漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

恋歌・女詩

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
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漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

女性詩index <117>玉台新詠集・古詩源・文選  554 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1479

謝靈運index謝靈運詩古詩index漢の無名氏 
孟浩然index孟浩然の詩韓愈詩index韓愈詩集
杜甫詩index杜甫詩 李商隠index李商隠詩
李白詩index 李白350首女性詩index女性詩人 
女性詩index <117>玉台新詠集・古詩源・文選 554 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1479

文学に関わった女性は限られた数だが、その実態は特有のものがある。例えば後宮関係、文学者の家の縁者、特殊な階級の者には妓女・尼等がある。作品の質については作品数が極端に少量なので相対的評価はしがたい。一部の作者は高く評価できるものもある。
漢代では、班捷杼、班昭、六朝では蔡琰、沈満願、鮑令暉、唐代では李季蘭、篩濤、魚玄機である。
しばらくはこのリストに基づきブログを続けることとする。

玉台新詠集の中の女性詩。

巻一 1  答詩一首            徐嘉妻徐淑     じょしゅく  
答詩一首 秦嘉妻徐淑 女流<113-#1>玉台新詠集 女性詩 549 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1464
答詩一首 秦嘉妻徐淑 女流<113-#2>玉台新詠集 女性詩 550 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1467      
巻四 2  雑詩六首 (一)擬青青河畔草    鮑令暉        ほうれいき 鮑照の妹 
巻四 3  雑詩六首 (二)擬客従遠方來                        ほうれいき  
巻四 4  雑詩六首 (三)題書後寄行人                        ほうれいき  
巻四 5  雑詩六首 (四)古意 贈今人                         ほうれいき  
巻四 6  雑詩六首 (五)代葛沙門妻郭小玉詩二首 二 君子將傜役  ほうれいき  
巻四 7  雑詩六首 (五)代葛沙門妻郭小玉詩二首 一 明月何皎皎  ほうれいき  
  香茗賦集                                                                     ほうれいき  
  錄其詩七首                                                                 ほうれいき  
巻十 8  寄行人一首 鮑令暉                                       ほうれいき 鮑照の妹 
      
巻五 9  詠歩揺花                              范靖婦沈満願     しんまんがん 沈約の孫娘 
詠歩揺花 范靖婦沈満願 宋詩<119>玉台新詠集巻四 女性詩 556 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1485

巻五 10  戯蕭娘                                  范靖婦沈満願 しんまんがん  
戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

巻五 11  詠五彩竹火籠                      范靖婦沈満願 しんまんがん
詠五彩竹火籠 范靖婦沈満願 宋詩<121>玉台新詠集巻四 女性詩558 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1491

巻五 12  詠鐙 范靖婦                         沈満願 しんまんがん  
詠鐙 范靖婦沈満願 宋詩<122>玉台新詠集巻四 女性詩559 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1494

巻十 13  詩三首 王昭君歎二首(一)早信丹靑巧    范静妻 (沈満願) しんまんがん 梁の征西記室范靖の妻 
王昭君歎二首 其一 沈満願(梁の征西記室范靖の妻) <114-#1>玉台新詠集 女性詩 551 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1470

巻十 14  詩三首 王昭君歎二首(二)今朝猶漢地    范静妻 (沈満願) しんまんがん  
王昭君歎二首 其二 沈満願(梁の征西記室范靖の妻) 女流<115>玉台新詠集 女性詩 552 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1473

巻十 15  映水曲 范静妻 (沈満願) しんまんがん  
 映水曲 沈満願(梁の征西記室范靖の妻) 女流<116>玉台新詠集 女性詩 553 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1476
  
巻六 16  答外詩二首(一)花庭麗景斜 徐悱妻劉令嫺 りゅうれいかん  
巻六 17  答外詩二首(二)東家挺奇麗 徐悱妻劉令嫺 りゅうれいかん  
巻六 18  答唐嬢七夕所穿針                 徐悱妻劉令嫺 りゅうれいかん  
巻八 19  雜詩 和婕妤怨                      徐悱妻劉(王叔英妻) りゅうれいかん  
巻八 20  和昭君                                     王叔英妻劉氏 りゅうれいかん  
巻九 21  贈答一首                                 王叔英婦 りゅうれいかん  
巻九 22  詩三首(一)光宅寺                  徐悱婦 りゅうれいかん  
巻九 23  詩三首(二)題甘蕉葉示人      徐悱婦 りゅうれいかん  
巻九 24  摘同心支子贈謝嬢因附此詩 徐悱婦 りゅうれいかん  
巻九 25  暮寒一首                                 王叔英婦 りゅうれいかん  
      
巻九 26  歌詩一首 幷序                       烏孫公主(劉細君) うそんこうしゅ りゅうさいくん 
  悲愁歌 烏孫公主(劉細君) <108>Ⅱ李白に影響を与えた詩542 漢文委員会kannuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1443
     
巻十 28  歌一首                                     銭塘蘇小小 そしょうしょう  
      
巻十 29 答王團扇歌三首(一)七寶畫團扇  桃葉 とうよう  
巻十 30 答王團扇歌三首(二)青青林冲竹  桃葉 とうよう  
巻十 31 答王團扇歌三首(三)團扇復團扇  桃葉 とうよう  


古詩源
 秦末        虞美人歌           虞美      ぐび     玉臺新詠
虞美人歌  秦末・虞美人 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482 

     67   安世房中歌          唐山夫人    とうざんふじん  古詩源
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩<123>古詩源 巻二 女性詩560 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1497
安世房中歌十七首(其2) 唐山夫人 漢詩<124>古詩源 巻二 女性詩561 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1500
安世房中歌十七首(其3) 唐山夫人 漢詩<125>古詩源 巻二 女性詩562 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1503
安世房中歌十七首(其4) 唐山夫人 漢詩<126>古詩源 巻三 女性詩563 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1506
安世房中歌十七首(其5) 唐山夫人 漢詩<127>古詩源 巻三 女性詩564 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1509
安世房中歌十七首(其6) 唐山夫人 漢詩<128>古詩源 巻三 女性詩565 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1512
安世房中歌十七首(其7) 唐山夫人 漢詩<129>古詩源 巻三 女性詩566 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1515
安世房中歌十七首(其8) 唐山夫人 漢詩<130>古詩源 巻二 女性詩567 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1518
安世房中歌十七首(其9) 唐山夫人 漢詩<131>古詩源 巻二 女性詩568 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1521


 漢      悲愁歌             烏孫公主(劉細君)     玉臺新詠
悲愁歌 烏孫公主(劉細君) <108>Ⅱ李白に影響を与えた詩542 1443


 漢  88   白頭吟            卓文君            古詩源(上)
白頭吟 卓文君 <109-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩543 1446
白頭吟 卓文君 <109-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩544 1449
 漢  99   歌               華容夫人          古詩源

 漢 100   怨詩              王昭君            玉臺新詠
怨詩 王昭君  漢詩<110-#1>545 漢文委員会kannuniinkai紀頌之の漢詩1452
怨詩 王昭君  漢詩<110-#2>546 漢文委員会kannuniinkai紀頌之の漢詩1455

 漢 101   怨歌行             班倢妤           玉臺新詠
怨歌行 班婕妤(倢伃) 漢詩<111>玉台新詠集 女性詩547 漢文委員会kannuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1458

 漢 103   歸風送遠操          趙飛燕           玉臺新詠

歸風送遠操 趙飛燕 女流<112>玉台新詠集 女性詩 548 1461

 
 漢       『女誡』7章          斑昭   
 魏 123   盤中詩             蘇伯玉妻          古詩源
 魏 125   古怨歌             竇玄妻            古詩源
後漢 125   悲憤詩             蔡琰            古詩源
         胡笳十八拍          蔡琰  
 魏  245   塘上行             薽后            古詩源

 魏       答詩一首            徐淑(秦嘉妻徐淑)     玉臺新詠
答詩一首 秦嘉妻徐淑 女流<113-#1>玉台新詠集 女性詩 549 1464

答詩一首 秦嘉妻徐淑 女流<113-#2>玉台新詠集 女性詩 550 1467


 東晉      聯歌               謝道蘊  
 宋  233   雑詩六首 (一)擬青青河畔草 ほか10首 鮑令暉   古詩源・玉臺新詠

 梁        答外詩二首(一)花庭麗景斜 ほか9首 徐悱妻劉令嫺  玉臺新詠
 梁 348    孤燕詩            衛敬瑜の妻王氏      古詩源
     
 梁        詠歩揺花 他6首      沈満願            玉臺新詠
王昭君歎二首 其一 沈満願(梁の征西記室范靖の妻) <114-#1>玉台新詠集 女性詩 551 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1470

 北魏  380  楊白花            胡太后            古詩源
 北斎  388  感琵琶絃           馮淑妃            古詩源

夜坐吟 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白350-207

夜坐吟 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白350-207


夜坐吟 李白
冬夜夜寒覺夜長、沈吟久坐坐北堂。
冬の夜は、夜の寒さがきびしければ厳しいほど、夜がますます長く感じられるものである。うれいの詩を吟じれば沈みこみ、ながい時間をじっと座れば座るほど、北の奥座敷に坐わることになる。
冰合井泉月入閨、金鉱青凝照悲啼。
寒さが増して氷が井戸にはりつめた、月の光が閨の部屋に冷たくさしこんでいる。黄金の油皿の火が青くこりかたまるほどの長い時間がたっている、悲しい泣きはらした顔を照らしだしている。
金釭滅、啼轉多、掩妾涙、聴君歌。
黄金の油皿の火がきえると、ますますひどく泣けてくる。わたしの涙をかくして、あなたの歌を聞きましょう。
歌有聲、妾有情、情聾合、兩無違。
歌はあなたのよい声でいい。わたしのこころには情がある。わたしの情と、いい声のあなたを、兩の手のように合わせ、たがいにちぐはぐのないようにしましょう。
一語不入意、従君萬曲梁塵飛。

一つのことばが、わたしの心情に響かないなら、あなたが万曲を歌ったとしても、それはただ、梁の上の塵を飛ばすほど澄みきった声であろうと、わたしに関係のないことなのよ、すきにしなさい。

夜坐吟

冬夜 夜は寒くして 夜の長きを覚ゆ、沈吟 久しく坐して北堂に坐す。

氷は井泉に合し 月は閏に入る、金紅青く凝って悲啼を照らす。

金紅滅し、啼くこと転(うた)た多し。

妾が涙を掩い、君が歌を聴く。

歌には声有り、妾には情有り。

情声合して、両つながら違(たご)う無けん。

一語 意に入らずんば、君が万曲梁塵(りょうじん)の飛ぶに従(ま)かせん。



夜坐吟 現代訳と訳註 解説。

(本文)
夜坐吟 李白

冬夜夜寒覺夜長、沈吟久坐坐北堂。
冰合井泉月入閨、金鉱青凝照悲啼。
金紅滅、啼轉多、掩妾涙、聴君歌。
歌有聲、妾有情、情聾合、兩無違。
一語不入意、従君萬曲梁塵飛。
  
(下し文)
冬夜 夜は寒くして 夜の長きを覚ゆ、沈吟 久しく坐して北堂に坐す。
氷は井泉に合し 月は閏に入る、金紅青く凝って悲啼を照らす。
金紅滅し、啼くこと転(うた)た多し。
妾が涙を掩い、君が歌を聴く。
歌には声有り、妾には情有り。
情声合して、両つながら違(たご)う無けん。
一語 意に入らずんば、君が万曲梁塵(りょうじん)の飛ぶに従(ま)かせん。
  
(現代語訳)
冬の夜は、夜の寒さがきびしければ厳しいほど、夜がますます長く感じられるものである。うれいの詩を吟じれば沈みこみ、ながい時間をじっと座れば座るほど、北の奥座敷に坐わることになる。
寒さが増して氷が井戸にはりつめた、月の光が閨の部屋に冷たくさしこんでいる。黄金の油皿の火が青くこりかたまるほどの長い時間がたっている、悲しい泣きはらした顔を照らしだしている。
黄金の油皿の火がきえると、ますますひどく泣けてくる。
わたしの涙をかくして、あなたの歌を聞きましょう。
歌はあなたのよい声でいい。わたしのこころには情がある。わたしの情と、いい声のあなたを、兩の手のように合わせ、たがいにちぐはぐのないようにしましょう。


一つのことばが、わたしの心情に響かないなら、あなたが万曲を歌ったとしても、それはただ、梁の上の塵を飛ばすほど澄みきった声であろうと、わたしに関係のないことなのよ、すきにしなさい。

  
夜坐吟(語訳と訳註)
  
夜坐吟 六朝の、飽照の詩集に「代夜坐吟」と題する楽府。
冬夜沈沈夜坐吟、含聲未発已知心。
霜入幕、風度林、 朱灯滅、 朱顔尋。
体君歌、逐君音、 不貴声、 貴意探。


この詩は、冬の夜に人の歌うのを聞いて、歌の声のよさよりも歌う心の深さを貴ぶ、とうたっている。李白も、同じリズムを借り、同じ発想によっている。

冬夜夜寒覺夜長、沈吟久坐坐北堂。
冬の夜は、夜の寒さがきびしければ厳しいほど、夜がますます長く感じられるものである。うれいの詩を吟じれば沈みこみ、ながい時間をじっと座れば座るほど、北の奥座敷に坐わることになる。
沈吟 かんがえこむこと。うれえなげくこと。○北堂 北向の奥の部室婦人がここに住む。


冰合井泉月入閨、金鉱青凝照悲啼。
寒さが増して氷が井戸にはりつめた、月の光が閨の部屋に冷たくさしこんでいる。黄金の油皿の火が青くこりかたまるほどの長い時間がたっている、悲しい泣きはらした顔を照らしだしている。
冰井合 井戸の水が氷って音を立てる。。○ 美人の寝室。


金紅滅、啼轉多、掩妾涙、聴君歌。
黄金の油皿の火がきえると、ますますひどく泣けてくる。
わたしの涙をかくして、あなたの歌を聞きましょう。
金釭 釭は、ともしぴの油皿。それが黄金づくり。○ ますます。○ 女の一人称。


歌有聲、妾有情、情聾合、兩無違。
歌はあなたのよい声でいい。わたしのこころには情がある。わたしの情と、いい声のあなたを、兩の手のように合わせ、たがいにちぐはぐのないようにしましょう。


一語不入意、従君萬曲梁塵飛。
一つのことばが、わたしの心情に響かないなら、あなたが万曲を歌ったとしても、それはただ、梁の上の塵を飛ばすほど澄みきった声であろうと、わたしに関係のないことなのよ、すきにしなさい。
 なるが儘にまかせる。したいようにしなさい、わたしには関係ないことだ。〇万曲 情をふくんだ一曲には心を動かされるが、情のない万曲のいい声で歌っても気にもとまらない。○梁塵飛 漢の劉向の「別録」に、漢はじまって以来の名歌手といわれる魯の人虞公は、声がすみきっていて、歌うと、梁の上につもった塵までが動いたという美声の故事。



(解説)
 冬の長き夜が、一人寝の場合長くなり、待ち人が来ないと更に長く感じる。近頃はちっとも来てくれないので毎夜泣き腫らしていた。今日も泣き腫らしていたら私の心を動かすようないい声のあなたが来てくれた。心とあなたの思いやりのある歌声できっと固く結ばれるはず。
心で結び合いたいと願っている。心が結ばれたら、あなたが来ない寒い夜もきっと泣かないでいられると思う。
 
 梁の上の塵、梁に朝日が射すなど梁の語は女性目線で寝転んで上を見ている、つまり、性交を意味している。
あなたのいい声で私の心に響かせてくれたら、明日から泣かないで済むという。
 一夜の情交でも心が通じ合うことを夢見ている妓女の詩である。


無題(乗是重言去紹躍) 李商隠 19

無題(乗是重言去紹躍)李商隠 19
七言律詩 六朝時代の謝朓、李白、の閨怨の詩を受け継ぎ李商隠風に発展させた詩である。


無題
題をつけない詩。閨怨の詩。
來是空言去絶蹤、月斜楼上五更鐘。
また来てくれるというお約束でした、それが絵空事になるなんて、その上あなたが何処へ行かれたのかもわからない。月は傾き、ひと夜、二階座敷でまっていたら、はや、午前四時(五更)の鐘が鳴ったのです。
夢為遠別啼難喚、書被催成墨未濃。
うたたねの中で、あなたと遠く行ってお別れする夢を見ました。あなたを何度も呼ぶのに届かない、悲しくて声をあげて泣いてしまった。
せめてお手紙を差し上げよう思い、筆をとりましたけれど、墨は充分な濃さにすれなくお使いの出る時刻に焦ってしまった。

蝋照半籠金翡翠、麝薫微度繍芙蓉。
いま、部屋の蝋燭の明りは、半ばにこもり、金をあしらった翳翠羽の飾りに、麝薫の香りほのかにかおり、蓮花模様の褥の上に漂っているだけで蓮華は開けない。
劉郎已恨蓬山遠、更隔蓬山一萬重。

劉郎の喜びというものが、蓬莱山のように遠くて手の到かない気がするとくやんでいたけど、いまのわたしはそれ以上に、距てられている。いまは蓬莱山までの一万里をも重ねたくらい隔てられるている。


題をつけない詩。閨怨の詩

また来てくれるというお約束でした、それが絵空事になるなんて、その上あなたが何処へ行かれたのかもわからない。月は傾き、ひと夜、二階座敷でまっていたら、はや、午前四時(五更)の鐘が鳴ったのです。
うたたねの中で、あなたと遠く行ってお別れする夢を見ました。あなたを何度も呼ぶのに届かない、悲しくて声をあげて泣いてしまった。
せめてお手紙を差し上げよう思い、筆をとりましたけれど、墨は充分な濃さにすれなくお使いの出る時刻に焦ってしまった。
いま、部屋の蝋燭の明りは、半ばにこもり、金をあしらった翳翠羽の飾りに、麝薫の香りほのかにかおり、蓮花模様の褥の上に漂っているだけで蓮華は開けない。
劉郎の喜びというものが、蓬莱山のように遠くて手の到かない気がするとくやんでいたけど、いまのわたしはそれ以上に、距てられている。いまは蓬莱山までの一万里をも重ねたくらい隔てられるている。


(下し文)無題
来るとは是れ空言 去って蹤を絶つ
月は斜めなり 楼上 五更の鐘
夢に遠別を為して啼けども喚び難く
書は成すを催されて墨未だ濃からず
蝋照 半ば籠む 金翡翠
麝薫 微かに度る 繍芙蓉
劉郎は己に恨む 蓬山の遠きを
更に隔つ 蓬山 一万重
 
無題
無題 題をつけない詩。閨怨の詩
空閏、とどかぬ思い、胸の痛み、あのお方はなぜ来ない。やり切れぬ思い、女性の側から恋情を歌ったもの。

來是空言去絶蹤、月斜楼上五更鐘。
また来てくれるというお約束でした、それが絵空事になるなんて、その上あなたが何処へ行かれたのかもわからない。月は傾き、ひと夜、二階座敷でまっていたら、はや、午前四時(五更)の鐘が鳴ったのです。
空言 事実に裏付けされない言葉。空約束。絵空事。〇五更鐘 一夜を五分し、その度に夜番の者が更代(交代)する。五更は午前四時。

夢為遠別啼難喚、書被催成墨未濃。
うたたねの中で、あなたと遠く行ってお別れする夢を見ました。あなたを何度も呼ぶのに届かない、悲しくて声をあげて泣いてしまった。
せめてお手紙を差し上げよう思い、筆をとりましたけれど、墨は充分な濃さにすれなくお使いの出る時刻に焦ってしまった。
 声をあげて悲しみ泣く。梁の蕭綸(未詳―551)の秋胡の婦に代って閨怨する詩に「涙は尽く夢啼の中。」とある。○催成 催は催促されて気がせくこと。被催はせかされること。(夜明けが始業時間、朝廷の官僚も暗いうちから出勤した)したがって書被催成とは、夜が白みかけたら人の往来がある四、夜明けの鐘とともに使者が出発するので、それに間に合わないといけないために、早く手紙を書かかなければと焦っている状態を示す。また梁の劉孝威(496~549)の冬暁と題する詩に「妾が家は洛陽に辺す、慣れ知る暁鐘の声。鐘声猶お未だ尽きず、漢使応に行くべきを報ず。天寒くして硯の水凍る、心は悲しむ書の成らざるに。」寒くて墨がすれない。また、薄墨の言伝は心がないこと別れを意味する。だから、紛らわしくない濃い墨でとどけないといけない。

蝋照半籠金翡翠、麝薫微度繍芙蓉。
いま、部屋の蝋燭の明りは、半ばにこもり、金をあしらった翳翠羽の飾りに、麝薫の香りほのかにかおり、蓮花模様の褥の上に漂っているだけで蓮華は開けない。
金翡翠 蝋燭の光で閨に置く羽の飾り物が金色を散らしたようにみえる。翡翠はカワセミの長い綺麗な羽をいう。この翅は節句の飾りつけにつかわれる。○麝薫 麝薫 麝香鹿:中央アジア産の鹿の類 の腹からとった香料のかおり。○繍芙蓉 ぬいとりの蓮花模様。しとねの模様である。杜甫(712-770)の李監の宅の詩に「屏は開く金孔雀、裕は隠す繍芙蓉。」と。

劉郎已恨蓬山遠、更隔蓬山一萬重。
劉郎の喜びというものが、蓬莱山のように遠くて手の到かない気がするとくやんでいたけど、いまのわたしはそれ以上に、距てられている。いまは蓬莱山までの一万里をも重ねたくらい隔てられるている。
劉郎 中唐の詩人李賀(790-817)の「金銅仙人の漢を辞するの歌」に『茂陵の劉郎秋風の客。』から出る言葉。元来は漢の武帝劉徹を指すがそれにひっかけながらここは待っている人という意味で用いられている。○蓬山 東方海上、三仙山の一つ。〇 わたる。渡にひとしい。香りが漂いわたる。


   道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。

恋愛詩人・李商隠 2 房中曲 五言律排

李商隠 2 房中曲 五言律排

房中曲
薔薇泣幽素、翠帯花銭小。
庭の薔薇の花は人恋しさに寂しさに泣き、秋の露に濡れて細い緑の葉に包まれて咲く花は花びらの銭のように小さい
嬌郎癡若雲、抱日西簾暁。
若さを保ってる私は恥ずかしながら雲のように、太陽を抱きつつ 西の簾さえ暁にしらむまで抱いている。
枕是龍宮石、割得秋波色。
この枕は龍宮の石、その輝きは 秋の揺らめく波の色をさそう。
玉箪失柔膚、但見蒙羅碧。
玉の箪(むしろ)のうえに柔肌はないが、いまはただうすぎぬの肌着があるだけだ。

憶得前年春、未語含悲辛。
思い起こせば前年の春だ、旅立つ別れに何にも話さないのに悲しくて辛そうにしていた。
帰来已不見、錦瑟長於人。
帰ってみればもうお前はいない。錦の絵が描かれている大きな琴は人の背丈がそこにある。

今日澗底松、明日山頭檗。
今日は谷川そこまで生い茂っている松の木、明日には 山頂のミカンの木。
愁到天地翻、相看不相識。
愁は天と地のひるがえり、また出逢っても互いにだれかわからなくなるぐらい歳をとるまで続く。


庭の薔薇の花は人恋しさに寂しさに泣き、秋の露に濡れて細い緑の葉に包まれて咲く花は花びらの銭のように小さい
若さを保ってる私は恥ずかしながら雲のように、太陽を抱きつつ 西の簾さえ暁にしらむまで抱いている。

この枕は龍宮の石、その輝きは 秋の揺らめく波の色をさそう。
玉の箪(むしろ)のうえに柔肌はないが、いまはただうすぎぬの肌着があるだけだ。

思い起こせば前年の春だ、旅立つ別れに何にも話さないのに悲しくて辛そうにしていた。
帰ってみればもうお前はいない。錦の絵が描かれている大きな琴は人の背丈がそこにある。

今日は谷川そこまで生い茂っている松の木、明日には 山頂のミカンの木。
愁は天と地のひるがえり、また出逢っても互いにだれかわからなくなるぐらい歳をとるまで続く。

房中曲
房中曲 言葉の意味は私室の中の歌ということ。漢の高祖劉邦(紀元前247~195年)の時、その妃唐山夫人が房中詞を作り、また漢の武帝劉傲(紀元前157~87年)の時に房中歌という歌曲があった。それは周の房中楽に基づくのだという。3年で喪が開ける。表だっての派手な行動ははばかられる時期。851年李商隠四十歳頃の作。

薔薇泣幽素、翠帯花銭小。
庭の薔薇の花は人恋しさに寂しさに泣き、秋の露に濡れて細い緑の葉に包まれて咲く花は花びらの銭のように小さい。
泣幽素 幽素は人知れずひっそりと。素は飾りけのないことであり、色が白いこと。南北朝の劉昼の「春の花は日を見て笑うに似て、秋の露は滋くして泣くが如し。」とみえる。○花銭小 薔薇の花が銅貿のように小さいことをいう。

嬌郎癡若雲、抱日西簾暁。』
若さを保ってる私は恥ずかしながら雲のように、太陽を抱きつつ 西の簾さえ暁にしらむまで抱いている。
嬌耶 まだまだ若さを保った男。自分のことを言う。○抱日 雲が帆を包み抱く。

