東西南北からの支流から合流した流れはすべてを集めて東流する長江のながれは尽きることなく朝宗している、まさに、別離の情もはてしないものである。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。

年:       開元十四年

寫作時間:           726

寫作年紀:           26

卷別:    卷一七四              文體:    五言

李太白集 巻十四

詩題:    口號〔口號留別金陵諸公〕

作地點:              江寧(江南東道 / 潤州 / 江寧)

及地點:              江寧 (江南東道 潤州 江寧) 別名:金陵   

天門から北へ流れていた長江が東へ向きを変えると、舟はやがて江寧(こうねい・江蘇省南京市)の渡津(としん)に着く。江寧郡城は六朝の古都建康(けんこう)の跡である。雅名を金陵(きんりょう)といい、李白はほとんどの詩に「金陵」の雅名を用いている。金陵の渡津は古都の南郊を流れる秦淮河(しんわいか)の河口にあり、長干里(ちょうかんり)と横塘(おうとう)の歓楽地がある。そして酒旗高楼が林立している。

      

 李白は秋から翌年の春にかけて、金陵の街で過ごし、地元の知識人や若い詩人たちと交流した。半年近く滞在した後、726年開元十四年、暮春に舟を出し、さらに東へ進む。詩は金陵を立つ時の別れの詩で、呉の美女がいる酒肆(しゅし)に知友が集まり、送別の宴を催してくれる。 

 

口號〔口號留別金陵諸公〕

食出野田美,酒臨遠水傾。

東流若未盡,應見別離情。

(剡中に赴くにあたって金陵の諸公に留別するに、本心を推察できるような話しぶりをする)

この筵宴、肴核とするところはすべて野田から出た菜蔬のものであり、その味わいは、きわめて淡泊で、美味である。そして、遠水に臨んで、酒を傾けているのである。

東西南北からの支流から合流した流れはすべてを集めて東流する長江のながれは尽きることなく朝宗している、まさに、別離の情もはてしないものである。

 

(口號) 〔口號 金陵の諸公に留別す〕

食は野田を出でて美なり,酒は遠水に臨んで傾く。

東流 若し未だ盡きざらば,應に見るべし 別離の情。

a謝霊運永嘉ルート02 

『口號』 現代語訳と訳註

(本文)

口號〔口號留別金陵諸公〕

食出野田美,酒臨遠水傾。

東流若未盡,應見別離情。

 

(下し文)

(口號) 〔口號 金陵の諸公に留別す〕

食は野田を出でて美なり,酒は遠水に臨んで傾く。

東流 若し未だ盡きざらば,應に見るべし 別離の情。

 

(現代語訳)

(剡中に赴くにあたって金陵の諸公に留別するに、本心を推察できるような話しぶりをする)

この筵宴、肴核とするところはすべて野田から出た菜蔬のものであり、その味わいは、きわめて淡泊で、美味である。そして、遠水に臨んで、酒を傾けているのである。

東西南北からの支流から合流した流れはすべてを集めて東流する長江のながれは尽きることなく朝宗している、まさに、別離の情もはてしないものである。

 

 李白の足跡003

(訳注)

口號〔口號留別金陵諸公〕

(剡中に赴くにあたって金陵の諸公に留別するに、本心を推察できるような話しぶりをする)

口號 口占 ① 言い方から察せられる本心。相手が本心を推察できるような話しぶり。 《口裏》 「相手の-から大体のことは察せられる」 人の言葉を聞いて,それで吉凶を占うこと。

金陵 古くから長江流域・華南の中心地で、かつては三国・呉、東晋、南朝の宋・斉・梁・陳(以上の6朝を総称して六朝)、十国の南唐や明といった王朝や南京国民政府の首都であった。中国四大古都の一つ。14世紀から15世紀にかけて、世界最大の都市であった。2010年の都市的地域の人口は355万人であり、世界第92位である。

金陵は南京の別名である。また清朝のころには江寧と呼ばれたことから略称は「寧」である。夏はとても暑く、重慶、武漢と並ぶ中国三大ボイラー(三大火炉)の一つと言われている

 

食出野田美,酒臨遠水傾。

この筵宴、肴核とするところはすべて野田から出た菜蔬のものであり、その味わいは、きわめて淡泊で、美味である。そして、遠水に臨んで、酒を傾けているのである。

遠水 長江のはるか遠く見えるところまでをいう。

 

東流若未盡,應見別離情。

東西南北からの支流から合流した流れはすべてを集めて東流する長江のながれは尽きることなく朝宗している、まさに、別離の情もはてしないものである。

東流 東西南北からの支流から合流した流れはすべてを集めて東流する、長江をいう。〔朝宗 【ちょうそう】1 《「朝」は春に、「宗」は夏に天子に謁見する意》古代中国で、諸侯が天子に拝謁すること。2 多くの河川がみな海に流れ入ること。3 権威あるものに寄り従うこと。中國の河川は東流して海に入るということで、常識という意味になり、西南北の三方から支流が長江に合流して、東流するのである。「「詩経」(沔水)に、「沔たる彼の流水は、海に朝宗す」とあり、その鄭箋に、諸侯が春に天子にまみえることを朝といい、夏まみえることを宗という、とみえる。ここは諸侯が天子に帰する如く衆水が海に帰することをいう。」
南池江 採蓮002