李白《巻02-13 行路難三首其一 》(みずからの人生行路は困難なものであるが、滄海の万里の波をのりこえていくような時期がいつかは来るということを心にとめていきると詠う。)

 
 2014年12月30日の紀頌之5つのブログ 
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156 《巻02-13 行路難三首 其一 》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31 43首 <156> Ⅰ李白詩1352 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5308

 

 

年:-731年開元十九年31

卷別:  卷一六二        文體:  樂府

詩題:  行路難,三首之一

 

 

行路難,三首之一

(みずからの人生行路は困難なものであるが、滄海の万里の波をのりこえていくような時期がいつかは来るということを心にとめていきると詠う。)

金樽清酒斗十千,玉盤珍羞直萬錢。

金の樽にたたえた聖人の酒、清酒は一斗が一万斛もたたえている。玉のように輝く大皿に盛った珍しい御馳走は万銭の値打ちである。
停杯投箸不能食,拔劍四顧心茫然。

人の世はいかに豪奢を尽くしても、思うが儘にはいかないことは仕方がないので、盃を交わしていても、杯をおき、喰う気にならず箸をおく。果ては、癇癪を起こして、剣を抜き、四方の霊に問うてみても、心は茫然としている。
欲渡黃河冰塞川,將登太行雪滿山。

それに、今までのように黄河を渡ろうとしても、あいにく、氷にふさがれて渡ることができないし、太行山に登ろうとすれば、積もった雪がいっぱいで、到底いかれないというようなことである。
閒來垂釣碧溪上,忽復乘舟夢日邊。

そこで、世の中のことを打ち棄てて、かの太公望が渭水のほとりでした様に、奇麗で静かな緑の谷川で釣糸を垂れて、心のどかにしていようとするが、その間に見る夢は、浮世の事を断念したつもりでも、どうしても舟に乗って白日の天子のそばに行くことを、夢みてしまうのだ。
行路難,行路難,多岐路,今安在。

これから生きる行路はまことに困難で、どの行路も困難なものだ。進めば岐路に当たり、行けば岐路、分れ路が多すぎる。今は容易に行ける行路はないのだ。

長風破浪會有時,直掛雲帆濟滄海。

結局、雲帆を掛け、滄海をわたり、長風に乗じてはるか万里の波をのりこえていくような時期がいつかは来る。その時には、理想の仙界に向かっている。
(行路難,三首の一)

金樽の清酒 斗十千,玉盤の珍羞【ちんしゅう】 直【あたい】 萬錢【ばんぜん】。

杯を停め箸を投じて 食う能わず,劒を拔いて四顧し心 茫然【ぼうぜん】。

黄河を渡らんと欲すれば冰は川を塞ぐ,太行に登らんと將れば雪は山に滿。

閑來【かんらい】 釣を垂る 碧溪【へきけい】の上,忽ち復 舟に乘じて日邊を夢む。

行路 難! 行路 難!  岐路 多し 今 安くにか在る。

長風 浪を破る 會ず時 有り,直ちに雲帆【うんぱん】を挂【か】けて 滄海【そうかい】に濟【わた】らん。

 

(含異文)

金樽清酒斗十千,玉盤珍饈直萬錢。

停杯投箸不能食,拔劍四顧心茫然。

欲渡黃河冰塞川,將登太行雪滿山【將登太行雪暗天】。

閒來垂釣碧溪上【閒來垂釣坐溪上】,忽復乘舟夢日邊。

行路難,行路難,多岐路,今安在。

長風破浪會有時,直掛雲帆濟蒼海。

 

華山道教
『行路難,三首之一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

行路難,三首之一

金樽清酒斗十千,玉盤珍羞直萬錢。

停杯投箸不能食,拔劍四顧心茫然。

欲渡黃河冰塞川,將登太行雪滿山。

閒來垂釣碧溪上,忽復乘舟夢日邊。

行路難,行路難,多岐路,今安在。

長風破浪會有時,直掛雲帆濟滄海。

 

(下し文)

(行路難,三首の一)

金樽の清酒 斗十千,玉盤の珍羞【ちんしゅう】 直【あたい】 萬錢【ばんぜん】。

杯を停め箸を投じて 食う能わず,劒を拔いて四顧し心 茫然【ぼうぜん】。

黄河を渡らんと欲すれば冰は川を塞ぐ,太行に登らんと將れば雪は山に滿。

閑來【かんらい】 釣を垂る 碧溪【へきけい】の上,忽ち復 舟に乘じて日邊を夢む。

行路 難! 行路 難!  岐路 多し 今 安くにか在る。

長風 浪を破る 會ず時 有り,直ちに雲帆【うんぱん】を挂【か】けて 滄海【そうかい】に濟【わた】らん。

 

(現代語訳)

(みずからの人生行路は困難なものであるが、滄海の万里の波をのりこえていくような時期がいつかは来るということを心にとめていきると詠う。)

金の樽にたたえた聖人の酒、清酒は一斗が一万斛もたたえている。玉のように輝く大皿に盛った珍しい御馳走は万銭の値打ちである。
人の世はいかに豪奢を尽くしても、思うが儘にはいかないことは仕方がないので、盃を交わしていても、杯をおき、喰う気にならず箸をおく。果ては、癇癪を起こして、剣を抜き、四方の霊に問うてみても、心は茫然としている。
それに、今までのように黄河を渡ろうとしても、あいにく、氷にふさがれて渡ることができないし、太行山に登ろうとすれば、積もった雪がいっぱいで、到底いかれないというようなことである。
そこで、世の中のことを打ち棄てて、かの太公望が渭水のほとりでした様に、奇麗で静かな緑の谷川で釣糸を垂れて、心のどかにしていようとするが、その間に見る夢は、浮世の事を断念したつもりでも、どうしても舟に乗って白日の天子のそばに行くことを、夢みてしまうのだ。
これから生きる行路はまことに困難で、どの行路も困難なものだ。進めば岐路に当たり、行けば岐路、分れ路が多すぎる。今は容易に行ける行路はないのだ。

