今はまさに、夫が歓楽に過ごすことを一番としており同じように過ごしたいけれど、あの方が去ってから、自らをかたちづくる化粧もしなくなった、それで、いまは誰が見ても若い盛りのあでやかな容華であったものを知っている者はいない。

 
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《江夏行》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25 20 首 <83-#4> Ⅰ李白詩1251 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4803

 

 

 

Index-

5

- 5-725年開元十三年25

20

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

 

作時年:725年開元十三年25

卷別:    卷一六七              文體:    雜言古詩

詩題:    江夏行

作地點:              鄂州(江南西道 / 鄂州 / 鄂州)

及地點:              鄂州 (江南西道 鄂州 鄂州) 別名:江夏         

揚州 (淮南道 揚州 揚州) 別名:廣陵、淮南、淮海      

黃鶴樓 (江南西道 鄂州 江夏)           

 

 

江夏行 #1

憶昔嬌小姿,春心亦自持。

為言嫁夫婿,得免長相思。

誰知嫁商賈,令人卻愁苦。

自從為夫妻,何曾在土。

(船商人の妻が旅に出たきり帰らない夫を思い、その情緒を詠ったもの)#1

思えば昔の事、まだ、嬌小の姿でようやく物心ついた時分には、自ら検束して、淫蕩の心などすこしも起さなかった。

娘の気持ちというのは、夫のもとに嫁いでいけば長く相思相愛、夫のことで苦労があろうなど思いもしなかったのである。

ところが、誰が知っていたというのか、江夏の船商人に嫁入りしてから、人として却って愁苦せしめられるということだったのだ。

それは何かといえば、夫婦となってから夫は、一日も郷土に落ち着いて居ることがなく,始終、旅に出ているからである。

#2

去年下揚州,相送黃鶴樓。

眼看帆去遠,心逐江水流。

只言期一載,誰謂歷三秋。

使妾腸欲斷,恨君情悠悠。

去年、夫が揚州の方へ下るというから、連れ立って黄鶴楼まで行き、送別した。

夫の舟を送ると、次第に遠く帆影が見えなくなるまでじっと佇んでいると、妻の心は長江の流れを負ってとこまでも附いてゆくような気がしたのだ。

しかし、揚州はそんなに遠く無いので、一年の内には帰って来るだろうと思っていたところが、もうすでに三年も経過したが、新妻を置いたまま、いまだに帰ってこないなど云うことをだれが言うというのか。

新妻を女として心も体もかよい合わせることなく断たれたままで、夫君の心情というのは、どうしてそんなに悠々といておられるか、恨みにさえ思うのである。

#3

東家西舍同時發,北去南來不逾月。

未知行李遊何方,作個音書能斷

適來往南浦,欲問西江船。

正見當壚女,紅妝二八年。

勿論ここのものはどちらを向いても、船商人ばかりで東側の家のもの、西側の家のものも、同時に出発し、あるいは、北に去ってゆき、あるいは南に向かって行くけれどわずか一カ月で帰ってきた。

我が夫の旅の行く先は何処に遊んでいるのか、こちらから、いくら、手紙を出しても全く返事がないのである。

このように一向に返事がないので、夫の消息を訪ねようと思い、こうして、南浦まで出かけてきて、長江を西に向かう船にことづけを恃もうとした。

その船には、紅妝十六歳のきわめて若い女が乗り込んでいて、丁度その時、壚にあたって、酒の支度をし始めたところであった。

#4

一種為人妻,獨自多悲悽。

對鏡便垂淚,逢人只欲啼。

不如輕薄兒,旦暮長相隨。

悔作商人婦,青春長別離。

如今正好同歡樂,君去容華誰得知。

思えば一つの種類と思われる人の妻になっているのに、どうして自分ひとりだけこんなにも多くの悲しみを抱くことになるのだろうか。

鏡に向かうと、すなわち涙を流し、人に逢えば、唯だ、啼こうとするのである。

こんな生活をするくらいなら、あの紅妝十六歳のきわめて若い女のように軽薄な男でも構わない、朝から晩まで伴に、一緒に長く暮らしていく方だどれだけよいのか。

船商人の妻となってあたら青春の盛りを長く別離したままでいることを後悔しているのである。

今はまさに、夫が歓楽に過ごすことを一番としており同じように過ごしたいけれど、あの方が去ってから、自らをかたちづくる化粧もしなくなった、それで、いまは誰が見ても若い盛りのあでやかな容華であったものを知っている者はいない。

 

 (江夏行)

