班固《東都賦》(9) 法制を守り、古礼に考えて、泰山で天を祭り、天下統一の成功を石に刻まれたことは、世宗武帝にまさるかがやかしい盛儀です。六経を案じ考えて、徳のほどを考え、遠く古制にのっとって帝業を天に告げられたことは、徳と知との仁聖の二つのものが兼ねそなわり、帝王の道に欠けたところが一つもないのです。


2014年1月16日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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班孟堅(班固)《東都賦》(9)#4(知徳兼備の光武帝)-3 文選 賦<113718分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1011 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3603

 

 

(知徳兼備の光武帝)

 (7)#4-1

且夫建武之元,天地革命

(知徳兼備の光武帝) そもそも建武元年、天地は命を改めて世は変わった。

四海之,更造夫婦,肇有父子。

四海の内は、あらたに夫婦の道がたち、父子の道がはじまる。

君臣初建,人倫寔始。

はじめて君臣において上下の関係ができあがり、人倫の秩序が立つようにされた。

斯乃伏犧氏之所以基皇德也。。

このことは、古の伏犠氏が至高無上の人倫を基本にした所以です。

分州土,立市朝,

原野を区画し九州に分け、市場を立て、
作舟輿,造器械,

舟車を作り、器械を造られた。

斯乃軒轅氏之所以開帝功也。

このことは、古の軒轅氏黄帝が帝業を開いた所以です。

 

龔行天罰,應天順人,斯乃湯武之所以昭王業也。

かしこみて天の罰を行い、天に応じ人に順われた。このことは、殿の湯玉、周の武王が王業を明示された所以です。

遷都改邑,有殷宗中興之則焉;

都邑を洛陽に移されたのは、殷の盤庚が河北より河南に遷都して祖先の湯玉の古都に都し、殷の中興をはかった前例が則となる。

即土之中,有周成隆平之制焉。

国土の中央洛陽に都を建設されたのは、周の成王が洛陽に都し太平を招いた先例が法となる。

不階尺土一人之柄,同符乎高祖。

一尺の土、一人の力にもたよらないで、身を起こして天子の位に上ったのは、西漢の高祖と全く同じです。

克己復禮,以奉終始,允恭乎孝文。

私欲を抑えて礼法をふみ、生者死者に人の道を尽くされたのは、まことに父帝高祖に尽くした文帝よりも、深い恭敬の色があったからです。

憲章稽古,封岱勒成,儀炳乎世宗。

法制を守り、古礼に考えて、泰山で天を祭り、天下統一の成功を石に刻まれたことは、世宗武帝にまさるかがやかしい盛儀です。

案六經而校德,眇古昔而論功,

六経を案じ考えて、徳のほどを考え、遠く古制にのっとって帝業を天に告げられたことは、

仁聖之事既該,而帝王之道備矣。

徳と知との仁聖の二つのものが兼ねそなわり、帝王の道に欠けたところが一つもないのです。

 

 

且つ夫れ建武の元【はじめ】,天地 命を革【あらた】む

四海の,更に夫婦を造し,肇めて父子有る。

君臣 初めに建ち,人倫 寔【ここ】に始まる。

斯れ乃ち伏犧【ふくぎ】氏の皇德を基とする所以【ゆえん】也。

州土を分ち,市朝を立つ,

舟輿【しゅうよ】を作り,器械を造る,

斯れ乃ち軒轅【けんえん】氏の帝功を開ける所以【ゆえん】也。

 

龔【つつし】んで天罰を行い,天に應じ人に順う,斯れ乃ち湯武の王業を昭【あきら】かにする所以【ゆえん】也。

都を遷し邑を改めしは,殷宗【いんそう】中興の則に有り;

即土の中に【つ】けるは,周成 隆平の制有り。

尺土一人の柄【へい】に階【よ】らざるは,符を高祖にじう同す。

 

己に克ち禮を復【ふく】み,以って終始に奉ぜしは,允に孝文より恭む。

憲章稽古し,岱を封じ成を勒せしは,儀 世宗より炳【かがや】く。

六經を案じて德を校【かんが】え,古昔【こせき】を眇【はる】かにして功を論ぜしは,

仁聖の事既に該【そな】わり,帝王の道備【そなわ】れり。」

DCF00048 

 

