赤壁歌送別》李白(友人が江夏付近で遊ぶというので、その血とそんなに離れていない赤壁があるというのでこの詩を作って送別の詩とした。)こうして、その史実からの感慨を一一手紙に書いて、旧交ある我がもとに報じてもらいたい。そうすれば、それを読んで、心魄を盛んにして、胸中の鬱懐を払い除けることができるであろう。

 

 
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年:734年開元二十二年34

卷別:    卷一六七              文體:    七言律詩

詩題:    赤壁歌送別

作地點:              蒲圻(江南西道 / 鄂州 / 蒲圻)

及地點:              赤壁 (江南西道 鄂州 蒲圻)              

 

 

赤壁歌送別

二龍爭戰決雌雄,赤壁樓船掃地空。

呉魏戦争はさながら二龍の雌雄を決するがごとく赤壁に集まった魏の樓船は、無残にも焼打ちにあって全滅に近いまでやれてしまった。

烈火張天照雲海,周瑜於此破曹公。

その時の烈火は天にみなぎり、焦がして、雲のまがう大海までも照らしたぐらいである。呉の都堵府、周瑜はこの地において、ものの見事に魏の丞相を打ち破ったのである。

君去滄江望澄碧,鯨鯢唐突留餘跡。【君去滄江弄澄碧】

君、今、ここを去って大江のほとりに到り、緑に澄みきった流水を望む時は、当日鯨鯢が互いに觸犯したその遺跡を認めるであろう。

一一書來報故人,我欲因之壯心魄。

こうして、その史実からの感慨を一一手紙に書いて、旧交ある我がもとに報じてもらいたい。そうすれば、それを読んで、心魄を盛んにして、胸中の鬱懐を払い除けることができるであろう。

 

(赤壁の歌 送別)

二龍爭戰 雌雄を決し,赤壁の樓船 地を掃うて空し。

烈火 天に張って 雲海を照し,周瑜 此に於て曹公を破る。

君は去って 滄江 澄碧を望めば,鯨鯢 唐突にし 餘跡を留む。

一一 書 來って故人に報ぜよ,我 之に因って 心魄を壯にせんと欲す。

 

toho0824004 

『赤壁歌送別』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

赤壁歌送別

二龍爭戰決雌雄,赤壁樓船掃地空。

烈火張天照雲海,周瑜於此破曹公。

君去滄江望澄碧,鯨鯢唐突留餘跡。【君去滄江弄澄碧】

一一書來報故人,我欲因之壯心魄。


(下し文)
(
赤壁の歌 送別)

二龍爭戰 雌雄を決し,赤壁の樓船 地を掃うて空し。

烈火 天に張って 雲海を照し,周瑜 此に於て曹公を破る。

君は去って 滄江 澄碧を望めば,鯨鯢 唐突にし 餘跡を留む。

一一 書 來って故人に報ぜよ,我 之に因って 心魄を壯にせんと欲す。

(現代語訳)
(友人が江夏付近で遊ぶというので、その血とそんなに離れていない赤壁があるというのでこの詩を作って送別の詩とした。)

呉魏戦争はさながら二龍の雌雄を決するがごとく赤壁に集まった魏の樓船は、無残にも焼打ちにあって全滅に近いまでやれてしまった。

その時の烈火は天にみなぎり、焦がして、雲のまがう大海までも照らしたぐらいである。呉の都堵府、周瑜はこの地において、ものの見事に魏の丞相を打ち破ったのである。

君、今、ここを去って大江のほとりに到り、緑に澄みきった流水を望む時は、当日鯨鯢が互いに觸犯したその遺跡を認めるであろう。

こうして、その史実からの感慨を一一手紙に書いて、旧交ある我がもとに報じてもらいたい。そうすれば、それを読んで、心魄を盛んにして、胸中の鬱懐を払い除けることができるであろう。



(訳注)

赤壁歌送別

(友人が江夏付近で遊ぶというので、その血とそんなに離れていない赤壁があるというのでこの詩を作って送別の詩とした。)

赤壁の古戦場と伝えられる場所は、長江・漢水沿いに数カ所存在し、その是非については現在も議論があるが、有名なものは二箇所ある。

現在の湖北省蒲圻市(現:赤壁市)西南の長江南岸に位置する赤壁山である。ここは実際の古戦場として現在最も有力視され、「三国赤壁(別名、武赤壁)」と呼ばれている。

北宋の文人の蘇軾(蘇東坡)が名作「赤壁の賦」を書いたことで有名な偽の赤壁である。こちらは湖北省黄岡市黄州区西北の長江北岸の赤鼻山を指し、「東坡赤壁(別名、文赤壁)」と呼ばれる。この地は実際の戦場ではなかったのだが、晩唐の詩人杜牧が詩に詠んだことから赤壁の古戦場と見なされるようになり、蘇軾の作品によって、実際の古戦場以上に有名になってしまった[6]。なお、東坡赤壁は長江の流れが変遷したため、現在は長江に面していない。

 

二龍爭戰決雌雄,赤壁樓船掃地空。

呉魏戦争はさながら二龍の雌雄を決するがごとく赤壁に集まった魏の樓船は、無残にも焼打ちにあって全滅に近いまでやれてしまった。

二龍爭戰 赤壁の戦いのこと。赤壁之戰は、中国後漢末期の208年、長江の赤壁において起こった曹操軍と孫権・劉備連合軍の間の戦いである。

 

烈火張天照雲海,周瑜於此破曹公。

その時の烈火は天にみなぎり、焦がして、雲のまがう大海までも照らしたぐらいである。呉の都堵府、周瑜はこの地において、ものの見事に魏の丞相を打ち破ったのである。

 漲る。

 

君去滄江望澄碧,鯨鯢唐突留餘跡。【君去滄江弄澄碧】

君、今、ここを去って大江のほとりに到り、緑に澄みきった流水を望む時は、当日鯨鯢が互いに觸犯したその遺跡を認めるであろう。

鯨鯢 オスとメスの鯨、不義の人の小国を呑食するということを喩える。

唐突 犯觸。犯触する。侵犯する,人の感情を害する.

 

一一書來報故人,我欲因之壯心魄。

こうして、その史実からの感慨を一一手紙に書いて、旧交ある我がもとに報じてもらいたい。そうすれば、それを読んで、心魄を盛んにして、胸中の鬱懐を払い除けることができるであろう。
李白の足跡003