枕是龍宮石、割得秋波色。
この枕は龍宮の石、その輝きは 秋の揺らめく波の色をさそう。
龍宮石 石枕のことを龍宮石というが、この龍宮が水の中の宮殿。龍宮は次の秋波につながる。そして秋波は蒙羅の碧という言葉を呼び起こす。波は男女の行為を言う。
 
玉箪失柔膚、但見蒙羅碧。』
玉の箪(むしろ)のうえに柔肌はないが、いまはただうすぎぬの肌着があるだけだ。
玉箪 箪はたかむしろ。もと竹で作る。 ○蒙羅 うす絹のかけ布団。あるいは、うすぎぬの机着。

憶得前年春、未語含悲辛。
思い起こせば前年の春だ、旅立つ別れに何にも話さないのに悲しくて辛そうにしていた。

帰来已不見、錦瑟長於人。』
帰ってみればもうお前はいない。錦の絵が描かれている大きな琴は人の背丈がそこにある。
長於人 大琴の長さが人の背たけほどの長さで、そこにあるということ。


今日澗底松、明日山頭檗。
今日は谷川そこまで生い茂っている松の木、明日には 山頂のミカンの木。
今日澗底松 澗は谷川。松は、万木枯れてのち松の青きを知るというように、不変なものを象微する樹。○明日山頭檗 明日は山頂のミカンの木。檗はミカンの木。

愁到天地翻、相看不相識。』
愁は天と地のひるがえり、また出逢っても互いにだれかわからなくなるぐらい歳をとるまで続く。




 この詩は約一年半前に別れ旅立っている間に死んだ妻を偲んで詠ったものとされているものですが、人の大きさの琴は、宮廷の芸紀、地方政府の宮廷の芸妓、などが使っていたもの。そして、綺麗な石枕⇔竜宮⇔秋波⇔玉箪⇔柔膚⇔蒙羅 と男女の営みの語字を使い、そして、行為を次々連想させ、広げさせてくれる。 作者の寂しさは誰に向けられたものなのか。

李商隠の詩は、こうした独特の世界を広げてくれます。

○韻 小、暁 / 色、碧 / 辛、人 / 檗、識

四句ごとに韻を変えている、絶句(四句)が四つで、聯は対句をなし、律排詩にに構成されている。それそれを絶句としてみるとこの詩が妻の死を悲しむ歌なんかじゃなくて、巧みに字、語、句を配置させ、四句ごとに転韻させ、それぞれ意味が全く違うもので詩が出来上がったいる。初めrの四句「起」庭の素肌の白い花(女)と太陽(女)小銭のような花びら(女)、翠帯(男)雲(男)という暗号のように、男女を示す。つづく「承」は竜宮城から始まる男女の行為を連想させます。「転」で一転して帰ってみたら女の人はいなかった。「結」で人生はいろいろある。橋だけでも楽しもうよ。後にお互い年を取って誰だかわからないっということでもいいじゃないか。

房中曲
薔薇 幽素に泣き、翠帯 花銭 小さく。
嬌郎は癡(おろか)なること雲の若く、日を抱く 西簾(せいれん)の暁。』
枕は是 龍宮の石、割き得たり 秋波の色を。
玉箪(ぎょくてん)柔膚を失し、但 見る蒙羅の碧き。』
憶 得る 前年の春、未だ語らずして 悲辛を含む。
帰り来れば 已に見えず、錦瑟 人よりも長し。』
今日 澗底の松、明日 山頭の檗。
愁は到らん天と地の翻(ひるがえり)、相看る相識らざるまでに。』

李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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恋愛詩人・李商隱 1 錦瑟(きんしつ)

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 人には口外できないような不幸な恋愛、思いを遂げえない恋愛、漢詩でありながら小説的構成を持つ妖艶、妖気な恋愛、ポルノ写真にモザイクがかかったようなもの、酒宴で詠われたもの・・・・・・というとらえ方でしばらく李商隠を取り上げる。 
李商隱1錦瑟(きんしつ)

錦瑟  
錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。
(夫婦仲の良いことをいう琴瑟の片方で、かつて妻が奏でた)立派な瑟(おおごと)がわけもなく(悲しげな音色を出す)五十弦の。 一本の絃(げん)、一つの琴柱(ことじ)を(見るにつけ)、若く華やいでいた年頃を思い起こさせる。
莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。
荘周(さうしう:そうしゅう=荘子)が夢で、蝶(ちょう)になり、自分が夢で蝶になっているのか、蝶が夢で自分になっているのか、と迷い。(そのように、あなたの生死について迷い)。
蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑(ホトトギス)に魂を托(たく)した。(そのように、血を吐きながらなく思いである)。
滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。
青い海に月が明るく照らして、人魚は(月の精ともいうべき)真珠の涙をこぼして。曾て、真珠は海中の蚌(はまぐり)から生まれるものと思われた。また蚌(はまぐり)は月と感応しあって、月が満ちれば真珠が円くなり、月が缺ければ真珠も缺けると思われた。また、中秋の名月の時期になると、蚌は水面に浮かび、口を開いて月光を浴び、月光に感応して真珠が出来るとされた。
此情可待成追憶、只是當時已惘然。

わたしのこの(哀しみの)心情は、(時間が経過して)当時のことを追憶とする今となってのみ、可能なことだったのだろうか(いや、違う。その当時からすでにあったのだ)。

それはあなたが亡くなった当時から、已(すで)に気落ちしてぼんやりとしていたのだ。


錦瑟
(夫婦仲の良いことをいう琴瑟の片方で、かつて妻が奏でた)立派な瑟(おおごと)がわけもなく(悲しげな音色を出す)五十弦の。 
一本の絃(げん)、一つの琴柱(ことじ)を(見るにつけ)、若く華やいでいた年頃を思い起こさせる。
荘周(さうしう:そうしゅう=荘子)が夢で、蝶(ちょう)になり、自分が夢で蝶になっているのか、蝶が夢で自分になっているのか、と迷い。(そのように、あなたの生死について迷い)。
蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑(ホトトギス)に魂を托(たく)した。(そのように、血を吐きながらなく思いである)。
青い海に月が明るく照らして、人魚は(月の精ともいうべき)真珠の涙をこぼして。曾て、真珠は海中の蚌(はまぐり)から生まれるものと思われた。また蚌(はまぐり)は月と感応しあって、月が満ちれば真珠が円くなり、月が缺ければ真珠も缺けると思われた。また、中秋の名月の時期になると、蚌は水面に浮かび、口を開いて月光を浴び、月光に感応して真珠が出来るとされた。
(作者の妻が葬られた近辺の)藍田山(らんでんさん)に日(ひ)が暖かに射して、藍田に産する玉(=妻の容貌)が靄(もや)を生(しょう)じているように、朧(おぼろ)に輝いてくる。
わたしのこの(哀しみの)心情は、(時間が経過して)当時のことを追憶とする今となってのみ、可能なことだったのだろうか(いや、違う。その当時からすでにあったのだ)。

それはあなたが亡くなった当時から、已(すで)に気落ちしてぼんやりとしていたのだ。


錦瑟 琴の胴の部分に錦のような絵模様が描かれた大琴で、一般的に亡き妻をしのんで詠ったとされるが(漢文委員会ジオ倶楽部)、ここではおもい焦がれる恋しい人(たとえば不倫相手:逢いたくてもあうことのできなかった時)に対しての詩とした。この解釈のほうが詩の矛盾が、謎がすべて消える。

錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。
(あの人と仲の良いことをいう琴瑟の片方で、ことを奏でる)立派な瑟(おおごと)がいつものように五十弦を弾いている。一本の絃(げん)、一つの琴柱(ことじ)をあなたとの逢瀬を思い起こしている。たとえ逢えないないことがあってもこの恋は壊せはしない。
 ○無端 何の原因もなく。ゆえなく。わけもなく。端(はし)無く。これというきざしもなく。思いがけなく。はからずも。いつもどおい何の変りもなく。 ○五十弦 古代の瑟は五十弦のものは宮女(宮廷の芸妓)が使ったもの。後に二十五弦と改められたと、琴瑟の起源とともに伝えられている。 ・華年 あなたと逢瀬を過ごしているこの年月。

莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。
 昔、荘子がで、蝶になった夢をみて、その自由さに暁の夢が覚めてのち、自分の夢か、、蝶の夢かとと疑ったという。蝶のように華麗で自由にあなたのもとに飛んでいければいいのに。また、昔の望帝はその身が朽ちて果ててもの春目くその思いを、杜鵑(ホトトギス)に托したという。愛への思い焦がれる執着心はそのように、昼も夜も四六時中、哀鳴するものなのだ。。
 ○莊生 荘周。荘子。 ○迷 自分が夢で蝶になっているのか、蝶が夢で自分になっているのかということで迷う。 ○蝴蝶 荘周が夢の中で蝶になり、夢からさめた後、荘周が夢を見て蝶になっているのか、蝶が夢を見て荘周になっているのか、一体どちらなのか迷った。 ○望帝 蜀の望帝。蜀の開国伝説によると、周の末に蜀王の杜宇が帝位に即き、望帝と称した。望帝は部下のものに治水を命じておきながら、その妻と姦通し、その後その罪を恥じて隠遁した。旧暦二月、望帝が世を去ったとき、杜鵑(ホトトギス)が、哀鳴した。  ○春心 春を思う心。相手と結ばれたいとを思う心。 ○春心托杜鵑 相手と結ばれたいとを思う心は、血を吐きながら悲しげに鳴く杜鵑(ホトトギス)に托す。 ・杜鵑:〔とけん〕ほととぎす。血を吐きながら悲しげに鳴くという。

滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。
 あなたの心が青い海に向かうとき、わたしはすぐ月が明るく照らしてくれることを思う、人魚が面影を追って真珠の涙をこぼしてしているように。藍田の玉山のようなところで朦朧としているこの気持ちをはっきりと暖かくしてくれようとするものなのか、いや荘ではなく五色の雲煙が立ち込めて思いはとどかない。
 月と真珠は縁語であり、感応しあって、月が満ちれば真珠が円くなり、月が缺ければ真珠も缺けると思われた。また、中秋の名月の時期になると、蚌は水面に浮かび、口を開いて月光を浴び、月光に感応して真珠が出来るとされた。つまり、滄⇔海⇔月⇔明⇔珠⇔有⇔涙それぞれの語字が関連、連携して男女の思いを強調する効果を出している。 ○滄海 ここでは、思い浮かべる架空の青い海。他界の大海原。 ○ ここでは真珠。「蚌中の月」。 ・有涙:鮫人の涙。南海に住み、水中で機(はた)を織り、泣くときは真珠の涙をこぼすという。 ○藍田 陝西省藍田県東南にある山の名で、名玉を産する。美玉を産し、玉山ともいうが、ここでは想像上の逢瀬の場所をいう。 ○日暖 陽光が射す。はっきりする。 ○生煙 五色の雲煙が生じて宝気が立ち上るという。瑟の音色の形容でもあり、雲煙が慕情をさらに包み込んでいくことをしめす。

此情可待成追憶、只是當時已惘然。
 わたしのこのせつない心情(失意)は、追憶とするときだからそう思うのか、いや、違う。その当時からいつもせつないおもいをしていたのだ。公をはばかる恋というものは、初めからもどかしいやりきれなさを持っているものなのだ
 ○此情 この(鬱々とした)心情。失意  ○可待 何を待とうか。待つまでもないことだ。反語的な語気を含む。

 ○當時 その頃。その時。その頃。 ○ とっくに。すでに。はじめから  ○惘然 〔ぼうぜん〕気落ちしてぼんやりするさま。もどかしいやりきれなさ。



 なさぬ恋、悲恋の詩と解釈した。道ならぬ恋を「望帝」を持ち出して示唆している。これまでのように死に別れたつ前の気持ちを詠うのに姦通の故事を詠いこむのはおかしい。この歌は、貴族の歌会や、酒宴で披露したことを想定してみると実に奥深い趣のある芸術性に富んだしとなる。恋歌は不倫の詩である。李商隠の力作である。


錦瑟  李商隱
錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。
莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。
滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。
此情可待成追憶、只是當時已惘然。


錦瑟きんしつ端無はし なくも  五十弦ご じうげん,一弦いちげん一柱いっちゅう  華年かねんを思う。
莊生さうせいの曉夢ぎょう む は  蝴蝶こ ちょう に迷い,望帝ぼうていの春心しゅんしん は  杜鵑 と けん に托たくす。
滄海そうかい 月 明あきらかにして  珠たまに涙 有り,藍田らんでん 暖かにして  玉は煙を 生ず。
此の情 追憶と成なるを 待つ可べけんや,
只 是れ 當時より  已すでに惘然ぼうぜん

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86 太原早秋 87 遊南陽清泠泉

李白 86 太原早秋

五言律詩 
 太原早秋
歲落眾芳歇、時當大火流。
霜威出塞早、云色渡河秋。
夢繞邊城月、心飛故國樓。
思歸若汾水、無日不悠悠。

この年の盛りも過ぎて多くの花が散り去った、時はまさに火星が西に流れる秋だ。城壁の外では霜が猛威を振るい、雲の色が黄河に反映するさまは秋の気配を感じさせる
我が夢はこの辺地の城を巡っている月のようにさまよい、心は故郷の高殿のほうへと飛んでいく。、帰ろうと思えばその思いは汾水の流れのように、一日としてはるかな憂いにとらわれぬ日はない


歲落眾芳歇、時當大火流。
年の盛りも過ぎてたくさんの花が散り去った、時はまさに火星が西に流れていく秋がきた。
眾芳 眾は衆。たくさんの花。○大火 火星。さそり座の首星アンタレスの中国名。真夏の星の代名詞。


霜威出塞早、云色渡河秋。
城壁の外では霜が猛威を振るい、雲の色も黄河の秋が反映している。
出塞 異民族から守る塞を示すが、ここでは太原のまちの城壁を示す。南から来た李白にとって、北の果ての街の早霜に驚いたのだろう。○云色 雲の色 ○河秋 秋模様の黄河。このあたりの黄河は文字通り、黄色に濁った大河であり、秋の枯葉の黄色とあわせたもので河まで秋になった。


夢繞邊城月、心飛故國樓。

我が夢はこの辺地の城を巡っている月のようにさまよい、心は故郷の高殿のほうへと飛んでいく。
故國樓 故国とあるが故郷とする。故郷の高殿。この時、李白は故郷とはどこか、どこの高殿を指すのか。生活様式の違いに驚いたのだろう。蜀と江南の違いとは全く違ったものだったのだろう。


思歸若汾水、無日不悠悠。
帰ろうと思えばその思いは汾水の流れのように、一日としてはるかな憂いにとらわれぬ日はない
汾水 汾水は黄河から太原に別れた支流であり、見るものすべて故郷につながったのか。


李白 太原の早秋
歳落ちて衆芳歇(や)み、時は大火の流るるに當る
霜威塞を出でて早く、雲色河を渡って秋なり
夢は繞る邊城の月、心は飛ぶ故國の樓
歸らんと思へば汾水の若く、日として悠悠たらざるは無し
 

735年李白は35歳のとき、安陸を離れて洛陽に旅し、続けて太原を訪れた。洛陽で知り合った帰省する元演に誘われて太原までの長途の旅をしたのだ。この詩はその太源に滞在中かかれた詩で、唯一残っているものである。




李白 87 遊南陽清泠泉
五言古詩 

遊南陽清泠泉
惜彼落日暮、愛此寒泉清。    
西耀逐流水、蕩漾遊子情。
空歌望雲月、曲尽長松声。



儒教的現代訳
故郷と同じ沈みかけた夕日を惜しんでいる、ここの南陽の寒々とした澄み切った泉を愛でている。
西の空だけが耀いており、水流れをおいかけて輝かせる、定まらない気持ちというのは、旅人の心というもの。
空しく歌い雲間の月を眺めている、曲が終われば、高い松を抜ける風の音がするばかりだ。


本来の意味
夕暮れになると無性に心が切ない。この寒泉の清々しさを愛している。
旅に出て、浮気心は旅人の心情、月を抱くように女性を抱いた。その行為が終わったら後に残るのは、貞操感である。

南陽 河南省南陽市  ○ 地中から湧き出る水。源。女性をあらわす。
○蕩漾 とうよう ・蕩 ふわふわと揺れる。水が流れる。心惑わす。・漾 水が漂う。水が揺れる。性行為を連想させる。 ○遊子 よその国にいる旅人。○長松 高くそびえる松。
雲間の月は男女の営みをあらわし、長松は、厳然とした貞操を示す。


李白が、行楽地に来て、夕日を見て、故郷が寂しくつきをみあげてそっと涙する・・・・・、ということがあるわけはない。遊びに来ているのだから、酒も女も・・・・・、というのが当然のこと。
 これが李白の芸術性である。見たもの感じたものをストレートに表現しない、しかし、詠み人を右から左まで想像力たくましく誘ってくれる。人間のあり方を自然に考えている。

 礼節に飽き飽きした当時の様子を代表しているのではないだろうか。道教が、政治的な癒着から広がったのは否定できないが、儒教に飽き飽きした庶民から多くの支持が出たのも理解できる。

南陽の清泠泉に遊ぶ
彼(か)の落日、暮れたるを惜しむ、 此の寒泉(かんせん)の清けさを愛す
西耀(せいよう)は流水を逐(お)い、蕩漾(とうよう)は  遊子(ゆうし)の情。
空しく歌って雲月(うんげつ)の望、曲尽きて長松(ちょうしょう)の声

李白 84 長干行

李白 84 長干行


五言古詩長干行

妾發初覆額、折花門前劇。』
私の髪がやっと額を覆うようになてきた頃、花を摘んで門前のあたりで遊んでいました。』
郎騎竹馬來、繞床弄青梅。
あなたは竹馬に乗ってやってきて、寝床のまわりを回っては青い梅の実をもてあそびました。
同居長干里、兩小無嫌猜。
二人とも長干の里に住むもの同士、まだ幼くて男女の葛藤を知らないでいました
十四為君婦、羞顏未嘗開。
14歳であなたの妻になり、恥ずかしさではにかんで笑顔も作れないまま。
低頭向暗壁、千喚不一回。
うなだれて壁に向かっては、千度呼ばれても一度も振り向かないでいました。
十五始展眉、愿同塵與灰。
15歳でやっと眉をほころばせて笑うことができ、ともに寄り添い灰になるまで一緒にいたいと願うようになりました。
常存抱柱信、豈上望夫台。
あなたの愛は尾生の抱柱の信のように堅固でしたから、わたしが望夫臺に上って夫の帰りを待ちわびるようになろうとは思いもしませんでした
十六君遠行、瞿塘灩澦堆。
16歳のとき、あなたは遠くへ旅立ちました、長江の難所瞿塘、艶澦堆の方にいったのです。
五月不可觸、猿聲天上哀。
5月の増水期にはとても近づくことも出来ないといいます、そこには野猿がいて、その泣き声だけが大空に悲しそうに響きわたるのです。
門前遲行跡、一一生綠苔。』
私たちの家の門前には、あなたが旅立ちの時、行ったり、戻ったりしていたその足跡の上に、一つ一つ青いコケが生えてきました』
苔深不能掃、落葉秋風早。
その苔はふかくびっしりとし、とても払いきれません、枯れ葉が落ちはじめて早くも秋風が吹いています
八月胡蝶來、雙飛西園草。
仲秋の八月にはつがいの蝶が飛んできて、二羽ならんで西の庭園の草花の上を仲良く並んで飛び回ります
感此傷妾心、坐愁紅顏老。』
それを見るとおもわず心にあなたを思い私の心は痛み、若妻の紅顏が老いゆくのをむなしく悲しむばかりなのです。』
早晚下三巴、預將書報家。
いったいいつになったら三巴の長江を下って帰えられるのでしょうか、そのときはあらかじめ我が家に手紙で知らせてくださいね
相迎不道遠、直至長風沙。』

お迎えにあがるのに遠いなんて思いません、このまままっすぐに、長風沙まででも参ります。』




 
私の髪がやっと額を覆うようになてきた頃、花を摘んで門前のあたりで遊んでいました。』

あなたは竹馬に乗ってやってきて、寝床のまわりを回っては青い梅の実をもてあそびました。
二人とも長干の里に住むもの同士、まだ幼くて男女の葛藤を知らないでいました
14歳であなたの妻になり、恥ずかしさではにかんで笑顔も作れないまま。
うなだれて壁に向かっては、千度呼ばれても一度も振り向かないでいました。
15歳でやっと眉をほころばせて笑うことができ、ともに寄り添い灰になるまで一緒にいたいと願うようになりました。
あなたの愛は尾生の抱柱の信のように堅固でしたから、わたしが望夫臺に上って夫の帰りを待ちわびるようになろうとは思いもしませんでした

16歳のとき、あなたは遠くへ旅立ちました、長江の難所瞿塘、艶澦堆の方にいったのです。
5月の増水期にはとても近づくことも出来ないといいます、そこには野猿がいて、その泣き声だけが大空に悲しそうに響きわたるのです。
私たちの家の門前には、あなたが旅立ちの時、行ったり、戻ったりしていたその足跡の上に、一つ一つ青いコケが生えてきました』

その苔はふかくびっしりとし、とても払いきれません、枯れ葉が落ちはじめて早くも秋風が吹いています

仲秋の八月にはつがいの蝶が飛んできて、二羽ならんで西の庭園の草花の上を仲良く並んで飛び回ります
それを見るとおもわず心にあなたを思い私の心は痛み、若妻の紅顏が老いゆくのをむなしく悲しむばかりなのです。』

いったいいつになったら三巴の長江を下って帰えられるのでしょうか、そのときはあらかじめ我が家に手紙で知らせてくださいね
お迎えにあがるのに遠いなんて思いません、このまままっすぐに、長風沙まででも参ります。』


長干行
 行は、うた。長干は今の南京の南にある小さな町。出稼ぎの商人たちの居住した町。
楽府「雑曲歌辞」長江下流の船頭の妻の生活を詠う。男女の愛を歌ったもので、六朝時代の楽府を下敷きにしている。李白三十歳代の作品だとされる。二首あるが、其の二は後人の偽作とも言われている。李白の連作、連歌とは思えない雰囲気のものである。

toujidaimap216南京、三峡、三巴を示した



妾發初覆額。 折花門前劇。』
私の髪がやっと額を覆うようになてきた頃、花を摘んで門前のあたりで遊んでいました。
 女の一人称。○ あそびたわむれる。

郎騎竹馬來。 繞床弄青梅。
あなたは竹馬に乗ってやってきて、寝床のまわりを回っては青い梅の実をもてあそびました。
 男の二人称。○竹馬 中国の竹馬は、一本の竹にまたがって走る。馬のたてがみをあらわす房が端についており、片端は地にひきずって走る。○青梅・繞床 男女の性行為を示唆する。からまる。性行為という意識を持たないで遊びでしていた。(おいしゃさんごっこ)


同居長干里。 兩小無嫌猜。
二人とも長干の里に住むもの同士、まだ幼くて男女の葛藤を知らないでいました
嫌猜 こだわり。嫌も、猜も、うたがうこと。性に対する表現で葛藤とした。


十四為君婦。 羞顏未嘗開。
14歳であなたの妻になり、恥ずかしさではにかんで笑顔も作れないまま。


低頭向暗壁。 千喚不一回。

うなだれて壁に向かっては、千度呼ばれても一度も振り向かないでいました。


十五始展眉。 愿同塵與灰。
15歳でやっと眉をほころばせて笑うことができ、ともに寄り添い灰になるまで一緒にいたいと願うようになりました。

常存抱柱信。 豈上望夫台。
あなたの愛は尾生の抱柱の信のように堅固でしたから、わたしが望夫臺に上って夫の帰りを待ちわびるようになろうとは思いもしませんでした
抱柱信 むかし尾生という男が、橋の下で女とあう約束をした。女はいくら待っても来ない。突然、洪水がおしよせてきた。尾生は約束の場所を離れて信を失うことを願わず、橋の柱を抱いて溺死した。「荘子」(死んでも約束を守る固い信義)○望夫台 山の名。ある人が家を離れて久しく、かれの妻は山の上で夫を待ち望んで、ついに石のかたまりになったという。中国各地に今でも望夫山という山が残っている。


十六君遠行、瞿塘灩澦堆。
16歳のとき、あなたは遠くへ旅立ちました、長江の難所瞿塘、艶澦堆の方にいったのです。
瞿塘 長江の三峡の一つ。絶壁が両岸にせまり流れのはげしく危険なところ。○灩澦堆 瞿塘峡に横たわる大きな暗礁。亀のような形をしている。


五月不可觸。 猿聲天上哀。

5月の増水期にはとても近づくことも出来ないといいます、そこには野猿がいて、その泣き声だけが大空に悲しそうに響きわたるのです。
五月不可觸 五月の増水期には水嵩が上がり大岩が隠れてしまい危険で近づけない。


