思填東海,強銜一木。道重天地,軒師廣成。 

蟬翼九五,以求長生。下士大笑,如蒼蠅聲。 

だから、自分は、その有り難さに堪えかねて、何とか恩を報じたいと思ったが、どうにも成らない。しかし、心に済まぬ気持ちが残り、かの精衛が木石を銜んで東海に投げ入れたというように、強いて一木を銜んで、この恩に報いたいと思うところである。

抑も長生不死の道たるや、天地間に於いて、この上もなく重大なもので、むかし、軒轅皇帝は、廣成子を師として之を求められた。

九五の帝位でさえも蝉の翼の如き軽い物と見限り、これを棄てて長生を求められたという位だから、今自分が仙人から丹薬を授けられたのは、この上もなく有り難いことである。

しかし、この理窟は到底分る筈もない世間下劣な者どもは、これを聞くと、等しく聾を揚げて大笑するが、我我が聞くと、気の毒にも、「下士大笑」の聾は、まるで蒼蝿がうなって居るようなものであるということである。

李太白集 巻四142

來日大難 2

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Index-24

744年天寶三年44歳 

56-13)#2

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-375-139巻四14 來日大難  (來日一身,) 

作時年:

744

天寶三年

44

全唐詩卷別:

一六四  09

文體:

樂府

李太白集 

巻四14

 

 

詩題:

來日大難

序文

 

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:

 

   

交遊人物:

 

 

 

 

164_9 《來日大難》李白

 來日大難

(これまでいろいろ苦労をしてきたけれど、少し楽になり、千載の楽しみをして、神仙の道を学び、龍に乗って三山五岳に戦術を学び、仙薬を賜ることだろう。)

來日一身,攜糧負薪。

これまで過ごしてきたことを顧みれば、一身、糧を携え、「負薪の資」により不遇であった。

道長食盡,苦口焦唇。 

長途に辛苦し、はては、食物が尽きて、口は苦く、は焦げるような非常の難苦を経てきた。

今日醉飽,樂過千春。

しかし、今日は、非常に樂な時節と成ったから、酒を十分に飲み、美食にも飽きて、千歳の樂、これに過ぐるものは無いと思われる。

仙人相存,誘我遠學。 

その上、仙人がしばしばおとづれて、我を誘い、遠く懸け離れたところへ行って、神仙の道を学べと言われた。

(來日大難)

來日 一身,糧を攜え 薪を負う。

道 長く 食 盡く,苦口をくし 唇を焦がす。

今日 醉飽す,樂み 千春を過ぐ。

仙人 相い存し,我を誘うて 遠く學ぶ。
#2

海淩三山,陸憩五嶽。

そして、その学ぶところを以てすれば、東海の滄海には三山が凌いであり、陸には五嶽に憩い、あそぶべく、自由自在に三山五嶽の間を飛翔して、仙術を学ぶのである。

乘龍天飛,目瞻兩角。

さて其処へ行くには、どうするかというと、自分は、龍の背中に乗っただけで、目がくらみ、その両角を見ていただけであり、その外のところは、少しも見えなかったのである。

授以仙藥,金丹滿握。

かくて、仙人のところへ行くと、仙薬という、金丹を手にいっぱい賜った。

蟪蛄蒙恩,深愧短促。

蟪蛄の如く、寿命の極めて短い人並の凡夫が、仙人の恩を蒙ったということである。

#2

海に 三山を淩ぐ,陸に 五嶽に憩う。

龍は 天飛に乘じ,目に 兩角を瞻る。

授くるに 仙藥を以てし,金丹は 握に滿つ。

蟪蛄 恩を蒙り,深く短促を愧ず。
#3

思填東海,強銜一木。

だから、自分は、その有り難さに堪えかねて、何とか恩を報じたいと思ったが、どうにも成らない。しかし、心に済まぬ気持ちが残り、かの精衛が木石を銜んで東海に投げ入れたというように、強いて一木を銜んで、この恩に報いたいと思うところである。

道重天地,軒師廣成。 

抑も長生不死の道たるや、天地間に於いて、この上もなく重大なもので、むかし、軒轅皇帝は、廣成子を師として之を求められた。

蟬翼九五,以求長生。

九五の帝位でさえも蝉の翼の如き軽い物と見限り、これを棄てて長生を求められたという位だから、今自分が仙人から丹薬を授けられたのは、この上もなく有り難いことである。

下士大笑,如蒼蠅聲。 

しかし、この理窟は到底分る筈もない世間下劣な者どもは、これを聞くと、等しく聾を揚げて大笑するが、我我が聞くと、気の毒にも、「下士大笑」の聾は、まるで蒼蝿がうなって居るようなものであるということである。

