李白  上雲樂#7

能胡歌,獻漢酒。跪雙膝,立兩肘,散花指天舉素手。

拜龍顏,獻聖壽。北斗戾,南山摧。天子九九八十一萬長傾萬杯。

かくて文康はまた巧みに胡歌を唱和して、漢の酒を献上しようとした。そして、兩の膝をひざまずき、兩の肘をはって、天子の御前に畏まり、ひとたび白い手を挙げて、天をさせば、花は天より繽紛として、雨の如く降りしきり、さながら極欒浄土を眼前に幻出したようになったのである。然る後に天子の御尊顔を拝し、謹んで壽を献上いたします。祝して申し上げるには、北斗も曲がるべく、南山もくだけるべく程のことであります。かかるものは、到底、相い比するに足らず、天子は、九九、八十一萬歳の壽を保たるべく、どうか、私が差し上げる、この萬歳の杯を傾けて下さいと申しあげたのである。

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年:743年天寶二年43歳 94-14

卷別:    卷一六二              文體:    樂府

詩題:    上雲樂

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              咸陽 (京畿道 京兆府 咸陽) 別名:秦、咸      

白水 (京畿道 同州 白水)   

終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山               

 

 

上雲樂#1

(老胡の文康が朝廷に来て、種々の戯を爲すことよりはじめ、やがて乱後の清平に及び、老胡が技を献ずるの偶然ならざるを言い、その上で、聖天子の万歳を壽したのであるに擬してこの詩を作った。)

金天之西,白日所沒。

西域極遠の地たる金天の西は、太陽の没するところである。

康老胡雛,生彼月窟。

それは、音に名高き老いたる胡人の文康といふもの、即ち月窟に於いて生れたものである。

巉巖容儀,戌削風骨。

その容貌は、いかにも丈嵩、その風骨は、すっきりと痩せて居る。

碧玉炅炅雙目瞳,黃金拳拳兩鬢紅。

それから、その両の目は、皎皎たる碧玉の如くして光があるし、その両の鬢は、黄ばんで縮れて居て、稍々赤みがかって見える。

(上雲樂)#1

金天の西,白日の沒する所。

康老 胡雛,彼の月窟に生ず。

巉巖の容儀,戌削の風骨。

碧玉 炅炅たり 雙目の瞳,黃金 拳拳たり 兩鬢の紅。

#2

華蓋垂下睫,嵩嶽臨上脣。

眉毛は長くして、下、目を覆い、鼻は大きくして、唇の上の方に壓している。

不睹詭譎貌,豈知造化神。

まことに、奇怪至極の姿をして居るので、これを見なければ、造化の神明を知ることはできない。

大道是文康之嚴父,元氣乃文康之老親。

彼、文康は、天地とともに生れたもので、絶封悠久の「道徳を父と爲し、神明を母となす」とする大道は、その父であるし、生生発展の根本たる宇宙の元気は、その母であるとした。

撫頂弄盤古,推車轉天輪。

かくて、彼は盤古をも小児扱いにし、その頭を撫でさすり、車輪に比すべき天地をも勝手にころばせるというのである。

#2

華蓋は下睫に垂れ,嵩嶽は上脣に臨む。

詭譎の貌を睹ずんば,豈に知んや 造化の神。

大道は是れ文康の嚴父,元氣は乃ち文康の老親。

頂を撫して 盤古を弄し,車を推して天輪を轉ず。
#3

云見日月初生時,鑄冶火精與水銀。

おもへば、日月が始めて生ずる時、造化は火精と水銀とを錬り上げ、火精が日となり、水銀が月と成ったのであるが、

陽烏未出谷,顧兔半藏身。

その太陽が、まだ東方の暘谷を出です、月もなかば其身をかくし、つまり、日月ができかかった「厥」初期段階である。

女媧戲黃土,團作愚下人。

まだ宇宙に出現していない時にあたって、女媧は人類を造り出そうというので、黄土を丸めて、凡愚な人もつくったのである。

散在六合間,濛濛若沙塵。

宇宙観からすれば、これ等の人類は、天地六合の間に散らばって居て、恰も濛々として塵埃となっているということなのである。

云【ここ】に見る 日月初めて生ずるの時,鑄冶す 火精と水銀と。

陽烏 未だ谷を出ず,顧兔 半ば身を藏す。

女媧 黃土に戲れ,團して 愚下の人と作る。

散じて 六合の間に在り,濛濛として 沙塵の若し。

#4

生死了不盡,誰明此胡是仙真。

しかも、この人類は、生きたり死んだり、終始展轉して居るが、終始転々としている。この文康といふ胡人が、天地と共に生れた眞正の仙人であるということを知っているものもいなかった位だったのである。

西海栽若木,東溟植扶桑。

しかし、その文康は日の沈む西海に若木を栽え、日の上る東海に扶桑を植えた。

別來幾多時,枝葉萬里長。

この二木の間を毎日太陽が度って行くようになり、彼が一度、別れてより、若木も、扶桑も、だんだん大きくなって、その枝葉は、萬里を覆う位になった。

中國有七聖,半路洪荒。

それで、ここに、我が大唐は、中国に君とし、高祖より玄宗に至るまで、七代の聖君を経由、半途にして、世紀後半から8世紀前半にかけて後宮から発生した政乱「武韋の禍」、恰も太古鴻荒の世に逆戻りをしたようであつた。

