卷165_34-#2 少年行
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2016年12月1日 |
の紀頌之5つの校注Blog |
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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注 |
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Ⅰ李白詩 |
(李白集校注) |
744年-015-#2卷165_34-#2 少年行(卷六(一)四五八)(李白全集校注彙釋集評(二)九四八)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7745 |
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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注 |
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Ⅲ 杜詩 |
詳注 |
757年-30 晚登瀼上堂 -#1 杜詩詳注(卷一八(四)一六一九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7741 |
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集 不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。 |
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Ⅳブログ詩集 |
漢・唐・宋詞 |
花間集 訳注解説 巻一24 (31)回目温庭筠 《酒泉子四首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7748 (12/01) |
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fc2 |
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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27) |
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●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始 |
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Ⅴ.唐五代詞詩・女性 |
玉臺新詠 |
玉-010-#3 古樂府詩六首其一 -#3〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7749 |
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744年-015-#2卷165_34-#2 少年行(卷六(一)四五八)(李白全集校注彙釋集評(二)九四八)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7745
#2 それだけではなく、常々妓女を随え、蕙蘭の匂いをたがいに相随えているのである。往く先々で、風光を、風流を賞し、笙歌、音楽をほしいままにしている。それで、自分では、決しておごり高ぶるようなまねはしないといって、禮を厚くして、人に下り、俠士といわれるものどもを堂中に養って、食客といわれる輩が、その家に溢れるくらいである。好鞍とか好馬であっても、人から求められれば、これを躊躇なく与える。万錢、五千錢でも、随時、酒屋で買って歓飲するのである。赤き誠心は己を知る者のために用い盡す。どんなことがあっても、一肌脱いで始末をつけるし、そのためには、黄金を惜しんだりしないし、文字通り、人材が集まるという桃李は、家の周りに植栽し、幾度かの春、その花が新たに咲いて、春は決してたえることが無いのである。
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744年-015-#2 |
