749年 13《答族姪僧中孚贈玉泉仙人掌茶并序(卷十九(二)一一二七)》#2

 

 

749年 13《答族姪僧中孚贈玉泉仙人掌茶并序(卷十九(二)一一二七)》#2漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog 10562

千歳を経過すると、体がしだいに白くなって、さながら雪のようであるという。

その棲息する時は、身を逆さまにして懸って居る。蓋し、乳水を飲んで、長生するのである。

それから、清渓の水邊には、茗という草が連り生えている。

その枝葉は、碧玉のようである。ここに、玉泉寺の住持眞和尚だけが、平生その名草を采り、これを茶として飲用して居る。

 

 

 

 

李白 訳注解説 749年 《金陵方面》 3

 

 

12. 荅王十二寒夜獨酌有懷

〈此詩,蕭士贇云是僞作〉

昨夜中雪,子猷佳興發。

萬里浮雲卷碧山,青天中道流孤月。

孤月滄浪河漢清,北斗錯落長庚明。

#2

懷余對酒夜霜白,玉牀金井冰崢嶸。

人生飄忽百年,且須酣暢萬古情。

君不能狸膏金距學雞,坐令鼻息吹虹霓。

#3

君不能學哥舒,橫行青海夜帶刀,西屠石堡取紫袍。

吟詩作賦北牕裏,萬言不直一杯水。

世人聞此皆掉頭,有如東風射馬耳。

#4

魚目亦笑我,請與明月同。

驊騮拳跼不能食,蹇驢得志鳴春風。

折楊皇華合流俗,晉君聽琴枉清角。

巴人誰肯和陽春,楚地由來賤奇璞。

#5

黃金散盡交不成,白首爲儒身被輕。

一談一笑失顏色,蒼蠅貝錦喧謗聲。

曾參豈是殺人者,讒言三及慈母驚。

#6

與君論心握君手,榮辱於余亦何有。

孔聖猶聞傷鳳麟,董龍更是何雞狗。

一生傲岸苦不諧,恩疏媒勞志多乖。

#7

嚴陵高揖漢天子,何必長劍拄頤事玉階?

達亦不足貴,窮亦不足悲。

韓信羞將絳灌比,禰衡恥逐屠沽兒。

#8

君不見李北海,英風豪氣今何在?

君不見裴尚書,土墳三尺蒿棘居。

少年早欲五湖去,見此彌將鐘鼎疎。

 

 

13. 答族侄僧中孚贈玉泉仙人掌茶

(序文)

余聞州玉泉寺。近清溪諸山。山洞往往有乳窟。窟中多玉泉交流。其中有白蝙蝠大如鴉。按仙經。蝙蝠一名仙千歳之後。體白如雪。則倒懸。葢飲乳水而長生也。其水邊處處有茗草羅生。枝葉如碧玉。惟玉泉真公常采而飲之。年八十餘歳。顔色如桃花。而此茗清香滑熟。異於他者。所以能還童振枯。扶人壽也。余遊金陵。見宗僧中孚。示余茶数十片。拳然重疊。其狀如手。號為仙人掌茶。葢新出乎玉泉之山。曠古未覿。因持之見遺。兼贈詩。要余荅之。遂有此作。後之高僧大隱。知仙人掌茶。發乎中孚禪子及青蓮居士李白也。

 

 

常聞玉泉山,山洞多乳窟。

仙鼠如白鴉,倒懸清溪月。

茗生此中石,玉泉流不歇。

#2

根柯灑芳津,採服潤肌骨。

叢老卷綠葉,枝枝相接連。

曝成仙人掌,似拍洪崖肩。

舉世未見之,其名定誰傳。

#3

宗英乃禪伯,投贈有佳篇。

清鏡燭無鹽,顧慚西子妍。

朝坐有餘興,長吟播諸天。

 


 

 

 

13. 答族姪僧中孚贈玉泉仙人掌茶并序(卷十九(二)一一二七)     

 

 

李白集校注 訳注解説

 

 

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李白集校注 卷十九(二)一一二七

李太白集  巻十八23 P59

全唐詩   178-23

 

 

答族侄僧中孚贈玉泉仙人掌茶幷序      巻178-23

 

(序文)

余聞州玉泉寺。近清溪諸山。山洞往往有乳窟。窟中多玉泉交流。其中有白蝙蝠大如鴉。按仙經。蝙蝠一名仙

千歳之後。體白如雪。則倒懸。葢飲乳水而長生也。其水邊處處有茗草羅生。枝葉如碧玉。惟玉泉真公常采而飲之。

年八十餘歳。顔色如桃花。而此茗清香滑熟。異於他者。所以能還童振枯。扶人壽也。余遊金陵。見宗僧中孚。

示余茶数十片。拳然重疊。其狀如手。號為仙人掌茶。葢新出乎玉泉之山。曠古未覿。因持之見遺。

兼贈詩。要余荅之。遂有此作。後之高僧大隱。知仙人掌茶。發乎中孚禪子及青蓮居士李白也。

 

