班固《西都賦》(20(數々の宮殿)ここ、宮殿の左(東)は階級【きざはし】の人道、右(西)は敷き瓦のなだらかな坂の車道。二重の欄干と三段の階段とがあり、お局はここと道続きにとりまき、大門中門はそれぞれ相対している。中庭に銅鐘の懸け台をおしならべ、正門に銅の人像を立てたのである。

2013年12月10日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《西都賦》(20)#8(數々の宮殿)-1 文選 賦<112―20>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩974 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3418
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(4)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <887>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3419韓愈詩-227-4
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 715 《王閬州筵奉酬十一舅惜別之作》 蜀中転々 杜甫 <622>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3420 杜甫詩1000-622-878/1500五言律詩
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 219 《登科後》 孟郊  唐宋詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3421 (12/10)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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班孟堅(班固) 《西都賦》(20)#8(數々の宮殿)-1 文選 賦<1122018分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩974 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3418

 

 

20)#8(數々の宮殿)-1

於是左右平,重軒三階。

(數々の宮殿)ここ、宮殿の左(東)は階級【きざはし】の人道、右(西)は敷き瓦のなだらかな坂の車道。

閨房周通,門闥洞開。

二重の欄干と三段の階段とがあり、お局はここと道続きにとりまき、大門中門はそれぞれ相対している。

列鍾虡於中庭,立金人於端闈。

中庭に銅鐘の懸け台をおしならべ、正門に銅の人像を立てたのである。

仍增崖而衡閾,臨峻路而扉。

龍首の山の高い崖を利用して門の閾を構たえ、けわしい坂道を下に見て正門の扉が開いている。

徇以離宮別寢,承以崇臺閒館。

この未央宮のそばに、離宮・別殿が輪になってめぐり、それに按するように高台やがらんとした大きな館が建っている。

21)#8-2

煥若列宿,紫宮是環。

清涼宣溫,神仙長年。

金華玉堂,白虎麒麟。

區宇若茲,不可殫論。

增盤崔嵬,登降炤爛。

殊形詭制,每各異觀。

乘茵步輦,惟所息宴。

 

是に於て、左は、右は、重軒三階、

閏房周く通じ、門闥【もんたつ】【ほがらか】に開く。

鍾虡【しょうきょ】を中庭に列ね、金人を端闈【たんい】に立つ。

檜崖にりて閾【しきみ】を衡【よこた】へ、岐路に臨んで扉を啓【ひら】き、

徇【めぐ】らすに離宮別を以てし、承【うく】るに崇臺館を以てす。

 

煥【かん】として列宿の紫宮を是れるが若く、清涼、宣温、神仙、長年、金華、玉堂、白虎、麒麟、區宇【くう】茲【かく】の若く、【ことごと】く諭ず可からず。

增盤【そうばん】崔嵬【さいかい】,登降 炤爛【しょうらん】

殊形【しゅけい】詭制【きせい】、毎に各のを異にす。

乘茵【じょういん】步輦【ほれん】、惟だ息宴する所のままなり。

魚玄機が宮島に 

 

『西都賦』 現代語訳と訳註

(本文) 20)#8(數々の宮殿)-1

於是左右平,重軒三階。

閨房周通,門闥洞開。

列鍾虡於中庭,立金人於端闈。

仍增崖而衡閾,臨峻路而扉。

徇以離宮別寢,承以崇臺閒館。

 

(下し文)

カンナ113是に於て、左は、右は、重軒三階、

閏房周く通じ、門闥【もんたつ】【ほがらか】に開く。

鍾虡【しょうきょ】を中庭に列ね、金人を端闈【たんい】に立つ。

檜崖にりて閾【しきみ】を衡【よこた】へ、岐路に臨んで扉を啓【ひら】き、

徇【めぐ】らすに離宮別を以てし、承【うく】るに崇臺館を以てす。

 

(現代語訳)

(數々の宮殿)ここ、宮殿の左(東)は階級【きざはし】の人道、右(西)は敷き瓦のなだらかな坂の車道。

二重の欄干と三段の階段とがあり、お局はここと道続きにとりまき、大門中門はそれぞれ相対している。

中庭に銅鐘の懸け台をおしならべ、正門に銅の人像を立てたのである。

龍首の山の高い崖を利用して門の閾を構たえ、けわしい坂道を下に見て正門の扉が開いている。

この未央宮のそばに、離宮・別殿が輪になってめぐり、それに按するように高台やがらんとした大きな館が建っている。

漢長安図 

 

(訳注) 20)#8(數々の宮殿)-1

於是左右平,重軒三階。

(數々の宮殿)ここ、宮殿の左(東)は階級【きざはし】の人道、右(西)は敷き瓦のなだらかな坂の車道。

右平 南面して左右という。とはきざはし。階段がついて人道。平とはなだらかで、凹凸のない車道。

重軒 二重の欄干。

三階 階段が三つ。

 

閨房周通,門闥洞開。

二重の欄干と三段の階段とがあり、お局はここと道続きにとりまき、大門中門はそれぞれ相対している。

閏房 閏は、宮中の小門。房は、室、つぼね。小門にある部星。

洞閲 たがいに向かいあう。あい対すること。

 

列鍾虡於中庭,立金人於端闈。

中庭に銅鐘の懸け台をおしならべ、正門に銅の人像を立てたのである。

 鐘をかける台

金人 鋼製の人物像。秦の始皇帝は天下の兵器を鋳つぶして、金人十二をつくり、門の右にならべ、また鐘かけ台もつくった(『史記』)。

端闈 は宮中の通路の門。端は正の意で、正門のこと。

 

仍增崖而衡閾,臨峻路而扉。

龍首の山の高い崖を利用して門の閾を構たえ、けわしい坂道を下に見て正門の扉が開いている。

仍 因と同じ。下地のあるのをそのまま利用する。

 

徇以離宮別寢,承以崇臺閒館。

この未央宮のそばに、離宮・別殿が輪になってめぐり、それに按するように高台やがらんとした大きな館が建っている。

 めぐらす。

別寝 はなれてある別の正殿。正寝以外に天子のいる御殿。

閒館 大きな館。