班固《西都賦》(18)(宮室の美)その宮室は、天と地との形に象り東西南北、陰陽の法に合わせてある。南北、東西の方向を定め、坤の地勢の中正な位置、陰の正位置を足場として、祭政一致の政事をする明堂を造営し、星座大数の円形と星座紫宮の方形どおりに作りあげる。


2013年12月8日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《西都賦》(18)#7(宮室の美)-1 文選 賦<1121818分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩972 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3408

 

 

 (18)#7-1

「其宮室也,體象乎天地,經緯乎陰陽。

(宮室の美)その宮室は、天と地との形に象り東西南北、陰陽の法に合わせてある。

據坤靈之正位,倣太紫之圓方。

南北、東西の方向を定め、坤の地勢の中正な位置、陰の正位置を足場として、祭政一致の政事をする明堂を造営し、星座大数の円形と星座紫宮の方形どおりに作りあげる。

樹中天之華闕,豐冠山之朱堂。

天に中する壮麗な未央官の宮門「東闕」と「北闕」とをうち建て、山上の冠のごとく朱塗りの殿堂を壮大に構築する。

 

其のかん宮室は、天地に象【かたど】り、陰陽を経緯し、

【こんれい】の正位にり、柴の方【えんぽう】に【なら】う。

中天の華闕【かけつ】を樹て、冠山の朱堂を豊にす。
(19)#7-2

因瑰材而究奇,抗應龍之虹梁。

列棼橑以布翼,荷棟桴而高驤。

雕玉瑱以居楹,裁金璧以飾璫。

發五色之渥彩,光爓朗以景彰。

 

瑰材【かいざい】に困りて奇を究め、應龍【おうりょう】の虹梁【こうりょう】を抗【あ】ぐ。

棼橑【ふんりょう】を列ねて以てを布き、棟桴【とうふ】を荷ひて高く【あが】る。

【ぎょくてん】を【え】りて以て【はしら】を居え、金壁を裁ちて以て【とう】を飾る。

五色の渥彩【あくさい】を孜して、光【こうえん】朗【ほがらか】にして以て景彰かなり。

唐朝 大明宮01 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) (18)#7-1

「其宮室也,體象乎天地,經緯乎陰陽。

據坤靈之正位,倣太紫之圓方。

樹中天之華闕,豐冠山之朱堂。

 

(下し文)

其のかん宮室は、天地に象【かたど】り、陰陽を経緯し、

【こんれい】の正位にり、柴の方【えんぽう】に【なら】う。

中天の華闕【かけつ】を樹て、冠山の朱堂を豊にす。

 

(現代語訳)

(宮室の美)その宮室は、天と地との形に象り東西南北、陰陽の法に合わせてある。

南北、東西の方向を定め、坤の地勢の中正な位置、陰の正位置を足場として、祭政一致の政事をする明堂を造営し、星座大数の円形と星座紫宮の方形どおりに作りあげる。

天に中する壮麗な未央官の宮門「東闕」と「北闕」とをうち建て、山上の冠のごとく朱塗りの殿堂を壮大に構築する。

 

(訳注) (18)#7-1

「其宮室也,體象乎天地,經緯乎陰陽。

(宮室の美)その宮室は、天と地との形に象り東西南北、陰陽の法に合わせてある。

體象 も、かたどる。

天地 天の円形と地の方形。尾根はまるく、堂は四角。ここは宮室の中心である明堂をいう。これは上を円、下を四角の形に建てた。明堂は天子が祭政一致の政事をとるところ。その中央を太室といい、そこから南向きに張り出す堂を明堂といい、明とは南に面するから名づけたという。それが太室も含めて堂全体の呼称となった。

経緯乎陰陽 経は南北、緯は東西。陰陽とは陰陽の法則。陰陽は宇宙構成の法則となるものであるが、方角を定める場合もこれを応用する。『易』の緯書乾鑿度に、「乾坤(天地)は陰陽の主なり。…乾位は西北に在り。…坤位は西南に在り、陰の正位なり。」とある。八卦をもって大地の方角を表し、その四卦(離・妖・震・先)で南北、東西にあて、残りの四卦(離・坎・震・兌)で西北、西南、東北、東南の方角にあてる。前者を四正、後者を四維という。経緯は南北、東西のみを指す。明堂を陰陽の法則に合わせて南北、東西に区画し、内部に九室を造る。

