城の南掖は、閶闔門と名称され、また、鳳凰樓というのが近い山上に聳えている。楚の楼閣の上において、一度音を発すれば、さながら雷のおこるがごとくして、百山がそのために、搖動すべく、しかし、神霊は、冥漠の中にあって、この楼閣を擁護し、萬栱の傾くを助けている。



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蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。  25 20

 

 

年:725年開元十三年25

卷別: 卷一八○  文體: 五言古詩 

詩題: 登瓦官閣 

作地點: 江寧(江南東道 / 潤州 / 江寧

及地點:  瓦官閣 (江南東道 潤州 江寧) 別名:瓦棺閣     

     江寧 (江南東道 潤州 江寧) 別名:金陵     

鍾山 (江南東道 潤州 鍾山) 別名:鍾峰、蔣山、紫金山     

     鳳凰樓 (江南東道 潤州 江寧)     

     魯靈光殿 (河南道 兗州 曲阜) 別名:魯殿     

 

 

登瓦官閣 #1

(この詩は、金陵にいる時、瓦官閣に登って金陵の風光と故事について詠ったもの。)

晨登瓦官閣,極眺金陵城。 

朝早くから瓦官閣に登って、金陵の城郭中を眺められる範囲を全て見やった。

鍾山對北淮水入南榮。 

鍾山は、瓦官閣の北對し,秦淮の水は、南側の榮檐に入るように見える。

漫漫雨花落,嘈嘈天樂鳴。 

春の盛りで漫漫と咲き誇る花に雨がふりそそぐ、ここに聞こえる天上の仙楽は嘈嘈と鳴り響く。

兩廊振法鼓,四角吟風箏。 

両方の長廊では太鼓を鳴らし、瓦官閣の四隅の屋翼には風鈴が鳴り響いていた。

杳出霄漢上,仰攀日月行。 

この瓦官閣は高さが三百丈もあり、はるか霄漢の上に出ているし、仰げば、太陽と月との運行を攀じてみているのである。

 #2

山空霸氣滅,地古寒陰生。 

山は空しく覇気が既にすっかり消えてしまい、地は古くして寒く厚い雲で影を生じている。

寥廓雲海晚,蒼茫宮觀平。 

雲海寛廣にして、やがて暮れんとし、城中には、ほの暗い中、宮觀が平らかに舗いて見える。

門餘閶闔字,樓識鳳凰名。 

城の南掖は、閶闔門と名称され、また、鳳凰樓というのが近い山上に聳えている。

雷作百山動,神扶萬栱傾。 

楚の楼閣の上において、一度音を発すれば、さながら雷のおこるがごとくして、百山がそのために、搖動すべく、しかし、神霊は、冥漠の中にあって、この楼閣を擁護し、萬栱の傾くを助けている。
靈光何足貴,長此鎮京。 

何時までも厳然として、対峙して立っているので、名だたる魯国の靈光殿も、これに比較して、尊ぶに足らず、ここにあって長く金陵の地を鎮するのは、まことにありがたく、且つ貴きことである。

 

 (瓦官閣に登る)

晨に瓦官閣に登り,金陵城を極眺す。 

鍾山は北淮水は南榮に入る。 

漫漫として 雨花落ち,嘈嘈【そうそう】として 天樂鳴る。 

兩廊 法鼓を振り,四角 風箏を吟す。 

杳【はるか】に霄漢の上に出で,仰いで 日月を攀じて行く。

 #2

山 空しくして 霸氣滅し,地 古くして 寒陰生ず。 

寥廓【りょうかく】雲海の晚,蒼茫 宮觀の平。 

門には餘す 閶闔【しょうこう】の字,樓には識る 鳳凰の名。 

雷 作って百山動き,神 扶けて萬栱【ばんきょう】傾く。 

靈光 何ぞ貴ぶに足らん,長く此に 京を鎮す 

李白図102

 

『登瓦官閣』 現代語訳と訳註

(本文)

登瓦官閣 #2

山空霸氣滅,地古寒陰生。 

寥廓雲海晚,蒼茫宮觀平。 

門餘閶闔字,樓識鳳凰名。 

雷作百山動,神扶萬栱傾。 

靈光何足貴,長此鎮京。 

 

(下し文)

(瓦官閣に登る) #2

山 空しくして 霸氣滅し,地 古くして 寒陰生ず。 

寥廓【りょうかく】雲海の晚,蒼茫 宮觀の平。 

門には餘す 閶闔【しょうこう】の字,樓には識る 鳳凰の名。 

雷 作って百山動き,神 扶けて萬栱【ばんきょう】傾く。 

靈光 何ぞ貴ぶに足らん,長く此に 京を鎮す。 

 

