班固《東都賦》(27)『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?


2014年2月3日 の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 274 《人日城南登高》 韓愈  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3696 (02/03)
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班孟堅(班固)《東都賦》(27)#14(東都漢の美点)-2 文選 賦 賦<1132718分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1029 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3693

 

 

(26)14-1

「今論者但知誦虞夏之書,詠殷周之詩。

(東都漢の美点) ところが現に東都遷都を諭ずる人々は、ただ古い虞書、夏書(書経)をそらんじ、殷の商頌、周の詩(詩経)を詠う知識として教条的に論じている。

講羲文之易,論孔氏之春秋。

儒者らが伏犠・文王の易を講説し、孔子の春秋を論じるだけのことなのである。

罕能精古今之清濁,究漢德之所由。

古今の正邪に通暁し、聖人、賢者を能く研究する。しかし、前漢、後漢の徳による施政のよる所を究め得たものはまれである。

唯子頗識舊典,又徒馳騁乎末流。

ただあなただけは昔の典例をすこぶる心得ておられるのではあるが、また一方では、あなたもいたずらに末流の奢侈を追っかけておられるのである。

 (27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

 (28)  14-3

曷若四瀆五嶽,帶河泝洛,圖書之淵?

建章甘泉,館御列仙。

孰與靈臺明堂,統和天人?

太液昆明,鳥獸之囿。

曷若辟雍海流,道德之富?

(29)  14-4

游俠踰侈,犯義侵禮。

孰與同履法度,翼翼濟濟也?

子徒習秦阿房之造天,而不知京洛之有制也;

識函谷之可關,而不知王者之無外也。」

 

(26)14-1

「今 論者は但だ虞夏の書を誦し,殷周の詩を詠ずるを知るのみ。

羲文の易を講じ,孔氏の春秋を論ずる。

能く古今の清濁を精【くわし】くし,漢德の由る所を究むること罕【まれ】なり。

唯だ 子は頗る舊典を識るも,又た 徒らに末流に馳騁【ちてい】す。

(27)  #14-2

「故を溫ねて新しきを知る」こと已に難し,而して德を知る者鮮【すく】なし!

且つ夫れ西戎に僻界し,險阻 四塞し,其の防禦を脩【おさ】む。

土中に處【い】て,平夷【へいい】洞達【どうたつ】し,萬方輻湊【ふくそう】するに孰與【いずれ】ぞや?

秦嶺【しんれい】九嵕【きゅうそう】,涇渭の川。

(28)  #14-3

曷【なん】ぞ四瀆【しとく】五嶽【ごがく】,河を帶び洛に泝【さかのぼ】り,圖書の淵なるに若【し】かんや?

建章【けんしょう】甘泉【かんせん】,館御列仙を【かんぎょ】す。

靈臺【れいだい】明堂,天人を統和するに孰與【いずれ】ぞや?

太液 昆明,鳥獸の囿あり。

曷【なん】ぞ辟雍の海のごとく流れ,道德の富めるに若【し】かんや?

(29)  #14-4

游俠 踰侈【ゆし】,義を犯し禮を侵す。

同じく法度を履み,翼翼【よくよく】濟濟【せいせい】たるに孰與【いずれ】ぞや?

子は徒らに秦の阿房の天に造るに習らいて,京洛の制有るを知らずなり。

函谷の關す可きを識り,而して王者の外無きを知らざるなり。」と。

 

長安付近図00 

 

『東都賦』(27) 現代語訳と訳註

(本文) (27)#14(東都漢の美点)-2

(27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

秦嶺九嵕,涇渭之川。

 

 

(下し文)(27)  #14-2

「故を溫ねて新しきを知る」こと已に難し,而して德を知る者鮮【すく】なし!

且つ夫れ西戎に僻界し,險阻 四塞し,其の防禦を脩【おさ】む。

土中に處【い】て,平夷【へいい】洞達【どうたつ】し,萬方輻湊【ふくそう】するに孰與【いずれ】ぞや?

秦嶺【しんれい】九嵕【きゅうそう】,涇渭の川。

 

(現代語訳)

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

カンナ223 

(訳注) (27)  14-2

溫故知新已難,而知德者鮮矣!

『論語』にいう旧典を調べて新しい意義の発見を期することは既に難しく、美徳の価値を知った者も少なくなった。

溫故知新 『論語、為政』昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること。ふるきをたずねて新しきを知る。

知徳 「子曰、由、知徳者鮮矣。」(子曰わく、由【ゆう】よ、徳を知る者は鮮【すく】なしかな。」(『論語』衛霊公)。原文はこれを借り漢の徳とする。

 

且夫僻界西戎,險阻四塞,脩其防禦。

西都はそもそも異民族の西戎に近接し、険阻な山に四方を塞がれ、その防衛につとめるのである。

西戎 西夷。西方の異民族と長安は近接していた。

 

孰與處乎土中,平夷洞達,萬方輻湊?

東都は国土の中央に位置し、平野が四方に開け、四方の国が車輪の輻のように集まり帰順してくる場所である東都とどちらがまさっているというのか?

土中 国土の中央。洛陽が天下の中心であることを力説する措辞。

 

秦嶺九嵕,涇渭之川。

西都では、山は南に秦嶺と北に九嵕、川では涇水と渭水とがある。

函谷関長安地図座標005