 

據坤靈之正位,倣太紫之圓方。

南北、東西の方向を定め、坤の地勢の中正な位置、陰の正位置を足場として、祭政一致の政事をする明堂を造営し、星座大数の円形と星座紫宮の方形どおりに作りあげる。

坤霊 地形、地勢。地の神の意より転じて山などそのものを指すこともある。

正位 中正の位置。前々項の方角でいうと、乾の位置(西北)に対して西南の位すなわち陰の正位にあることとなる。また『易経』の「誓辞伝」では、「天一、地二。天三。地四。天五、地六。天七、地八。天九、地十。」とあり、陽の数は奇数、陰の数は偶数で示す。三は陽の正位、四は陰の正位とする。なお陰陽の法則は天地構成の法則だけでなく、四時の寒暑、五行説などと関係づけられた。明堂もその影響をうけ、これに合うよう造られた。天子の祭りも川時にしたがって、明宝の四方の室を順次移動した。

太紫 大赦と紫宮の二つの星座。前者は星の垣の名。北椅星近くにあり、天子の宮廷、五帝の座に象どる。獅子座の西の十星に当たるという。後者は、一名紫微宮。星垣の名。天帝の屑所がある。北極の星座の最も中心となる北極星がこれに当たる。広くいえば、この紫宮を含んでその周囲に紫徴垣と称する、多数の星座が取りまく。後に原文中に出てくる鉤陳(後宮)の星座もこの宮内にある。紫宮に対応して地上の天子の宮殿がある。ここでは未央宮。(『史記』の天官書、張衡の「西京の賦」など参考)。以上は、大子と呼ばれる帝王にふさわしいように、その宮殿が天地の形、陰陽の法則、星座の形にかなうこと。

 

樹中天之華闕,豐冠山之朱堂。

天に中する壮麗な未央官の宮門「東闕」と「北闕」とをうち建て、山上の冠のごとく朱塗りの殿堂を壮大に構築する。

華闕 動植物、人物その他の模様を彫刻した門。最大四層までのもあり、ますがたなどもある。漢の蕭何が東闕、北闕を未央宮の前に建てた(『三輔黄図』『漢書』)。

 宏祉な建物にする。この宮殿は未央宮で蕭何が高祖七年(前200年)に華闕とともに完成、北闕が正門、群臣の参内する門。未央宮はその前殿を始め多くの御殿にかこまれた。長安城内の西南の位置にあり、周囲二十八里、恵帝の時増㍊して三十二里とした。

冠山 陵首山をおおうように殿堂を建てる。

唐長安城図 

 






















長安城郭015


































西都賦

 

 

1

有西都賓問於東都主人曰:「蓋聞皇漢之初經營也,嘗有意乎都河洛矣。輟而弗康,寔用西遷,作我上都。主人聞其故而睹其制乎?」主人曰:「未也。願賓攄懷舊之蓄念,發思古之幽情。博我以皇道,弘我以漢京。」賓曰:「唯唯。

2

漢之西都,在於雍州,寔曰長安。左據函谷二崤之阻,表以太華終南之山。右界褒斜隴首之險,帶以洪河涇渭之川。眾流之隈,汧涌其西。華實之毛,則九州之上腴焉;防禦之阻,則天地之隩區焉。是故橫被六合,三成帝畿。周以龍興,秦以虎視。及至大漢受命而都之也,仰悟東井之精,俯協河圖之靈。奉春建策,留侯演成。天人合應,以發皇明。乃眷西顧,寔惟作京。於是睎秦嶺,北阜。挾灃灞,據龍首。圖皇基於億載,度宏規而大起。肇自高而終平,世增飾以崇麗。歷十二之延祚,故窮泰而極侈。

3

建金城而萬雉,呀周池而成淵。披三條之廣路,立十二之通門。則街衢洞達,閭閻且千。九市開場,貨別隧分。人不得顧,車不得旋。闐城溢郭,旁流百廛。紅塵四合,煙雲相連。於是既庶且富,樂無疆。都人士女,殊異乎五方。遊士擬於公侯,列肆侈於姜。曲豪舉,遊俠之雄。節慕原嘗,名亞春陵。連交合眾,騁騖乎其中。

