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2017617

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745-030-#1 鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五○六)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8909

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745年-07 【字解集】007 a.過四皓墓 b.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 c.鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8904

孟浩然

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-116 先生-巻八-01#35城南聯句 §9 【韓愈、孟郊】【此首又見張籍集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8910

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745年-05 【字解集】005 【字解集】 a.留別王司馬嵩 B.商山四皓  C.訪道安陵遇蓋寰為予造真籙臨別留贈 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8772

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-131五律 驪山(卷一七(四)一五二六)五律 杜詩詳注( Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8923

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767年-集-17 【字解集】  ・解悶十二首 杜詩詳注( Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8882

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

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花間集 訳注解説 (219)回目張泌 《張泌【字解集】 ―2 a. 臨江仙 b. 女冠子 c.河傳二首 D.酒泉子二首 E.子 F.思越人 》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8882 

 

 

 

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●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

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玉-巻二24 樂府詩七首 其五明月篇 -#2〔傳玄〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 8913

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玉集-014【字解集】  樂府二首 【字解集】詠懷詩二首    Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 8806

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745-030-#1 鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五○六)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8909

(友人の岑勛が鳴皋山に隠遁するのに送る“鳴皋山の歌”をつくったもの)

744年天宝三年3月、長安を追放され、洛陽、梁園を経て齊州など歩き翌年12月にこの地にいて、隠遁者の友人である岑勛を送る送別の快の日に雪が降ったもので、魏の阮籍が詠懐詩にうたった蓬池、そこは清泠の池であり、この詩はここで作ったもの。〕 

ここに岑勛君という人がいて、鳴皋山に隠遁しようといっているが、積雪が三尺もあって、この雪に阻まれて心が痛むほどに煩勞隠遁地の鳴皋山に行こうとするには、前に淮河左岸一条の大河があり、渡って行けそうにないし、今や、寒気冷気の為に凌競と凍ってしまっているから、まるで、龍の鱗が逆立ったようになっていて、船が入ることなどできそうにないのである。仙山である鳴皋山は、邈然として遠くに隔たり、いかにも峻険であり、天籟の響きが、嘈嘈と聞こえてくるのである。



李白集校注タイトル 

 745-030-#1 -1

鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五六) -1

全唐詩巻166-131

李白集校注岑徵君(卷七(一)五#1

李太白集巻一九211

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8909

 


全唐詩 巻166-13

鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五○六)

#1

若有人兮思鳴,阻積雪兮心煩勞。

洪河凌競不可以徑度,冰龍鱗兮難容

邈仙山之峻極兮,聞天籟之嘈嘈。

#2

霜厓縞皓以合沓兮,若長風扇海湧滄溟之波濤。

玄猨綠羆,舔〈同餂〉〈音演〉崟岌。

危柯振石,駭膽慄魄,羣呼而相號。

#3

峯崢嶸以路,挂星辰於巖

送君之歸兮,動鳴之新作。

交鼓吹兮彈絲,觴清泠之池閣。

#4

君不行兮何待,若反顧之黃鶴。

掃梁園之羣英,振大雅於東洛。

巾征軒兮歷阻折,尋幽居兮越巘崿。

#5

盤白石兮坐素月,琴松風兮寂萬壑。

望不見兮心氛氳,蘿冥冥兮霰紛紛。

水橫洞以下淥,波小聲而上聞。

#6

虎嘯谷而生風,龍藏溪而吐雲。

寡鶴清唳,飢鼯嚬呻。

魂獨處此幽默兮,愀空山而愁人。

雞聚族以爭食,鳳孤飛而無隣。

#7

蝘蜓嘲龍,魚目混珍。

母衣錦,西施負薪。

若使巢由桎梏於軒冕兮,亦奚異乎夔龍蹩於風塵。

#8

哭何苦而救楚,笑何誇而却秦。

吾誠不能學二子沽名矯節以耀世兮,固將棄天地而遺身。

白鷗兮飛來,長與君兮相親。

 

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卷別

李白集校注

全唐詩

李太白集

岑徵君(卷七(一)五

巻166-13

巻一九21

詩題

鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五○六)

文體

雜言古詩

 

詩序

時梁園三尺雪,在清泠池作。

     初句

若有人兮思鳴皋

天寶四年  745年  45

 

