745-025-3180-35 登廣武古戰場懷古(卷二一(二)一二五八)

 

 

 

2017531

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745-025-#3巻180-35 登廣武古戰場懷古(卷二一(二)一二五八)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8807

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745年-05 【字解集】005 【字解集】 a.留別王司馬嵩 B.商山四皓  C.訪道安陵遇蓋寰為予造真籙臨別留贈 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8771

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-99 先生-巻八-01#18城南聯句 §4 【韓愈、孟郊】【此首又見張籍集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8808

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745年-05 【字解集】005 【字解集】 a.留別王司馬嵩 B.商山四皓  C.訪道安陵遇蓋寰為予造真籙臨別留贈 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8772

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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index-5 806年39歳(2)25

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index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-115七絶 解悶十二首其三(卷一七(四)頁一五一二)七絶 杜詩詳注( Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8821

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767年-集-16 【字解集】  ・i.-別崔因寄薛據孟雲卿  ・j-寄韓諫議 杜詩詳注( Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8804

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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745-025-3180-35 登廣武古戰場懷古(卷二一(二)一二五八)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8807

その昔、漢楚戦争のとき、高祖が項羽とともに、ここ廣武城に臨み、兵を連ねて雌雄を決しようとした。項羽が高祖の父、太皇を釜茹でにしようと台に登らせて脅迫したが、高祖は「吾が翁は即ち汝の翁、幸いに我に一杯の羹を分かて」といった場所がここである。その楚漢戦争の古跡は今も残っていて、塁壁は天の半ばにまで高く連なって崩れかけている。廣武は山河の形勝に富んだところで、猛虎は洞谷壑峡の間に嘯き、飢鷹は天高く秋空に鳴いている。

牡丹 01李白の足跡図 01 

 745-025-3 -#3

登廣武古戰場懷古

(卷二一(二)一二五八) -#3

全唐詩巻180-35#3

李白集校注卷二一(二)一二五八#3

李太白集巻二○-36#3

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8807

 


詩文(含異文)     登廣武古戰場懷古

秦鹿奔野草,逐之若飛蓬。項王氣蓋世,紫電明雙瞳。呼吸八千人,橫行起江東。

赤精斬白帝,叱吒入關中。兩龍不並躍,五緯與天同。楚滅無英圖,漢興有成功。

按劍清八極,歸酣歌大風。伊昔臨廣武,連兵決雌雄。分我一杯羹,太皇乃汝翁。

戰爭有古跡,壁壘層穹。猛虎嘯洞壑【猛虎吟洞壑】,飢鷹鳴秋空【飢鷹獵秋空】。

翔雲列曉陣,殺氣赫長虹。撥亂屬豪聖,俗儒安可通。沈湎呼豎子,狂言非至公。

撫掌黃河曲,嗤嗤阮嗣宗。

紀元前260年ころ 戦国七雄 

登廣武古戰場懷古  #1

秦鹿奔野草,逐之若飛蓬。項王氣蓋世,紫電明雙瞳。

呼吸八千人,橫行起江東。

#2

赤精斬白帝,叱吒入關中。兩龍不並躍,五緯與天同。

楚滅無英圖,漢興有成功。按劍清八極,歸酣歌大風。

#3

伊昔臨廣武,連兵決雌雄。分我一杯羹,太皇乃汝翁。

戰爭有古跡,壁壘層穹。猛虎嘯洞壑,飢鷹鳴秋空。

#4

翔雲列曉陣,殺氣赫長虹。撥亂屬豪聖,俗儒安可通。

沈湎呼豎子,狂言非至公。撫掌黃河曲,嗤嗤阮嗣宗。

 

卷別

李白集校注

全唐詩

李太白集

卷二一(二)一二五八

180-35

巻二○-36

詩題

登廣武古戰場懷古(卷二一(二)一二五八)

文體

五言古詩  

 

詩序

0

     初句

秦鹿奔野草,逐

天寶四年  745  45

 

作地點

廣武山(都畿道 / 河南府 / 廣武山)

及地點

廣武山 (都畿道 河南府 廣武山)

 

 

交遊人物/交遊地點

 

交遊人物/交遊地點

 

交遊人物/交遊地點

 

 長安城西市の大道の基本図

李白集校注タイトル坊間道路断面図登廣武古戰場懷古#1

(秦滅亡のあと、楚漢の古戦場、開封府の廣武城に登って、いにしえを懐って作ったもの)