生死 了に盡きず,誰か明かにせん 此の胡は是れ仙真なるを。

西海には 若木を栽え,東溟には扶桑を植う。

別來 幾多の時ぞ,枝葉 萬里長し。

中國に七聖有り,半路 洪荒を

#5

陛下應運起,龍飛入咸陽。

今の天子は、運に乗じて起ち、やがて龍駕は、長安、すなわち、咸陽で天下統一がなされたように、入られ、「武韋の禍」を沈めて開元の治みちびかれた。

赤眉立盆子,白水興漢光。

かくて、王莽の簒奪と同じような韋皇后は、武則天に倣い政権を掌握すべく中宗を毒殺した。丁度、赤眉の賊が劉金子を立てたようなもので、天子が快復に専念なされるのは、後漢の光武が白水から勃興したるに比すべく、天下は安寧し、「開元の治」といわれるほどの唐王朝の繁栄を迎えたのである。

叱吒四海動,洪濤為簸揚。

されば、天子、一度、叱咤すれば、四海の水が動揺して、大きな波が簸って揚がるが如く、天下は忽ち震動し、寰宇が一洗された。

舉足踏紫微,天關自開張。

かくて、いよいよ天子の位を臨んで中外に耽命すれば、遠い處の關塞まで、ことごとく開通し、出入も自由で、又これを閉じで守るようなるようなことはない時代にされたのである。

陛下 運に應じて起ち,龍飛 咸陽に入る。

赤眉 盆子を立てて,白水 漢光を興す。

叱吒すれば 四海動き,洪濤すれば 簸揚為にす。

足を舉げて紫微を踏み,天關 自ら開張。

 

#6

老胡感至德,東來進仙倡。

唐の隆盛の気運は、かくの如くであるから、老胡の文康は、その至徳に感じて、西域より東方にきたのであり、種種の樂舞中に神仙的な藝人に扮する仙倡を進めたのである。

五色師子,九苞鳳凰。

そして、それに加え舞楽の中心的存在の“五色獅子だの”、“九苞の鳳凰”だのを連 れてきた。

是老胡雞犬,鳴舞飛帝

この獅子や鳳凰は、取りも直さず、老胡の鶏犬とも称すべきもので、それが都にきて、天子の御前で雅楽を鳴らし、舞をなした。

淋漓颯沓,進退成行。

それは、淋漓颯沓として、往ったり来たり、めぐったり、進退自然に行をなし、まこと見事なものであったのである。

老胡 至德に感じ,東に來って仙倡を進む。

五色の師子,九苞の鳳凰。

是れ老胡の雞犬,鳴舞して帝に飛ぶ。

淋漓 颯沓,進退 行を成す。
#7

能胡歌,獻漢酒。

かくて文康はまた巧みに胡歌を唱和して、漢の酒を献上しようとした。

跪雙膝,立兩肘,散花指天舉素手。

そして、兩の膝をひざまずき、兩の肘をはって、天子の御前に畏まり、ひとたび白い手を挙げて、天をさせば、花は天より繽紛として、雨の如く降りしきり、さながら極欒浄土を眼前に幻出したようになったのである。

拜龍顏,獻聖壽。

然る後に天子の御尊顔を拝し、謹んで壽を献上いたします。

北斗戾,南山摧。

祝して申し上げるには、北斗も曲がるべく、南山もくだけるべく程のことであります。

天子九九八十一萬長傾萬杯。

かかるものは、到底、相い比するに足らず、天子は、九九、八十一萬歳の壽を保たるべく、どうか、私が差し上げる、この萬歳の杯を傾けて下さいと申しあげたのである。

胡歌を能くし,漢酒を獻ず。

雙膝を跪まずき,兩肘を立べ,散花 天を指して素手を舉ぐ。

龍顏を拜し,聖壽を獻ず。

北斗戾り,南山摧く。

天子 九九八十一の萬長傾せよ 萬杯。

 

 

『上雲樂』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#7

能胡歌,獻漢酒。

跪雙膝,立兩肘,散花指天舉素手。

拜龍顏,獻聖壽。

北斗戾,南山摧。

天子九九八十一萬,長傾萬

(下し文)
胡歌を能くし,漢酒を獻ず。

雙膝を跪まずき,兩肘を立べ,散花 天を指して素手を舉ぐ。

龍顏を拜し,聖壽を獻ず。

北斗戾り,南山摧く。

天子 九九八十一の萬,長傾せよ 萬の杯

(現代語訳)
#7

かくて文康はまた巧みに胡歌を唱和して、漢の酒を献上しようとした。

そして、兩の膝をひざまずき、兩の肘をはって、天子の御前に畏まり、ひとたび白い手を挙げて、天をさせば、花は天より繽紛として、雨の如く降りしきり、さながら極欒浄土を眼前に幻出したようになったのである。

