748-8《敘舊贈江陽宰陸調(卷十(一)六八四)-#4

 

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敘舊贈江陽宰陸調

釋言§4-4〔#10

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

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杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

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杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

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748-8《敘舊贈江陽宰陸調(卷十(一)六八四)-#4》漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog 10338

この間、君は、江陽の縣令になり、その手腕を奮って至治を布き、まさに荊棘に比されるような小人どもを剪定して切りそろえ、とりのぞく、そして、芝蘭に喩えられるべき、君子輩を取り立てて、この縣地域一帯を善く治められたのである。

城門の内側は嚴肅莊重であり、締まりが付き、縣令の威は、五月の暑い時分にも秋霜を飛ばさんばかりで、まことに立派に治めている。

しかし、厳しいばかりではなく、たとえば、好鳥が珍木にとまり集ってくるように、幾多の高才の士が君を慕って集まり来って、まことに華堂は賑やかになったのである。

 

 

 

 

李白 訳注解説 748遊揚州江陽縣廬江一帶

 

 

748年天寶七年  戊子 玄宗

高力士為驃騎大將軍。 賜祿山鐵券。 楊釗判度支事。

貴妃姊三人皆封國夫人。哥舒翰築神威軍應龍城。吐蕃不敢近青海。

李白四十八。遊揚州江陽縣廬江一帶。

 

748-01   

  口號王美人半醉(卷二五(二)一四八五0分割

  風動荷花水殿香,姑蘇臺上見王。

西施醉舞嬌無力,笑倚東窗白玉床。

 

748-02

  王送杜秀芝舉入京(卷十八(二)一○六四)0分割

秀才何翩翩!王許回也賢。

暫別廬江守,將遊京兆天。

秋山宜落日,秀木出寒煙。

欲折一枝桂,還來雁沼前。

 

748-03

  送楊燕之東魯(卷十七(二)一○三七) ③分割

關西楊伯起,漢日舊稱賢。四代三公族,清風播人天。

夫子華陰居,開門對玉蓮。

#2

何事歷衡霍,雲帆今始還。君坐稍解顏,為我歌此篇。

我固侯門士,謬登聖主筵。

#3

一辭金華殿,蹭蹬長江邊。二子魯門東,別來已經年。

因君此中去,不覺淚如泉。

 

748-04

  寄上王三首其一(卷十四(一)八九二)0分割

淮王愛八公,攜手綠雲中。

小子忝枝葉,亦攀丹桂叢。

謬以詞賦重,而將枚馬同。

何日背淮水?東之觀土風。

 

748-05

  寄上王三首其二(卷十四(一)八九三)

坐嘯廬江靜,閑聞進玉觴。

去時無一物,東壁挂胡床。

 

748-06

  寄上王三首其三(卷十四(一)八九四)0分割

英明廬江守,聲譽廣平籍。

灑掃黃金臺,招邀青雲客。

客曾與天通,出入清禁中。

襄王憐宋玉,願入蘭臺宮。

 

748-07

  廬江主人婦(卷二二(二)一三○六)0分割

孔雀東飛何處棲?廬江小吏仲卿妻。

為客裁縫君自見,城烏獨宿夜空啼。

 

748-08

  敘舊贈江陽宰陸調(卷十(一)六八四)(從郁賢皓《謫仙詩豪李白》

#1

太伯讓天下,仲雍揚波濤。清風蕩萬古,跡與星辰高。

食東溟,陸氏世英髦

#2

多君秉古節,岳立冠人曹。風流少年時,京洛事遊遨。

腰間延陵劍,玉帶明珠袍。我昔鬥雞徒,連延五陵豪。

#3

邀遮相組織,呵嚇來煎熬。君開萬叢人,鞍馬皆辟易。

告急清憲臺,余北門厄。

#4

間宰江陽邑,剪棘樹蘭芳。城門何肅穆!五月飛秋霜。

好鳥集珍木,高才列華堂。

#5

時從府中歸,絲管儼成行。但苦隔遠道,無由共銜觴。

江北荷花開,江南楊梅鮮。

#6

挂席候海色,乘風下長川。多酤新豐醁,滿載剡溪船。

中途不遇人,直到爾門前。大笑同一醉,取樂平生年。


 

74848歳 玄宗 天寶七年

敘舊贈江陽宰陸調(卷十(一)六八四)-#2

全唐詩巻169-11

李白集校注卷十(一)六八四

李太白集巻9-11

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10324

 

 