4

若乃觀其四郊,浮遊近縣,則南望杜霸,北眺五陵。名都對郭,邑居相承。英俊之域,紱冕所興。冠蓋如雲,七相五公。與乎州郡之豪傑,五都之貨殖。三選七遷,充奉陵邑。蓋以強幹弱枝,隆上都而觀萬國也。」

5

「封畿之,厥土千里。逴躒諸夏,兼其所有。其陽則崇山隱天,幽林穹谷。陸海珍藏,藍田美玉。商洛緣其隈,鄠杜濱其足。源泉灌注,陂池交屬。竹林果園,芳草甘木。郊野之富,號為近蜀。其陰則冠以九嵕,陪以甘泉,乃有靈宮起乎其中。秦漢之所極觀,淵雲之所頌歎,於是乎存焉。下有鄭白之沃,衣食之源。提封五萬,疆埸綺分。溝塍刻鏤,原隰龍鱗。決渠降雨,荷插成雲。五穀垂穎,桑麻鋪棻。

6

東郊則有通溝大漕,潰渭洞河。汎舟山東,控引淮湖,與海通波。西郊則有上囿禁苑,林麓藪澤,陂池連乎蜀漢。繚以周墻,四百餘里。離宮別館,三十六所。神池靈沼,往往而在。其中乃有九真之麟,大宛之馬。黃支之犀,條支之鳥。踰崑崙,越巨海。殊方異類,至于三萬里。」

7

「其宮室也,體象乎天地,經緯乎陰陽。據坤靈之正位,倣太紫之圓方。樹中天之華闕,豐冠山之朱堂。因瑰材而究奇,抗應龍之虹梁。列棼橑以布翼,荷棟桴而高驤。雕玉瑱以居楹,裁金璧以飾璫。發五色之渥彩,光爓朗以景彰。

8

於是左右平,重軒三階。閨房周通,門闥洞開。列鍾虡於中庭,立金人於端闈。仍增崖而衡閾,臨峻路而扉。徇以離宮別寢,承以崇臺閒館。煥若列宿,紫宮是環。清涼宣溫,神仙長年。金華玉堂,白虎麒麟。區宇若茲,不可殫論。增盤崔嵬,登降炤爛。殊形詭制,每各異觀。乘茵步輦,惟所息宴。

9

後宮則有掖庭椒房,后妃之室。合歡增城,安處常寧。茞若椒風,披香發越。蘭林蕙草,鴛鸞飛翔之列。昭陽特盛,隆乎孝成。屋不呈材,牆不露形。裛以藻繡,絡以綸連。隨侯明月。錯落其間。金釭銜璧,是為列錢。翡翠火齊,流耀含英。懸黎垂棘,夜光在焉。於是玄墀釦砌,玉階彤庭。礝磩綵緻,琳蒞青熒。珊瑚碧樹,周阿而生。紅羅颯纚,綺組繽紛。精曜華燭,俯仰如神。後宮之號,十有四位。窈窕繁華,更盛迭貴。處乎斯列者,蓋以百數。

10

左右庭中,朝堂百寮之位。蕭曹魏邴,謀謨乎其上。佐命則垂統,輔翼則成化。流大漢之愷悌,盪亡秦之毒螫。故令斯人揚樂和之聲,作畫一之歌。功德著乎祖宗,膏澤洽乎黎庶。又有天祿石渠,典籍之府。命夫惇誨故老,名儒師傅。講論乎六蓺,稽合乎同異。又有承明金馬,著作之庭。大雅宏達,於茲為群。元元本本,殫見洽聞。發篇章,校理秘文。周以鉤陳之位,衛以嚴更之署。總禮官之甲科,群百郡之廉孝。虎賁贅衣,閹尹閽寺。陛戟百重,各有典司。

11

周廬千列,徼道綺錯。輦路經營,脩除飛閣。自未央而連桂宮,北彌明光而亙長樂。凌道而超西墉,建章而連外屬。設璧門之鳳闕,上觚稜而棲金爵。則別風之嶕嶢,眇麗巧而聳擢。張千門而立萬,順陰陽以開闔。爾乃正殿崔嵬,層構厥高,臨乎未央。經駘盪而出馺娑,洞詣以與天梁。上反宇以蓋戴,激日景而納光。