(7)#4(知徳兼備の光武帝)-3

『東都賦』 現代語訳と訳註

(本文)

克己復禮,以奉終始,允恭乎孝文。

憲章稽古,封岱勒成,儀炳乎世宗。

案六經而校德,眇古昔而論功,

仁聖之事既該,而帝王之道備矣。

 

(下し文)

己に克ち禮を復【ふく】み,以って終始に奉ぜしは,允に孝文より恭む。

憲章稽古し,岱を封じ成を勒せしは,儀 世宗より炳【かがや】く。

六經を案じて德を校【かんが】え,古昔【こせき】を眇【はる】かにして功を論ぜしは,

仁聖の事既に該【そな】わり,帝王の道備【そなわ】れり。」

 

(現代語訳)

私欲を抑えて礼法をふみ、生者死者に人の道を尽くされたのは、まことに父帝高祖に尽くした文帝よりも、深い恭敬の色があったからです。

法制を守り、古礼に考えて、泰山で天を祭り、天下統一の成功を石に刻まれたことは、世宗武帝にまさるかがやかしい盛儀です。

六経を案じ考えて、徳のほどを考え、遠く古制にのっとって帝業を天に告げられたことは、

徳と知との仁聖の二つのものが兼ねそなわり、帝王の道に欠けたところが一つもないのです。

 

 

(訳注)

克己復禮,以奉終始,允恭乎孝文。

私欲を抑えて礼法をふみ、生者死者に人の道を尽くされたのは、まことに父帝高祖に尽くした文帝よりも、深い恭敬の色があったからです。

克己復礼 「克己復礼を仁となす」(『論語、顔淵篇』)、仁とは寛容で秩序にしたがうこと。顔淵問仁。 (子曰)「克己復礼為仁」儒教で説く5つの徳目を五常または五徳といい、仁・義・礼・智・信を指す。三綱(君臣・父子・夫婦間の道徳)とあわせ、「三綱五常」とする。

終始 「生は人の始めなり。死は人の終りなり。終始供に善くして、人の道畢(聴)る」(『荀子』礼論)。

孝文 西漢の文帝。高祖の子。文帝は宗廟を守り、先帝の宮室を始め車騎・苑囿に至るまで増設を許さず、民生の利をはかり、また兄弟の諸王、臣下にも寛大であり、商業より農業を基本においた。異民族に対しても、匈奴とは友好関係を結び、南越にも徳化政策をとり、兵を動かすにも控え目であった。刑罰も死罪を少なくすることに努め、要するに民生の休養と秩序と礼儀の確立を期した。それが仁でもあり死者生者に対する人らしい道を尽くしたことに当たる (『漢書』文帝紀)。

 

憲章稽古,封岱勒成,儀炳乎世宗。

法制を守り、古礼に考えて、泰山で天を祭り、天下統一の成功を石に刻まれたことは、世宗武帝にまさるかがやかしい盛儀です。

憲章 法制を守る。

稽古 いにしえの道を考える。

対岱 東嶽泰山に封禅の礼を行う。天地山川の神を祭る。封は土もりする。

位宗 西漢の武帝。

 

案六經而校德,眇古昔而論功,

六経を案じ考えて、徳のほどを考え、遠く古制にのっとって帝業を天に告げられたことは、

六經 儒教で基本経典とされる詩經、書經、易經、禮經、樂經、春秋經で、楽經を除いて五経とする。

校德 徳のほどを考える。

 

仁聖之事既該,而帝王之道備矣。」

徳と知との仁聖の二つのものが兼ねそなわり、帝王の道に欠けたところが一つもないのです。

仁聖 最高の徳と知。末曾有の戦乱をたてなおすためには、秩序の確立、民生の安定が必要であった。寛容(仁)もそのための政策であり、聡明で事態の予見に長ずることは、後世の繁栄を導く。
唐時代 韓愈関連01 



















東都賦 (1)1-1

東都主人喟然而歎曰:

「痛乎風俗之移人也!

