745年 n-32 贈崔侍郎(卷九(一)六二八)

 

 

201792

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10年のBLOGの集大成

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

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745年-08 【字解集】008 A鳴皋歌送岑徵君  B對雪奉餞任城六父秩滿歸京Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8975

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-128 先生-巻八-05秋雨聯句【案:韓愈、孟郊】-#6 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9028

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806年-集15- 韓昌黎集字解集城南聯句 【字解集】【上】

806年-集16- 韓昌黎集字解集城南聯句 【字解集】【下】

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-141#4 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九#4§2-2注(1155)夔州詠物八首の塞烏蠻北 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9036

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767年-集-19 【字解集】 ・H提封 I鸚鵡 J孤雁 K鷗 L猿 M麂 N雞 O黃魚 P白小  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8998

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

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745年 n-32 贈崔侍郎(卷九(一)六二八)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9034

(侍御史崔成甫にこの詩を贈って、自分が仕官できるよう手助けをしてほしいと、懇嘱してきたものに対して、この時の感慨を述べたものである)

長剣を手にすれば、一杯の酒を傾けることになるし、男児が方寸の心を披くときには豪侠の徒となるものであり、我々はそう思ってこれまで来た。その昔、洛陽の街で、任侠の大物の劇孟に比すべき君に遭い、その家に逗留し、胸襟を開いて語り明かした。君の風骨を仰げば、山岳の秀でたるようなものであり、その交情は、江海さえ深いとは言えないほどである。その後、長安において、又相遭うて手を携えたのであるが、その再会の嬉しさは、その価値は“千金より重し”という計り知れないものである。とかくするうち、君は、輶軒の副使となって、外に出でて、予は、叨りに翰林院に待詔として大明宮におり、一朝隔絶してしまっていた。

 

745年 n-32

贈崔侍郎(卷九(一)六五一) 

全唐詩卷168_34

李白集校注(卷九(一)六五一)

李太白集巻八38

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9034

 

745年 n-32 168_22 《贈崔侍郎》(卷九(一)六二八) 

黃河二尺鯉,本在孟津居。點額不成龍,歸來伴凡魚。 

故人東海客,一見借吹噓。風濤倘相見,更欲淩昆墟。 

 

745年 n-32  168_34《贈崔侍郎》(卷九(一)六五一)   

贈崔侍郎

長劍一杯酒,男兒方寸心。洛陽因劇孟,托宿話胸襟。 

但仰山嶽秀,不知江海深。長安複攜手,再顧重千金。 

君乃輶軒佐,予叨翰墨林。

高風摧秀木,虛彈落驚禽。不取回舟興,而來命駕尋。

扶搖應借力,桃李願成陰。笑吐張儀舌,愁為莊舄吟。

誰憐明月夜,腸斷聽秋砧。 

 

卷別

李白集校注

全唐詩

李太白集

(卷九(一)六五一)

168_34

巻八38

詩題

贈崔侍御(卷九(一)六五一)

文體

五言古詩  

 

詩序

【贈崔侍郎】

     初句

長劍一杯酒,男

天寶四年   745   45

 

作地點

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)  

及地點

 

兗州(河南道 / 兗州 / 兗州

洛陽 (都畿道 河南府 洛陽別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下

長安 (京畿道 京兆府 長安別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都     

交遊人物/交遊地點

 

交遊人物/交遊地點

崔成甫    當地交遊(河南道 兗州 兗州)

 


福寿草02贈崔侍郎

(侍御史崔成甫にこの詩を贈って、自分が仕官できるよう手助けをしてほしいと、懇嘱してきたものに対して、この時の感慨を述べたものである)

長劍一杯酒,男兒方寸心。

長剣を手にすれば、一杯の酒を傾けることになるし、男児が方寸の心を披くときには豪侠の徒となるものであり、我々はそう思ってこれまで来た。

洛陽因劇孟,托宿話胸襟。 

その昔、洛陽の街で、任侠の大物の劇孟に比すべき君に遭い、その家に逗留し、胸襟を開いて語り明かした。

但仰山嶽秀,不知江海深。

君の風骨を仰げば、山岳の秀でたるようなものであり、その交情は、江海さえ深いとは言えないほどである。

長安複攜手,再顧重千金。 

その後、長安において、又相遭うて手を携えたのであるが、その再会の嬉しさは、その価値は“千金より重し”という計り知れないものである。

君乃輶軒佐,予叨翰墨林。

とかくするうち、君は、輶軒の副使となって、外に出でて、予は、叨りに翰林院に待詔として大明宮におり、一朝隔絶してしまっていた。

#2

高風摧秀木,虛彈落驚禽。

しかも、自分は、とかく当世に容れられず、秀でた木が高風に摧かれるようなもので、しばしばものに怯えた鳥が、空玉でも射落とされるのと同じようなもので、朝廷での妬み、嫉みを受け、脅迫して長安を追い出されてしまった。

