漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

酒・道教

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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ずいぶん回復してきました。(12/10)
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毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

盛唐詩 萬山潭作 孟浩然<42> Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -349

盛唐詩 萬山潭作 孟浩然<42> Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -349
卷159_39 「萬山潭作」孟浩然

萬山潭作
垂釣坐磐石,水清心亦閑。
大きな石に座って釣糸を垂れる。水は澄み切って、静かな心地がする。
魚行潭樹下,猿掛島藤間。
この川の淵に魚は岸辺の木のもとを列をなして泳ぎ、猿は解佩渚の島の木の蔦から蔦へと飛び移る。
游女昔解佩,傳聞於此山。
漢水の女神が昔、鄭交甫に佩珠を譲り受けた。その伝え聞く話は、確かこの山ことだった。
求之不可得,沿月棹歌還。
女神が現れないかと待ってみたが、姿を見せずじまいだ。私は舟歌を口ずさみながら、月の進む方へと舟を漕いで帰っていく。


(万山潭の作)
釣を垂れて盤石に坐す、水清らかにして心も亦閑なり。
魚は行く潭樹の下、猿は掛かる島藤の間。
游女 昔 佩を解きしは、伝え聞く 此の山に於いてすと。
之を求むるも得べからず、月に沿い棹歌して還る。

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現代語訳と訳註
(本文)
萬山潭作
垂釣坐磐石,水清心亦閑。
魚行潭樹下,猿掛島藤間。
游女昔解佩,傳聞於此山。
求之不可得,沿月棹歌還。


(下し文) (万山潭の作)
釣を垂れて盤石に坐す、水清らかにして心も亦閑なり。
魚は行く潭樹の下、猿は掛かる島藤の間。
游女 昔 佩を解きしは、伝え聞く 此の山に於いてすと。
之を求むるも得べからず、月に沿い棹歌して還る。

(現代語訳)
大きな石に座って釣糸を垂れる。水は澄み切って、静かな心地がする。
この川の淵に魚は岸辺の木のもとを列をなして泳ぎ、猿は解佩渚の島の木の蔦から蔦へと飛び移る。
漢水の女神が昔、鄭交甫に佩珠を譲り受けた。その伝え聞く話は、確かこの山ことだった。
女神が現れないかと待ってみたが、姿を見せずじまいだ。私は舟歌を口ずさみながら、月の進む方へと舟を漕いで帰っていく。

(訳注)
垂釣坐磐石,水清心亦閑。

大きな石に座って釣糸を垂れる。水は澄み切って、静かな心地がする。


魚行潭樹下,猿掛島藤間。
この川の淵に魚は岸辺の木のもとを列をなして泳ぎ、猿は解佩渚の島の木の蔦から蔦へと飛び移る。
魚行 仙界の魚、赤鱗を意識している。川の淵にすみ赤い鱗をもつという。梁の江淹(444-505)の別れの賦に「駟馬は仰秣を驚かし淵魚は赤燐を䵷ぐ聳ぐ。」とあり、李善注に、「伯牙瑟を鼓すれば淵魚出でて聴き、弧巴琴を鼓すれば六馬仰いで秣う。」という、漢の韓嬰の「韓詩外伝」の言葉をひいている。瓠巴は上古の楚の琴の名手。伯牙は春秋時代の琴の名手。○潭樹下 万山の下、沈碑潭。○ 解佩渚のこと。

襄陽一帯

游女昔解佩,傳聞於此山。
漢水の女神が昔、鄭交甫に佩珠を譲り受けた。その伝え聞く話は、確かこの山ことだった。
游女 漢水の神の名。文選、張衡『南都賦』「耕父揚光於清泠之淵、游女弄珠於漢皐之曲。」(耕父 光を清泠の淵に揚げ、游女 珠を漢皐之曲に弄ぶ。)○昔解佩 鄭交甫が女神から約束を反故にされた故事であり、鄭交甫は、漢水のほとりで江妃二女(長江の女神)と言葉を交わし、佩玉を貰い受けたが、数十歩あるいたところで懐の佩玉は消え失せ、女神の姿も見えなくなった(『列仙伝』)。李商隠『碧城三首』其二 。銜は鳳がくちばしにくわえることをいう。阮籍詠懐詩二首に詳しい。○傳聞 伝え聞く話


求之不可得,沿月棹歌還。
女神が現れないかと待ってみたが、姿を見せずじまいだ。私は舟歌を口ずさみながら、月の進む方へと舟を漕いで帰っていく。
求之 これを求めた。女神が現れないかと待ってみた。○沿月 月の進む方へと舟を進める。○棹歌 船頭の船こぎ歌。漢武帝『秋風辭』「横中流兮揚素波、簫鼓鳴兮發棹歌。」(中流にたわりて素波を揚げ、簫鼓鳴りて棹歌を發す。)李白留別廣陵諸公』「乘興忽復起,棹歌溪中船。興に乗じて忽ち復た起き、櫂歌す 渓中の船

哭宣城善醸紀叟 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -294

哭宣城善醸紀叟 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -294


紀叟黄泉裏、還應醸老春。
夜臺無暁日、沽酒與何人。

紀叟 黄泉の裏、還た 應に 老春を醸(かも) す。
夜臺 暁日 無きに、酒を沽りて何人に與たう。


紀おじいさんは黄泉の国にいってしまった、でもきっとまた、「老春」の酒を醸造している。
冥土には明るいお日様は照らされてはないだろう、それにわたしがいないのにそのお酒はどんな人に売るというのか。


