李白  鄴中贈王大#4

我願執爾手,爾方達我情。相知同一己,豈惟弟與兄。

抱子弄白雲,琴歌發清聲。臨別意難盡,各希存令名。

そこで、汝を抱いて、ともに石門山の白雲に臥し、琴に和して歌を唱へつつ、清聲を発するであろう。わが希望するところは、このようなものである、つまり、功成り名遂げて後、汝と共に物外の地に逍遥しようというもので、ここに別に臨んで、心に思うところのすべてを、なかなか述べ盡し難く、唯だ、お互に身を慎んで、折角の名誉を落さぬように致したいものである。

 

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年:739年開元二十七年39

卷別:    卷一六八              文體:    五言古詩

詩題:    鄴中贈王大【鄴中王大勸入高鳳石門山幽居】

作地點:              岳州(江南西道 / 岳州 / 岳州)

及地點:              相州 (河北道南部 相州 相州) 別名:鄴城、鄴、鄴中  

石門山 (都畿道 汝州 葉縣)             

南陽 (山南東道 鄧州 南陽) 別名:南都        

沂州 (河南道 沂州 沂州) 別名:瑯琊            

交遊人物:王昌齡              當地交遊(江南西道 岳州 岳州)

 

 

鄴中王大勸入高鳳石門山幽居【鄴中贈王大】

(この詩は、李白が鄴中において、王勸というものに会い、その高鳳幽居の遺跡たる石門山に入ろうとするのを聞いてこの詩を作って送ったもの)