秦鹿奔野草,逐之若飛蓬。

むかし、秦は帝位を失い、例えば、鹿が野草の間に奔るが奴とく、そこで、群雄はこれを追うて飛蓬の如く、頻りに相争った。

項王氣蓋世,紫電明雙瞳。

中にも、項羽は、気、世を蓋い、帝王の重瞳は明らかにして、紫電の勢いを示した。

呼吸八千人,橫行起江東。

そして、一呼吸の間に八千人を狩り集め、横行して、江東の地より起った。

 

(廣武の古戰場に登りて懷古)  #1

秦鹿 野草に奔り,之を逐うて飛蓬の若し。

項王 氣 世を蓋い,紫電 雙瞳明らかなり。

呼吸す 八千人,橫行して 江東に起る。

 

赤精斬白帝,叱吒入關中。

ここにまた、漢の高祖は、自ら赤精といい、白帝の子である蛇を斬り、やがて、叱咤して函谷関内に攻め入った。

兩龍不並躍,五緯與天同。

しかし、両龍は並び踊らず、天と同じように五星の配列に相い応じて東井の星座のように帝都の計画をしたのだ。

楚滅無英圖,漢興有成功。

楚は滅亡し、項羽に英図無く、漢は興り、高祖の成功は世に明らかとなった。
按劍清八極,歸酣歌大風。

高祖は、剣を按じて八方を掃清し、沛宮にかえって、酒宴の盛りに「大風歌」を作った。

2

赤精 白帝を斬り,叱して關中に入る。

兩龍 並び躍らず,五緯 天と同じ。

楚 滅して英圖無く,漢 興って成功有り。

劍を按じて八極を清うし,歸酣 大風を歌う。

 

昔臨廣武,連兵決雌雄。

その昔、漢楚戦争のとき、高祖が項羽とともに、ここ廣武城に臨み、兵を連ねて雌雄を決しようとした。

分我一杯羹,太皇乃汝翁。

項羽が高祖の父、太皇を釜茹でにしようと台に登らせて脅迫したが、高祖は「吾が翁は即ち汝の翁、幸いに我に一杯の羹を分かて」といった場所がここである。

戰爭有古跡,壁壘層穹。

その楚漢戦争の古跡は今も残っていて、塁壁は天の半ばにまで高く連なって崩れかけている。

猛虎嘯洞壑,飢鷹鳴秋空。

廣武は山河の形勝に富んだところで、猛虎は洞谷壑峡の間に嘯き、飢鷹は天高く秋空に鳴いている。

3

伊れ昔 廣武に臨み,兵を連ねて雌雄を決す。

我に分つ 一杯の羹【あつもの】を,太皇は乃ち汝の翁。

戰爭 古跡有り,壁壘【へきるい】 層穹【そうきゅう】に【くず】る。

猛虎 洞壑に嘯き,飢鷹 秋空に鳴く。

 

洛陽 函谷関 嵩山005 

『登廣武古戰場懷古』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
 3

伊昔臨廣武,連兵決雌雄。

分我一杯羹,太皇乃汝翁。

戰爭有古跡,壁壘層穹。

猛虎嘯洞壑,飢鷹鳴秋空。


(下し文) 3

伊れ昔 廣武に臨み,兵を連ねて雌雄を決す。

我に分つ 一杯の羹【あつもの】を,太皇は乃ち汝の翁。

戰爭 古跡有り,壁壘【へきるい】 層穹【そうきゅう】に【くず】る。

猛虎 洞壑に嘯き,飢鷹 秋空に鳴く。

(現代語訳)
その昔、漢楚戦争のとき、高祖が項羽とともに、ここ廣武城に臨み、兵を連ねて雌雄を決しようとした。

項羽が高祖の父、太皇を釜茹でにしようと台に登らせて脅迫したが、高祖は「吾が翁は即ち汝の翁、幸いに我に一杯の羹を分かて」といった場所がここである。

その楚漢戦争の古跡は今も残っていて、塁壁は天の半ばにまで高く連なって崩れかけている。

廣武は山河の形勝に富んだところで、猛虎は洞谷壑峡の間に嘯き、飢鷹は天高く秋空に鳴いている。

 

(訳注) 

登廣武古戰場懷古 -3

(秦滅亡のあと、楚漢の古戦場、開封府の廣武城に登って、いにしえを懐って作ったもの)