門前遲行跡、一一生綠苔。』
私たちの家の門前には、あなたが旅立ちの時、行ったり、戻ったりしていたその足跡の上に、一つ一つ青いコケが生えてきました


苔深不能掃、落葉秋風早。

その苔はふかくびっしりとし、とても払いきれません、枯れ葉が落ちはじめて早くも秋風が吹いています


八月胡蝶來。 雙飛西園草。
仲秋の八月にはつがいの蝶が飛んできて、二羽ならんで西の庭園の草花の上を仲良く並んで飛び回ります


感此傷妾心、坐愁紅顏老。 』
それを見るとおもわず心にあなたを思い私の心は痛み、若妻の紅顏が老いゆくのをむなしく悲しむばかりなのです。


早晚下三巴、預將書報家。
いったいいつになったら三巴の長江を下って帰えられるのでしょうか、そのときはあらかじめ我が家に手紙で知らせてくださいね
三巴 巴郡・巴東・巴西の絃称で、今の四川省の東部にあたる。


相迎不道遠、直至長風沙。 』
お迎えにあがるのに遠いなんて思いません、このまままっすぐに、長風沙まででも参ります。
長風沙 安徽省安慶氏の長江沿いの地南京からは350kmくらい上流地点。


○韻 額、劇/來、梅、猜、開、回、灰、台、堆、哀、苔/掃、早、草、老/巴、家、沙。


李白 五言古詩

長干行
妾が髮初めて額を覆ふとき、花を折って門前に劇(たはむ)る』

郎は竹馬に騎って來り、床を遶りて青梅を弄す
同じく長干の里に居り、兩つながら小(おさな)くして嫌猜無し
十四 君が婦(つま)と為り、羞顏 未だ嘗て開かず
頭を低れて暗壁に向ひ、千喚に一も回(めぐ)らさず
十五 始めて眉を展べ、願はくは塵と灰とを同(とも)にせん
常に抱柱の信を存し、豈に望夫臺に上らんや
 十六 君遠く行く、瞿塘 艶澦堆
五月 觸るべからず、猿鳴 天上に哀し
門前 遲行の跡、一一 綠苔を生ず』

苔深くして掃ふ能はず、落葉 秋風早し
八月 蝴蝶來り、雙び飛ぶ西園の草
此に感じて妾が心を傷ましめ、坐(そぞろ)に愁ふ紅顏の老ゆるを。』

早晩三巴を下らん、預(あらかじ)め書を將(も)って家に報ぜよ
相ひ迎ふるに遠きを道(い)はず、直ちに至らん長風沙』




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李白81白紵辭其一  82白紵辭其二  83 巴女詞

李白81白紵辭其一


白紵辭其一
揚清歌、發皓齒。
すみきった声をあげて歌をうたい、まっしろな歯をみせている。
北方佳人東鄰子、且吟白紵停綠水。
北にすむ漢人の俳優だろうか、山東あたりの処女だろうか、ともかく一級の美人ぞろい。だから、「緑水」などの古臭い舞はやめて「白紵」の舞を踊っている。
長袖拂面為君起、寒云夜卷霜海空。
うす絹の長い袖で顔を隠し、誘いの合図にあなたは応じてくれた。寒々とした夜であっても、あなたに抱かれて悦楽な気持ちになる。
胡風吹天飄塞鴻、玉顏滿堂樂未終。

白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、国境近くから来た女が雁の踊りで白紵をひるがえす、玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。

白紵辞(はくちょじ) 其の一
清歌を揚げ、皓歯を発く。
北方の佳人 東隣の子、且つ白紵を吟じて 緑水を停め
長袖 面を払って 君が為に起つ、寒雲 夜巻いて 霜海空ごこち。
胡風天を吹いて 塞鴻諷える
玉顔満堂 楽しみ未だ終らず

現代語訳と訳註
(本文)
揚清歌、發皓齒。
北方佳人東鄰子、且吟白紵停綠水。
長袖拂面為君起、寒云夜卷霜海空。
胡風吹天飄塞鴻、玉顏滿堂樂未終。

(下し文)
白紵辞(はくちょじ) 其の一
清歌を揚げ、皓歯を発く。
北方の佳人 東隣の子、且つ白紵を吟じて 緑水を停め
長袖 面を払って 君が為に起つ、寒雲 夜巻いて 霜海空ごこち。
胡風天を吹いて 塞鴻諷える
玉顔満堂 楽しみ未だ終らず

(現代語訳)
すみきった声をあげて歌をうたい、まっしろな歯をみせている。
北にすむ漢人の俳優だろうか、山東あたりの処女だろうか、ともかく一級の美人ぞろい。だから、「緑水」などの古臭い舞はやめて白紵の舞を踊っている。
うす絹の長い袖で顔を隠し、誘いの合図にあなたはおおじてくれた。寒々とした夜であっても、あなたに抱かれて悦楽な気持ちになる。
白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、国境近くから来た女が雁の踊りで白紵をひるがえす、玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。



(訳注)
白紵辞

白紵辭 晋の時代、呉の地方に白紵の舞というのが起った。白紵というのは、麻の着物の美白なもの。それを着て舞い、その舞の歌を白紵辞と言った。


揚清歌、發皓齒。
すみきった声をあげて歌をうたい、まっしろな歯をみせている。
清歌 澄みきった声で唄う 〇皓齒 まっしろな歯。


北方佳人東鄰子、且吟白紵停綠水。
北にすむ漢人の俳優だろうか、山東あたりの処女だろうか、ともかく一級の美人ぞろい。だから、「緑水」などの古臭い舞はやめて白紵の舞を踊っている。
北方佳人 漢の俳優、 その妖艶な色香の一瞥で城をも滅ぼすほどの美貌。漢の協律郎<李延年>が妹を武帝劉徹(紀元前157~87年)に薦めて歌った詩の一節、「一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の国を傾けん。」からこの語にしている。唐代では皇帝好みの美人を差し向け、麗しい色気と回春の媚薬とでとりこにし、やがて中毒死させていくのである。この役割の一端を宦官が担っていた。これを「傾国」という。
 紀頌之の漢詩ブログの別のブログ 特集李商隠 4 曲江で「傾城色」(7月14日)とあらわしている。その後妹が武帝に寵愛され、彼女は李夫人と呼ばれるようになった。李夫人は男子を産んだが早死にした。また、李延年は協律都尉に任命されて二千石の印綬を帯び、武帝と寝起きを共にするほど寵愛された。李夫人の死後、李延年の弟が宮女と姦通し、武帝は李延年や兄弟、宗族を誅殺した。○東鄰子 宋玉の賦の中に出てくる美人。〇綠水 古代の舞曲の名。白紵よりも古い舞。

長袖拂面為君起、寒雲夜卷霜海空。
うす絹の長い袖で顔を隠し、誘いの合図にあなたは応じてくれた。寒々とした夜であっても、あなたに抱かれて悦楽な気持ちになる。
○踊る時に流し目をし、顔を覆い隠す所作をしめす。誘うためのしぐさ。○霜海空 悦楽、エクスタシーをしめす。

(この句は今まで意味不明として訳されていない句であった。雲に抱かれる、水の流れ、海の波、霜の白さ、それぞれがセックスを連想させる語で、霜の白き肌、海の竜宮、雲に乗る心地を連想する。愛の詩、恋の詩、芸術表現である。)

胡風吹天飄塞鴻、玉顏滿堂樂未終。
白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、国境近くから来た女が雁の踊りで白紵をひるがえす、玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。
胡風 えびすの風。白絹の似合う、西域の異国の色白な肌。○塞鴻 国境の大雁。国境近くから来た女。○玉顔 玉のように美しい顔。


すみきった声をあげて歌をうたい、まっしろな歯をみせている。
北にすむ漢人の俳優だろうか、山東あたりの処女だろうか、ともかく一級の美人ぞろい。だから、「緑水」などの古臭い舞はやめて白紵の舞を踊っている。
うす絹の長い袖で顔を隠し、誘いの合図にあなたはおおじてくれた。寒々とした夜であっても、あなたに抱かれて悦楽な気持ちになる。
白絹の似合う、西域の異国の色白な肌、国境近くから来た女が雁の踊りで白紵をひるがえす、玉のような美女の顔を座敷いっぱい集めて、楽しみはなかなか終りそうにない。



白紵辞82其二
館娃日落歌吹深、月寒江清夜沉沉。
館娃宮では日が落ちて歌と笛とがいっそうたけなわ。月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。
美人一笑千黃金、垂羅舞縠揚哀音。
美人のほほえみには千の黄金も惜しくない。うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、せつなそうに、声をあげる。
郢中白雪且莫吟、子夜吳歌動君心。
郢の白雪というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。この国の民謡である子夜の呉歌で君の心を動かそう。(この歌で君の心つかめるか)
動君心、冀君賞。
君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。
愿作天池雙鴛鴦、一朝飛去青雲上。
願わくは御苑の池のつがいのおしどりのように、やがては青雲の上に飛んで行く心地になろう。
 

館娃宮では日が落ちて歌と笛とがいっそうたけなわ。月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。
美人のほほえみには千の黄金も惜しくない。うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、せつなそうに、声をあげる。
郢の白雪というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。この国の民謡である子夜の呉歌で君の心を動かそう。(この歌で君の心つかめるか)
君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。
願わくは御苑の池のつがいのおしどりのように、やがては青雲の上に飛んで行く心地になろう。


館娃日落歌吹深、月寒江清夜沉沉。
館娃宮では日が落ちて歌と笛とがいっそうたけなわ。月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。
○館娃 かんあ 戦国時代の呉の国の宮殿の名。遺跡は江原省蘇州にある。○沈沈 夜がふけてしずかな様子。


美人一笑千黃金、垂羅舞縠揚哀音。
美人のほほえみには千の黄金も惜しくない。うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、せつなそうに、声をあげる。
○穀 ちぢみおりで飾る。


郢中白雪且莫吟、子夜吳歌動君心。
郢の白雪というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。この国の民謡である子夜の呉歌で君の心を動かそう。
○郢中白雪 郢は春秋時代の楚の国の都。いまの湖北省江陵県。「白雪」は楚の国の歌曲の名。宋玉の「楚王の問いに対う」という賦の中にこんな話がある。ある旅人が郢に来て歌をうたった。はじめ「下里巴人」(かりはじん)という歌をうたったところ、国中でいっしょについて歌った者が、数千人もいた。つぎに「陽阿薤露」という歌をうたったら、いっしょに歌った者が、数百人いた。さいごに「陽春白雪」の歌をうたったら、国中でいっしょに歌った者が、わずか数十人であったという。低俗な歌の流行していた郢の中では「白雪」のような高尚な歌曲は向かないという故事である。○子夜呉歌 古い歌曲の名。晋の時代、呉の地方(江蘇竺帯)の子夜という少女の作った民謡と伝えられる。李白にも有名な作がある。


動君心、冀君賞。
君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。
○冀 こいねがう。承諾をとる。


愿作天池雙鴛鴦、一朝飛去青雲上。
願わくは御苑の池のつがいのおしどりのように、やがては青雲の上に飛んで行く心地になろう。
○天池 天子の御苑の中の池。「荘子」がいう天上の池。○鴛鴦 鴛 おしどり。鴦 おしどりの雌。



館娃宮では日が落ちて歌と笛とがいっそうたけなわ。月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。
美人のほほえみには千の黄金も惜しくない。うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、せつなそうに、声をあげる。
郢の白雪というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。この国の民謡である子夜の呉歌で君の心を動かそう。(この歌で君の心つかめるか)
君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。
願わくは御苑の池のつがいのおしどりのように、やがては青雲の上に飛んで行く心地になろう。



館娃(かんあ)日落ちて 歌吹(かすい)深く、月寒く江清く 夜沈沈。
美人一笑 千の黄金、羅(うすもの)を垂れ 穀を舞わして 哀音を揚ぐ。
郢中(えいちゅう)白雪 且つ吟ずる莫れ、子夜呉歌 君の心を動かす。
君の心を動かして、君の賞を冀う。
願わくは天池の双鴛鴦(そうえんおう)と作り、一朝飛び去らん 青雲の上





83 巴女詞


巴女詞
巴水急如箭、巴船去若飛。
巴水は矢のようにはやくながれる、巴の船は鳥のように飛んで行ってしまう。
十月三千里、郎行幾歳歸。
十月には三千里にも遠くなる。男は、行ったきり、いくつになったら帰るのやら。

巴水は矢のようにはやくながれる、巴の船は鳥のように飛んで行ってしまう。
十月には三千里にも遠くなる。男は、行ったきり、いくつになったら帰るのやら。



○巴 四川省重慶地方のこと。○巴水 重慶地方を流れる長江の流れ。○巴船 重慶地方の船は、急流にのれる船。○郎 芸妓などの女性が男を示す。


 この詩は故郷、四川に残した女性について詠ったものではないと思う。当時の社会は男に、妾を含め、女性がいることは男の甲斐性なのである。したがって、李白はこの種の詩をたくさん作っているが、どの詩も、女性が誰なのか、特定しにくい表現がほとんどである。詩を読んでくれているのは、李白を支えてくれている人たちである。パトロン、スポンサーは多種多様であったであろうと思う。

巴水 急なること箭(や)の如し、巴船 去こと飛が若し。
十月 三千里、郎 行きて幾歳か歸える。


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李白77丁都護歌 李白 五言古詩 78 勞勞亭 五言絶句 李白 79 勞勞亭歌 七言古詩

李白69丁都護歌



丁都護歌
雲陽上征去、兩岸饒商賈。
吳牛喘月時、拖船一何苦。
水濁不可飲、壺漿半成土。
一唱都護歌、心摧淚如雨。
萬人鑿磐石、無由達江滸。
君看石芒碭、掩淚悲千古。


丁都護の歌。
雲陽のまちから、江南の運河をさかのぼってゆくと、
両岸には、商人の店が賑わっている。
呉の地の水牛が月を見てさえ喘ぐという、暑い暑い夏の日盛りに、生身の人間が船を引くとは、何と苦しいこ

とか。
川の水は濁って、飲むことができない、壷に汲んでおいた水も、半ばは泥となって沈んでいる。
ひとたび「丁都護」の歌をうたえば、心臓も張り裂け、雨のように涙がこぼれる。
大勢の人々が駆り出され、大きな石に綱をかけて引いてゆくのに、石は重く、人は疲れ、長江のほとりに達す

るすべもない。
君よ見たまえ、あの大きな重い石を。あまりの痛ましさに顔を掩って泣き、永遠の深い悲しみに沈むのだ。



丁都護歌
『楽府詩集』巻四十五「清商曲辞、呉声歌曲」に、「丁督護歌」として収められる。『宋書』巻十九「楽志=

の「督葦」には、以下のような本事が記される。彰坂内史の徐逵之が殺され、その葬儀を命ぜられた督護(都

護=地方の軍事官)の丁旿に対して、徐逵之の妻(宋の高祖の長女)が呼びかける「丁督護よ」という嘆息の

声が哀切だった。後人は、その声に因ってその曲を整えた。(要旨)。李白のこの詩では、船引き人夫の労働

の苦しみを詠っている。


雲陽上征去、兩岸饒商賈。
雲陽のまちから、江南の運河をさかのぼってゆくと、両岸には、商人の店が賑わっている。
○雲陽-現在の江蘇省丹陽県。鎮江市の南で運河ぞいの町。○上征-上流に向かってゆく。○商賈-商人。本

来は、「商」は行商人、「賈」は店をもつ商人。


吳牛喘月時、拖船一何苦。
呉の地の水牛が月を見てさえ喘ぐという、暑い暑い夏の日盛りに、生身の人間が船を引くとは、何と苦しいこ

とか。
○呉牛喘月-呉の地方の水牛は、きびしい暑さを恐れるあまり、月を見ても太陽と思いこんで喘ぎだす、とい

う伝承。『世説新語』(「言語、第二」の二〇)の「満奮(姓名)風を畏る」の条と、その劉孝標注。


水濁不可飲、壺漿半成土。
川の水は濁って、飲むことができない、壷に汲んでおいた水も、半ばは泥となって沈んでいる。
○壷奬-壺の中の水。奬は酒や水のような液体。

一唱都護歌、心摧淚如雨。
ひとたび「丁都護」の歌をうたえば、心臓も張り裂け、雨のように涙がこぼれる。


萬人鑿磐石、無由達江滸。
大勢の人々が駆り出され、大きな石に綱をかけて引いてゆくのに、石は重く、人は疲れ、長江のほとりに達す

るすべもない。
○盤石-大きな岩石。○江滸-長江のほと。・水辺。


君看石芒碭、掩淚悲千古。
君よ見たまえ、あの大きな重い石を。あまりの痛ましさに顔を掩って泣き、永遠の深い悲しみに沈むのだ。
○芒碭 大きく重いさま。韻母と声調(平声)を共有する畳韻のオノマトベ。○掩涙-涙をおおいかくす、お

さえる。顔を掩って泣く。


○韻 賈、苦、土、雨、滸、古。


丁都護の歌
雲陽より上征し去けは、両岸に商貢餞し
呉牛 月に喘ぐの時、鵬を軒く↓に郁ぞ割しき
水濁りて飲む可からず、壷菜も半ば土と成る
一たび都護の歌を唱えば、心推けて 涙 雨の如し
万人にて盤石を繋ぐも、江瀞に達するに由無し
君看よ 石の空揚たるを、涙を掩いて千古に悲しむ




李白 70 勞勞亭 五言絶句

勞勞亭
天下傷心處,勞勞送客亭。
春風知別苦,不遣柳條靑。



勞勞亭
天下 心を傷ましむるの處,勞勞 客を送るの亭。
春風 別れの苦なるを知り, 柳條をして青からしめず。

勞勞亭 建康(現・南京)郊外南南西6キロメートルの油坊橋畔あたりにあった労労亭のこと。
 

天下傷心處、勞勞送客亭。
(労労亭は、歴史上)国中の心をいたましめる処だ。旅をする人を見送り(迎えてきた)宿である。 
○天下 天の下。この国全部。国家。国中。 ○傷心處 心をいたましめるところ。亡国の恨みのあるところ

。 ○勞勞 いたわる。ねぎらう。疲れを慰める。 ○送客:旅人を見送り(旅人を迎える)。 ○亭 宿場

。宿屋。街道に長亭、短亭が置かれた。ここでは前出、労労亭のこと。


春風知別苦、不遣柳條靑。
春風は、(数多くの)別離の苦しみ(晉が胡に滅ぼされた後、故地中原を後にして江南に渡り流れてきた苦難

など)を記憶している。 (春風は、別れの哀しみがあまりにも深いので、送別の儀礼・折楊柳に必要な)柳

を青くさせないでいる。(折楊柳をさせないで、この地に留まるようにさせている)。
○春風 はるかぜ。 ○知 分かっている。記憶している。 ○別苦 (西)晉が胡に滅ぼされた後、故地中

原を後にして江南に渡り流れてきた苦難をいう。
○遣 (人をつかわして)…に…させる。…をして…しむ。使役表現。 ○柳條 ヤナギの枝。シダレヤナギ

の枝。=柳枝。折楊柳は、漢代より人を送別する際の儀礼でもある。 ○靑 青くなる。動詞としての用法。




李白 71 勞勞亭歌 七言古詩

勞勞亭歌
金陵勞勞送客堂。 蔓草離離生道旁。
古情不盡東流水。 此地悲風愁白楊。
我乘素舸同康樂。 朗詠清川飛夜霜。
昔聞牛渚吟五章。 今來何謝袁家郎。
苦竹寒聲動秋月。 獨宿空簾歸夢長。



労労亭の歌。
金陵の労労亭は、旅人を送る離堂。
蔓草が離離として生い茂り、道はたを埋めつくす。
懐古の情は、東流する長江の水に似て尽きることなく、
ここに吹く悲しい風は、自楊の葉を愁わしげに翻す。
わたしは、康楽公の謝霊運を気どって、素木のままの大船に乗り、「清らかな川面に夜霜が飛ぶ」と、高らか

に朗詠する。
昔はこの牛渚で、「詠史の詩」五章を吟ずるのが聞かれたものだ。
いまここで詠う我が歌が、衰家の息子、衰宏に及ばぬはずはない。
しかし、それを賞でる謝尚のような人はなく、苦竹がわびしい音を立てて、秋の月光の中に揺れるだけ。ただ

独り、相手のいない簾の中に宿って、帰郷の夢を見つづけるのだ。




労労亭歌
○労労亭-宋本・王本などの題下注に、「江寧県(南京市)の南十五里(約八キロ)に在り。古の送別の所。

一に臨漁観と名づく」とある。○無雑-多義語であるが、ここでは、草の生い茂るさま。


金陵勞勞送客堂。 蔓草離離生道旁。
金陵の労労亭は、旅人を送る離堂。蔓草が離離として生い茂り、道はたを埋めつくす。


古情不盡東流水。 此地悲風愁白楊。
懐古の情は、東流する長江の水に似て尽きることなく、
ここに吹く悲しい風は、自楊の葉を愁わしげに翻す。
○悲風愁白楊-悲しみを誘う風が自楊(ポプラの一種)の樹を愁しませる。「古詩十九首、その十四」に二白

楊に悲風多く、粛々として人を愁殺す」とある。○素痢-飾り立ててない素朴な大船。「画肪」の反意語。


我乘素舸同康樂。 朗詠清川飛夜霜。
わたしは、康楽公の謝霊運を気どって、素木のままの大船に乗り、「清らかな川面に夜霜が飛ぶ」と、高らか

に朗詠する。
○康楽-六朝宋代の詩人、康楽公に封ぜられた謝霊運。その「東陽(新江省金華)の渓中、贈答、その二」の

詩に、「縁流乗素肘」(流れに縁って素肘に乗る)とある。○清川飛夜霜-清らかな川面の上を夜の霜が流れ

飛ぶ。「霜」は空から降ると考えられていた。これは謝霊運の詩句と考えられているが、現存の作品中には見

られない。


昔聞牛渚吟五章。 今來何謝袁家郎。
昔はこの牛渚で、「詠史の詩」五章を吟ずるのが聞かれたものだ。いまここで詠う我が歌が、衰家の息子、衰

宏に及ばぬはずはない。
○牛渚-牛渚磯。現在の安徽省馬鞍山市にある采石磯のこと。「労々亭」の上流約三〇キロであるが、ここで

は同じ地域と意識されている。○吟五章1五章の(詠史の)詩を吟ずる。東晋の衰宏が、若いころ牛渚磯で船人

足をしながら自作の「詠史」の詩を諷詠していたとき、鎮西将軍の謝尚がそのすぐれた興趣を聞きつけて賞賛

し、秋の風月のもとで夜明けまで歓談した、という故事(『世説新語』「文学、第四」の八八、等)を踏まえ

る。蓑宏の「詠史詩」は、現在、二首が残る。○何謝 どうして見劣りがしようか。この「謝」は、「及ばな

い・劣る」の意。○袁家郎 衰家の若者、息子。上記の衰宏(若い時の名は「虎」)をさす。


苦竹寒聲動秋月。 獨宿空簾歸夢長。
しかし、それを賞でる謝尚のような人はなく、苦竹がわびしい音を立てて、秋の月光の中に揺れるだけ。ただ

独り、相手のいない簾の中に宿って、帰郷の夢を見つづけるのだ。
○苦竹-竹の一種。タケノコの味が若いので名づけられた。○空簾十-人のいない部屋の簾。ここでは、歓談

の相手のいない部屋、の意。

○韻 堂・傍・楊・霜・章・郎・長


労労亭の歌
金陵の労労 客を送る堂
蔓草 離離として 道の傍に生ず
古情 尽きず 東流の水
此の地 悲凰 白楊を愁えしむ
我れ素肘に乗じて 康楽と同じくし
朗詠す 清川に夜霜を飛ばすと
昔聞く 牛渚に五章を吟ぜしを
今来って何ぞ謝せん 衰家の即に
苦竹 寒声 秋月に動く
独り空簾に宿して 帰夢長し




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李白74 遠別離 75長門怨二首其一 76長門怨二首其二

李白66 遠別離

李白に「久別離」がある。(7月9日ブログ)
この詩は、舜のふたりの皇后、皇・英を主人公にして、権力の簒奪を憤ったものである。李白の政治性を示すためのもので故事にならってのものを示したものと考える。老荘思想の政治舞台から引き込んでの隠遁ということと道教はこの時代積極的に朝廷への働きかけを行っていた。

遠別離
古有皇英之二女、乃在洞庭之南、瀟湘之浦。
海水直下萬里深、誰人不言此離苦。
日慘慘兮雲冥冥、猩猩啼煙兮鬼嘯雨。
我縱言之將何補。』

皇穹竊恐不照余之忠誠、雷憑憑兮欲吼怒。      
堯舜當之亦禪禹      
君失臣兮龍為魚、權歸臣兮鼠變虎
或云堯幽囚、舜野死。
九疑聯綿皆相似、重瞳孤墳竟何是 』


帝子泣兮綠雲間、隨風波兮去無還。
慟哭兮遠望、見蒼梧之深山。      
蒼梧山崩湘水絶、竹上之涙乃可緘。』

段落は便宜的に韻で区切った。

昔ふたりの皇后がいた、名を皇と英といった。ふたりは洞庭の南の瀟・湘の岸辺に立った。
ふたりが悲しみのために流した涙は、海水の万里の深さまで流れ落ちた、この別れの悲しみはだれが言うことができようか、できはしない。
日は見る間に黒い雲にかき消され、ひいひいと猿は霧の中で啼き叫び、幽鬼が雨の中で雄叫びをあげる。
わたしがたとえ何を言っても何ができようか。』

