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杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

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(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

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749年 8-#2《勞勞亭歌-#2(卷七(一)五一三)》漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog 10527

わたしは、康楽公の謝霊運を気どって、素木のままの大船に乗り、「清らかな川面に夜霜が飛ぶ」と、高らかに朗詠する。
昔はこの牛渚で、袁家の息子、袁宏の「詠史の詩」五章を吟ずるのが聞かれたものだ。いまここで詠う我が歌が、袁家の息子、袁宏に及ばぬはずはない。
しかし、ここにはそれを賞める謝尚のような人はいないばかりか、苦竹がわびしい音を立てて、秋の月光の中に揺れるだけである。そして、ただ独り、相手のいない簾の中に宿って、帰郷の夢を見つづけるだけである。

 

 

 

 

李白 訳注解説 749年 《金陵方面》 2

 

 

 

6. 古風,五十九首之十四  1

胡關饒風沙,蕭索竟終古。  木落秋草黃,登高望戎虜。 

荒城空大漠,邊邑無遺堵。  白骨橫千霜,嵯峨蔽榛莽。

#2

借問誰凌虐,天驕毒威武。赫怒我聖皇,勞師事鼙鼓。

陽和變殺氣,發卒騷中土。

#3

三十六萬人,哀哀淚如雨。且悲就行役,安得營農圃。

不見征戍兒,豈知關山苦。李牧今不在,邊人飼豺虎。

 

7 勞勞亭  卷二五

勞勞亭      全唐詩 巻184-6

天下傷心處,勞勞送客亭。春風知別苦,不遣柳條青。

 

8 勞勞亭歌  卷七

勞勞亭歌   全唐詩 巻166-15

註〈在江寧縣南十五里,古送別之所,一名臨滄觀〉   

金陵勞勞送客堂,蔓草離離生道傍。

古情不盡東流水,此地悲風愁白楊。

我乘素舸同康樂,朗詠清川飛夜霜。

昔聞牛渚吟五章,今來何謝袁家郎。

苦竹寒聲動秋月,獨宿空簾歸夢長。

 

9 聞王昌齡左遷龍標遙有此寄  卷十三

聞王昌齡左遷龍標遙有此寄              172-13

楊花落盡子規啼,聞道龍標過五溪。

我寄愁心與明月,隨風直到夜郎西。

 

10 寄東魯二稚子  卷十三

寄東魯二稚子       全唐詩 巻172-23

〈在金陵作〉            

地桑葉綠,蠶已三眠。              我家寄東魯,誰種龜陰田。             

春事已不及,江行復茫然。              南風吹歸心,飛墮酒樓前。             

樓東一株桃,枝葉拂青煙。              此樹我所種,別來向三年。             

桃今與樓齊,我行尚未旋。              嬌女字平陽,折花倚桃邊。             

折花不見我,淚下如流泉。              小兒名伯禽,與姊亦齊肩。             

雙行桃樹下,撫背復誰憐。              念此失次第,肝腸日憂煎。             

裂素寫遠意,因之汶陽川。             

〈嬌女字平陽下,一作「嬌女字平陽,有弟與齊肩。雙行桃樹下,折花倚桃邊。折花不見我,淚下如流泉。」〉

 

11 蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽  卷十七

送蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽       全唐詩 巻176-33

六月南風吹白沙,牛喘月氣成霞。             

水國鬱蒸不可處,時炎道遠無行車。             

夫子如何涉江路,雲帆嫋嫋金陵去。             

高堂倚門望伯魚,魯中正是趨庭處。             

我家寄在沙丘傍,三年不歸空斷腸。             

君行既識伯禽子,應駕小車騎白羊。             

 

 

 

 

8.《勞勞亭歌》   -#1  

 

 

李白集校注 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10520

 

 

 


全唐詩 巻166-15

李白注校注 卷七(一)五一三

李太白集  巻六-15

 

勞勞亭歌   

〈在江寧縣南十五里,古送別之所,一名臨滄觀〉

金陵勞勞送客堂,蔓草離離生道傍。

古情不盡東流水,此地悲風愁白楊。

(要衝の地、建康の近郊に風流な地に歴史上、天下第一の心を傷ましめる処にとまり、自らを謝靈運の比し、また、詩文の才を袁彦伯に引けを取らぬといい、それでいて自分の名声は、謝尚にも劣っていると、その情を夢の中でのこととして、詠い、勞勞亭においてこの歌を作った

