749年 11-#2《蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽#2(卷十七(二)一○四○)

 

2018510

の紀頌之"6"つの校注Blog

蕭三十一之魯中#2

張中丞傳後敘#3

鄭典設自施州歸-#3

河滿子一首

擬樂府四首其三#1

4-5. 班勇(つづき)

李白詩

韓愈詩

杜甫詩

花間集

玉臺新詠

古代史女性論

 

 

2018510

の紀頌之"6"つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

   李白総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」。、現在、①李白集校注詩全詩、②昌黎先生集全40巻他全詩、③杜詩詳注、④花間集、⑤玉臺新詠、⑥薛濤詩 全訳注解説

Ⅰ李白詩(李白集校注)      LiveDoor

749年 11-#2《蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽#2(卷十七(二)一○...

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注      LiveDoor

807年-11元和二年40歳§-2-1《張中丞傳後敘#3》〔3〕Ⅱ漢文委員...

Ⅲ 杜詩詳注                  LiveDoor

767年-249#3 鄭典設自施州歸(卷二○(四)一八一二)#3 「」...

杜甫詩 全詩 総合案内 

Ⅳブログ詩集漢・唐・宋詞  fc2Blog

花間集 訳注解説 (426)回目《孫光憲巻八33河滿子一首》  (05/10)

.唐五代詞詩・女性・玉臺新詠     Livedoor

玉臺・巻四-16 擬樂府四首其三#1邁遠〕 Ⅴ漢文委員会kanbun...

Ⅵ唐代女性論ブログ唐代女性論

Ⅲ 女性文学者班昭とその家系《§-5 班固と西域経営》Ⅲ-§-4-5. 班勇(つづき)

杜甫全詩案内

韓愈全詩案内

李白全集

李白詩のサイト

古詩源

花間集案内

漢詩・唐詩・宋詩研究

http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/

 

749年 11-#2《蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽#2(卷十七(二)一○四○)(從郁賢皓》漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog 10583

われは、日夕門に倚って、わが長子の居る方を望んで居るが、その趨庭の處は、君が今度行かれる魯中である。

今でも、我が家は、沙丘城の近傍に寓居して居るが、われは、三年も歸省せず、従って、その近況も分らぬから、これを思えば、もなしく断腸するばかり。

君は、魯中に行くついでに、どうか、わが子の伯禽を見知って下さい。彼は、さながら、古しえの衞玠の如く、小事を白羊に牽かせて、市中を得意に乗りまわして居ることであらう。

 

 

 

 

李白 訳注解説 749年 《金陵方面》 2

 

 

 

6. 古風,五十九首之十四  1

胡關饒風沙,蕭索竟終古。  木落秋草黃,登高望戎虜。 

荒城空大漠,邊邑無遺堵。  白骨橫千霜,嵯峨蔽榛莽。

#2

借問誰凌虐,天驕毒威武。赫怒我聖皇,勞師事鼙鼓。

陽和變殺氣,發卒騷中土。

#3

三十六萬人,哀哀淚如雨。且悲就行役,安得營農圃。

不見征戍兒,豈知關山苦。李牧今不在,邊人飼豺虎。

 

7 勞勞亭  卷二五

勞勞亭      全唐詩 巻184-6

天下傷心處,勞勞送客亭。春風知別苦,不遣柳條青。

 

8 勞勞亭歌  卷七

勞勞亭歌   全唐詩 巻166-15

註〈在江寧縣南十五里,古送別之所,一名臨滄觀〉   

金陵勞勞送客堂,蔓草離離生道傍。

古情不盡東流水,此地悲風愁白楊。

我乘素舸同康樂,朗詠清川飛夜霜。

昔聞牛渚吟五章,今來何謝袁家郎。

苦竹寒聲動秋月,獨宿空簾歸夢長。

 

9 聞王昌齡左遷龍標遙有此寄  卷十三

聞王昌齡左遷龍標遙有此寄              172-13

楊花落盡子規啼,聞道龍標過五溪。

我寄愁心與明月,隨風直到夜郎西。

 

