李白《巻24-39 寄遠,十一首之十一 -#2みずみずしくうつくしい漢水の流は、越えて行けるようであるが、波を凌いで、羅襪のまま、水の上を歩ませるは、萬一の事があってはというので、いかにも可惜しき心地がする。

 
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年:731年開元十九年31

卷別:    卷一八四              文體:    雜言古詩

詩題:    寄遠,十一首之十一

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

寄遠,十一首之十一

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の十一)

愛君芙蓉嬋娟之豔色,色可餐兮難再得。

君が目の際のほんのりとした芙蓉の如く、あでやかなる艶色を愛し、さながら、餐し得べきが如く、再び他には得られぬものと信じて居る。

憐君冰玉清迥之明心,情不極兮意已深。

君の氷玉の如く清く迥けき明心を憐れむので、その情は、極まるなく、意の深きは、言うにも及ばないのである。

朝共琅玕之綺食,夜同鴛鴦之錦衾。

朝には、琅玕に此すべき綺食をわかって食し、夜は鴛鴦の繍ある錦の衾を同じゅうして寝るのである。

恩情婉孌忽為別,使人莫錯亂愁心。

かくの如く温情は極めて麗しくあったのに、忽然として、別をなさねばならぬことになり、人をして、過って愁心を乱すに至らねばよいがと思わせる位である。

#2

亂愁心,涕如雪。

このように、愁心を錯亂させたことに因って、涙は雪がふるが如く降りそそぐのである。

寒燈厭夢魂欲覺來相思生白髮。

寒々とした旅館の燈は夢を圧して、魂も絶えるのではなかろうかとおもうばかりであり、やがて夢が醒めてくると、相思の極みであり、あたまに白髪が生えてきた。

盈盈漢水若可越,可惜凌波步羅襪。

みずみずしくうつくしい漢水の流は、越えて行けるようであるが、波を凌いで、羅襪のまま、水の上を歩ませるは、萬一の事があってはというので、いかにも可惜しき心地がする。

美人美人兮歸去來,莫作朝雲暮雨兮飛陽臺。

美しい人、美しい人よ、私は「かえりなんいざ」と桃源郷に隠遁して立ち去るも善かろうと思うところで、朝雲となり、暮雨となり、巫山の陽臺の下に飛んで、楚王と、あらぬ浮名を流すようなことがあつては成らないのだ。

 

(寄遠,十一首の十一)

君芙蓉嬋娟の豔色を愛す,色 餐すべく、再び得難し。

君が冰玉 清迥の明心を憐む,情 極らず  意 已に深し。

朝には 琅玕の綺食を共にし,夜には 鴛鴦の錦衾を同じゅうす。

恩情 婉孌【えんらん】忽ち別を為す,人をして錯って愁心を亂すを莫らしめよ。

#2

愁心を亂し,涕 雪の如し。

寒燈 夢を厭して魂 んと欲し覺め來って 相思 白髮を生ず。

盈盈 漢水 越ゆ可くが若し,惜しむ可し 凌波 羅襪を步するを。

美人 美人よ 歸り去らん來【いざ】,「朝雲暮雨」さ作して陽臺に飛ぶこと莫れ。

 

 巫山十二峰002

『寄遠,十一首之十一)』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

亂愁心,涕如雪。

寒燈厭夢魂欲覺來相思生白髮。

盈盈漢水若可越,可惜凌波步羅襪。

美人美人兮歸去來,莫作朝雲暮雨兮飛陽臺。


(下し文) #2

愁心を亂し,涕 雪の如し。

寒燈 夢を厭して魂 んと欲し,覺め來って 相思 白髮を生ず。

盈盈 漢水 越ゆ可くが若し,惜しむ可し 凌波 羅襪を步するを。

美人 美人よ 歸り去らん來【いざ】,「朝雲暮雨」さ作して陽臺に飛ぶこと莫れ。

(現代語訳)
このように、愁心を錯亂させたことに因って、涙は雪がふるが如く降りそそぐのである。

寒々とした旅館の燈は夢を圧して、魂も絶えるのではなかろうかとおもうばかりであり、やがて夢が醒めてくると、相思の極みであり、あたまに白髪が生えてきた。

みずみずしくうつくしい漢水の流は、越えて行けるようであるが、波を凌いで、羅襪のまま、水の上を歩ませるは、萬一の事があってはというので、いかにも可惜しき心地がする。

美しい人、美しい人よ、私は「かえりなんいざ」と桃源郷に隠遁して立ち去るも善かろうと思うところで、朝雲となり、暮雨となり、巫山の陽臺の下に飛んで、楚王と、あらぬ浮名を流すようなことがあつては成らないのだ。


(訳注)

寄遠,十一首之十一

(この詩は遠くにいる人に寄せる意をつづる十一の十一)

