班固《東都賦》(聖帝の中の聖帝)天意に法り制度を定めて、天に継いで君主となる。堯を祖とする唐陶氏の高貴の身を受けつぎ、大漢の事業を引き受ける。その功績は前王にまさり、政は三皇五帝にまさる努力をされた。軌範と痕跡、形跡を全て列挙して同じ道を歩んでいくこととし、おおかたの前代の帝王の事が衆多であろうとそれぞれ整頓する。そして現在から近い古き代において務められた治世する。光武帝が、こうした型どおりのことを踏襲した一聖帝に過ぎなかったと、どうしていえるというのか。


2014年1月13日  の紀頌之5つのブログ
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班孟堅(班固)《東都賦》(聖帝の中の聖帝) 文選 賦<113418分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1008 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3588

 

 

(5)3-1

於是聖皇乃握乾符,闡坤珍。

(聖帝の中の聖帝) この時、聖帝は始めて上天の祥瑞を掌中に握り、大地の符瑞の書をひろげる。

披皇圖,稽帝文。

河図の巻き物を開き、天文をみてわが身のことと知る。

赫然發憤,應若興雲。

かっと激怒し奮いたつと、人民は雲の湧き起こるように呼応する。

霆擊昆陽,憑怒雷震。

王莾の昆陽城を急襲し、怒り狂って雷のようにどよめく。

遂超大河,跨北嶽。

つづいて黄河をひととび、五山の北の恒山をひとまたぎ。

立號高邑,建都河洛。

高という邑で天子と号して、帝都を洛陽に建設する。

紹百王之荒屯,因造化之盪滌。

歴代百王の轍難の後をひきつぎ、悪を浄化一新する天地の意志にしたがわれる。

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(6)3-2

體元立制,繼天而作。

天意に法り制度を定めて、天に継いで君主となる。

系唐統,接漢緒。

堯を祖とする唐陶氏の高貴の身を受けつぎ、大漢の事業を引き受ける。

茂育群生,恢復疆宇。

生あるものをすべて繁殖させ、国土をもとどおり回復された。
勳兼乎在昔,事勤乎三五。

その功績は前王にまさり、政は三皇五帝にまさる努力をされた。

豈特方軌並跡,紛綸后辟,

軌範と痕跡、形跡を全て列挙して同じ道を歩んでいくこととし、おおかたの前代の帝王の事が衆多であろうとそれぞれ整頓する。

治近古之所務,蹈一聖之險易云爾哉?

そして現在から近い古き代において務められた治世する。光武帝が、こうした型どおりのことを踏襲した一聖帝に過ぎなかったと、どうしていえるというのか。

 

(5)3-1

是に於いて聖皇乃ち乾符を握り,坤珍【こんちん】を闡【ひら】く。

皇圖【こうと】を披【ひら】き,稽帝文を【かんが】う。

赫然【かくぜん】として憤【いきどおり】を發すれば,應ずること興雲【こううん】の若し。

昆陽を霆擊【ていげき】し,憑怒して雷震す。

遂に大河を超え,北嶽に跨る。

號を高邑に立て,都を河洛に建つ。

百王の荒屯【こうちゅん】を紹【つ】ぎ,造化の盪滌【とうてき】に因る。

 

(6)3-2

元を體し制を立て,天に繼いで作【おこ】る。

唐統を系【つな】ぎ,漢緒を接【う】ける。

群生を茂育【もいく】し,疆宇【きょうう】を恢復【かいふく】す。

勳 在昔【むかし】を兼ね,事 三五よりも勤めたり。

豈に特【た】だ軌を方【なら】べ跡を並べ,紛綸【ふんりん】たる后辟【こうへき】にす,

近古の所務を治め,一聖の險易を蹈【ふ】むと爾【しか】云ん哉?

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『東都賦』(6) 現代語訳と訳註

(本文) (6)3-2

體元立制,繼天而作。

系唐統,接漢緒。

茂育群生,恢復疆宇。

勳兼乎在昔,事勤乎三五。

豈特方軌並跡,紛綸后辟,

治近古之所務,蹈一聖之險易云爾哉?