不取回舟興,而來命駕尋。

予が、都を追われて興を逸し、友にも遭わず、ただちにただちに舟を還したというような風流の意味ではなく、放逐の憂き目にあったので君を思って千里の遠きにあっても駕を命じて、急いで訪ねてまいったのである。

扶搖應借力,桃李願成陰。

そもそも、大鵬であっても、扶搖の風を借りなければ翼を動かす力はなく、桃李も春の日の煕煕たるに遭って成長しなければ、陰影をなすこともできない。

だから君に、扶搖の風をもって桃李が影を為すが子とくなるための力添えを懇嘱する詩題である。

笑吐張儀舌,愁為莊舄吟。

昔、張儀はこの舌が残っておればそれだけで十分といったが、自分もまたその通りで、表面では笑いながら談笑しているが、莊舄は病気ながら故郷を思って越聲をなしたというが、予は流寓の身であるから、同じように故郷を思い愁えぬわけではない。

誰憐明月夜,腸斷聽秋砧。 

時はいま秋で、この明月の夜に、夫を思って擣つ砧の声を聴けば断腸の思いをし、その愁苦に対して誰がそれを憐れんでくれるのであろうか、願わくば予の子の不遇を憐れみ、力を貸していただきたいのである。

(崔侍御に贈る【崔侍郎に贈る】)

長劍には一杯の酒,男兒には方寸の心。

洛陽 劇孟に因り,托宿して 胸襟を話す。 

但だ山嶽の秀を仰いで,江海の深さを知らず。

長安 複た手を攜えて,再顧 千金より重し。 

君は 乃ち輶軒の佐,予は 翰墨の林を叨りにす。

#2

高風 秀木を摧き,虛彈 驚禽を落す。

回舟の興を取らず,而來 駕を命じて尋ぬ。

扶搖 應に力を借るべし,桃李 願わくば陰を成さむ。

笑って 張儀の舌を吐き,愁えて 莊舄の吟を為す。

誰か憐まん 明月の夜に,腸斷して 秋砧を聽くに。 

 

  贈崔侍御蕭本/作郎

長劍一杯酒,男兒方寸心。洛陽因劇孟,托宿話胸襟。但仰山嶽秀,不知江海深。 

長安複攜手,再顧重千金。 君乃輶軒佐,予叨翰墨林。

漢書「、劇孟者洛陽人也。周人以商賈為資劇孟以俠顯。」 

曹植詩 「一顧千金重何必珠玉賤   李充詩 願爾降玉趾一顧重千金  

風俗通 「周/秦常以八月遣 輶軒之使求異代方言還奏籍之藏於秘室

按太白作、《崔公澤畔吟詩序》 「有中佐憲車之語是崔甞以事為使副。 

故曰君乃輶軒佐作軒轅者非是

張協詩 寄辭翰墨林。 張銑註翰筆也。謂寄文辭於筆墨之林言林者謂多也。

#2

高風摧秀木,虛彈落驚禽。 不取回舟興,而來命駕尋。扶搖應借力,桃李願成陰。

笑吐張儀舌,愁為莊舄吟。誰憐明月夜,腸斷聽秋砧。

李康運命論木秀於林風必摧之

李善註 秀出也劉良註木高出於林上者故風吹而先/折也。

隋袁朗詩 危絃斷客心、虛彈落驚禽。用戰國更嬴事見四巻註回舟用

王子猷訪戴安道事見本巻註/ 嵇康與安善每一相思千里命駕莊子摶扶揺

而上者九萬里詳後上李邕詩註 桃李用苑趙簡子事與張儀舌俱見本巻註

史記 越人莊舄仕楚執珪有頃而病楚王曰舄故越之鄙人也。

今仕楚執珪富貴矣亦思越否中謝曰凡人之思故在其病也。

彼思越則越聲不思越則楚聲使人往聽之猶尚越聲也。

王粲登樓賦 莊舄顯而越吟笑吐張儀舌談笑之美愁為莊舄吟思家之切韻會砧擣/繒石也。

輶音由砧音斟

 

