李白  古風,五十九首之四十

鳳飢不啄粟。 所食唯琅玕。焉能與群雞。 刺蹙爭一餐。

朝鳴昆丘樹。 夕飲砥柱湍。歸飛海路遠。 獨宿天霜寒。

幸遇王子晉。 結交青云端。懷恩未得報。 感別空長嘆。

(此の詩は君側を遠ざけられた感慨を、鳳凰鳥によせて、「懐恩未得報、感別空長歎。」(恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。)と情思纏綿たることを詠ったもの。)  鳳凰は百鳥の王である、いかに空腹で飢えていても、ただの粟などの穀物を啄んだりはしない、鳳凰が食うのは、琅玕の玉に比すべき、即ち竹の実だけである。そこで、いかなるばあいでも、にわとりの群れと一緒になってとしても、齷齪として、一餐をとりあらそうような吝なまねなど、一切しない。かくて、朝には崑崙山の頂上の高き木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲むのである。渺茫たる万里の波濤を越えて飛びかえり、その住まいとするところも人里を遠く離れたところであるから、ひとりで宿る住まいは、天より霜が降りて寒いものであろうが厭いはしない。ただ、幸いにして、さきに、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会え、青雲の端に結んでその恩恵を受けたことがあるのである。しかし、受けたご恩に奉ずることはいまだにできていない、そこで、この人に別れるのがつらいということで、覚えずに長歎を空しく繰り返しているのである。

李太白集巻一40

五十九首之四十

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7465

Index-24

744年天寶三年44歳 

56-5

419 <1000

 

 
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index-23-1 744年天寶三年44-5 古風,五十九首之二十二(鳳饑不啄粟)

作時年:

744

天寶三年

44

全唐詩卷別:

一六一  1-40

文體:

五言古詩

李太白集 

01-22

 

 

詩題:

古風,五十九首之四十

序文

 

作地點:

 長安

 

 

及地點:

 

 

 

 

 

 

 

 

交遊人物:

 

 

 

古風,五十九首之五

#1

太白何蒼蒼,星辰上森列。去天三百里,邈爾與世

中有綠髮翁,披雲卧松雪。不笑亦不語,冥棲在岩穴。

#2

我來逢真人,長跪問寶訣。粲然玉齒,授以練葯

銘骨傳其語,竦身已電滅。仰望不可及,蒼然五情熱。

吾將營丹砂,永世與人別。

 

古風,五十九首之二十 #1

昔我遊齊都,登華不注峰。茲山何峻秀,綠翠如芙蓉。

蕭颯古仙人,了知是赤松。借予一白鹿,自挾兩青龍。

含笑凌倒景,欣然願相從。

#2

泣與親友別,欲語再三咽。勗君青松心,努力保霜雪。

世路多險艱,白日欺紅顏。分手各千里,去去何時還。

在世復幾時,倏如飄風度。

#3

空聞紫金經,白首愁相誤。撫己忽自笑,沈吟為誰故。

名利徒煎熬,安得閒余步。終留赤玉舄,東上蓬萊路。

秦帝如我求,蒼蒼但煙霧。

 

古風,五十九首之二十二

秦水別隴首,幽咽多悲聲。胡馬顧朔雪,躞蹀長嘶鳴。 

感物動我心,緬然含歸情。

#2

昔視秋蛾飛,今見春蠶生。 嫋嫋桑柘葉,萋萋柳垂榮。

急節謝流水,羈心搖懸旌。 揮涕且複去,惻愴何時平。 

 

古風,五十九首之四十

鳳饑不啄粟,所食唯琅玕。焉能與群雞,刺蹙爭一餐。 

朝鳴昆丘樹,夕飲砥柱湍。歸飛海路遠,獨宿天霜寒。 

幸遇王子晉,結交青雲端。懷恩未得報,感別空長歎。 

 

古風,五十九首之四十二

  搖裔雙白鷗,鳴飛滄江流。宜與海人狎,豈伊雲鶴儔。 

  寄形宿沙月,沿芳戲春洲。吾亦洗心者,忘機從爾遊。 

 

古風,五十九首之四十三

  周穆八荒意,漢皇萬乘尊。淫樂心不極,雄豪安足論。 

  西海宴王母,北宮邀上元。瑤水聞遺歌,玉懷竟空言。 

  靈跡成蔓草,徒悲千載魂。 

 

古風,五十九首之五十五

  齊瑟彈東吟,秦弦弄西音。慷慨動顏魄,使人成荒淫。 

  彼美佞邪子,婉孌來相尋。一笑雙白璧,再歌千黃金。 

  珍色不貴道,詎惜飛光沉。安識紫霞客,瑤台鳴素琴。 

 

 

40巻一 古風,五十九首之四十    鳳飢不啄粟。

年:744  天寶三年  44

卷別: 卷一六一  文體: 五言古詩 

詩題: 古風,五十九首之四十 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)     

