李白  設辟邪伎鼓吹雉子斑曲辭雉子斑【雉子斑】#2

乍向草中耿介死,不求黃金籠下生。天地至廣大,何惜遂物情。

善卷讓天子,務光亦逃名。所貴曠士懷,朗然合太清。
そもそも雉は、耿介な鳥であり、草中間において死んでゆくものであって、決して黄金細工の鶏籠に入れて飼われることを願ってはいない。他の鳥は、命大事とし、黄金籠中に残生を保つことをこの上もない栄誉と心得ているが、この雉は少しもそんなことは思ってもいない。そもそも、天地はいたって広大なもので、万物を包含し、各々その情を遂げさせるので、雉のように、原野草中でその生命を全うせしめるというもの、やはり、天地の徳である。人もまたその通りで、耿介をもって知られているのは、莊子にいう、舜が善卷に禅譲しようとしたときの故事、湯が卞隨や、務光に譲ろうとした時、彼らは固く断って山に入り、或は、投身し、或は石を背負って身を沈めたのである。これらは人間の曠士であり、彼らの胸懐は、朗然として太清に合し、即ち天意にかなったもので、これが即ち、貴いことであるのである。

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年:743年天寶二年43歳 94-21

卷別:    卷一六三              文體:    樂府

詩題:    雉子斑【設辟邪伎鼓吹雉子斑曲辭】

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

設辟邪伎鼓吹雉子斑曲辭【雉子斑】#1

(古来よりの伝説珍獣である辟邪を舞にし、邪悪を避けるを願い、雉の凛々しく勇壮な有様を曲にした歌をつくる)1

辟邪伎作鼓吹驚,雉子班之奏曲成,喔咿振迅欲飛鳴。

辟邪伎の舞楽がはじまると、鼓吹のこえが驚ろおどろしくきこえてくる,こうして合いの手の雉子班の奏曲へと移って演奏される,その曲の意味合いは、雉の飛ぶ様子を歌に作ってあるので、その音楽を聴いていると、そこへ雉がとびだしてくるようにおもわれる。雉は、喔咿と口を開き、羽ばたきをして、まさに鳴きだそうとする。

扇錦翼,雄風生。

ひとたび錦翼を扇動すれば、雄風颯然としておこるのである。

雙雌同飲啄,趫悍誰能爭。

メスとならんで、同じえさをついばみ、水を飲んでいて、その凛々しく勇まし気なすがたは、世に敵がないというあり様である。

#2

乍向草中耿介死,不求黃金籠下生。

そもそも雉は、耿介な鳥であり、草中間において死んでゆくものであって、決して黄金細工の鶏籠に入れて飼われることを願ってはいない。他の鳥は、命大事とし、黄金籠中に残生を保つことをこの上もない栄誉と心得ているが、この雉は少しもそんなことは思ってもいない。

天地至廣大,何惜遂物情。

そもそも、天地はいたって広大なもので、万物を包含し、各々その情を遂げさせるので、雉のように、原野草中でその生命を全うせしめるというもの、やはり、天地の徳である。善卷讓天子,務光亦逃名。

人もまたその通りで、耿介をもって知られているのは、莊子にいう、舜が善卷に禅譲しようとしたときの故事、湯が卞隨や、務光に譲ろうとした時、彼らは固く断って山に入り、或は、投身し、或は石を背負って身を沈めたのである。

所貴曠士懷,朗然合太清。

これらは人間の曠士であり、彼らの胸懐は、朗然として太清に合し、即ち天意にかなったもので、これが即ち、貴いことであるのである。

乍ち草中に向って 耿介死し,黃金 籠下に生くるを求めず。

天地 至って廣大,何ぞ物情を遂ぐるを惜まんや。

善卷は天子を讓り,務光も亦た名を逃る。

貴ぶ所は曠士の懷なり,朗然として太清に合す。



『設辟邪伎鼓吹雉子斑曲辭雉子斑』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

乍向草中耿介死,不求黃金籠下生。

天地至廣大,何惜遂物情。

善卷讓天子,務光亦逃名。

所貴曠士懷,朗然合太清。

(下し文)
#2

乍ち草中に向って 耿介死し,黃金 籠下に生くるを求めず。

天地 至って廣大,何ぞ物情を遂ぐるを惜まんや。

善卷は天子を讓り,務光も亦た名を逃る。

貴ぶ所は曠士の懷なり,朗然として太清に合す。

(現代語訳)
#2

そもそも雉は、耿介な鳥であり、草中間において死んでゆくものであって、決して黄金細工の鶏籠に入れて飼われることを願ってはいない。他の鳥は、命大事とし、黄金籠中に残生を保つことをこの上もない栄誉と心得ているが、この雉は少しもそんなことは思ってもいない。