子實秦人,矜夸館室,保界河山,

信識昭襄而知始皇矣,烏睹大漢之云為乎?

夫大漢之開元也,奮布衣以登皇位,

由數期而創萬代,

蓋六籍所不能談,前聖靡得言焉。

 

 (2)1-2

當此之時,功有橫而當天,討有逆而順民。

故婁敬度勢而獻其,蕭公權宜而拓其制。

時豈泰而安之哉?計不得以已也。

吾子曾不是睹,顧曜後嗣之末造,不亦暗乎。

今將語子以建武之治,永平之事。

監于太清,以變子之惑志。」

 

 

(3)2-1

「往者王莽作逆,漢祚中缺。

天人致誅,六合相滅。

于時之亂,生人幾亡,鬼神泯

壑無完柩,郛罔遺室。

 

(4)#2-2

原野厭人之肉,川谷流人之血。

秦項之災猶不克半,書契以來未之或紀。

故下人號而上訴,上帝懷而降監。

乃致命乎聖皇。

 

(5)3-1

於是聖皇乃握乾符,闡坤珍。

披皇圖,稽帝文。

赫然發憤,應若興雲。

霆擊昆陽,憑怒雷震。

遂超大河,跨北嶽。

立號高邑,建都河洛。

紹百王之荒屯,因造化之盪滌。

 

(6)3-2

體元立制,繼天而作。

系唐統,接漢緒。

茂育群生,恢復疆宇。

勳兼乎在昔,事勤乎三五。

豈特方軌並跡,紛綸后辟,

治近古之所務,蹈一聖之險易云爾哉?

 

 

(7)#4-1

且夫建武之元,天地革命

四海之,更造夫婦,肇有父子。

君臣初建,人倫寔始。

斯乃伏犧氏之所以基皇德也。。

分州土,立市朝,

作舟輿,造器械,

斯乃軒轅氏之所以開帝功也。

(8)

龔行天罰,應天順人,斯乃湯武之所以昭王業也。

遷都改邑,有殷宗中興之則焉;

即土之中,有周成隆平之制焉。

不階尺土一人之柄,同符乎高祖。

(9)

克己復禮,以奉終始,允恭乎孝文。

憲章稽古,封岱勒成,儀炳乎世宗。

案六經而校德,眇古昔而論功,

仁聖之事既該,而帝王之道備矣。

 

 

#5

「至乎永平之際,重熙而累洽。盛三雍之上儀,脩袞龍之法服。鋪鴻藻,信景鑠。揚世廟,正雅樂。人神之和允洽,群臣之序既肅。乃動大輅,遵皇衢。省方巡狩,躬覽萬國之有無。考聲教之所被,散皇明以瀦幽。然後增周舊,脩洛邑。扇巍巍,顯翼翼。光漢京于諸夏,總八方而為之極。

 

#6

於是皇城之,宮室光明,闕庭神麗。奢不可踰,儉不能侈。外則因原野以作苑,填流泉而為沼。發蘋藻以潛魚,豐圃草以毓獸。制同乎梁鄒,誼合乎靈囿。

 

#7

若乃順時節而蒐狩,簡車徒以講武。則必臨之以王制,考之以風雅。歷騶虞,覽駟鐵。嘉車攻,采吉日。禮官整儀,乘輿乃出。

 

#8

於是發鯨魚,鏗華鐘。登玉輅,乘時龍。鳳蓋棽麗,龢鑾玲瓏。天官景從,寢威盛容。山靈護野,屬御方神。雨師汎灑,風伯清塵。千乘雷起,萬騎紛紜。元戎竟野,戈鋋彗雲。羽旄掃霓,旌旗拂天。焱焱炎炎,揚光飛文。吐爓生風,山。日月為之奪明,丘陵為之搖震。

 

#9

遂集乎中囿,陳師按屯。駢部曲,列校隊。勒三軍,誓將帥。然後舉烽伐鼓,申令三驅。輶車霆激,驍騎電騖。由基發射,范氏施御。弦不睼禽,轡不詭遇。飛者未及翔,走者未及去。指顧倏忽,獲車已實。樂不極盤,殺不盡物。馬踠餘足,士怒未。先驅復路,屬車案節。