 

(下し文)

元を體し制を立て,天に繼いで作【おこ】る。

唐統を系【つな】ぎ,漢緒を接【う】ける。

群生を茂育【もいく】し,疆宇【きょうう】を恢復【かいふく】す。

勳 在昔【むかし】を兼ね,事 三五よりも勤めたり。

豈に特【た】だ軌を方【なら】べ跡を並べ,紛綸【ふんりん】たる后辟【こうへき】にす,

近古の所務を治め,一聖の險易を蹈【ふ】むと爾【しか】云ん哉?

 

(現代語訳)

天意に法り制度を定めて、天に継いで君主となる。

堯を祖とする唐陶氏の高貴の身を受けつぎ、大漢の事業を引き受ける。

生あるものをすべて繁殖させ、国土をもとどおり回復された。
その功績は前王にまさり、政は三皇五帝にまさる努力をされた。

軌範と痕跡、形跡を全て列挙して同じ道を歩んでいくこととし、おおかたの前代の帝王の事が衆多であろうとそれぞれ整頓する。

そして現在から近い古き代において務められた治世する。光武帝が、こうした型どおりのことを踏襲した一聖帝に過ぎなかったと、どうしていえるというのか。

 

 

(訳注) (6)3-2

體元立制,繼天而作。

天意に法り制度を定めて、天に継いで君主となる。

体元 元は天、休は天意に法る。

継天而作 「天下の主と為る者は天なり。天に継ぐ者は君なり」(『穀梁伝』宣公十五年)。

 

系唐統,接漢緒。

堯を祖とする唐陶氏の高貴の身を受けつぎ、大漢の事業を引き受ける。

唐統 唐陶氏堯の系譜、高祖は「唐帝より出づ」(高祖頌)。

 

茂育群生,恢復疆宇。

生あるものをすべて繁殖させ、国土をもとどおり回復された。

疆宇 領土。国土。

 

勳兼乎在昔,事勤乎三五。

その功績は前王にまさり、政は三皇五帝にまさる努力をされた。

兼 超越する、まさる。

三五 三皇五帝。三皇は神、五帝は聖人としての性格を持つとされた。三皇五帝につぃて諸説あり、三皇は『春秋緯運斗枢』(『風俗通』皇覇篇に引く)。唐の司馬貞補『史記』三皇本紀にある伏羲・女媧・神農 とするが一般的だ。五更についても同様で、聖人として『大載礼記』・『史記』では黄帝・顓頊・嚳・尭・舜であり、『世経』では少昊・顓頊・嚳・尭・舜であり、では嚳・尭・舜・禹・湯と見える。それらを考慮して、黄帝・堯・舜・禹・湯というのが一般的である。

 

豈特方軌並跡,紛綸后辟,

軌範と痕跡、形跡を全て列挙して同じ道を歩んでいくこととし、おおかたの前代の帝王の事が衆多であろうとそれぞれ整頓する。

方軌並跡 趣の同じこと。「軌」【き】1 車の両輪の間の幅。2 車が通ったあとのくぼみ。わだち。3 一定の法則。みちすじ。軌範。軌を一にする1 《韓愈「秋懐詩」其一から》車の通った跡を同じくするように、立場や方向を同じくする。「跡」 《「足()()」の意》1 何かが通っていったしるし。「靴の―」「船の通った―」「頬(ほお)を伝う涙の―」「犯人の―を追う」2 (傷には多く「痕」と書く)以前に何かが行われたしるし。痕跡。形跡。

紛綸 衆多のさま。

后辟 帝王。

 

治近古之所務,蹈一聖之險易云爾哉?

そして現在から近い古き代において務められた治世する。光武帝が、こうした型どおりのことを踏襲した一聖帝に過ぎなかったと、どうしていえるというのか。

近古 上古・中古そして近古。現在から近い古き代。前時代。

一聖一人の聖帝。光武の功業は単に乱を平げただけでなく、歴代帝王の事業を合わせただけの偉業をなしとげたことをいう。

険易 治乱。

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光武帝(こうぶてい、前6 - 57年;在位期間        25 - 57年)は後漢王朝の初代皇帝。南陽蔡陽(湖北省棗陽市)の人。王莽による簒奪後の新末後漢初に混乱を統一し、漢王朝の再興として後漢王朝を建てた。諡号の光武帝は漢朝を中興したことより「光」、禍乱を平定したことより「武」の文字が採用された。「隴を得て蜀を望む」「志有る者は事竟に成る」「柔よく剛を制す」(『黄石公記』(=『三略』)の引用)などの言葉を残している(『後漢書』本紀1上・下・本伝)。



東都賦 (1)1-1

東都主人喟然而歎曰:

「痛乎風俗之移人也!

