《東都賦》(32)(辟雍の詩)(天子が建てられた大学、辟雍の詩)天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。


2014年2月8日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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班孟堅(班固)《東都賦》(32)(辟雍の詩) 文選 賦 賦<1133218分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1034 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3718     (32)(辟雍の詩)

 


(31) 16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

上帝宴饗,五位時序。

誰其配之,世祖光武。

普天率土,各以其職。

猗歟緝熙,允懷多福。

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

 

(32) #17

辟雍詩

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

乃流辟雍,辟雍湯湯。

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖皇蒞止,造舟為梁。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

皤皤國老,乃父乃兄。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

抑抑威儀,孝友光明。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

於赫太上,示我漢行。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

洪化惟神,永觀厥成。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(32) #17

(辟雍の詩)

乃【ここ】に辟雍に流る,辟雍は湯湯たり。

聖皇 蒞【のぞ】み止む,舟を造りて梁と為す。

皤皤【はは】たる國老をば,乃ち父とし乃ち兄とす。

抑抑たる威儀,孝友 光明なり。

於【ああ】赫たる太上,我が漢行を示す。

洪【おおい】なる化は惟れ神のごと,永【とこしえ】に厥【そ】の成【せい】を觀【み】ん。

辟雍00 

 

『辟雍詩』 現代語訳と訳註

(本文)

(32) #17

辟雍詩

乃流辟雍,辟雍湯湯。

聖皇蒞止,造舟為梁。

皤皤國老,乃父乃兄。

抑抑威儀,孝友光明。

於赫太上,示我漢行。

洪化惟神,永觀厥成。

 

(下し文)

(32) #17

(辟雍の詩)

乃【ここ】に辟雍に流る,辟雍は湯湯たり。

聖皇 蒞【のぞ】み止む,舟を造りて梁と為す。

皤皤【はは】たる國老をば,乃ち父とし乃ち兄とす。

抑抑たる威儀,孝友 光明なり。

於【ああ】赫たる太上,我が漢行を示す。

洪【おおい】なる化は惟れ神のごと,永【とこしえ】に厥【そ】の成【せい】を觀【み】ん。

 

 

(現代語訳)

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(訳注)(32) #17

辟雍詩

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

「辟雍」とは、古代中国の天子が建てた最高学府のこと。周代の礼法によると、「辟雍」は周囲に円形の池をめぐらせたという。

「辟雍」は、その故事に倣い、建物の周りをぐるりと円形の池が囲む。周代の礼法では、天子の建てる「辟雍」に対し、地方の諸侯が建てる大学の池は半円形で、「泮水」ないし「泮池」と称された。

 

乃流辟雍,辟雍湯湯。

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

流 浮かび上がる。

湯湯 水の盛んなさま。

 

聖皇蒞止,造舟為梁。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

蒞止 臨席する際の儀礼、作法にのっとったふるまい。莅()()とは。意味や日本語訳。到る,臨む,列席する.莅 lìlín[]《書》(一般に貴賓が)臨席する.句末に沿えるの語を助ける意味のない助詞。

 

皤皤國老,乃父乃兄。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

皤皤 白髪のさま。

国老 三老五更。永平二年三月、明帝は群臣とともに国老を養い、大射の礼を行う(明帝紀)。

乃父乃兄 乃ほ意義なく、四吉のリズムをととのえる。『孝経』援神契という書に、「天子一二老に尊(兢)として事へ、五更に兄として事ふ」とある。

 

抑抑威儀,孝友光明。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなとあってはならない。

抑抑 慎密、注意深く細心。

友 兄弟仲のよいこと。

 

於赫太上,示我漢行。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

示我携行「我が周行を示す」(『詩経』小雅の鹿鳴篇)に基づく。周は至(徳の列位)、行は道なり。

 

洪化惟神,永觀厥成。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

永観厥成「永く厥の成を観る」(『詩経』周頌の有瞽篇)に基づく。
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