哭宣城善醸紀叟
宣城 地図e5座標。○善醸 上手に醸造する。○紀叟 紀というおじいさん。
 rihakustep足跡


紀叟黄泉裏、還應醸老春。
紀叟 黄泉の裏、還た 應に 老春を醸(かも) す。
紀おじいさんは黄泉の国にいってしまった、でもきっとまた、「老春」の酒を醸造している。
黄泉 黄泉の国。地下に死者の世界があると考え、そこを黄泉と呼んだ。黄は、五行思想で、土を表象し、方向性としては中央を意味する。泉は地下の世界、それゆえに、兵馬庸は地下に地上と同じ世界を作った。○老春 お酒の名前。(若さをよみがえらせる。歳を重ねていくことをよろこぶ。ということであろうか。)

夜臺無暁日、沽酒與何人。
夜臺 暁日 無きに、酒を沽りて何人に與たう。
冥土には明るいお日様は照らされてはないだろう、それに(真の酒飲みでこよなく酒を愛するわたしがいないのに)そのお酒はどんな人に売るというのか。
夜臺 冥土。墓の穴。墳墓。○暁日 夜明けの太陽。朝日。明るいお日様。○沽酒 売っている酒。

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「戴老酒店」
戴老黄泉下 還應醸大春 
夜臺無李白 沽酒與何人

戴老(たいろう)は黄泉(こうせん)の下にて、
還(な)ほ応(まさ)に大春(だいしゅん)を醸(かも)すなるべし。
夜台には李白無きに、何人に酒を沽(う)り与へんや。

酒造り名人の戴の爺さんは死んじまったが、黄泉の国でも、
きっと自慢の銘酒「大春」を造っているに違いない。
しかし、冥土には(真の酒飲みでこよなく酒を愛する)李白はいないのだ、
いったい誰にその酒を飲ませるつもりなのだろう。

○大春 酒の銘柄。○夜臺 あの世。

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古風五十九首 其八  李白

古風 其八  李白117

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古風 其八

咸陽二三月、宮柳黃金枝。
咸陽の都。二三月の季節。宮殿の柳は、黄金色に萌える枝をたれている。
綠幘誰家子、賣珠輕薄兒。
縁の頭巾をきたのは、どの家の子だ。漢時代の臣偃のように、もとはといえば真珠でも売っていた軽薄な男児ではないのか。
日暮醉酒歸、白馬驕且馳。
昼と夜の境もなくのべつ酒に酔って帰るし、乗っている白馬も、驕り高ぶって、そして(街中でも)、走りだす。
意氣人所仰、冶游方及時。』
そのさかんな意気は、人びとがみな見上げる。芸者遊びには、もってこい時候もいいのだ。
子云不曉事、晚獻長楊辭。
揚子雲先生の場合は世間の事に通じない。晩年には天子に「長楊の辞」を献上するまでになった。
賦達身已老、草玄鬢若絲。
念願の賦は天子に献上するまでになったが、身はすでに老いてしまった、「太玄経」を書き上げたころには、鬢は絹糸のようになってしまっていた。
投閣良可嘆、但為此輩嗤。』

うろたえて天禄閣上から飛び降りたというのは、本当にためいきが出る。軽薄な少年の仲間の物笑いの種になっただけであるから。

咸陽の都。二三月の季節。宮殿の柳は、黄金色に萌える枝をたれている。
縁の頭巾をきたのは、どの家の子だ。漢時代の臣偃のように、もとはといえば真珠でも売っていた軽薄な男児ではないのか。
昼と夜の境もなくのべつ酒に酔って帰るし、乗っている白馬も、驕り高ぶって、そして(街中でも)、走りだす。
そのさかんな意気は、人びとがみな見上げる。芸者遊びには、もってこい時候もいいのだ。
揚子雲先生の場合は世間の事に通じない。晩年には天子に「長楊の辞」を献上するまでになった。
念願の賦は天子に献上するまでになったが、身はすでに老いてしまった、「太玄経」を書き上げたころには、鬢は絹糸のようになってしまっていた。
うろたえて天禄閣上から飛び降りたというのは、本当にためいきが出る。軽薄な少年の仲間の物笑いの種になっただけであるから。

(下し文)古風 其八

咸陽 二三月、宮柳 黃金の枝。
綠幘(りょくさく)誰が家の子、珠を賣る 輕薄兒。
日暮 酒に醉うて歸る、白馬 驕って且た馳す。
意氣 人の仰ぐ所、冶游(やゆう)方(まさ) に時に及ぶ。
子云 事を曉(さと)らず、晚に獻ず 長楊の辭。
賦 達して 身已に老い、玄を草して 鬢 絲の若し。
閣より投ずること 良に嘆ず可し、但だ此の輩に嗤(わら)わる。



咸陽二三月、宮柳黃金枝。
咸陽の都。二三月の季節。宮殿の柳は、黄金色に萌える枝をたれている。
咸陽 秦の都。長安の対岸にある。この詩は、実際には唐の都、長安の風俗をうたっている。詩人は唐を秦、長安を咸陽とよく詠う。〇二三月 旧暦だから、春たけなわな頃である。○宮柳 宮殿のそばの柳。○黃金枝 新芽の明るい緑に日がさすと黄金に見える。この時期だけのものである。
  

綠幘誰家子、賣珠輕薄兒。
縁の頭巾をきたのは、どの家の子だ。漢時代の臣偃のように、もとはといえば真珠でも売っていた軽薄な男児ではないのか。
綠幘 幘;幅は頭巾。みどりのずきん。漢の董偃の故事。「漢書」に見える話。董偃は母とともに真珠を売って歩いていたが、年十三のとき、漢の武帝のおばであり、陳皇后の母でもある館陶公主の邸に出入し、美貌な少年であったので公主の寵愛を得て董君と呼ばれた。そののち公主に従って帝に御目見えしたとき、かれは、綠の頭巾をかむり、腕ぬきをつけて罷り出た。公主は「館陶公主の料理番、臣偃」と紹介し、かれは平伏した。帝はかれに衣冠をたまわった。やがて無礼講がはじまったが、以後かれは武帝の寵愛をも受けるようになり、噂は天下にひろまった。吉川幸次郎「漢の武帝」(岩波新書)。