子實秦人,矜夸館室,保界河山,

信識昭襄而知始皇矣,烏睹大漢之云為乎?

夫大漢之開元也,奮布衣以登皇位,

由數期而創萬代,

蓋六籍所不能談,前聖靡得言焉。

 

 (2)1-2

當此之時,功有橫而當天,討有逆而順民。

故婁敬度勢而獻其,蕭公權宜而拓其制。

時豈泰而安之哉?計不得以已也。

吾子曾不是睹,顧曜後嗣之末造,不亦暗乎。

今將語子以建武之治,永平之事。

監于太清,以變子之惑志。」

 

 

(3)2-1

「往者王莽作逆,漢祚中缺。

天人致誅,六合相滅。

于時之亂,生人幾亡,鬼神泯

壑無完柩,郛罔遺室。

 

(4)#2-2

原野厭人之肉,川谷流人之血。

秦項之災猶不克半,書契以來未之或紀。

故下人號而上訴,上帝懷而降監。

乃致命乎聖皇。

 

(5)3-1

於是聖皇乃握乾符,闡坤珍。

披皇圖,稽帝文。

赫然發憤,應若興雲。

霆擊昆陽,憑怒雷震。

遂超大河,跨北嶽。

立號高邑,建都河洛。

紹百王之荒屯,因造化之盪滌。

 

(6)3-2

體元立制,繼天而作。

系唐統,接漢緒。

茂育群生,恢復疆宇。

勳兼乎在昔,事勤乎三五。

豈特方軌並跡,紛綸后辟,

治近古之所務,蹈一聖之險易云爾哉?

 

 

(7)#4-1

且夫建武之元,天地革命

四海之,更造夫婦,肇有父子。

君臣初建,人倫寔始。

斯乃伏犧氏之所以基皇德也。。

分州土,立市朝,

作舟輿,造器械,

斯乃軒轅氏之所以開帝功也。

(8)

龔行天罰,應天順人,斯乃湯武之所以昭王業也。

遷都改邑,有殷宗中興之則焉;

即土之中,有周成隆平之制焉。

不階尺土一人之柄,同符乎高祖。

(9)

克己復禮,以奉終始,允恭乎孝文。

憲章稽古,封岱勒成,儀炳乎世宗。

案六經而校德,眇古昔而論功,

仁聖之事既該,而帝王之道備矣。

 

 

#5

「至乎永平之際,重熙而累洽。盛三雍之上儀,脩袞龍之法服。鋪鴻藻,信景鑠。揚世廟,正雅樂。人神之和允洽,群臣之序既肅。乃動大輅,遵皇衢。省方巡狩,躬覽萬國之有無。考聲教之所被,散皇明以瀦幽。然後增周舊,脩洛邑。扇巍巍,顯翼翼。光漢京于諸夏,總八方而為之極。

 

#6

於是皇城之,宮室光明,闕庭神麗。奢不可踰,儉不能侈。外則因原野以作苑,填流泉而為沼。發蘋藻以潛魚,豐圃草以毓獸。制同乎梁鄒,誼合乎靈囿。

 

#7

若乃順時節而蒐狩,簡車徒以講武。則必臨之以王制,考之以風雅。歷騶虞,覽駟鐵。嘉車攻,采吉日。禮官整儀,乘輿乃出。

 

#8

於是發鯨魚,鏗華鐘。登玉輅,乘時龍。鳳蓋棽麗,龢鑾玲瓏。天官景從,寢威盛容。山靈護野,屬御方神。雨師汎灑,風伯清塵。千乘雷起,萬騎紛紜。元戎竟野,戈鋋彗雲。羽旄掃霓,旌旗拂天。焱焱炎炎,揚光飛文。吐爓生風,山。日月為之奪明,丘陵為之搖震。

 

#9

遂集乎中囿,陳師按屯。駢部曲,列校隊。勒三軍,誓將帥。然後舉烽伐鼓,申令三驅。輶車霆激,驍騎電騖。由基發射,范氏施御。弦不睼禽,轡不詭遇。飛者未及翔,走者未及去。指顧倏忽,獲車已實。樂不極盤,殺不盡物。馬踠餘足,士怒未。先驅復路,屬車案節。

