749年 9《聞王昌齡左遷龍標遙有此寄(卷十三(一)八四一)》

 

 

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749年 9《聞王昌齡左遷龍標遙有此寄(卷十三(一)八四一)》漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog 10499

(豪放磊落であった王昌齡は、その素行の悪さによって748,749年に左遷されている。そのことを李白は伝聞し、この詩を作った)

河柳の花が落ち盡し、杜鵑 血に啼く晩春のころ、王昌齢が俄に罪を獲て、龍標尉に左遷せられ、五渓を過ぎて、はるばる其地に向うと聞いて、うたた我が懐を傷ましめる。

そこで、明月に困って、我が愁心を寄するが、ともに風に随って、夜郎の西なる君の謫処に至る様にしたいものである。

 

 

 

 

李白 訳注解説 749年 《金陵方面》 2

 

 

 

6. 古風,五十九首之十四  1

胡關饒風沙,蕭索竟終古。  木落秋草黃,登高望戎虜。 

荒城空大漠,邊邑無遺堵。  白骨橫千霜,嵯峨蔽榛莽。

#2

借問誰凌虐,天驕毒威武。赫怒我聖皇,勞師事鼙鼓。

陽和變殺氣,發卒騷中土。

#3

三十六萬人,哀哀淚如雨。且悲就行役,安得營農圃。

不見征戍兒,豈知關山苦。李牧今不在,邊人飼豺虎。

 

7 勞勞亭  卷二五

勞勞亭      全唐詩 巻184-6

天下傷心處,勞勞送客亭。春風知別苦,不遣柳條青。

 

8 勞勞亭歌  卷七

勞勞亭歌   全唐詩 巻166-15

註〈在江寧縣南十五里,古送別之所,一名臨滄觀〉   

金陵勞勞送客堂,蔓草離離生道傍。

古情不盡東流水,此地悲風愁白楊。

我乘素舸同康樂,朗詠清川飛夜霜。

昔聞牛渚吟五章,今來何謝袁家郎。

苦竹寒聲動秋月,獨宿空簾歸夢長。

 

9 聞王昌齡左遷龍標遙有此寄  卷十三

聞王昌齡左遷龍標遙有此寄              172-13

楊花落盡子規啼,聞道龍標過五溪。

我寄愁心與明月,隨風直到夜郎西。

 

10 寄東魯二稚子  卷十三

寄東魯二稚子       全唐詩 巻172-23

〈在金陵作〉            

地桑葉綠,蠶已三眠。              我家寄東魯,誰種龜陰田。             

春事已不及,江行復茫然。              南風吹歸心,飛墮酒樓前。             

樓東一株桃,枝葉拂青煙。              此樹我所種,別來向三年。             

桃今與樓齊,我行尚未旋。              嬌女字平陽,折花倚桃邊。             

折花不見我,淚下如流泉。              小兒名伯禽,與姊亦齊肩。             

雙行桃樹下,撫背復誰憐。              念此失次第,肝腸日憂煎。             

裂素寫遠意,因之汶陽川。             

〈嬌女字平陽下,一作「嬌女字平陽,有弟與齊肩。雙行桃樹下,折花倚桃邊。折花不見我,淚下如流泉。」〉

 

11 蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽  卷十七

送蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽       全唐詩 巻176-33

六月南風吹白沙,牛喘月氣成霞。             

水國鬱蒸不可處,時炎道遠無行車。             

夫子如何涉江路,雲帆嫋嫋金陵去。             

高堂倚門望伯魚,魯中正是趨庭處。             

我家寄在沙丘傍,三年不歸空斷腸。             

君行既識伯禽子,應駕小車騎白羊。             

 


 

 

 

9.《聞王昌齡左遷龍標遙有此寄》     

 

 

李白集校注 訳注解説

 

 

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李白集校注 卷十三(一)八四一

全唐詩 巻172-13

李太白集 巻十二13

 

聞王昌齡左遷龍標遙有此寄  卷十三

(豪放磊落であった王昌齡は、その素行の悪さによって748,749年に左遷されている。そのことを李白は伝聞し、この詩を作った)

楊花落盡子規啼,聞道龍標過五溪。

河柳の花が落ち盡し、杜鵑 血に啼く晩春のころ、王昌齢が俄に罪を獲て、龍標尉に左遷せられ、五渓を過ぎて、はるばる其地に向うと聞いて、うたた我が懐を傷ましめる。

我寄愁心與明月,隨風直到夜郎西。

そこで、明月に困って、我が愁心を寄するが、ともに風に随って、夜郎の西なる君の謫処に至る様にしたいものである。

 

(王昌齡の龍標に左遷さるるを聞き、遙に此の寄有り)

楊花、落ち盡して、子規啼く。聞くならく、龍標、五渓を過ぐと。

我、愁心を寄せて明月に與ふれば、風に随って、直に到らむ夜郎の西。

 

 聞王昌齡左遷龍標遥有此寄

  唐書王昌齡字少伯江人第進

  補校書郎又中宏辭遷汜水尉不細行貶龍標/尉以世亂還里為刺史閭丘曉所殺昌齡工

  緒密而思清時謂王江寧云漢書周昌傳吾極知/其左遷顔師古註是時尊右而卑左故謂貶秩位

  為左遷唐書地理志黔中/道叙州潭陽郡有龍標縣

楊花落盡一作揚/州花落子規啼、聞道龍標過五溪。

我寄愁心與明月、隨風繆本/作君直到夜郎西。

通典五溪一辰溪二酉溪三巫溪四武溪五沅溪今黔中道謂之五溪

又云五溪中地歸漢以後列代開拓今播州涪川夜郎義泉龍溪溱溪等郡地 

 