日暮醉酒歸、白馬驕且馳
と夜の境もなくのべつ酒に酔って帰るし、乗っている白馬も、驕り高ぶって、そして(街中でも)、走りだす。
漢詩ブログ6月9日李白 17少年行  杜甫「少年行」とイメージが似ている。


意氣人所仰、冶游方及時。
そのさかんな意気は、人びとがみな見上げる。芸者遊びには、もってこい時候もいいのだ。
冶遊 芸者遊び。心がとろけるような楽しい遊び。


子云不曉事、晚獻長楊辭。
揚子雲先生の場合は世間の事に通じない。晩年には天子に「長楊の辞」を献上するまでになった。
子雲 漢の文人。揚雄、あざなは子雲。前漢の末期、紀元前一世紀、蜀(四川)の成都の人。学問だけが好きで、それ以外の欲望は全くなく、財産もあまりなかったが満足していた。ドモリで議論ができなかったので、よく読書し、沈思黙考した。成帝の時、承明宮に召されて、甘泉、河東、長楊、羽猟の四つの賦を奏上した。かれの著書はすべて古典の模倣で、「易」に似せて「太玄経」を作り、「論語に似せて「法言」を作った。かれは晩年、ある事件の巻き添えで、疑われて逮捕されようとしたとき、天禄閣という建物の中で書物調べに没頭していたので、驚きあわてて閣上から飛び降りて、あやうく死にかけた。
不暁事 世間の事に通じない。○ 晩年。○楊辭 天子に献上する「長楊の辞」のこと。


賦達身已老、草玄鬢若絲。
念願の賦は天子に献上するまでになったが、身はすでに老いてしまった、「太玄経」を書き上げたころには、鬢は絹糸のようになってしまっていた
 韻文の一体。漢の時代の流行。○玄楊 子雲、雄の著書「太玄経」。


投閣良可嘆、但為此輩嗤。
うろたえて天禄閣上から飛び降りたというのは、本当にためいきが出る。軽薄な少年の仲間の物笑いの種になっただけであるから。
投閣 天禄閣上から身を投げた。○此輩 緑幘さくの軽薄児をさす。 

儒教の貫いて痩せ細ったと同じこと、死んでしまっては何にもならない。世間のことぉ知らなくて、芸者遊びのひとつも知らないで、年を取ってしまった。李白はここでも儒教批判を述べている。



 
毎日のkanbuniinkai紀頌之5大詩 案内
 
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝?・?信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場《李白全詩》
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李白37 《758年58歳》李白38 《759年59》李白39 《760年60歳》李白40 《761年61歳》李白41 《762年62歳死》42 《年次不編・未編年》
●孟浩然 詩 index●李白詩index●謝霊運 詩 index●司馬相如 《 子?賦・上林賦 》●揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表
曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)●古詩十九詩 無名氏(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>
 
●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 
Ⅱ中唐詩・晩唐詩・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首 韓愈
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孟郊(孟東野)張籍●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・?州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首
index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首
index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など
 
●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩全1500首  LiveDoor秦州抒情詩集・紀行集成都草堂ロマン漂泊詩集杜甫総合案内
      
杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)&#160;杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首
杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首
 
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毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻
魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔?6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻
      

春夜宴桃李園序 李白116

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2012年12月1日から連載開始
唐五代詞詩・宋詞詩

『菩薩蠻 一』温庭筠   花間集


春夜宴桃李園序 李白116



天地者,萬物之逆旅;
光陰者,百代之過客。

浮生若夢,爲歡幾何?
古人秉燭夜遊,良有以也。

陽春召我以煙景,大塊假我以文章。
會桃李之芳園,序天倫之樂事。
群季俊秀,皆爲惠連。
吾人詠歌,獨慚康樂。
幽賞未已,高談轉清。
開瓊筵以坐華,飛羽觴而醉月。
不有佳作,何伸雅懷?
如詩不成,罰依金谷酒斗數。


春夜宴桃李園序

そもそも、
 天地者,萬物之逆
この広がる天と地は万物を待ち受けている旅籠のようなものだ。
光陰者,百代之過
行き過ぎてゆく年月、この時は永遠に続く旅人のようである。

 そうして、
 浮生若,爲歡幾
儚い人生というものは、夢のようなもの、喜び楽しむことができるのはどれほどもない。
 古人秉燭夜,良有以也。
昔の人が言うにはともし火をとって夜も遊んだということにはまことに理由があるというものだ。

ましてや、
 陽春召我以煙,大塊假我以文
今はうららかな春の季節、霞立つ素晴らしい景色が私を招く、大自然の神は私に詩文を書く力を許してくれている。
 會桃李之芳,序天倫之樂
桃李の花の香しきかおりはこの庭園に集まってくる、親戚同士の楽しい宴席のことを申し述べる。
 群季俊,皆爲惠
集う多くの若者たちは優れて秀でた者である、みんな謝惠連の文才を持っている。
 吾人詠,獨慚康
年長者であるわたしの詠う詩歌は謝霊運に及ばないので恥じ入るばかりだ。
 幽賞未,高談轉
謙虚な奥深い誉め言葉が続いている間は、賑やかで高尚な話はすがすがしく続いている。
 開瓊筵以坐,飛羽觴而醉
美しい玉で飾った敷物を花咲くもとで広げて座った、羽をひろげた形をした杯を飛んでいるような形で酌み交わし、月明かりに酒に酔う。
 不有佳,何伸雅
立派な作品が生まれなければ、どうしてこの風流な思いを述べることができたといえようか
 如詩不,罰依金谷酒斗

