越王句踐は、呉王に献上する美女を国中から選び出し、絶世の妖艶な西施が其撰に当たり峨眉をあげて、呉関に入ることになった。西施は呉王夫差に愛されて、提攜して館娃宮に淹流し、そこはまるで、天上の仙郷のようであり、その跡の杳渺であって、だれにもまねができるものではなかった。

 
 2014年10月23日の紀頌之5つのブログ 
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1112 《西施》李白index- 6 726年開元十四年26歳》 襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <1112> Ⅰ李白詩1291 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5003

 

 

本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。

 現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施>>>西施と呼ばれるようになった。

 紀元前5世紀、越王勾践(こうせん)が、呉王夫差(ふさ)に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されてたといわれている。

 この時の越の献上は黒檀の柱200本と美女50人といわれている。黒檀は、硬くて、耐久性のある良材で、高級家具や仏壇、高級品に使用される。比重が大きく、水に入れると沈む。
 呉にとってこの献上の良材は、宮殿の造営に向かわせた。豪奢な宮殿造営は国家財政を弱体化させることになる。宮殿は、五層の建造物で、姑蘇台(こそだい)と命名された。

 

襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 

年:726年開元十四年26

卷別:  卷一八一        文體:  五言古詩

詩題:  西施

及地點:       

苧蘿山 (江南東道 越州 諸)     

館娃宮 (江南東道 蘇州 蘇州)     

 

 

西施

(春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだ西施について詠った懐古詩である。)

西施越溪女,出自苧蘿山。

西施は越溪の娘で苧蘿山の麓で生まれた。

秀色掩今古,荷花羞玉顏。

その秀色は、今古を掩うほどで、他に比べるものがないほであるという、蓮の花でさえ、その娘の玉顏に対すれば、自然に羞じて、その花を落してしまうという。

浣紗弄碧水,自與清波閒。

西施は、はじめ碧水に臨んで、紗を浣うことを業とし、身は清波と谷間の閒に貧苦の境にいた。

 

皓齒信難開,沈吟碧雲間。

紗を浣うのに娘らがあつまっても口を開いて白い歯を出し笑うことが無く、希望がないので、碧雲の間を望んで沈吟しているだけだった。

句踐徵豔,揚蛾入關。

越王句踐は、呉王に献上する美女を国中から選び出し、絶世の妖艶な西施が其撰に当たり峨眉をあげて、呉関に入ることになった。

提攜館娃宮,杳渺詎可攀。

西施は呉王夫差に愛されて、提攜して館娃宮に淹流し、そこはまるで、天上の仙郷のようであり、その跡の杳渺であって、だれにもまねができるものではなかった。

一破夫差國,千秋竟不還。

西施はその色香でもって、越王夫差の心を惑わし、越国は亡びたのであり、その後はどうなったかといえば、「千秋竟に還らず」で再興されることはなく、その末路は、よくわからない。

 

 (西施)

西施は越溪の女,苧蘿山より出づ。

秀色 今古を掩い,荷花 玉顏を羞づ。

紗を浣うて 碧水を弄し,自ら清波と閒なり。

皓齒 信に開き難く,沈吟す 碧雲の間。

句踐 豔を徵し蛾を揚げて 關に入る

提攜す 館娃宮,杳渺 詎ぞ攀ずべけんや。

一たび 夫差の國を破り,千秋 竟に還らず。

 

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『西施』 現代語訳と訳註解説

(本文)

皓齒信難開,沈吟碧雲間。

句踐徵豔,揚蛾入關。

提攜館娃宮,杳渺詎可攀。

一破夫差國,千秋竟不還。

 

(下し文)

皓齒 信に開き難く,沈吟す 碧雲の間。

句踐 豔を徵し,蛾を揚げて 關に入る。

提攜す 館娃宮,杳渺 詎ぞ攀ずべけんや。

一たび 夫差の國を破り,千秋 竟に還らず。

 

(現代語訳)

紗を浣うのに娘らがあつまっても口を開いて白い歯を出し笑うことが無く、希望がないので、碧雲の間を望んで沈吟しているだけだった。

越王句踐は、呉王に献上する美女を国中から選び出し、絶世の妖艶な西施が其撰に当たり峨眉をあげて、呉関に入ることになった。

西施は呉王夫差に愛されて、提攜して館娃宮に淹流し、そこはまるで、天上の仙郷のようであり、その跡の杳渺であって、だれにもまねができるものではなかった。

西施はその色香でもって、越王夫差の心を惑わし、越国は亡びたのであり、その後はどうなったかといえば、「千秋竟に還らず」で再興されることはなく、その末路は、よくわからない。

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(訳注)

西施

(春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)で生まれだ西施について詠った懐古詩である。)

 

皓齒信難開,沈吟碧雲間。

紗を浣うのに娘らがあつまっても口を開いて白い歯を出し笑うことが無く、希望がないので、碧雲の間を望んで沈吟しているだけだった。

沈吟 ① 考えこむこと。② 静かに低く吟ずること。

 

句踐徵豔,揚蛾入關。

越王句踐は、呉王に献上する美女を国中から選び出し、絶世の妖艶な西施が其撰に当たり峨眉をあげて、呉関に入ることになった。

關 越の献上は黒檀の柱200本と美女50人といわれている。

 

提攜館娃宮,杳渺詎可攀。

西施は呉王夫差に愛されて、提攜して館娃宮に淹流し、そこはまるで、天上の仙郷のようであり、その跡の杳渺であって、だれにもまねができるものではなかった。

館娃宮 宮殿名。春秋時代、呉王夫差が硯石(ケンセキ)山に築き、西施(セイシ)を住まわせた宮殿。江蘇(コウソ)省蘇州市の南西、霊巌(レイガン)山の上に遺跡がある。

杳渺 遠くはるかで,かすかなさま。

 

一破夫差國,千秋竟不還。

西施はその色香でもって、越王夫差の心を惑わし、越国は亡びたのであり、その後はどうなったかといえば、「千秋竟に還らず」で再興されることはなく、その末路は、よくわからない。
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