天の大空をかすみとってもわたしたちの忠誠を照らすことはないのです、雷が轟々となって怒りくるう声を上げるのは、堯・舜にかわって禹が帝位につくからです
君が臣下を失えば竜も小さな魚となり、臣下が権力を握ればネズミもトラに変わります、あるいは堯が幽囚せられたら、舜は野たれ死したという。
九つの偽りの山がそこに並んでいまる、どれも同じようにみえるが、いったいそれらの山のどこに、わたしたちの夫の墓があるというのか』

こうして皇后たちは綠雲の間に泣かれ、涙は風波に隨って飛び散っていった、ふたりが慟哭しながら遠くを眺めると、蒼梧の深山がみえる。
この山が崩れ湖水が絶えるときでないと、ふたりの涙がやむことはないでしょう



雑言古詩 遠別離
古有皇英之二女、乃在洞庭之南、瀟湘之浦。
海水直下萬里深、誰人不言此離苦。
日慘慘兮雲冥冥、猩猩啼煙兮鬼嘯雨。  
我縱言之將何補  』
    

古(いにしへ) 皇と英 二女有り、乃ち洞庭の南に在り、瀟と湘の浦。
海水直(ただち)に下る 萬里の深さ、誰人か此の離れの苦しみを言わせず。
日は慘慘として 雲は冥冥たり、猩猩煙に啼いて 鬼は雨に嘯(うそぶ)く
我に縱(たとい) 之を言う 將って何をか補わん

昔ふたりの皇后がいて、名を皇と英といわれた。ふたりは洞庭の南の瀟・湘の岸辺に立たれた、
ふたりは悲しみのために涙を流され、それが海水のように万里の深さまで流れ落ちていく、それほどふたりの別離の悲しみは深かったのだ、日は黒い雲に覆われ、猿は霧の中で叫び、幽鬼が雨の中で雄叫びをあげる
わたしがたとえ何を言っても何ができようか。』

皇穹竊恐不照余之忠誠、雷憑憑兮欲吼怒。      
堯舜當之亦禪禹      
君失臣兮龍為魚、權歸臣兮鼠變虎
或云堯幽囚、舜野死。
九疑聯綿皆相似、重瞳孤墳竟何是  
    

皇穹 窃に恐る 余への忠誠を 照らさざるを 
雷は憑憑として 吼へ怒らんと欲す 
堯・舜之に當って 亦 禹に禪(ゆずる)
君 臣を失えば 龍 魚に為り、權 臣に帰れば 鼠 虎に變ずる
或は云う 「堯は幽囚せられ、舜は野死す」と
九疑 聯綿として皆 相 似たり
重瞳の孤墳 竟に何れか是なる


天もわたしたちの忠誠を照らすことはないのです、雷が轟々となって怒りの声を上げるのは、堯・舜にかわって禹が帝位につくからです
君が臣下を失えば竜も小さな魚となり、臣下が権力を握ればネズミもトラに変わります、あるものは堯は幽囚せられ、舜は野死したといいます、九つの偽りの山がそこに並んでいますが、どれも同じようにみえます、いったいその山のどこに、わたしたちの夫の墓があるのでしょう


帝子泣兮綠雲間、隨風波兮去無還。
慟哭兮遠望、見蒼梧之深山。      
蒼梧山崩湘水絶、竹上之涙乃可緘。

帝子は泣く 綠雲の間、風波に隨って 去って還ること無し
慟哭して遠く望めば、蒼梧の深山を見る
蒼梧山崩れて 湘水絶えなば、竹上の涙 乃ち緘す可けん

こうして皇后たちは綠雲の間に泣かれ、涙は風波に隨って飛び散っていった、ふたりが慟哭しながら遠くを眺めると、蒼梧の深山がみえます、この山が崩れ湖水が絶えるときでないと、ふたりの涙がやむことはないでしょう


伝説によれば、堯は自分のふたりの娘、皇・英を舜に嫁がせた上で舜に帝位を譲ったが、宰相たちが陰謀をたくらんで舜を失脚させ、禹を帝位につかせた。

 唐朝は玄宗以前、政争続きであったが、玄宗により、唐朝は最盛期を迎えていた。その裏で、李林甫と、宦官らによって、朝廷はゆだねられ始めていた。
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68長門怨二首

其一
天囘北斗挂西樓。 金屋無人螢火流。
月光欲到長門殿。 別作深宮一段愁。

天は北斗七星を廻転させ、宮中の西楼の屋根に星がかかった。黄金造りの家には人影はなく、ホタルの光だけが不気味に流れ飛ぶ。
月の光が長門殿に差し込んで来ようとした時、 更に宮殿にひとしお憂いが増してゆく。


長門怨
○長門怨 古くからある歌謡の題。漢の武帝の陳皇后のために作られたものである。陳皇后は、幼い頃は阿嬌とよぱれ、いとこに当る武帝のお気にいりであ。たが、帝の寵愛が衛子夫(のちに皇后)に移ると、ひどいヤキモ
チをやいたので、ついに長門宮に幽閉された。長門宮は、長安の東南の郊外にある離宮である。悶悶と苦しんだ彼女は、当時の文豪、司馬相如にたのみ、黄金百斤を与えて、帝の気持をこちらへ向けなおすような長い韻文を作ってもらった。これが「長門の賦」である。後世の人は、その話にもとづき「長門怨」という歌をつくった。


天囘北斗挂西樓。 金屋無人螢火流。
天は北斗七星を廻転させ、宮中の西楼の屋根に星がかかった。黄金造りの家には人影はなく、ホタルの光だけが不気味に流れ飛ぶ。
○北斗 北斗七屋。○西楼 長安の宮中の西楼。
○金屋 金づくりの家。武帝は少年の日、いとこの阿嬌が気に入って言った。「もし阿嬌をお嫁さんにもらえたら、黄金づくりの家(金屋)に入れてあげる

月光欲到長門殿。 別作深宮一段愁。
月の光が長門殿に差し込んで来ようとした時、 更に宮殿にひとしお憂いが増してゆく。

長門殿にはやきもちの憂いが漂っている、後宮において皇帝の寵愛を受けている時分、怨が最高潮に達する。


天は北斗を囘らして西樓に挂かる。 金屋 人 無く 螢火 流れる。
月光 到らんと欲す 長門殿。 別に作す 深宮一段の愁。

69
其二
桂殿長愁不記春。 黃金四屋起秋塵。
夜懸明鏡青天上。 獨照長門宮里人。
 
柱の香木の御殿にすみながら、あまり長く愁にとじこめられて、幸福だった春の日の記憶もなくなった。
黄金を張りつけた四方の壁も、衰えゆく季節とともに、塵を立てるだけだ。
 夜が明るい鏡を青天の上にかけてくれても、長門宮の中にすむ人を、ただひとり、さびしく照らすだけ である。



桂殿長愁不記春。 黃金四屋起秋塵。
柱の香木の御殿にすみながら、あまり長く愁にとじこめられて、幸福だった春の日の記憶もなくなった。
黄金を張りつけた四方の壁も、衰えゆく季節とともに、塵を立てるだけだ。
○桂殿 香のよい桂の木でつくった宮殿。○記 心にとめる。記憶する。○起秋塵 六朝の鮑照の詩に「高墉宿寒霧、平野起秋塵」とある。(高い城壁につめたい霧が立ちこめ、平野に秋の塵がおこる) 


夜懸明鏡青天上。 獨照長門宮里人。
 夜が明るい鏡を青天の上にかけてくれても、長門宮の中にすむ人を、ただひとり、さびしく照らすだけ である。
○夜懸明鏡 司馬相如の「長門の賦」に「懸明月以自照兮、徂清夜於洞房」とある。(明月を空にかけて自分を照らし、清らかな夜を奥深い部屋でくらす)○長門宮裏人 陳皇后。

桂殿 長く愁て 春を記せず。 黃金四屋 秋塵起る。
夜 明鏡を懸け青天の上。 獨照らす長門宮里の人。





李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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李白70清溪半夜聞笛 71秋浦歌十七首 其二 72清溪行 73 宿清溪主人

 
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李白の清渓、現在の安徽省池州、下の地図(c4)のあたりの景勝の地を詠ったものを取り上げた。黄山を挟んで北のほうが貴池(池州)であり、南が秋浦である。

李白70清溪半夜聞笛 五言絶句

清溪半夜聞笛
清溪せいけいの夜ふけに笛を聞く
羌笛梅花引、吳溪隴水情。
きょうの笛で聞く「梅花の引うた」、江南の吳溪ごけいが隴西ろうせいの清らかな隴水ろうすいのようで情に通う。
寒山秋浦月、腸斷玉關聲。

寒々とした山には秋浦の月が輝き、玉關に出征した夫の聲のようで腸もちぎれんばかり。

清溪の夜ふけに笛を聞く
羌の笛で聞く「梅花の引(うた)」、江南の吳溪が隴西の清らかな隴水のようで情に通う。
寒々とした山には秋浦の月が輝き、玉關に出征した夫の聲のようで腸もちぎれんばかり。


○清溪 安徽省貴池地方を北西に流れて長江にそそぐ川。その西側を流れる、秋浦河とともにその美しさにより景勝地となっている。別名、白洋河。

○羌笛 羌(チベット族)の吹く笛の音。 ○梅花引 引は楽曲の意。梅花のうた。 ○吳溪 呉の地方の渓谷。秋浦と清渓、全体を示す。  ○隴水 甘粛省隴山から長安方面に流れる渭水に合流する川の名。チベット;吐蕃との国境をながれる。○腸斷 腹の底からの感情を示す。悲哀の具象的表現。「楽府特集」二十五巻≪横笛曲辞≫「隴頭の流水、鳴声幽咽す。はるかに秦川(長安)を望み、心肝断絶す。」李白「秋浦歌其二」 ○玉關聲 玉門関に出征している夫の悲痛なる気持ち。唐代の玉門関は漢代のそれより、約100km西方へ移動している。

○韻 情、聲(しょう)

清溪 半夜に笛を聞く
羌笛 梅花の引、吳溪 隴水の情。
寒山 秋浦の月、腸斷つ玉關の聲。


李白の足跡5李白の詩は-4 あたりのもの

五言古詩
李白71秋浦歌十七首 其二
 
秋浦歌十七首 其二
秋浦猿夜愁、黄山堪白頭。
秋浦では夜ごとに猿が悲しげに鳴き、黄山は  白髪の老人にふさわしい。
青渓非朧水、翻作断腸流。
青渓は  朧水でもないのに、却って  断腸の響きを立てて流れてゆく。
欲去不得去、薄遊成久遊。
立ち去ろうと思うが  去ることもできず、短い旅のつもりが  長旅となったのだ。
何年是帰日、雨泪下孤舟。

いつになったら  帰る日がやってくるのか、涙を流しつつ   寄る辺ない小舟にもどる

秋浦では夜ごとに猿が悲しげに鳴き、黄山は  白髪の老人にふさわしい。
青渓は  朧水でもないのに、却って  断腸の響きを立てて流れてゆく。
立ち去ろうと思うが  去ることもできず、短い旅のつもりが  長旅となったのだ。
いつになったら  帰る日がやってくるのか、涙を流しつつ   寄る辺ない小舟にもどる


秋浦の歌 十七首其の二
秋浦  猿は夜愁(うれ)う、黄山  白頭(はくとう)に堪えたり。
青渓(せいけい)は朧水(ろうすい)に非(あら)ざるに、翻(かえ)って断腸(だんちょう)の流れを作(な)す。
去らんと欲(ほっ)して去るを得ず、薄遊(はくゆう)  久遊(きゅうゆう)と成る。
何(いず)れの年か  是(こ)れ帰る日ぞ、泪を雨(ふ)らせて孤舟(こしゅう)に下る。
 


五言古詩
李白72清溪行

清溪行 
清溪清我心。 水色異諸水。
清溪の流れは我が心を清くし、水の色は他の川の比ではない
借問新安江。 見底何如此。
尋ねたい、かの新安江の水も底が見えるほど清いというが、こことどちらが上だろうか
人行明鏡中。 鳥度屏風里。
人が岸辺を歩むとその影が鏡のような水面に映り、鳥が屏風のように切り立った
向晚猩猩啼。 空悲遠游子。
崖を飛びわたる、黄昏時には猩猩が哀れな声で鳴いて、道行く旅人を悲しい思いにさせる

李白の五言古詩「清溪の行(うた)」
清溪の流れは我が心を清くし、水の色は他の川の比ではない、
尋ねたい、かの新安江の水も底が見えるほど清いというが、こことどちらが上だろうか
人が岸辺を歩むとその影が鏡のような水面に映り、鳥が屏風のように切り立った
崖を飛びわたる、黄昏時には猩猩が哀れな声で鳴いて、道行く旅人を悲しい思いにさせる

清溪は安徽省秋浦の近くを水源とする川の名、水が澄んでいることで有名だったらしい

○清溪 安徽省貴池地方を北西に流れて長江にそそぐ川。その西側を流れる、秋浦河とともにその美しさにより景勝地となっている。別名、白洋河。○「行」は詩歌の一体。○借問 少し尋ねたい。  ○新安江 浙江省の大河浙江の上流部分あたりの呼称。中流は富春江、下流は銭塘江で、六朝以来の自然叙景の詩跡(歌枕)となっている。 ○明鏡 明るい鏡。水面の清澄をいう。 ○猩猩啼 大型の猿の鳴き声。旅人の悲哀を増すものとして詩歌につかわれた。 ○遠游子 故郷から遠く離れた旅人。

○韻 水、此、裏、子。

清溪 我が心を清くす、水色 諸水に異なる。 
借問す 新安江、底を見ること 此と何如。
人は行く明鏡の中、鳥は度る屏風の里(うち)。
晩に向(なんなん)として猩猩啼き、空しく遠游子を悲しましむ





五言古詩
李白73 宿清溪主人


宿清溪主人
清溪の主人の家に宿泊した
夜至清渓宿、主人碧厳裏。
夜に入って 清渓のほとりにきて宿泊した。主人の家は、碧(みどり)の木々苔むす厳の奥にある。
簷楹挂星斗、枕席響風水。
軒天の端には北斗七星がきらめき、寝室の枕席にはさわやかな風が吹いてきて、静かさの中せせらぎが響く。
月落西山時、啾啾夜猿起。

しばらくすると月が西の山の端に落ちはじめた時、啾啾と悲しげに夜猿が鳴き始めた。

清溪の主人の家に宿泊した
夜に入って 清渓のほとりにきて宿泊した。主人の家は、碧(みどり)の木々苔むす厳の奥にある。
軒天の端には北斗七星がきらめき、寝室の枕席にはさわやかな風が吹いてきて、静かさの中せせらぎが響く。
しばらくすると月が西の山の端に落ちはじめた時、啾啾と悲しげに夜猿が鳴き始めた。

○清渓  安徽省貴池地方を北西に流れて長江にそそぐ川。その西側を流れる、秋浦河とともにその美しさにより景勝地となっている。別名、白洋河。  ○碧厳 木々が生い茂っている岩山。そこにある岩に緑の苔がいっぱいに生えている。碧は李白の愛用字。

○簷楹 えんえい、軒天の端。軒梁。 ○挂 掛かる。 ○星斗 北斗七星。星のきらめき。 ○枕席 ちんせき、枕と敷物。ねどこ。○時 ・・するとき~が起きる につながる。  ○啾啾 野猿の鳴き声。 ○夜猿 旅人の悲哀を呼び起こす夜の猿。

○韻 裏、水、起。

清溪の主人に宿す
夜 清渓に至って宿す、主人碧厳の裏。
簷楹には星斗が挂かり、枕席には風水が響く。
月 西山に落つる時、啾啾として夜猿 起る。





李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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謝朓①玉階怨 ②王孫遊 金谷聚 ④同王主薄有所思 ⑤遊東田 謝靈運:東陽谿中贈答 班婕妤と蘇小小 

 李白が女性について詠ったのは、一時期にかぎられたものではない。女性にたいすることに関してはある意味一貫しているのではないか。
 李白に大きな変化を及ぼしたのは言うまでもなく長安を放遂されたこと、この時期をおいてほかにない。足かけ3年の宮廷時期の詩を挟むように前後の作品には違いがある。そしてその前半を前後に二分するという李白のエポックメーキングは周知のことではある。
 漢文委員会の目的は、李白の詩を時系列にし、李白を描析することにない。漢詩を数多く紹介することが第一義なのである。杜甫の詩は、すべての詩を時系列に並べ、それぞれが関連しあっているので、一詩をピックアップして紹介していくことはできない。李白も前提のように、同じことが言える部分があるのかもしれないが、李白自身はそれを望んでいない。李白の思想である。李白は後年わざわざ整理して、時期をわからなくしたとしか思えないのである。

 李白は、朝廷に上がり、絶頂を体感する。それまでの「就職大作戦」が見事に成功したのである。道教も、交友も、隠遁も、女性についても、「大作戦」の一貫と考えたら謎も解けるのではないか。絶頂期から過去を振り返るとすべての偶然が、必然であったように感じられたはずである。有頂天になるのも仕方あるまい。しかし、詩文については、この期のものははっきりとした時期が判明する。もしということはないが、仮に李白が朝廷から放免がなかったら、李白の生涯のなぞの部分はほとんどなくなっていたはずである。


 李白は、詩人でいつづけたいというのは一貫していた。それは、政治とおなじ、最も有能な人材がすべきものである。李白は自覚していた。思いもしなかった放免、絶頂から、奈落のそこへ落とされた。「行路難」でもがき、悩み、苦しみを吐露したが、詩人としての矜持は忘れていない。
 「詩」が大切な仕事であるという考えは、中国の詩人が一般にもっている傾向ではあるが、李白はとくに自覚がつよかった。その後も詩を作り続けたのである。


 李白の初期の作品に柔らかさを加えたのは謝朓らの影響が強い。これまで見てきた詩のうち柔らかい詩は普通に見れば模倣とみられるほどの影響を受けている。少し李白と道教から遠ざかるように感じられるかもしれないが触れないわけにいかない。


 謝朓①玉階怨、李白にも同名の詩がある(このブログ李白39)ことは、示しているが次にあげるは250年前後昔の南斉の詩人謝朓(464~499)である。謝公亭を建設した人物。
          
謝朓①玉階怨
夕殿下珠簾,流螢飛復息。
長夜縫羅衣,思君此何極。


大理石のきざはしで区切られた中にいての満たされぬ思い。
夕方になると後宮では、玉で作ったスダレが下される。飛び交えるのはホタルで、飛んだり、とまったり繰り返している。
長い夜を一人で過ごすために、あなたに着てもらうためのうすぎぬのころもを縫っている。あなたを思い焦がれる気持ちは、いつ終わる時があるのだろうか。


玉階怨
楽府相和歌辞・楚調曲。『古詩源』巻十二にも録されている。


夕殿下珠簾、流螢飛復息。
夕方になると後宮では、玉で作ったスダレが下される。飛び交えるのはホタルで、飛んだり、とまったり繰り返している。
・夕殿:夕方の宮殿で。 ・下:おろす。 ・珠簾:玉で作ったスダレ。 ・流螢:飛び交うホタル。 ・飛復息:飛んでは、また、とまる。飛んだりとまったりすることの繰り返しをいう。・息 とまる。文の終わりについて、語調を整える助詞。


長夜縫羅衣、思君此何極。
長い夜を一人で過ごすために、あなたに着てもらうためのうすぎぬのころもを縫っている。あなたを思い焦がれる気持ちは、いつ終わる時があるのだろうか。 
・長夜:夜もすがら。普通、秋の夜長や冬の長い夜をいうが、一人待つ夜は長い。ホタルのように私もあなたのもとに飛べればいいのにそれはできない。せめてあなたにまとってもらいたい肌着を作っている。 ・縫:ぬう。 ・羅衣:うすぎぬのころも。肌着。・思君:貴男を思い焦がれる。 ・此:ここ。これ。 ・何極:終わる時があろうか。


玉階怨(玉のきざはしにさえぎられた思い)
夕殿 珠簾を下し,流螢 飛び 復(また) 息(とま)る。
長夜 羅衣を 縫ひ,君を思うこと 此に なんぞ 極(きわ)まらん。


李白の『玉階怨』
「玉階生白露、 夜久侵羅襪。却下水晶簾、 玲瓏望秋月。」
(白玉の階きざはしに白い露が珠のように結露し、 夜は更けて羅(うすぎぬ)の襪(くつした)につめたさが侵みてくる。露に潤った水晶の簾をさっとおろした、透き通った水精の簾を通り抜けてきた秋の澄んだ月光が玉の光り輝くのを眺めているだけ。)


 詩名は同じだし、雰囲気も同じにしている、しかし、圧倒的に違うのは、場面の情報量と語の使い方の面白さにある。「似て非なるもの」と言わざるを得ない。影響は受けているが格段の違いがある。しかし、謝朓の詩の雰囲気についてかなりの影響を受けたものである。


謝朓②王孫遊 
綠草蔓如絲,雜樹紅英發。
無論君不歸,君歸芳已歇。


緑の草のツルが糸のように伸びて、見も心もが絡みつく。色々な木々に赤く美しい花が開く春になった。
いうまでもなく、あなたが帰ってこなくとも。あなたが帰ってきたときは、若きかおりはすでにおとろえていることでしょう。


王孫遊
綠草  蔓(つる) 絲の如く,雜樹  紅英 發く。
無論  君 歸えらず とも,君 歸えるとも  芳(かを)り 已(すで)に歇(や)む。


王孫遊
雑曲歌辞。公子が女性のもとを離れて旅路に就いている。通い婚で、より寄り付かなくなったのか。当時は身分が低くても妾を持った。身分が高ければ妻がたくさん居てもおかしくない。


綠草蔓如絲、雜樹紅英發。
緑の草のツルが糸のように伸びて、見も心もが絡みつく。色々な木々に赤く美しい花が開く春になった。 
・綠草:緑の草。 ・蔓:ツル。つる草。 ・如絲:糸のようである。また、「絲」「思」「男女」の掛詞で、糸のように伸びて絡みつくこと。 ・絲:「思」「姿」に掛けている。 ・雜樹:雑木(林)。 ・紅英:赤い花びら。美しい花。 ・發:開く。


無論君不歸、君歸芳已歇。

いうまでもなく、あなたが帰ってこなくとも。あなたが帰ってきたときは、若きかおりはすでにおとろえていることでしょう。(あなたも加齢しているのよ)
・無論:いうまでもない、勿論。…にかかわらず、どうあろうとも、とにかく。 ・君:あなた。。 ・不歸:帰ってこない。 ・君歸:あなたが帰ってくる。 ・芳:女の若さのよさ。


金谷聚           

渠碗送佳人,玉杯邀上客。
車馬一東西,別後思今夕。


大きいお椀の料理でのもてなしは、愛する人を送りだす。玉の盃は、立派な客を迎える。 
乗り物に乗って、ひとたび東と西に別れ去れば。別れた後、今日のこの夕べのおもてなしを懐かしく思い出してください。 


金谷聚
渠碗(きょわん) 佳人を 送り,玉杯 上客を 邀(むか)ふ。
車馬 一(ひとたび) 東西にせられ,別後 今夕を 思はん。


金谷聚
楽府相和歌辞・楚調曲。『古詩源』巻十二にも録されている。


渠碗送佳人、玉杯邀上客。
大きいお椀の料理でのもてなしは、愛する人を送りだす。玉の盃は、立派な客を迎える。 
・渠:大きい ・送:送別する。 ・佳人:美人。愛する人、情人。友人。・玉杯:玉(ぎょく)の盃。飲み物、お酒をいう。 ・邀:〔よう〕むかえる。 ・上客:立派な客人。すぐれた人。


車馬一東西、別後思今夕。
乗り物に乗って、ひとたび東と西に別れ去れば。別れた後、今日のこの夕べのおもてなしを懐かしく思い出してください。 
・車馬:乗り物。乗り物に乗って行くこと。 ・一:ひとたび。 ・東西:東と西に別れ去る。・別後:別れたあと。 ・思:懐かしく思い出す。 ・今夕:今日のこの夕べ。


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李白: 客中行 李白;夜下征虜亭 李白:春怨 李白:陌上贈美人 李白:謝公亭

李白の恋歌: 客中行 夜下征虜亭 春怨 陌上贈美人 謝公亭
李白62客中行


客中行 
蘭陵美酒鬱金香,玉碗盛來琥珀光。
但使主人能醉客,不知何處是他鄕。


蘭陵産の美酒に鬱金(ウッコン)香を浸したお酒を玉杯にいっぱいにそそぐとコハク色に輝く。
ただご主人が客人を充分に酔わしてしまうようにさえすればどこが異郷かわかりはしないさ。


客中行
「旅先での歌」の意。「客中作」ともする。 ・客:よその地を旅すること。異客となること。 ・中:…をしている時、中。 ・行:歌行。詩歌。「…行」は楽府に付く「詩・歌」の意。