もし、詩ができなかったら故事の金谷園の詩の作れないものの罰であったような酒三斗に倣うことにする。


------韻の位置にあたる語による詩------------
 旅客。 
そもそも、人生は旅人である。
 夢何 游也。 
そうして、夢をどう持つか、遊びこそ勉学だ。
 景章 園事 秀連。 歌楽 已清 華月。
   作懐 成数。
況や、景色を文章にすること、優秀な人材が庭園に集まってきている。歌を唄い、楽しむ中清々しい花と月、いい詩ができないなら数斗をなすことになる。

暗号のような詩。(実際には要約である。新発見)
------------------------------------------------------------


そもそも、この広がる天と地は万物を待ち受けている旅籠のようなものだ。行き過ぎてゆく年月、この時は永遠に続く旅人のようである。
 そうして、儚い人生というものは、夢のようなもの、喜び楽しむことができるのはどれほどもない。昔の人が言うにはともし火をとって夜も遊んだということにはまことに理由があるというものだ。
ましてや、今はうららかな春の季節、霞立つ素晴らしい景色が私を招く、大自然の神は私に詩文を書く力を許してくれている。
桃李の花の香しきかおりはこの庭園に集まってくる、親戚同士の楽しい宴席のことを申し述べる。
集う多くの若者たちは優れて秀でた者である、みんな謝惠連の文才を持っている。
年長者であるわたしの詠う詩歌は謝霊運に及ばないので恥じ入るばかりだ。
謙虚な奥深い誉め言葉が続いている間は、賑やかで高尚な話はすがすがしく続いている。
美しい玉で飾った敷物を花咲くもとで広げて座った、羽をひろげた形をした杯を飛んでいるような形で酌み交わし、月明かりに酒に酔う。
立派な作品が生まれなければ、どうしてこの風流な思いを述べることができたといえようか
もし、詩ができなかったら故事の金谷園の詩の作れないものの罰であったような酒三斗に倣うことにする。


春夜 桃李園に 宴する序       
夫(そ)れ 
天地は, 萬物の逆旅(げきりょ)にして、光陰は,百代の過客なり。
而(しか)して
浮生は 夢の若し,歡を爲(な)すこと 幾何(いくばく)ぞ?
古人 燭を秉(と)りて夜に遊ぶ,良(まこと)に以(ゆえ)有る也。
況(いは)んや  
陽春 我を召くに煙景を以てし,大塊 我に假すに  文章を以てするをや。
桃李の芳園に 會し,天倫の樂事を 序す。
群季の俊秀は,皆 惠連 爲(た)り。
吾人の詠歌は,獨り康樂に 慚(は)づ。
幽賞 未だ已(や)まず,高談  轉(うた)た清し。
瓊筵を 開きて 以て華に坐し,羽觴を飛ばして 月に醉(よ)ふ。
佳作 有らずんば,何ぞ 雅懷を 伸べんや?
如(も)し 詩 成らずんば,罰は金谷の酒斗數に依(よ)らん。
*********************************************
------韻の位置にあたる語による詩------------
夫 旅客。 而 夢何 游也。 
況 景章 園事 秀連。 歌楽 已清 華月。
   作懐 成数。
-------
そもそも、人生は旅人である。そうして、夢をどう持つか、遊びこそ勉学だ。
況や、景色を文章にすること、優秀な人材が庭園に集まってきている。歌を唄い、楽しむ中清々しい花と月、いい詩ができないなら数斗をなすことになる。
-----
このような意味的なこともだけでなく、韻の位置を変えることで、調子を大きく変えている。詩を散文の雰囲気にしている。天才李白の真骨頂である。
-----

*********************************************

 この詩は、秋になり、夜露が珠になり、やがて年の瀬に向かう。旅先での寂しさを詠いつつ、年老いていく自分を重ねている。ここでも儒教の礼節の強要を無意味なこと度とし、人生は一瞬ですぎていくのと同じである。欲を言い出したらきりがない。よい時も悪い時もある。曲がった道をまっすぐ歩けない、自然に、自由にすること。それには、毎日を楽しくすごさなければいけないのだ。
 李白は儒教的な考えに徹底的に嫌気を持っていた。そのことは、逆に儒教的詩人たちの評価が低かったのも理解できる。

--------------------四六駢儷文---------------------


夫 天地者, 萬物之逆旅;  
  光陰者, 百代之過客。

そもそも、この広がる天と地は万物を待ち受けている旅籠のようなものだ。行き過ぎてよく年月、この時は永遠に続く旅人のようである。
 中国古典語の発語の辞。四六駢儷文や辞賦におうて発句として全体を導く役割をする。して、やも同様である。 ・…は。主格を表す。・逆旅 げきりょ はたごや。旅人をむかえる旅館。「荘子」「左伝」にあるが、ここは「過客」とともに、陶淵明の『雜詩十二首』其七「日月不肯遲,四時相催迫。寒風拂枯條,落葉掩長陌。弱質與運,玄鬢早已白。素標插人頭,前途漸就窄。家爲逆旅舍,我如當去客。去去欲何之,南山有舊宅。」 とあるのに基づくとともにイメージも借りている。・光陰 年月。時間。・過客 旅人。旅客。


而 浮生若夢,爲歡幾何? 
  古人秉燭夜遊,良有以也。

そうして、儚い人生というものは、夢のようなもの、喜び楽しむことができるのはどれほどもない。昔の人が言うにはともし火をとって夜も遊んだということにはまことに理由があるというものだ。
浮生 はかない人生。この世。浮き世。・爲歡 歓楽事をする。よろこびをなす。 ・幾何 どれほど。いくばく。魏の曹操の『短歌行』に「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。」とあり、その意も含んでいる。
秉燭 明かりを取り持つ。『古詩十九首之十五・生年不滿百』の中の「生年不滿百,常懷千歳憂。晝短苦夜長,何不秉燭遊。」とあるのに基づく。 ・秉手に取り持つ。「夜夜當秉燭」とあった。
「秉燭唯須飲」(燭を秉って唯須らく飲べし。) 
李白の前向きな姿勢をあらわす言葉の一つである。
夜遊 有限の時間を貴重に思って、夜遊びをする。・ まことに。・以 ゆゑ。ゆえに。・ 断定、詠嘆の助辞。