敘舊贈江陽宰陸調(卷十(一)六八四)(從郁賢皓《謫仙詩豪李白》#1

(往年世話になった江陽の縣令である宰陸調に謝辞を述べ、その後、久しく会していないからぜひあって、お目にかかりたいものだと、相思の意を寄せた)

太伯讓天下,仲雍揚波濤。

漢書に見える周の太王長子の太伯は、父大王の意思を尊重して、天下を実弟に譲り、遠く荊蠻の地にのがれ、次弟の仲雍も波濤逆巻く中帆を上げて、兄の通りにその地に逃れたという。

清風蕩萬古,跡與星辰高。

その二人兄弟の高風は万世を震蕩すべく、その事績の高遠なることは、さながら、星辰高く天にかかるがごとくである。

食東溟,陸氏世英髦

この太伯,仲雍の落ち着いたところが、今の呉で、やがてその地に崩ぜられ、仍て、ここを開拓して、東海の辺に封土を守り良き施政を行った。陸氏、即ち、君の一族は、その地の歴々であって世に知られているのである。

 

(舊を敘して 江陽の宰陸調に贈る) #1

太伯は天下を讓り,仲雍は波濤を揚ぐ。

清風 萬古を蕩かし,跡は 星辰と高し。

開いて 東溟に食み,陸氏 世 英髦。

#2

多君秉古節,岳立冠人曹。

その多くいる中で、きみは、古人高尚の節を持っており、巍然独立し、多くの人の上に抜き出ている。

風流少年時,京洛事遊遨。

少年のころは、風流をほしいままにし、長安洛陽の都で遊んだものである。

腰間延陵劍,玉帶明珠袍。

そして、腰には、春秋時、延陵の季子(公子季札)が持っていたような見事な、宝剣を佩び、玉帯は珠袍に映じ、まことに目ざましく、きらびやかないでたちで合ったものである。

我昔鬥雞徒,連延五陵豪。

虢いう私も、むかしは、闘鶏の徒に交じって、任侠で以てもっぱら遊興したのであるが、いつしか五陵の豪富貴の士弟輩などと衝突したものである。

#2

多とす 君が古節を秉り,岳立して 人曹に冠たるを。

風流 少年の時,京洛 遊遨を事とす。

腰間 延陵の劍,玉帶 珠袍に明らかなり。

我 昔し 鬥雞の徒,連延す 五陵の豪。

#3

邀遮相組織,呵嚇來煎熬。

君開萬叢人,鞍馬皆辟易。

告急清憲臺,余北門厄。

彼らが待ち伏せをして喧嘩を仕組んだりして徒党を組み、叱ったり、脅かしたり、勢い鋭く逼り来ったりしたのである。

ところが、何分多勢に敵視しかね、あわやひどい目に合ったりして大いに苦しんだこともあったのである。その時、君は、人垣を作れる多くの見物を押し開いて、その場に躍り出て、鞍馬意気盛んな五陵の貴公子、子弟輩も

それでもこの事態をそのままにしておくことはいけないので、公平、清廉な御史台に訴え出て、一切の後始末をして、われわれを北門の疫病神より脱せしめたので、その恩義は忘れてはいけないことである。

#3

邀遮【ようしゃ】して 相い組織し,呵嚇 來って煎熬【せんごう】。

君は萬叢の人を開き,鞍馬 皆 辟易す。

急を清憲 臺に告げ,余を北門の厄より

 

#4

間宰江陽邑,剪棘樹蘭芳。

この間、君は、江陽の縣令になり、その手腕を奮って至治を布き、まさに荊棘に比されるような小人どもを剪定して切りそろえ、とりのぞく、そして、芝蘭に喩えられるべき、君子輩を取り立てて、この縣地域一帯を善く治められたのである。

城門何肅穆!五月飛秋霜。

城門の内側は嚴肅莊重であり、締まりが付き、縣令の威は、五月の暑い時分にも秋霜を飛ばさんばかりで、まことに立派に治めている。

好鳥集珍木,高才列華堂。

しかし、厳しいばかりではなく、たとえば、好鳥が珍木にとまり集ってくるように、幾多の高才の士が君を慕って集まり来って、まことに華堂は賑やかになったのである。

#4

間 江陽の邑に宰とし,棘を剪って 蘭芳を樹う。

城門 何ぞ 肅穆たる!五月 秋霜を飛ばす。

好鳥 珍木に集り,高才 華堂に列す。

 

卷別

李白集校注

全唐詩

李太白集

卷十(一)六八四

169-11

9-11

詩題

敘舊贈江陽宰陸調

文體

五言古詩

 

