李白  長門怨,二首之一

天迴北斗掛西樓,金屋無人螢火流。

月光欲到長門殿,別作深宮一段愁。
(秋の夜、夜空を眺めて、星、月の動きを見て、漢の陳皇后の怨情を思い、司馬相如に倣い詠ったもの)

天は北斗七星を廻転させ、宮中の西楼の屋根に星がかかり、皇后は阿嬌を藏すといったあの黄金造りの御殿には長門宮に追い出されたので人影はなく、ホタルの光だけが不気味に流れ飛び、秋は深まって人を感思せしめる。やがて、月の光が陳皇后の退居する長門殿に差し込んで来ようとしたころには、 眠れぬ夜に、更に一段の愁いが増してゆくことであろう。

李太白集  巻二十四41

長門怨二首 其一

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7410

Index-23

743年天寶二年43歳 

94-(90)

409 <1000

 

 

 
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年:743年天寶二年43歳 94-90

卷別:    卷一八四              文體:    七言

詩題:    長門怨,二首之一

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              長門宮 (京畿道 京兆府 長安) 別名:長門殿  

交遊人物/地點:  

詩文:

 

 

長門怨,二首之一 
(秋の夜、夜空を眺めて、星、月の動きを見て、漢の陳皇后の怨情を思い、司馬相如に倣い詠ったもの)

天迴北斗掛西樓,金屋無人螢火流。

天は北斗七星を廻転させ、宮中の西楼の屋根に星がかかり、皇后は阿嬌を藏すといったあの黄金造りの御殿には長門宮に追い出されたので人影はなく、ホタルの光だけが不気味に流れ飛び、秋は深まって人を感思せしめる。
月光欲到長門殿,別作深宮一段愁。

やがて、月の光が陳皇后の退居する長門殿に差し込んで来ようとしたころには、 眠れぬ夜に、更に一段の愁いが増してゆくことであろう。

長門怨,二首の一
天は北斗を囘らして西樓に挂かり、金屋 人無く 螢火流る。 
月光 到らんと欲す 長門殿、別に作す 深宮一段の愁。

 

 

『長門怨,二首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

長門怨,二首之一

天迴北斗掛西樓,金屋無人螢火流。

月光欲到長門殿,別作深宮一段愁。

(下し文)
(長門怨,二首の一)

天は北斗を囘らして西樓に挂かり、金屋 人無く 螢火流る。

月光 到らんと欲す 長門殿、別に作す 深宮一段の愁。
(現代語訳)
長門怨,二首之一 (秋の夜、夜空を眺めて、星、月の動きを見て、漢の陳皇后の怨情を思い、司馬相如に倣い詠ったもの)

天は北斗七星を廻転させ、宮中の西楼の屋根に星がかかり、皇后は阿嬌を藏すといったあの黄金造りの御殿には長門宮に追い出されたので人影はなく、ホタルの光だけが不気味に流れ飛び、秋は深まって人を感思せしめる。
やがて、月の光が陳皇后の退居する長門殿に差し込んで来ようとしたころには、 眠れぬ夜に、更に一段の愁いが増してゆくことであろう。

漢長安城 00
(訳注)

長門怨
(秋の夜、夜空を眺めて、星、月の動きを見て、漢の陳皇后の怨情を思い、司馬相如に倣い詠ったもの)

1 長門怨 《樂府古題要解》「長門怨、為漢武帝陳皇后作也。後長公主嫖女字阿嬌。及衛子夫得幸、後退居長門宮、愁悶悲思、聞司馬相如工文章、奉黃金百斤令為解愁之詞。相如作長門賦。帝見而傷之複得親幸者數年。後人因其賦為長門怨焉。」(長門怨は、漢の武帝の陳皇后の為に作る也。後は長公主嫖の女、字は阿嬌。衛子夫幸を得るに及び、後、退いて長門宮に居り、愁悶悲思し、司馬相如の文章に工なるを聞き、黃金百斤を奉じて、解愁の詞を為らしむ。相如長門賦を作る。帝見て、之を傷み複た親幸を得るもの數年。後人、其の賦に因って長門怨を為る。

