745-030-#3巻166-13 鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五○六)

 

 

2017619

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745-030-#3巻166-13 鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五○六)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8921

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745年-07 【字解集】007 a.過四皓墓 b.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 c.鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8904

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-118 先生-巻八-02城南聯句 §10 【韓愈、孟郊】【此首又見張籍集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8922

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745年-05 【字解集】005 【字解集】 a.留別王司馬嵩 B.商山四皓  C.訪道安陵遇蓋寰為予造真籙臨別留贈 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8772

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-132五律 提封(卷一七(四)一五二七)五律 杜詩詳注( Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8935

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767年-集-1 【字解集】・A洞房 B宿昔 C能畫 D鬥雞 E歷歷 F洛陽 G驪山  杜詩詳注( Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8930

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

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杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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745-030-#3巻166-13 鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五○六)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8921

また、向こうに聳えているあの峰は、崢嶸として険しい、だからもう行くべき道もない。その巖の狭間には、小石が星辰を散じたように見える。このように鳴皋山は険阻で大変なところだというに。それでもそこに還るという君をこうして送行して、新たに鳴皋山の歌を作ろうとしているのである。そうであるから鼓吹に彈絲の音楽を合奏しながら、古くから前漢の文帝の子梁孝王や魏の阮籍が詩を作り遊んだ清泠の池閣において送別の宴を催しているのである。

西嶽華山00 

 745-030-#3 -3

鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五六) -3

全唐詩巻166-133

李白集校注岑徵君(卷七(一)五#3

李太白集巻一九213

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8921

 


全唐詩 巻166-13

鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五○六)

#1

若有人兮思鳴,阻積雪兮心煩勞。

洪河凌競不可以徑度,冰龍鱗兮難容

邈仙山之峻極兮,聞天籟之嘈嘈。

#2

霜厓縞皓以合沓兮,若長風扇海湧滄溟之波濤。

玄猨綠羆,舔〈同餂〉〈音演〉崟岌。

危柯振石,駭膽慄魄,羣呼而相號。

#3

峯崢嶸以路,挂星辰於巖

送君之歸兮,動鳴之新作。

交鼓吹兮彈絲,觴清泠之池閣。

#4

君不行兮何待,若反顧之黃鶴。

掃梁園之羣英,振大雅於東洛。

巾征軒兮歷阻折,尋幽居兮越巘崿。

#5

盤白石兮坐素月,琴松風兮寂萬壑。

望不見兮心氛氳,蘿冥冥兮霰紛紛。

水橫洞以下淥,波小聲而上聞。

#6

虎嘯谷而生風,龍藏溪而吐雲。

寡鶴清唳,飢鼯嚬呻。

魂獨處此幽默兮,愀空山而愁人。

雞聚族以爭食,鳳孤飛而無隣。

#7

蝘蜓嘲龍,魚目混珍。

母衣錦,西施負薪。

若使巢由桎梏於軒冕兮,亦奚異乎夔龍蹩於風塵。

#8

哭何苦而救楚,笑何誇而却秦。

吾誠不能學二子沽名矯節以耀世兮,固將棄天地而遺身。

白鷗兮飛來,長與君兮相親。

 

李白集校注タイトル 

卷別

李白集校注

全唐詩

李太白集

岑徵君(卷七(一)五

巻166-13

巻一九21

詩題

鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五○六)

文體

雜言古詩

 

詩序

時梁園三尺雪,在清泠池作。

     初句

若有人兮思鳴皋

天寶四年  745年  45

 

作地點

宋州(河南道 / 宋州 / 宋州)

及地點

鳴皋山 (都畿道 河南府 鳴皋山) 別名:明皋山

 

梁園 (河南道 宋州 宋城) 別名:梁苑

 

洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下

 

 

交遊人物/交遊地點

岑勛

當地交遊(河南道 宋州 宋州)

 

河南府汝州許州襄陽 地図01鳴皋歌送岑徵君

(友人の岑勛が鳴皋山に隠遁するのに送る“鳴皋山の歌”をつくったもの)