況 陽春召我以煙景,大塊假我以文章。
ましてや、今はうららかな春の季節、霞立つ素晴らしい景色が私を招く、大自然の神は私に詩文を書く力を許してくれている。
・況 ましてや。いはんや。・陽春 春季。・ めす。・煙景 かすみがたなびく春景色。・大塊 造化。造物主。大自然の神。・ かす。かりる。ゆるす。


會桃李之芳園,序天倫之樂事。
桃李の花の香しきかおりはこの庭園に集まってくる、親戚同士の楽しい宴席のことを申し述べる。
會 時間や場所を決めて、会うこと。・桃李之芳園 春の桃李の花が咲き乱れている庭園。・序:述べる。申し述べる。・天倫之樂事 兄弟が揃って開く楽しい宴席。・天倫 自然に備わる人の順序。親子、兄弟など。


群季俊秀, 皆爲惠連。 
集う多くの若者たちは優れて秀でた者である、みんな謝惠連の文才を持っている。
群季 集う多くの若者たち。諸弟。・俊秀 優れて秀でた者。・皆爲 みんな…である。・惠連 優れた弟の意。本来は人名。晋の謝惠連のこと。文をよくし、従兄の謝靈運にほめられたという故実に基づき、優れた弟の意で使われる。謝霊運。


吾人詠歌, 獨慚康樂。
年長者であるわたしの詠う詩歌は謝霊運に及ばないので恥じ入るばかりだ。
獨慚 ひとり、はじる。多くの弟たちは、晋の謝惠連のように、みな優秀であるのに、兄の自分だけは、晋の謝惠連の兄である謝靈運に及ばないということ。・康樂 謝靈運の封号。謝恵連の従兄の謝霊運のこと。


幽賞未已,高談轉清。
謙虚な奥深い誉め言葉が続いている間は、賑やかで高尚な話はすがすがしく続いている。
幽賞 静かに誉め味わう。謙虚な奥深い誉め言葉。・未已 まだ終わらない。・高談 賑やかで高尚な話。あたりかまわぬ声高い話。思う存分話をする。・ いよいよ。いとど。ますます。


開瓊筵以坐華, 飛羽觴而醉月。
美しい玉で飾った敷物を花咲くもとで広げて座った、羽をひろげた形をした杯を飛んでいるような形で酌み交わし、月明かりに酒に酔う。
・瓊筵 けいえん 美しい玉で飾った敷物の意で、立派な宴席のこと。 ・筵 酒席、酒宴。坐るムシロ、せき。筵は宴になる。・坐華 (美しい)花の上に坐る。華やかな宴席に列座する。・ 盃を交わす。「羽觴」なので、それに合わせて「飛」と表現した。・羽觴 スズメが羽をひろげた形をした杯。


不有佳作,何伸雅懷?
立派な作品が生まれなければ、どうしてこの風流な思いを述べることができたといえようか
不有 「有る、存在する」ということの打ち消し。「有るということがない」「いない」「存在しない」。「深沈百丈洞海底,那知不有蛟龍蟠。」に同じ。・佳作 立派な作品。・何 なんぞ。・ 述べる。・雅懷 風流な思い。雅やかな考え。


如 詩不成, 罰依金谷酒斗數。
もし、詩ができなかったら故事の金谷園の詩の作れないものの罰であったような酒三斗に倣うことにする。
如 もしも…ならば。もし…ば。仮定を表す。・詩不成 (もしも)詩が出来ない。詩が完成しない。・罰 ここでは、罰杯。罰として、酒を飲むこと。・依 よる。もとづく。依拠する。・金谷酒斗數 罰杯。晋の石崇が金谷の別荘で客を招き宴会をし、詩の作れない者は罰として、酒三杯を飲むこととした故事。石崇の『金谷園詩序』に「余以元康六年,………有別廬在河南縣界,金谷澗中,………晝夜遊宴,屡遷其坐,・・・・・・・・・遂各賦詩,以敘中懷,或不能者罰酒三斗。」とあることに基づく。


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古風 其二十三  李白113


其二十三
秋露白如玉。 團團下庭綠。
秋の露はまるで白い宝玉だ。丸く、丸い、庭の木樹の綠におりている。
我行忽見之。 寒早悲歲促。
わたしの旅先中で、それを見つけた、寒さが早くも来ていて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。
人生鳥過目。 胡乃自結束。
人生というものは、鳥が目の先をかすめ飛びさるようなものだ。このことはつまらないことだ、自分で自分を束縛するなんて。
景公一何愚。 牛山淚相續。
むかしの斉の景公は、儒教の考えで自分を束縛しているじつに何とおろかなことか。牛山にあそんで美しい国土をながめ、人間はなぜ死なねばならぬかとなげいて、涙をとめどもなく流した。
物苦不知足。 得隴又望蜀。
人は自ら満ち足りるということがなくて苦しむというが、すでに隴を得たのにも関わらず今度は蜀が欲しくなった、と。
人心若波瀾。 世路有屈曲。
人の心は高揚したり、沈んだりの起伏変化があるもの、世間で暮らしを立ててゆくことは、よかったり、悪かったりという曲りくねりがあるものだ。
三萬六千日。 夜夜當秉燭。