一身竟無託,遠與孤蓬征。

わが一身は、寄託するところなく、さながら、孤蓬が轉蓬するように、遠く飛び散っていくようなものである。

千里失所依,復將落葉并。

又、千里四方、依るところなく、その上、落葉とおなじようになって一般化してしまった。

中途偶良朋,問我將何行。

そこで、その途中において、この鄴都まで、さまよって来たのであり、この地に於で、良友に遇い、われに向って、何処へ往くかと問うてくれた。

(鄴中にて、王大勸の高鳳石門山の幽居贈る)
一身 竟に託する無く,遠く孤蓬と征く。

千里、依るところを失ひ、復た落葉と幷す。

中途 良朋に偶う,我に問ふ 將に何か行かむとする。

#2

欲獻濟時策,此心誰見明。

それで、われ之に答えていう、「済時の大策」を朝廷に献じたいと思うが、この区々の赤心を明かにしてくれる人がない。

君王制六合,海塞無交兵。

今しも、君王は六合を制馭し、海の邊塞には兵を交うることなく、至極太平の様に見えて居るのである。

壯士伏草間,沈憂亂縱橫。

自分のような壮士は草間に伏し、時弊、漸く盛になろうとするを見て、深き憂いは縦横に乱れる位である。

飄飄不得意,昨發南都城。

かくで、不得意の境涯に居るに堪へず、飄飄然として、昨日、南陽の故城を発して、ここまで来たのである。

#2

濟時の策を獻ぜんと欲するも,此の心 誰か明らかにせられん。

君王 六合を制し,海塞 兵を交うる無し。

壯士は草間に伏し,沈憂 亂れて縱橫。

飄飄として意を得ず,昨 南都城を發す。

#3

紫燕櫪下嘶,青萍匣中鳴。

わが刻下の有様は、才あるも用いられす、志あるも未だ蓬げす、たとへば、紫燕の名馬が槽暦の中に嘶き青萍の宝剣が彿拭されずして、匣中に悲吟するが如くである。

寄天下,長嘯尋豪英。

そこで、駆を投じて、天下を歴めぐり、長嘯して、同志の蒙英を尋ねようとするのである。

恥學琅人,龍蟠事躬耕。

かの琅琊の人である諸葛亮が、臥龍を以て自ら居り、南陽に躬耕してその能力を評判としものだが、其の眞似をするというのでは、わが恥づるところである。

富貴吾自取,建功及春榮。

やがて富貴を取り、功を建てて、陽春に萬物が生育する様な目出たき春の盛りの時節に逢うのである。

#3

紫燕は櫪下に嘶き,青萍は匣中に鳴る。

軀を投じて天下に寄せ,長嘯 豪英を尋ぬ。

恥づ 琅琊の人を學んで,龍蟠 躬耕を事とするを。

富貴は 吾 自ら取る,功を建てて春榮に及ぶ。

#4

我願執爾手,爾方達我情。

私が願っていることは、汝の手をとって、旧情を述べるので、汝、これに答え、之を歓迎して、わが情思の届くようにして貰ひたい。

相知同一己,豈惟弟與兄。

元来、互に相い知れるのは、心が全く同一であるからで、その親密なことは、兄弟以上である。

抱子弄白雲,琴歌發清聲。

そこで、汝を抱いて、ともに石門山の白雲に臥し、琴に和して歌を唱へつつ、清聲を発するであろう。

臨別意難盡,各希存令名。

わが希望するところは、このようなものである、つまり、功成り名遂げて後、汝と共に物外の地に逍遥しようというもので、ここに別に臨んで、心に思うところのすべてを、なかなか述べ盡し難く、唯だ、お互に身を慎んで、折角の名誉を落さぬように致したいものである。

#4

我が願いは 爾の手を執り,爾 方に我が情を達す。

相知 同一のみ,豈に惟だ弟と兄とのみならんや。

子を抱て白雲を弄し,琴歌 清聲を發す。

別に臨んで 意 盡し難し,各の令名を存せんことを希【こいねが】う。

 

李白の足跡0000 

『鄴中贈王大【鄴中王大勸入高鳳石門山幽居】』 現代語訳と訳註解説
(
本文) 
#4

我願執爾手,爾方達我情。

相知同一己,豈惟弟與兄。

抱子弄白雲,琴歌發清聲。

臨別意難盡,各希存令名。

 

(下し文) #4

我が願いは 爾の手を執り,爾 方に我が情を達す。

相知 同一のみ,豈に惟だ弟と兄とのみならんや。

子を抱て白雲を弄し,琴歌 清聲を發す。

別に臨んで 意 盡し難し,各の令名を存せんことを希【こいねが】う。

(現代語訳)
私が願っていることは、汝の手をとって、旧情を述べるので、汝、これに答え、之を歓迎して、わが情思の届くようにして貰ひたい。

元来、互に相い知れるのは、心が全く同一であるからで、その親密なことは、兄弟以上である。

そこで、汝を抱いて、ともに石門山の白雲に臥し、琴に和して歌を唱へつつ、清聲を発するであろう。

わが希望するところは、このようなものである、つまり、功成り名遂げて後、汝と共に物外の地に逍遥しようというもので、ここに別に臨んで、心に思うところのすべてを、なかなか述べ盡し難く、唯だ、お互に身を慎んで、折角の名誉を落さぬように致したいものである。


(訳注) #4

鄴中王大勸入高鳳石門山幽居【鄴中贈王大】

(この詩は、李白が鄴中において、王勸というものに会い、その高鳳幽居の遺跡たる石門山に入ろうとするのを聞いてこの詩を作って送ったもの)

高鳳石門山 石門山 (都畿道 汝州 葉縣)  高鳳石門山幽居は後漢書、高鳳傳にみえる遺跡であり、汝州 葉縣に隠遁するのでこういったのである。            

 

我願執爾手,爾方達我情。

私が願っていることは、汝の手をとって、旧情を述べるので、汝、これに答え、之を歓迎して、わが情思の届くようにして貰ひたい。

我情 憂国の情であり、李白の任侠でもって世に出たいと志を持っていることをいう。

 

相知同一己,豈惟弟與兄。

元来、互に相い知れるのは、心が全く同一であるからで、その親密なことは、兄弟以上である。

同一己 憂国の心が全く同一であるということ。

 

抱子弄白雲,琴歌發清聲。

そこで、汝を抱いて、ともに石門山の白雲に臥し、琴に和して歌を唱へつつ、清聲を発するであろう。

 

臨別意難盡,各希存令名。

わが希望するところは、このようなものである、つまり、功成り名遂げて後、汝と共に物外の地に逍遥しようというもので、ここに別に臨んで、心に思うところのすべてを、なかなか述べ盡し難く、唯だ、お互に身を慎んで、折角の名誉を落さぬように致したいものである。