745-025-#2巻180-35 登廣武古戰場懷古(卷二一(二)一二五八)
745-025-#2巻180-35 登廣武古戰場懷古(卷二一(二)一二五八)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8801
ここにまた、漢の高祖は、自ら赤精といい、白帝の子である蛇を斬り、やがて、叱咤して函谷関内に攻め入った。しかし、両龍は並び踊らず、天と同じように五星の配列に相い応じて東井の星座のように帝都の計画をしたのだ。楚は滅亡し、項羽に英図無く、漢は興り、高祖の成功は世に明らかとなった。高祖は、剣を按じて八方を掃清し、沛宮にかえって、酒宴の盛りに「大風歌」を作った。
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登廣武古戰場懷古 (卷二一(二)一二五八) -#2 |
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全唐詩巻180-35#2 |
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李白集校注卷二一(二)一二五八#2 |
李太白集巻二○-36#2 |
漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8801 |
秦鹿奔野草,逐之若飛蓬。項王氣蓋世,紫電明雙瞳。呼吸八千人,橫行起江東。
赤精斬白帝,叱吒入關中。兩龍不並躍,五緯與天同。楚滅無英圖,漢興有成功。
按劍清八極,歸酣歌大風。伊昔臨廣武,連兵決雌雄。分我一杯羹,太皇乃汝翁。
戰爭有古跡,壁壘頹層穹。猛虎嘯洞壑【猛虎吟洞壑】,飢鷹鳴秋空【飢鷹獵秋空】。
翔雲列曉陣,殺氣赫長虹。撥亂屬豪聖,俗儒安可通。沈湎呼豎子,狂言非至公。
撫掌黃河曲,嗤嗤阮嗣宗。
登廣武古戰場懷古 #1
秦鹿奔野草,逐之若飛蓬。項王氣蓋世,紫電明雙瞳。
呼吸八千人,橫行起江東。
#2
赤精斬白帝,叱吒入關中。兩龍不並躍,五緯與天同。
楚滅無英圖,漢興有成功。按劍清八極,歸酣歌大風。
#3
伊昔臨廣武,連兵決雌雄。分我一杯羹,太皇乃汝翁。
戰爭有古跡,壁壘頹層穹。猛虎嘯洞壑,飢鷹鳴秋空。
#4
翔雲列曉陣,殺氣赫長虹。撥亂屬豪聖,俗儒安可通。
沈湎呼豎子,狂言非至公。撫掌黃河曲,嗤嗤阮嗣宗。
卷別 | 李白集校注 | 全唐詩 | 李太白集 |
卷二一(二)一二五八 | 巻180-35 | 巻二○-36 | |
詩題 | 登廣武古戰場懷古(卷二一(二)一二五八) | ||
文體 | 五言古詩 | | |
詩序 | 0 | ||
初句 | 秦鹿奔野草,逐 | 天寶四年 745年 45歲 | |
作地點 | 廣武山(都畿道 / 河南府 / 廣武山) | ||
及地點 | 廣武山 (都畿道 河南府 廣武山) | ||
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交遊人物/交遊地點 | | ||
交遊人物/交遊地點 | | ||
交遊人物/交遊地點 | |
登廣武古戰場懷古#1
(秦滅亡のあと、楚漢の古戦場、開封府の廣武城に登って、いにしえを懐って作ったもの)
秦鹿奔野草,逐之若飛蓬。
むかし、秦は帝位を失い、例えば、鹿が野草の間に奔るが奴とく、そこで、群雄はこれを追うて飛蓬の如く、頻りに相争った。
項王氣蓋世,紫電明雙瞳。
中にも、項羽は、気、世を蓋い、帝王の重瞳は明らかにして、紫電の勢いを示した。
呼吸八千人,橫行起江東。
そして、一呼吸の間に八千人を狩り集め、横行して、江東の地より起った。
(廣武の古戰場に登りて懷古) #1
秦鹿 野草に奔り,之を逐うて飛蓬の若し。
項王 氣 世を蓋い,紫電 雙瞳明らかなり。
呼吸す 八千人,橫行して 江東に起る。
赤精斬白帝,叱吒入關中。
ここにまた、漢の高祖は、自ら赤精といい、白帝の子である蛇を斬り、やがて、叱咤して函谷関内に攻め入った。
兩龍不並躍,五緯與天同。
しかし、両龍は並び踊らず、天と同じように五星の配列に相い応じて東井の星座のように帝都の計画をしたのだ。
楚滅無英圖,漢興有成功。
楚は滅亡し、項羽に英図無く、漢は興り、高祖の成功は世に明らかとなった。
按劍清八極,歸酣歌大風。
高祖は、剣を按じて八方を掃清し、沛宮にかえって、酒宴の盛りに「大風歌」を作った。
#2
赤精 白帝を斬り,叱吒して關中に入る。
兩龍 並び躍らず,五緯 天と同じ。
楚 滅して英圖無く,漢 興って成功有り。
劍を按じて八極を清うし,歸酣 大風を歌う。
『登廣武古戰場懷古』 現代語訳と訳註解説
(本文) #2
赤精斬白帝,叱吒入關中。
兩龍不並躍,五緯與天同。
楚滅無英圖,漢興有成功。
按劍清八極,歸酣歌大風。
(下し文)
赤精 白帝を斬り,叱吒して關中に入る。
兩龍 並び躍らず,五緯 天と同じ。
楚 滅して英圖無く,漢 興って成功有り。
劍を按じて八極を清うし,歸酣 大風を歌う
(現代語訳)
