746-024卷一七六 魯郡堯祠送竇明府薄華還西京-#4(卷十六(二)九八五)

 

 

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魯郡堯祠送竇明府薄華還西京-#4

#24§6-3元和聖德詩

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Ⅰ李白詩

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746-024卷一七六 魯郡堯祠送竇明府薄華還西京-#4(卷十六(二)九八五)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集Blog9848

百丈の深さの淵は、洞海の海の底にも通じるのかと怪しまれ、そこには、どういうわけか、蛟龍が潜んで、蟠っているかもしれない。

晉の侍中石崇が豪奢をほしいままにしたという、その邸宅のあたりには、綠珠潭という淵潭があり、その流れは東海にすすぐ流れであったが、その南に、あった綠珠樓に寵愛する綠珠が禍のもとになり、そこには紅粉の装いもいつしか消え、沈光彩は水の底深く沈んでしまった。

その名と同じ綠珠樓が有り、楼の下には、花がいっぱいに咲き乱れ、園中をいっぱいにあふれたものであるが、それも今日では、その絵で一本さえも残っていない。

 

746-024 

魯郡堯祠送竇明府薄華還西京

(卷十六(二)九八五) -#2

全唐詩 176-16

李白集校注卷十六(二)九八五

李太白集巻十六16

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9834

 

魯中送二從弟赴舉之西京

〈一作「送族弟鍠」〉

魯客向西笑,君門若夢中。霜凋逐臣髮,日憶明光宮。

復羨二龍去,才華冠世雄。平衢騁高足,逸翰凌長風。

舞袖拂秋月,歌筵聞蚤鴻。送君日千里,良會何由同。

 

卷一八二 魯中都東樓醉起作(卷二三(二)一三二九)         昨日東樓醉,還應     五言絶句

182-04 魯中都東樓醉起作

魯中都東樓醉起作

昨日東樓醉,還應倒接

阿誰扶上馬,不省下樓時。

 

卷一八三 魯東門觀刈蒲(卷二四(二)一四一七)         魯國寒事早,初霜   古詩十句

183-20 魯東門觀刈蒲 

魯國寒事早,初霜刈渚蒲。揮鐮若轉月,拂水生連珠。此草最可珍,何必貴龍鬚。

織作玉牀席,欣承清夜羅衣能再拂,不畏素塵蕪。             

 

卷一七五 魯郡堯祠送五之琅琊(卷十六(二)九八五)  堯沒三千,青松   五言律詩

                175-015

堯沒三千,青松古廟存。送行奠桂酒,拜舞清心魂。

日色促歸人,連歌倒芳樽。馬嘶俱醉起,分手更何言。

 

卷一七六-04 魯郡堯祠送張十四遊西北(卷十七(二)一○○一)猛虎伏尺草 古詩十句

魯郡堯祠送張十四遊西北

猛虎伏尺草,雖藏難蔽身。

有如張公子,骯髒在風塵。

豈無橫腰劒,屈彼淮陰人。

擊筑向北燕,燕歌易水濱。

歸來泰山上,當與爾爲鄰。

 

卷一七六 魯郡堯祠送竇明府薄華還西京(卷十六(二)九八五)朝策犁眉騧     雑言古詩8分割

               175-16

朝策犂眉騧,舉鞭力不堪。

扶愁疾向何處,角巾微服堯祠南。

長楊掃地不見日,石門噴作金沙潭。

#2

笑誇故人指境,山光水色青於藍。

廟中往往來擊鼓,堯本無心爾何苦。

門前長跪雙石人,有女如花日歌舞。

#3

銀鞍繡轂往復迴,簸林蹶石鳴風雷。

遠煙空翠時明滅,白鷗歷亂長飛雪。

紅泥亭子赤闌干,碧流環轉青錦湍。

#4

深沈百丈洞海底,那知不有蛟龍蟠。

君不見綠珠潭水流東海,綠珠紅粉沈光彩。

綠珠樓下花滿園,今日曾無一枝在。

#5

昨夜秋聲閶闔來,洞庭木落騷人哀。

遂將三五少年輩,登高遠望形神開。

生前一笑輕九鼎,魏武何悲銅雀臺。

#6

我歌白雲倚牕牖,爾聞其聲但揮手。

長風吹月度海來,遙勸仙人一杯酒。

酒中樂酣宵向分,舉觴酹堯堯可聞。

#7

何不令繇擁篲橫八極,直上青天揮浮雲。

高陽小飲真瑣瑣,山公酩酊何如我。

竹林七子去道,蘭亭雄筆安足誇。

#8

堯祠笑殺五湖水,至今顦悴空荷花。

爾向西秦我東越,暫向瀛洲訪金闕。

藍田太白若可期,爲余掃灑石上月。


 