〔建康から出て初めての駅、寧縣南十五里に置かれた勞勞亭であるが、古来ここは送別の場所であったし、別の名を臨滄觀といった。〕

勞勞亭は金陵の郊外にあって、昔より、旅人を送別する場所として有名であるが、今茲には雑草が生えて、道端に蔓草が離離として生い茂り、その亭も荒廃している。

懐古の情は次々と思われ、大江を東流する水に似て枯れることなく、尽きることなく、しかも、悲風颯々として、河岸に並ぶ、白楊の枝葉を吹き靡かせている。

#2

我乘素舸同康樂,朗詠清川飛夜霜。

わたしは、康楽公の謝霊運を気どって、素木のままの大船に乗り、「清らかな川面に夜霜が飛ぶ」と、高らかに朗詠する。
昔聞牛渚吟五章,今來何謝袁家郎。

昔はこの牛渚で、袁家の息子、袁宏の「詠史の詩」五章を吟ずるのが聞かれたものだ。いまここで詠う我が歌が、袁家の息子、袁宏に及ばぬはずはない。
苦竹寒聲動秋月,獨宿空簾歸夢長。

しかし、ここにはそれを賞める謝尚のような人はいないばかりか、苦竹がわびしい音を立てて、秋の月光の中に揺れるだけである。そして、ただ独り、相手のいない簾の中に宿って、帰郷の夢を見つづけるだけである。

 

(労労亭の歌)

〔原註に江寧縣の南十五里に在り、古しえ、送の所、一名は臨滄觀なり。〕

金陵の労労 客を送るの堂、蔓草 離離として 道傍に生ず。

古情 尽きず 東流の水、此の地 悲風 白楊を愁えしむ。

#2

我れ素舸に乗じて 康楽と同じくし、朗詠す 清川に夜霜を飛ばすと。

昔聞く 牛渚に五章を吟ぜしを、今来って何ぞ謝せん 袁家の郎。

苦竹 寒声 秋月を動かし、独り空簾に宿すれば 帰夢長し。

 

 勞勞亭歌

  原註在江寧縣南十五里古送之所一名臨滄觀

  太平御覽輿地志曰丹陽郡秣陵縣新亭隴上有望樓又名勞勞亭。宋改爲臨滄觀行人分之所

  一統志勞勞亭在應天府治西南

金陵勞勞送客堂,蔓草離離生道傍。

古情不盡東流水,此地悲風愁白楊。

我乘素舸同康樂,朗詠清川飛夜霜。

昔聞牛渚吟五章,今來何謝袁家郎。

苦竹寒聲動秋月,獨宿空簾歸夢長。

古詩白楊多悲風蕭蕭愁殺人韻/舸大船也謝靈運詩可憐誰家郎綠 

流乗素舸康樂卽靈運以其襲封康樂公故世稱之曰/謝康樂孫綽天台山賦朗咏長川胡震亨曰淸川飛夜

霜疑引謝詩今謝集無此句或亡之耳世註續晉陽/秋曰袁虎少有逸才文章絶麗曾有咏史詩是其風情

所寄少孤而貧以運租爲業鎮西謝尚時鎮牛渚乗秋/佳風月率爾與左右微服泛江虎在運租船中諷

辭又藻拔非尚所曾聞遂往之乃遣問訊/荅曰是袁臨汝郎誦詩卽其咏史之作也尚佳其率有

興致卽遣要迎談話申旦自此名譽日茂竹有淡竹苦/竹二種莖葉不異以其笋味之苦淡而名此詩大意太

白自誇山水之趣同康樂而吟咏之妙又不減袁宏/惜無相賞之人與之談話申旦空簾獨宿殊覺寂寥兩

事並用各不相妨楊註謂康樂乃謝靈運邀袁虎者乃/謝尚疑太白誤作一事用者非也舸音歌又音哿

 

 

 

《勞勞亭歌》現代語訳と訳註解説

(本文)

#2

我乘素舸同康樂,朗詠清川飛夜霜。

昔聞牛渚吟五章,今來何謝袁家郎。

苦竹寒聲動秋月,獨宿空簾歸夢長。

 

(下し文)