12

神明鬱其特起,遂偃蹇而上躋。軼雲雨於太半,虹霓迴帶於棼楣。雖輕迅與僄狡,猶眙而不能階。攀井幹而未半,目眴轉而意迷。舍櫺檻而卻倚,若顛墜而復稽。魂怳怳以失度,巡迴塗而下低。既懲懼於登望,降周流以徬徨。步甬道以縈紆,又杳而不見陽。排飛闥而上出,若遊目於天表,似無依而洋洋。

13

前唐中而後太液,覽滄海之湯湯。揚波濤於碣石,激神岳之嶈嶈。濫瀛洲與方壺,蓬萊起乎中央。於是靈草冬榮,神木叢生。巖峻崒,金石崢嶸。抗仙掌以承露,擢雙立之金莖。軼埃之混濁,鮮顥氣之清英。騁文成之丕誕,馳五利之所刑。庶松喬之群類,時遊從乎斯庭。實列仙之攸館,非吾人之所寧。」

14

「爾乃盛游之壯觀,奮泰武乎上囿。因茲以威戎夸狄,耀威靈而講武事。命荊州使起鳥,詔梁野而驅獸。毛群闐,飛羽上覆。接翼側足,集禁林而屯聚。水衡虞人,修其營表。種別群分,部曲有署。罘網連紘,籠山絡野。列卒周匝,星羅雲布。於是乘鑾輿,備法駕,帥群臣。披飛廉,入苑門。遂繞酆鄗,歷上蘭。六師發逐,百獸駭殫。震震爚爚,雷奔電激。草木塗地,山淵反覆。蹂躪其十二三,乃拗怒而少息。

15

爾乃期門佽飛,列刃鑽鍭,要趹追蹤。鳥驚觸絲,獸駭鋒。機不虛掎,弦不再控。矢不單殺,中必疊雙。颮颮紛紛,矰繳相纏。風毛雨血,灑野蔽天。平原赤,勇士厲,猿狖失木,豺狼懾竄。爾乃移師趨險,並蹈潛穢。窮虎奔突,狂兕觸蹶。許少施巧,秦成力折。掎僄狡,扼猛噬。角挫脰,徒搏獨殺。挾師豹,拖熊螭。曳犀犛,頓象羆。超洞壑,越峻崖。蹶嶄巖,鉅石隤。松柏仆,叢林摧。草木無餘,禽獸殄夷。

16

於是天子乃登屬玉之館,歷長楊之榭。覽山川之體勢,觀三軍之殺獲。原野蕭條,目極四裔。禽相鎮壓,獸相枕藉。然後收禽會眾,論功賜胙。陳輕騎以行炰,騰酒車以斟酌。割鮮野食,舉烽命釂。饗賜畢,勞逸齊。大路鳴鑾,容與徘徊。集乎豫章之宇,臨乎昆明之池。左牽牛而右織女,似雲漢之無涯。茂樹蔭蔚,芳草被隄。蘭茞發色,曄曄猗猗。若摛錦布繡,瀦燿乎其陂。鳥則玄鶴白鷺,黃鵠鵁鸛。鶬鴰鴇,鳧鷖鴻鴈。朝發河海,夕宿江漢。沈浮往來,雲集霧散。

17

於是後宮乘輅,登龍舟,張鳳蓋,建華旗。袪黼帷,鏡清流。靡微風,澹淡浮。櫂女謳,鼓吹震。聲激越,謍厲天。鳥群翔,魚窺淵。招白鷴,下雙鵠。揄文竿,出比目。撫鴻罿,御繒繳。方舟並騖,俛仰極樂。遂乃風舉雲搖,浮遊溥覽。前乘秦嶺,後越九嵕。東薄河華,西涉岐雍。宮館所歷,百有餘區,行所朝夕,儲不改供。禮上下而接山川,究休祐之所用。采遊童之讙謠,第從臣之嘉頌。

18

于斯之時,都都相望,邑邑相屬。國藉十世之基,家承百年之業。士食舊德之名氏,農服先疇之畎畝。商循族世之所鬻,工用高曾之規矩。粲乎隱隱,各得其所。」

 

「若臣者,徒觀跡於舊墟,聞之乎故老。十分而未得其一端,故不能遍舉也。