古くからある歌謡の題。漢の武帝の陳皇后のために作られたものである。陳皇后は、幼い頃は阿嬌とよばれ、いとこに当る武帝のお気にいりであったが、帝の寵愛が衛子夫(のちに皇后)に移ると、ひどいヤキモチをやいたので、ついに長門宮に幽閉された。長門宮は、長安の東南の郊外にある離宮である。悶悶と苦しんだ彼女は、当時の文豪、司馬相如にたのみ、黄金百斤を与えて、帝の気持をこちらへ向けなおすような長い韻文を作ってもらった。これが「長門の賦」である。後世の人は、その話にもとづき「長門怨」という歌をつくった。

《三輔黄圖、巻三、甘泉宮》「長門宮,離宮,在長安城。孝武陳皇后得幸,頗妬,居長門宮。」

長安志、巻四「長門宮武帝陳皇后退居長門宮沅按宮在長安故城之東


天囘北斗挂西樓。 金屋無人螢火流。
天は北斗七星を廻転させ、宮中の西楼の屋根に星がかかり、皇后は阿嬌を藏すといったあの黄金造りの御殿には長門宮に追い出されたので人影はなく、ホタルの光だけが不気味に流れ飛び、秋は深まって人を感思せしめる。
2 北斗 北斗七屋。

3 西楼 長安の宮中の西楼。長門宮が長安東に上林苑の中に離宮としてあるので、天子のいる宮殿は西にある。
4
 金屋 金づくりの家。武帝は少年の日、いとこの阿嬌が気に入って言った。「もし阿嬌をお嫁さんにもらえたら、黄金づくりの家(金屋)に入れてあげるといい、建設された宮殿。

124巻三35妾薄命

「漢帝寵阿嬌。 貯之黃金屋。」

147巻四22宮中行樂詞八首 其一

「小小生金屋。 盈盈在紫微。 」

931巻二十四42長門怨二首 其二

「天回北斗挂西樓、金屋無人螢火流。」

939巻二十四50怨情

「請看陳后黃金屋。 寂寂珠帘生網絲。」

宮中行樂詞八首其一 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白141

5 螢火流 句の上にある“金屋”が“北斗”と関連して金星が流れるということで、春夏と過ぎ秋になることを言う。「火」とか「大火」と呼ばれる。陰暦七月末から西に流れる。李白《黄葛篇》「蒼梧大火落、暑服莫輕擲。 
越何の地方、蒼梧県だといっても大火の星が西に流れると秋が来るのだ、軽はずみに夏服だと思って投げ出すことがあってはならない。

黄葛篇 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -237

 

月光欲到長門殿。 別作深宮一段愁。
やがて、月の光が陳皇后の退居する長門殿に差し込んで来ようとしたころには、 眠れぬ夜に、更に一段の愁いが増してゆくことであろう。

長門殿にはやきもちの憂いが漂っている、後宮において皇帝の寵愛を受けている時分、悶々とした怨が最高潮に達する。

 

長門怨,二首の一
天は北斗を囘らして西樓に挂かり、金屋 人無く 螢火流る。 
月光 到らんと欲す 長門殿、別に作す 深宮一段の愁。

長門怨,二首之一

天迴北斗掛西樓,金屋無人螢火流。

月光欲到長門殿,別作深宮一段愁。

6 【阿嬌/陳皇后】

6 【阿嬌/陳皇后】

108巻三19白頭吟

「此時阿嬌正嬌妒、獨坐長門愁日暮。」

108巻三19白頭吟

「聞道阿嬌失恩寵、千金買賦要君王。」

124巻三35妾薄命

「漢帝寵阿嬌。 貯之黃金屋。」

939巻二十四50怨情

「請看陳后黃金屋。 寂寂珠帘生網絲。」

 

李白《妾薄命》

漢帝寵阿嬌,貯之黃金屋。咳唾落九天,隨風生珠玉。

寵極愛還歇,妒深情卻疏。長門一步地,不肯暫迴車。

雨落不上天,水覆難再收。君情與妾意,各自東西流。

昔日芙蓉花,今成斷根草。以色事他人,能得幾時好。

漢帝 阿嬌 寵【いつく】 しむ、之を黃金の屋に貯【おさ】む。 
咳唾【がいだ】 九天に落つ、風隨う 珠玉 生ず。 
寵極 愛 還た歇【つきる】、妒み深く 情 卻く疏【うと】んず。 
長門 一たび 地を步む、肯って 暫く 回車されず。
雨落 天に上らず、水覆 再び收り難し。 
君情 與 妾意、各々自ら 東西に流る。 
昔日  芙蓉の花,今 成る  斷根の草。
色を以て  他人に事【つか】へ,能【よ】く  幾時【いくとき】の 好【よろし】きを  得たりや。