〔時梁園三尺雪,在清泠池作。〕

〔744年天宝三年3月、長安を追放され、洛陽、梁園を経て齊州など歩き翌年12月にこの地にいて、隠遁者の友人である岑勛を送る送別の快の日に雪が降ったもので、魏の阮籍が詠懐詩にうたった蓬池、そこは清泠の池であり、この詩はここで作ったもの。〕 

若有人兮思鳴皋,阻積雪兮心煩勞。

ここに岑勛君という人がいて、鳴皋山に隠遁しようといっているが、積雪が三尺もあって、この雪に阻まれて心が痛むほどに煩勞している。

洪河凌競不可以徑度,冰龍鱗兮難容

隠遁地の鳴皋山に行こうとするには、前に淮河左岸一条の大河があり、渡って行けそうにないし、今や、寒気冷気の為に凌競と凍ってしまっているから、まるで、龍の鱗が逆立ったようになっていて、船が入ることなどできそうにないのである。

邈仙山之峻極兮,聞天籟之嘈嘈。

仙山である鳴皋山は、邈然として遠くに隔たり、いかにも峻険であり、天籟の響きが、嘈嘈と聞こえてくるのである。

 

(鳴皋の歌 岑を送る)

人有るが若く 鳴皋を思う,積雪に阻れて 心 煩勞す。

洪河 凌競 以て徑度す可からず,龍鱗 冰って 

として 仙山の峻 極れる,聞天籟の嘈嘈【そうそう】をく。

 

 

#2

霜厓縞皓以合沓兮,若長風扇海湧滄溟之波濤。

積雪の積もった白色の土層の上にさらに積もって縞皓となって合沓と重なり合っていて、その有様は、長風が海を仰いで、滄溟の波濤を湧かしたっているので容易に足を入れることはできないのである。

玄猨綠羆,舔〈同餂〉〈音演〉崟岌。

山中には、黒い手長猿だの、綠羆とかいうけものがいて、舔とした長い舌を吐き、崟岌と険しい崖のようなところに寄りかかって生息している。

危柯振石,駭膽慄魄,羣呼而相號。

樹木がや岩石の間に彷徨っているのであり、そのに大雪が降って、さながら滄溟の波濤を湧かしたっているのに似ているというありさまを見ると、いずれも胆を驚かし、魄を慄わせて羣呼して互いを呼び合っている。

#2

霜厓 縞皓として 以て合沓とし,長風 海を扇って 滄溟の波濤を湧かすが若し。

玄猨【げんえん】 綠羆【りょくひ】,舔【てんえん】 崟岌【きんきゅう】

柯に危り 石を振い,膽を駭【おどろ】かし 魄を慄す,羣呼して 相い號けぶ。

 

#3

峯崢嶸以路,挂星辰於巖

また、向こうに聳えているあの峰は、崢嶸として険しい、だからもう行くべき道もない。その巖の狭間には、小石が星辰を散じたように見える。このように鳴皋山は険阻で大変なところだというに。

送君之歸兮,動鳴之新作。

それでもそこに還るという君をこうして送行して、新たに鳴皋山の歌を作ろうとしているのである。

交鼓吹兮彈絲,觴清泠之池閣。

そうであるから鼓吹に彈絲の音楽を合奏しながら、古くから前漢の文帝の子梁孝王や魏の阮籍が詩を作り遊んだ清泠の池閣において送別の宴を催しているのである。

#3

峯は崢嶸して 以て路,星辰を巖於て挂く。

君の歸るを送って,鳴新作を動かす

鼓吹に彈絲を交え,清の池閣に觴す。

 

楊貴妃清華池002 

《鳴皋歌送岑徵君》現代語訳と訳註解説
(本文)
 
#3

峯崢嶸以路,挂星辰於巖

送君之歸兮,動鳴之新作。

交鼓吹兮彈絲,觴清泠之池閣。

 

(下し文)
#3

峯は崢嶸して 以て路,星辰を巖於て挂く。

君の歸るを送って,鳴新作を動かす

鼓吹に彈絲を交え,清の池閣に觴す。

 