人生、三万六千日。毎夜、毎夜、ともしびをかかげて楽しくすごすべきである。



秋の露はまるで白い宝玉だ。丸く、丸い、庭の木樹の綠におりている。
わたしの旅先中で、それを見つけた、寒さが早くも来ていて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。
人生というものは、鳥が目の先をかすめ飛びさるようなものだ。このことはつまらないことだ、自分で自分を束縛するなんて。
むかしの斉の景公は、儒教の考えで自分を束縛しているじつに何とおろかなことか。牛山にあそんで美しい国土をながめ、人間はなぜ死なねばならぬかとなげいて、涙をとめどもなく流した。
人は自ら満ち足りるということがなくて苦しむというが、すでに隴を得たのにも関わらず今度は蜀が欲しくなった、と。
人の心は高揚したり、沈んだりの起伏変化があるもの、世間で暮らしを立ててゆくことは、よかったり、悪かったりという曲りくねりがあるものだ。
人生、三万六千日。毎夜、毎夜、ともしびをかかげて楽しくすごすべきである。


(下し文)
秋露は白くして玉の如く、 團團として庭綠に下る。
我行きて忽ち之を見る、寒早くして 歳の促すのを悲しむ
人生は 鳥の目を過ぎるがごとし、胡こそ乃ち 自ら結束するや
景公ひとえに何で愚かなる。牛山 涙 相続く
物は足ることを知らざるを苦しみ、隴を得て又蜀を望む。
人心は波瀾の若し。 世路には屈曲有り。
三萬六千日、 夜夜當に燭を秉る。

古風 其の二十三

秋露白如玉、團團下庭綠。
秋の露はまるで白い宝玉だ。丸く、丸い、庭の木樹の綠におりている。
団団 まるいさま。露が丸い粒にかたまったさま。六朝の謝霊運の詩に「團團たり満葉の露」とある。李白「古郎月行」では木々のこんもり繁るさまに使っている。 ○庭綠 庭の中の草木。

我行忽見之、寒早悲歲促。
わたしの旅先中で、それを見つけた、寒さが早くも来ていて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。
歳促 歳の瀬がせまる。


人生鳥過目、胡乃自結束。

人生というものは、鳥が目の先をかすめ飛びさるようなものだ。このことはつまらないことだ、自分で自分を束縛するなんて。
鳥過目 張協の詩に「人生は瀛海の内、忽上して鳥の目を過ぐるが如し」とある。飛鳥が目の前をかすめて過ぎるように、人生はつかのまの時間に限られる。○ ここではでたらめ。あやしい。つまらないこと。 ○結束 窮屈にする。しばりつける。


景公一何愚、牛山淚相續。

むかしの斉の景公は、儒教の考えで自分を束縛しているじつに何とおろかなことか。牛山にあそんで美しい国土をながめ、人間はなぜ死なねばならぬかとなげいて、涙をとめどもなく流した。
景公二句 「列子」にある話。景公は、春秋時代の斉の景公、牛山は、斉の国都であった今の山東省臨淄県の、南にある山。 杜牧「九日齊山登高」 牛山何必獨霑衣。とある。この牛山に春秋・斉の景公が遊び、北の方にある都を望んで、涙を流して「どうして人はこんなにばたばたと死んでいくのか」と人の死を歎き、涙で濡らしたという。
これは儒教の考えをくだらないものとして比喩している。


物苦不知足、得隴又望蜀。

人は自ら満ち足りるということがなくて苦しむというが、すでに隴を得たのにも関わらず今度は蜀が欲しくなった、と。
○物苦二句「十八史略-東漢[世祖光武皇帝][岑彭]
」の、光武帝が岑彭に与えた富に「人は足るを知らざるに苦しむ。既に隴を平らげて復た蜀を望む」とある。隴はいまの甘粛省隴西県の地。蜀はいまの四川省。物は人間。


人心若波瀾。 世路有屈曲。

人の心は高揚したり、沈んだりの起伏変化があるもの、世間で暮らしを立ててゆくことは、よかったり、悪かったりという曲りくねりがあるものだ。
波瀾 大波、小波。起伏変化のさま。○処世 世渡り。世間で暮らしを立ててゆくこと。(荘子)
 
三萬六千日。 夜夜當秉燭。
人生、三万六千日。毎夜、毎夜、ともしびをかかげて楽しくすごすべきである。
三万六千日 百年の日数。李白お得意のわかりやす協調表現。詩の調子を激変させ集中させる効果がある。○夜夜当秉燭 秉は、手で持つ。漢代の古詩十九首の言「生年は百に満たず。常に千歳の憂を懐く。昼は短く、夜の長きを苦しむ。何ぞ燭を秉って遊ばざる」とある。
この最後の句でこの詩の集約している。李白の「贈銭徴君少陽」に秉燭唯須飲;燭を秉って唯須らく飲べし。
白玉一盃酒、緑楊三月時。
春風餘幾日、兩鬢各成絲。
秉燭唯須飲、投竿也未遲。
如逢渭水獵、猶可帝王師。

李白の「春夜桃李園に宴する序」にも、「浮生は夢のごとし。歓を為す幾何ぞ。古人、燭を秉りて夜遊ぶ。良に以あるなり」とある。

唐・李白
夫天地者,萬物之逆旅;
光陰者,百代之過客。
而浮生若夢,爲歡幾何?
古人秉燭夜遊,良有以也。
況陽春召我以煙景,大塊假我以文章。
會桃李之芳園,序天倫之樂事。
群季俊秀,皆爲惠連。
吾人詠歌,獨慚康樂。
幽賞未已,高談轉清。
開瓊筵以坐華,飛羽觴而醉月。
不有佳作,何伸雅懷?
如詩不成,罰依金谷酒數。


 この詩「古風 其二十三」は、秋になり、夜露が珠になり、やがて年の瀬に向かう。旅先での寂しさを詠いつつ、年老いていく自分を重ねている。ここでも儒教の礼節の強要を無意味なこと度とし、人生は一瞬ですぎていくのと同じである。欲を言い出したらきりがない。よい時も悪い時もある。曲がった道をまっすぐ歩けない、自然に、自由にすること。それには、毎日を楽しくすごさなければいけないのだ。