蘭陵美酒鬱金香,玉碗盛來琥珀光。
蘭陵産の美酒に鬱金(ウッコン)香を浸したお酒を玉杯にいっぱいにそそぐとコハク色に輝く。 
 蘭、金、玉、琥珀、。美、香、来、光。それぞれの語が絡み合って句と聯を計成する。美しい響きを持つ聯に仕上げ、五感でよませる聯にしている。 ・蘭陵:地名。山東省嶧県のお酒の産地。荀子の墓もある。 ・鬱金香 ミョウガ科の多年草(鬱金の香)香草の名。酒に浸して、色や香を附けるために使う。・玉碗:玉(ぎょく)で出来たさかづき。玉杯。「玉杯」としないのは、容器の大小、深浅の差異もある。また、発音上のリズム感にも因る。・盛:(器に)もる、盛り上げたから光り輝きが増すことになる。 ・-來…てきた。 ・琥珀 コハク宝石の一つ。透き通った黄色みを帯びた茶色系の宝石。女性のブローチ・ブレスレットなどの材料にも使われている。 ・琥珀光:コハク色に輝く酒。鬱金香を酒に浸したためついた色。


但使主人能醉客、不知何處是他鄕。
ただご主人が客人を充分に酔わしてしまうようにさえすればどこが異郷かわかりはしないさ。
 ・但使:ただ…しさえすれば。ただ…のようにさせれば。「ただ…しさえすれば」という或る条件を満たすようにさえすれば、次のような結果が出る、という表現の語。 ・主人:もてなす側の人。「客」に対する語。・能:よく。あたう。できる。可能を表す。 ・醉客:客(李白)を酔わせる。 ・不知:分からない。 ・何處:どこ。  ・他鄕:異郷。よその地。「故郷」に対する語。

「但使主人能醉客,不知何處是他鄕。」主人側が充分に酔っぱらわせてくれたならば、(酔っぱらった結果、)一体どこが異郷であるのか、忘れて分からなくなることだろう。
旅の空、こんなにおいしいお酒、琥珀色をした酒は身も心潤してくれる。旅の恥はかき捨てベロベロになるまで酔わせくれ・・・・・・と。


客中行
蘭陵の 美酒  鬱金香,
玉碗 盛り來る  琥珀の光。
但だ 主人をして  能く客を醉はしめば,
知らず  何(いづ)れの處か  是れ 他鄕なるを。





李白63夜下征虜亭


夜下征虜亭

船下廣陵去、月明征虜亭。
山花如綉頬、江火似流螢。


船は長江を下って広陵にむかってゆく。月が明るく岸の上の征虜亨を照らしている。岸の花は、紅をさした頬のよう。 江上の漁火は、流れる螢を思わせる。


船下廣陵去、月明征虜亭。
船は長江を下って広陵にむかってゆく。月が明るく岸の上の征虜亨を照らしている。
○征虜亭 いまの江蘇省南京市にあった。晋の太元年問に、征虜将軍の謝安がこの亭を建てた。 ○広陵 いまの江蘇省江都県。揚州市に近い。


山花如綉頬、江火似流螢。
岸の花は、紅をさした頬のよう。 江上の漁火は、流れる螢を思わせる。
 ○綉頬 化粧した顔。綉は繍と同じく、色糸のぬいとり。 ○江火 江上に見える。船の火、漁火。


夜 征虜亭を下る
船は広陵に下りて去り、月は明らかなり 征虜亭。
山花 綉頬の如く、江火 流螢に似る。


李白64春怨


春怨
白馬金羈遼海東、羅帷繡被臥春風。
落月低軒窺燭盡、飛花入戶笑床空。


白い馬にまたがり、金の手綱を握りしめた夫は、遼海の東へ出征している。うすぎぬの帳のなかで、刺繍で飾った布団をかけているところに、春風が吹いてきた。
しずみかけた月が軒端より低い空から、ともしびの燃えつきた部屋の中をのぞきこむ。飛びちる花びらが家の中へ入ってきて、寝床がからっぽなのをあざわらう。


白馬金羈遼海東、羅帷繡被臥春風。
白い馬にまたがり、金の手綱を握りしめた夫は、遼海の東へ出征している。うすぎぬの帳のなかで、刺繍で飾った布団をかけているところに、春風が吹いてきた。
○白馬金羈 金をよりこんだ白い手綱。若い貴族の出征。 ○遼海 現在の遼寧省。南満州。○羅帷 うすぎぬのとばり。○繡被 刺繍で飾ったかけ布団。


落月低軒窺燭盡、飛花入戶笑床空。
しずみかけた月が軒端より低い空から、ともしびの燃えつきた部屋の中をのぞきこむ。飛びちる花びらが家の中へ入ってきて、寝床がからっぽなのをあざわらう。
 ○落月 沈みかけた月。沈みかけた月は性を連想させる。 ○燭 ともしび。 ○飛花 春満開の花びらが舞い散っている。

宴も開かれて世間は賑やかにしている。貴族の妻妾について詠っている。
 出征した夫の妻が夫を心配して悶々としている雰囲気は全く感じられない。唐時代に流行した詩は、「出征した夫は私のことを思い出して、涙しているだろう。」というものだった。ここで取り上げた詩は、李白の芸術的な題材のとらえ方であった。


白馬 金羈(きんき)遼海の東、 羅帷(らい)繡被(しゅうひ)春風に臥す。
落月 軒に低(たれ)て 燭の盡くるを窺(うかがい)。 飛花 戶に入って 床の空しきを笑う。




李白65陌上贈美人


陌上贈美人
駿馬驕行踏落花。 垂鞭直拂五雲車。
美人一笑褰珠箔。 遙指紅樓是妾家。


元気な馬はいきりたって行き、散り落ちる花をふみしだく。馬上の少年はむちを垂らし、すれちがう美しい五雲の馬車をさっと打ち払った。
車の中の美人はにっこり笑い、真珠のすだれをまくりあげ、はるかむこうの紅い楼閣をゆびさして、あれがわたしの家なのよ。


陌上贈美人
大通りで出会った美人に送る詩
○陌 大道。 


駿馬驕行踏落花。 垂鞭直拂五雲車。
元気な馬はいきりたって行き、散り落ちる花をふみしだく。馬上の少年はむちを垂らし、すれちがう美しい五雲の馬車をさっと打ち払った。
○駿馬 元気なりっはな馬。 ○驕 馬がいきりたって、人のいうことをきかない。散った花をしばらくそのままにして楽しむのが風流とされる。王維「田園楽」にみえる。〇五雲車 伝説では、五色の雲で出来た仙人の乗る馬車。 


美人一笑褰珠箔。 遙指紅樓是妾家。
車の中の美人はにっこり笑い、真珠のすだれをまくりあげ、はるかむこうの紅い楼閣をゆびさして、あれがわたしの家なのよ。
○褰 まくりあげる。○珠箔 真珠のすだれ。 ○紅楼 朱塗の高殿。 ○妾 女の一人称。


少年は李白である。少年は若い男性を言う。


駿馬驕(おごり)行いて、落花を踏む。鞭を垂れて直ちに拂う、五雲の車。
美人一笑 珠箔を褰げ、 遙かに紅樓を指す 是れ妾が家と。



李白66謝公亭

謝公亭 
謝公離別處。 風景每生愁。
客散青天月。 山空碧水流。
池花春映日。 窗竹夜鳴秋。
今古一相接。 長歌懷舊游。


謝公亭は 別れの場所で知られたところ、辺りの風景は いつも哀愁を感じさせる。
人々が 散りぢりになった後青い夜空には月だけが輝き、人気の無い山中には 青い水だけが流れる。
池のほとりの花は 日光を受けて明るく映え、窓辺の竹は 秋には夜風を受けてさらさらと鳴る。
ここ謝公亭においてこそ 現在と過去とは一緒に結ばれている、緩やかな調べで歌いつつ 在りし日の交遊のさまを偲ぶのだ


謝亭離別處。 風景每生愁。
謝公亭は 別れの場所で知られたところ、
辺りの風景は いつも哀愁を感じさせる
○謝公亭 安徽省宣城県の郊外にあった。李白の敬愛する六朝の詩人、謝朓むかし宜州の長官であったとき建てた。苑雲という人が湖南省零陵県の内史となって行ったとき、謝朓は出来たばかりの亭で送別し、詩を作っている。


客散青天月。 山空碧水流。

人々が 散りぢりになった後青い夜空には月だけが輝き
人気の無い山中には 青い水だけが流れる


池花春映日。 窗竹夜鳴秋。
池のほとりの花は 日光を受けて明るく映え
窓辺の竹は 秋には夜風を受けてさらさらと鳴る


今古一相接。 長歌懷舊游。
ここ謝公亭においてこそ 現在と過去とは一緒に結ばれている
緩やかな調べで歌いつつ 在りし日の交遊のさまを偲ぶのだ
○舊游 謝朓の時代の交友のありさまを言う。苑雲との交流を意識している。


 李白は尊敬しある時はその詩を模倣もした謝朓ゆかりの亭に来た。昼間は多くの人がここで別れた。出征前のひと時を過ごしたのか。同じ景色を愛でても後にはその景色だけが残っている。別れの悲しみを月、清い水、花、窓辺を静かに詠っている。別れを悲しみだけで詠わない李白、自慢の形式である。


謝亭 離別の處、 風景 每(つね)に愁を生ず。
客は散ず 青天の月、 山 空しくして碧水 流れる。
池花 春 日に映じ、 窗竹 夜 秋に鳴る。
今古 ひとえに相接する、長歌して舊游を懷う。




李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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李白53大堤曲 李白54怨情 李白55贈内

 李白の就職「大作戦」は、始まったばかりで、力になってくれる人をさらに増やさねばならない。
 李白には強い武器がある、詩文を作ることだ。官僚になるには絶対の武器なのだ。現在でいえば、何か国語ができ、知識教養もある人物ということになるか。

 李白の生活ぶりは次の詩も象徴的だ。
 襄陽には遊女のいる歓楽街があった。襄陽を見るときこのことを外すわけにはいかない。

嚢陽一帯00

五言古詩
李白53大堤曲

漢水臨襄陽。花開大堤暖。
佳期大堤下。淚向南云滿。
春風無復情。吹我夢魂散。
不見眼中人。天長音信斷。


漢江の水は、襄陽のまちに沿って流れゆく。町はずれの大堤の色町は、花が満開、なにかと暖かくする。
この大堤の下で逢うことを約束したのに来てくれない、南の空の雲をみると、涙がすぐにもこみあげてくる。
春風も、わたしにはつれなく吹いて、慕情の夢を冷ましてしまう。
恋しいあの人の面影は、もう見えない。遠い空のかなた、あの人の便りも途絶えてしまった。


○大堤曲 『楽府詩集』#48「清商曲辞、西曲歌」。襄陽歌から派生したものとされる。 ・襄陽 湖北省、漢江にのぞむ町。 ○大境 嚢陽の南郊外にあり、行楽の土地。遊女が住んでいた。○漢水 襄陽の街を北西から、南東に廻るように流れている。大堤からすると南は下流の方角になり、江南からの人ということになる。あるいは、李白が色町の女性と別れた時に作ったのかもしれない。 ○佳期 男女の逢う約束。あいびきの時。○南雲 晋の陸機の「親(肉親)を憶う賦」に「南雲を指して、まごころを寄せ、帰風を望みて誠をいたす」とあり、故郷の肉親を思うと解釈されることが多いが、恋人を思う気持ちを詠っている。


 大堤で逢う約束を破られ、故郷の空へ向かって涙する女性というなら、最終句にもっていかないと理解できない。「いとしい人からの便りも途絶えた」を最終句にしているのは李白の心情だからと考えるほうが、自然体の纏まりがいい。

 李白は大堤の女性と別れたのである。
 儒教や仏教を基本に考える人ならば、故郷にいる肉親を思い、涙を浮かべることになるが、そうではない。女性観について良くも悪くも「楽府」故事を借りているのである。この短い詩の中で、多量の情報を提供し、そして見事に集約している。李白の秀作である。
 現代の道徳観や思想に基づいて評価をするとか、唐以降の儒教者のようにその思想によって、悪意の評価しようとするのは違っている。


○韻 暖、滿、散、斷。


漢水は 嚢陽に臨(のぞ)み、花開いて 大堤暖かなり。
佳期 大堤の下(もと)、涙は南雲に向って満つ。
春風 復(また) 情 無く、我が 夢魂(むこん)を吹いて散ず
眼中の人を見えず、天 長(とおく)にして 音信 断。


安陸・南陽・嚢陽 李白00


李白54 怨情   
 

◦五言絶句。眉・誰(平声支韻)。
怨情 

美人捲珠簾、深坐嚬蛾眉。
但見涙痕濕、不知心恨誰。


満たされぬ思い
美しい人 珠簾れを捲きあげている、部屋の奥深く坐って 蛾眉のように細くきれいな眉をひそめている。
じっと見ていると 涙がほほがに濡れたまま、心に誰をか恨んでいるのだろう。


◦珠簾 … 玉を飾ったすだれ。
◦蛾眉 … 蛾の触角のような三日月がたの女性の美しい眉。
◦嚬 … 眉間にしわをよせて愁いの表情をする。
◦涙痕 … 涙の流れた跡。



 ”「玉階怨」とおなじく、宮女の悲しみをテーマにした作品とされ、月の出と、外のにぎわいについ誘われるように御簾を上げる。彼女は耳をふさぎ、月の光を逃れて奥深く座る。いじわるな月は、のぞきこむように彼女の顔を照らす。その顔には、涙のあとがぬれている。起・承・転句、ともに、表に出ない月が重要な役割をしているといえよう。最後に、誰を恨んでいるのかわからない、と結ぶが、「顰む」の字に、いま天子の寵を得て時めいている女への、燃えるような嫉妬の情がこめられている。また、この字には「西施の顰み」への連想もある。”

 とされているが、果たしてそうだろうか、宮女の悲しみなのだろうか、
「玉階怨」でも示したが、芸妓が宮廷、貴族階級、士太夫などでも、民間の街の芸妓も「満たされぬ思い」があったはずである。夫人は何人もいておかしくない時代だ。一方では一族の願いと他方では、悶々として暮らすこの矛盾を詠っているのは、どちらの詩もだ。

 満たされない思いを多くの女性たちが持っていたのだ。美貌により、一家が全員がのし上がっていけるそういう現実を考えながらこの詩をみていくと、いろんなことを考えさせてくれる。ただ、李白の近くにも満たされぬ女性がいる。いわば行く先々で女性がいた李白の妻たちだ。李白は妻の気持ちを芸術的技巧で包んでいる気がする。月夜の連想は故郷の月という方がいい。
満たされない思いに対する気持ちに女性のプライドがないといけない。李白は一方でプライドを詠っている。


○韻 眉、誰。 

  怨情えんじょう
美人 珠簾(しゅれん)を捲き、深く坐して蛾眉を顰(ひそ)む
但(ただ)見る 涙痕の湿(うるおえる)を、知らず 心に誰をか恨む  


              
李白55 贈内

贈内

三百六十日,日日醉如泥。
雖爲李白婦,何異太常妻。


内(つま)に 贈る
一年、三百 六十日,毎日 べろんべろんに酔っている。
〝李白"の妻とは名ばかりで,あの太常の妻と同じだということ。


贈内
贈:(詩を)妻に贈る。


三百六十日
一年の全ての日。陰暦での一年の日数。


日日醉如泥

毎日がひどく酒に酔っぱらっている。 
・日日:毎日。 ・醉如泥:ひどく酒に酔う。泥のように酔う。


雖爲李白婦
李白の嫁とはいっても。 ・雖:…とはいっても。…といえども。 ・爲:…である。 ・婦:嫁。妻。


何異太常妻
一体どこが(漢の周沢)太常の妻と異なろうか。 ・何:なんぞ。反語。疑問。 ・太常:卿の一。礼儀、祭祀を掌る官(『後漢書・百官』)。大常は身を清め命令通りに誠心誠意祭祀を執り行っていた。周沢はしばしば病気になり、斎宮に病臥していたが、妻は周沢の持病を心配し、病状をうかがい尋ねてねて来た。しかし、夫の周沢は、妻が斎戒の禁を犯したと大いに怒り、妻を監獄に送って謝罪した。世間の人は、その行為をきわどいことだと考えて、次のように語りあっていた。



 李白は妻に贈った詩をいくつか残している。これはそのなかでも特に有名なもの。ただ書かれた時期や、どの妻なのかは、正確にはわかっていない。また、酔っぱらって帰ってきて、奥さんに叱られた時の誤魔化しの雰囲気を漂わせた作品という解釈もあるが、実際そんなことをするだろうか。

 李白は、「妻にはこういう態度で臨むもんだ」、と詩を貴族の男性たちに示したものということの方が理解しやすい。
 李白の詩は、尊敬する人、目上の人、仲間内には詩を贈るが、誰かに対して歌うということはないのである。現在の感覚、儒教的な考えでは間違ってしまう。


 李白は、生活のためパトロンに向けて書いているのである。したがって、目上の人であるとか、道教関係、当然、朝廷の関係の詩は比較的作時が明らかなのだ。李白は仙人なのだから。

○韻 泥、妻

内(つま)に 贈る
三百 六十日,日日  醉(よ)ひて 泥の如し。
李白の婦(よめ) 爲(た)りと 雖(いへど)も,何ぞ 太常の妻に 異ならん。



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李白と道教(7)襄陽曲49から52

「あの立派な人格者の晉の羊公でさえ、台石の亀の頭は、むざんに欠け落ちてしまって、苔だらけ。『涙を堕す碑』とよばれるのに、涙さえおとすことも出来ない。心も羊公のために、悲しむことさえ出来ない。

清々しい風、明月を眺め、その上、酒を飲むなら、これにまさることはない。」

どんなに笑われても、山公(山簡先生)のように生きたい。という李白であった。

 中国では、昔から、茶屋、居酒屋のようなにぎやかに人を集めた場所で、「三国志」、とか、「王昭君」、「西施」など節をつけ、唄いながら講談をした。襄陽は交通の要衝で、大きな歓楽街もあった。そこで詠われた詩の「襄陽楽」を題材にして李白が詠ったのだが、同じ内容の絶句四首がある。李白の考え方をよく表すので見ていく。


襄陽曲四首

李白49 襄陽曲四首其一

其一

襄陽行樂處。 歌舞白銅蹄。

江城回淥水。 花月使人迷。



嚢陽はたのしい行楽の場所だ。人びとは、古いわらべ歌の「白銅蹄」を歌ったり踊ったりする。

江にのぞむこのまちは、うつくしい水にとりまかれ、なまめかしい花と月とが、人の心をまよわせる。



裏陽曲 六朝の栄の隋王寵が作ったといわれる「嚢陽楽」という歌謡に、「朝に嚢陽城を発し、暮に大隄の宿に至る。大隄の諸女児、花顛郡の目を驚かす」とある。嚢陽曲は、すなわち賽陽楽であり、李白のこの第一首の結句は、隋王誕の歌の結句と似ている。なお、李白の、次にあげた「大隄の曲」、および 前の「嚢陽の歌」を参照されたい。襄陽 いまの湖北省襄陽県。漢水にのぞむ町。李白はこの地から遠からぬ安陸に、三十歳前後の頃、定住していた。また、李白の敬愛する先輩の詩人、孟浩然は、裏陽の旧家の出身であり、一度は杜甫に連れられ玄宗にお目通りしたが仕えず、この地の隠者として終った。白銅蹄 六朝時代に襄陽に流行した童謡の題。別に参考としては、『楽府詩集』に収められる「襄陽楽九首」、張鈷「襄陽楽」、崔国輔「襄陽曲二首」、施肩吾「襄陽曲」、李端「襄陽曲」、梁・武帝「襄陽躇銅蹄三首」、沈約「襄陽固銅蹄三首」〔以上巻四八〕、「襄陽童児歌」〔巻八五〕) 淥水 清らかな水。 花月 花と月と。風流なあそびをさそうもの。

(売春の誘い込みも含むと考えればわかりやすい)



 嚢陽 行楽の処、歌舞 白銅蹄。

江城 淥水回(めぐ)り、花月 人をして迷わせる。




李白50 襄陽曲四首

其二

山公醉酒時。 酩酊高陽下。

頭上白接籬。 倒著還騎馬。



山簡先生はいつもお酒に酔っている、酩酊してかならず高陽池のほとりでおりていた。

あたまの上には、白い帽子。それを逆さにかぶりながら、それでも馬をのりまわした。



○山公 山簡のこと。字は季倫。西晋時代の人。竹林の七賢の一人、山濤の子。公は一般に尊称であるが、ここでは、とくに尊敬と親しみの気特がこもっている。山簡、あざなは季倫。荊州の地方長官として嚢陽にいたとき、常に酔っぱらっては高陽の池にあそび(野酒)、酩酊したあげく、白い帽子をさかさに被り、馬にのって歩いた。それが評判となり、そのことをうたった歌までできた。話は「世説」にある。 ○高陽 嚢陽にある池の名。 ○白接離 接寵は帽子。



山公 酒に酔う時、酩酊し 高陽の下

頭上の 白接籬、倒しまに着けて還(また)馬に騎(のる)



李白51 襄陽曲四首



其三

峴山臨漢江。 水淥沙如雪。

上有墮淚碑。 青苔久磨滅。



峴山は漢江に臨んでそびえたつ、ながれる水は清く澄み、川辺の砂は雪の白さだ。

山上には「墮淚碑」が有り、 青苔におおわれたまま永いので磨滅したように彫刻が見えない。

(こんなに哀れに苔だらけになってしまっている。ここで泣けるのか)



○峴山 襄陽県の東南にある山で、漢水にのぞむ。唐代の名勝の地。○漢江 漢水とおなじ。長江の一番大きな支流。 ○堕涙碑 晋の羊祜は、荊州の都督(軍事長官)として襄陽のまちを治めて人望があった。かれは生前、峴に登って酒を飲み、詩を作つたが、かれが死ぬと、襄陽の人びとはその人となりを偲んで、山上に石碑を立てた。その碑をみる人は、かれを思い出して涙を堕さないではいられなかったので、堕涙碑と名づけられた。名づけ親は、羊祜の後任で荊州の都督となった杜預、(杜甫の遠い先祖にあたる)である。



峴山 漢江に臨み、水は緑に 抄は雪の如し。

上に堕涙の碑有り、青苔に 久しく磨滅す。





李白52 襄陽曲四首



其四

且醉習家池。 莫看墮淚碑。

山公欲上馬。 笑殺襄陽兒。



ともかく、習家池で酔いつぶれよう、墮淚碑になんか見てもしかたがない。

山公先生が馬に乗ろうとして、襄陽の子供たちが笑い転げてくれ。(その方がどんなにいいか)



○習家池 山簡がいつも酔っぱらった高陽池のこと。漢の習郁という人が、養魚のためにこの池をつくり、池のまわりの高い堤に竹などを植え、ハスやヒシで水面をおおい、以来、遊宴の名所となったと「世説」の注に見える。○笑殺 穀は調子を強める字。





且らく酔わん 習家の池、堕涙の碑を看る莫れ。

山公 馬に上らんと欲すれば、笑殺す 嚢陽の児。



 死んで世に名を残したって、苔むすだけだろう。それなら、一生どれだけ飲めるのかといっても、たかが知れている。人に笑われたって今を楽しむほうがいい。ここで、酒好きな李白の「酒」を論じるのではない。(酒については別のところで述べる予定。)


 子供についての考え方、に続いて、わらべ歌について、李白の考えを詠ったものだが、端的に言うと、峴山の
羊祜、「堕涙碑」は儒教の精神を示している。それに対して、山簡を山公と山翁呼んでいるが、李白は自分のことをしばしばそう詠っている。竹林の七賢山濤の子の山簡、つまり、山簡先生と同じように自分もたとえ子供に笑われたって、酒を飲むほうがいいといっている。酒を飲むというのは現実社会、今生きていることを示すのである。(李白は山東で竹渓の六逸と称し遊ぶ)


 李白は、
自分の道徳観を故事になぞらえて正当化する手法をとっている。しかも、わかりやすいわらべ歌を題材にしているのである。

 襄陽は、道教の宗派最大の聖地、武当山のおひざ元、門前町なのだ。ここでも道教の接点があるのだ。

(長安で寓居していた終南山も道教の本家地がある。元丹邱の関連でよく出てくる地名である。)

 しかし、のちに、この道教のつながりで、中央官僚、しかも皇帝が李白のために新しいポストを作って迎えられるのだから、「大作戦」成功を見るのである。


李白の詩 連載中 2012/1/31現在 300首

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 李商隠の詩(恋歌女詩) 特集中         李白の詩 特集中

李白と道教48襄陽歌 ⅱ

李白と道教48襄陽歌 ⅱ

千金駿馬換小妾、笑坐雕鞍歌落梅。
千金の値うちのあるスマートな足の早い馬を、おれの女と取り換えてもらい、にっこり笑い、見事な彫り物をほどこした鞍にまたがり、「落梅」の歌を口ずさむ。
お供の車には傍に一重の酒がぶらさげてあり、鳳の笠やら竜の笛が、道をゆきつつ、酒を飲めと催促している。 
・千金:千枚の黄金。多額の金銭。 ・駿馬換小妾:後魏の曹彰が駿馬を見つけ、それを何とか手に入れたいと思って、馬主に対して「自分には好い妾(つま)たちがいるので、あなたがすきな妾を選び、それと馬とを交換しよう」と持ちかけたという故事。『獨異志』。 ・駿馬:〔しゅんめ〕すぐれた馬。良馬。足の速く強い馬。 ・換:交換する。 ・小妾:〔しょうしょう〕若いめかけ。 ・雕鞍:立派な彫り物を施した鞍(くら)。 ・歌:うたう。動詞。 ・落梅:笛の演奏用の『落梅花』という曲名のこと。