 

常聞玉泉山,山洞多乳窟。

仙鼠如白鴉,倒懸清溪月。

茗生此中石,玉泉流不歇。

#2

根柯灑芳津,採服潤肌骨。

叢老卷綠葉,枝枝相接連。

曝成仙人掌,似拍洪崖肩。

舉世未見之,其名定誰傳。

#3

宗英乃禪伯,投贈有佳篇。

清鏡燭無鹽,顧慚西子妍。

朝坐有餘興,長吟播諸天。

 

(序文) 

余聞州玉泉寺。近清溪諸山。

私は荊州の玉泉寺の事を聞いているが、清溪秀壁の連山の近くにあるということである。

山洞往往有乳窟。窟中多玉泉交流。

そこには、山洞があり、往往乳窟と称するものがあって、窟中には、玉泉が交流しており、

其中有白蝙蝠大如鴉。

そして又、窟中には、白い蝙蝠がいて、その大さは鴉のようであるという。

按仙經。蝙蝠一名仙

仙経を按ずるに、蝙蝠は、別名、仙鼠という。

 

 ⑴

余聞く、州の玉泉寺は清溪諸山に近く、

山洞には、往往乳窟有り。窟中に多く玉泉交流し。

其中に白蝙蝠有り、大きさ鴉の如し。

仙經を按ずるに、蝙蝠は 一名、仙なり

 

千歳之後。體白如雪。

千歳を経過すると、体がしだいに白くなって、さながら雪のようであるという。

則倒懸。葢飲乳水而長生也。

その棲息する時は、身を逆さまにして懸って居る。蓋し、乳水を飲んで、長生するのである。

其水邊處處有茗草羅生。

それから、清渓の水邊には、茗という草が連り生えている。

枝葉如碧玉。惟玉泉真公常采而飲之。

その枝葉は、碧玉のようである。ここに、玉泉寺の住持眞和尚だけが、平生その名草を采り、これを茶として飲用して居る。

 

千歳の後、體 白きこと 雪の如し。

棲めば 則ち倒に懸る。葢し乳水を飲みて 長生するなり。

其の水 邊處 處に茗草有り 羅生す。

枝葉 碧玉の如し。惟だ 玉泉真公 常に采りて 之を飲む。

 

 

 

  荅族姪僧中孚贈玉泉仙人掌茶并序/

  (序文)

 余聞州玉泉寺近清溪諸山山洞往往有乳窟窟

 中多玉泉交流其繆本無/其字中有一作/白蝙蝠大如鴉

 按仙經蝙蝠一名仙千歳之後體白如雪一作/

 則倒懸葢飲乳水而長生也其水邊處處有茗草羅

 生枝葉如碧玉惟玉泉真公常采蕭本/作来而飲之年八

 

 十餘歳顔色如桃花而此茗清香滑熟異於他者所

 以能還童振枯扶一作/人壽也余遊金陵見宗僧中

 孚示余茶数十片拳然重疊其狀如手號為仙人掌

 茶葢新出乎玉泉之山曠古未覿因持之見遺兼贈

 

 詩要余荅之遂有此作後之高僧大隱知仙人掌茶

 發乎中孚禪子及青蓮居士李白也

方輿勝覧玉泉寺在門軍當陽縣西南二十里玉泉山陳光大中浮屠知顗自天

 台飛錫来居此山寺雄于一方殿前有金龜池

一統志玉泉寺在州當陽縣西三十里隋大業間建清/溪山在南漳縣臨沮城界内其山髙峻東有泉

潛確居類書 玉泉山在當陽泉色白而瑩又曰珠泉泉南為天台智者道塲卽闋帝遣鬼工所造

抱朴子千蝙蝠色如白雪集則倒懸腦重故也。 述異記州清溪秀壁諸山

山洞往往有乳窟窟中多玉泉交流中有白蝙蝠大如鴉

王琦の解 按仙經云蝙蝠一名仙千載之後體白如銀棲卽倒懸葢飲乳水而長生也太白此

 序所謂余聞者葢本之此

 本草拾遺乳穴水近乳穴處流出之泉也人多取水作飲釀酒大有益其水濃

 者稱之重於他水煎之上有鹽花此真乳液也説文茗茶芽也郭璞爾雅註茶樹小如梔子冬生葉可煮

 作羮飲今呼早採者為茶晚取者為茗温南岳彌陀寺承和尚碑開元二十三年至州玉泉寺

 蘭若真和尚郎玉泉真公也 蝙音鞭

 (本文)