 李白は儒教的な考えに徹底的に嫌気を持っていた。そのことは、逆に儒教的詩人たちの評価が低かったのも理解できる。

李白 112 游泰山六首 (一作天寶元年四月從故御道上泰山)

李白 112 游泰山六首 (一作天寶元年四月從故御道上泰山)

天宝元年八七四二)、四十二歳のとき、彼は泰山に遊び、遊仙的気分を味わいつつ、壮大な景色を歌っている。
「太(泰)山に遊ぶ」六首「一に 『天宝元年四月、故の御道従り大山に上る』 に作る」がそれである。
天宝元年の作であり、待望の長安入りに先立つ三、四か月前の作である。「大山」は、五岳の一であって、中国一の名山といわれ、道教の信仰の中心地でもある。

其一
四月上泰山。石屏御道開。
四月泰山に登ったが、かつて天子の登山の為に開かれた参道の敷石は平である
六龍過萬壑。澗谷隨蕋回。
天子の乗る御車は多くの谷を過ぎ、谷川もそれに従って巡り巡ったであろう
馬跡繞碧峰。于今滿青苔。
馬の蹄の跡は碧の峰を巡って、今でも苔の間に残っている
飛流洒絕巘。水急松聲哀。』
瀧は高い峰から流れ落ち、水の勢いは激しく松風の音も哀しげである
北眺崿嶂奇。傾崖向東摧。
北の方を眺めたら、鋭くとがった山の頂は付近になく目立つ存在である、斜めに傾きずっとつながる崖は東にむかって続いている
洞門閉石扇。地底興云雷。
大きな巌谷洞窟は石の扇を閉じている、その巌谷の地底からは、カモが湧き出で、いかずちは天をも焦がした。
登高望蓬瀛。想象金銀台。
泰山の楚の頂に登って東海に浮かぶ仙人の住む蓬・方・瀛の三山を望むことができるし、金銀で作られた台座を形作ることを想い浮かべる
天門一長嘯。萬里清風來。』
天への門に向かって一たび長く唄い叫んだ、すると万里の先より清々しい風が吹いて釆た
玉女四五人。飄搖下九垓。
玉のように美しい天女が四五人、ひらひらと天から舞い降り
含笑引素手。遺我流霞杯。
笑いながら白い手を差し伸べて、私に流霞の盃を送ってくれた
稽首再拜之。自愧非仙才。
頭を地面につけ再拝して頂いたが、我ながら仙人の才能が無いのを恥じずにはいられない
曠然小宇宙。棄世何悠哉。』

しかし心を広くしてみると宇宙も小さい、俗世間を捨ててみるとのんびりとした境地が開けてくる


四月泰山に登ったが、かつて天子の登山の為に開かれた参道の敷石は平である
天子の乗る御車は多くの谷を過ぎ、谷川もそれに従って巡り巡ったであろう
馬の蹄の跡は碧の峰を巡って、今でも苔の間に残っている
瀧は高い峰から流れ落ち、水の勢いは激しく松風の音も哀しげである

北の方を眺めたら、鋭くとがった山の頂は付近になく目立つ存在である
斜めに傾きずっとつながる崖は東にむかって続いている
大きな巌谷洞窟は石の扇を閉じている、その巌谷の地底からは、カモが湧き出で、いかずちは天をも焦がした。
泰山の楚の頂に登って東海に浮かぶ仙人の住む蓬・方・瀛の三山を望むことができるし、金銀で作られた台座を形作ることを想い浮かべる
天への門に向かって一たび長く唄い叫んだ、すると万里の先より清々しい風が吹いて釆た


玉のように美しい天女が四五人、ひらひらと天から舞い降り
笑いながら白い手を差し伸べて、私に流霞の盃を送ってくれた
頭を地面につけ再拝して頂いたが、我ながら仙人の才能が無いのを恥じずにはいられない
しかし心を広くしてみると宇宙も小さい、俗世間を捨ててみるとのんびりとした境地が開けてくる




四月泰山(しがつたいざん)に上る、石平(いしたいら)かにして御道開(ぎょどうひら)く
六龍万壑(ろくりょうばんがく)を過ぎ、澗谷(かんこく)随って蕋(えい)廻(かい)す
馬跡碧峰(ばせきへっぽう)を繞(めぐ)り、今に于(お)いて青苔(せいたい)に満ち
飛流絶(ひりゅうぜっ) 巘(けん)に灑(そそ)ぎ、水急にして松声(しょうせい)哀し


北のかた挑むれば崿嶂は奇なり、傾ける崖は東に向かって捲る
洞門は石の扇を閉じ、地の底より雲雷興こる
高きに登って蓬液を望み、金露台を想像す
天門に一たび長嘯
すれば、万里より清風釆たる

「崿嶂」とは、屏風のような山。「蓬瀛」は蓬莱と張州なる神山。東海の中に三神山ありといわれ、以上の二つのほかに方丈がある。「泰山に登ると、はるか東の海上にそれが見えるかのごとく思われる」。「金銀」は、道教でいう天帝の出す詔書。「台」とは、それを手わたす所であろう。「泰山の高きに登れば東海の仙人の住む神山が見え、天帝の住む辺りが見えそうだ」。「天門」は、泰山の頂上近くにある南天門。天上に通ずるとされる。「こうした所で長嘯すると、万里のかなたより清風が吹いてきて、世俗を超越して、すがすがしい気分になる」。もはやここは仙境でもある。さればこそ、
 

玉女四五人、親観として九咳より下る
笑いを含んで素き手を引はし、我に流霞の盃を遣る
稽首して之を再拝す、臼から仙才に非ざるを娩ず
嫉然に宇宙を小とし、世を棄つ何ぞ悠かなるかな