車旁側挂一壺酒、鳳笙龍管行相催。
お供の車には傍に一重の酒がぶらさげてあり、鳳の笠やら竜の笛が、道をゆきつつ、酒をのめと催促している。
・車旁:車の側壁。 ・側挂:ぶら下げている。つり下げている。 ・鳳笙龍管:鳳の鳴き声のような(鳳の姿のような)笙に、龍のなき声のような笛の音。」  ・行:行きながら。ゆくゆく。 ・相催:促してくる。 ・相-:動詞の前に附き、動作の及ぶ趨勢を表す。…てくる。…ていく。

咸陽市中歎黄犬、何如月下傾金罍。
成陽の町のまん中で「黄色い犬をつれて免狩りしたかった」などと嘆いた秦の李斯のさいごを思うと、たとえ出世しなくとも、月の下で、黄金の杯を傾けているほうが、どれだけよいことか。
 ・咸陽:〔かんよう〕秦の首都。秦・始皇帝がここに都を置く渭城。 ・歎黄犬:李斯の故事をいう。・何如:どうして及ぼうか。なんぞしかん。また、いかん。ここは、前者の意。 ・傾:(酒器を)傾ける。酒を飲むこと。かたぶく。下二、四段活用。 ・金罍:〔きんらい〕雷雲の模様を画いた黄金製の酒かめ。黄金製の酒器。

君不見晉朝羊公一片石、龜頭剥落生莓苔。
君は見ないか。あの立派な人格者の菅の羊公でさえ、いまは一かけらの石じゃないか。台石の亀の頭は、むざんに欠け落ちてしまって、苔が生えるじゃないか。
 ・君不見:諸君、見たことがありませんか。詩をみている人に対する呼びかけ。樂府体に使われる。「君不聞」もある。そこで詩のリズムが大きく変化する。 ・晉朝羊公一片石: 晉朝 (西)晋。265年~419年。三国の魏に代わり、265年権臣司馬炎が建てた国。280年、呉を併せて天下を統一したが、八王の乱で、匈奴の劉曜らによって316年に滅ぼされた。 ・羊公 呉と闘った西晋の名将・羊のこと。山を愛し、善政をしたため、羊の没後、民衆は羊が愛した山を望むところに石碑を築いた。 ・一片石 羊の石碑。前出の堕涙碑(紫字部分)のこと。
 ・龜頭:石碑の土台の亀の頭。石碑の土台部分は亀のような形をして、甲羅に碑を背負っている形になっている。あの亀のような動物は想像上のもので贔屓〔ひき;bi4xi4〕という。 ・剥落:剥げ落ちる。 ・莓苔:〔ばい〕こけ。

涙亦不能爲之墮、心亦不能爲之哀。
「涙を堕す碑」とよばれるのに、涙さえおとすことも出来ない。心もかれのために、かなしむことが出来ない。
 ・亦:…もまた。 ・不能:…ことはできない。 ・爲:…のために。 ・之:(古びてしまった)羊の堕涙碑。 ・墮:(涙を)落とす。 ・哀:哀しむ。

清風朗月不用一錢買、玉山自倒非人推。
すがすがしい風、まるい明るい月、こんなすてきなものが、一銭も出さずに買える。風に吹かれ、月を眺め、その上、酒を飲むなら、これにまさることはない。
・清風:清らかな風。涼しい風。さわやかな風。宗教的な趣を湛えた語。 ・朗月:明月。 ・不用:別に…の必要がない。 ・一錢買:お金を出して買う。外にこのような使い方があろうか。
 ・玉山自倒:竹林の七賢の一である魏の康の酒に酔ったさまは、彼の大柄さと人格の偉大さから、玉山がまさに崩れそうな様子だったという。  ・玉山:美しい容姿のたとえ。雪の積もった山。崑崙山の西にある西王母のいたところ。 ・非人…:人為的に…することは(でき)ない。

舒州杓 力士鐺。 李白與爾同死生。
常州の杓よ、力士のうつわよ。李白はたとえ死んでも、まして生きてるうちは、おまえをぜったい離さない。
舒州杓 舒州はいまの安徽省潜山県一帯(省の西南隅)で、唐代では、酒器の名産地。杓は酒をくむ柄杓。
唐の豫章郡産の酒を温めるのに使う三本脚の鼎という。 ○力士鎖 いまの江西省南昌市(唐代の予革)産の堅い上質の磁器、力士の形を刻んであるともいうし、また、力士は器の作者の名前ともいう。よくわからない。・鐺:〔そう〕三本脚の鼎で、酒を温めるのにつかう。 ・與:…と ・爾:なんぢ。酒、酒器を指す。 ・同死生:生死を共にする。

襄王雲雨今安在、江水東流猿夜聲。
襄王がたのしんだという巫山の雲や雨は、いまはいずこにありや。けっきよく、はかない夢ではなかったか。現に巫山には、そんなものは跡かたもない。山あいを長江の水がとうとうと東にむかって流れ、江を挟む山の中で、猿が夜になると、啼くだけだ。
・襄王雲雨 むかし楚の嚢王が詩人の宋玉をつれて、雲夢の丘に遊び、高唐という物見台から景色を眺めた。すると、その上に雲気が立ちこめ、高くまっすぐ上ったかと思うと、たちまち形をかえた。しばらくの間に、千変万化する。襄王がたずねた、「これは何か」。宋玉がこたえた、「いわゆる朝雲です」。「朝雲とは何か」。宋玉が説明した。
「昔先代の王さまがやはりこの高唐に遊びにきて、昼寝をされた。夢の中に一人の女が現われて言った。『わたしは巫山の女です。高唐へ遊びにきましたが、殿様もまた高唐に遊びに来られたことを聞きました。どうか、おそばに侍らせて下さいませ。』 王はお可愛がりになった。去るとき女が言った。「わたしは巫山の南の高い山の峰に住んでいますが、朝には雲となり、碁には雨となり、毎朝毎晩、南の丘の下へ行きます」。翌朝、行ってみると、果して女の言うとおりだったので、そこに社を建てて朝雲と呼んだ。興味をおぼえた嚢王は、朝雲についてその様子をききただす。宋玉は委細をつくして朝雲暮雨を歌いあげる。その話は、宋玉の「高唐の賦」にくわしい。ただし、ふつうの伝説では、夢のなかで巫山の女神と交わったのは、嚢王その人となっている。  ・今安在:今はどこにあるのか。
 ・江水:川の流れ。川の流れは、古来、時間の推移を謂う。流れ去る川の水で、歳月等の時間で一度去って再び帰らないものの譬え。 ・東流:東に向かって流れる。東流するのは中国の川の通常の姿であり、天理でもある。 ・猿夜聲:夜に猿が(悲しげになく)鳴き声。

○韻   西、迷、鞮、泥』 杯、杯、醅、台』 梅、催、罍、苔』 哀、推、鐺、生、聲』


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李白と道教48襄陽歌 ⅰ

李白と道教48襄陽歌 ⅰ

李白と陶淵明の続き

 陶淵明と李白との共通点を見てみると、①社会風刺の作品が少ない、②どことなく孤独感が感じられる、③身分階級の高さを感じなく、④虚勢を張って居る感がある、⑤酒を題材とする作品が多い、⑥非凡俗性、⑦子供は出てくるが妻は全くでない、

 違いは、①李白は明るい、陶淵明は暗い、②家族に対する姿勢、李白はあんまり考えていない、③李白は頽廃的な感じをもっている、④李白は職業詩人に徹している、などだろうか。もちろん、李白の「寄東魯二稚子」と陶淵明の「責子」だけで比較できるわけではないが、李白の唯一詩で子供のことをこれだけ知らないでいられる人間性はどこから来るのであろうか。お酒を飲んで論じ合っていて、竹渓の六逸と称していても社会風刺、社会批判がないのはどうしてなのか。

 一言で、詩人李白は、天才なのだ。それも群を抜いた天才なのだ。陶淵明や、杜甫のように社会と自分と生活;貧乏と戦ってそれを糧にして成長していく天才と、李白は努力をしなくても人を圧倒させる詩が詠えるのである。その天才的芸術性を育んだのが道教と考える。

 唐朝の成立と道教と密接な関係のあることは承知のことである。そして、武則天、韋后の政策によって、仏教を重んじられ始めたのをその後の皇帝玄宗により、それまで以上に道教が重んじられ、玄宗は道教が儒教や仏教の上位にあるという詔を下し、老子が孔子や釈迦牟尼より上位であると規定し、仏教の発展を制限した。

 全国に老子廟を立て、政治的に利用したため、道教は隆盛を極めていった。李白の成長に合わせたかのように呼応である。玄宗は道教の文学芸術の発展にも努力し、彼自身も道教音楽を作り、煉丹・斎などの宗教活動を提唱して、道教を大いに発展させた。唐代の公主が出家して女冠になり、朝廷内の賀知章などの大臣が道士になったことは、道士・女冠の社会的な地位がかなり高かったことを物語っている。

 こうした社会的背景があってこそ李白の遊学生活が成り立ったと考える。

 李白の生活ぶりを示す襄陽歌、襄陽曲四首 をあげる。


襄陽歌
落日欲沒峴山西。倒著接籬花下迷。
襄陽小兒齊拍手。攔街爭唱白銅鞮。
旁人借問笑何事。笑殺山翁醉似泥。』
鸕鶿杓。    鸚鵡杯。
百年三萬六千日。一日須傾三百杯。
遙看漢水鴨頭綠。恰似葡萄初醱醅。
此江若變作春酒。壘麴便筑糟丘台。』
千金駿馬換小妾。笑坐雕鞍歌落梅。
車旁側挂一壺酒。鳳笙龍管行相催。
咸陽市中嘆黃犬。何如月下傾金罍。
君不見晉朝羊公一片石。龜頭剝落生莓苔。』
淚亦不能為之墮。心亦不能為之哀。
清風朗月不用一錢買。玉山自倒非人推。
舒州杓。力士鐺。李白與爾同死生。
襄王云雨今安在。江水東流猿夜聲。』


まっ赤な夕日が幌山の西にしずもうとしている。白い帽子をさかさまにかぶって、花ざかりの木の下を、ふらりふらりとさまよう。

すると、裏陽の街の子供たちが大勢よってきて、いっせいに手をたたきながら、道いっぱいにふさがり、「白銅提」 の歌を口口にうたってはやしたてる。

いったい何でそんなに笑っているのかと、通りかかった人がたずねる。子供はこたえる、あのおじさんのベロベロに酔っぱらった恰好がおかしい。』


段通の柄杓。そして、艶鵡のさかずき。どちらもすばらしく立派なうつわだ。

人の一生は、百年であり、しょせん三万六千日。一日に三百杯、飲むことが必要だ。

はるかに洪水が見える。水はあおあおとして、ちょうど鴨の頭のような緑色。葡萄が醗酵しはじめる時の色によく似ている。

この川の水が、もしも春の酒に変るものなら、うずたかい麹で、酒の粕の高台を築いてやろう。』


千金の値うちのあるスマートな足の早い馬を、おれの女と取り換えてもらい、にっこり笑い、見事な彫り物をほどこした鞍にまたがり、「落梅」の歌を口ずさむ。
お供の車には傍に一重の酒がぶらさげてあり、鳳の笠やら竜の笛が、道をゆきつつ、酒を飲めと催促している。

成陽の町のまん中で「黄いろい犬をつれて免狩りしたかった」などと嘆いた秦の李斯のさいごを思うと、たとえ出世しなくとも、月の下で、こがねのさかずきを傾けているほうが、どれだけよいことか。』


君は見ないか。あの立派な人格者の菅の羊公でさえ、いまは一かけらの石じゃないか。台石の亀の頭は、むざんに欠け落ちてしまって、苔が生えてるじゃないか。
「涙を堕す碑」とよばれるのに、涙さえおとすことも出来ない。心もかれのために、かなしむことが出来ない。

すがすがしい風、まるい明るい月、こんなすてきなものが、一銭も出さずに買える。風に吹かれ、月を眺め、その上、酒を飲むなら、これにまさることはない。

いわゆる「玉山が倒れるように」、人が押さないのに防手に倒れてしまうぐらい、飲むにかざる!

常州の杓よ、力士のうつわよ。李白はたとえ死んでも、まして生きてるうちは、おまえをぜったい離さない。

襄王がたのしんだという巫山の雲や雨は、いまはいずこにありや。けっきよく、はかない夢ではなかったか。現に巫山には、そんなものは跡かたもない。山あいを長江の水がとうとうと東にむかって流れ、江を挟む山の中で、猿が夜になると、啼くだけだ。』

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李白41 烏夜啼

 李白41 烏夜啼     

李白は北辺の旅からむなしく長安にもどってきたが、その後もしばらく都にとどまっていても仕官のあてがあるわけではない。李白も一人で酒を飲み、一人詠う。まるで、カラスが鳴いているのと同じに映ったのか・・・・・・。



烏夜啼

黄雲城辺烏欲棲、帰飛唖亜枝上啼。

機中織錦秦川女、碧紗如煙隔窓語。

停梭悵然憶遠人、独宿弧房涙如雨。



黄色い夕靄が城壁になびくころ、烏はねぐらにつこうとし、飛んで帰って、枝にとまってかあかあと鳴く

織機(はた)を前に 錦を織っている長安の女、青いうす絹のカーテンは霞のよう窓越しに一人ごと。

織機の杼()をとめて 心痛めて遠くの人を憶う、誰もいない部屋にひとり寝してると  涙は雨のように濡らす。





烏夜啼(うやてい)

黄雲(こううん)  城辺  (からす)棲まんと欲し

帰り飛び  唖唖(ああ)として枝上(しじょう)に啼く

機中(きちゅう)  錦を織る  秦川(しんせん)の女

碧紗(へきさ)  煙の如く  窓を隔(へだ)てて語る

()を停め  悵然(ちょうぜん)として遠人を憶う

独り弧房(こぼう)に宿(しゅく)して  涙  雨の如し





烏夜啼

 「烏夜啼」は楽府にある。
 南北朝、宋の臨川王劉義慶が彭城王劉義康との関係で文帝に怪しまれ、自宅謹慎させられていたとき、カラスが夜啼くのを聞いた女性が「明日はきっとお許しがありましょう。」と予言した。予言は当たったばかりかその年のうちに南袁州の刺史となった。そのことを感謝してこの歌を作った。

 李白のこの詩は夫を兵役に出している妻の夫を想う思婦詩になっている。李白としては、同じようにカラスが鳴いていた、自分も官職に取り上げてくれる予言をしてほしいと思ったことからこの詩を詠ったのか。詩は夫を兵役に出している妻の夫を想う思婦詩になっている。



黄雲城邊烏欲棲

黄色い夕靄が城壁になびくころ、烏はねぐらにつこうとし。 

・黄雲:夕暮れの雲。黄土の砂煙。 ・城邊:城塞一帯。 ・烏:カラス。 ・欲:…よう。…う。…たい。 ・棲:鳥が巣に宿る。すむ。





歸飛啞啞枝上啼

飛んで帰って、枝にとまってかあかあと鳴く。 ・啞啞:〔ああ〕からすなどの啼き声。カーカー。 ・啼:〔てい〕(鳥や虫が)鳴く。



機中織錦秦川女

織機(はた)を前に 錦を織っている長安の女。 ・機中:機(はた)で織り込む。 ・機:はた。はたおる。 ・織錦:錦を織る。夫を思い慕ったことばを回文で織り込む。 ・秦川女:蘇蕙(蘇若蘭)のこと。この句は『晋書・列伝第六十六・列女・竇滔妻蘇氏』砂漠方面に流された夫を思う妻の典型を引用。秦川は長安地方を指す。夫が秦川刺史であったことによるための言い方。回文の錦を織った妻のことで竇滔とうとうの妻の蘇蕙(蘇若蘭)のこと。回文:順序を逆に読めば、別の意味になる文のこと。



碧紗如烟隔牕語

青いうす絹のカーテンは霞のよう窓越しに一人ごと。

 ・碧紗:緑色のうす絹のカーテン。女性の部屋を謂う。 ・如烟:けむっているかのようである。 ・隔牕語:窓を隔てて話す。



停梭悵然憶遠人

織機の杼()をとめて 心痛めて遠くの人を憶う。 ・停梭:ひを(一時的に)とめる。 ・梭:〔さ〕ひ。おさ。機織りの道具。横糸を通す管のついているもの。 ・悵然:恨み嘆くさま。 ・憶:思い出す。 ・遠人:〔えんじん〕遠いところにいる人。遠方へ戦争や守備で行っている人。



獨宿空房涙如雨

誰もいない部屋にひとり寝してると  涙は雨のように濡らす。

 ・獨宿:ひとりで泊まる。 ・空房:誰もいない家屋。「孤房」ともする。 ・如雨:雨のようである。



長安と近郊006
      李白の寓居   終南山松龕舊隱都中心部より20km以上離れていた。王維の輞川荘は30km以上。




李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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 李商隠の詩(恋歌女詩) 特集中         李白の詩 特集中


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

李白39玉階怨 満たされぬ思いの詩。

李白39玉階怨 満たされぬ思いの詩。

 この詩は、掛けことばだらけの詩でおもしろい。宮中にいてできる詩ではなく想像の言葉遊びの詩と思う。

玉階怨

玉階生白露、 夜久侵羅襪。
白玉の階きざはしに白い露が珠のように結露し、 夜は更けて羅うすぎぬの襪くつしたにつめたさが侵みてくる。

却下水晶簾、 玲瓏望秋月。

露に潤った水晶の簾をさっとおろした、透き通った水精の簾を通り抜けてきた。秋の澄んだ月光が玉の光り輝くのを眺めているだけ。



白玉の階きざはしに白い露が珠のように結露し、 夜は更けて羅うすぎぬの襪くつしたにつめたさが侵みてくる。
露に潤った水晶の簾をさっとおろした、透き通った水精の簾を通り抜けてきた秋の澄んだ月光が玉の光り輝くのを眺めているだけ。

 面白いのは句は2語+3語だが、3語+2語でもよい。

生↔侵↔水↔望   玉階↔白露↔夜久↔羅襪↔ 却下↔水晶簾↔ 玲瓏↔秋月

それぞれの言葉が、それぞれの言葉で機能しあい意味を深くしていく。

・長く待って玉階に白露、夜久くて羅襪のままで 却下した水晶簾、 玲瓏の秋月、今夜も来ない。
生きている、浸みてくる、潤ってくる、希望したい。

 後宮でこの状態でいるのは、楊貴妃が後宮に入って玄宗に寵愛され始めたころとか、考えがちになるが、時期や人物の特定はこの詩からはしないほうがよい。後宮に入ることは、天使のお声がかかってのこと、一族名誉である。貴族階級、士太夫などでも、夫人は何人もいておかしくない時代だ。貴族夫人の邸の床が大理石であってもおかしくない。一方では喜びと他方では、悶々として暮らすこの矛盾を詠っている。
 満たされない思いを多くの女性たちが持っていたのだ。美貌により、一家が全員がのし上がっていけるそういう現実を考えながらこの詩をみていくと、いろんなことを考えさせてくれる。李白は天才だなと感じる。

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玉階に白露生じ、 夜久しくして羅襪ちべつを侵す。
水晶の簾を却下するも、 玲瓏として秋月を望む 。



玉階怨
 楽府特集『相和歌・楚調曲』。宮怨(失寵の閨怨)を歌う楽曲名。題意は、後宮の宮女が(なかなか来ない)皇帝の訪れを待ち侘びる、という意。

玉階生白露
白玉の階きざはしに白い露が珠のように結露し。 
・玉階:大理石の後宮のきざはし。外を誰かが通っていても玉階からの音で誰だかわかる。大理石に響く靴の音はそれぞれの人で違うのだ。ほかの通路とは違う意味を持っている。 ・生白露:夜もすっかり更けて、夜露が降りてきた。時間が経ったことをいう。

夜久侵羅襪
夜は更けて羅うすぎぬの襪くつしたにつめたさが侵みてくる。
 ・夜久:待つ夜は長く。 ・侵:ここでは(夜露が足袋に)浸みてくること。 ・羅襪:うすぎぬのくつした。 ・襪:〔べつ〕くつした。足袋。 足袋だけ薄絹をつけているのではなく全身である。したがって艶めかしさの表現である。


却下水精簾
露に潤った水晶の簾をさっとおろした。
 ・却下:下ろす。 ・水:うるおす。水に流す。水とか紫烟は男女の交わりを示す言葉。 ・精簾:水晶のカーテン。窓際につける外界と屋内を隔てる幕。今夜もだめか! 思いのたけはつのるだけ。


玲瓏望秋月
透き通った水精の簾を通り抜けてきた秋の澄んだ月光が玉の光り輝くのをただ眺めているだけ
 ・玲瓏:玉(ぎょく)のように光り輝く。この「玲瓏」の語は、月光の形容のみではなく、「水精簾」の形容も副次的に兼ねており、「透き通った『水精簾』を通り抜けてきた月光」というかけことばとして、全体の月光のようすを形容している。「却下・水・精簾+玲瓏・望・秋月。」 ・望秋月:待ちながらただ秋の月を眺め望んでいる。 ・望:ここでの意味は、勿論、「眺める」だが、この語には「希望する、待ち望む」の意があり、そのような感じを伴った「眺める」である。




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李白37 静夜思 五言絶句 李白は浮気者?

李白37 静夜思 五言絶句
長安付近で求職活動に懸命になっていたがうまくはいかない。李白は31歳になっていた。安陸の女性か、蜀の女性か、静かに照らす月光は故郷を思い出さずにはおれなかった。


  この詩は説明・解説ができないほどレベルの高い傑作である。訳したり、書き下すのも詩の持っているものを生かすことはできない。文字通り、絶句である。

静思夜

牀前明月光,疑是地上霜。
舉頭望明月,低頭思故鄕。


寝台の前をに月光が射している、その光が白く冴えて霜のように見える。
自分は頭を挙げて山上の明月を望み、頭を垂れて遠い故郷のことを思う。

床前 月光 明るし、疑ふらくは是れ地上の霜かと。
頭を舉あげて 明月を望み、頭を低(た)れて 故鄕を思ふ。

床前明月光
ベッド先の明月の光(は)。 ・床前:ベッド先。ベッドの前。ベッドの上。 ・明月光:明月の光が射している。「看月光」ともする。その場合、「月光を看る」になる。直接月を見ると、故郷の月と同じ、月明かりに照らし出された寝台も故郷の風景と同じなのだ。だから、「月」の語で連想することは、離れている人を偲ぶ、ということになっていたのだ。「太いなる陰」である。現在のようにロマンチックな雰囲気ばかりではなかった。 ・明月:(明るく)澄みわたった月。皓々とあかるく照る月。日本語で云うところの「名月」。「明月」と「名月」ともに〔めいげつ〕と言うが、詩詞では、「明月」を使い「名月」は使わない。「名月」は陰暦八月十五夜の月だが、使われた実績がない。日本での詩歌でも後世に多い。 ・明:澄み切った。「明鏡」の「明」に同じ。


疑是地上霜
(ベッド先を照らす明月の光は、)疑(いぶ)かることだが、地上に降りた霜か(と見まがうものだ)。 ・疑是:疑うには。疑うことには。疑はしいことには。本来は、動詞、形容詞。 ・是:名詞(句)の後に附く。それ故、「疑是地上霜」は、「『疑』ふことには『地上霜』である」になり、「疑」の部分の読みは名詞化して、伝統的に「『疑ふ』らく」としている。漢語語法に合致した正確な読みである。 ・地上霜:地上に降りた霜。月光に照らされているところの表現描写である。

舉頭望明月
頭をあげては、明月を望んで。 ・舉頭:かうべをあげる。横になっていた頭をもたげて。あおむく。・舉:高く持ち上げる。ここでは、横になっていた頭をもたげること。ただし、後出の「低頭」の対であるため、「仰向く」になる。 ・望明月:明月を看る。月は家族を連想する重要なよすがである。 ・明月:明るく澄み渡った月。名月。「望山月」ともする。その場合、「山月を望む」になる。

低頭思故鄕
頭を下に向けては、故郷を懐かしく思いおこす。 月光は、古い時代より、離れたところの家族を偲ばせる縁とされた。李白も月光によって、触発されて故郷の親族を思い起こしているわけである。「月明かりが差し込んだ」⇒「明月を見た」⇒「故郷の親族を思い起こした」という、伝統的な発想法に則っている。 ・低頭:かうべをたれる。うつむく。俯く。 ・思故鄕:望郷の念を懐く。


李白は自分の寝台の前に月が照っている、その光が白く冴えて霜のように見える。自分は頭を挙げて山上の
月影を望み、頭を垂れて遠い故郷のことを思う。

 故郷を思う表現に多く見られるのが、故郷の家族が、自分のことを思ってくれているだろう。次に三日月でも満月でも山に似ているとか、○○のようだ、と人の心を懐かしさ、悲しさ、嘆きなどに導こうとします。
 静思夜は、最初から最後まで、月のイメージをさせるだけで、思うのも何を思うのか、思いをどこに導こうとするのか?  ないのである。


 何を思うのか、読者に考えさせる。
 月の光で故郷を思うという手法は伝統的なものだ。しかし、どう思うかについては、李白の独特のものだ。李白は、悲しいとか、嘆いたりは全くしていない。何も言わないのである。冷静に、芸術的に表現しているのである。