(現代語訳)

山は空しく覇気が既にすっかり消えてしまい、地は古くして寒く厚い雲で影を生じている。

雲海寛廣にして、やがて暮れんとし、城中には、ほの暗い中、宮觀が平らかに舗いて見える。

城の南掖は、閶闔門と名称され、また、鳳凰樓というのが近い山上に聳えている。

楚の楼閣の上において、一度音を発すれば、さながら雷のおこるがごとくして、百山がそのために、搖動すべく、しかし、神霊は、冥漠の中にあって、この楼閣を擁護し、萬栱の傾くを助けている。

何時までも厳然として、対峙して立っているので、名だたる魯国の靈光殿も、これに比較して、尊ぶに足らず、ここにあって長く金陵の地を鎮するのは、まことにありがたく、且つ貴きことである。

 金陵城図00

 

(訳注)

登瓦官閣 2

(この詩は、金陵にいる時、瓦官閣に登って金陵の風光と故事について詠ったもの。)

瓦官閣 江南東道 潤州 江寧にあった。横江の渡津にあった寺の楼閣で、高さは三百丈(75)もあった。

 

山空霸氣滅,地古寒陰生。 

山は空しく覇気が既にすっかり消えてしまい、地は古くして寒く厚い雲で影を生じている。

 

寥廓雲海晚,蒼茫宮觀平。 

雲海寛廣にして、やがて暮れんとし、城中には、ほの暗い中、宮觀が平らかに舗いて見える。

寥廓 広々として大きいさま。寛廣。

蒼茫 1 見渡すかぎり青々として広いさま。「―たる大海」2 ほの暗いさま。「―

 

門餘閶闔字,樓識鳳凰名。 

城の南掖は、閶闔門と名称され、また、鳳凰樓というのが近い山上に聳えている。

閶闔 晋の金陵の南面に四門あり、最西を西掖門、正中を大司馬門、次の東側を南掖門、次を東掖門と称した。宋の時代に、南掖門を閶闔門と改めた。

鳳凰 鳳凰樓は鳳臺山上にあり、宋元嘉中に建てられた。

 

雷作百山動,神扶萬栱傾。 

楚の楼閣の上において、一度音を発すれば、さながら雷のおこるがごとくして、百山がそのために、搖動すべく、しかし、神霊は、冥漠の中にあって、この楼閣を擁護し、萬栱の傾くを助けている。

萬栱 組み立てた材木。

 

靈光何足貴,長此鎮京。 

何時までも厳然として、対峙して立っているので、名だたる魯国の靈光殿も、これに比較して、尊ぶに足らず、ここにあって長く金陵の地を鎮するのは、まことにありがたく、且つ貴きことである。

靈光 魯国の靈光殿は、はなはだ荘厳であった。

 呉の都、すなわち金陵。
三峡 巫山十二峰001 

 
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Index-

5

- 5-725年開元十三年25

20

725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

ID

No.

詩題

詩文初句

李太白集

19

20

宿巫山下

昨夜巫山下,

巻二十一

20

1

古風,五十九首之三十三

北溟有巨魚,

巻一

21

2

荊州歌【荊州樂】

白帝城邊足風波,

巻三

22

3

81白紵辭其一

揚清歌,

巻三

23

4

82白紵辭其二

月寒江清夜沈沈,

巻三

24

5

白紵辭,三首之三

刀剪綵縫舞衣,

巻三

25

6

江夏行

憶昔嬌小姿,

巻七

26

7

江上寄巴東故人

漢水波浪遠,

巻十三

27

8

渡荊門送別 李白 5

渡遠荊門外,

巻十四

28

9

送崔十二遊天竺寺

還聞天竺寺,

卷十五

29

10

登瓦官閣

晨登瓦官閣,

巻二十

30

11

望廬山瀑布水二首其一

西登香爐峰,

巻二十

31

12

望廬山瀑布二首其二(絶句) 

日照香爐生紫煙,

巻二十

32

13

望廬山五老峯 

廬山東南五老峰,

巻二十

33

14

金陵望漢江

漢江迴萬里,

巻二十

34

15

望天門山  李白 6

天門中斷楚江開,

巻二十

35

16

荊門浮舟望蜀江

春水月峽來,

巻二十一

36

17

自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁

江行幾千里,

巻二十一

37

18

秋下荊門 李白 4

霜落荊門江樹空,

巻二十一

38

19

江行寄遠 李白 3

刳木出楚,

巻二十一