10 寄東魯二稚子  卷十三

寄東魯二稚子       全唐詩 巻172-23

〈在金陵作〉            

地桑葉綠,蠶已三眠。              我家寄東魯,誰種龜陰田。             

春事已不及,江行復茫然。              南風吹歸心,飛墮酒樓前。             

樓東一株桃,枝葉拂青煙。              此樹我所種,別來向三年。             

桃今與樓齊,我行尚未旋。              嬌女字平陽,折花倚桃邊。             

折花不見我,淚下如流泉。              小兒名伯禽,與姊亦齊肩。             

雙行桃樹下,撫背復誰憐。              念此失次第,肝腸日憂煎。             

裂素寫遠意,因之汶陽川。             

〈嬌女字平陽下,一作「嬌女字平陽,有弟與齊肩。雙行桃樹下,折花倚桃邊。折花不見我,淚下如流泉。」〉

 

11 蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽  卷十七(二)一○四○

送蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽       全唐詩 巻176-33

六月南風吹白沙,牛喘月氣成霞。             

水國鬱蒸不可處,時炎道遠無行車。             

夫子如何涉江路,雲帆嫋嫋金陵去。             

 

高堂倚門望伯魚,魯中正是趨庭處。             

我家寄在沙丘傍,三年不歸空斷腸。             

君行既識伯禽子,應駕小車騎白羊。             

 


 

 

 

11.《蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽》     

 

 

李白集校注 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10513

 

 

李白集校注 卷十七(二)一○四○

李太白集 巻十六36

全唐詩 巻176-33

 

送蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽

(道教つながりの友人の蕭三十一が魯中に行くというので、これを送り、ついでに、その地に住んでいる李白女子供、長男伯禽の近況を尋ねてほしいというもの)

六月南風吹白沙,牛喘月氣成霞。

夏の李の六月、ただでさえ暑いのに、南風は白抄を吹き上げて、いよいよ堪まらない。そこで、呉地の牛は、夜になっても、月に喘いで、その気は霞を成すを疑うばかり。

水國鬱蒸不可處,時炎道遠無行車。

このあたりは、水國で、涼しかるべき筈であるのに、もやもやと蒸し暑く、とても留まって居ることも出来ない位。かくの如く暑さも厳しい上に、路が遠いから、さしもの駅路にも、旅行く車も見えない。

夫子如何涉江路,雲帆嫋嫋金陵去。

然るに、君は、如何なれば、江路を渉り、雲井に迷う帆影嫋嫋として。金陵から立ち去るのであるか。

#2

高堂倚門望伯魚,魯中正是趨庭處。

われは、日夕門に倚って、わが長子の居る方を望んで居るが、その趨庭の處は、君が今度行かれる魯中である。

我家寄在沙丘傍,三年不歸空斷腸。

今でも、我が家は、沙丘城の近傍に寓居して居るが、われは、三年も歸省せず、従って、その近況も分らぬから、これを思えば、もなしく断腸するばかり。

君行既識伯禽子,應駕小車騎白羊。

君は、魯中に行くついでに、どうか、わが子の伯禽を見知って下さい。彼は、さながら、古しえの衞玠の如く、小事を白羊に牽かせて、市中を得意に乗りまわして居ることであらう。

(蕭三十一が魯中に之くを送り兼ねて稚子伯禽に問う)

六月 南風 白沙を吹き,牛 月に喘いで、氣、霞を成す。

水國 鬱蒸 處るべからず,時 炎に道 遠くして 行車なし。

夫子 如何んぞ 江路を涉り,雲帆 嫋嫋 金陵に去る。

#2

高堂 門に倚りて伯魚を望む,魯中 正に是れ 趨庭の處。

我が家 寄せて在り 沙丘の傍,三年 歸らず 空しく斷腸。

君が行 既に識る 伯禽子,應に小車に駕して 白羊に騎すべし。

 

 

 送蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽

六月南風吹白沙,牛喘月氣成霞。

水國鬱蒸不可處,時炎道遠無行車。

夫子如何涉江路,雲帆嫋嫋金陵去。

高堂倚門望伯魚,魯中正是趨庭處。

我家寄在沙丘傍,三年不歸空斷腸。

君行既識伯禽子,應駕小車騎白羊。

晋書惠帝元康中京洛童謠曰南風起吹白沙遥望魯國何嵯峨千髑髏生齒牙

埤雅風俗通牛望月而喘言使之苦於日是故見月而喘葢傷禽驚于虗絃疲牛望

月而喘物之憚怯見似而驚有如此者傅𤣥苦熱詩呼吸氣鬱蒸程曉詩平生三伏時

道路無行車戰國王孫賈之母曰汝朝出而晚来則吾倚門而望家語伯魚之生也

魯昭公以鯉魚賜孔子榮君之貺故因名鯉而字伯魚沙丘詳見十三巻註

世説註衛玠齠齔時乗白羊車于洛陽市上咸曰誰家璧人 

 