ここにまた、漢の高祖は、自ら赤精といい、白帝の子である蛇を斬り、やがて、叱咤して函谷関内に攻め入った。
しかし、両龍は並び踊らず、天と同じように五星の配列に相い応じて東井の星座のように帝都の計画をしたのだ。
楚は滅亡し、項羽に英図無く、漢は興り、高祖の成功は世に明らかとなった。
高祖は、剣を按じて八方を掃清し、沛宮にかえって、酒宴の盛りに「大風歌」を作った。
(訳注) #2
登廣武古戰場懷古 -#2
(秦滅亡のあと、楚漢の古戦場、開封府の廣武城に登って、いにしえを懐って作ったもの)
廣武 項羽は広武を進発し、劉邦も出陣する。両軍は三皇山で対峙する。一騎打ちを臨む項羽に対し、劉邦は智力で勝負すると返す。相対する両者だったが、項羽はまっしぐらに劉邦の首を狙って突っ込んできた。たまらず退却する劉邦だったが、鍾離昧による伏兵により、劉邦は矢を受け重傷を負ってしまう。一方、項羽のもとには、韓信の軍の到着を知らせる使者が。楚兵は韓信の名を聞いて浮足立ってしまう。やむなく項羽は軍を立て直すために引き上げる。負傷した劉邦だったが、張良らの献策により、痛みをこらえながら陣中を巡行する。項羽は補給路が彭越によって断たれたことから、広武まで引き上げることを決断する。韓信と合流した劉邦は進撃の準備を整える。危機感を持った項羽は、人質にしていた劉邦の父を交渉の切り札にしようとするが、結局は失敗する。韓信の軍と項羽軍は激突するが、韓信の巧みな戦略により項羽はしだいに追い詰められる。命からがら本陣に戻った項羽は再び劉邦の父を使おうとする。劉邦が退かねば父を煮殺すと脅す項羽だったが、張良の根回しにより、項伯が止めに入る。
(河南地図h-10)都畿道河南府滎陽縣に廣武城がある。城は山上にあり、漢が築いた。劉邦が絶澗に臨んで対語し、劉邦は項羽の十罪を責めた時、項羽の射たやがむねのささり重症をおった。西征記に「三皇山あり、或は三室山という、各々山上に城あり、東に東廣武城、西を西廣武城と云い、この間、絶澗をへだつ、漢祖、項籍と語る處。」とある。
赤精斬白帝,叱吒入關中。
ここにまた、漢の高祖は、自ら赤精といい、白帝の子である蛇を斬り、やがて、叱咤して函谷関内に攻め入った。
8. 赤精 高祖劉邦は、赤龍に感じて生まれる。自ら赤精という。《漢書‧哀帝紀》: “待詔夏賀良等言赤精子之讖。” 顏師古注引應劭して曰く: “ 高祖感赤龍而生, 自謂赤帝之精。
9. 斬白帝 白帝の子が赤帝の子に斬られて、乏しい人がその理由を高祖にはなすと、高祖が喜んだ。それより先に、劉邦が自分で大蛇を斬り殺している。「白帝の子が赤帝の子に斬られて」と言われた。劉邦は自分が赤帝の子だと思っているから、五行説から、赤が黒を征服し、黄が赤を征服する。劉邦が喜んだのは、「赤が黒を征服し」の方だ。秦の色は黒だから、秦の旗の色は黒。だから、劉邦はこの言葉を聞いて、秦を征服するのは自分だと確信して喜んだ。劉邦軍の旗の色は赤。漢の色は赤、火の徳を持つとされる。漢のから政権を奪った魏の色は黄、土の徳を持つとされる。
10. 叱吒 【叱咤】 怒気をあらわして大声でしかること。しかりつけること。 しっ‐せき【叱責】 しかりせめること。
11. 關中 函谷関の西側の地域を指す。現在の中国陝西省渭水盆地の西安を中心とした一帯である。春秋戦国時代の秦の領地であり、その後の前漢や唐もこの地に首都を置いた。
兩龍不並躍,五緯與天同。
しかし、両龍は並び踊らず、天と同じように五星の配列に相い応じて東井の星座のように帝都の計画をしたのだ。
12. 五緯 五星のこと。張平子(張衡)《西京賦》「自我高祖之始入也,五緯相汁以旅於東井。」(我が高祖の始めて入りし自り,五緯【ごい】相い汁【あ】いて以て于東井【とうせい】に旅【つらな】る。)(帝都の計画) 我が高祖が始めて雍の地に入られると、この地を五つの星の配列に相い応じて東井の星座のようにならべる。
張平子(張衡)《西京賦》(8)(帝都の計画)#3-1 文選 賦<114―(8)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1045 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3773
楚滅無英圖,漢興有成功。
楚は滅亡し、項羽に英図無く、漢は興り、高祖の成功は世に明らかとなった。
按劍清八極,歸酣歌大風。
高祖は、剣を按じて八方を掃清し、沛宮にかえって、酒宴の盛りに「大風歌」を作った。
13. 八極 八方と同じ、ここでは天下。李白は江陵で当時の道教教団、最高指導者の司馬承禎(しばしょうてい)と会っている。司馬承禎は玄宗皇帝から幾度も宮中に召され、法籙(ほうろく・道教の免許)を授けるほどに信頼された人物だ。司馬承禎は南岳衡山(こうざん)での祭儀に参加するため湖南に行く途中で、江陵にさしかかったのだった。すでに高齢に達していた司馬承禎に李白は詩を呈し、道教について教えを乞うた。司馬承禎が李白を「仙風道骨あり、神とともに八極の表に遊ぶべし」と褒めた。