作地點

宋州(河南道 / 宋州 / 宋州)

及地點

鳴皋山 (都畿道 河南府 鳴皋山) 別名:明皋山

 

梁園 (河南道 宋州 宋城) 別名:梁苑

 

洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下

 

 

交遊人物/交遊地點

岑勛

當地交遊(河南道 宋州 宋州)

 

鳴皋歌送岑徵君

(友人の岑勛が鳴皋山に隠遁するのに送る“鳴皋山の歌”をつくったもの)

〔時梁園三尺雪,在清泠池作。〕

〔744年天宝三年3月、長安を追放され、洛陽、梁園を経て齊州など歩き翌年12月にこの地にいて、隠遁者の友人である岑勛を送る送別の快の日に雪が降ったもので、魏の阮籍が詠懐詩にうたった蓬池、そこは清泠の池であり、この詩はここで作ったもの。〕 

若有人兮思鳴皋,阻積雪兮心煩勞。

ここに岑勛君という人がいて、鳴皋山に隠遁しようといっているが、積雪が三尺もあって、この雪に阻まれて心が痛むほどに煩勞している。

洪河凌競不可以徑度,冰龍鱗兮難容

隠遁地の鳴皋山に行こうとするには、前に淮河左岸一条の大河があり、渡って行けそうにないし、今や、寒気冷気の為に凌競と凍ってしまっているから、まるで、龍の鱗が逆立ったようになっていて、船が入ることなどできそうにないのである。

邈仙山之峻極兮,聞天籟之嘈嘈。

仙山である鳴皋山は、邈然として遠くに隔たり、いかにも峻険であり、天籟の響きが、嘈嘈と聞こえてくるのである。

 

(鳴皋の歌 岑を送る)

人有るが若く 鳴皋を思う,積雪に阻れて 心 煩勞す。

洪河 凌競 以て徑度す可からず,龍鱗 冰って 

として 仙山の峻 極れる,聞天籟の嘈嘈【そうそう】をく。

 

秦嶺山脈終南山 

《鳴皋歌送岑徵君》現代語訳と訳註解説
(本文)
 
鳴皋歌送岑徵君

〔時梁園三尺雪,在清泠池作。〕

若有人兮思鳴皋,阻積雪兮心煩勞。

洪河凌競不可以徑度,冰龍鱗兮難容

邈仙山之峻極兮,聞天籟之嘈嘈。

 

(下し文)
(鳴皋の歌 岑を送る)

人有るが若く 鳴皋を思う,積雪に阻れて 心 煩勞す。

洪河 凌競 以て徑度す可からず,龍鱗 冰って 

として 仙山の峻 極れる,聞天籟の嘈嘈【そうそう】をく。

 

(現代語訳)

(友人の岑勛が鳴皋山に隠遁するのに送る“鳴皋山の歌”をつくったもの)

〔744年天宝三年3月、長安を追放され、洛陽、梁園を経て齊州など歩き翌年12月にこの地にいて、隠遁者の友人である岑勛を送る送別の快の日に雪が降ったもので、魏の阮籍が詠懐詩にうたった蓬池、そこは清泠の池であり、この詩はここで作ったもの。〕 

ここに岑勛君という人がいて、鳴皋山に隠遁しようといっているが、積雪が三尺もあって、この雪に阻まれて心が痛むほどに煩勞している。

隠遁地の鳴皋山に行こうとするには、前に淮河左岸一条の大河があり、渡って行けそうにないし、今や、寒気冷気の為に凌競と凍ってしまっているから、まるで、龍の鱗が逆立ったようになっていて、船が入ることなどできそうにないのである。

仙山である鳴皋山は、邈然として遠くに隔たり、いかにも峻険であり、天籟の響きが、嘈嘈と聞こえてくるのである。

 

(訳注) 
鳴皋歌送岑徵君

1.(友人の岑勛が鳴皋山に隠遁するのに送る“鳴皋山の歌”をつくったもの)

2. 鳴皋 《太平寰宇記》「鳴山河南府伊陽縣東三十五里に在り、伊陽縣は本と陸渾の地、唐の先天元年十二月、陸渾縣を割いて伊陽縣を置く。伊水の陽に在り、伊水を去ること一里。《元和郡縣志》:鳴山は河南府陸渾縣の東北十五里に在る河南通志》鳴山、在河南府嵩縣東北五十里、一名九山、昔、有白鶴鳴其上故名。