そもそも、天地はいたって広大なもので、万物を包含し、各々その情を遂げさせるので、雉のように、原野草中でその生命を全うせしめるというもの、やはり、天地の徳である。人もまたその通りで、耿介をもって知られているのは、莊子にいう、舜が善卷に禅譲しようとしたときの故事、湯が卞隨や、務光に譲ろうとした時、彼らは固く断って山に入り、或は、投身し、或は石を背負って身を沈めたのである。

これらは人間の曠士であり、彼らの胸懐は、朗然として太清に合し、即ち天意にかなったもので、これが即ち、貴いことであるのである。


(訳注) #2

設辟邪伎鼓吹雉子斑曲辭雉子斑

(古来よりの伝説珍獣である辟邪を舞にし、邪悪を避けるを願い、雉の凛々しく勇壮な有様を曲にした歌をつくる)

辟邪伎 古代中国の想像上の動物。鹿に似て二角をもち,邪悪をさけるといわれる。天禄とともに旗などに描かれた。辟邪絵は中国などで古来より信仰された、疫鬼を懲らしめ退散させる善神を描いた絵である。奈良国立博物館が所蔵する12世紀頃制作の絵巻物は、日本の国宝に指定されている。このほか、アジャンター石窟で5世紀頃制作の第17窟などの遺例が知られる。ここでは僻邪の舞

鼓吹 笛の聲に合わせて太鼓をたたいて踊る。

雉子班の古詞 雉子斑《樂府解題》「雉子高飛止,黃鵠飛之以千里,雄來飛,從雌視。」

雉の雄は、春、「けーんけーん」と鳴いて雌を呼ぶ鳥である。飛ぶ姿よりも歩いている姿 を見かけることが多い。妻恋の象徴として詠われていた。

 

乍向草中耿介死,不求黃金籠下生。

そもそも雉は、耿介な鳥であり、草中間において死んでゆくものであって、決して黄金細工の鶏籠に入れて飼われることを願ってはいない。他の鳥は、命大事とし、黄金籠中に残生を保つことをこの上もない栄誉と心得ているが、この雉は少しもそんなことは思ってもいない。

耿介 ①かたく志を守ること。 ②徳が光り輝いて偉大なさま。

 

天地至廣大,何惜遂物情。

そもそも、天地はいたって広大なもので、万物を包含し、各々その情を遂げさせるので、雉のように、原野草中でその生命を全うせしめるというもの、やはり、天地の徳である。

 

善卷讓天子,務光亦逃名。

人もまたその通りで、耿介をもって知られているのは、莊子にいう、舜が善卷に禅譲しようとしたときの故事、湯が卞隨や、務光に譲ろうとした時、彼らは固く断って山に入り、或は、投身し、或は石を背負って身を沈めたのである。

善卷讓天子 隠者の名前。宇宙の中にあって天地の恵みがあればよく、天下などどうしようもないと山に入った人。《子、讓王第二十八》「舜以天下讓善卷,善卷曰:「余立於宇宙之中,冬日衣皮毛,夏日衣葛絺;春耕種,形足以勞動;秋收斂,身足以休食;日出而作,日入而息,逍遙於天地之間而心意自得。吾何以天下為哉!悲夫,子之不知余也!」遂不受。於是去而入深山,莫知其處。」

務光亦逃名 桀を打つため戦った者たち(卞隨、務光)が、天下を譲り合って清廉に拒否して死んでいったことをいう。《子、讓王第二十八》「湯遂與伊尹謀伐桀,剋之,以讓卞隨。卞隨辭曰:「后之伐桀也謀乎我,必以我為賊也;勝桀而讓我,必以我為貪也。吾生乎亂世,而无道之人再來漫我以其辱行,吾不忍數聞也。」乃自投椆水而死。

  湯又讓務光,曰:「知者謀之,武者遂之,仁者居之,古之道也。吾子胡不立乎?」

  務光辭曰:「廢上,非義也;殺民,非仁也;人犯其難,我享其利,非廉也。吾聞之曰,非其義者,不受其祿,无道之世,不踐其土。況尊我乎!吾不忍久見也。」乃負石而自沈於廬水。

 

所貴曠士懷,朗然合太清。

これらは人間の曠士であり、彼らの胸懐は、朗然として太清に合し、即ち天意にかなったもので、これが即ち、貴いことであるのである。

曠士懷 胸襟開闊な人。杜甫《同諸公登慈恩寺塔》「自非曠士懷,登茲翻百憂。」よほどの胸中のひろいひとでないかぎり、ここ処へ登ったなら、さまざまの憂いの心を湧きたたせるだろう。○曠士懷 胸中のひろいひと。・懐 胸中、心。○茲 慈恩寺塔をさす。○翻 ひるがえす、湧きたたせること。

朗然 明るくはっきりとしているさま。

合太清 道教三天、三清をいう。「太元」を神格化した最高神元始天尊と、「道」を神格化した霊宝天尊(太上道君)、老子を神格化した道徳天尊(太上老君)の三柱。 それぞれ道教における天上界の最高天「玉清境」「上清境」「太清境」に住し、この三天のことも「三清」と呼ぶ。