168_34 贈崔侍御(卷九(一)六五一)

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-062-#1卷168_34 贈崔侍御(卷九(一)六五一)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8291

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744年-集09字解集 a古風五十九首之三十七,b豳歌行,c題東谿公幽居,d贈韋祕書子Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8274

孟浩然

李白詩

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諸葛亮 出師表

曹植詩65

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李白全詩

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楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-33 全唐詩339_ 5 #1贈崔立之評事【案:崔斯立,字立之,博陵人。元和初為大理評事,以言事黜官為藍田丞。】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8292

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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index-5 806年39歳(2)25

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index-9[815年~816年 49歳57

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

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杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

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杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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744-062-#1168_34 贈崔侍御(卷九(一)六五一)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8291

(侍御史崔成甫にこの詩を贈って、自分が仕官できるよう手助けをしてほしいと、懇嘱してきたものに対して、この時の感慨を述べたものである)

長剣を手にすれば、一杯の酒を傾けることになるし、男児が方寸の心を披くときには豪侠の徒となるものであり、我々はそう思ってこれまで来た。その昔、洛陽の街で、任侠の大物の劇孟に比すべき君に遭い、その家に逗留し、胸襟を開いて語り明かした。君の風骨を仰げば、山岳の秀でたるようなものであり、その交情は、江海さえ深いとは言えないほどである。その後、長安において、又相遭うて手を携えたのであるが、その再会の嬉しさは、その価値は“千金より重し”という計り知れないものである。とかくするうち、君は、輶軒の副使となって、外に出でて、予は、叨りに翰林院に待詔として大明宮におり、一朝隔絶してしまっていた。

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李白集校注(卷九(一)六五一)#1

李太白集巻八38#1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8291

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168_22 《贈崔侍郎【贈崔侍郎】》(卷九(一)六二八) 

黃河二尺鯉,本在孟津居。點額不成龍,歸來伴凡魚。 

故人東海客,一見借吹噓。風濤倘相見,更欲淩昆墟。 

 

744-062  (卷九(一)六五一)   卷168_34

贈崔侍御【贈崔侍郎】

長劍一杯酒,男兒方寸心。洛陽因劇孟,托宿話胸襟。 

但仰山嶽秀,不知江海深。長安複攜手,再顧重千金。 

君乃輶軒佐,予叨翰墨林。

高風摧秀木,虛彈落驚禽。不取回舟興,而來命駕尋。

扶搖應借力,桃李願成陰。笑吐張儀舌,愁為莊舄吟。

誰憐明月夜,腸斷聽秋砧。 

李白集校注タイトル 

卷別

李白集校注

全唐詩

李太白集

(卷九(一)六五一)

168_34

巻八38

詩題

贈崔侍御(卷九(一)六五一)

文體

五言古詩  

 

詩序

【贈崔侍郎】

     初句

長劍一杯酒,男

天寶三年   744   44

 

作地點

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)  

及地點

 

兗州(河南道 / 兗州 / 兗州

洛陽 (都畿道 河南府 洛陽別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下

長安 (京畿道 京兆府 長安別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都     

交遊人物/交遊地點

 

交遊人物/交遊地點

崔成甫    當地交遊(河南道 兗州 兗州)

 

贈崔侍御【贈崔侍郎】

(侍御史崔成甫にこの詩を贈って、自分が仕官できるよう手助けをしてほしいと、懇嘱してきたものに対して、この時の感慨を述べたものである)

長劍一杯酒,男兒方寸心。

長剣を手にすれば、一杯の酒を傾けることになるし、男児が方寸の心を披くときには豪侠の徒となるものであり、我々はそう思ってこれまで来た。

洛陽因劇孟,托宿話胸襟。 

その昔、洛陽の街で、任侠の大物の劇孟に比すべき君に遭い、その家に逗留し、胸襟を開いて語り明かした。

但仰山嶽秀,不知江海深。

君の風骨を仰げば、山岳の秀でたるようなものであり、その交情は、江海さえ深いとは言えないほどである。

長安複攜手,再顧重千金。 

その後、長安において、又相遭うて手を携えたのであるが、その再会の嬉しさは、その価値は“千金より重し”という計り知れないものである。

君乃輶軒佐,予叨翰墨林。

とかくするうち、君は、輶軒の副使となって、外に出でて、予は、叨りに翰林院に待詔として大明宮におり、一朝隔絶してしまっていた。

#2

高風摧秀木,虛彈落驚禽。不取回舟興,而來命駕尋。

扶搖應借力,桃李願成陰。笑吐張儀舌,愁為莊舄吟。

誰憐明月夜,腸斷聽秋砧。 

(崔侍御に贈る【崔侍郎に贈る】)

