両方の長廊では太鼓を鳴らし、瓦官閣の四隅の屋翼には風鈴が鳴り響いていた。この瓦官閣は高さが三百丈もあり、はるか霄漢の上に出ているし、仰げば、太陽と月との運行を攀じてみているのである。

 
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Index-

5

- 5-725年開元十三年25

20

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

28

9

送崔十二遊天竺寺

還聞天竺寺,

卷十五

29

10

登瓦官閣

晨登瓦官閣,

巻二十

30

11

望廬山瀑布水二首其一

西登香爐峰,

巻二十

31

12

望廬山瀑布二首其二(絶句) 

日照香爐生紫煙,

巻二十

32

13

望廬山五老峯 

廬山東南五老峰,

巻二十

33

14

金陵望漢江

漢江迴萬里,

巻二十

34

15

望天門山  李白 6

天門中斷楚江開,

巻二十

35

16

荊門浮舟望蜀江

春水月峽來,

巻二十一

36

17

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁

江行幾千里,

巻二十一

37

18

秋下荊門 李白 4

霜落荊門江樹空,

巻二十一

38

19

江行寄遠 李白 3

刳木出楚,

巻二十一

 

 

 

年:725年開元十三年25

卷別: 卷一八○  文體: 五言古詩 

詩題: 登瓦官閣 

作地點: 江寧(江南東道 / 潤州 / 江寧

及地點:  瓦官閣 (江南東道 潤州 江寧) 別名:瓦棺閣     

     江寧 (江南東道 潤州 江寧) 別名:金陵     

鍾山 (江南東道 潤州 鍾山) 別名:鍾峰、蔣山、紫金山     

     鳳凰樓 (江南東道 潤州 江寧)     

     魯靈光殿 (河南道 兗州 曲阜) 別名:魯殿     

 

 

登瓦官閣 #1

(この詩は、金陵にいる時、瓦官閣に登って金陵の風光と故事について詠ったもの。)

晨登瓦官閣,極眺金陵城。 

朝早くから瓦官閣に登って、金陵の城郭中を眺められる範囲を全て見やった。

鍾山對北淮水入南榮。 

鍾山は、瓦官閣の北對し,秦淮の水は、南側の榮檐に入るように見える。

漫漫雨花落,嘈嘈天樂鳴。 

春の盛りで漫漫と咲き誇る花に雨がふりそそぐ、ここに聞こえる天上の仙楽は嘈嘈と鳴り響く。

兩廊振法鼓,四角吟風箏。 

両方の長廊では太鼓を鳴らし、瓦官閣の四隅の屋翼には風鈴が鳴り響いていた。

杳出霄漢上,仰攀日月行。 

この瓦官閣は高さが三百丈もあり、はるか霄漢の上に出ているし、仰げば、太陽と月との運行を攀じてみているのである。

 #2

山空霸氣滅,地古寒陰生。 

寥廓雲海晚,蒼茫宮觀平。 

門餘閶闔字,樓識鳳凰名。 

雷作百山動,神扶萬栱傾。 

靈光何足貴,長此鎮京。 

 

 (瓦官閣に登る)

晨に瓦官閣に登り,金陵城を極眺す。 

鍾山は北淮水は南榮に入る。 

漫漫として 雨花落ち,嘈嘈【そうそう】として 天樂鳴る。 

兩廊 法鼓を振り,四角 風箏を吟す。 

杳【はるか】に霄漢の上に出で,仰いで 日月を攀じて行く。

 #2

山 空しくして 霸氣滅し,地 古くして 寒陰生ず。 

寥廓【りょうかく】雲海の晚,蒼茫 宮觀の平。 

門には餘す 閶闔【しょうこう】の字,樓には識る 鳳凰の名。 

雷 作って百山動き,神 扶けて萬栱【ばんきょう】傾く。 

靈光 何ぞ貴ぶに足らん,長く此に 京を鎮す 

岳陽樓詩人0051 

 

『登瓦官閣』 現代語訳と訳註

(本文)

登瓦官閣 #1

晨登瓦官閣,極眺金陵城。 

鍾山對北淮水入南榮。 

漫漫雨花落,嘈嘈天樂鳴。 

兩廊振法鼓,四角吟風箏。 

杳出霄漢上,仰攀日月行。 

 