卷一七九 攜妓登梁王棲霞山孟氏桃園中(卷二十(二)一一六一)碧草已滿地   雑言古詩2分割

碧草已滿地,柳與梅爭春。  179-08

謝公自有東山妓,金屏笑坐如花人。

今日非昨日,明日還復來。

白髮對綠酒,強歌心已摧。

君不見梁王池上月,昔照梁王樽酒中。

梁王已去明月在,黃鸝愁醉啼春風。

分明感激眼前事,莫惜醉臥桃園東。

 

卷一七一 贈從弟冽(卷十二(一)七九九)      楚人不識鳳,重價            五言古詩 4分割

贈從弟冽                   巻171-012

楚人不識鳳,重價求山雞。             

獻主昔云是,今來方覺迷。             

自居漆園北,久別咸陽西。             

風飄落日去,節變流鶯啼。             

桃李寒未開,幽關豈來蹊。             

逢君發花萼,若與青雲齊。             

及此桑葉綠,春蠶起中閨。             

日出布穀鳴,田家擁鋤犁。             

顧余乏尺土,東作誰相攜。             

降霖雨,公輸造雲梯。             

羌戎事未息,君子悲塗泥。             

報國有長策,成功羞執珪。             

無由謁明主,杖策還蓬藜。             

他年爾相訪,知我在磻溪。             

 

卷別

李白集校注

全唐詩

李太白集

卷十六(二)九八五

卷一七六-16

十五16

詩題

魯郡堯祠送竇明府薄華還西京

文體

雜言古詩

 

詩序

0

     初句

朝策犂眉騧

天寶四年  746  46

作地點

東魯・魯郡(河南道 / 兗州 / 魯郡) 堯祠

及地點

河北道、各地にて游

 

 

 

交遊人物/交遊地點

交遊人物/交遊地點

縣令竇明府  (東魯・魯郡(河南道 / 兗州 / 魯郡)

 

魯郡堯祠送竇明府薄華還西京

(魯郡の堯祠において送別の宴が開かれ、竇華明府が西京、長安に帰るを送った際の詩である。)

朝策犂眉騧,舉鞭力不堪。

あしたに、いにしえの駿馬の名「犂眉騧」にも比すべき名馬に乗り、鞭うって千里のたびに向かおうと思うが、病気のため臥せていたので、鞭を挙げる力さえないから、馬を走らせることができない。

扶愁疾向何處,角巾微服堯祠南。

ここで、無理強いして、つまり、疾病を助けてどこへ行くかといえば、角巾を戴き、ことさらに微服をきて、堯祠の南に向かうのは、竇明府の餞宴場所に急いで行くためである。

長楊掃地不見日,石門噴作金沙潭。

しだれ柳の枝条が土手を掃くほどに垂れて、日の光さえ届かないほどである、石門から流れる水は、噴き出て、そこに日がさして、金沙潭となって輝いている。

(魯郡の堯祠に竇明府薄華の西京に還えるを送る)

朝に 犂眉の騧に策ち,鞭を舉げて 力 堪えず。

いて 愁疾を扶け 何れの處に向わん,角巾 微服 堯祠の南。

長楊 地を掃うて 日を見ず,石門 噴いて作る 金沙の潭。

 

