班固《東都賦》(34)(寶鼎の詩)王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。


2014年2月10日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《東都賦》(34)(寶鼎の詩) 文選 賦 賦<113―34>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1036 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3728
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《別趙子》#2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <949>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3729韓愈詩-244
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ廣徳2年764-25 《草堂 #4》 ふたたび成都 杜甫<665>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3730 杜甫詩1000-665-940/1500759
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
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班孟堅(班固)《東都賦》(34)(寶鼎の詩) 文選 賦 賦<1133418分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1036 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3728

 


(31) 16

明堂詩

於昭明堂,明堂孔陽。

聖皇宗祀,穆穆煌煌。

上帝宴饗,五位時序。

誰其配之,世祖光武。

普天率土,各以其職。

猗歟緝熙,允懷多福。 

けがれなき、政教を明らかにされるところ、明堂の詩

ああ、明堂というものはけがれなき、政教を明らかにされるところであり、明堂は国をとても鮮明にしていくところである。

聖徳なる天子は祖先を最も大切なものとしてまつり、これほどに威儀多く、つつましくして美しく立派なこととされる。

地上の主宰者である天子も郊祀楽,儀礼の宴饗楽をおこなう、東西南北と中央の五方に分け、それぞれ五神とさだめられた席にならびたまう。

神に配されし人は誰であろうか、それは世祖光武の帝その人である。

大地をあまねくおおっている広大な天が陸地と海との接する果てまでの国土、その天下国土より、その職司をもって祭りに当たる。

ああ、徳があり広く知れわたることとなり、まことにこれほどの多福が来るのである。

 

(32) #17

辟雍詩

乃流辟雍,辟雍湯湯。

聖皇蒞止,造舟為梁。

皤皤國老,乃父乃兄。

抑抑威儀,孝友光明。

於赫太上,示我漢行。

洪化惟神,永觀厥成。

(天子が建てられた大学、辟雍の詩)

天子が建てられた辟雍は水面に浮んでいるようだ、辟雍をめぐって水はゆたかに滔滔と流れている。

聖徳の天子はその場に儀礼、作法にのっとったふるまいされ、舟を造りて浮き橋となれた。

髪白き国老をうやまい、父とし兄として仕えるように教えられる。

注意深く細心な起ち居振舞いをしなければいけないとし、孝悌の情についてもあきらかにし、かくすところなどあってはならない。

ああ、かがやける天子よ、我が漢の国の歩む道を示すものである。

天子の大いなる徳化は神のわざのようである、そして、それはとこしえにその成功、盛栄を見せられるのである。

 

(33) 18

靈臺詩

乃經靈臺,靈臺既崇。

帝勤時登,爰考休徵。

三光宣精,五行布序。

習習祥風,祁祁甘雨。

百穀蓁蓁,庶草蕃廡。

屢惟豊年,於皇樂胥。

(靈臺の詩)

そもそも文王の霊台はその仁徳を以ていとなまれるものであり、雲台ははやくも高くそびえる。

明帝はつとめて時にあたってここに登られ、敬きめでたきしるしを問いただす。

日月星の三光は、くまなくかがやきわたり、水火金木土の五行は、順序のとおりめぐりゆく。

やんごとなきさいわいの風はそよそよとふきわたり、いつくしみの雨はひろく静かに降る。

百穀はのびそだち豊穣となり、もろもろの草木はしげりにしげる。

豊穣の年はたびかさなり、ああ、いとも楽しきことにあふれる。 

(34) 19

寶鼎詩

(王雒山から出土の鼎の詩)

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

光武帝の祖廟に上り供えられ、聖なる神を祭られる。そして億万年の後までも神霊の徳を昭らかされることだろう。

辟雍00 

寶鼎詩』 現代語訳と訳註

(本文) (34) 19

寶鼎詩

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

 

(下し文) (34) 19

(寶鼎の詩)

嶽は貢を修め、川は珍をし、金景を吐いて浮雲をす。

賓鼎見れて色紛縕たり、として其れきて文をむる。

廟に登りて聖を享し、靈德を昭にして億年をらん。

 

(現代語訳)

(王雒山から出土の鼎の詩)

王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。

出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。

光武帝の祖廟に上り供えられ、聖なる神を祭られる。そして億万年の後までも神霊の徳を昭らかされることだろう。

 

(訳注) (34) 19

寶鼎詩

(王雒山から出土の鼎の詩)

宝鼎 明帝の永平六年(63)、蘆江(安徽省)の太守は王雒山から出土の鼎を献上(『東観漢紀』)。またその詔に「易に日く、鼎三公に象ると。豈公卿職を奉じてその理を得たるか。太常其れ約祭(夏の祭り)の日を以て、鼎を廟に陳ベ、以て器用に備へよ」とある。次に永平十一年(68)、また蘆江の太守は澡湖から出た黄金の鼎を献上。この時麒麟、白雉、醴泉、嘉禾などが出た(『後漢書』明帝紀)。春,二月,王雒山出寶鼎,獻之。夏,四月,甲子,詔曰:“祥瑞之降,以應有德;方今政化多僻,何以致茲!

 

嶽脩貢兮川效珍,吐金景兮歊浮雲。

王雒山のが貢の宝を献上され、川も珍宝を献げられた。それは黄金の光をはなち、ただよう雲を吹きあおる。

嶽 鼎が出土した王雒山。

貢 貢は、鼎のみつぎもの。は、そなえる。

 致す。

吐 光をはなつ。

金景 黄金の光。

 カク。気を上へ吹き上げる。

 

寶鼎見兮色紛縕。煥其炳兮被龍文。

出土された宝の鼎にして五彩の色が乱れかがやく。そのかがやきのひときわあかるきは、鼎をおおう龍の飾りの模様からはっせられる。

 盛んで多いさま。

 火のもえる時、外に出る光を原義とす。

 火光。転じてきわだって明るくかがやく。

 

登祖廟兮享聖神。昭靈德兮彌億年。

光武帝の祖廟に上り供えられ、聖なる神を祭られる。そして億万年の後までも神霊の徳を昭らかされることだろう。

祖廟 光武帝の廟。

霊徳 世祖光武帝の徳。
漢宮 建章宮00