(漢武帝最初の皇后、幼い時から絶頂期の皇后の時を経て、長門宮に幽閉、何時とはわからず寂しく死んでいった、産んだ子が皇帝にならなければ、皇后でさえもその運命はわからない、寵愛という不確かなものにすがって生きることを詠っている)

漢の武帝は幼少のときともに遊んだ阿嬌を見初め、いつくしんだ、そして、「好!若得阿嬌作婦,當作金屋貯之也。」といい、皇太子妃となって黄金の御殿に迎えて、ついに皇后となされた。
そこで阿嬌は、君寵をえて、その権力と勢力の盛んなことは、九天の上で吐く唾が風に乗って人に落ちると、それがやがて珠玉に化するという有様であった。
子の寵愛、貴盛が極限まで行ったが、ひとたびその寵愛を失うと実にあさましいものである、もともと、我儘で、嫉妬深い気性は、その情が密で、深いことが度が過ぎて仇になり、嫉妬心が陰謀策力に変わり、深く人の心も疎んじていった。
誰も振り返らず、司馬相如の賦を買い、一時は寵愛が戻るも、ついに、長門宮に幽閉され、一切の接触をたたれ、君の御所とはわずかに一歩を隔てるも、その後、君の輦車を回して立ち寄られることはなくなった。

雨は落ちてくるものであり、天にむかって上がることはい、こぼされた水は再び元の碗に収まることはないのだ。天子の愛情と后妃の思いとが合致していたけれど、ちょうど流れる水が、それぞれ自然に西と東に別れて流れさったようなものだ。昔は確かに、芙蓉の花のように 華麗に咲く花のような后妃であったが、それも廃位となった今はただ、根無し草となり、飛蓬のように、零落して各地を流浪するしかなくなったのだ。子孫繁栄のため、色香だけを求められ、それをもって、人につかえることしかできないものが、一体どれほどの期間、すばらしい時間を得ることができるというのだろうか。(皇位継承のめどが立てば、後は気ままに寵愛を行うのは習わしであるから、すぐに捨てられるのである。)

743年(25)李白344 巻三35-《妾薄命》(漢帝寵阿嬌,)#1 344Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94-25) <李白344> Ⅰ李白詩1678 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6938

李白  《巻三19白頭吟》

「此時阿嬌正嬌妒,獨坐長門愁日暮。」(此の時 阿嬌 正に嬌妒,獨り長門に坐して 日暮を愁う。)

「聞道阿嬌失恩寵,千金買賦要君王。相如不憶貧賤日,位高金多聘私室。茂陵姝子皆見求,文君歡愛從此畢。」(聞くならく 阿嬌 恩寵を失い,千金 賦を買うて 君王を要す と。相如 貧賤日を憶わず,位 高く 金 多くして 私室を聘す。茂陵の姝子 皆 求めらる,文君の歡愛 此に從って畢る。)

743年(22)李白341 巻三19-《白頭吟》(錦水東北流,) 341Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94-22) <李白341> Ⅰ李白詩1664 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6868

743年(27)李白341-#6 巻三19-《白頭吟》 341-#6Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94-27)Ⅰ李白詩1672 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6908

 

 長門怨二首
天迴北斗挂西樓金屋無人螢火流月光欲到長門殿作深一段愁

士贇曰詩箋云螢火家無人則然令/人感思室中無人故有此物是
足畏乃可/以為憂
  其二
桂殿長愁不記春黄金四屋起秋塵夜懸明鏡青天上獨照長門裏人

士贇曰此詩皆櫽括漢武陳皇后事/以比元宗皇后其意而婉矣事
前巻/

 

