丞相と五人の大臣が住んだ場所である。

與乎州郡之豪傑,五都之貨殖。

これら高官は、州郡の豪族であり、洛陽・邯鄯・臨溜・宛・成都の五つの都市の富豪と共にあるのである。

三選七遷,充奉陵邑。

三つの選ばれた人々で、二陵と五陵計七陵に遷移されて、陵墓の奉仕にあてられたのである。

蓋以強幹弱枝,隆上都而觀萬國也。

まさしく、漢の幹となる王室を強くし、枝となる諸侯の力を弱め、中央集権体制を強化し、帝都を天下一に高めて、万国に誇示することであった。

長安付近図00 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (11)4(王室の七陵)--2

冠蓋如雲,七相五公。

與乎州郡之豪傑,五都之貨殖。

三選七遷,充奉陵邑。

蓋以強幹弱枝,隆上都而觀萬國也。

 

(下し文) (11)4-2

冠蓋【かんがい】雲の如く、七相【しちしょう】五公あり。

州郡の豪傑と五都の貨殖【かしょく】と、

三選七遷【しちせん】して、陵邑【りょうゆう】に充奉す。

蓋し以て幹をくし枝を弱くし、上都を隆にして萬國【ばんこく】に観【しめ】すなり。

 

(現代語訳) (王室の七陵)-2

衣冠装束の士の馬車が、雲のごとく群がり、七人の丞相と五人の大臣が住んだ場所である。

これら高官は、州郡の豪族であり、洛陽・邯鄯・臨溜・宛・成都の五つの都市の富豪と共にあるのである。

三つの選ばれた人々で、二陵と五陵計七陵に遷移されて、陵墓の奉仕にあてられたのである。

まさしく、漢の幹となる王室を強くし、枝となる諸侯の力を弱め、中央集権体制を強化し、帝都を天下一に高めて、万国に誇示することであった。

 

 

(訳注) (11)4-2

冠蓋如雲,七相五公。

衣冠装束の士の馬車が、雲のごとく群がり、七人の丞相と五人の大臣が住んだ場所である。

〇冠蓋 冠と車のかさ。高官・富貴者の車馬。

〇七相五公 丞相七人、公とは三公の位にあるもの。ここは御史大夫・大司馬をいう。七相は、車千秋・黄覇・王高・韋腎・平当・魏相の七人。五公は、田蚡・張安世・朱博・平晏・韋賞の五人。いずれも長安付近の出身である。

 

與乎州郡之豪傑,五都之貨殖。

これら高官は、州郡の豪族であり、洛陽・邯鄯・臨溜・宛・成都の五つの都市の富豪と共にあるのである。

〇豪傑 州郡の人材。豪族など。智が百人に過ぎたるものを傑といい、十人に過ぎたるものを豪という。

〇五都 洛陽・邯鄯・臨溜・宛・成都の五大都市。

○貨殖 豪商、富豪。

 

三選七遷,充奉陵邑。

三つの選ばれた人々で、二陵と五陵計七陵に遷移されて、陵墓の奉仕にあてられたのである。

○三選 三つの選ばれた人、すなわち七相五公、州都の豪傑、それに五都の貨殖の徒。

〇七遷 七陵に居を移す。たとえは、七相では、丞相韋は平陵、車は長陵、黄は平陵、平、魏も同じく平陵に出身地から移る。李善注に五人だけ挙げたのは、他の二人は罪を得て死んだためという(『漢書』巻八十二、八十六)。作者班固には別の見解があったろう。五公では、御史大夫張湯、同じく杜周が茂陵、将軍蕭望之、馮奉世、史丹などが杜陵に居を移す。富豪では、安陵の杜氏、杜陵の樊嘉、茂陵の摯綱、平陵の如氏、苴氏などがあり、巨万の富家がいたという(『史記』の貨殖列伝)。ついでに遊侠の徒では、たとえば原渉のごとき、祖父の代(武帝の時)から豪傑を以て有名、出身地より茂陵に移り、父は哀帝の時南陽の太守となったが、彼は侠客となり、五陵の気節を尊ぶものたちに慕われた(『史記』の遊侠列伝)。

○充奉 墓陵の里で祭祀を奉ずる役にあてられた。

 

蓋以強幹弱枝,隆上都而觀萬國也。

まさしく、漢の幹となる王室を強くし、枝となる諸侯の力を弱め、中央集権体制を強化し、帝都を天下一に高めて、万国に誇示することであった。

○強幹弱枝 王室を強化し、諸王・諸侯を弱体化し、中央集権体制を強化すること。

○隆上都 国都の権威を高めること。

○観万国 天下に見せつける。
唐長安城図