#2

笑誇故人指境,山光水色青於藍。

そこで、絶叫を指して故人に向かい、この景色は誇るべきものと高笑いし、山光水色、相い映じて「藍よりも靑し」と見えるのである。

廟中往往來擊鼓,堯本無心爾何苦。

堯祠の廟中においては行ったり来たり多くの参詣者が来ては、鼓をたたく、元来、堯は無心であるのに、参詣者は、何を苦しんでそんな真似をどうしてするのであろうか。

門前長跪雙石人,有女如花日歌舞。

その廟まえには、二つの石人が長跪しているし、そこら辺りには、花のような女が集められて、毎日、歌舞を演じ、雅楽を奏じ、賑やかなのである。

#2

笑って誇る 故人の境をし,山光 水色 藍よりも青し。

廟中 往往 來たって鼓を擊つ,堯 本もと 無心 爾 何ぞ苦む。

門前 長跪す 石人雙り,女有り 如花のく 日に歌舞す。

#3

銀鞍繡轂往復迴,簸林蹶石鳴風雷。

その中の貴人公子の人たちは、銀鞍にまたがり、繡轂を轉じて、しきりに往来し、そして、その車馬は林を簸い、石につまずくような勢いで、遙かに聞こえてくる風雷の鳴る音のようである。

遠煙空翠時明滅,白鷗歷亂長飛雪。

眺めれば、遠くにたなびく煙か、雲か、空翠の色は、時には明滅している、白鷗が飛び起ってゆくのはまるで、雪が横殴りに飛ぶように見える。

紅泥亭子赤闌干,碧流環轉青錦湍。

それから、廟には丹塗りの亭子は、赤い欄干をめぐらして、その下には、碧流がぐるぐると環轉し、少し流れて、早瀬には青錦を晒し流すようである。

#3

銀鞍 繡轂 往き復た迴えり,林を簸い 石に蹶いて 風雷を鳴らす。

遠くの煙 翠くする空 時に明滅し,白鷗は 歷亂し 長く雪を飛ばす。

紅泥の亭子には 赤い闌干あり,碧流は 環轉し 青錦湍。

#4

深沈百丈洞海底,那知不有蛟龍蟠。

百丈の深さの淵は、洞海の海の底にも通じるのかと怪しまれ、そこには、どういうわけか、蛟龍が潜んで、蟠っているかもしれない。

君不見綠珠潭水流東海,綠珠紅粉沈光彩。

晉の侍中石崇が豪奢をほしいままにしたという、その邸宅のあたりには、綠珠潭という淵潭があり、その流れは東海にすすぐ流れであったが、その南に、あった綠珠樓に寵愛する綠珠が禍のもとになり、そこには紅粉の装いもいつしか消え、沈光彩は水の底深く沈んでしまった。

綠珠樓下花滿園,今日曾無一枝在。

その名と同じ綠珠樓が有り、楼の下には、花がいっぱいに咲き乱れ、園中をいっぱいにあふれたものであるが、それも今日では、その絵で一本さえも残っていない。

#4

深沈 百丈 洞海の底,那ぞ知らん 蛟龍の蟠るを有らざるを。

君見ずや 綠珠 潭水 東海に流れ,綠珠の紅粉 光彩を沈む。

綠珠 樓下に 花は滿園につ,今日 曾て 一枝在るも無し。

#5

昨夜秋聲閶闔來,洞庭木落騷人哀。

遂將三五少年輩,登高遠望形神開。

生前一笑輕九鼎,魏武何悲銅雀臺。

#6

我歌白雲倚牕牖,爾聞其聲但揮手。

長風吹月度海來,遙勸仙人一杯酒。

酒中樂酣宵向分,舉觴酹堯堯可聞。

#7

何不令繇擁篲橫八極,直上青天揮浮雲。

高陽小飲真瑣瑣,山公酩酊何如我。

竹林七子去道,蘭亭雄筆安足誇。

#8

堯祠笑殺五湖水,至今顦悴空荷花。

爾向西秦我東越,暫向瀛洲訪金闕。

藍田太白若可期,爲余掃灑石上月。

 

 

 

《魯郡堯祠送竇明府薄華還西京》現代語訳と訳註解説

(本文)

#4

深沈百丈洞海底,那知不有蛟龍蟠。

君不見綠珠潭水流東海,綠珠紅粉沈光彩。

綠珠樓下花滿園,今日曾無一枝在。

 

(下し文)