 しかしこのことは、誠意を感じられないということにもなるのではないか?私だけだろうか。*(1)


 ただ、「明月」「明月 陶潜」、「明月 漢詩」等々 WEB検索してみたがない。李白以前の詩人としては、王維輞川集17「竹里館」、王昌齢「従軍行」はすぐできたが、韋荘、温庭均、蘇東坡、・・・などドカッと検索出来たのは、李白以降の詩人が圧倒的に多い。李白の静思夜は詩人たちに強烈な影響を与えたということであろう。王維、王昌齢は李白の先輩ではあるが、ほぼ同時期の作品とすると、李白の静思夜は後世の詩に絶大な影響を与えたのは間違いない。
 凄い詩だといことに変わりはない。

なお、日本人の好きな山水のイメージのある「静思夜」。「李太白集」には以下である。
 牀前月光,疑是地上霜。
 舉頭,低頭思故鄕。

 看たものが霜に繋がる思いと月光に明るく照らしだされた情景が霜につながる思いを比較すると「看」は直接表現すぎ、「明」だと明るさの印象が残り霜に繋がって大きな思いになる。

 山月をのぞむ のは焦点がなく漠然としている。前句の月光を受けているのだから、「明月」だと月に焦点が集まり、思いのたけが倍増する。

 牀前明月光,疑是地上霜。
 舉頭望明月,低頭思故鄕。

 どう見てもこの詩が断然いい。



*(1) 先日、島田紳助の番組で、行列のできる・・・」で、芸人の彼女について問題を提議していた。東京、大阪を往復して活躍している芸人には東京、大阪、それぞれ彼女がいる。したがって、「おまえ昨日、六本木で彼女と飯食っていたなあ」といわれると、大変なことになる。
 つまり、どこどこの彼女と特定するとまずいのである。

 李白もあちこちに彼女はいたのであろう。
 この詩で、故郷を特定するような語句を明記できなかったのかもしれない。


李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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 李商隠の詩(恋歌女詩) 特集中         李白の詩 特集中

李白33-35 王昭君を詠う 三首

李白33 王昭君を詠う 三首  五言絶句 王昭君
   34              雑言古詩 王昭君

 35             雑言古詩 于闐採花

             関連  王昭君ものがたり
                  王昭君 二首 白楽天

 李白の詩の中で、王昭君を題材にしたものが多く、直接これを題材にした作品も三首ある。「王昭君」といふのが二首と「于闐(ウテン)花を採る」の詩がそれである。これらの詩が出来た背景に当時の対外関係があげられる。周辺各国境付近で局地戦を常に行っている。一方、和平策も行っている。それは、最も普通なのは古来より行われた騎馬民族に対し豊かな産物や文化財を与へて懐柔するやり方と、婚姻という形をとった。この李白の時代まで、二千年近くも続いていたことであり、その中で、もっとも興味を持たれるのは、王昭君であった。


日本の遣唐使派遺などは大唐の文化に垂涎して行はれたのであるが、北西の勇敢な騎馬民族にはこれだけでは駄目だと、皇帝のむすめ、即ち公主またはこれに准ずるものをその酋長に賜はり、これによって懐柔するといふ漢代以来のやり方が行はれた。玄宗は即位の後、たびたびこれを行っている。懐柔策を周辺国全部とするわけにはいかないので、その時の情勢に応じて政治的に方法は違った。国民からすれば、周辺国の中では和平策を進めてほしくない国もあり、局地戦以上にはならない程度の戦いを選ぶことを好んだ。



李白がこの史実と現実からこれらの詩を作った。盛唐期、特に国政隆起時期、邊塞曲、塞下曲、楽府により、戦争は鼓舞された。李白は、王昭君を題材にした。

当時、唐人の間ではこの懐柔政策を屈辱として大なる反対があったことは李白に邊塞詩、塞下詩を作らせる後押しとなったのだろう。李白は腰抜けの公主たちを隣れんでこれらの詩を作ったのかもしれない。

しかし私はこれらの詩は詩人として世に出る、世に受け入れられやすい内容のものであった。必ずしも政治的な意味で見いるわけでなく、象徴的な存在「王昭君」、悲愁の塞北の地の物語を題材にしたもので受け入れられたことは間違いない。(李白代表作「古風五十九首」にも戦争鼓舞の詩がある)


五言絶句33
王昭君  李白
昭君払玉鞍、上馬啼紅頬。
今日漢宮人、明朝胡地妾。


王昭君は白玉の鞍を軽く手で払い、
馬に乗ってその紅い頬に涙で濡らす。
今日までは漢の王宮の人なのに、
明日の朝には匈奴の妾そばめとなってしまうのだ。

 実際には王昭君は王妃として迎えられています。李白は漢の後宮にいたあこがれの存在であったものが、胡の妾になるという悲劇性を強調され、韻に用いたものである。
 絶世の美女でありながら宮廷画工の毛延寿に贈賄しなかった事で醜女に描かれ、そのため匈奴に送られ、長城を越えるところで嘆き死んだとされる王昭君の悲劇譚は、華北を支配した異民族に圧迫された六朝時代に成立したものと考えられる。王昭君伝説は以後も脚色を重ねて戯曲『漢宮秋』となり、傑作として欧米にも紹介された。六朝の詩歌を完成させた李白の有名な詩である。

韻 頬、妾

昭君払玉鞍、上馬啼紅頬。
今日漢宮人、明朝胡地妾。

王昭君
昭君、玉鞍を払い、
馬に上って紅頬に泣く。
今日漢宮の人、
明朝胡地の妾。







雑言古詩34
王昭君  李白
漢家秦地月、流影照明妃。
一上玉関道、天涯去不帰。
漢月還従東海出、明妃西嫁無来日。
燕支長寒雪作花、娥眉憔悴没胡沙。
生乏黄金枉図画、死留青塚使人嗟。

漢の世に、長安の夜空に上った月、
流れるような月影はあの明妃を照らした。
ひとたび玉門関の旅路についた、
天涯帰ってはこない。
漢の月はまた同じように東海からのぼる、
明妃は西に嫁いだきり戻ってくることはない。
燕支の山はいつも寒く、雪が花のように降り、
美しい眉の佳人は憔悴し胡の砂漠の地で没した。
生きていた時は賄賂を贈らなかったので醜く描かれ、
死んで留めているのは青塚であり、人々を嗟かせている。

青塚は王昭君の墓。詳細は
王昭君ものがたり


漢家秦地月、流影照明妃。
一上玉関道、天涯去不帰。
漢月還従東海出、明妃西嫁無来日。
燕支長寒雪作花、娥眉憔悴没胡沙。
生乏黄金枉図画、死留青塚使人嗟。

漢家 秦地の月
流影 明妃を照らす
一たび玉関の道に上り
天涯 去って帰らず
漢月は還た 東海より出づるも
明妃は西に嫁して 来る日無し
燕支 長えに寒くして 雪は花と作り
娥眉 憔悴して 胡沙に没す
生きては黄金に乏しく 枉げて図画せられ
死しては青塚を留めて 人をして嗟かしむ


 この二首の中、前の方の絶句は李白の最傑作の一である。また古来多くの王昭君を詠じた詩の中で最上のものとされている。周知の如く、王昭君の悲劇は詠史の好題目となり、中国のみでなく、我国でも漢詩を作る者の必ず詠ずるところで、「和漢朗詠集」にも王昭君の條がわざわざ設けてある。それら多くの詩の中、この五絶ほど、昭君の憐れな身の上と心境とを詠じ出したものはない。李白の天才ぶりの測り知られなさを世に示した。

次に掲げる「于闐花を採る」も、作品としては秀作である


 

 

 

 

 

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李白24 子夜呉歌其三 秋 と25 冬

李白24 子夜呉歌其三 秋
この詩は、李白詩で、日本人に膾炙している秀作作品のひとつ。
李白は兵士の妻の閨怨を詠っているが、だからといってこの詩に反戦思想は感じられません。
 


子夜呉歌其三 秋         
            
長安一片月、万戸擣衣声。
秋風吹不尽、総是玉関情。
何日平胡虜、良人罷遠征。 

長安の空に輝く月ひとつ
あちこちの家から聞こえるのは砧(きぬた)を擣(う)つの声
夜空をわたる秋風(あきかぜ)も  吹きちらせ尽くせない。
それらの一つ一つの音はすべて 玉門関の夫を思うもの
 いつの日に胡虜を平定して
恋しい夫は、遠征をやめてかえってくるのか


 「擣(う)つ砧を臼にいれ、布を杵(棒杵)でつく。砧でつくのは洗濯ではなく、冬用の厚いごわごわした布を柔軟にするため。

長安一片月、万戸擣衣声。
秋風吹不尽、総是玉関情。
何日平胡虜、良人罷遠征。

子夜呉歌(しやごか) 其の三 秋
長安  一片の月
万戸  衣(い)を擣(う)つの声
秋風(しゅうふう)  吹いて尽きず
総て是(こ)れ玉関(ぎょくかん)の情
何(いず)れの日か胡虜(こりょ)を平らげ
良人(りょうじん)  遠征を罷(や)めん





 李白25 子夜呉歌其四 冬
 「冬」は「秋」のつづき。「秋」が幻想的に比べ、「冬」は極めて現実的。

子夜呉歌其四 冬         
            
明朝駅使発、一夜絮征袍。
素手抽針冷、那堪把剪刀。
裁縫寄遠道、幾日到臨洮。


明日の朝には駅亭の飛脚が出発する
今夜のうちにこの軍服に綿入れして仕立てなきゃ
白い手で針を運ぶ 指はこごえつめたい
はさみを持つ手は もっとつらい
縫いあげて  遠いかなたのあなたに送ります
幾日たてば  臨洮に着くやら


明日の朝に駅亭の使者が発つ、それに託するため、今夜中に冬用の軍服を仕立て上げなければならないと、妻はこごえる手をこすりながら針を使う。なお、唐初の徴兵は、服などの壮備は本人負担であった。「臨洮」は甘粛省にある。広く西方の駐屯地でここから西方の万里の長城の始まりでその臨洮からさらに西に行く。
下に示す図の中心に長安(西安)があり、そのまま左方向(西)に赤ポイントが臨洮、甘粛省は左上に万里の長城を囲むようにずっと伸びる。
 ちょうどこのころ、長く続いた、府兵制度は崩壊します。傭兵は主体になっていきます。しかし、この万里の長城を守る安西方面の守りについては、税金と同様に庶民に義務として課せられていた。当初は、3年官であったものが、やがて帰ってこない出征に代わっていきます。唐時代の人々は、この制度に不満を持っていた。
 出征したら、帰ってこないという詩はたくさん残されています。王維  高適  賈至  岑參 王昌齢、王之渙、杜甫、・・・盛唐の期の詩が多いい。    http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/
辺塞詩をうたう。http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_hensaishijin013.html 
万里の長城を詠う。   http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99banri014.html

名朝駅使発、一夜絮征袍。
素手抽針冷、那堪把剪刀。
裁縫寄遠道、幾日到臨洮。

子夜呉歌(しやごか)其の四 冬
明朝(みょうちょう)  駅使(えきし)発す
一夜にして征袍(せいほう)に絮(じょ)せん
素手(そしゅ)  針を抽(ひ)けば冷たく
那(なん)ぞ   剪刀(せんとう)を把(と)るに堪えん
裁縫して遠道(えんどう)に寄す
裁縫して遠道(えんどう)に寄す
幾(いずれ)の日か  臨洮(りんとう)に到らん





toubanrimap044



詩に詠われた 万里の長城・関所  http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99banri014

李白22 子夜呉歌 春と夏

李白22 子夜呉歌

 子夜は、東晋以前に子夜という女性が、作った曲であり、その声は非常に悲しく苦しげだった、という。そして、唐時代になると、恋歌になっていた。
 ずっと楽府題(がふだい)が続く。この詩は五言六句を、春夏秋冬に配して季節四首組歌にしている。
 春の「羅敷女」は漢代の楽府に出てくる美女の名で、古辞では邯鄲(かんたん)の秦氏の女(むすめ)である。李白はそれを秦の農家の娘に変え、言い寄る「五馬」をそでにする話にしている。


子夜呉歌 其一 春        

秦地羅敷女、採桑緑水辺。
素手青条上、紅粧白日鮮。
蚕飢妾欲去、五馬莫留連。


秦の地の羅敷女ような美女、桑を摘む清らかな川のほとり。
白い手は緑の枝に伸び、ほほ紅が真昼の光に映えて鮮やかだ
蚕に餌をやるので 私は失礼いたします
太守さまはお急ぎお帰り下さいませ

 五馬とは五頭立ての馬車に乗ることが許されている州刺史(しゅうしし)または郡太守(ぐんたいしゅ)のこと。漢代の郡は行政機関で県の上に位置し、唐代には州と呼ぶようになる。県は市や町にあたる。なお、唐の長安の都は広大でしたので、城内の南の部分には農地もあり、農家や高官の別荘などが点在していた。
○韻 辺、鮮、連。

秦地羅敷女、採桑緑水辺。
素手青条上、紅粧白日鮮。
蚕飢妾欲去、五馬莫留連。

子夜呉歌(しやごか) 其の一 春
秦地(しんち)の羅敷女(らふじょ)
桑を採(と)る  緑水(りょくすい)の辺(ほとり)
素手(そしゅ)  青条(せいじょう)の上
紅粧(こうしょう)  白日(はくじつ)に鮮やかなり
蚕(かいこ)は飢えて妾(しょう)は去らんと欲す
五馬(ごば)   留連(りゅうれん)する莫(なか)れ





夏は一転して越の美女西施の再登場。

李白23
 子夜呉歌其二 夏         

鏡湖三百里、函萏発荷花。    
五月西施採、人看隘若耶。    
囘舟不待月、帰去越王家。
   

 
鏡のように澄んだ鏡湖は周囲三百里
蓮のつぼみが蓮の花をひらく
五月になって西施は花を摘み
見物人が集まって、若耶渓も狭くなる
舟の向きを変えて月の出を待たず
西施は越王の御殿へ帰ってゆく

 「西施」については『西施ものがたり」(李白12を参照)、中国の伝説的な美女。秦の美女、越の美女と、美女の話が李白らしく続けた。



鏡湖三百里、函萏発荷花。    
五月西施採、人看隘若耶。    
囘舟不待月、帰去越王家。

子夜呉歌(しやごか)  其の二 夏
鏡湖(きょうこ)   三百里
函萏(かんたん)  荷花(かか)を発(ひら)く
五月  西施(せいし)が採(と)るや
舟を囘(めぐ)らして月を待たず
帰り去る  越王(えつおう)の家

李白18 相逢行 19  玉階怨

李白18 相逢行
 このころ、李白の詩を24歳のころ認めてくれていた官僚で詩人の蘇廷はなくなっていた。王維は10年前に科挙に合格し、洛陽の地方官をしている。結婚し、宗之問の別荘であった、輞川荘を、購入している。張説(64)が没し、張九齢が後継者となっていた。詩を献上したり、何らかの士官活動はみられない。この李白の長安滞在の前後して、盛唐の多くの詩人は長安に集まり、科挙の試験に及第している。杜甫は、呉越(江蘇・浙江)に遊ぶ。


 長安の多数の坊(ぼう)には、もっぱら貴顕の住む坊が出来あがっていて、住んでいることが本人にとって誇りであり、そこの住人と知人であることさえ自慢になる。街で出会った貴族同士の自慢話を描いています。


相逢行 
         
相逢紅塵内、高揖黄金鞭。
万戸垂楊裏、君家阿那辺。


にぎやかな街で出逢い
黄金の鞭を上げて挨拶する
垂楊の陰に  家のひしめく大都会
お宅は確か  あの辺でしたね

 長安で、「土埃」は人馬の賑やかさの示し、「紅塵」という場合、歓楽街を示す。その街で乗馬の二人が、黄金の飾りのついた鞭を上げて挨拶をかわし、「君が家は阿那の辺」と街の一角に視線を投げる。


相逢紅塵内、高揖黄金鞭。
万戸垂楊裏、君家阿那辺。


相逢行(そうほうこう)
相逢(あいあ)う   紅塵(こうじん)の内
高揖(こうゆう)す  黄金(おうごん)の鞭
万戸垂楊(すいよう)の裏(うち)
君が家は阿那(あな)の辺(へん)


  ------------------------------

李白19  玉階怨
 「玉階怨」も有名な楽府題で、宮女の夜の閨怨を詠うもの。

玉階怨 
         

玉階生白露、夜久侵羅襪。
却下水精簾、玲瓏望秋月。


白玉の階(きざはし)に白い霧が珠を結び、
夜は更けて、たたずむ妃(ひめ)の羅(ら)の靴下に冷たさが滲みとおる
水晶の簾(すだれ)をおろした
玲瓏とさらに透明に輝いて、秋の月影をのぞんでいる

  「玉階」は大理石の階(框)のことで、中国宮殿で院子(前庭)から廊に上がる階段のこと。通常左右にふたつあり、王侯の来臨を待って永いあいだ大理石の階段に佇んでいる。「玲瓏」は、透明に光り輝くさま。白露が宮女の薄絹の靴下の中まで滲みとおってくるという濃厚な哀憐の詩情だが、すべて楽府題にもとずく空想の作品。 

玉階生白露、夜久侵羅襪。
却下水精簾、玲瓏望秋月。


玉階(ぎょくかい)に白露(はくろ)生じ
夜久しくして羅襪(らべつ)を侵(おか)す
水精(すいしょう)の簾(すだれ)を却下(きゃっか)するも
玲瓏(れいろう)として秋月(しゅうげつ)を望む
玉階怨(ぎょくかいえん)

(2)西施ものがたり  李白がよく取り上げた題材

西施ものがたり


 本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。

 現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施>>>西施と呼ばれるようになった。

 紀元前5世紀、越王勾践(こうせん)が、呉王夫差(ふさ)に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されてたといわれている。

 この時の越の献上は黒檀の柱200本と美女50人といわれている。黒檀は、硬くて、耐久性のある良材で、高級家具や仏壇、高級品に使用される。比重が大きく、水に入れると沈む。
 呉にとってこの献上の良材は、宮殿の造営に向かわせた。豪奢な宮殿造営は国家財政を弱体化させることになる。宮殿は、五層の建造物で、姑蘇台(こそだい)と命名された。
 次は美女軍団が呉の国王を狂わせた。
 十八史略には、西施のきわめて美しかったこと、彼女にまつわるエピソードが記されている。西施は、呉王 夫差の寵姫となったが、あるとき胸の病となり、故郷の村に帰ってきた。西施は、痛む胸を手でおさえ、苦しみに眉をひそめて歩いた。それがかえって色香を引出し、村人の目を引いた。そのときに村に評判の醜女がいて、西施のまねた行動をした。それは、異様な姿に映り、かえって村人に嫌われた。これを「西施捧心」と表され、実もないのに真似をしても無駄なことだということだが、日本では、「これだけやっていますが、自分の力だけでなく、真似をしただけですよ」という謙遜の意味に使用されることが多い。

 このようにまれな美しさをそなえた西施は、呉王 夫差を虜(とりこ)にした。夫差は、西施のために八景を築き、その中でともに遊んだ。それぞれの風景の中には、所々に、席がもうけられ、優雅な宴(うたげ)がもよおされた。夏には、西施とともに船を浮かべ、西施が水浴すると、呉王 夫差は、その美しい肢体に見入った。こうして、夫差は悦楽の世界にひたり、政治も軍事も、そして民さえ忘れてしまい、傾国が始まったのである。


 越の策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。

呉が滅びた後の生涯は不明だが、勾践夫人が彼女の美貌を恐れ、夫も二の舞にならぬよう、また呉国の人民も彼女のことを妖術で国王をたぶらかし、国を滅亡に追い込んだ妖怪と思っていたことから、西施も生きたまま皮袋に入れられ長江に投げられた。


 その後、長江で蛤がよく獲れるようになり、人々は西施の舌だと噂しあった。この事から、中国では蛤のことを西施の舌とも呼ぶようになった。また、美女献上の策案者であり世話役でもあった范蠡に付き従って越を出奔し、余生を暮らしたという説もある。



 中国では古くから、朝食をとったあと今でいうオープンカフェのようなところでお茶を飲みながら、講談師が語る講談を聞く習慣があり、そこでは、悲劇はさらに誇張された悲劇に、武勇はさらに勇壮なものに脚色されていく。面白おかしく変化し、伝説となっていく。西施も講談の格好の題材とされた。
 この講談師の種本が中国のよく古本屋で見かけることがある。


 中国四大美人の一人と呼ばれる一方で、俗説では絶世の美女である彼女にも一点欠点があったともいわれており、それは大根足であったとされ、常にすその長い衣が欠かせなかったといわれている。逆に四大美女としての画題となると、彼女が川で足を出して洗濯をする姿に見とれて魚達は泳ぐのを忘れてしまったという俗説から「沈魚美人」と称された。

 時は、奴隷制の時代である。一握りの貴族こそが人であり、残りの人間は、道具である。だから、下層身分で生まれたものは、一芸か、美貌こそが一家を富ませる最大の武器であり、王や朝廷からお声がかかるのは一家の誉だったのである。したがって、悲劇ではなく、下層階級からすれば、憧れということでもある。ものがたりには、悲劇とか、策略とか、艶香妖術ということと憧れというこのふり幅を大きくしていくも講談の面白さである。




李白12 越女詞 李白

長干吳兒女,眉目豔新月。
屐上足如霜,不着鴉頭襪。


長干の呉の娘は
眉目麗しく星や月にも勝る
木靴の足は霜の如く
真白き素足の美しさ

韻 月、襪。

長干の呉児のむすめ
眉目星月より艶やかなり
屐上の足霜の如
ア頭の襪を著けず



吳兒多白皙,好爲蕩舟劇。
賣眼擲春心,折花調行客。




耶溪採蓮女,見客櫂歌迴。
笑入荷花去,佯羞不出來。


耶渓の蓮採るむすめ
旅人を見て舟歌を歌い次第に遠ざかる
笑いながら蓮の花蔭に隠れてしまった
恥ずかしそうな格好をしてこちらに来ないぞ


韻 迴、來。


耶渓の蓮採るむすめ
旅人を見棹歌し巡る
笑いて蓮の花の蔭に隠る
いつわり羞じて敢えて来たらず




東陽素足女,會稽素舸郎。
相看月未墮,白地斷肝腸。




鏡湖水如月,耶溪女似雪。
新妝蕩新波,光景兩奇絕。

鏡湖は水が月光のようにすみ,耶溪は女むすめが雪のように色白。
初々しい化粧姿はすがすがしい波間にうつる,その光景はどちらも比べがたく素晴らしい。


韻は、月、雪、絶。


鏡湖 水 如月のごとく,耶溪 女 雪のごとし。
新妝 新波に蕩ゆらめき,光景 兩つながら奇絕。
李白の詩 連載中 7/12現在 75首

2011・6・30 3000首掲載
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越女詞五首 其五



12-5
其五
鏡湖水如月,耶溪女似雪。
新妝蕩新波,光景兩奇絶。

鏡湖は水が月光のようにすみ,耶溪は女むすめが雪のように色白。
初々しい化粧姿はすがすがしい波間にうつる,その光景はどちらも比べがたく素晴らしい。

○鏡湖 浙江省の会稽・山陰両県のさかいにある湖。○耶渓 若耶渓は会稽の南から北流して鏡湖に流れ入る。
○蕩 水のゆれうごくさせ。○奇施 すばらしくめずらしい。
鏡湖の水は月のように姿がうつる。若耶渓の女は雪のようにしろい。
新しい化粧をこらした女の影が湖の新しい波にゆれうごき、そのようすほ、どちら、もすぼらしい。
韻は、月、雪、絶。

鏡湖 水 如月のごとく,耶溪 女 雪のごとし。
新妝 新波に蕩ゆらめき,光景 兩つながら奇絶。
李白の詩 連載中 7/12現在 75首

2011・6・30 3000首掲載
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越女詞 五首 其四

越女詞 五首 其四
東陽素足女,會稽素舸郎。
相看月未墮,白地斷肝腸。

東陽生まれの素足の女と、会稽の白木の舟の船頭とが顔を見あわせている。
月が沈まないので、わけもなくせつない思いにくれている。

○東陽 いまの浙江省東陽県。会稽山脈の南方にある。○素足女 この地方は美人の多い子で有名。素足の女は、楚の国の王を籠絡した女性西施が其ふっくらとした艶的の魅力により語の句に警告させその出発殿のすあしのおんなであった。○会稽 いまの浙江省紹興。会稽山脈の北端にある。○素舸 白木の舟。○郎 若い男。〇白地 口語の「平白地」の略。わけもなく、いわれなく。○肝腸 きもとはらわた

○韻 郎、腸。

東陽 素足の女,会稽 素駒の郎
相看て 月 末だ墜ちず,白地に 肝腸を断つ

越女詞 五首 其三 李白14-3

 李白の江南地方での若いときの旅は2年程度であった。この地方を題材にした詩は多く残されているが、詩の目線は中年のものが多いようである。推測ではあるが、若いときに作った作品を、後年再び訪れた時修正したのではないかと感じられる。淥水曲りょくすいきょく 清らかな澄んだ水、純真な心もった娘たちの歌である。