7 司馬相如《長門賦

なぜでしょう、一人の美人がさまよい歩いて物憂げにしています。魂は消え失せて元に返らぬように見え、肉体は枯れ果てた様子で一人ぽつねんと立っています。(かつて皇帝陛下は)「朕は朝に出座して暮には帰るだろう」と言ったのに、今は(新しい女と)飲食の楽しみを共にされ、私のことをお忘れになりました。御心は移り変わり、昔なじみ(の私)を省みず、気に入りの人と交わって親しくされています。(嫉妬深い)私の心の愚かさよ、私はまじめな素直さを胸に抱いていますのに。ただ御下問を賜って参上し、陛下のお言葉をいただきたいとのみ願っています。

陛下の虚しいお言葉をいただいて、まことのことかと待ち望み、城の南の離宮に(陛下を)お待ちしました。粗末な料理をつくろって用意していましたのに、陛下は一向におでまし下さろうとなさいません。むなしく一人隠れて心を鎮めておりますと、天にはひゅうひゅうと疾風が吹いています。蘭台に登ってはるかに見渡せば、心はうつろになって外界に脱け出ます。浮雲は重なりながら辺りに塞がり、天は深々として昼もなお暗く、雷は殷々と響き渡って、その音は陛下の車の響きに似ています。飄風は吹きめぐって部屋に舞い立ち、カーテンをひらひらと吹き上げます。桂の樹は枝茂く重なり合って、ぷんぷんと香りを漂わせます。孔雀たちは集まって(私を)憐れんでくれて、猿たちは鳴いて声長く歌います。翡翠(かわせみ)は翼を収めて集まって来て、鸞鳥と鳳凰は北に南に飛び交います。

心は結ぼれて晴れません。不満な気持ちが沸いて来て胸の内を責めつけます。蘭台より下りて辺りを見渡し、奥御殿へと静かに歩みます。正殿は高々と天まで届き、大きな柱が並び建てられて、彎形の御殿となっています。しばらく東の渡殿をさまよっていますと、こまごまと美しく限りなく続く建物が見えます。

 

夫何一佳人兮,步逍遙以自虞。魂逾佚而不反兮,形枯槁而獨居。言我朝往而暮來兮,飲食樂而忘人。心慊移而不省故兮,交得意而相親。 

伊予志之慢愚兮,怀貞愨之歡心。愿賜問而自進兮,得尚君之玉音。奉虛言而望誠兮,期城南之离宮。修薄具而自設兮,君曾不肯乎幸臨。廓獨潛而專精兮,天漂漂而疾風。登蘭台而遙望兮,神(心兄心兄,音晃)而外淫。浮云郁而四塞兮,天窈窈而晝陰。雷殷殷而響起兮,聲象君之車音。飄風回而起閨兮,舉帷幄之(示詹示詹,音摻)。桂樹交而相紛兮,芳酷烈之(門加言,重疊,音吟)。孔雀集而相存兮,玄猿嘯而長吟。翡翠協翼而來萃兮,鸞鳳翔而北南。 

心憑噫而不舒兮,邪气壯而攻中。下蘭台而周覽兮,步從容于深宮。正殿塊以造天兮,郁并起而穹崇。間徙倚于東廂兮,觀夫靡靡而無窮。擠玉以撼金舖兮,聲噌(口+宏去□,音宏)而似鐘音。 

刻木蘭以為榱兮,飾文杏以為梁。羅丰茸之游樹兮,离樓梧而相撐。施瑰木之(木薄,音博)櫨兮,委參差以(木康,音康)梁。時仿佛以物類兮,象積石之將將。五色炫以相曜兮,爛耀耀而成光。致錯石之瓴甓兮,象玳瑁之文章。張羅綺之幔帷兮,垂楚組之連綱。 

撫柱楣以從容兮,覽曲台之央央。白鶴嗷以哀號兮,孤雌(足寺)于枯腸。日黃昏而望兮,悵獨托于空堂。懸明月以自照兮,徂清夜于洞房。援雅琴以變調兮,奏愁思之不可長。案流徵以卻轉兮,聲幼眇而复揚。貫歷覽其中操兮,意慷慨而自(昂去日,音昂)。左右悲而垂淚兮,涕流离而從橫。舒息悒而增欷兮,(足徙,音徙)履起而彷徨。揄長袂以自翳兮,數昔日之(侃下加言,音謙)殃。無面目之可顯兮,遂思而就床。摶芬若以為枕兮,席荃蘭而(艸+臣,音chai3)香。 

