李白《玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿二首 其二 -#3こうして、この世において思う存分功業を成し遂げ、衣を払って去り、かの滄州のほとりに逍遥して仙郷を味わいたいと思っておるところで、その辺りをお含み頂、ご登用の御助力をいただきたいものである。

 
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年:730年開元十八年30

卷別:    卷一六八              文體:    五言古詩

詩題:    玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之二

作地點:              終南山(京畿道 / 京兆府 / )

及地點:金張館 (京畿道 京兆府 ) 別名:別館      

丹徒 (江南東道 潤州 丹徒)              

交遊人物:玉真公主           詩文提及

 

 

玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之二

(玉真公主の別館のサロンに長雨に振り込まれ、長逗留に気兼ねして賦した詩を衛尉である張卿に贈る)その二

苦雨思白日,浮雲何由卷。

連日の雨で閉口している、早く好天気になればよいと思っているが、浮雲を巻き収める術もないからどうしようもない。

稷契和天人,陰陽乃驕蹇。

農耕の神様である后稷や契の伝説の時代は天地と家臣とも、上手く馴染んでいたが、今日の世は陰陽二気は、勝手に驕り、昂って、このような天候不順、長雨を降らしている。

秋霖劇倒井,昏霧橫巘。

秋霖の勢いは、凄まじいもので、井戸を逆さまにしたよりも激しい程で、暗い霧の中で、嶮しい峰巒まで横たわり、覆い尽くしている。

欲往咫尺塗,遂成山川限。

そこで、極近いところへ行こうと思っても、幾重の山川がこれが限って遮っていて、容易に行くことができない。

-#2

潀潀奔溜聞,浩浩驚波轉。

雨水は道路にあふれ、ごうごうとため池から水があふれ、潀潀と水音を高くする、そして、一面水面となり、風が吹き、浩々と大波が寄せてくる。

泥沙塞中途,牛馬不可辨。

それから流れ来る水は土石流となり、行く手を遮り、両川岸の水際も良く見えず、中州や対岸にいるのが牛か馬かを見わけることも出来ない位で、洪水の水は広々とたたえている。

飢從漂母食,閒綴羽陵簡。

私は、玉真公主の別館に逗留しているので、丁度、韓信の故事の漂泊する老婆に数十日食事をさせてくれたことと同様にお世話になっている、外がこんな様子であるから、格別用があるわけではないので、暇に任せてかの羽陵の蠧書虫に食われた本を綴りなおす

園家逢秋蔬,藜藿不滿眼。

いまは農家では秋野菜の収穫期であるのに、此処での食膳にでてくるものとして藜と豆の葉の類位で、それさえも充分ではないのだ。

蠨蛸結思幽,蟋蟀傷褊淺。

室中には足高蜘蛛がでてきて網をかけた上で静かにしていて、愁いをひくコオロギの声も門庭の狭さを際立たせるようなもので心が痛む。

-#3

廚灶無青煙,刀機生綠蘚。

何にせよ、公主の別館は人の出入りがなく、食物さえ碌に調理できないから、調理場の釜戸には青煙が上ることなく、包丁もまな板も用いずしてそのまま放置したままで、その上に苔を生じているほどだ。

投箸解鷫鷞,換酒醉北堂。

此れではどうにも仕方がない、端をなげうって食をやめ、身に着けている鷫鷞裘を解き、これを司馬相如のように売って酒を買い、北堂に坐して痛飲し、憂さを晴らした。

丹徒布衣者,慷慨未可量。

昔、南朝宋の劉穆之は丹徒の布衣であって、初めは貧困で怒り嘆くこともあったが、自分たちも今、この通りで、胸も張り裂けんばかりの気持ちでいる。

何時黃金盤,一斛薦檳榔。

何時になったら劉穆之のようにふきになって一斛の檳榔を黄金の大盤に盛り付けて、恥をかかされた者たちを見返すことができるだろうか。

功成拂衣去,搖曳滄洲傍。

こうして、この世において思う存分功業を成し遂げ、衣を払って去り、かの滄州のほとりに逍遥して仙郷を味わいたいと思っておるところで、その辺りをお含み頂、ご登用の御助力をいただきたいものである。

