745年 n-56-#1 留別王司馬嵩(卷十五(一)九○九)

 

20171013

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-141#28 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九#28§9.-3注(1155) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9239

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767年-集-19 【字解集】 ・H提封 I鸚鵡 J孤雁 K鷗 L猿 M麂 N雞 O黃魚 P白小  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8998

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

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杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

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杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

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杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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745年 n-56-#1 留別王司馬嵩(卷十五(一)九○九)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9251

(李白が長安を去るにあたって、王嵩に留別したもの。)

魯仲連は談笑を売り物にして、秦から趙を救い名声を博し、平原君から領地をあたえられるというのを辞退し、笑って千金を顧みる事は無かった。

陶朱公は、はじめ、范蠡と称して、越王句踐のもとに宰相であったが、本来、五湖に泛ぶ心あって、やがて謁を去ってしまった。達人というもの功を為しても、富貴に眷恋するものではない。

自分は、南陽躬耕の人であった諸葛孔明を学び、龍畝の間にあって梁甫吟を為している。

 

 745-019-#1 -#1

留別王司馬嵩(卷十五(一)九九) -#1

全唐詩巻174-07#1

李白集校注(卷十五(一)九#1

李太白集巻一四07#1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9251

 


14-07 詩文(含異文) 

魯連賣談笑,豈是顧千金。陶朱雖相越,本有五湖心。

余亦南陽子,時為梁甫吟。蒼山容偃蹇,白日惜侵。

願一佐明主,功成還舊林。西來何所為,孤劍託知音。

鳥愛碧山遠,魚遊滄海深【魚遊江海深】。呼鷹過上蔡,賣畚向嵩岑。

他日閒相訪,丘中有素琴。

 

留別王司馬嵩 #1

魯連賣談笑,豈是顧千金。

陶朱雖相越,本有五湖心。

余亦南陽子,時為梁甫吟。

#2

蒼山容偃蹇,白日惜侵。

願一佐明主,功成還舊林。

西來何所為,孤劍託知音。

#3

鳥愛碧山遠,魚遊滄海深。

呼鷹過上蔡,賣畚向嵩岑。

他日閒相訪,丘中有素琴。

 河南道 兗州 瑕丘 徂徠山 00

卷別

李白集校注

全唐詩

李太白集

馬嵩(卷十五(一)九

巻174-07

巻一四07

詩題

留別王司馬嵩(卷十五(一)九○九)

文體

五言古詩  

 

詩序

     初句

魯連賣談笑,豈

天寶四年  745  45

 

作地點

坊州(關道 / 坊州 / 坊州)

及地點

上蔡 (河南道 豫州 上蔡)

 

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高

交遊人物/交遊地點

 

交遊人物/交遊地點

 

交遊人物/交遊地點

王嵩

當地交遊(關道 坊州 坊州)

 

《巻十五-07 留別王司馬嵩 -#1》

留別王司馬嵩 -#1

(李白が長安を去るにあたって、王嵩に留別したもの。)

魯連賣談笑,豈是顧千金。

魯仲連は談笑を売り物にして、秦から趙を救い名声を博し、平原君から領地をあたえられるというのを辞退し、千金を顧みる事は無かった。
陶朱雖相越,本有五湖心。

陶朱公は、はじめ、范蠡と称して、越王句踐のもとに宰相であったが、本来、五湖に泛ぶ心あって、やがて謁を去ってしまった。達人というもの功を為しても、富貴に眷恋するものではない。

余亦南陽子,時為梁甫吟。

自分は、南陽躬耕の人であった諸葛孔明を学び、龍畝の間にあって梁甫吟を為している。

 

(王司馬嵩に留別す)

魯連は談笑を賣り,豈に是れ千金を顧。みんや

陶朱は越に相たりと雖も,本と五湖の心有り。

余も亦た南陽の子,時に梁甫吟を為す。

#2

蒼山 偃蹇を容れ,白日 侵を惜む。

願わくば一たび明主を佐【たす】け,功 成って舊林に還らん。

西來 何の為す所,孤劍 知音に託す。

#3

鳥は碧山の遠きを愛し,魚は滄海の深きに遊ぶ。

鷹を呼んで上蔡を過ぎ,畚【ふご】を賣って嵩岑に向う。

他日 閒に相い訪わば,丘中に素琴有り。

 

  留王司馬嵩

  按唐書 百官志王府官屬及都督、都刺史之佐職、皆有司馬。」

  四品正五品從五品正六品従六品之不同。不知嵩為何官

魯連賣談笑,豈是顧千金。陶朱雖相越,本有五湖心。

余亦南陽子,時為梁甫吟。蒼山容偃蹇,白日惜侵。

願一佐明主,功成還舊林。西來何所為,孤劍託知音。

鳥愛碧山遠,一作鳳集/碧梧秀滄海深。呼鷹過上蔡,賣畚向嵩岑。

他日閒相訪,丘中有素琴。魯連談笑而却秦軍平原君/以千金為魯連辭而去

蠡乗扁舟以於五湖止於陶為陶朱公諸葛亮躬耕/南陽好為梁父吟俱見前註左傳彼皆偃蹇杜預註偃

蹇驕傲也郭璞客傲莊周偃蹇於漆園李斯臂蒼鷹出/上蔡東門詳見三巻行路難註十六國春秋王猛少貧

賤以鬻畚為業甞貨畚於洛陽有一人貴買其畚而云/無直自言家去此無可隨我取直猛利其貴而從

行不覺遠忽至深山其人止猛且住樹下當先道君/來須猛進見一老公踞胡牀而坐鬚髮悉白侍從

許人有一人引猛曰大司馬可進猛因進拜老公曰王/公何縁拜也乃十倍償畚直遣人送之既出顧視乃嵩

髙山也春秋經傳集解畚以草索為之筥屬陸雲登遐/頌北食中岳形嵩岑左思詩巖穴無結構丘中有

琴本畚/

 