詩序

揚州・金陵

     初句

太伯讓天下,

天寶四年  745  45

 

作地點

0

及地點

江陽(淮南道 廣陵郡 揚州 江陽)

 

0

 

 

交遊人物/交遊地點

宰陸調

江陽縣令

 

交遊人物/交遊地點

0

 

  敘舊贈江陽宰陸調  唐時淮南道之揚州有江陽縣

太伯讓天下,仲雍揚波濤。清風蕩萬古,跡與星辰高。

開吳食東溟,陸氏世英髦。

多君秉古節,一作夫子/特峻秀岳立冠人曹。風流少年時,京洛事遊遨。

腰間延陵劍,玉帶明珠袍。我昔鬥雞徒,連延五陵豪。

邀遮相組織,呵嚇來煎熬。君開萬叢人,鞍馬皆辟易。

告急清憲臺,余北門厄。

間宰江陽邑,剪棘樹蘭芳。 城門何肅穆!五月飛秋霜。

好鳥集珍木,高才列華堂。

一本自腰間延陵劍以下作驂驔紅陽鷰玉劍明珠袍一諾許他人千金雙錯刀滿堂

青雲士望美期丹霄我昔北門厄摧如一枝蒿有虎挟雞徒連延五陵豪邀

遮来組織呵嚇相煎熬君披萬人叢脱我如狴牢此恥竟未刷且食綏山桃非天雨文章所祖託風騷蒼蓬老

壯髮長未逢遭君幾何時君無相思否鳴琴坐高樓淥水淨忩牖政成聞雅頌人吏皆拱手投刃有餘地

迴車攝江陽錯雜非易理先威挫豪下俱相同又繆本特峻秀作時峻季狴牢作貔牢託風騷作記風騷

時從府中歸,絲管儼成行。但苦隔遠道,無由共銜觴。

江北荷花開,江南楊梅鮮。

繆本作熟又下多正好飲酒時懐賢在心目二句

挂席候海色,蕭本作拾海月繆本作當風下長川。多酤新豐醁,滿載剡溪船。

中途不遇人,直到爾門前。大笑同一醉,取樂平生年。

 

漢書周太王長子太伯次曰仲雍次曰公季公季有聖子昌太王欲傳國焉太伯仲雍辭行採藥遂奔

季嗣位至昌爲西伯受命而王故孔子美而稱曰太伯可謂至徳也已矣三以天下讓民無得而稱焉太伯初

蠻歸之號曰句太伯卒仲雍立至曽孫周章而武王克殷因而封之

陸機詩太伯導仁風仲雍揚其波晉書激清風於萬古厲薄俗於當年

鮑照詩誰令乏古節 張銑註古節古人高尚之節陸機詩實龍

劉亦岳立華陽國志谷口子真秉箕潁之操湛然岳立謝靈運詩仲春喜遊遨

新序延陵季子將西聘晉帶寳

劍以過徐君王僧孺詩落日映珠袍鬭雞徒詳見二巻註五陵豪見五巻註漢紀邀遮前後危殆不測辟易見

二巻註潘正叔詩迴跡清憲臺李善註漢官儀曰御史爲憲臺袁宏三國名臣贊思樹芳蘭剪除棘李善

芳蘭以君子棘以小人晉書賀循歴試二城刑政肅穆嵇康琴賦華堂曲宴張揖上林賦註梅楊其實

似穀子而有核其味酸江南齊民要術楊梅臨海異物志云其子大如彈丸正赤五月熟似梅味甜酸謝靈

運詩挂席拾海月洛神賦浮長川而忘反説文酤買酒也新豐酒見四巻註廣韻醁美酒也剡溪船用王子猷

訪戴安道事詳見/九巻註 醁音錄

 

 

《敘舊贈江陽宰陸調》現代語訳と訳註解説

 (本文)

#4

間宰江陽邑,剪棘樹蘭芳。

城門何肅穆!五月飛秋霜。

好鳥集珍木,高才列華堂。

 

(下し文)

#4

間 江陽の邑に宰とし,棘を剪って 蘭芳を樹う。

城門 何ぞ 肅穆たる!五月 秋霜を飛ばす。

好鳥 珍木に集り,高才 華堂に列す。

 

(現代語訳)

この間、君は、江陽の縣令になり、その手腕を奮って至治を布き、まさに荊棘に比されるような小人どもを剪定して切りそろえ、とりのぞく、そして、芝蘭に喩えられるべき、君子輩を取り立てて、この縣地域一帯を善く治められたのである。