 

(玉真公主別館に苦雨に衛尉張卿に贈る,二首の二)

苦雨【くう】 白日【はくじつ】を思う、浮雲  何に由【よ】ってか巻かん。

稷【しょく】 契【せつ】 天人を和し、陰陽 仍【な】お驕蹇【きょうけん】たり。

秋霖【しゅうりん】 劇【はげ】しく井を倒【さかしま】にし、昏霧 絶巘【ぜつけん】に横たわる。

咫尺【しせき】の塗【みち】を往かんと欲するも、遂に山川【さんせん】の限りを成()す。

-#2

潨潨【そうそう】として奔溜【ほんりゅう】瀉【そそ】ぎ、浩浩として驚波転ず。

泥沙【でいさ】 中途を塞ぎ、牛馬  (べん)ず可からず。

飢えて漂母に従って食し、閑【かん】に  羽林【うりん】の簡【かん】を 綴る。

園家【えんか】 秋蔬【しゅうそ】に逢うに、藜藿【れいかく】 眼に満たず。

蠨蛸【しょうしょう】 思幽【しゆう】を結び、蟋蟀【しつしゅつ】 褊浅【へんせん】を傷(いた)む。

 

-#3

厨竃【ちゅうそう】青烟【せいえん】無く、刀机【とうき】 緑蘚を生ず。

筯【はし】投じて鷫霜【しゅくそう】を解き、酒に換えて北堂に酔う。

丹徒【たんと】布衣の者、慷慨  未だ量【はか】る可からず。

何【いずれ】の時か 黄金の盤、一斛【いっこく】の檳榔【びんろう】を薦めん。

功成【な】らば衣を払って去り、滄洲の傍らに揺裔【ようえい】せん。

 

李白の足跡003 

『玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之二』 現代語訳と訳註解説

(本文) -#3

廚灶無青煙,刀機生綠蘚。

投箸解鷫鷞,換酒醉北堂。

丹徒布衣者,慷慨未可量。

何時黃金盤,一斛薦檳榔。

功成拂衣去,搖曳滄洲傍。

 

(下し文) -#3

厨竃【ちゅうそう】青烟【せいえん】無く、刀机【とうき】 緑蘚を生ず。

筯【はし】投じて鷫霜【しゅくそう】を解き、酒に換えて北堂に酔う。

丹徒【たんと】布衣の者、慷慨  未だ量【はか】る可からず。

何【いずれ】の時か 黄金の盤、一斛【いっこく】の檳榔【びんろう】を薦めん。

功成【な】らば衣を払って去り、滄洲の傍らに揺裔【ようえい】せん。

 

(現代語訳)

何にせよ、公主の別館は人の出入りがなく、食物さえ碌に調理できないから、調理場の釜戸には青煙が上ることなく、包丁もまな板も用いずしてそのまま放置したままで、その上に苔を生じているほどだ。

此れではどうにも仕方がない、端をなげうって食をやめ、身に着けている鷫鷞裘を解き、これを司馬相如のように売って酒を買い、北堂に坐して痛飲し、憂さを晴らした。

昔、南朝宋の劉穆之は丹徒の布衣であって、初めは貧困で怒り嘆くこともあったが、自分たちも今、この通りで、胸も張り裂けんばかりの気持ちでいる。

何時になったら劉穆之のようにふきになって一斛の檳榔を黄金の大盤に盛り付けて、恥をかかされた者たちを見返すことができるだろうか。

こうして、この世において思う存分功業を成し遂げ、衣を払って去り、かの滄州のほとりに逍遥して仙郷を味わいたいと思っておるところで、その辺りをお含み頂、ご登用の御助力をいただきたいものである。

 

(訳注) -#3

玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿,二首之二

(玉真公主別館に苦雨に衛尉張卿に贈る,二首の一)

(玉真公主の別館のサロンに長雨に振り込まれ、長逗留に気兼ねして賦した詩を衛尉である張卿に贈る)その二

この詩は李白が玉真公主別館に滞在する間に、長雨に遭い、申し訳なく感じていたので、この詩を賦して、張説の息子張(求職を訴えていた)に贈ったもの。

玉真公主は睿宗のむすめ、字は持盈【じえい】、大極元年、出家して道士となった人である。この詩はその玉真公主に献じたものである。魏顥の言に倚れば李白は事あるごとに公主に献じていたという。