 李白の足跡0000

 

 

《留王司馬嵩》現代語訳と訳註解説
(本文)
 
留別王司馬嵩 #1

魯連賣談笑,豈是顧千金。

陶朱雖相越,本有五湖心。

余亦南陽子,時為梁甫吟。

 

(下し文)
(王司馬嵩に留別す)

魯連は談笑を賣り,豈に是れ千金を顧。みんや

陶朱は越に相たりと雖も,本と五湖の心有り。

余も亦た南陽の子,時に梁甫吟を為す。

 

 

(現代語訳)

(李白が長安を去るにあたって、王嵩に留別したもの。)

魯仲連は談笑を売り物にして、秦から趙を救い名声を博し、平原君から領地をあたえられるというのを辞退し、笑って千金を顧みる事は無かった。

陶朱公は、はじめ、范蠡と称して、越王句踐のもとに宰相であったが、本来、五湖に泛ぶ心あって、やがて謁を去ってしまった。達人というもの功を為しても、富貴に眷恋するものではない。

自分は、南陽躬耕の人であった諸葛孔明を学び、龍畝の間にあって梁甫吟を為している。

 

(訳注) 
留別王司馬嵩 -#1

1. (李白が長安を去るにあたって、王嵩に留別したもの。)

2. 王司馬嵩 王嵩が司馬というだけで、何の司馬かわかっていない。漢の時代には軍事を統括する名誉役職名でもあった。時代によっては太尉とも。((大)司馬、御史大夫、丞相もしくは太尉、司空、司徒をもって三公と称する。

 

魯連賣談笑,豈是顧千金。

魯仲連は談笑を売り物にして、秦から趙を救い名声を博し、平原君から領地をあたえられるというのを辞退し、笑って千金を顧みる事は無かった。

3. 魯連賣談笑 魯仲連は、趙の邯鄲(いまの河北省にある)を包囲した。魯仲連は、談笑して秦に降伏することに断乎反対して、題の平原君を助け秦軍をしりぞけた。

魯仲連(約西元前305年~西元前245年)戦国時代の斉の雄弁家。高節を守って誰にも仕えず、諸国を遊歴した。生没年未詳。魯連。・延州 季札(きさつ、生没年不詳)は、中国春秋時代の呉で活躍した政治家。姓は姫。呉の初代王寿夢の少子。清廉賢哲を以って知られ、延陵の季子として知られる。

戦国時代の斉の雄弁家。高節を守って誰にも仕えず、諸国を遊歴した。生没年未詳。魯連。秦が趙を囲んだ時、魏の使いが秦の昭王を尊んで帝と称するように趙に説いた。仲連時に趙にいて、使いを責めて帰し、秦軍をして恐れて十五里退かせた。田単が斉の王に申し上げて爵を賜わろうとしたが、仲連は海辺の地に逃がれた。戦国時代の斉の国の人で、義侠の士として有名である。伝記は「史記」の列伝に見える。つね日ごろ、人とはちがった大志を抱き、仕官せず職にもつかなかった。たまたま趙の国に遊んでいた時、紀元前二四七年、秦の軍隊が趙の邯鄲(いまの河北省にある)を包囲した。魯仲連は、秦に降伏することに断乎反対して、題の平原君を助けた。同時に、魏の国の王子信陵君もまた、兵を率いて秦を攻撃したので、秦は退却し、趙は救われた。郡部の包囲が解かれたのち、平原君は魯仲連に領地を与えようとした。魯仲連は辞退した。平原君はそこで千金をおくろうとした。魯仲連は笑って言った。「天下に貴ばれる士たる者は、人のために患を排し、難をとき、紛乱を解して、しかも何も受取らないものです。もしも報酬を受取るなら、それは商人です。」何も受け取らないで立去り、生涯ふたたび現われなかった。李白『古風五十九首 其十』

孟浩然《述祖徳詩 二首 其一》#1

達人貴自我、高情蜀天雲。

兼抱済物性、而不纓垢氛。

段生藩魏國、展季救魯人。

弦高犒晉師、仲連却秦軍。

臨組乍不緤、對珪寧肯分。

孟浩然・王維・李白に影響を与えた山水詩人、謝霊運<8> 述祖徳詩 二首(2)其一 詩集 365

 

陶朱雖相越,本有五湖心。

陶朱公は、はじめ、范蠡と称して、越王句踐のもとに宰相であったが、本来、五湖に泛ぶ心あって、やがて謁を去ってしまった。達人というもの功を為しても、富貴に眷恋するものではない。

4. 陶朱 越玉句践を助げて呉を滅した(前473年)。後范蟸は五湖(太湖)に浮かんで越を去り野に隠れ、名を鴟夷子皮と変えて産を成し、自ら陶の朱公と号した。

 

余亦南陽子,時為梁甫吟。

自分は、南陽躬耕の人であった諸葛孔明を学び、龍畝の間にあって梁甫吟を為している。

5. 南陽子 南陽躬耕の人であった諸葛孔明。

6. 梁甫吟 梁甫吟 #4 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -298

梁甫吟 諸葛亮 漢詩<96>Ⅱ李白に影響を与えた詩819 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2643