秋雨 06 

《贈崔侍御》現代語訳と訳註解説
(
本文)
 
贈崔侍御【贈崔侍郎】

長劍一杯酒,男兒方寸心。洛陽因劇孟,托宿話胸襟。

但仰山嶽秀,不知江海深。長安複攜手,再顧重千金。

君乃輶軒佐,予叨翰墨林。

#2

高風摧秀木,虛彈落驚禽。不取回舟興,而來命駕尋。

扶搖應借力,桃李願成陰。笑吐張儀舌,愁為莊舄吟。

誰憐明月夜,腸斷聽秋砧。

 

(下し文)
(崔侍御に贈る【崔侍郎に贈る】)

長劍には一杯の酒,男兒には方寸の心。

洛陽 劇孟に因り,托宿して 胸襟を話す。

但だ山嶽の秀を仰いで,江海の深さを知らず。

長安 複た手を攜えて,再顧 千金より重し。

君は 乃ち軒の佐,予は 翰墨の林を叨りにす。

#2

高風 秀木を摧き,彈 驚禽を落す。

回舟の興を取らず,而來 駕を命じて尋ぬ。

扶搖 應に力を借るべし,桃李 願わくば陰を成さむ。

笑って 張儀の舌を吐き,愁えて 莊の吟を為す。

誰か憐まん 明月の夜に,腸斷して 秋砧を聽くに。 

 

(現代語訳)

(侍御史崔成甫にこの詩を贈って、自分が仕官できるよう手助けをしてほしいと、懇嘱してきたものに対して、この時の感慨を述べたものである)

長剣を手にすれば、一杯の酒を傾けることになるし、男児が方寸の心を披くときには豪侠の徒となるものであり、我々はそう思ってこれまで来た。

その昔、洛陽の街で、任侠の大物の劇孟に比すべき君に遭い、その家に逗留し、胸襟を開いて語り明かした。

君の風骨を仰げば、山岳の秀でたるようなものであり、その交情は、江海さえ深いとは言えないほどである。

その後、長安において、又相遭うて手を携えたのであるが、その再会の嬉しさは、その価値は“千金より重し”という計り知れないものである。

とかくするうち、君は、輶軒の副使となって、外に出でて、予は、叨りに翰林院に待詔として大明宮におり、一朝隔絶してしまっていた。

 

しかも、自分は、とかく当世に容れられず、秀でた木が高風に摧かれるようなもので、しばしばものに怯えた鳥が、空玉でも射落とされるのと同じようなもので、朝廷での妬み、嫉みを受け、脅迫して長安を追い出されてしまった。

予が、都を追われて興を逸し、友にも遭わず、ただちにただちに舟を還したというような風流の意味ではなく、放逐の憂き目にあったので君を思って千里の遠きにあっても駕を命じて、急いで訪ねてまいったのである。

そもそも、大鵬であっても、扶搖の風を借りなければ翼を動かす力はなく、桃李も春の日の煕煕たるに遭って成長しなければ、陰影をなすこともできない。

だから君に、扶搖の風をもって桃李が影を為すが子とくなるための力添えを懇嘱する詩題である。

昔、張儀はこの舌が残っておればそれだけで十分といったが、自分もまたその通りで、表面では笑いながら談笑しているが、莊舄は病気ながら故郷を思って越聲をなしたというが、予は流寓の身であるから、同じように故郷を思い愁えぬわけではない。

時はいま秋で、この明月の夜に、夫を思って擣つ砧の声を聴けば断腸の思いをし、その愁苦に対して誰がそれを憐れんでくれるのであろうか、願わくば予の子の不遇を憐れみ、力を貸していただきたいのである。

 

(訳注)

贈崔侍御
1. (侍御史崔成甫にこの詩を贈って、自分が仕官できるよう手助けをしてほしいと、懇嘱してきたものに対して、この時の感慨を述べたものである)

2. 侍御・侍郎 李白集或作“侍御”。崔侍御

3. 崔侍御 即崔成甫,官校書郎,再尉関輔,貶湘陰。有《澤畔吟》,李白爲之序。其爲陝縣尉時,韋堅爲陝郡太守,兼水陸轉運使,潭望春楼下。成甫因得体歌爲得宝歌,韋堅命舟人歌之,成甫又廣爲十,今不傳。存詩一首。

