李白《巻24-38 寄遠,十一首之十》(この詩は漢の張騫の妻の気持ちで、西域の天末にいる張騫に寄せる意をつづる十一の十)魯国で産した繒は、その色、純白にして、玉を欺く霜の如くである。その白繒に「月氏書」と題して墨で書いた。

 
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年:-731年開元十九年31

卷別:    卷一八四              文體:    五言古詩

詩題:    寄遠,十一首之十

 

 

寄遠,十一首之十

(この詩は漢の張騫の妻の気持ちで、西域の天末にいる張騫に寄せる意をつづる十一の十)

魯縞如玉霜,筆題月氏書。

魯国で産した繒は、その色、純白にして、玉を欺く霜の如くである。その白繒に「月氏書」と題して墨で書いた。

寄書白鸚鵡,西海慰離居。

その繒に、「月氏書」と寄せる書を物し、白鸚鵡に託して、西海の涯に贈って、離居の淋しさを慰めようと思ったのだ。

行數雖不多,字字有委曲。

その手紙は、行数としては多くはないけれど、字字委曲をつくし、随分考へ抜いて書いたのであるから、語簡にして意深い積りである。

天末如見之,開緘淚相續。

西の果て、天末に在って、もし之を見たならば、封を開くや否や、涙相い続いて之を讀むであらう。

淚盡恨轉深,千里同此心。

やがて、涙が尽きて、恨みは愈々深いに相違なく、それは千里の遠きを隔つとも、この心が同じであるからと思っているからである。

相思千萬里,一書千金。

千万里の遠きに在っても相いに思う心を表すには、一片の手紙も、千金を値すというもので、天涯の彼方にいるとしても、決して、おろそかにはしないであらう。

 

(寄遠,十一首の十)

魯縞は玉霜の如く,筆題す 月氏の書。

書を寄す 白鸚鵡,西海 離居を慰む。

行數 多からずと雖も,字字 委曲有り。

天末 如し之を見れば,緘を開いて淚 相い續かん。

淚 盡きて 恨み 轉た深く,千里 此の心を同じゅうす。

相思 千 萬里,一書  千金。

 

安史の乱当時の勢力図 

『寄遠,十一首之十』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

寄遠,十一首之十

魯縞如玉霜,筆題月氏書。

寄書白鸚鵡,西海慰離居。

行數雖不多,字字有委曲。

天末如見之,開緘淚相續。

淚盡恨轉深,千里同此心。

相思千萬里,一書千金。


詩文(含異文)

魯縞如玉霜,筆題月氏書【剪題月氏書】。

寄書白鸚鵡,西海慰離居。

行數雖不多,字字有委曲。

天末如見之,開緘淚相續。

淚盡恨轉深,千里同此心【千里若在眼】【萬里若在心】。

相思千萬里,一書千金。


(下し文)
(寄遠,十一首の十)

魯縞は玉霜の如く,筆題す 月氏の書。

書を寄す 白鸚鵡,西海 離居を慰む。

行數 多からずと雖も,字字 委曲有り。

天末 如し之を見れば,緘を開いて淚 相い續かん。

淚 盡きて 恨み 轉た深く,千里 此の心を同じゅうす。

相思 千 萬里,一書  千金

(現代語訳)
(この詩は漢の張騫の妻の気持ちで、西域の天末にいる張騫に寄せる意をつづる十一の十)

魯国で産した繒は、その色、純白にして、玉を欺く霜の如くである。その白繒に「月氏書」と題して墨で書いた。

その繒に、「月氏書」と寄せる書を物し、白鸚鵡に託して、西海の涯に贈って、離居の淋しさを慰めようと思ったのだ。

その手紙は、行数としては多くはないけれど、字字委曲をつくし、随分考へ抜いて書いたのであるから、語簡にして意深い積りである。

西の果て、天末に在って、もし之を見たならば、封を開くや否や、涙相い続いて之を讀むであらう。

やがて、涙が尽きて、恨みは愈々深いに相違なく、それは千里の遠きを隔つとも、この心が同じであるからと思っているからである。

千万里の遠きに在っても相いに思う心を表すには、一片の手紙も、千金を値すというもので、天涯の彼方にいるとしても、決して、おろそかにはしないであらう。


長安と西域 地図01
(訳注)