 

《聞王昌齡左遷龍標遙有此寄》現代語訳と訳註解説

(本文)

聞王昌齡左遷龍標遙有此寄

楊花落盡子規啼,聞道龍標過五溪。

我寄愁心與明月,隨風直到夜郎西。

 

(下し文)

(王昌齡の龍標に左遷さるるを聞き、遙に此の寄有り)

楊花、落ち盡して、子規啼く。聞くならく、龍標、五渓を過ぐと。

我、愁心を寄せて明月に與ふれば、風に随って、直に到らむ夜郎の西。

 

(現代語訳)

(豪放磊落であった王昌齡は、その素行の悪さによって748,749年に左遷されている。そのことを李白は伝聞し、この詩を作った)

河柳の花が落ち盡し、杜鵑 血に啼く晩春のころ、王昌齢が俄に罪を獲て、龍標尉に左遷せられ、五渓を過ぎて、はるばる其地に向うと聞いて、うたた我が懐を傷ましめる。

そこで、明月に困って、我が愁心を寄するが、ともに風に随って、夜郎の西なる君の謫処に至る様にしたいものである。

 

(訳注)

聞王昌齡左遷龍標遙有此寄

1. (豪放磊落であった王昌齡は、その素行の悪さによって748,749年に左遷されている。そのことを李白は伝聞し、この詩を作った)

2. 王 昌齢(698−755年)中国・唐代中期の詩人。字は少伯。就任した官職の地名から、王江寧、王竜標とも称せられる。山西省太原に本籍を持ち、京兆・長安に生まれたらしいというが、江の人。開元15年(727年)に進士となり、祕書省の校書郎から開元22年(734年)に博学宏詞科に及第して汜水(河南省)の県尉となったが、奔放な生活ぶりで748,749年に江寧の丞・竜標(湖南省)の県尉に落とされた。その後、天宝14年(755年)、安禄山の乱の時に官を辞して故郷に帰るが、刺史の閭丘暁に憎まれて殺された。後に閭丘暁は、安禄山軍の侵攻に対し、唐側の張巡を救援しなかった罪で、唐の張鎬に杖殺された。この時、閭丘暁は「親がいるので、命を助けて欲しい」と言ったが、張鎬は、「王昌齢の親は誰に養ってもらえばいいのか?」と反論し、閭丘暁は押し黙ったと伝えられる。

唐書に王昌齡は字は少伯、江人、進士に第し、校書郎に補せられ、又、宏辭に中り、汜水尉に遷る。細行を貶せずして、龍標尉に貶せられる。世亂を以て里にり、刺史閭丘曉に殺さるる所と為る、昌齡、詩に工みに、緒密にして思清、時に王江寧と謂う。ここにいう「左遷」とは、漢書周昌傳に云う、「吾、極めて其の左遷を知る。」とあり、顔師古の註に「是の時、右を尊んで左を卑む。故に貶秩位を貶するを謂うて左遷と為す。」とあり、唐書地理志に、「黔中道叙州潭陽郡に龍標縣有り。」と記してある。

 

楊花落盡子規啼,聞道龍標過五溪。

河柳の花が落ち盡し、杜鵑 血に啼く晩春のころ、王昌齢が俄に罪を獲て、龍標尉に左遷せられ、五渓を過ぎて、はるばる其地に向うと聞いて、うたた我が懐を傷ましめる。

【一】 楊花 楊は河柳、即ち猫柳をいうので、春に成ると、綿のような花が咲ぐ.それが中国、殊に南方には極めて多くあって、その花の飛ぶ時は、さながら雪の如くである。

【ニ】 子規 杜鵑、躑躅、、カッコウ目・カッコウ科に分類される鳥類の一種。特徴的な鳴き声とウグイスなどに托卵する習性で知られている(「ホトトギス目ホトトギス科」と書かれることもあるが、カッコウ目カッコウ科と同じものである)。全長は28cmほどで、ヒヨドリよりわずかに大きく、ハトより小さい。頭部と背中は灰色で、翼と尾羽は黒褐色をしている。胸と腹は白色で、黒い横しまが入るが、この横しまはカッコウやツツドリよりも細くて薄い。目のまわりには黄色のアイリングがある。

【三】 龍標 尉の字を略したもので、王昌齡を指す。

【四】 五渓 水經註に「武陵に五渓あり、雄渓、滿渓、酉渓、撫渓、辰渓、皆蠻夷の居るところなり。」通典に「五溪、一に辰溪、二に酉溪、三に巫溪、四に武溪、五に沅溪、今黔中道、之れを五溪と謂う。」といい、又、云う、「五溪中の地、漢に歸せ、以て後、列代開拓、今播州、涪川、夜郎、義泉、龍溪、溱溪等の郡の地」とある。そして、そこに住むのは苗族である。

 

我寄愁心與明月,隨風直到夜郎西。

そこで、明月に困って、我が愁心を寄するが、ともに風に随って、夜郎の西なる君の謫処に至る様にしたいものである。

【五】 夜郎西 夜郎のその向こうの西というのではなく、西の方夜郎の地ということ、漢書の西南夷傳に「西南夷の長、什を以て數う、夜郎最も大なり」とある、ここでは、龍標の地を指して言う。