廣武 項羽は広武を進発し、劉邦も出陣する。両軍は三皇山で対峙する。一騎打ちを臨む項羽に対し、劉邦は智力で勝負すると返す。相対する両者だったが、項羽はまっしぐらに劉邦の首を狙って突っ込んできた。たまらず退却する劉邦だったが、鍾離昧による伏兵により、劉邦は矢を受け重傷を負ってしまう。一方、項羽のもとには、韓信の軍の到着を知らせる使者が。楚兵は韓信の名を聞いて浮足立ってしまう。やむなく項羽は軍を立て直すために引き上げる。負傷した劉邦だったが、張良らの献策により、痛みをこらえながら陣中を巡行する。項羽は補給路が彭越によって断たれたことから、広武まで引き上げることを決断する。韓信と合流した劉邦は進撃の準備を整える。危機感を持った項羽は、人質にしていた劉邦の父を交渉の切り札にしようとするが、結局は失敗する。韓信の軍と項羽軍は激突するが、韓信の巧みな戦略により項羽はしだいに追い詰められる。命からがら本陣に戻った項羽は再び劉邦の父を使おうとする。劉邦が退かねば父を煮殺すと脅す項羽だったが、張良の根回しにより、項伯が止めに入る。

河南省中南部 陸渾00

(河南地図10)都畿道河南府滎陽縣に廣武城がある。城は山上にあり、漢が築いた。劉邦が絶澗に臨んで対語し、劉邦は項羽の十罪を責めた時、項羽の射たやがむねのささり重症をおった。西征記に「三皇山あり、或は三室山という、各々山上に城あり、東に東廣武城、西を西廣武城と云い、この間、絶澗をへだつ、漢祖、項籍と語る處。」とある。 

 

伊昔臨廣武,連兵決雌雄。

その昔、漢楚戦争のとき、高祖が項羽とともに、ここ廣武城に臨み、兵を連ねて雌雄を決しようとした。

 

分我一杯羹,太皇乃汝翁。

項羽が高祖の父、太皇を釜茹でにしようと台に登らせて脅迫したが、高祖は「吾が翁は即ち汝の翁、幸いに我に一杯の羹を分かて」といった場所がここである。

15. 分我一杯羹 項羽本紀「項羽はすでに東海地方を平定して西にむかい、広武山に臨んで漢と相 対して陣をしいた。たがいに守備して対峙すること数ヵ月であった。 このときにあたって、彭越はしばしば梁の地で反抗し、楚の糧食を絶 った。項羽はこれを憂慮し、高い俎板をつくって太公をその上に磔にし、 漢王劉邦に告げた。「いま、早急に降服しなければ、太公を烹殺してしまうぞ」漢王劉邦は言った。「わしは項羽とともに北面して懐王の命を受けたが、そのとき『兄弟 となることを約束しよう』と言った。 してみれば、わが父はすなわちおまえの父だ。どうしてもおまえの父を烹殺すというのなら、ぜひ、 わしにも一杯の羹をくれ」項羽は怒って、本当に太公を殺そうとした。項伯が言った。「天下がどう定まるかは、まだわかりません。かつまた、天下を取ろうとするものは、家族のことなどかえりみません。太公を殺しても益 はなく、かえってむだに漢王を怒らせて、当方の禍を増すにすぎませ ん」項羽はこの意見にしたがった。楚と漢は相対峙してなかなか決戦しなかった。若者は兵役に苦しみ、老弱は陸上・水上の輸送に疲れはてた。項羽が漢王劉邦に言った。「天下は匈々としてさわぎ乱れること数年になるが、それは、ただわれら両人のためだ。ひとつ、挑戦して雌雄を決しようではないか。いたずらに天下の民の父子を苦しめるようなことはやめよう」漢王劉邦は笑ってことわって言った。「わしは、むしろ智でたたかうのであって、力ではたたかわ ない」劉邦は項羽を責めて言った。

 

戰爭有古跡,壁壘層穹。

その楚漢戦争の古跡は今も残っていて、塁壁は天の半ばにまで高く連なって崩れかけている。

 

猛虎嘯洞壑,飢鷹鳴秋空。

廣武は山河の形勝に富んだところで、猛虎は洞谷壑峡の間に嘯き、飢鷹は天高く秋空に鳴いている。