李白の若い娘の歌はつづきます。

越女詞 五首 其三 李白14

其三
耶溪採蓮女,見客棹歌囘。
若耶渓でハスの実をつむむすめたちは、旅人を見ると舟歌を唄いながらあちらへこいで遠ざかる。
笑入荷花去,佯羞不出來。

にっこり笑ってハスの花の影にかくれ、はずかしそうなふりをして出て来ない。

若耶渓でハスの実をつむむすめたちは、旅人を見ると舟歌を唄いながらあちらへこいで遠ざかる。
にっこり笑ってハスの花の影にかくれ、はずかしそうなふりをして出て来ない。


耶渓 採蓮の女、客を見て 棹歌して回かえる
笑って荷花に入って去り、佯いつわり羞はじて 出で来らず

耶溪採蓮女,見客棹歌囘。
若耶渓でハスの実をつむむすめたちは、旅人を見ると舟歌を唄いながらあちらへこいで遠ざかる。
耶渓 やけい 若耶渓の略。浙江省紹興の南を流れている川。○採蓮 さいれん ハスの実をつみとる。○客 たびびと。 ○棹歌 たくか 舟うた。○ かえる。 回・巡るだと行ったり来たりすることになる。
李白11 採蓮曲 がある。


笑入荷花去,佯羞不出來。
にっこり笑ってハスの花の影にかくれ、はずかしそうなふりをして出て来ない。
○荷花 かか ハスの花。○佯羞 いつわりはじて はずかしそうにする。


○韻 囘、來。

越女詞 五首 其一 李白12

李白の若い娘の歌はつづきます。

越女詞 五首  李白12 (修正補完) 
其一
長干呉兒女,眉目麗新月。
長干の街に住む呉の娘らは、眉と目が星や月よりもなまめかしい。
屐上足如霜,不着鴉頭襪。

木靴のうえの足は霜のように白く、足袋をはかなくてもうす絹をつけように素足が美しい。



長干の街に住む呉の娘らは、眉と目が星や月よりもなまめかしい。
木靴のうえの足は霜のように白く、足袋をはかなくてもうす絹をつけように素足が美しい。


越女詞 えつじょし

越女の詞うた
越 現浙江省方面。戦国時代 越の国があった。


  長干呉兒女   眉目艶新月
ちょうかんのごじのむすめ びもくしんげつよりえんなり
長干の色街に住む呉の娘らは眉と目が新月よりもなまめかしい。
長干 江蘇省南京の南にある町。水運によって開けた町で、色町もあった。そのことを指す。○呉児 呉は今の江蘇省一帯。児は、大都会のあか抜けている雰囲気を示す。江戸吉原の芸妓にあたる。

  屐上足如霜   不着鴉頭襪
げきじょうあししものごとく  あとうのべつをつけず
靴のうえの足は霜のように白く、もう鴉頭の足袋を履いていなくてもうす絹をつけように素足が美しい。
 木靴に下駄の歯をつけたようなもの。女用は先が丸く、男用は角だった。
鴉頭襪 あとうべつ 襪はくつした。纏足用に巻きつけた靴下のようなもの。女の子は4,5歳になると纏足をした。黒い帯状のものを巻きつけて大きくならないようにしたもの。カラスの首から頭のほっそりと引き締まったラインのことを指す。足が小さいほど身売りの値段に差がついた。古来南京の色町では行われていたが、流行先進地であった端を発し、晩唐以降大流行した。清朝から禁止令が出ても構わず、続けられて現中国まで実在した。


韻 月、襪。

長干の呉児のむすめ、眉目 新月より艶やかなり
屐上げきじょうの足 霜の如く、鴉頭あとうの襪べつを着けず

淥水曲  李白 11

 李白の江南地方での若いときの旅は2年程度であった。この地方を題材にした詩は多く残されているが、詩の目線は中年のものが多いようである。推測ではあるが、若いときに作った作品を、後年再び訪れた時修正したのではないかと感じられる。淥水曲りょくすいきょく 清らかな澄んだ水、純真な心もった娘たちの歌である。
李白11 五言古詩

淥水曲          
淥水明秋日、南湖採白蘋。
清らかな水に 秋の日が明るく映える
            ここ南湖で 白蘋
はくひんの花を摘む

荷花嬌欲語、愁殺蕩舟人。

蓮の花は あでやかに嬌なまめかしく物言いたげ
        耐え難い想いは 船を蕩うごかすひとにも



   
清らかな水に 秋の日が明るく映える
ここ南湖で 白蘋はくひんの花を摘む
蓮の花は あでやかに嬌なまめかしく物言いたげ
耐え難い想いは 船を蕩うごかすひとにも


 淥水は、澄んだ川や湖。詩の趣旨は「採蓮曲」と同じ。「白蘋」は水草の名。四葉菜、田字草ともいう。根は水底から生え、葉は水面に浮き、五月ごろ白い花が咲く。白蘋摘みがはじまるころには、蓮の花も咲いている。「南湖」という湖は江南のどこかにあるもので特定はげきないようだ。「愁殺」の殺はこれ以上なというような助詞として用いられている。前の句に「荷花:蓮の花があでやかで艶めかしく物言いたげ」な思いに対して、「船を動かす娘たちのこれ以上耐えられない思い」を対比させている。この詩の主張はここにある。これを理解するためには西施の物語を知っておかないといけない。

 越王勾践(こうせん)が、呉王夫差(ふさ)に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた西施(施夷光)は谷川で洗濯をしている素足姿を見出されてたといわれている。策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。
 「あでやかな物言いたげな」は西施たちを意味し、同じように白蘋を取る娘たちも白い素足を出している。娘らには、何も魂胆はないけれど見ている作者に呉の国王のように心を動かされてしまう。若い娘らの魅力を詠ったものである。(当時は肌は白くて少し太めの足がよかったようだ)
 李白に限らず、舟に乗って白蘋(浮き草)を採る娘たちを眺めるのは、とても素敵なひとときだったであろう。


五言絶句
 韻は蘋、人。

淥水曲          
淥水明秋日、南湖採白蘋。
荷花嬌欲語、愁殺蕩舟人。

(下し文) 
淥水曲(りょくすいきょく)
淥水秋日(しゅうじつ)に明らかに
南湖  白蘋(はくひん)を採る
荷花(かか)  嬌(きょう)として語らんと欲す
愁殺(しゅうさつ)す舟を蕩(うご)かすの人


李白10  採蓮曲

      
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  この詩も絶世の美女西施にまつわる地名を題材にしています。若耶渓、浙江省紹興市東南の若耶山から発して、北流して現在は運河にそそぐ川の名で、唐代までは鏡湖が大きく、鏡湖注がれていた。その若耶渓で蓮を取ったとされるのが西施である。西施は越王勾践が呉王夫差に対して献上してその歓心を買ったとされる美女である。(後に取り上げる子夜呉歌では明確にでてくる)。 李白はここ江南地方でたくさんの詩を歌っています。美女についてもそれぞれとらえています。
 四大美女とは、王昭君、貂蝉ちょうぜん、西施、楊貴妃とされるが、貂蝉が架空の人物であることから、詩人の世界ではそこに虞美人を入れる。したがって、このブログでは四美人は虞美人を入れたものでとらえていく。ここ、しばらく、李白を取り上げていき、西施ものがたりを書いていくつもりです。
 ちなみに王昭君については漢文委員会の漢詩総合サイトhttp://kanbuniinkai7.dousetsu.com/において王昭君ものがたり、李白 王昭君を詠う「王昭君二首」、白楽天 王昭君を詠う「王昭君 二首 白楽天」を参照されたい。
    http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/

李白10  採蓮曲    
      
若耶渓傍採蓮女、笑隔荷花共人語。
日照新粧水底明、風飄香袖空中挙。
岸上誰家遊冶郎、三三五五映垂楊。
紫騮嘶入落花去、見此踟蹰空断腸。


若耶渓のあたりで蓮の花摘む女たち
笑いさざめきハスの花を隔てて語り合う
陽照は化粧したての顔を明るく水面に映しだし、
吹いている風は香しい袖を軽やかに舞い上げている
岸辺にはどこの浮かれた若者だろうか
三々五々としだれ柳の葉影に見え隠れ。
栗毛の駒は嘶いて柳絮のなかに消え去ろうと
この女たちを見ては行きつ戻りつむなしく心を揺さぶられる。


 本来、「採蓮曲」というのは蓮の根を採る秋の労働歌だが、李白はそれを越の美女西施(せいし)が紗を洗い、蓮の花を採った事に柳絮(りゅうじょ)の舞う晩春の艶情の歌に変化させている、李白の真骨頂というべきもののひとつです。。
 馬とともにおふざけをして垂楊(しだれやなぎ)の葉陰に消えていった若者たちのうしろ姿と、一方、急におしゃべりを止めて「踟蹰」(ためらい)がちに顔を赤らめている乙女たちの姿を、李白は描いている。ハスを採る娘らとその乙女の気を引こうとしている若者=遊冶郎、現在だったらチャラ男のこと?。もう若い者の中に入りきれない客観してみている李白。経験したものでないとわからない中年李白の繊細な作品、名作とされている。七言古詩で韻は 女、語、擧。/ 郎、楊、腸



若耶 渓傍 採蓮、笑隔 荷花 共人
日照 新粧 水底明、風飄 香袖 空中
岸上 誰家 遊冶、三三 五五 映垂
紫騮 嘶入 落花去、見此 踟蹰 空断

採蓮曲の下し分
若耶(じゃくや)渓の傍(ほとり)採蓮の女(むすめ)
笑って荷花(かか)を隔てて人と共に語る
日は新粧(しんしょう)を照らして水底(すいてい)明らかに
風は香袖(こうしゅう)を飄(ひるがえ)して空中に挙がる
岸上(がんじょう) 誰(た)が家の遊冶郎(ゆうやろう)
三三、五五、垂楊(すいよう)に映ず
紫騮(しりゅう)落花に嘶(いなな)きて入りて去るも
此(これ)を見て踟蹰(ちちゅう)して空しく断腸

 漢詩が苦手だった人でも、「漢詩は、五言、七言の単位を句」といいいますが、この句も上記に示す通り、二語、三語で意味を考えていくとわかるようになります。私は正直なことを言うと、昔の読み方下し分が好きになれません。時には漢詩と下し分は別物と感じるものさえあります。下し分はあくまで日本で読む人がそれぞれに読み下しています、気にしないでいきたい。どんな詩でも必ず五言の詩は二言と三言、七言の句は二言、二言、三言で作られています。
 李白の詩は、漢詩の決まりに必ずしも忠実ではありませんが、技巧的にも芸術性でもぬきんでています。
 白楽天(最近では白居易)も平易な詩が多いですし、杜牧、蘇東坡も有名です。陶淵明、孟浩然、杜甫は少し入りにくいかもしれませんが、はまってくるといい詩に当たります。
  漢詩総合サイトでは、漢詩を体系的にとらえていっていますが、このブログでは、雑談気味に一詩ずつとらえていこうと思っています。


李白の詩 連載中 7/12現在 75首

2011・6・30 3000首掲載
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江行寄遠 李白 3

江行寄遠 李白 3

江行寄遠        

江行して遠くに寄す
刳木出呉楚、危槎百余尺。
小舟を準備し呉楚の地へ旅立つ、危ないと思うほど大きくてぼろ舟。。
疾風吹片帆、日暮千里隔。
疾風は帆をはらんでくれる、一日で千里、進ませる
別時酒猶在、已為異郷客。
別れの時の酒がまだ残っているほどなのに、こころはすでに異郷の旅人となる
思君不可得、愁見江水碧。

君を思うが会うことはできない、愁い心でみるのは江水の碧(みどり)だ


江行して遠くに寄す、
小舟を準備し呉楚の地へ旅立つ、危ないと思うほど大きくてぼろ舟。
疾風は帆をはらんでくれる、一日で千里、進ませる
別れの時の酒がま残っているほどなのに、ころはすでに異郷の旅人となる
君を思うが会うことはできない、愁い心でみるのは江水の碧(みどり)だ


 この詩は嘉州を過ぎて戎州(四川省宜賓市)へ向かうあたりでの作。題に「寄遠」(遠くに寄す)とある。故郷の家族に送ったのだ。
 自信をもっとぃる詩を武器とはいえ当てもない旅なのだ。普通、官吏の場合は一日に一駅亭が設けられている。

以上を http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/  >   李白詩 01と李白02 で見ることができる。
   又 http://3rd.geocities.jp/miz910yh/  > 李白詩 01で見れる
 両サイト趣が違うので時々見てください。

 李白は遊学が目的。一般人には駅亭の利用は認められていないので、中国では「抱被」(ほうひ:旅をするのに、寝具、着替えや炊飯用具まで持っていくのが当たり前とはいえ、荷物は相当な量になる。
 李白は更に愛用の琴と剣を持参している。長江を利用しての船旅になる。

 初句に「刳木」(こぼく)とあるのは、「刳り舟を造ること」から、唐代では船旅の準備をする意味である。李白は父親から長さ30mの小舟を用意してもらったのだ。「危槎 百余尺」と言っていますので30m余の舟ということになる。長江の流れと、風を受けて一日千里も進んだ。故郷に美人の彼女を残している。「君を思うけど逢えない」と書いて送ったのだ。
 男は立身出世をして、故郷に錦を飾るのが仕事、女は、それをじっと耐えて待つのが美徳とされていた。千三百年前の話だ。人間扱いされる1割か2割階級の話だが、残りの人は律令体制だから、均田制で農地を与えられ、農作物の半分以上と別に府兵制で一家に一人の兵役をさせられる。したがって、一般の家庭でも働き頭は女性だったのだ。


韻は、尺、隔、客、碧。

刳木出呉楚、危槎百余尺。
疾風吹片帆、日暮千里隔。
別時酒猶在、已為異郷客。
思君不可得、愁見江水碧。


(下し文)
刳木(こぼく)して呉楚(ごそ)に出(い)づ
危槎(きさ)  百余尺
疾風  片帆(へんぱん)を吹き
日暮(にちぼ)  千里を隔(へだ)つ
別時(べつじ)の酒  猶お在り
已に異郷の客と為(な)る
君を思えども得(う)可からず
愁(うれ)えて見る  江水の碧(へき)


 李白たちの舟は、長江三峡の急流を無事に下って荊門に着くことができた。あたりははや晩秋の気配。「荊門」は山の名で、長江の南岸、宜都(湖北省枝城市)の西北にある。対岸の虎牙山と対しており、昔は楚の西の関門といった趣き。蜀の東方、湖北・湖南地方への出口ということになる。

李白4

4.秋下荊門
     216 李白 
霜落荊門江樹空、布帆無恙挂秋風。
此行不為鱸魚鱠、自愛名山入剡中。

霜は荊門に降り岸辺の樹々も葉が落ちた
帆に事はなく 秋風をはらんで立っている
こんどの旅は 鱸魚のなますのためではない
名山を愛し  剡渓の奥へ分け入るのだ

 李白はここで、ひとつの決意を口にしている。これからの旅は名高い寺を訪ねて勉強をし、東の果て「剡中」(浙江省嵊県)まで分け入るのだと意気込んだ。剡中は剡渓の流れる地で、六朝の時代から文人墨客の閑居・風雅の地として有名であった。そうしたところを訪ねて有名人と交わりたいのが李白のおもいであった。

韻は、空、風、中。

秋下荊門
霜落荊門江樹空、布帆無恙挂秋風。
此行不為鱸魚鱠、自愛名山入剡中。

秋 荊門を下る
霜は荊門(けいもん)に落ちて江樹(こうじゅ)空(むな)し
布帆(ふはん) 恙(つつが)無く  秋風に挂(か)く
此の行(こう)  鱸魚(ろぎょ)の鱠(なます)の為ならず
自ら名山を愛して剡中(せんちゅう)に入る


------------------------------------------------------------------------

 湖北地方に出た李白らが、足をとどめたのは江陵(湖北省沙市市)だ。江陵は荊州(けいしゅう)の州治のある県で、唐代には中隔城壁が設けられ、南北両城に区分された大城である。大都督府の使府も置かれ、軍事的にも重要な都市であった。李白と呉指南は江陵で冬を越し、地元の知識人と交流して翌年の春までを過ごす。

李白 5 
渡荊門送別       

渡遠荊門外、来従楚国遊。
山随平野尽、江入大荒流。
月下飛天鏡、雲生結海楼。
仍憐故郷水、万里送行舟。

荊門を渡って送別す
遠く荊門に外までやってきた
はるばると楚の国へ旅をする
平野が広がるにつれ  山は消え去り
広大な天地の間へと  江は流れてゆく
月が傾けば  天空の鏡が飛ぶかとみえ
雲が湧くと   蜃気楼が出現したようだ
だがしかし   しみじみと心に沁みる舟の旅
故郷の水が  万里のかなたへ送るのだ

 李白は江陵で当時の道教教団、最高指導者の司馬承禎(しばしょうてい)と会っている。司馬承禎は玄宗皇帝から幾度も宮中に召され、法籙(ほうろく・道教の免許)を授けるほどに信頼された人物だ。司馬承禎は南岳衡山(こうざん)での祭儀に参加するため湖南に行く途中で、江陵にさしかかったのだった。すでに高齢に達していた司馬承禎に李白は詩を呈し、道教について教えを乞うた。司馬承禎が李白を「仙風道骨あり、神とともに八極の表に遊ぶべし」と褒めた。
725年 開元十三年の春三月、二十五歳の李白と呉指南は江陵に別れを告げ、「楚国の遊」に旅立ちます。詩は江陵を去るに当たって知友に残した作品で、留別の詩。
 李白は眼前に広がる楚地の広大な天地に意欲をみなぎらせ、同時に「仍(な)お憐れむ 故郷の水 万里 行舟を送るを」と感傷もにじませる。

韻は、遊、流、楼、舟。

渡荊門送別       
渡遠荊門外、来従楚国遊。
山随平野尽、江入大荒流。
月下飛天鏡、雲生結海楼。
仍憐故郷水、万里送行舟。

渡ること遠し荊門(けいもん)の外
来りて従う  楚国(そこく)の遊(ゆう)
山は平野に随いて尽き
江(かわ)は大荒(たいこう)に入りて流る
月は下りて  天鏡(てんきょう)飛び
雲は生じて  海楼(かいろう)を結ぶ
仍お憐れむ  故郷の水
万里  行舟(こうしゅう)を送るを


----------------------------------------------------------------------------------


 江陵を発った李白と呉指南は、長江を下って岳州(湖南省岳陽市)に着く。岳州の州治は岳陽にあり、南に洞庭湖が広がっている。唐代の洞庭湖は現在の六倍もの広さがあったので、まるで海だ。二人は夏のあいだ湖岸の各地を舟でめぐり歩く。洞庭湖に南から流れこむ湘水を遡って、上流の瀟湘(しょうしょう)の地へも行った。

李白 6

望天門山          

天門中断楚江開、碧水東流至北回。
両岸青山相対出、孤帆一片日返来。

天門山を割って楚江はひらけ
紺碧の水は東へ流れ  北へ向かって曲がる
両岸の山が   相対してそば立つなか
帆舟がぽつり  かなたの天から進んできた

 夏の終わりに、呉指南が湖上で急死。李白は旅の友を失い悲しみに打ちひしがれる。友の遺体を湖畔に埋葬して旅を続ける。岳陽を出て長江を下ると、やがて鄂州(湖北省武漢市武昌区)に着く。鄂州の江夏県城は大きな街だ。ここで暫く体を休めたあと、江州(江西省九江市)へ向かった。江州の州治は尋陽(じんよう)で、南に名勝廬山(ろざん)がある。
 長江は江州から東北へ流れを転じて、やがて江淮(こうわい)の大平原へと流れ出てゆく。天門山を過ぎるところから長江は真北へ流れ、やがてゆるやかに東へ移ってゆく。北へ向きを変えた長江の東岸に博望山、西側に梁山が向かい合い、山の緑が印象的であった。それを割るようにして長江は楚地から呉地へと流れてゆく。
 この詩を詠った時の李白は、帆舟が一艘、天の彼方から進むように、水平線のあたりからこちらに向かって近づいてくる。李白はそれを自分の舟の上で見ながら詠っている。

韻は、開、回、来。

天門中断楚江開、碧水東流至北回。
両岸青山相対出、孤帆一片日返来。

天門山を望む
天門(てんもん)  中断して楚江(そこう)開き
碧水(へきすい)  東流して北に至りて回(めぐ)る
両岸の青山(せいざん)  相対して出で
孤帆(こはん)  一片  日返(にっぺん)より来(きた)る

----------------------------------------------------------

 天門から北へ流れていた長江が東へ向きを変えると、舟はやがて江寧(こうねい・江蘇省南京市)の渡津(としん)に着く。江寧郡城は六朝の古都建康(けんこう)の跡である。雅名を金陵(きんりょう)といい、李白はほとんどの詩に「金陵」の雅名を用いている。金陵の渡津は古都の南郊を流れる秦淮河(しんわいか)の河口にあり、長干里(ちょうかんり)と横塘(おうとう)の歓楽地があ。そして酒旗高楼が林立している。


李白 7金陵酒肆留別          
風吹柳花満店香、呉姫圧酒喚客嘗。
金陵子弟来相送、欲行不行各尽觴。
請君試問東流水、別意与之誰長短。

風は柳絮(りゅうじょ)を吹き散らし  酒場は香ばしい匂いで満ちる
呉の美女が酒をしぼって客を呼び 味見をさせる
金陵の若者たちは  集まって別れの宴を開いてくれ
行こうとするが立ち去りがたく  心ゆくまで杯を重ね合う
どうか諸君  東に流れる水に尋ねてくれ
別れのつらさとこの水は  どちらが深く長いかと

 李白は秋から翌年の春にかけて、金陵の街で過ごし、地元の知識人や若い詩人たちと交流した。半年近く滞在した後、726年開元十四年、暮春に舟を出し、さらに東へ進む。詩は金陵を立つ時の別れの詩で、呉の美女がいる酒肆(しゅし)に知友が集まり、送別の宴を催してくれる。

韻は、香、送、觴。/嘗、短。

金陵酒肆留別          
風吹柳花満店香、呉姫圧酒喚客嘗。
金陵子弟来相送、欲行不行各尽觴。
請君試問東流水、別意与之誰長短

金陵の酒肆にて留別す
風は柳花(りゅうか)を吹きて  満店香(かん)ばし
呉姫(ごき)は酒を圧して  客を喚びて嘗(な)めしむ
金陵の子弟(してい)  来りて相い送り
行かんと欲して行かず  各々觴(さかずき)を尽くす
請う君  試みに問え  東流(とうりゅう)の水に
別意(べつい)と之(これ)と  誰か長短なるやと

 
李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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峨眉山月歌 李白 2

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李白は一定の学問を終えると、山を降りて地元の知識人や道士と交わり、蜀地を遊歴して見聞を広める。
 721年 李白が二十歳になったとき、礼部尚書(正三品)をしていた蘇頲(そてい)が左遷され、成都にあった益州大都督府の長史(次官)になって綿州のあたりを通りかかる。李白は自作の詩を蘇頲に披露して文才を認めてもらおうと試みますが、蘇頲は李白の才能を認めた。
 723年 二十三歳のころには、広漢(四川省梓橦県)の太守(刺史)が李白を貢挙の有道科に推薦しようとしましたが、李白は断っています。李白には貢挙を受けられない事情があった。したがって詩文の才能で官に就くことを目指していた。
 724年 開元十二年秋、二十四歳の李白が蜀を離れて江南に向かったのも、官途につく早道と考えたものである。


 成都の壁下を錦江が流れ、錦江が成都の西を流れる岷江(みんこう)に合流してすぐ、清渓(地名)という渡津(としん)がある。詩はその渡し場を船出した時の作品で、峨眉山(がびさん)に半月がかかっているのを見ながら、故郷との別れの感慨を詠うものだ。
 「三峡」は有名な長江の大三峡ではなく、嘉州(四川省楽山市)にあった小三峡のようだ。「平羌江」と岷江の一部で別の川ではない。最後の句の「君」については、恋人と、月とに掛けている。
 なお、船出の地ははっきりしていない。成都の錦江にある渡津だ。船出してすこし落ち着いたころ清渓を通過し、詩を作る。船出して最初の旅の目的地は、渝州(重慶市)だ。

李白 2
  
峨眉山月歌         

峨眉山月半輪秋、影入平羌江水流。
峨眉山にかかる秋の半輪の月、  月のひかりは平羌江に映ってきらきらと流れゆく
夜発清渓向三峡、思君不見下渝州。
 

夜中に清渓を船出して三峡にむかう
この美しい月をもっと見続けていたいと思うが(船が下ると山の端に隠れ)船は渝州にくだる


峨眉山にかかる秋の半輪の月
  月のひかりは平羌江に映ってきらきらと流れゆく
夜中に清渓を船出して三峡にむかう
この美しい月をもっと見続けていたいと思うが(船が下ると山の端に隠れ)船は渝州にくだる


韻は、秋、流、州。

峨眉山月半輪秋、影入平羌江水流。
夜発清渓向三峡、思君不見下渝州。 

峨眉山月の歌
峨眉 山月  半輪(はんりん)の秋
影は平羌(へいきょう)の江水(こうすい)に入って流る
夜  清渓(せいけい)を発して三峡に向かう
君を思えども見えず  渝州(ゆしゅう)に下る

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