 

廚灶無青煙,刀機生綠蘚。

何にせよ、公主の別館は人の出入りがなく、食物さえ碌に調理できないから、調理場の釜戸には青煙が上ることなく、包丁もまな板も用いずしてそのまま放置したままで、その上に苔を生じているほどだ。

 

投箸解鷫鷞,換酒醉北堂。

此れではどうにも仕方がない、端をなげうって食をやめ、身に着けている鷫鷞裘を解き、これを司馬相如のように売って酒を買い、北堂に坐して痛飲し、憂さを晴らした。

投箸 《行路難 三首 其一》「金樽清酒斗十千,玉盤珍羞直萬錢。停杯投箸不能食,拔劒四顧心茫然。」(金樽の清酒 斗十千,玉盤の珍羞【ちんしゅう】 直【あたい】 萬錢【ばんぜん】。杯を停め箸を投じて 食う能わず,劒を拔いて四顧し心 茫然。)
金の樽にたたえた聖人の酒、清酒は一斗が一万銭もする。玉のように輝く大皿に盛った珍しい御馳走は万銭の値打ちである。そうやって盃を交わしていても、杯をおき、箸をおく。食べてはいられない気持ちなのだ。気分を変えるため、剣を抜き、四方の霊に問うてみるが、心は茫然としてとりとめない。

行路難 三首 其一 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白183

鷫鷞 西方の神鳥。「五方の神鳥なり。東方發明、南方焦明、西方鷫鷞、北方幽昌、中央鳳皇なり」とある。鷫鷞はまた雁に似た鳥や、飛鼠のこともいう。司馬相如が鷫鷞裘を作り、それを売り酒を買った。

 

丹徒布衣者,慷慨未可量。

昔、南朝宋の劉穆之は丹徒の布衣であって、初めは貧困で怒り嘆くこともあったが、自分たちも今、この通りで、胸も張り裂けんばかりの気持ちでいる。

丹徒布衣 南朝宋の劉穆之の故事で、劉穆之が丹徒(たんと・江蘇省鎮江市)に住んで無冠であった。妻の兄の家に行って飲食をし侮辱を受る。のちに宋の武帝に仕えて丹陽(江蘇省丹陽県)の長官になったとき、妻の兄弟を招いてご馳走し、最後に檳榔一斛を金の皿に盛って供し、かつての屈辱を晴らした。

慷慨 1 世間の悪しき風潮や社会の不正などを、怒り嘆くこと。2 意気が盛んなこと。

 

何時黃金盤,一斛薦檳榔。

何時になったら劉穆之のようにふきになって一斛の檳榔を黄金の大盤に盛り付けて、恥をかかされた者たちを見返すことができるだろうか。

檳榔 檳榔酒のことで、檳榔の実を搾った汁液を発酵させた酒。仙郷の酒を表すことで、美味のものをそろえることをいう。

《南史.劉穆之傳》記載:「穆之少時,家貧誕節,不修拘檢。好往妻兄家乞食,多見辱, 不以為恥。其妻江嗣女,甚明識,每禁不令往江氏。後有慶會,屬令勿來。穆之猶往,食畢求檳榔。

 

功成拂衣去,搖曳滄洲傍。

こうして、この世において思う存分功業を成し遂げ、衣を払って去り、かの滄州のほとりに逍遥して仙郷を味わいたいと思っておるところで、その辺りをお含み頂、ご登用の御助力をいただきたいものである。

滄洲 実際の地名というよりは、水辺の土地をいい、隠者の住むところを象徴する。前聯の「海行」がかかる。謝眺『之宣城、出新林浦、向版橋』『文選』巻二七に「既懽懐禄情、復協滄州趣」(禄を得たいという心情にもかない、また隠遁したいという心にもかなうのだ)とある。李白『夜泊黄山聞殷十四呉吟』「朝来果是滄州逸、酤酒提盤飯霜栗。」『春日獨酌 二首 其二』「我有紫霞想、緬懷滄洲間。
巫山十二峰002