 

10

於是薦三犧,效五牲。禮神祇,懷百靈。覲明堂,臨辟雍。揚緝熙,宣皇風。登靈臺,考休徵。俯仰乎乾坤,參象乎聖躬。目中夏而布德,瞰四裔而抗稜。西盪河源,東澹海漘。北動幽崖,南燿朱垠。殊方別區,界而不鄰。自孝武之所不征,孝宣之所未臣。莫不陸讋水慄,奔走而來賓。遂綏哀牢,開永昌。春王三朝,會同漢京。

 

11

是日也,天子受四海之圖籍,膺萬國之貢珍。撫諸夏,外綏百蠻。爾乃盛禮興樂,供帳置乎雲龍之庭。陳百寮而贊群后,究皇儀而展帝容。於是庭實千品,旨酒萬鍾。列金罍,班玉觴。嘉珍御,太牢饗。爾乃食舉雍徹,太師奏樂。陳金石,布絲竹。鐘鼓鏗鍧,管絃燁煜。抗五聲,極六律。歌九功,舞八佾。韶武備,泰古畢。四夷間奏,德廣所及。僸佅兜離,罔不具集。萬樂備,百禮。皇歡浹,群臣醉。降煙熅,調元氣。然後撞鐘告罷,百寮遂退。」

 

12

「於是聖上睹萬方之歡,又沐浴於膏澤,懼其侈心之將萌,而怠於東作也,乃申舊章,下明詔。命有司,班憲度。昭節儉,示太素。去後宮之麗飾,損乘輿之服御。抑工商之淫業,興農桑之盛務。遂令海棄末而反本,背偽而歸真。女脩織紝,男務耕耘。器用陶匏,服尚素玄。恥纖靡而不服,賤奇麗而弗珍。捐金於山,沈珠於淵。

 

13

於是百姓滌瑕盪穢,而鏡至清。形神寂漠,耳目弗營。嗜欲之源滅,廉恥之心生。莫不優游而自得,玉潤而金聲。是以四海以,學校如林,庠序盈門。獻酬交錯,俎豆莘莘。下舞上歌,蹈德詠仁。登降飫宴之禮既畢,因相與嗟歎玄德,讜言弘。咸含和而吐氣,頌曰:盛哉乎斯世!」

 

14

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。講羲文之易,論孔氏之春秋。罕能精古今之清濁,究漢德之所由。唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。溫故知新已難,而知德者鮮矣!且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?秦嶺九嵕,涇渭之川。曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?建章甘泉,館御列仙。孰與靈臺明堂,統和天人?太液昆明,鳥獸之囿。曷若辟雍海流,道德之富?游俠踰侈,犯義侵禮。孰與同履法度,翼翼濟濟也?子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

 

15

主人之辭未終,西都賓矍然失容。逡巡降階,然意下,捧手欲辭。主人曰:「復位,今將授子以五篇之詩。」賓既卒業,乃稱曰:「美哉乎斯詩!義正乎楊雄,事實乎相如。匪唯主人之好學,蓋乃遭遇乎斯時也。小子狂簡,不知所裁。既聞正道,請終身而誦之。」其詩曰:

 

16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

上帝宴饗,五位時序。

誰其配之,世祖光武。

普天率土,各以其職。

猗歟緝熙,允懷多福。

 

17

辟雍詩

乃流辟雍,辟雍湯湯。

聖皇蒞止,造舟為梁。

皤皤國老,乃父乃兄。

抑抑威儀,孝友光明。

於赫太上,示我漢行。

洪化惟神,永觀厥成。

 

18

靈臺詩

乃經靈臺,靈臺既崇。

帝勤時登,爰考休徵。

三光宣精,五行布序。

習習祥風,祁祁甘雨。

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

屢惟豊年,於皇樂胥。

 

19

寶鼎詩

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

 

20

白雉詩

靈篇兮披瑞圖,獲白雉兮效素烏。

嘉祥阜兮集皇都。

發皓羽兮奮翹英,容絜朗兮於純精。

彰皇德兮侔周成。永延長兮膺天慶。