東海を 填めんこと思い,強いて 一木を銜む。

道は天地に重く,軒 廣成を師とす。

九五を蟬翼とし,以て長生を求む。

下士は大笑すれども,蒼蠅の聲の如し。

 

 

『來日大難』現代語訳と訳註解説
(
本文)

#3

思填東海,強銜一木。

道重天地,軒師廣成。

蟬翼九五,以求長生。

下士大笑,如蒼蠅聲。

(下し文)
#3

東海を 填めんこと思い,強いて 一木を銜む。

道は天地に重く,軒 廣成を師とす。

九五を蟬翼とし,以て長生を求む。

下士は大笑すれども,蒼蠅の聲の如し。

(現代語訳)
#3

だから、自分は、その有り難さに堪えかねて、何とか恩を報じたいと思ったが、どうにも成らない。しかし、心に済まぬ気持ちが残り、かの精衛が木石を銜んで東海に投げ入れたというように、強いて一木を銜んで、この恩に報いたいと思うところである。

抑も長生不死の道たるや、天地間に於いて、この上もなく重大なもので、むかし、軒轅皇帝は、廣成子を師として之を求められた。

九五の帝位でさえも蝉の翼の如き軽い物と見限り、これを棄てて長生を求められたという位だから、今自分が仙人から丹薬を授けられたのは、この上もなく有り難いことである。

しかし、この理窟は到底分る筈もない世間下劣な者どもは、これを聞くと、等しく聾を揚げて大笑するが、我我が聞くと、気の毒にも、「下士大笑」の聾は、まるで蒼蝿がうなって居るようなものであるということである。


(訳注) #3

來日大難

(これまでいろいろ苦労をしてきたけれど、少し楽になり、千載の楽しみをして、神仙の道を学び、龍に乗って三山五岳に戦術を学び、仙薬を賜ることだろう。)

1 詩題 来日大難は、古しへ善哉行と称し、古辭の起首に來日大難、口燥唇乾とあるから、その四字を取って、来日大難と題したのである。その古辭に墟ると、人命は保つべからす、これまでは非常に苦労をしたが、今は之と反封に非常に柴に成ったから、この機骨を失はねやうに、何虞までも苦労を忘れたいといい、最後に淮南王が、八仙を従えて登仙せられたといふ其仙術を学んだら善からう。今の樂地に於ては、これ以上の望は無いといふので、李白も、矢張、これに依傍し、仙人が自分に道術を授けて呉れた、これ位、有り難いことは無いといふ意を述べたのである。

2 士贇曰詩意謂 「黃帝猶知以道為重師問廣成、視天位猶蟬翼之輕、以求長生久視之術。而下愚之士、乃戀浮榮、聞道而笑、亦可哀矣。」(士贇曰く、詩意謂えらく 黃帝、猶お以道をて重しと為すことを知り、廣成に師問し、天位を視ること猶お蟬翼の輕きなり、以て長生久視の術を求む。而して下愚の士、乃ち浮榮を戀し、聞道をいいて笑う、亦た哀しむ可し。

 

思填東海,強銜一木。

だから、自分は、その有り難さに堪えかねて、何とか恩を報じたいと思ったが、どうにも成らない。しかし、心に済まぬ気持ちが残り、かの精衛が木石を銜んで東海に投げ入れたというように、強いて一木を銜んで、この恩に報いたいと思うところである。

填東海 《述異記》「昔、炎帝女溺死東海中。化為精衛、其名自呼、常銜西山木石、填東海。」(昔、炎帝の女、東海中に溺死す。化して精衛と為す、其の名を自ら呼び、常に西山の木石を銜んで、東海を填む。)とあるに基づく。

 

道重天地,軒師廣成。

抑も長生不死の道たるや、天地間に於いて、この上もなく重大なもので、むかし、軒轅皇帝は、廣成子を師として之を求められた。

軒師 黄帝のこと。神話伝説上では、三皇の治世を継ぎ、中国を統治した五帝の最初の帝であるとされる。また、三皇のうちに数えられることもある。(紀元前2510年~紀元前2448年)

廣成 軒轅皇帝就浩浩蕩蕩的帶了很多侍衛,欲拜訪廣成子。《抱朴子》黄帝過崆峒、從廣成子受自然之經。

 

蟬翼九五,以求長生。

九五の帝位でさえも蝉の翼の如き軽い物と見限り、これを棄てて長生を求められたという位だから、今自分が仙人から丹薬を授けられたのは、この上もなく有り難いことである。

蝉翼九五 帝王の最高権威を蝉の翅のように軽く見下す。九五とは、陽數中の九は最高を為し,五居正中とし,これにより「九」と「五」でもって帝王の權威の象徵としている,之を稱して「九五之尊」と為る。

 