少年行(卷六(一)四五八)-#2 (李白全集校注彙釋集評(二)九四八) |
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全唐詩卷165_34-#2 |
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李白集校注巻 06-011-#2 |
李太白集 巻05-011-#2 |
漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7745 |
卷別 | 李白集校注 | 全唐詩 | 李太白集 |
06-011-#2 | 卷165_34-#2 | 05-011-#2 | |
詩題 | 少年行(卷六(一)四五八)(李白全集校注彙釋集評(二)九四八) | ||
文體 | 樂府 | | |
詩序 | 0 | ||
| 初句 | 君不見,淮南少 | |
作地點 | 揚州(淮南道 / 揚州 / 揚州) | ||
及地點 | 揚州 (淮南道 揚州 揚州) 別名:廣陵、淮南、淮海 | ||
| 0 | ||
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| 開元二十七年739年39歲の作 | ||
交遊人物 | | 交遊地點 | 0 |
少年行#1
(少年の遊侠を詠う。)
君不見淮南少年遊俠客,白日毬獵夜擁擲。
淮南の少年、貴公子は、遊侠の客を以て自らいる、昼の間は、打毬や游猟にふけり、夜は賭博をして、日夜遊び暮らしている。
呼盧百萬終不惜,報讎千里如咫尺。
その樗蒲をふって賭博するにあたり、百万錢を一擲して、少しも惜しまず、また、人のために讎を奉ずるときは、千里の遠きをものともせず、直ちに行ってその人を殺すことをするのは、朝飯前のことである。
少年遊俠好經過,渾身裝束皆綺羅。
かくてこの少年、貴公子は、遊侠活動をなすによって、平生は何時もどこかへ駆けまわっているのであり、その衣裳装束は、全身、美々綺羅づくめである。
(少年行)#1
君 見ずや 淮南の少年 遊俠の客,白日に毬獵【きゅうれん】し 夜は擁擲【ようてき】す。
呼盧 百萬 終に惜まず,讎を報ずる 千里 咫尺の如し。
少年の遊俠 經過好し,渾べて裝束を身にし 皆 綺羅。
#2
蕙蘭相隨喧妓女,風光去處滿笙歌。
それだけではなく、常々妓女を随え、蕙蘭の匂いをたがいに相随えているのである。往く先々で、風光を、風流を賞し、笙歌、音楽をほしいままにしている。
驕矜自言不可有,俠士堂中養來久。
それで、自分では、決しておごり高ぶるようなまねはしないといって、禮を厚くして、人に下り、俠士といわれるものどもを堂中に養って、食客といわれる輩が、その家に溢れるくらいである。
好鞍好馬乞與人,十千五千旋沽酒。
好鞍とか好馬であっても、人から求められれば、これを躊躇なく与える。万錢、五千錢でも、随時、酒屋で買って歓飲するのである
赤心用盡為知己,黃金不惜栽桃李。
赤き誠心は己を知る者のために用い盡す。どんなことがあっても、一肌脱いで始末をつけるし、そのためには、黄金を惜しんだりしないし、文字通り、人材が集まるという桃李は、家の周りに植栽し、幾度かの春、その花が新たに咲いて、春は決してたえることが無いのである。
#2
蕙蘭 相い隨って妓女喧しく,風光去る處 笙歌滿つ。
驕矜 自ら言う 「有る可からず」と,俠士 堂中 養い來ること久し。
好鞍 好馬 乞わるれば人に與え,十千 五千 旋って酒を沽う。
赤心 用い盡して 知己の為にし,黃金 惜まず 桃李を栽うるを。
#3
桃李栽來幾度春,一回花落一回新。
府縣盡為門下客,王侯皆是平交人。
男兒百年且樂命,何須徇書受貧病。
男兒百年且榮身,何須徇節甘風塵。
#4
衣冠半是征戰士,窮儒浪作林泉民。
遮莫枝根長百丈,不如當代多還往。
遮莫姻親連帝城,不如當身自簪纓。
看取富貴眼前者,何用悠悠身後名。
『少年行』 現代語訳と訳註解説
(本文) #2
蕙蘭相隨喧妓女,風光去處滿笙歌。
驕矜自言不可有,俠士堂中養來久。
好鞍好馬乞與人,十千五千旋沽酒。
赤心用盡為知己,黃金不惜栽桃李。
(下し文) #2
蕙蘭 相い隨って妓女喧しく,風光去る處 笙歌滿つ。
驕矜 自ら言う 「有る可からず」と,俠士 堂中 養い來ること久し。
好鞍 好馬 乞わるれば人に與え,十千 五千 旋って酒を沽う。
赤心 用い盡して 知己の為にし,黃金 惜まず 桃李を栽うるを。
(現代語訳) #2