寄遠,十一首之十

(この詩は漢の張騫の妻の気持ちで、西域の天末にいる張騫に寄せる意をつづる十一の十)

起首四句は、手書を草すること。「行數雖不多,字字有委曲。天末如見之,開緘淚相續。」の四句は、彼方に於で手紙を見たときの感情を憶想し、「淚盡恨轉深,千里同此心。相思千萬里,一書千金。」の四句は、これに因って、手紙の価値を論断したのである。

 

魯縞如玉霜,筆題月氏書。

魯国で産した繒は、その色、純白にして、玉を欺く霜の如くである。その白繒に「月氏書」と題して墨で書いた。

魯縞 《漢書》卷五十二《韓安國傳》 「力不能入魯縞。」唐·顏師古注:「縞,素也,曲阜之地,俗善作之,尤為輕細,故以取也。」漢書の顔師古注「縞は繒の精白なるものなり」とある。魯縞に、魯地において作るところの繒である。李白《1601 送魯郡劉長史遷弘農長史》「魯縞如白煙、五縑不成束。」その魯地産の絹は白煙のごとく白く、わずか五匹では一束にはなりはしないのだ。

送魯郡劉長史遷弘農長史  李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白187

魯(ろ)は、中国の王朝名・地名。地名としての魯は現在の中国山東省南部を指す。山東省全体の略称(雅名)としても用いられる。

王朝としての魯(紀元前1055 - 紀元前249年)は、中国大陸に周代、春秋時代、戦国時代に亘って存在した国である。代々の魯公(魯の君主)の爵位は侯爵であり、姓は姫(き)である。首府は曲阜。

月氏 漢時西域の国名。月氏は、紀元前3世紀から1世紀ごろにかけて東アジア、中央アジアに存在した遊牧民族とその国家名。紀元前2世紀に匈奴に敗れてからは中央アジアに移動し、大月氏と呼ばれるようになる。大月氏時代は東西交易で栄えた。

 

寄書白鸚鵡,西海慰離居。

その繒に、「月氏書」と寄せる書を物し、白鸚鵡に託して、西海の涯に贈って、離居の淋しさを慰めようと思ったのだ。

白鸚鵡 《初學記、三十》「南方異物志に日く、鸚鵡に三種あり、青さものは大鳥の如し。一種白、鵝鷔の如し。-種五色、青なる者より大なり、交州巴南皆之あり」とあり、白鸚鵡を用いて、大事な書を寄せるということ。張騫の故事に基づいている。張騫は13年ぶりに漢に帰国すると、太中大夫にとりたてられ、西域のことを武帝に伝えた。そこで張騫は大月氏ではなく、烏孫という遊牧国家と同盟を組んで匈奴を挟撃すべきと上奏した。

 

行數雖不多,字字有委曲。

その手紙は、行数としては多くはないけれど、字字委曲をつくし、随分考へ抜いて書いたのであるから、語簡にして意深い積りである。

委曲 ① くわしいさま。詳細なさま。② ものごとの事情や形状がいりくんでいるさま。

 

天末如見之,開緘淚相續。

西の果て、天末に在って、もし之を見たならば、封を開くや否や、涙相い続いて之を讀むであらう。

天末 天のはて天涯。

杜甫《天末懷李白》

涼風起天末,君子意如何?

鴻雁幾時到,江湖秋水多。

文章憎命達,魑魅喜人過。

應共冤魂語,投詩贈汨羅。

天末懷李白 杜甫 <233> kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1142 杜甫特集700- 345

 

淚盡恨轉深,千里同此心。

やがて、涙が尽きて、恨みは愈々深いに相違なく、それは千里の遠きを隔つとも、この心が同じであるからと思っているからである。

 

相思千萬里,一書千金。

千万里の遠きに在っても相いに思う心を表すには、一片の手紙も、千金を値すというもので、天涯の彼方にいるとしても、決して、おろそかにはしないであらう。
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