城門の内側は嚴肅莊重であり、締まりが付き、縣令の威は、五月の暑い時分にも秋霜を飛ばさんばかりで、まことに立派に治めている。

しかし、厳しいばかりではなく、たとえば、好鳥が珍木にとまり集ってくるように、幾多の高才の士が君を慕って集まり来って、まことに華堂は賑やかになったのである。

酒宴 01 

(訳注)

敘舊贈江陽宰陸調

1. (往年世話になった江陽の縣令である宰陸調に謝辞を述べ、その後、久しく会していないからぜひあって、お目にかかりたいものだと、相思の意を寄せた)

 

#4

間宰江陽邑,剪棘樹蘭芳。

この間、君は、江陽の縣令になり、その手腕を奮って至治を布き、まさに荊棘に比されるような小人どもを剪定して切りそろえ、とりのぞく、そして、芝蘭に喩えられるべき、君子輩を取り立てて、この縣地域一帯を善く治められたのである。

18. 間、①物と物とのあいだ。すきま。「間隔」「間隙(カンゲキ)」「瞬間」 ②すきをねらう。うかがう。「間者」「間諜(カンチョウ) ③ひそかに。こっそりと。「間行」 ④ひま。ゆとり。のどか。しずか。「間雲」「間暇」「間居」   ⑤部屋。また、部屋を数える語。「居間」 ⑥ケン 長さの単位。一間は六尺(約一・八(メートル))。

19. 宰 ここでは縣令を指す。

20. 剪棘樹蘭芳 「棘」は小人をいい、「蘭芳」は君子輩にたとえられる。「剪」はこれらを排除し、「樹」は取り立ててうまく治めることを言う。

 

城門何肅穆!五月飛秋霜。

城門の内側は嚴肅莊重であり、締まりが付き、縣令の威は、五月の暑い時分にも秋霜を飛ばさんばかりで、まことに立派に治めている。

21. 肅穆 嚴肅而安靜。嚴肅莊重。

 

好鳥集珍木,高才列華堂。

しかし、厳しいばかりではなく、たとえば、好鳥が珍木にとまり集ってくるように、幾多の高才の士が君を慕って集まり来って、まことに華堂は賑やかになったのである。

22. 華堂 縣令らが作るサロンのようなところ、ここで優秀なものが科挙の推薦されたのである。

《花間集 序》に以下のようにサロンに優秀な者たちを集め底で歌われた詩をあつめて花間集を作った。

莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。競富樽前,數十珊瑚之樹。

則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。

趙崇祚の贅の限りを尽くした邸宅の文芸サロンで、木陰に遊び、詩を論じ、道を論じ合ったが爭うことはなく、そこで、数知れぬ鼈甲の簪を飾った妓女を競わぬ者はなかったのだ。

盛大な宴席においては歌向ける大盃を呑み競うけれど、趙一族の邸宅に在る数多くの珊瑚の樹の豪華さを競い合える者はまったくいなかった。かくて、きらびやかな宴席には公子たちが侍り、繍の帳の陰にはかならず美人が寄り添っていたのである。公子は歌をしたためた色紙を風流な美人に寄せたもので、彼らが良いと思ったものを選び、その歌の文句は麗しい錦のような煌びやかで、あでやかな詞を選び出す。

また、『太平廣記』巻四〇九引孫光憲《北夢瑣言》にもこの事が述べられている。「趙廷除起南宅北宅、千梁萬供、其諸奢麗、莫之與儔。後枕江瀆、池中有二島嶼、遂甃石循池、四岸皆種垂楊、或間雜木芙蓉、池中種藕。毎至秋夏、花開魚躍、柳陰之下、有士子執巻者、垂綸者、執如意者、執塵尾奢、譚詩論道者。」

邸宅は並ぶものがないほど豪奢で、庭の池に二つの島を造り、岸辺に楊柳を、池の端に水芙蓉を、池の中に蓮を植えていた。毎年、夏や秋になれば、花は咲き魚は躍り、柳の木陰で人々が思い思いに巻物を持ち、釣糸を垂れ、如意やら大

鹿の尾で作った払子やらを揮い、詩を語り、道を論じたりしていた。

 趙崇祚はこのすべての芸の優れたもの、風流あるものを集めたサロンで、「広く賓客に会い、時に談論風発する中で、近来の詩客の曲子詞五百首を集め、十巻に分けた」という。

酒宴 02