 

 

《送蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽》現代語訳と訳註解説

(本文)

#2

高堂倚門望伯魚,魯中正是趨庭處。

我家寄在沙丘傍,三年不歸空斷腸。

君行既識伯禽子,應駕小車騎白羊。

 

(下し文)

#2

高堂 門に倚りて伯魚を望む,魯中 正に是れ 趨庭の處。

我が家 寄せて在り 沙丘の傍,三年 歸らず 空しく斷腸。

君が行 既に識る 伯禽子,應に小車に駕して 白羊に騎すべし。

 

(現代語訳)

われは、日夕門に倚って、わが長子の居る方を望んで居るが、その趨庭の處は、君が今度行かれる魯中である。

今でも、我が家は、沙丘城の近傍に寓居して居るが、われは、三年も歸省せず、従って、その近況も分らぬから、これを思えば、もなしく断腸するばかり。

君は、魯中に行くついでに、どうか、わが子の伯禽を見知って下さい。彼は、さながら、古しえの衞玠の如く、小事を白羊に牽かせて、市中を得意に乗りまわして居ることであらう。

 

(訳注)

送蕭三十一之魯中兼問稚子伯禽

1. (道教つながりの友人の蕭三十一が魯中に行くというので、これを送り、ついでに、その地に住んでいる李白女子供、長男伯禽の近況を尋ねてほしいというもの)

2. 【題義】 蕭三十一の三十一は例の排行で、その名字は未詳。稚子伯禽は、李白の子で、この時まだ魯中に寄寓して居たのである。そこで、この詩は、蕭某の魯中にゆくを送り、併せて、稚子伯禽の近況を問うたのである。

#2

高堂倚門望伯魚,魯中正是趨庭處。

われは、日夕門に倚って、わが長子の居る方を望んで居るが、その趨庭の處は、君が今度行かれる魯中である。

8. 倚門 戦国策に「王孫賞の母白く、汝、朝に出でて晩に来れば、菅、門lこ侍ってまむしとある。戰國王孫賈之母曰汝朝出而晚来則吾倚門而望家語

9. 趨庭 《論語·季氏》:“ 孔子嘗獨立, 鯉趨而過庭。曰:'學詩乎?'對曰:'未也。''不學詩,無以言。鯉退而學詩。他日,又獨立, 鯉趨而過庭。曰:'學禮乎?'對曰:'未也。''不學禮,無以立。鯉退而學禮。” 鯉, 孔子之子伯魚。后因以“趨庭”謂子承父教。

10. 伯魚 家語に「伯魚の生るるや、魯の昭公、鯉魚を以て孔子に賜ふ。君の貺を栄誉とし、故に因って鯉と名づけ、伯魚と字とす」とある。伯魚之生也魯昭公以鯉魚賜孔子榮君之貺故因名鯉而字伯魚

 

我家寄在沙丘傍,三年不歸空斷腸。

今でも、我が家は、沙丘城の近傍に寓居して居るが、われは、三年も歸省せず、従って、その近況も分らぬから、これを思えば、もなしく断腸するばかり。

沙邱 瑕丘 (河南道 兗州 瑕丘別名:魯城、沙丘城、魯東門のこと。

沙邱城下寄杜甫 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白190

 

君行既識伯禽子,應駕小車騎白羊。

君は、魯中に行くついでに、どうか、わが子の伯禽を見知って下さい。彼は、さながら、古しえの衞玠の如く、小事を白羊に牽かせて、市中を得意に乗りまわして居ることであらう。

騎白羊 世説註に、「白羊車に洛陽市上に乘ず、咸な曰く誰が家の璧人。」と、ある。

衛玠(286年-312年),字を叔寶,小字は虎,河東郡安邑縣(今山西省運城市夏縣)の人。祖父は衛瓘*で,官は太尉に至り,父衛恆は,官、尚書郎に至る。於西晉武帝太康七年(286年)に生れ,容貌俊美,風采極佳,眾人が仰慕する所と為す。年、幼時に羊車に乘坐し、到街市に去り,眾人は圍堵し,被稱は「璧人」と為す。

*衛瓘は、中国三国時代から西晋の軍人・政治家。字は伯玉。司隷河東郡安邑県の出身。父は魏の尚書衛覬。