忽寢寐而夢想兮,魄若君之在旁。惕寤覺而無見兮,魂(□+王,重疊,音狂)若有亡。眾雞鳴而愁予兮,起視月之精光。觀眾星之行列兮,畢昴出于東方。望中庭之藹藹兮,若季秋之降霜。夜曼曼其若兮,怀郁郁其不可再更。澹偃蹇而待曙兮,荒亭亭而复明。妾人竊自悲兮,究年而不敢忘。 

 注:《長門賦序》云,“孝武皇帝陳皇后時得幸,頗。別在長門宮,愁悶悲思。聞蜀郡成都司馬相如天下工為文,奉金百斤為相如、文君取酒,因于解悲愁之辭。而相如為文以悟上,陳皇后得親幸。”

 


長信宮〔長信怨〕 【字解】

 

長信宮【長信怨】

月皎昭陽殿,霜清長信宮。

天行乘玉輦,飛燕與君同。

別有歡處,承恩樂未窮。

誰憐團扇妾,獨坐怨秋風。

 

(この詩は、後宮において、一時華麗繁栄であっても、黃帝の崩御、政争、讒言、寵愛を失うことによって寂しく余生を暮らすことになる。また、直臣を遠ざけ、佞臣を近づけるは、古今の通患であり、寄託自然でふかいというものである。)

昭陽殿角、月は皎皎として照り渡り、長信宮の邊り、霜気は清く涼しく、且つ、寒く感じる頃となる。

天子の行幸に際しては、玉輦に乗ぜられ、そして、趙飛燕は、班とは違い、君と輦を同じうして、禮制にそむいた、まことに僭越極まることである。

かくて、この身は、秋の扇と棄てられたとしてだれが憐れんでくれるというのか、濁坐して、静心なき西風の凄涼たるを怨む外はないのである。

下臣たるもの、同輦を辞するということをわきまえることである、それが歓娯のところであったとしても、恩を承くること、未だ十分ならず、決して、楽を窮めないものである。

1 長信宮 紀元前7年、成帝が急死し、元帝が愛妾・傅氏に産ませた、劉康(定陶恭王)の子・劉欣(哀帝)が即位すると、哀帝の外戚の傅氏(祖母の実家)と、丁氏(母の実家)が政治に関与するようになり、王氏一族は権力を削られ、太皇太后(孝元太皇太后)となった王政君もその影響力を弱めることとなる。“長信には、漢の太后(成帝母、王政君)が常時之に居る。”となったということで、この詩に取り上げたものである。

この皇太后を趙飛燕の姉妹が供養するということで長信宮と結びつくのである。このことは、《漢書•外戚傳》にみえる「其後,趙飛燕姊弟亦從自微賤興,逾越禮制,浸盛於前。班婕妤及許皇后皆失寵,稀復進見。趙氏姊弟驕妒,婕妤恐久見危,求供養太后長信宮,帝許焉。」とある。また、長信宮について、《三輔黄圖巻之三、長樂宮》に「長信漢太后常居之。按《通靈記》大后、成帝母也。后在西、秋之象也。秋主信、故殿皆以長信、長秋爲名。又永壽、永寧殿、皆后所處也。、成帝母王太/后居長信右長樂。」とあり、漢の数々の宮殿、後宮のことは、班孟堅(班固)《西都賦》に詳細に描かれている。

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班孟堅(班固) 《西都賦》(20)#8(數々の宮殿)-1 文選 賦<112―20>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩974 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3418

班孟堅(班固) 《西都賦》(21)#8(數々の宮殿)-2 文選 賦<112―21>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩975 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3423

2 班 成帝の寵愛を得たが、後に趙飛燕に愛顧を奪われ、大后を長信宮に供養することを理由に退いた。長信宮に世を避けた班捷伃(倢伃)は、悲しんで「怨歌行」を作る。その詩は『文選』『玉台新詠』『楽府詩集』『古詩源』などに載せられる。失寵した女性の象徴として、詩の主題にあつかわれることが多い。晋の陸機や唐の王維、王昌齢「西宮春怨・長信秋詞」などがそれである[1]。『漢書』外戚伝・顔師古注に、彼女の伝がある。

 