#2

我れ素舸に乗じて 康楽と同じくし、朗詠す 清川に夜霜を飛ばすと。

昔聞く 牛渚に五章を吟ぜしを、今来って何ぞ謝せん 袁家の郎。

苦竹 寒声 秋月を動かし、独り空簾に宿すれば 帰夢長し。

 

(現代語訳)

わたしは、康楽公の謝霊運を気どって、素木のままの大船に乗り、「清らかな川面に夜霜が飛ぶ」と、高らかに朗詠する。
昔はこの牛渚で、袁家の息子、袁宏の「詠史の詩」五章を吟ずるのが聞かれたものだ。いまここで詠う我が歌が、袁家の息子、袁宏に及ばぬはずはない。
しかし、ここにはそれを賞める謝尚のような人はいないばかりか、苦竹がわびしい音を立てて、秋の月光の中に揺れるだけである。そして、ただ独り、相手のいない簾の中に宿って、帰郷の夢を見つづけるだけである。

 

(訳注)

勞勞亭歌

1. (要衝の地、建康の近郊に風流な地に歴史上、天下第一の心を傷ましめる処にとまり、自らを謝靈運の比し、また、詩文の才を袁彦伯に引けを取らぬといい、それでいて自分の名声は、謝尚にも劣っていると、その情を夢の中でのこととして、詠い、勞勞亭においてこの歌を作った

 

#2

我乘素舸同康樂,朗詠清川飛夜霜。

わたしは、康楽公の謝霊運を気どって、素木のままの大船に乗り、「清らかな川面に夜霜が飛ぶ」と、高らかに朗詠する。
8. 素舸 飾り立ててない素朴な大船。「画舸」の反意語。

9. 康楽 六朝宋代の詩人、康楽公に封ぜられた謝霊運。その「東陽(新江省金華)の渓中、贈答、その二」の詩に、「縁流乗素肘」(流れに縁って素肘に乗る)とある。謝靈運詩、可憐誰家郎綠流乗素舸康樂卽靈運以其襲封康樂公故世稱之曰謝康樂孫綽天台山賦朗咏長川胡震亨曰淸川飛夜霜疑引謝詩今謝集無此句或亡之耳。

10. 清川飛夜霜-清らかな川面の上を夜の霜が流れ飛ぶ。「霜」は空から降ると考えられていた。これは謝霊運の詩句と考えられているが、現存の作品中には見

られない。

 

昔聞牛渚吟五章,今來何謝袁家郎。

昔はこの牛渚で、袁家の息子、袁宏の「詠史の詩」五章を吟ずるのが聞かれたものだ。いまここで詠う我が歌が、袁家の息子、袁宏に及ばぬはずはない。
12. 牛渚-牛渚磯。現在の安徽省馬鞍山市にある采石磯のこと。「労々亭」の上流約三13. キロであるが、ここでは同じ地域と意識されている。

14. 吟五章1五章の(詠史の)詩を吟ずる。東晋の袁宏が、若いころ牛渚磯で船人足をしながら自作の「詠史」の詩を諷詠していたとき、鎮西将軍の謝尚がそのすぐれた興趣を聞きつけて賞賛し、秋の風月のもとで夜明けまで歓談した、という故事(『世説新語』「文学、第四」の八八、等)を踏まえる。蓑宏の「詠史詩」は、現在、二首が残る。續晉陽く、袁虎少有逸才文章絶麗曾有、咏史詩風情少孤せるとして、運租鎮西す。「謝尚時牛渚し、秋佳風月じ、率爾左右微服して、ぶ。運租船中ってく、辭又藻拔尚所らず。之乃遣問訊ててく「袁臨汝郎す。咏史作也其率佳とし、有興致す、遣要迎へて談話してす。名譽日とす。

15. 何謝 どうして見劣りがしようか。この「謝」は、「及ばない・劣る」の意。

16. 袁家郎 衰家の若者、息子。上記の衰宏(若い時の名は「虎」)をさす。

 

苦竹寒聲動秋月,獨宿空簾歸夢長。

しかし、ここにはそれを賞める謝尚のような人はいないばかりか、苦竹がわびしい音を立てて、秋の月光の中に揺れるだけである。そして、ただ独り、相手のいない簾の中に宿って、帰郷の夢を見つづけるだけである。
17. 苦竹-竹の一種。タケノコの味が若いので名づけられた。

18. 空簾 人のいない部屋の簾。ここでは、歓談の相手のいない部屋、の意。