憶う昔 嬌小の姿,春心 亦た 自ら持す。

為に言う 夫婿に嫁すれば,長相思を免るるを得んと。

誰か知らん 商賈に嫁し,人をして卻って愁苦せ令むるを。

夫妻と為ってより,何んぞ曾って土に在らん

#2

去年 揚州に下り,相い送る 黃鶴樓。

眼に看る 帆 去るは遠く,心は逐江水をうて流る。

只だ言う 一載を期す,誰か謂わん 三秋を歷んとは。

妾をして腸 斷んと欲し使む,恨む君が 情悠悠たる。

#3

東家西舍 同時に發し,北去南來 月を逾えず。

未だ知らず 行李 何れの方に遊ぶかを,個の音書を作って能く斷

適【たまた】ま來って南浦に往き,西江の船を問わんと欲す。

正に見る 當壚の女,紅妝 二八の年。

#4

一種 人妻と為り,獨り自ら悲悽多し。

鏡に對して便ち淚を垂れ,人に逢うて只だ啼かんと欲す。

如かず 輕薄の兒,旦暮 長く相い隨う。

悔るらくは商人の婦と作って,青春 長く別離なり。

今の如き正に好し同じく歡樂し,君去らば 容華 誰か知るを得ん。

三峡 巫山十二峰001 

 

『江夏行』 現代語訳と訳註

(本文) #4

一種為人妻,獨自多悲悽。

對鏡便垂淚,逢人只欲啼。

不如輕薄兒,旦暮長相隨。

悔作商人婦,青春長別離。

如今正好同歡樂,君去容華誰得知。

 

 

(下し文)

一種 人妻と為り,獨り自ら悲悽多し。

鏡に對して便ち淚を垂れ,人に逢うて只だ啼かんと欲す。

如かず 輕薄の兒,旦暮 長く相い隨う。

悔るらくは商人の婦と作って,青春 長く別離なり。

今の如き正に好し同じく歡樂し,君去らば 容華 誰か知るを得ん。

 

(現代語訳)

思えば一つの種類と思われる人の妻になっているのに、どうして自分ひとりだけこんなにも多くの悲しみを抱くことになるのだろうか。

鏡に向かうと、すなわち涙を流し、人に逢えば、唯だ、啼こうとするのである。

こんな生活をするくらいなら、あの紅妝十六歳のきわめて若い女のように軽薄な男でも構わない、朝から晩まで伴に、一緒に長く暮らしていく方だどれだけよいのか。

船商人の妻となってあたら青春の盛りを長く別離したままでいることを後悔しているのである。

今はまさに、夫が歓楽に過ごすことを一番としており同じように過ごしたいけれど、あの方が去ってから、自らをかたちづくる化粧もしなくなった、それで、いまは誰が見ても若い盛りのあでやかな容華であったものを知っている者はいない。

李白図102 

(訳注)  #4

江夏行

(船商人の妻が旅に出たきり帰らない夫を思い、その情緒を詠ったもの)

江夏 鄂州、武昌であり、江夏郡、江夏縣であり、江南西道に属す。長江の要津で、船商人が多く住んでいた。

 

一種為人妻,獨自多悲悽。

思えば一つの種類と思われる人の妻になっているのに、どうして自分ひとりだけこんなにも多くの悲しみを抱くことになるのだろうか。

 

對鏡便垂淚,逢人只欲啼。

鏡に向かうと、すなわち涙を流し、人に逢えば、唯だ、啼こうとするのである。

 

不如輕薄兒,旦暮長相隨。

こんな生活をするくらいなら、あの紅妝十六歳のきわめて若い女のように軽薄な男でも構わない、朝から晩まで伴に、一緒に長く暮らしていく方だどれだけよいのか。

輕薄兒 軽薄な男。壚にあたって、酒の支度をした、紅妝十六歳のきわめて若い女が相手をしたような軽薄な男。

旦暮 朝から晩まで。

 

悔作商人婦,青春長別離。

船商人の妻となってあたら青春の盛りを長く別離したままでいることを後悔しているのである。

 

如今正好同歡樂,君去容華誰得知。

今はまさに、夫が歓楽に過ごすことを一番としており同じように過ごしたいけれど、あの方が去ってから、自らをかたちづくる化粧もしなくなった、それで、いまは誰が見ても若い盛りのあでやかな容華であったものを知っている者はいない。

容華誰得知 夫が去って以来、自分を飾り、綺麗にすることをやめたので、綺麗だったころのことを知る者はいない。
太白山001