#4

深沈 百丈 洞海の底,那ぞ知らん 蛟龍の蟠るを有らざるを。

君見ずや 綠珠 潭水 東海に流れ,綠珠の紅粉 光彩を沈む。

綠珠 樓下に 花は滿園につ,今日 曾て 一枝在るも無し。

 

(現代語訳)

百丈の深さの淵は、洞海の海の底にも通じるのかと怪しまれ、そこには、どういうわけか、蛟龍が潜んで、蟠っているかもしれない。

晉の侍中石崇が豪奢をほしいままにしたという、その邸宅のあたりには、綠珠潭という淵潭があり、その流れは東海にすすぐ流れであったが、その南に、あった綠珠樓に寵愛する綠珠が禍のもとになり、そこには紅粉の装いもいつしか消え、沈光彩は水の底深く沈んでしまった。

その名と同じ綠珠樓が有り、楼の下には、花がいっぱいに咲き乱れ、園中をいっぱいにあふれたものであるが、それも今日では、その絵で一本さえも残っていない。

 

 

(訳注)

魯郡堯祠送竇明府薄華還西京

1.  (魯郡の堯祠において送別の宴が開かれ、竇華明府が西京、長安に帰るを送った際の詩である。)

 

#4

深沈百丈洞海底,那知不有蛟龍蟠。

百丈の深さの淵は、洞海の海の底にも通じるのかと怪しまれ、そこには、どういうわけか、蛟龍が潜んで、蟠っているかもしれない。

百丈 1丈は10尺であるから、1000尺、1尺は0.33mであるから、330mの水深。

洞海 洞庭湖のような大きな湖、淵の深いところで、洞穴などつながっていることを言う。

蛟龍 蛟は、中国の竜の一種、あるいは、姿が変態する竜種の幼生(成長の過程の幼齢期・未成期)だとされる。 日本では、「漢籍や、漢学に由来する蛟〔コウ〕・蛟竜〔コウリュウ〕については、「みずち」の訓が当てられる。しかし、中国の別種の竜である虬竜〔キュウリュウ〕(旧字:虯竜)や螭竜〔チリュウ〕もまた「みずち」と訓じられるので、混同も生じる。

 輪状に曲がって巻いている。とぐろを巻く。入り組んで複雑に絡み合っている。心に不平・不満・不安などがあって晴れ晴れしない。

 

君不見綠珠潭水流東海,綠珠紅粉沈光彩。

晉の侍中石崇が豪奢をほしいままにしたという、その邸宅のあたりには、綠珠潭という淵潭があり、その流れは東海にすすぐ流れであったが、その南に、あった綠珠樓に寵愛する綠珠が禍のもとになり、そこには紅粉の装いもいつしか消え、沈光彩は水の底深く沈んでしまった。

8. 綠珠潭水 洛陽伽藍記に「昭儀寺有池。京師學徒謂之翟泉也。後隱士趙逸云。此地是晉侍中石崇家池。池南有綠珠樓。於是學徒始寤經過者。想見綠珠之容也。」(昭儀寺に池有り。京師の學徒、之を翟泉と謂うなり。後に隱士 趙逸云う。此の地、是れ晉の侍中石崇の家の池なり。池南に綠珠樓有る。と。是に於て 學徒、始めて經過する者を寤る。綠珠の容を想見するなり。)

とある。

綠珠 石崇の愛した妓女。石崇とは(249300)西晋の官僚。字は季倫。父の石苞は渤海南皮(河北省南皮県)出身の小吏から昇進し魏晋革命に功績を尽くして大官に至った。石崇も才能に富み,父の恩蔭も加わって出世街道を歩んだ。外戚賈謐(かひつ)と結託して,その〈二十四友〉の一人となったが,士人としては徳行に欠け,王愷(おうがい)と奢侈を競った話は有名である。趙王倫らが賈謐を殺すと,倫の権臣孫秀が石崇の愛妾緑珠を求めたが,石崇はこれを拒んで殺された。没収された財産のなかには奴隷800余人,水碓(すいたい)30余所が含まれていたという。

 

綠珠樓下花滿園,今日曾無一枝在。

その名と同じ綠珠樓が有り、楼の下には、花がいっぱいに咲き乱れ、園中をいっぱいにあふれたものであるが、それも今日では、その絵で一本さえも残っていない。