李白《巻24-03 題元丹丘潁陽山居 并序-3遙かに汝水の月に通じ、嵩山の雲は、遠慮なく飛んでくる。元丹邱は、逸趣に合致したといって、大いに喜んでいるし、我もまた彼の作を見て、その清く芳しき趣きを欽慕するところなのだ。

 

 
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182-3 《巻24-03 題元丹丘潁陽山居 并序-3Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31 43首 <182-3> Ⅰ李白詩1405 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5573

 

 

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹丘歌 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6. 潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。

 

幷序

其地北倚馬嶺,連峰嵩丘,南瞻鹿臺,極目汝海。

その地は北の方、馬嶺山によって、峰巒は遠く嵩山に連なってゆき、南の方には、鹿臺山を眺められ、汝水のあたりまでもみわたせる。

雲巖映鬱,有佳致焉。

雲と巌は互いに映じあって、その景致はすこぶる良い景色を見る事が出来る。

白從之遊,故有此作。

李白は元丹邱にしたがって、この別業に遊び、興を感じてこの詩を作った。

(元丹丘の潁陽山居に題す 并びに序)-1

丹丘 潁陽に家し,新に別業を卜す。

其地 北は馬嶺に倚り,峰を嵩丘に連ね,南は鹿臺を瞻【み】,目を汝海に極む,雲巖 映鬱【えいうつ】,佳致有り。

白 之に從って遊ぶ,故に此の作有り。

 

題元丹丘潁陽山居 -2

仙遊渡潁水,訪隱同元君。

神仙の道に入るために、遙か穎水をわたり、元丹邱に同行して隠遁の場所を訪ねた。

忽遺蒼生望,獨與洪崖群。

こうして、蒼生でいるときの嘱望を忘れ、世間の事を忘れ、ひとり、洪崖一輩の仙人と伍せんとしている。

卜地初晦跡,興言且成文。

元丹邱はこの地を山居の場所として、別業を卜して、はじめて跡を晦まし、朝から夕までこのすばらしい景色に見惚れて、言を発すれば、自然の内に文章を成すことができる。

卻顧北山斷,前瞻南嶺分。

試みに別業を眺めているとはいえ、後ろを顧みれば北の方には、馬嶺山は断崖を見せ、南のかた、南嶺、鹿臺山がまえにみえるのである。

(元丹丘の潁陽山居に題す)

仙遊 潁水を渡り,隱を訪うて元君と同じ。

忽ち蒼生の望を遺れ,獨り洪崖と群す。

地を卜して初めて跡を晦まし,興言をして且つ文を成す。

卻って顧れば北山の斷,前に瞻れば南嶺分る。

3

遙通汝海月,不隔嵩丘雲。

遙かに汝水の月に通じ、嵩山の雲は、遠慮なく飛んでくる。

之子合逸趣,而我欽清芬。

元丹邱は、逸趣に合致したといって、大いに喜んでいるし、我もまた彼の作を見て、その清く芳しき趣きを欽慕するところなのだ。

舉跡倚松石,談笑迷朝曛。

そこで、一緒にここに来たって、足を移して松石に倚り、談笑して朝暮を忘れるくらいである。

益願狎青鳥,拂衣棲江濆。

しかし、渓山の眺めだけでは、まだ十分ではないから、靑鳥に狎れ、衣を払って、大江岸に棲み、さらに江湖の楽しみをほしいままにしたいと思っている。

 

遙かに汝海の月に通じ,嵩丘の雲を隔てず。

之の子 逸趣に合し,而して我 清芬欽す。

跡を舉げて松石に倚り,談笑して朝曛【ちょうくん】に迷う。

終に願う 青鳥に狎【な】れ,衣を拂って江濆に棲まん。

洛陽 函谷関 嵩山005 

 

『題元丹丘潁陽山居』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
3

遙通汝海月,不隔嵩丘雲。

之子合逸趣,而我欽清芬。

舉跡倚松石,談笑迷朝曛。

益願狎青鳥,拂衣棲江濆。



(下し文)
遙かに汝海の月に通じ,嵩丘の雲を隔てず。

之の子 逸趣に合し,而して我 清芬欽す。

跡を舉げて松石に倚り,談笑して朝曛【ちょうくん】に迷う。

終に願う 青鳥に狎【な】れ,衣を拂って江濆に棲まん。


(現代語訳)
遙かに汝水の月に通じ、嵩山の雲は、遠慮なく飛んでくる。

元丹邱は、逸趣に合致したといって、大いに喜んでいるし、我もまた彼の作を見て、その清く芳しき趣きを欽慕するところなのだ。

そこで、一緒にここに来たって、足を移して松石に倚り、談笑して朝暮を忘れるくらいである。

しかし、渓山の眺めだけでは、まだ十分ではないから、靑鳥に狎れ、衣を払って、大江岸に棲み、さらに江湖の楽しみをほしいままにしたいと思っている。


(訳注)3

題元丹丘潁陽山居 -3

(元丹邱の穎陽の山居の題す)

潁陽 都畿道 河南府 潁陽。

 

遙通汝海月,不隔嵩丘雲。

遙かに汝水の月に通じ、嵩山の雲は、遠慮なく飛んでくる。

 

之子合逸趣,而我欽清芬。

元丹邱は、逸趣に合致したといって、大いに喜んでいるし、我もまた彼の作を見て、その清く芳しき趣きを欽慕するところなのだ。

清芬 清く芳しき趣き。

 

舉跡倚松石,談笑迷朝曛。

そこで、一緒にここに来たって、足を移して松石に倚り、談笑して朝暮を忘れるくらいである。

迷朝曛 朝暮を忘れるくらい。

 

益願狎青鳥,拂衣棲江濆。

しかし、渓山の眺めだけでは、まだ十分ではないから、靑鳥に狎れ、衣を払って、大江岸に棲み、さらに江湖の楽しみをほしいままにしたいと思っている。

狎青鳥 西王母には大黎、小黎、青鳥という三羽の猛禽が従っており、王母の求めに応じて獲物を捕らえ、食事としてささげる。翩翩たる三羽の青鳥は、変わった毛色で愛らしい姿だ、朝には西王母の使いを勤め、夕にはねぐらの三危山に帰る。
李白31歳 

元丹丘 《李太白集 巻六 巻06-08 元丹丘歌》元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

李白はこの年、秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

胡紫陽、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の13首もある。

李太白集

Category 詩題

作時

-No.

西暦 年号

06-08

1.元丹 

731年開元十九年

24-02

2.題元丹丘山居 

731年開元十九年

24-03

3.題元丹丘 陽山居 并序 

731年開元十九年

18-16

4.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招

736年開元二十四年

02-08

5.將進酒 

736年開元二十四年

14-12

6. 潁陽別元丹丘之淮陽 

738年開元二十六年

23-55

7.觀元丹丘坐巫山屏風 

738年開元二十六年

06-07

8.西岳云台歌送丹丘子 

743年天寶二年

18-11

9.以詩代書答元丹丘 

744年天寶三年

24-08

10.題嵩山逸人元丹丘山居 并序 

750年天寶九年

22-02

11.尋高鳳石門山中元丹丘 

751年天寶十年

12-11

12.聞丹丘子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡

751年天寶十年

22-01

13.與元丹丘方城寺談玄作 

751年天寶十年

 以上の十三首である。