(下し文)

(瓦官閣に登る)

晨に瓦官閣に登り,金陵城を極眺す。 

鍾山は北に對し,淮水は南榮に入る。 

漫漫として 雨花落ち,嘈嘈【そうそう】として 天樂鳴る。 

兩廊 法鼓を振り,四角 風箏を吟す。 

杳【はるか】に霄漢の上に出で,仰いで 日月を攀じて行く。

 

(現代語訳)

(この詩は、金陵にいる時、瓦官閣に登って金陵の風光と故事について詠ったもの。)

朝早くから瓦官閣に登って、金陵の城郭中を眺められる範囲を全て見やった。

鍾山は、瓦官閣の北對し,秦淮の水は、南側の榮檐に入るように見える。

春の盛りで漫漫と咲き誇る花に雨がふりそそぐ、ここに聞こえる天上の仙楽は嘈嘈と鳴り響く。

両方の長廊では太鼓を鳴らし、瓦官閣の四隅の屋翼には風鈴が鳴り響いていた。

この瓦官閣は高さが三百丈もあり、はるか霄漢の上に出ているし、仰げば、太陽と月との運行を攀じてみているのである。

moon5411 

(訳注)

登瓦官閣 #1

(この詩は、金陵にいる時、瓦官閣に登って金陵の風光と故事について詠ったもの。)

瓦官閣 江南東道 潤州 江寧にあった。横江の渡津にあった寺の楼閣で、高さは三百丈(75)もあった。

 

晨登瓦官閣,極眺金陵城。 

朝早くから瓦官閣に登って、金陵の城郭中を眺められる範囲を全て見やった。

 

鍾山對北淮水入南榮。 

鍾山は、瓦官閣の北對し,秦淮の水は、南側の榮檐に入るように見える。

鍾山 南京をとりまく丘陵の一角を占め,最高所で標高448m。鍾山,金陵山ともいう。南京を東からおおい,長江に臨む位置にあり,三国時代ここに呉の都が置かれたときから,南京防御の要衝であった。

春秋時代に呉がこの地に城を築いたことに始まる。戦国時代に呉を征服した楚は金陵邑を設置。その後秦朝による統一事業が達成され、始皇帝がこの地に巡幸してきた際に、「この地に王者の気がある」と言われ、それに怒って地形を無理やり変えてこの地の気を絶とうとした。また名前も金から秣(まぐさ)の秣陵県と改称している。

三国時代になると呉の孫権が229年に石頭城という要塞を築いて建業と称してこの地に都を置いた。西晋にて一旦、建業とされた後に司馬鄴(愍帝)を避諱して建康と改められ、東晋及びその後の四王朝(宋、斉、梁、陳)の都となった。呉を含めた六国が全て同じ地に都を置いたことから六朝時代の名がある。

隋代には江寧県、唐代には金陵県、白下県、上元県と改称されている。隋唐代には新たに開削された大運河により、長江対岸の揚州が物資の集積地となり、この地域の中心地としての地位を奪われた恰好となり、往時の都としての繁栄は見られなくなった。唐崩壊後の五代十国時代には、南唐の都城である金陵府が置かれ、後に改名されて西都と称する。

南榮 南側の屋翼型の檐(ひさし)

 

漫漫雨花落,嘈嘈天樂鳴。 

春の盛りで漫漫と咲き誇る花に雨がふりそそぐ、ここに聞こえる天上の仙楽は嘈嘈と鳴り響く。

雨花落 咲き誇る花に雨がふりそそぐ。

嘈嘈 城中の音楽などの音があつまる。

天樂 天に響き渡ると仙楽に聞こえる。

 

兩廊振法鼓,四角吟風箏。 

両方の長廊では太鼓を鳴らし、瓦官閣の四隅の屋翼には風鈴が鳴り響いていた。

風箏 屋翼にぶら下げている風鈴が鳴り響いている。

 

杳出霄漢上,仰攀日月行。 

この瓦官閣は高さが三百丈もあり、はるか霄漢の上に出ているし、仰げば、太陽と月との運行を攀じてみているのである。

日月行 太陽と月との運行。