それだけではなく、常々妓女を随え、蕙蘭の匂いをたがいに相随えているのである。往く先々で、風光を、風流を賞し、笙歌、音楽をほしいままにしている。
それで、自分では、決しておごり高ぶるようなまねはしないといって、禮を厚くして、人に下り、俠士といわれるものどもを堂中に養って、食客といわれる輩が、その家に溢れるくらいである。
好鞍とか好馬であっても、人から求められれば、これを躊躇なく与える。万錢、五千錢でも、随時、酒屋で買って歓飲するのである。
赤き誠心は己を知る者のために用い盡す。どんなことがあっても、一肌脱いで始末をつけるし、そのためには、黄金を惜しんだりしないし、文字通り、人材が集まるという桃李は、家の周りに植栽し、幾度かの春、その花が新たに咲いて、春は決してたえることが無いのである。
(訳注) #2
少年行
(少年の遊侠を詠う。)
少年行、少年子も、六朝時代から始まった楽府題で、少年の貴盛豪富を写したものである。・少年を題材にしたものは盛唐の詩人の間で流行っていたのだろう。杜甫も最初二首詠い、しばらくして、この一首詠っている。どの詩人も貴族の親に向けて、批判はできないが、その息子らの破廉恥な様子を詠うことにより、貴族社会を批判している。ここでは、任侠遊侠の士を強調して詠う。
蕙蘭相隨喧妓女,風光去處滿笙歌。
それだけではなく、常々妓女を随え、蕙蘭の匂いをたがいに相随えているのである。往く先々で、風光を、風流を賞し、笙歌、音楽をほしいままにしている。
驕矜自言不可有,俠士堂中養來久。
それで、自分では、決しておごり高ぶるようなまねはしないといって、禮を厚くして、人に下り、俠士といわれるものどもを堂中に養って、食客といわれる輩が、その家に溢れるくらいである。
10. 俠士堂中養 戦国の末。天下を狙う列国の諸侯達は、競って一芸一能に秀でた 者たちを客分として招き集めた。これがすなわち食客である。わけても 斉の孟嘗君は数千、楚の春申君は三千余、趙の平原君は数千、魏の信陵 君は三千と、食客の数を誇ったものであった。
好鞍好馬乞與人,十千五千旋沽酒。
好鞍とか好馬であっても、人から求められれば、これを躊躇なく与える。万錢、五千錢でも、随時、酒屋で買って歓飲するのである。
11. 沽酒 量り売りの酒屋で買うこと。
赤心用盡為知己,黃金不惜栽桃李。
赤き誠心は己を知る者のために用い盡す。どんなことがあっても、一肌脱いで始末をつけるし、そのためには、黄金を惜しんだりしないし、文字通り、人材が集まるという桃李は、家の周りに植栽し、幾度かの春、その花が新たに咲いて、春は決してたえることが無いのである。
12. 赤心 嘘いつわりのない、ありのままの心。丹心。まごころ。《「後漢書」光武紀》「推赤心置人腹中」(赤心を推して人の腹中に置く)心から人を信じて、まごころをもって接することのたとえ。
13. 桃李 司馬遷《史記》「桃李不言下自成蹊」(桃李 言ざれど、下 自ずから蹊を成す』桃や李(すもも)は何も言わないが、花の美しさに惹かれて多くの人が集まってくるから、木の下には自然と道ができる。徳望のある人のところには、自(みずか)ら求めなくても、その徳を慕って人が自然と集まって来ることの喩え。
俠客行
趙客縵胡纓,吳鉤霜雪明。銀鞍照白馬,颯沓如流星。
十步殺一人,千里不留行。事了拂衣去,深藏身與名。
閒過信陵飲,脫劍膝前橫。將炙啖朱亥,持觴勸侯嬴。
三杯吐然諾,五嶽倒為輕。眼花耳熱後,意氣素霓生。
救趙揮金槌,邯鄲先震驚。千秋二壯士,烜赫大梁城。
縱死俠骨香,不慚世上英。誰能書閣下,白首太玄經。
(俠客行)
趙客 縵胡の纓,吳鉤 霜雪明かなり。
銀鞍 白馬を照らし,颯沓として流星の如し。
十步に一人を殺し,千里 行を留めず。
事了るや 衣を拂って去り,深く藏す 身と名とを。
閒に信陵を過ぎて飲み,劍を脫して膝前に橫たう。
炙を 將って朱亥に啖【くら】わしめ,觴を持して侯嬴に勸む。
三杯然諾を吐き,五嶽 倒って為に輕し。
眼花し 耳熱する後,意氣 素霓【そげい】生ず。
趙を救って金槌を揮い,邯鄲 先ず震驚す。
千秋の二壯士,烜赫【けんかく】す 大梁城。
縱い死するも俠骨香しく,世上の英たるに慚じず。
誰か能く書閣の下,白首 太玄經。
159 《巻02-30 俠客行》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <159> Ⅰ李白詩1355 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5323