李白の交際のあった崔氏について有名なのは、崔宗之があり、李白の詩にも、杜甫にも登場する。

飲中八仙は、中唐初めの8人の酒豪(賀知章、汝陽郡王李璡(李憲の長子)、李適之、崔宗之、蘇晋、李白、張旭、焦遂)。また彼らを謳った杜甫の詩『飲中八仙歌』の略。

「宗之瀟灑美少年,舉觴白眼望青天,皎如玉樹臨風前。」
崔宗之は垢抜けた美少年、杯を挙げては白眼で晴天を望む、輝くようなその姿は風前の玉樹のようだ。』
宗之 崔宗之。宗之は崔日用の子、斉国公に襲ぎ封ぜられる。また侍御史となったことがある。○瀟灑 さっぱりしたさま。○腸 さかずき。○白眼 魏の阮籍の故事、籍は俗人を見るときには白眼をむきだした。○ しろいさま。○玉樹 うつくしい樹。魏の夏侯玄が嘗て毛骨と並び坐ったところが、時の人はそれを「葉餞玉樹二倍ル」といったという、玄のうつくしいさまをいったもの。○臨風前 風の前に立っている。

 

長劍一杯酒,男兒方寸心。

長剣を手にすれば、一杯の酒を傾けることになるし、男児が方寸の心を披くときには豪侠の徒となるものであり、我々はそう思ってこれまで来た。

 

洛陽因劇孟,托宿話胸襟。

その昔、洛陽の街で、任侠の大物の劇孟に比すべき君に遭い、その家に逗留し、胸襟を開いて語り明かした。

8. 劇孟 漢の洛陽の侠者。ここでは、劇孟のごとき大親分。漢書、「劇孟たる者は、洛陽の人なり。周人、商賈を以て資と為し。劇孟は俠を以て顯わる。」とある。

 

但仰山嶽秀,不知江海深。

君の風骨を仰げば、山岳の秀でたるようなものであり、その交情は、江海さえ深いとは言えないほどである。

 

長安複攜手,再顧重千金。

その後、長安において、又相遭うて手を携えたのであるが、その再会の嬉しさは、その価値は“千金より重し”という計り知れないものである。

9. 重千金 千金:1大金,千金,非常に価値があるもの.⇒一千金 yī nuò qiān jīn .用例千金难买((成語))=幾ら大金を積んでも買えない,その価値は計り知れない.曹植《失題(有美一人)》詩「一顧千金重,何必珠玉錢?」とある。

 

君乃輶軒佐,予叨翰墨林。

とかくするうち、君は、輶軒の副使となって、外に出でて、予は、叨りに翰林院に待詔として大明宮におり、一朝隔絶してしまっていた。

10. 輶軒 《風俗通》に「周/秦、常にの八月を以て輶軒の使を遣し、異代の方言を求め、還り奏して之を籍として秘室に藏す。」とある。按ずるに、太白は、《崔公澤畔吟詩序》作り、中佐憲車の語有るをみれば、是れ崔、甞て事を以て使副と為す。故に曰う、君、乃ち、輶軒の佐は軒轅を作る者は是に非らず。と解している。

11. 叨 ① だらしなくする。② 混同する。

12. 翰墨 叨に翰林院に待詔として長安大明宮に勤めていたことを言う。翰墨  筆と墨。  書画・詩文を書くこと。また,詩文や書画。  文芸に関すること。文事。張協詩「寄辭翰墨林。」とあり、張銑の註に「翰筆也。文辭に寄せるを謂い、筆墨の林とは、林とう言うは多く謂うなり。

 

#2

高風摧秀木,虛彈落驚禽。

しかも、自分は、とかく当世に容れられず、秀でた木が高風に摧かれるようなもので、しばしばものに怯えた鳥が、空玉でも射落とされるのと同じようなもので、朝廷での妬み、嫉みを受け、脅迫して長安を追い出されてしまった。

13. 高風摧秀木 李康の《運命論》に「木、林に於て秀ずれば風、必ず之を摧く。」とあるに基づく。李善註に「秀は出づ也。」とあり、劉良註に「木、高ければ林上に出でる者は故に風吹いて先折する也。」とある。

14. 虛彈落驚禽 怯えた鳥が、空玉でも射落とされる。隋、袁朗の詩に「危絃斷客心、虛彈落驚禽。」とあり、「戰國に用い、更に事に嬴す。」とある。

 

不取回舟興,而來命駕尋。

予が、都を追われて興を逸し、友にも遭わず、ただちにただちに舟を還したというような風流の意味ではなく、放逐の憂き目にあったので君を思って千里の遠きにあっても駕を命じて、急いで訪ねてまいったのである。