結局、雲帆を掛け、滄海をわたり、長風に乗じてはるか万里の波をのりこえていくような時期がいつかは来る。その時には、理想の仙界に向かっている。
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(訳注)

行路難,三首之一

(みずからの人生行路は困難なものであるが、滄海の万里の波をのりこえていくような時期がいつかは来るということを心にとめていきると詠う。)

行路難 もとは漢代の歌謡。のち晋の袁山松という人がその音調を改変し新らしい歌詞をつくり、一時流行した。六朝の飽照の楽府に「擬行路難」十八首がある。 「行路難」はみずからの人生行路の困難を詠う。「行路難し 行路は難し、岐路多くして、今安にか在る」と悲鳴をあげながらも、「長風浪を破る 会に時有るべし」と将来に期待を寄せたい李白は三首つくった。

 

金樽清酒斗十千,玉盤珍羞直萬錢。
金の樽にたたえた聖人の酒、清酒は一斗が一万斛もたたえている。玉のように輝く大皿に盛った珍しい御馳走は万銭の値打ちである。
斗十干 一斗一万銭。高い上等の酒。曹植の詩「美酒斗十干」にもとづく。
李白《將進酒》「陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。」(陳王の曹植は平楽観で宴を開いたとき。 陳王・曹植は斗酒を大金で手に入れ、よろこびたわむれることをほしいままにした。)
・陳王 三国時代魏の曹植のこと。 ・昔時 むかし。 ・平樂 平楽観。『名都篇』で詠う宮殿の名で、後漢の明帝の造営になる。(当時の)首都・洛陽にあった遊戯場。或いは、長安の未央宮にあった。・斗酒十千 斗酒で一万銭。曹植楽府詩、「一斗一万銭」。 ・斗酒 両義あり。わずかな酒。また、多くの酒。 ・斗 ます。少しばかりの量。少量の酒。多くの酒。 ・十千 一万。 ・恣 ほしいままにする。わがまま。勝手きままにふるまう。 ・歡謔 かんぎゃく よろこびたわむれる。

王維の『少年行』に新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。
 (紀 頌之のブログ6月11王維 少年行参照

珍羞 めずらしいごちそう。○直 値と同じ。


停杯投箸不能食,拔劒四顧心茫然。
人の世はいかに豪奢を尽くしても、思うが儘にはいかないことは仕方がないので、盃を交わしていても、杯をおき、喰う気にならず箸をおく。果ては、癇癪を起こして、剣を抜き、四方の霊に問うてみても、心は茫然としている。
停杯 気持ちがのらない度いつの間にか酒を辞めている状態。

拔劒四顧 剣を抜いて四方の霊に問いただしてみる。


欲渡黄河冰塞川,將登太行雪滿山。
それに、今までのように黄河を渡ろうとしても、あいにく、氷にふさがれて渡ることができないし、太行山に登ろうとすれば、積もった雪がいっぱいで、到底いかれないというようなことである。
太行 山の名。太行山脈(たいこうさんみゃく)は中国北部にある山地。山西省、河南省、河北省の三つの省の境界部分に位置する。太行山脈は東の華北平野と西の山西高原(黄土高原の最東端)の間に、北東から南西へ400kmにわたり伸びており、平均標高は1,500mから2,000mである。最高峰は河北省張家口市の小五台山で、標高2,882m。山脈の東にある標高1,000mほどの蒼岩山は自然の奇峰や歴史ある楼閣などの多い風景区となっている。山西省・山東省の地名は、この太行山脈の西・東にあることに由来する。


閑來垂釣碧溪上,忽復乘舟夢日邊。
そこで、世の中のことを打ち棄てて、かの太公望が渭水のほとりでした様に、奇麗で静かな緑の谷川で釣糸を垂れて、心のどかにしていようとするが、その間に見る夢は、浮世の事を断念したつもりでも、どうしても舟に乗って白日の天子のそばに行くことを、夢みてしまうのだ。
日辺 太陽の側と、天子の側という意味と、ここでは兼ねている。



行路難,行路難,多岐路,今安在
これから生きる行路はまことに困難で、どの行路も困難なものだ。進めば岐路に当たり、行けば岐路、分れ路が多すぎる。今は容易に行ける行路はないのだ。
多岐路 わかれみちが多いために逃げた羊を追うことができず、とうとう羊を亡ってしまった。ヘボ学者はそれと同様、多すぎる資料をもてあまして決断に迷い、いたずらに年をとってしまう、という故事がある。「列子」にみえる。ここは岐路から岐路へ、岐路が多い迷路のようだということ。
今安在 迷路のどこにいるのか。



長風破浪會有時,直挂雲帆濟滄海。
結局、雲帆を掛け、滄海をわたり、長風に乗じてはるか万里の波をのりこえていくような時期がいつかは来る。その時には、理想の仙界に向かっている。
滄海 東方の仙界、蓬莱・方丈・瀛州に向かい海。あおうなばら。