3.  岑徵君・岑勛 隠遁者の友人である。

王琦の解に「世に、顔魯公書する所の西京千福寺多寳佛塔碑を傳う、乃ち天寳十一載建つ所、其の文は、為南陽の岑勛所撰するところ、疑らくは卽ち此人、勛。

 

〔時梁園三尺雪,在清泠池作。〕

〔744年天宝三年3月、長安を追放され、洛陽、梁園を経て齊州など歩き翌年12月にこの地にいて、隠遁者の友人である岑勛を送る送別の快の日に雪が降ったもので、魏の阮籍が詠懐詩にうたった蓬池、そこは清泠の池であり、この詩はここで作ったもの。〕 

4. 梁園 梁園 梁苑は、前漢の文帝の子、景帝の弟、梁孝王劉武が築いた庭園。現在の河南省開封府商丘市東南5kmに在った。宋の都となった。『史記』巻五十八「梁孝王世家」の「史記正義」「吟」は、詩歌の一体。この詩は、第一次在京期の後、長安を離れて梁園に遊んだおり、三十一歳の作と考えられる。梁の孝王が築いた園の名。現・河南省東部、商丘の東にある。竹が多く、修竹園とも呼ばれた。宮室の庭園。『史記・世家・梁孝王』に「孝王,竇太后少子也,愛之,賞賜不可勝道。於是孝王築東苑,方三百餘里。廣陽城七十里。」とある。王昌齡の『梁苑』「梁園秋竹古時煙,城外風悲欲暮天。萬乘旌旗何處在,平臺賓客有誰憐。

169 -#1(改訂版) 《巻06-12 梁園吟 -#1》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31

5. 清泠池 《太平寰宇記》淸泠池、在宋州宋城縣東北二里、梁孝王故宮有釣臺謂之淸泠臺、今號淸泠池神州古史考淸泠池、在歸德府城東梁園内。魏の阮籍の「詠懐詩、其の十六〔陳伯君『阮籍集校注』(中華書局)による〕」に、「蓬池(梁園付近の池)の上を徘徊し、還って大梁(開封)を望む」とあるのをさす。「徘徊蓬池上、還顧望大梁。綠水揚洪波、曠野莽茫茫。走獸交橫馳、飛鳥相隨翔。是時鶉火中、日月正相望。朔風厲嚴寒,陰氣下微霜。羈旅無疇匹,俛仰懷哀傷。」

 

若有人兮思鳴皋,阻積雪兮心煩勞。

ここに岑勛君という人がいて、鳴皋山に隠遁しようといっているが、積雪が三尺もあって、この雪に阻まれて心が痛むほどに煩勞している。

6. 煩勞 心身をわずらわせること。また,わずらわしい仕事や苦労。

 

洪河凌競不可以徑度,冰龍鱗兮難容

隠遁地の鳴皋山に行こうとするには、前に淮河左岸一条の大河があり、渡って行けそうにないし、今や、寒気冷気の為に凌競と凍ってしまっているから、まるで、龍の鱗が逆立ったようになっていて、船が入ることなどできそうにないのである。

7. 洪河 洪河也は洪汝河と称す,是れ淮河左岸一条の支流なり,河南省南部に位す

8. 凌競  氷が競い合うように凍って恐懼のさま、寒さに戦慄するところ。揚雄《甘泉賦》:閶闔に馳せて凌兢に入る。 註に:凌兢は恐懼なり 顔師古の註に:凌兢に入る者は、寒凉 戰栗の處と言うなり。

9. 徑度 渡る道。

10. 冰龍鱗 龍の鱗が逆立ったように河が凍っている様子を言う。渡るにも危険であることをいう。

11.  小舟。

 

邈仙山之峻極兮,聞天籟之嘈嘈。

仙山である鳴皋山は、邈然として遠くに隔たり、いかにも峻険であり、天籟の響きが、嘈嘈と聞こえてくるのである。

12. 嘈嘈 谷あいに吹く強風によっていろんな音が混ざっていること。
洛陽 函谷関 嵩山005