班固《東都賦》(8) 都邑を洛陽に移されたのは、殷の盤庚が河北より河南に遷都して祖先の湯玉の古都に都し、殷の中興をはかった前例が則となる。国土の中央洛陽に都を建設されたのは、周の成王が洛陽に都し太平を招いた先例が法となる。一尺の土、一人の力にもたよらないで、身を起こして天子の位に上ったのは、西漢の高祖と全く同じです。


2014年1月15日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《東都賦》(8)#4(知徳兼備の光武帝)-2 文選 賦<113―6>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1010 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3598
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《初南食貽元十八協律》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <923>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3599韓愈詩-238-1
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 746廣徳2年764年―3-3 《丹青引,贈曹將軍霸》 蜀中転々 杜甫 <654>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3600 杜甫詩1000-654-914/1500746-3
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 255 《秋懐詩十一首之五(5)》 韓愈  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3601 (01/15)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 11 -1 浣渓沙 三首 其一 歐陽舍人炯十七首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-411-11-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3602
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

班孟堅(班固)《東都賦》(8)#4(知徳兼備の光武帝)-2 文選 賦<113618分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1010 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3598

 

 

(知徳兼備の光武帝)

 (7)#4-1

且夫建武之元,天地革命

(知徳兼備の光武帝) そもそも建武元年、天地は命を改めて世は変わった。

四海之,更造夫婦,肇有父子。

四海の内は、あらたに夫婦の道がたち、父子の道がはじまる。

君臣初建,人倫寔始。

はじめて君臣において上下の関係ができあがり、人倫の秩序が立つようにされた。

斯乃伏犧氏之所以基皇德也。。

このことは、古の伏犠氏が至高無上の人倫を基本にした所以です。

分州土,立市朝,

原野を区画し九州に分け、市場を立て、
作舟輿,造器械,

舟車を作り、器械を造られた。

斯乃軒轅氏之所以開帝功也。

このことは、古の軒轅氏黄帝が帝業を開いた所以です。

 

龔行天罰,應天順人,斯乃湯武之所以昭王業也。

かしこみて天の罰を行い、天に応じ人に順われた。このことは、殿の湯玉、周の武王が王業を明示された所以です。

遷都改邑,有殷宗中興之則焉;

都邑を洛陽に移されたのは、殷の盤庚が河北より河南に遷都して祖先の湯玉の古都に都し、殷の中興をはかった前例が則となる。

即土之中,有周成隆平之制焉。

国土の中央洛陽に都を建設されたのは、周の成王が洛陽に都し太平を招いた先例が法となる。

不階尺土一人之柄,同符乎高祖。

一尺の土、一人の力にもたよらないで、身を起こして天子の位に上ったのは、西漢の高祖と全く同じです。

 

克己復禮,以奉終始,允恭乎孝文。

憲章稽古,封岱勒成,儀炳乎世宗。

案六經而校德,眇古昔而論功,

仁聖之事既該,而帝王之道備矣。」

 

且つ夫れ建武の元【はじめ】,天地 命を革【あらた】む

四海の,更に夫婦を造し,肇めて父子有る。

君臣 初めに建ち,人倫 寔【ここ】に始まる。

斯れ乃ち伏犧【ふくぎ】氏の皇德を基とする所以【ゆえん】也。

州土を分ち,市朝を立つ,

舟輿【しゅうよ】を作り,器械を造る,

斯れ乃ち軒轅【けんえん】氏の帝功を開ける所以【ゆえん】也。

 

龔【つつし】んで天罰を行い,天に應じ人に順う,斯れ乃ち湯武の王業を昭【あきら】かにする所以【ゆえん】也。

都を遷し邑を改めしは,殷宗【いんそう】中興の則に有り;

即土の中に【つ】けるは,周成 隆平の制有り。

尺土一人の柄【へい】に階【よ】らざるは,符を高祖にじう同す。

 

己に克ち禮を復【ふく】み,以って終始に奉ぜしは,允に孝文より恭む。

憲章稽古し,岱を封じ成を勒せしは,儀 世宗より炳【かがや】く。

六經を案じて德を校【かんが】え,古昔【こせき】を眇【はる】かにして功を論ぜしは,

仁聖の事既に該【そな】わり,帝王の道備【そなわ】れり。」

杜甫乱前後の図001奉先 

 

(7)#4(知徳兼備の光武帝)-2

『東都賦』 現代語訳と訳註

(本文)

龔行天罰,應天順人,斯乃湯武之所以昭王業也。

遷都改邑,有殷宗中興之則焉;

即土之中,有周成隆平之制焉。

不階尺土一人之柄,同符乎高祖。

 

(下し文)

龔【つつし】んで天罰を行い,天に應じ人に順う,斯れ乃ち湯武の王業を昭【あきら】かにする所以【ゆえん】也。

都を遷し邑を改めしは,殷宗【いんそう】中興の則に有り;

即土の中に【つ】けるは,周成 隆平の制有り。

尺土一人の柄【へい】に階【よ】らざるは,符を高祖にじう同す。

 

(現代語訳)

かしこみて天の罰を行い、天に応じ人に順われた。このことは、殿の湯玉、周の武王が王業を明示された所以です。

都邑を洛陽に移されたのは、殷の盤庚が河北より河南に遷都して祖先の湯玉の古都に都し、殷の中興をはかった前例が則となる。

国土の中央洛陽に都を建設されたのは、周の成王が洛陽に都し太平を招いた先例が法となる。

一尺の土、一人の力にもたよらないで、身を起こして天子の位に上ったのは、西漢の高祖と全く同じです。

漢魏隋唐の洛陽城 

(訳注)

龔行天罰,應天順人,斯乃湯武之所以昭王業也。

かしこみて天の罰を行い、天に応じ人に順われた。このことは、殿の湯玉、周の武王が王業を明示された所以です。

 恭。つつしむ、それが顔や手足などにあらわれるさま。

 

遷都改邑,有殷宗中興之則焉;

都邑を洛陽に移されたのは、殷の盤庚が河北より河南に遷都して祖先の湯玉の古都に都し、殷の中興をはかった前例が則となる。

殷宗中興 「盤庚河を渡りて南し、復た成湯の故都に居り、成湯の政を行ひ、然る後般復た興れり」 (『史記』般本紀)。

 

即土之中,有周成隆平之制焉。

国土の中央洛陽に都を建設されたのは、周の成王が洛陽に都し太平を招いた先例が法となる。

土之中 地勢を土圭で測量し、都邑の正しい位置(中)を定める。土中が洛陽の都というわけである。

周成 周の成王。成壬は豊の邑(隣西省)から洛陽に都を営み、召話、洛論の二篇を作る。隆平は中興と大意同じ。

 

不階尺土一人之柄,同符乎高祖。

一尺の土、一人の力にもたよらないで、身を起こして天子の位に上ったのは、西漢の高祖と全く同じです。

階 困る。
DCF00048