3 昭陽殿 西京雜記 「趙飛燕姉弟、昭陽殿に居る。」とあり、班固《西都賦》には後宮の中での昭陽殿の様子を次のように述べている。

(22)#9(後宮の華麗)―1

後宮則有掖庭椒房,后妃之室。合歡增城,安處常寧。

茞若椒風,披香發越。蘭林蕙草,鴛鸞飛翔之列。

(23)#9―2

昭陽特盛,隆乎孝成。屋不呈材,牆不露形。

裛以藻繡,絡以綸連。隨侯明月。錯落其間。

金釭銜璧,是為列錢。

(24)#9―3

翡翠火齊,流耀含英。懸黎垂棘,夜光在焉。

於是玄墀釦砌,玉階彤庭。

礝磩綵緻,琳蒞青熒。珊瑚碧樹,周阿而生。

(25)#9―4

紅羅颯纚,綺組繽紛。精曜華燭,俯仰如神。

後宮之號,十有四位。窈窕繁華,更盛迭貴。

處乎斯列者,蓋以百數。

後宮には則ち掖庭【えきてい】椒房【しょうぼう】が有り,后妃の室なり。

合歡【ごうかん】增城【ぞうじょう】,安處【あんしょ】常寧【じょうねい】あり。

茞若【しじゃく】椒風【しょうふう】,披香【ひこう】發越【はつえつ】と。

蘭林【らんりん】蕙草【けいそう】,鴛鸞【えんおう】飛翔【ひしょう】と之れ列らる。昭陽 特に盛んにして,孝成に隆にす。

屋は材を呈【あらわ】にせず,牆【かきね】は形を露【あらわ】さず。

裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以ってし,絡【まと】うに綸連【りんれん】を以ってす。

隨侯の明月あり。其の間に錯落す。

金釭璧【たま】を銜み,是れ列錢【れっせん】と為す。翡翠【ひすい】の火齊【かせい】,耀【かがやき】を流し英【ひかり】を含む。

懸黎【けんれい】垂棘【すいきょく】,夜光在り。

是に於いて玄墀【げんち】釦砌【こうぜい】,玉階彤庭【とうてい】あり。

礝磩【ぜんせき】は綵緻【さいち】にして,琳蒞【りんぴん】は青熒【せいけい】なり。

珊瑚【さんご】碧樹【へきじゅ】,阿を周りて生ず。紅羅 颯纚として,綺組 繽紛たり。

精曜 華燭,俯仰すること神の如し。

後宮の號,十有四位あり。

窈窕 繁華,更に盛んい迭【たが】いに貴し。

斯の列に處【お】る者,蓋し百を以て數う。

班孟堅(班固)《西都賦》(22)#9(後宮の華麗)―1 文選 賦<112―22>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩976 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3428

班孟堅(班固) 《西都賦》(23)#9―2 文選 賦<112―23>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩977 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3433

班孟堅(班固)《西都賦》(24)#9―3 文選 賦<112―24>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩978 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3438

班孟堅(班固) 《西都賦》(25)#9―4 文選 賦<112―25>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩979 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3443

また、李白も《宮中行樂詞,八首之二》で次のように述べている。

柳色黃金嫩,梨花白雪香。玉樓巢翡翠,金殿鎖鴛鴦。

選妓隨雕輦,徵歌出洞房。宮中誰第一,飛燕在昭陽。

柳色黄金にして嫩【やわら】か、梨花白雪にして香し。

玉楼には翡翠巣くい、珠殿には鴛鴦を鎖す。

妓を選んで雕輦に随わしめ、歌を徴して洞房を出でしむ。

宮中 誰か第一なる、飛燕  昭陽に在り。

(君主が言葉を発して、行楽について述べたもの)

柳が嫩い芽をふき出したばかり、柳の色は、黄金のようにかがやき、(しかも見るからにやわらかく玄宗皇帝のようである。)梨の花は、まっ白な雪のよう、しかも、よい香をはなっていて(楊太真)、春の盛りで、行楽にはこの上もない季節となる。
絶色の妓優は翡翠や鴛鴦の文彩あるものたちが、玉楼に、それから、珠殿に、居となして、妃嬪となって居並ぶ。
そこで、天子はすぐれた妓優の者をえらばれ、行楽に出遊の際、雕輦のあとについて歩くよう命じられ、また、酒宴に歌手をよびよせて、歌わせるため、洞房にいたものに出て来るよう命じられ、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演する。