(現代語訳)

また、向こうに聳えているあの峰は、崢嶸として険しい、だからもう行くべき道もない。その巖の狭間には、小石が星辰を散じたように見える。このように鳴皋山は険阻で大変なところだというに。

それでもそこに還るという君をこうして送行して、新たに鳴皋山の歌を作ろうとしているのである。

そうであるから鼓吹に彈絲の音楽を合奏しながら、古くから前漢の文帝の子梁孝王や魏の阮籍が詩を作り遊んだ清泠の池閣において送別の宴を催しているのである。

 

(訳注) 
鳴皋歌送岑徵君

1.(友人の岑勛が鳴皋山に隠遁するのに送る“鳴皋山の歌”をつくったもの)

2. 鳴皋 《太平寰宇記》「鳴山河南府伊陽縣東三十五里に在り、伊陽縣は本と陸渾の地、唐の先天元年十二月、陸渾縣を割いて伊陽縣を置く。伊水の陽に在り、伊水を去ること一里。《元和郡縣志》:鳴山は河南府陸渾縣の東北十五里に在る河南通志》鳴山、在河南府嵩縣東北五十里、一名九山、昔、有白鶴鳴其上故名。

3.  岑徵君・岑勛 隠遁者の友人である。

王琦の解に「世に、顔魯公書する所の西京千福寺多寳佛塔碑を傳う、乃ち天寳十一載建つ所、其の文は、為南陽の岑勛所撰するところ、疑らくは卽ち此人、勛。

〔鳴皐歌、送等徴君〕原注に「時に梁園三尺の雪、清冷池に在りて作る」とある。

「鳴皐」は山の名。「元和郡県志」に「鳴皐山は河南府陛渾県の東北十五里に在り」とあり、「河南通志」には「鳴皐山は河南府嵩県の東北五十里に在り、一に九皐山と名づく、昔日鶴有り、其の上に鳴く、散に名づく」とある。岑徴君がその山に帰るのを送る歌である。「岑徴君」は、琴が姓、徴君とはかつて朝廷に徴されたが任官しなかった人に対する尊称。この岑徴君が誰かということについては、有名な詩人の琴参であろうとする説(清の王埼)と、岑参だと断定する説(久保天随)と、岑参ではあるまいと否定する説(青木正児)とにわかれている。この詩と同じ人を送った作に「送卑徴君帰鳴皐山」(琴徴君の鳴皐山に帰るを送る)という詩がある。

#3

峯崢嶸以路,挂星辰於巖

また、向こうに聳えているあの峰は、崢嶸として険しい、だからもう行くべき道もない。その巖の狭間には、小石が星辰を散じたように見える。このように鳴皋山は険阻で大変なところだというに。

22. 崢嶸 1 山や谷のけわしさ。「険は―を排するに似たり」〈東海散士・佳人之奇遇〉2 人生のけわしさ。

23. 星辰 星座。【星辰崇拝】太陽・月・星を、神秘的な力をもつものとして尊びあがめる思想。また、それに伴う儀礼。

24.  岩山。穀は、山に小さい岩が多く露出していること。

 

送君之歸兮,動鳴之新作。

それでもそこに還るという君をこうして送行して、新たに鳴皋山の歌を作ろうとしているのである。

 

交鼓吹兮彈絲,觴清泠之池閣。

そうであるから鼓吹に彈絲の音楽を合奏しながら、古くから前漢の文帝の子梁孝王や魏の阮籍が詩を作り遊んだ清泠の池閣において送別の宴を催しているのである。

25. 弾糸 弦楽器。

26. 清泠之池閣 池のほとりの楼閣。前漢の文帝の子梁孝王が築いた庭園。詩にある平臺は梁園にあり、また阮籍は梁園付近の蓬池に遊んだところであり、魏の阮籍の「詠懐詩、其の十六〔陳伯君『阮籍集校注』(中華書局)による〕」に、「蓬池(梁園付近の池)の上を徘徊し、還って大梁(開封)を望む」とあったところである。