長劍には一杯の酒,男兒には方寸の心。

洛陽 劇孟に因り,托宿して 胸襟を話す。 

但だ山嶽の秀を仰いで,江海の深さを知らず。

長安 複た手を攜えて,再顧 千金より重し。 

君は 乃ち輶軒の佐,予は 翰墨の林を叨りにす。

#2

高風 秀木を摧き,虛彈 驚禽を落す。

回舟の興を取らず,而來 駕を命じて尋ぬ。

扶搖 應に力を借るべし,桃李 願わくば陰を成さむ。

笑って 張儀の舌を吐き,愁えて 莊舄の吟を為す。

誰か憐まん 明月の夜に,腸斷して 秋砧を聽くに。 

 

  贈崔侍御蕭本/作郎

長劍一杯酒,男兒方寸心。洛陽因劇孟,托宿話胸襟。但仰山嶽秀,不知江海深。 

長安複攜手,再顧重千金。 君乃輶軒佐,予叨翰墨林。

漢書「、劇孟者洛陽人也。周人以商賈為資劇孟以俠顯。」 

曹植詩 「一顧千金重何必珠玉賤   李充詩 願爾降玉趾一顧重千金  

風俗通 「周/秦常以八月遣 輶軒之使求異代方言還奏籍之藏於秘室

按太白作、《崔公澤畔吟詩序》 「有中佐憲車之語是崔甞以事為使副。 

故曰君乃輶軒佐作軒轅者非是

張協詩 寄辭翰墨林。 張銑註翰筆也。謂寄文辭於筆墨之林言林者謂多也。

#2

高風摧秀木,虛彈落驚禽。 不取回舟興,而來命駕尋。扶搖應借力,桃李願成陰。

笑吐張儀舌,愁為莊舄吟。誰憐明月夜,腸斷聽秋砧。

李康運命論木秀於林風必摧之

李善註 秀出也劉良註木高出於林上者故風吹而先/折也。

隋袁朗詩 危絃斷客心、虛彈落驚禽。用戰國更嬴事見四巻註回舟用

王子猷訪戴安道事見本巻註/ 嵇康與安善每一相思千里命駕莊子摶扶

而上者九萬里詳後上李邕詩註 桃李用苑趙簡子事與張儀舌俱見本巻註

史記 越人莊舄仕楚執珪有頃而病楚王曰舄故越之鄙人也。

今仕楚執珪富貴矣亦思越否中謝曰凡人之思故在其病也。

彼思越則越聲不思越則楚聲使人往聽之猶尚越聲也。

王粲登樓賦 莊舄顯而越吟笑吐張儀舌談笑之美愁為莊舄吟思家之切韻會砧擣/繒石也。

輶音由砧音斟

 

 

《贈崔侍御》現代語訳と訳註解説
(
本文)
 
贈崔侍御【贈崔侍郎】

長劍一杯酒,男兒方寸心。洛陽因劇孟,托宿話胸襟。

但仰山嶽秀,不知江海深。長安複攜手,再顧重千金。

君乃輶軒佐,予叨翰墨林。

 

(下し文)
(崔侍御に贈る【崔侍郎に贈る】)

長劍には一杯の酒,男兒には方寸の心。

洛陽 劇孟に因り,托宿して 胸襟を話す。

但だ山嶽の秀を仰いで,江海の深さを知らず。

長安 複た手を攜えて,再顧 千金より重し。

君は 乃ち輶軒の佐,予は 翰墨の林を叨りにす。

 

(現代語訳)

(侍御史崔成甫にこの詩を贈って、自分が仕官できるよう手助けをしてほしいと、懇嘱してきたものに対して、この時の感慨を述べたものである)

長剣を手にすれば、一杯の酒を傾けることになるし、男児が方寸の心を披くときには豪侠の徒となるものであり、我々はそう思ってこれまで来た。

その昔、洛陽の街で、任侠の大物の劇孟に比すべき君に遭い、その家に逗留し、胸襟を開いて語り明かした。

君の風骨を仰げば、山岳の秀でたるようなものであり、その交情は、江海さえ深いとは言えないほどである。

その後、長安において、又相遭うて手を携えたのであるが、その再会の嬉しさは、その価値は“千金より重し”という計り知れないものである。

とかくするうち、君は、輶軒の副使となって、外に出でて、予は、叨りに翰林院に待詔として大明宮におり、一朝隔絶してしまっていた。

 