常聞玉泉山山洞多乳窟仙如白鴉倒懸清一作/

月茗生此中石玉泉流不歇根柯灑芳津採服潤肌骨

繆本/作楚老巻緑葉枝枝相接連曝成仙人掌似拍洪崖

肩舉世未見之其名定誰傳宗英乃禪伯投贈有佳篇

清鏡燭無鹽顧慙西子妍朝坐有餘興長吟播諸天/

 

詩左挹浮丘袖右拍洪崖肩薛綜西京賦註洪崖三皇/時伎人新序齊有婦人極醜無雙號曰無鹽女趙岐孟

子註西子古之好女西施也佛書言三界共有三十/二天自四天王天至非有想非無想天總謂之諸天

 

 

 

《答族侄僧中孚贈玉泉仙人掌茶幷序》現代語訳と訳註解説

(本文)

千歳之後。體白如雪。

則倒懸。葢飲乳水而長生也。

其水邊處處有茗草羅生。

枝葉如碧玉。惟玉泉真公常采而飲之。

 

(下し文)
千歳の後、體 白きこと 雪の如し。

棲めば 則ち倒に懸る。葢し乳水を飲みて 長生するなり。

其の水 邊處 處に茗草有り 羅生す。

枝葉 碧玉の如し。惟だ 玉泉真公 常に采りて 之を飲む。

 

(現代語訳)

千歳を経過すると、体がしだいに白くなって、さながら雪のようであるという。

その棲息する時は、身を逆さまにして懸って居る。蓋し、乳水を飲んで、長生するのである。

それから、清渓の水邊には、茗という草が連り生えている。

その枝葉は、碧玉のようである。ここに、玉泉寺の住持眞和尚だけが、平生その名草を采り、これを茶として飲用して居る。

 

(訳注) 

序文(2

千歳之後。體白如雪。

千歳を経過すると、体がしだいに白くなって、さながら雪のようであるという。

 

則倒懸。葢飲乳水而長生也。

その棲息する時は、身を逆さまにして懸って居る。蓋し、乳水を飲んで、長生するのである。

 

其水邊處處有茗草羅生。

それから、清渓の水邊には、茗という草が連り生えている。

6. 茗草 茗という草。茶。特に、新芽を摘んだものを茶というのに対し、遅く摘んだものをいう。

 

枝葉如碧玉。惟玉泉真公常采而飲之。

その枝葉は、碧玉のようである。ここに、玉泉寺の住持眞和尚だけが、平生その名草を采り、これを茶として飲用して居る。

7. 玉泉真公 については、王琦の解に次のように示している。

方輿勝覧に「玉泉寺は門軍當陽縣西南の二十里に在り。玉泉山は、陳の光大中、浮屠知顗、天台より飛錫し、来って此の山に居る。寺は、一方に雄たり、殿前に金龜池有り。」といい、一統志に、「玉泉寺は、州當陽縣の西三十里に在り、隋の大業間に建つ。清溪山は、南漳縣臨沮城界内に在り、其の山、髙峻、東に泉有り。」といい、潛確居類書には、「玉泉山は、當陽に在り、泉色白くして瑩、又珠泉と曰う。泉南を為天台智者の道塲と者す。卽ち闋帝、鬼工を遣わして造らしむ所」とある。次に白蝙蝠については、抱朴子に、「千蝙蝠、色、白雪の如く、集まれば則ち、倒懸す。腦 重さが故なり。」とあり、述異記に「州清溪秀壁の諸山、山洞往往にして乳窟有り、窟中多く、玉泉交流す、中に白蝙蝠有り、大きさは鴉の如し。」とある。

 

王琦の解に 「按ずるに仙經に云う。蝙蝠、一名は仙千載の後、體、白く銀の如し。棲めば、卽ち、倒懸す。葢し乳水を飲んで長生するなり。太白の此の序に所謂わゆる余、聞く者とは、葢し、之を此に本づく。」といい、本草拾遺に「乳穴水とは、乳穴に近き處より流出する之の泉なり。人多く水を取って飲と作し、酒を釀す。大いに有益り。其の水濃かなるものは、之を稱して他水よりも重たし。之を煎ずれば、上に鹽花有り。此れ真の乳液なり。」とある。茶について、説文に「茗は茶芽なり。」といい、郭璞の爾雅註に「茶は樹小にして、梔子の如く、冬、葉を生じ、煮て羮と作して、飲む可し。今、早く採る者を呼んで、茶と為し、晚取の者を茗と為す。」とある。真公は、温の南岳彌陀寺、承和尚碑に「開元二十三年、州玉泉寺に至り、蘭若真和尚に謁す。郎ち玉泉真公なり」とあり、真和尚であるとみえる。