三門 (都畿道 陜州 三門) 別名:砥柱    

 

-367-040巻一40 古風,五十九首之四十 (鳳飢不啄粟,) 

古風,五十九首之四十

(此の詩は君側を遠ざけられた感慨を、鳳凰鳥によせて、「懐恩未得報、感別空長歎。」(恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。)と情思纏綿たることを詠ったもの。)

鳳飢不啄粟。 所食唯琅玕。

鳳凰は百鳥の王である、いかに空腹で飢えていても、ただの粟などの穀物を啄んだりはしない、鳳凰が食うのは、琅玕の玉に比すべき、即ち竹の実だけである。

焉能與群雞。 刺蹙爭一餐。

そこで、いかなるばあいでも、にわとりの群れと一緒になってとしても、齷齪として、一餐をとりあらそうような吝なまねなど、一切しない。

朝鳴昆丘樹。 夕飲砥柱湍。

かくて、朝には崑崙山の頂上の高き木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲むのである。

歸飛海路遠。 獨宿天霜寒。

渺茫たる万里の波濤を越えて飛びかえり、その住まいとするところも人里を遠く離れたところであるから、ひとりで宿る住まいは、天より霜が降りて寒いものであろうが厭いはしない。

幸遇王子晉。 結交青云端。

ただ、幸いにして、さきに、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会え、青雲の端に結んでその恩恵を受けたことがあるのである。

懷恩未得報。 感別空長嘆。

しかし、受けたご恩に奉ずることはいまだにできていない、そこで、この人に別れるのがつらいということで、覚えずに長歎を空しく繰り返しているのである。

 

(古風,五十九首の四十)

鳳は飢うるも 粟【ぞく】を啄【つい】ばまず、食う所は 唯だ琅【ろうかん】。

焉んぞ能く 群雞と与【とも】に、刺蹙【せきしゅく】して 一餐【いっさん】を争わん。

朝には崑邱の樹に鳴き、夕には砥柱【ていちゅう】の瑞に飲む。

帰り飛んで 海路遠く、独り宿して 天霜寒し。

幸に王子晋に遇わば、交わりを青雲の端に結ぶ。

恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。

 

秦嶺山脈終南山 

『古風,五十九首之四十』 現代語訳と訳註

(本文)

古風,五十九首之四十

鳳饑不啄粟,所食唯琅玕.

焉能與群雞,刺蹙爭一餐。 

朝鳴昆丘樹,夕飲砥柱湍。

歸飛海路遠,獨宿天霜寒。 

幸遇王子晉,結交青雲端。

懷恩未得報,感別空長歎。 

 

(下し文)

(古風,五十九首の四十)

鳳は飢うるも 粟【ぞく】を啄【つい】ばまず、食う所は 唯だ琅玕【ろうかん】。

焉んぞ能く 群雞と与【とも】に、刺蹙【せきしゅく】して 一餐【いっさん】を争わん。

朝には崑邱の樹に鳴き、夕には砥柱【ていちゅう】の瑞に飲む。

帰り飛んで 海路遠く、独り宿して 天霜寒し。

幸に王子晋に遇わば、交わりを青雲の端に結ぶ。

恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。

 

(現代語訳)

古風,五十九首之四十(此の詩は君側を遠ざけられた感慨を、鳳凰鳥によせて、「懐恩未得報、感別空長歎。」(恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。)と情思纏綿たることを詠ったもの。)

鳳凰は百鳥の王である、いかに空腹で飢えていても、ただの粟などの穀物を啄んだりはしない、鳳凰が食うのは、琅玕の玉に比すべき、即ち竹の実だけである。

そこで、いかなるばあいでも、にわとりの群れと一緒になってとしても、齷齪として、一餐をとりあらそうような吝なまねなど、一切しない。
かくて、朝には崑崙山の頂上の高き木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲むのである。
渺茫たる万里の波濤を越えて飛びかえり、その住まいとするところも人里を遠く離れたところであるから、ひとりで宿る住まいは、天より霜が降りて寒いものであろうが厭いはしない。
ただ、幸いにして、さきに、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会え、青雲の端に結んでその恩恵を受けたことがあるのである。
しかし、受けたご恩に奉ずることはいまだにできていない、そこで、この人に別れるのがつらいということで、覚えずに長歎を空しく繰り返しているのである。

西嶽華山00 

(訳注)

古風,五十九首之四十

(此の詩は君側を遠ざけられた感慨を、鳳凰鳥によせて、「懐恩未得報、感別空長歎。」(恩を懐うて 未だ報ずるを得ず、別れを感じて 空しく長嘆。)と情思纏綿たることを詠ったもの。)

 

鳳飢不啄粟、所食唯琅玕。
鳳凰は百鳥の王である、いかに空腹で飢えていても、ただの粟などの穀物を啄んだりはしない、鳳凰が食うのは、琅玕の玉に比すべき、即ち竹の実だけである。