15. 回舟 《世新語‧任誕》(回舟興王子猷が山陰に居,夜大雪があり, 忽憶して剡溪に戴安道在り, 即ち小船に乘じて之を訪う。門口に到って進みて返す。 人其故を問う, 王曰く: “吾本と興に乘じて行く, 興盡して返し, 何ぞ必ず戴を見る。”

16. 命駕 世に「嵇康、安と善し、一每び相い思う 千里、駕を命ず。」とあるに基づく。

 

扶搖應借力,桃李願成陰。

そもそも、大鵬であっても、扶搖の風を借りなければ翼を動かす力はなく、桃李も春の日の煕煕たるに遭って成長しなければ、陰影をなすこともできない。だから君に、扶搖の風をもって桃李が影を為すが子とくなるための力添えを懇嘱する詩題である。

17. 扶搖 莊子摶「扶揺して上ること九萬里」とある。

18. 桃李 『史記・李将軍列伝』にある「桃李不言 下自成蹊」【桃李(とうり)もの言わざれども、下おのずから蹊(こみち)を成す】

 

笑吐張儀舌,愁為莊舄吟。

昔、張儀はこの舌が残っておればそれだけで十分といったが、自分もまたその通りで、表面では笑いながら談笑しているが、莊舄は病気ながら故郷を思って越聲をなしたというが、予は流寓の身であるから、同じように故郷を思い愁えぬわけではない。

19. 張儀舌 【史記張儀列伝第十】後記

20. 莊舄吟 史記に「越人莊舄、楚に仕えて執珪たり、頃有りて病む。楚王曰く舄は故越の鄙人なり。今、楚に仕えて、執珪富貴、亦た、越を思うや否や。中謝曰く凡そ人の故を思う、其の病に在るなり。彼、越を思うて則ち、越聲、越を思わざれば則ち楚聲、人を使し、往いて之を聽く。猶お越聲を尚ぶなり。」王粲、登樓賦に「莊舄は顯して越吟す。笑うて吐き、張儀の舌談笑をす、之美愁莊舄吟を為す。

 

誰憐明月夜,腸斷聽秋砧。

時はいま秋で、この明月の夜に、夫を思って擣つ砧の声を聴けば断腸の思いをし、その愁苦に対して誰がそれを憐れんでくれるのであろうか、願わくば予の子の不遇を憐れみ、力を貸していただきたいのである。

秋砧 冬支度で、布をやわらかくするために砧で布をうつおとをいう。『搗衣(擣衣)』 杜甫700295首目、杜甫ブログ415回目》 出征している夫の妻が衣をうつことをのべる。その妻のこころを代ってのべたさまである。秋の風物詩である。 擣衣亦知戍不返,秋至拭清砧

搗衣(擣衣)杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1352 杜甫詩

 

 

思家之切韻會砧擣/繒石也。

 

19.  【史記張儀列伝第十】【十八史略】

魏人有張儀者。

与蘇秦同師。

嘗遊楚、為楚相所辱。

妻慍有語。

儀曰、

「視吾舌、尚在否。」

蘇秦約従時、激儀使入秦。

儀曰、

「蘇君之時、儀何敢言。」

蘇秦去趙而従解。

儀専為横、連六国以事秦。

魏人に張儀といふ者有り。

蘇秦と師を同じくす。

嘗て楚に遊び、楚相の辱しむる所と為る。

妻慍りて語有り。

儀曰はく、

「吾が舌を視よ、尚ほ在りや否や。」と。

蘇秦従を約せし時、儀を激して秦に入らしむ。

儀曰はく、

「蘇君の時、儀何ぞ敢へて言はん。」と。

蘇秦趙を去りて従解けぬ。

儀専ら横を為し、六国を連ねて以て秦に事へしむ。

魏の国に、張儀という者がいた。

蘇秦と同じ鬼谷先生に師事した。

かつて、楚に遊説した際、楚の宰相に恥をかかされた。

妻は怒って愚痴った。

張儀はこう言った、

「私の舌を見ろ、まだちゃんと在るか。」

蘇秦が南北六国の同盟を結んだとき、彼は張儀を怒らせて秦に行くよう仕向けた。

 張儀はこう言った、

「蘇君が健在なうちは、彼の策に反するような発言は決してしない。」

蘇秦が趙を去って、南北六国の同盟は崩れた。

張儀は専ら連衡を推進し、南北六国をあわせて秦に仕えさせた。