然る後に天子の御尊顔を拝し、謹んで壽を献上いたします。

祝して申し上げるには、北斗も曲がるべく、南山もくだけるべく程のことであります。

かかるものは、到底、相い比するに足らず、天子は、九九、八十一萬歳の壽を保たるべく、どうか、私が差し上げる、この萬歳の杯を傾けて下さいと申しあげたのである。


(訳注) #7

上雲樂

(老胡の文康が朝廷に来て、種々の戯を爲すことよりはじめ、やがて乱後の清平に及び、老胡が技を献ずるの偶然ならざるを言い、その上で、聖天子の万歳を壽したのであるに擬してこの詩を作った。)

李白の詩文力を確かめるために作らされた作品であろうと思う、玄宗の目にかなうと判断された作品の一つである。従来、安禄山の乱後の作品として紹介されている訳注本もあるが、それは間違い。

原註に「老胡文康辭、或云范雲及周捨所作、今擬之」とある。胡震亨の説に「梁の武帝、上雲樂を製し、西方の老胡文康、上古より生きるもの設け、青眼高鼻、白髪、孔雀鳳凰、白鹿を導弄し、梁朝を慕って来遊伏拝し、千歳の壽を祝す。周捨、これが詞を爲す。太白の擬作、周捨の本詞にくらべれば、肆を加う、而して、龍飛咸陽の数語、又、この胡、肅宗の朝に遊ぶと謂うものに似たり。亦たおのおのその時に従って、一代の俳樂を備うるのみ」とある

周捨《上雲樂》〈老胡文康辭〉

西方老胡,厥名文康。遨遨六合,傲誕三皇。西觀濛汜,東戲扶桑。南泛大蒙之海,北至無通之。昔與若士為友,共弄彭祖扶床。往年暫到昆侖,複瑤池舉觴。周帝迎以上席,王母贈以玉漿。故乃壽如南山,志若金剛。青眼眢眢,白髮長長。蛾眉臨髭,高鼻垂口。非直能俳,又善飲酒。簫管鳴前,門徒從後。濟濟翼翼,各有分部。鳳皇是老胡家雞,師子是老胡家狗。陛下撥亂反正,再朗三光。澤與雨施,化與風翔。覘雲候呂,志游大樑。重駟修路,始屆帝。伏拜金闕,仰瞻玉堂。從者小子,羅列成行。悉知廉節,皆識義方。歌管愔愔,鏗鼓鏘鏘。響震鈞天,聲若鵷皇。前卻中規矩,進退得宮商。舉技無不佳,胡舞最所長。老胡寄篋中,複有奇樂章。齎持數萬里,原以奉聖皇。乃欲次第,老耄多所忘。但願明陛下,壽千萬,歡樂未渠央

李白は、上記に擬してこの詩を作った。

老胡の文康が朝廷に来て、種々の戯を爲すことよりはじめ、やがて乱後の清平に及び、老胡が技を献ずるの偶然ならざるを言い、その上で、聖天子の万歳を壽したのである。

周捨 469年~524年〕字は升逸,汝南の安城の」人,周顒の子である。宋明帝の泰始五年に生れ,梁武帝普通五年に卒した,年五十六であった。幼いころから聰穎。既に長ず,博學に多く通ず,尤の義理に精ず。善く誦書し,背文し、諷,音韻に清辯した。起家齊太學博士。梁武帝時,拜尚書祠部郎。禮儀損益,多自捨出。歷遷太子右衛率。雖居職屢徙,而常留省。預機密二十余年,稱賢相。性儉素如布衣。以右驍衛將軍知詹事卒,謚簡子。捨著有文集二十卷,(《隋書志》及《兩唐書志》)行於世

 

能胡歌,獻漢酒。

かくて文康はまた巧みに胡歌を唱和して、漢の酒を献上しようとした。

 

跪雙膝,立兩肘,散花指天舉素手。

そして、兩の膝をひざまずき、兩の肘をはって、天子の御前に畏まり、ひとたび白い手を挙げて、天をさせば、花は天より繽紛として、雨の如く降りしきり、さながら極欒浄土を眼前に幻出したようになったのである。

【1】   散花 《維摩詰經》 「會中、有一天女,見諸大人,聞所法,便現其身,即以天花散諸菩薩,悉皆墮落,至大弟子,便著不墜。一切弟子皆神力去華,而不能令去。」

 

拜龍顏,獻聖壽。

然る後に天子の御尊顔を拝し、謹んで壽を献上いたします。

【2】    龍顏 玄宗のお顔。

 

北斗戾,南山摧。

祝して申し上げるには、北斗も曲がるべく、南山もくだけるべく程のことであります。

【3】    戾 曲がる。

 

天子九九八十一萬長傾萬杯。

かかるものは、到底、相い比するに足らず、天子は、九九、八十一萬歳の壽を保たるべく、どうか、私が差し上げる、この萬歳の杯を傾けて下さいと申しあげたのである。