(訳注)

贈崔侍御
1. (侍御史崔成甫にこの詩を贈って、自分が仕官できるよう手助けをしてほしいと、懇嘱してきたものに対して、この時の感慨を述べたものである)

2. 侍御・侍郎 李白集或作“侍御”。崔侍御

3. 崔侍御 即崔成甫,官校郎,再尉関輔,湘陰。有《畔吟》,李白之序。其爲陝縣韋堅爲陝郡太守,兼水陸轉運使,潭望春楼下。成甫因得体歌得宝歌,韋堅命舟人歌之,成甫又廣,今不。存詩一首。

李白の交際のあった崔氏について有名なのは、崔宗之があり、李白の詩にも、杜甫にも登場する。

飲中八仙は、中唐初めの8人の酒豪(賀知章、汝陽郡王李璡(李憲の長子)、李適之、崔宗之、蘇晋、李白、張旭、焦遂)。また彼らを謳った杜甫の詩『飲中八仙歌』の略。

「宗之瀟灑美少年,舉觴白眼望青天,皎如玉樹臨風前。」
崔宗之は垢抜けた美少年、杯を挙げては白眼で晴天を望む、輝くようなその姿は風前の玉樹のようだ。』
宗之 崔宗之。宗之は崔日用の子、斉国公に襲ぎ封ぜられる。また侍御史となったことがある。○瀟灑 さっぱりしたさま。○腸 さかずき。○白眼 魏の阮籍の故事、籍は俗人を見るときには白眼をむきだした。○ しろいさま。○玉樹 うつくしい樹。魏の夏侯玄が嘗て毛骨と並び坐ったところが、時の人はそれを「葉餞玉樹二倍ル」といったという、玄のうつくしいさまをいったもの。○臨風前 風の前に立っている。

 

長劍一杯酒,男兒方寸心。

長剣を手にすれば、一杯の酒を傾けることになるし、男児が方寸の心を披くときには豪侠の徒となるものであり、我々はそう思ってこれまで来た。

 

洛陽因劇孟,托宿話胸襟。

その昔、洛陽の街で、任侠の大物の劇孟に比すべき君に遭い、その家に逗留し、胸襟を開いて語り明かした。

8. 劇孟 漢の洛陽の侠者。ここでは、劇孟のごとき大親分。漢書、「劇孟たる者は、洛陽の人なり。周人、商賈を以て資と為し。劇孟は俠を以て顯わる。」とある。

 

但仰山嶽秀,不知江海深。

君の風骨を仰げば、山岳の秀でたるようなものであり、その交情は、江海さえ深いとは言えないほどである。

 

長安複攜手,再顧重千金。

その後、長安において、又相遭うて手を携えたのであるが、その再会の嬉しさは、その価値は“千金より重し”という計り知れないものである。

9. 重千金 千金:1大金,千金,非常に価値があるもの.⇒一千金 yī nuò qiān jīn .用例千金难买((成語))=幾ら大金を積んでも買えない,その価値は計り知れない.曹植《失題(有美一人)》詩「一顧千金重,何必珠玉錢?」とある。

 

君乃輶軒佐,予叨翰墨林。

とかくするうち、君は、輶軒の副使となって、外に出でて、予は、叨りに翰林院に待詔として大明宮におり、一朝隔絶してしまっていた。

10. 輶軒 《風俗通》に「周/秦、常に八月を以て輶軒の使を遣し、異代の方言を求め、還り奏して之を籍として秘室に藏す。」とある。按ずるに、太白は、《崔公澤畔吟詩序》作り、中佐憲車の語有るをみれば、是れ崔、甞て事を以て使副と為す。故に曰う、君、乃ち、輶軒の佐は軒轅を作る者は是に非らず。と解している。

11. 叨 ① だらしなくする。② 混同する。

12. 翰墨 叨に翰林院に待詔として長安大明宮に勤めていたことを言う。翰墨  筆と墨。  書画・詩文を書くこと。また,詩文や書画。  文芸に関すること。文事。張協詩「寄辭翰墨林。」とあり、張銑の註に「翰筆也。文辭に寄せるを謂い、筆墨の林とは、林とう言うは多く謂うなり。