 

10

於是薦三犧,效五牲。禮神祇,懷百靈。覲明堂,臨辟雍。揚緝熙,宣皇風。登靈臺,考休徵。俯仰乎乾坤,參象乎聖躬。目中夏而布德,瞰四裔而抗稜。西盪河源,東澹海漘。北動幽崖,南燿朱垠。殊方別區,界而不鄰。自孝武之所不征,孝宣之所未臣。莫不陸讋水慄,奔走而來賓。遂綏哀牢,開永昌。春王三朝,會同漢京。

 

11

是日也,天子受四海之圖籍,膺萬國之貢珍。撫諸夏,外綏百蠻。爾乃盛禮興樂,供帳置乎雲龍之庭。陳百寮而贊群后,究皇儀而展帝容。於是庭實千品,旨酒萬鍾。列金罍,班玉觴。嘉珍御,太牢饗。爾乃食舉雍徹,太師奏樂。陳金石,布絲竹。鐘鼓鏗鍧,管絃燁煜。抗五聲,極六律。歌九功,舞八佾。韶武備,泰古畢。四夷間奏,德廣所及。僸佅兜離,罔不具集。萬樂備,百禮。皇歡浹,群臣醉。降煙熅,調元氣。然後撞鐘告罷,百寮遂退。」

 

12

「於是聖上睹萬方之歡,又沐浴於膏澤,懼其侈心之將萌,而怠於東作也,乃申舊章,下明詔。命有司,班憲度。昭節儉,示太素。去後宮之麗飾,損乘輿之服御。抑工商之淫業,興農桑之盛務。遂令海棄末而反本,背偽而歸真。女脩織紝,男務耕耘。器用陶匏,服尚素玄。恥纖靡而不服,賤奇麗而弗珍。捐金於山,沈珠於淵。

 

13

於是百姓滌瑕盪穢,而鏡至清。形神寂漠,耳目弗營。嗜欲之源滅,廉恥之心生。莫不優游而自得,玉潤而金聲。是以四海以,學校如林,庠序盈門。獻酬交錯,俎豆莘莘。下舞上歌,蹈德詠仁。登降飫宴之禮既畢,因相與嗟歎玄德,讜言弘。咸含和而吐氣,頌曰:盛哉乎斯世!」

 

14

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。講羲文之易,論孔氏之春秋。罕能精古今之清濁,究漢德之所由。唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。溫故知新已難,而知德者鮮矣!且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?秦嶺九嵕,涇渭之川。曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?建章甘泉,館御列仙。孰與靈臺明堂,統和天人?太液昆明,鳥獸之囿。曷若辟雍海流,道德之富?游俠踰侈,犯義侵禮。孰與同履法度,翼翼濟濟也?子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

 

15

主人之辭未終,西都賓矍然失容。逡巡降階,然意下,捧手欲辭。主人曰:「復位,今將授子以五篇之詩。」賓既卒業,乃稱曰:「美哉乎斯詩!義正乎楊雄,事實乎相如。匪唯主人之好學,蓋乃遭遇乎斯時也。小子狂簡,不知所裁。既聞正道,請終身而誦之。」其詩曰:

 

16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

上帝宴饗,五位時序。

誰其配之,世祖光武。

普天率土,各以其職。

猗歟緝熙,允懷多福。

 

17

辟雍詩

乃流辟雍,辟雍湯湯。

聖皇蒞止,造舟為梁。

皤皤國老,乃父乃兄。

抑抑威儀,孝友光明。

於赫太上,示我漢行。

洪化惟神,永觀厥成。

 

18

靈臺詩

乃經靈臺,靈臺既崇。

帝勤時登,爰考休徵。

三光宣精,五行布序。

習習祥風,祁祁甘雨。

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

屢惟豊年,於皇樂胥。

 

19

寶鼎詩

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

 

20

白雉詩

靈篇兮披瑞圖,獲白雉兮效素烏。

嘉祥阜兮集皇都。

發皓羽兮奮翹英,容絜朗兮於純精。

彰皇德兮侔周成。永延長兮膺天慶。