下士大笑,如蒼蠅聲。

しかし、この理窟は到底分る筈もない世間下劣な者どもは、これを聞くと、等しく聾を揚げて大笑するが、我我が聞くと、気の毒にも、「下士大笑」の聾は、まるで蒼蝿がうなって居るようなものであるということである。

下士大笑 老子「上士聞道,勤而行之;中士聞道,若存若亡;下士聞道,大笑之。不笑,不足以爲道。」(上士は道を聞けば,勤めて之を行い;中士は道を聞けば,存するが若く亡きが若し;下士は道を聞けば,大として之を笑う。笑わざれば,以れ道を爲すに足らず。

すぐれた人物は道を聞けば、努力して実行するが、並みの人物は道のことを聞いて、半信半疑の態度で、そういう道があるかあるのだかないのだか見当もつかないもので、知恵の低いものになると、小馬鹿にして笑いとばす。しかし、彼らに笑いとばされるくらいでなければ、真の道とはいえないものである。(衆人には容易に理解できるものではない)

蒼蠅聲 《詩經小雅甫田之什青蠅》. 毛詩序:「青蠅,大夫刺幽王也。」(青蠅は,大夫幽王を刺るなり。)「青蠅. 營營青蠅,止於樊。豈弟君子,無信讒言。」(営営たる青蠅、樊 (垣根)に止る王が好んで讒言を聞くので、詩人がそれを青蠅の飛びまわって物を汚すさまにたとえて戒めた。

   來日大難

   士贇曰、來日大難者、即古樂府善哉行、亦曰、日苦短也古辭云來日大難口燥唇乾言。 人命不可保當樂見。 親友求長生術與王喬八公遊

來日一身,攜糧負薪。道長食盡,苦口焦唇。

今日醉飽、樂過千春。齊賢曰 言始者貧苦、今幸懽樂當思圖。 仙人相存以下皆寓言。

仙人相存、誘我學。

海淩三山,陸憩五嶽。乘龍天飛,目瞻兩角。

授以仙藥,金丹滿握。蟪蛄蒙恩,深愧短促。

思填東海,強銜一木。齊賢曰 司馬曰 蟪蛄寒/蟬一名蝭蟧春生夏死

道重天地,軒師廣成。

蟬翼九五,以求長生。下士大笑,如蒼蠅聲。

士贇曰詩意謂 黃帝猶知以道為重師問廣成、視天位猶蟬翼之輕、以求長生久視之術。/而下愚之士、乃戀浮榮、聞道而笑、亦可哀矣。

 

 

  來日大難

  來日大難、即古善哉行也。葢摘首句以命題耳。樂府古題要解善哉行、古詞來日大難口噪唇乾言、人命不可保當樂見親友且求長生術、王喬八公遊焉。按樂府詩集 王僧技録善哉行 乃相和歌、瑟調三十八曲之一。

來日一身、携糧負薪。道長蕭本作/長鳴食盡、苦口焦唇。

今日醉飽、樂過千春。仙人相存、誘我學。

來日謂已來之日猶徃日也。《韓詩外傳》 乾喉焦唇仰天而嘆 《梁宣帝賦》 餐霞永日静坐千春。

魏武帝詩 越陌度阡枉用相存説文存恤問也。 

海淩繆本/作陵三山、陸憩五岳。

乗龍天飛、目瞻兩角。繆本作乗龍上三/天飛目瞻兩角

謝靈運詩 越海淩三山 李周翰注三山蓬萊方丈瀛洲也

鄭康成、《周禮》註 五岳、東曰岱宗、南曰衡山、西曰華山/、北曰恒山、中曰嵩高山。

授以神蕭本/作仙藥、金丹滿握。蟪蛄恩。深媿短促。

荘子 蟪蛄不知春秋陸德明。註 司馬云蟪蛄寒蟬也。 一名蝭蟧春生夏死夏生秋死、崔云蛁也。或曰、山蟪秋鳴者不及春、春鳴者不及秋。 廣雅云、蟪蛄蛁也、即楚辭 所謂寒也。

思填東海、強銜一木。道重天地、軒師廣成。

蟬翼九五。以求長生。下士大如蒼蠅聲

《述異記》昔、炎帝女溺死東海中。化為精衛、其名自呼、常銜西山木石、填東海。

偶海燕而生子生雌状如精衛、生雄如海燕。今、東海精衛、誓水處。

曾溺於此川誓不飲其水 詩意言人命

短促有如蟪蛄恩而授之神藥得使長生其徳深矣。思欲報之却如精衛銜一木以填東海耳、

甚言其德之深而無以為報也。 

抱朴子黄帝過崆峒、從廣成子受自然之經

蟬翼九五、視九五天子之位如蟬翼之輕也

老子「下士聞道大笑」  之詩 國風 蒼蠅之聲