李白の足跡0000 

亂愁心,涕如雪。

このように、愁心を錯亂させたことに因って、涙は雪がふるが如く降りそそぐのである。

 

寒燈厭夢魂欲覺來相思生白髮。

寒々とした旅館の燈は夢を圧して、魂も絶えるのではなかろうかとおもうばかりであり、やがて夢が醒めてくると、相思の極みであり、あたまに白髪が生えてきた。

寒燈 寒々とした旅館のともしびのもと。李白、杜甫、高適の三詩人が共に旅をしている。

高適 『除夜作』

旅館寒燈獨不眠,客心何事轉悽然。

故鄕今夜思千里,霜鬢明朝又一年。

 

盈盈漢水若可越,可惜凌波步羅襪。

みずみずしくうつくしい漢水の流は、越えて行けるようであるが、波を凌いで、羅襪のまま、水の上を歩ませるは、萬一の事があってはというので、いかにも可惜しき心地がする。

盈盈 みずみずしくうつくしいさま。古詩十九首の第二首に「盈盈たり楼上の女」という句がある。

羅襪 うすぎぬのくつした。

 

美人美人兮歸去來,莫作朝雲暮雨兮飛陽臺。

美しい人、美しい人よ、私は「かえりなんいざ」と桃源郷に隠遁して立ち去るも善かろうと思うところで、朝雲となり、暮雨となり、巫山の陽臺の下に飛んで、楚王と、あらぬ浮名を流すようなことがあつては成らないのだ。

歸去來 陶淵明のように「歸去來」を唱えて、隠遁して桃源郷に帰ろう。〔陶淵明(とうえんめい)「帰去来辞」に基づく。「来」は助辞〕故郷に帰るために,官職をやめてその地を去ること。「かえりなんいざ」と訓読されてきた。

朝雲暮雨 襄王雲雨 むかし楚の嚢王が詩人の宋玉をつれて、雲夢の丘に遊び、高唐という物見台から景色を眺めた。すると、その上に雲気が立ちこめ、高くまっすぐ上ったかと思うと、たちまち形をかえた。しばらくの間に、千変万化する。襄王がたずねた、「これは何か」。宋玉がこたえた、「いわゆる朝雲です」。「朝雲とは何か」。宋玉が説明した。

「昔先代の王さまがやはりこの高唐に遊びにきて、昼寝をされた。夢の中に一人の女が現われて言った。『わたしは巫山の女です。高唐へ遊びにきましたが、殿様もまた高唐に遊びに来られたことを聞きました。どうか、おそばに侍らせて下さいませ。』 王はお可愛がりになった。去るとき女が言った。「わたしは巫山の南の高い山の峰に住んでいますが、朝には雲となり、碁には雨となり、毎朝毎晩、南の丘の下へ行きます」。翌朝、行ってみると、果して女の言うとおりだったので、そこに社を建てて朝雲と呼んだ。興味をおぼえた嚢王は、朝雲についてその様子をききただす。宋玉は委細をつくして朝雲暮雨を歌いあげる。その話は、宋玉の「高唐の賦」にくわしい。ただし、ふつうの伝説では、夢のなかで巫山の女神と交わったのは、嚢王その人となっている。 

陽臺 巫山・陽臺 宋玉《高唐賦》「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣,兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問玉曰:“此何氣也?”玉對曰:“所謂朝雲者也。”王曰:“何謂朝雲?”玉曰:“昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:'妾,巫山之女也。為高唐之客。閘君遊 4 。回唐,願荐枕席。」王因幸之。去而辭曰:「妾在巫山之陽,高丘之阻。曰一為行雲,暮為行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。」旦朝視之,如言。故為立廟,號曰朝雲。」王日:「朝雲始出,狀若何也?

昔、楚の襄王と宋玉 雲夢之台に遊び,高の觀に望む,其の上、獨り雲氣有り,兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問うて玉曰く:“此れ何の氣ぞや?”玉 對えて曰く:“所謂 朝雲なる者なり。”王曰く:“何謂朝雲?”玉曰く:“昔、先王 嘗て高唐に遊び,怠って晝寢し,夢に一婦人を見る 曰く:'妾,巫山の女也。高唐の客と為り。君が遊 ぶを閘く。回唐,願わくば枕席を荐めん。」王 因って之を幸す。去って辭して曰く:「妾は巫山の陽,高丘の阻に在り。曰く一たび行雲と為り,暮には行雨と為る。朝朝暮暮,陽臺之下。」と。旦朝、之を視て,言の如し。故に為に廟を立てて,號して朝雲と曰う。」王日く:「朝雲 始めて出づ,狀 若何也?

楚雲 雲が男で女が雨で絡み合うというほどの意味だが、宋玉の「高唐の賦」宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

 李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。 

李商隠 7 無題(颯颯東風細雨來)

細雨(帷飄白玉堂)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-76

細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-78