2 鳳凰 姫を鳳、雌を凰といい、想像上の動物。聖人が天子の位にあれば、それに応じて現われるという瑞鳥である。形は、前は臍、後は鹿、くびは蛇、尾は魚、もようは竜、背は亀、あごは燕、くちばしは鶏に似、羽の色は五色、声は五音に中る。梧桐に宿り、竹の実を食い、酵泉の水を飲む、といわれる。李白自身を指す。

3 粟 穀物の総称。賄賂が平然となされていたことを示す。

4 所食唯琅玕 楊齊賢は離騷の注に曰う「南方有鳥其名為鳳天為生樹名/曰瓊枝高百二十仞大三十圍以琳琅為實」(南方に鳥有り、其の名を鳳と為す。天 為めに樹を生じ、名づけて瓊枝と曰う。高さ百二十仞、大きさ三十圍、琳琅を以て實と為す。)にもとづく。・琅玕 玉に似た一種の石の名。「山海経」には「崑崙山に琅玕の樹あり」とある。即ち竹の実。鳳がそれを食うといわれる。天子から受ける俸禄を意味する。


焉能與羣鶏、刺蹙爭一餐。
そこで、いかなるばあいでも、にわとりの群れと一緒になってとしても、齷齪として、一餐をとりあらそうような吝なまねなど、一切しない。
5 羣鶏 宮廷の官吏、宦官、宮女をさす。

6 刺蹙 こせこせ。齷齪とする。


朝鳴崑邱樹、夕飮砥柱湍。
かくて、朝には崑崙山の頂上の高き木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲むのである。
7 崑邱樹 崑崙山の絶頂にそびえる木。「山海経」に「西海の南、流沙の浜、赤水の後、黒水の前、大山あり、名を足寄の邸という」とある。朝の朝礼、天子にあいさつする。山海經「西海之南流沙之濵赤水之後黑水之前有大山名曰崑崙之丘。」(西海の南、流沙の濵、赤水の後、黑水の前、大山有り。名を崑崙の丘と曰う。)

8 砥柱濡 湖は早瀬。砥柱は底柱とも書き、黄河の流れの中に柱のように突立っている山の名。翰林院での古書を紐解き勉学する。元和郡縣志「底柱山、俗名三門山、在陜州硤石縣東北五十里黄河中。禹貢曰“𨗳河積石至于龍門又東至于底柱註云河水分流包山而過山見水中若柱然也”」(底柱山、俗名三門、山は陜州硤石縣の東北五十里、黄河中に在り。禹貢 曰く“河に積石を𨗳いて龍門に至り、又、東 底柱に至る。註に云い河水分流、山を包んで過ぐ。山は水中に見われ、柱の若く然るなり”)とある。

9 朝鳴二句「淮南子」に「鳳凰、かって万仞の上に逝き、四海の外に翔翔し、崑崙の疏圃を過ぎ、砥柱の湍瀬に飲む」とあるのにもとづく。


歸飛海路遠、獨宿天霜寒。

渺茫たる万里の波濤を越えて飛びかえり、その住まいとするところも人里を遠く離れたところであるから、ひとりで宿る住まいは、天より霜が降りて寒いものであろうが厭いはしない。
10 海路遠 仙境は東海、滄海の上はるか先に泛ぶ三山の島ということ。


幸遇王子晉、結交青雲端。
ただ、幸いにして、さきに、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会え、青雲の端に結んでその恩恵を受けたことがあるのである。
11 王子晉 むかしの仙人。周の霊王の王子で、名は晋。笙を吹いて鳳の鳴きまねをするのが好きで、道士の浮邱という者といっしょに伊洛(いまの河南省)のあたりに遊んでいたが、ついには白鶴に乗って登仙したといわれる。《列仙傳》曰「周靈王太子名晉好吹笙作鳳鳴遊伊洛間/道士浮丘公接上嵩高山三十年後乘白鶴在緱氏山頭舉手謝時/人數日去」に見える。13の字解を参照。

12 青雲 青雲の志、立身出世。
 

 

懐恩未得報、感別空長歎。
しかし、受けたご恩に奉ずることはいまだにできていない、そこで、この人に別れるのがつらいということで、覚えずに長歎を空しく繰り返しているのである。

13 この二句 元の蕭士贇の《補註》曰「此詩似/太白自比。之作太白雖帝族非凡輩可儕、然孤寒疎知章、薦之方能致身金鑾、帝知遇可、謂「結交青雲端矣」此恩未報臨別之時安能/不感嘆哉」(士贇は曰う“此詩は太白 自ら比するに似たり。之作は太白は雖帝族にして凡輩の儕しゅうす可きに非ずとも、然れども孤寒疎知章、之を薦めて、方に能く身を金鑾に致し、帝の知遇をる、「交りて青雲の端を結ばんや」と謂う可し。此の恩、未だ報せず、別に臨んで之の時、安んぞ能く感嘆せざらんや”