しかし、宮中において寵幸第一をほこるものは、昭陽殿にいる趙飛燕こそは、色藝雙絶のお方であり、宮中は、はなやぎ、盛んである。

743年(37)李白355 巻四23-《宮中行樂詞,八首之二》(柳色黃金嫩,) 355Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94-37) <李白355> Ⅰ李白詩1695 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7023

 

4 天行乘玉輦 天子の御幸、宮中の御殿への往来に使われる、漢では、閣道、唐では夾城という天子専用道路が設けられていたことをいう。

李白の詩には以下のように使っている。

209卷六4侍從宜春苑奉詔賦龍池柳色初青聽新鶯百囀歌

仗出金宮隨日轉、天回玉輦繞花行。

271巻七上皇西巡南京歌十首 其九

萬國煙花隨玉輦、西來添作錦江春。

816巻二十二37秋夜獨坐懷故山

出陪玉輦行、夸胡新賦作。

929巻二十四40長信宮

天行乘玉輦、飛燕與君同。

 

5 誰憐團扇妾 秋になって団扇が棄てられるように、用無しになることを班妤は怨歌行》に詠っている。  

怨歌行
新裂齊紈素,皎潔如霜雪。 裁爲合歡扇,團團似明月。
出入君懷袖,動搖微風發。常恐秋節至,涼風奪炎熱。
棄捐篋笥中,恩情中道絶。
(怨歌行)
新たに齊の紈素を裂けば,皎潔にして霜雪の如し。 裁ちて合歡の扇と爲せば,團團として明月に 似たり。
君が懷袖に出入し,動搖すれば微風發す。常に恐らくは秋節の至りて,涼風炎熱を奪ひ。
篋笥の中に棄捐せられ,恩情中道に絶えんことを。

新たらしい斉の国産の白練り絹を裂いている、それは純白、潔白で穢れない清い白さは、霜や雪のようだ。裁断して、両面から張り合わせの扇を作っている。丸くしてまるで満月のようです。
この扇はわが君の胸ふところや袖に出たり入ったりして、搖動かすたびに、そよ風を起していくでしょう。でもいつもこころに恐れていることがあるのは秋の季節が来ることなのです。秋の清々しい風は、わが君の情熱を奪って涼しくしてしまうのです。そうすると、屑籠の中に投げ捨てられてしまうことになります。わが君、帝王の寵愛が途中で絶えてしまうことになるのです。

怨歌行 班婕妤(倢伃) 漢詩<111>玉台新詠集 女性詩547 漢文委員会kannuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1458

同様の趣に 
謝玄暉 (謝朓) 『玉階怨』  「夕殿下珠簾,流螢飛復息。長夜縫羅衣,思君此何極。」(夕殿 珠簾を下し,流螢 飛び 復(また(とま)る。長夜 羅衣を 縫ひ,君を思うこと 此に なんぞ 極(きわ)まらん。)
『金谷聚』 「渠碗送佳人,玉杯邀上客。車馬一東西,別後思今夕。」(渠碗(きょわん) 佳人を 送り,玉杯 上客を 邀(むか)ふ。車馬 一(ひとたび) 東西にせられ,別後 今夕を 思はん。)
李白   『怨情』    「美人捲珠簾,深坐嚬蛾眉。但見涙痕濕,不知心恨誰。」美人 珠簾(しゅれん)を捲き、深く坐して蛾眉を顰(ひそ)む。但(ただ)見る 涙痕の湿(うるおえる)を、知らず 心に誰をか恨む。  
班婕妤 王維
怪來妝閣閉,朝下不相迎。總向春園裏,花間笑語聲。怪しむらくは妝閣【さうかく】の 閉づることを,朝より下りて  相ひ迎へず。總て春園の裏に 向いて,花間 笑語の聲。

李白  紫藤樹
紫藤掛雲木、花蔓宜陽春。
密葉隠歌島、香風留美人。
李白  客中行 
蘭陵美酒鬱金香,玉碗盛來琥珀光。
但使主人能醉客,不知何處是他鄕。

とある。

 漢長安城 00大明宮 作図011