「九天より仙人に仕える少女四、五人が下って白き手で流霞の杯をくださる」。「流霞」とは、たなびく霞であるが、霞は、仙人の飲み物であって、朝焼け、夕焼けの気である。もはや李白自身が仙境に入った心持ちであり、「かくて宇宙も問題にならず、世俗も離れて、遠き別天地にある心境となった」といい、しばし夢見ごこちで仙界に遊ぶ姿が歌われている。

この詩は、泰山の雄大さを歌うとともに、仙境でもあることをも歌う。仙境に入り、仙人と同じような心持ちになることは、李白のあこがれでもあり、彼の詩にしばしば歌われるところである。これが李白の詩の一つの大きな特色である。親友の杜甫は仙境は歌わない。同時の詩人王維は、静寂境は歌うが、仙境は歌わない。まったく李白の独壇場である。



参考にとどめる。
其二
清曉騎白鹿。 直上天門山。
山際逢羽人。 方瞳好容顏。
捫蘿欲就語。 卻掩青云關。
遺我鳥跡書。 飄然落岩間。
其字乃上古。 讀之了不閑。
感此三嘆息。 從師方未還。
 
其三
平明登日觀。 舉手開云關。
精神四飛揚。 如出天地間。
黃河從西來。 窈窕入遠山。
憑崖覽八極。 目盡長空閑。
偶然值青童。 綠發雙云鬟。
笑我晚學仙。 蹉跎凋朱顏。
躊躇忽不見。 浩蕩難追攀。
 
其四
清齋三千日。 裂素寫道經。
吟誦有所得。 眾神衛我形。
云行信長風。 颯若羽翼生。
攀崖上日觀。 伏檻窺東溟。
海色動遠山。 天雞已先鳴。
銀台出倒景。 白浪翻長鯨。
安得不死藥。 高飛向蓬瀛。


其五
日觀東北傾。 兩崖夾雙石。
海水落眼前。 天光遙空碧。
千峰爭攢聚。 萬壑絕凌歷。
緬彼鶴上仙。 去無云中跡。
長松入云漢。 遠望不盈尺。
山花異人間。 五月雪中白。
終當遇安期。 于此煉玉液。
 
其六
朝飲王母池。 暝投天門關。
獨抱綠綺琴。 夜行青山間。
山明月露白。 夜靜松風歇。
仙人游碧峰。 處處笙歌發。
寂靜娛清暉。 玉真連翠微。
想象鸞鳳舞。 飄搖龍虎衣。
捫天摘匏瓜。 恍惚不憶歸。
舉手弄清淺。 誤攀織女機。
明晨坐相失。 但見五云飛。

懷仙歌 李白 111


 

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懷仙歌 李白 111

  李白の生活・思想に強く影響を与えたものは、隠士や道士たちとの交わりであった。道士の元丹丘とともに河南の嵩山(登封県北)に隠居したり、また、湖北の胡紫陽に道を訪ねたり、また、道士の飲筠とともに剡中(浙江省嵊県付近)に隠居したりした。こうした道士、隠士との交わりの生活は、李白をして、現実の世間の生活を超脱して、それを蔑視する方向に走らせて、自由を求める気風を作り上げさせるようになった。あたかも、六朝・魂晋の清談家たちが、当時の礼俗に抵抗して、人間の本性のままに生きようとした生き方と似ている。かくて、しだいに李白の詩には、世の束縛から脱して、自由を慕い、道教にあこがれる詩がこれまで見てきたように多く現われるようになってきたのである。
 次にあげる詩「仙を懐う歌」は、ひたすら道教を求め、仙道を訪ねる考え方を表わす詩である。



李太白集277巻七45懷仙歌  431Index-24-3 744年天寶三年44-1756首】


李太白集 卷七45

懷 仙 歌

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7575

Index-24  744年天寶三年44歳 56-17

431 <1000

 

 

 

-379-277巻七44 懷仙歌  (一鶴東飛過滄海,) 

作時年:

744

天寶三年

44

全唐詩卷別:

167_09

文體:

歌吟(樂府)

李太白集 

45

 

 

詩題:

懷仙歌

序文

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安) 秦山

及地點:

楚山

湘水 

 

咸陽

交遊人物:

 

 

 

 

 

 

全唐詩 卷167_9 《懷仙歌》李白 

一鶴東飛過滄海,放心散漫知何在。

仙人浩歌望我來,應攀玉樹長相待。

堯舜之事不足驚,自餘囂囂直可輕。 

巨鼇莫戴三山去,我欲蓬萊頂上行

 

 

李太白集 277巻七45《懷仙歌》

一鶴東飛過滄海、放心散漫知何在。

仙人浩歌望我來、應攀玉樹長相待。

堯舜之事不足驚、自余囂囂直可輕。 

巨鰲莫戴三山去、我欲蓬萊頂上行。

 

 

李白集 懷仙歌(卷八(一)五七六)

一鶴東飛過滄海,放心散漫知何在?

仙人浩歌望我來,應攀玉樹長相待。

堯舜之事不足驚,自餘囂囂直可輕。

巨鰲莫載三山去,我欲蓬萊頂上行。

 

李白集 懷仙歌(卷八(一)五七六)

   懷仙歌

一鶴東飛過滄海,放心散漫知何在?

仙人浩歌望我來,應攀玉樹長相待。

堯舜之事不足驚,自餘囂囂直可輕。

巨鰲莫載三山去,我欲蓬萊頂上行。

士贇曰 山海經「崑崙之墟北有珠樹及玉樹玕琪樹。」

此詩 「太白、睠顧宗國、繫心君王、冀復進用之作也。」

「一鶴 自、比仙人君、玉樹比爵位。時、肅宗、即位于靈武、明皇就遜位、時物議有非之者。太白豪俠曠達之士、亦曰 法堯禪舜自古有之何足驚怪彼為是囂囂者不知古今直可輕也。

末句、其拳拳安史之滅宗社之安、或者、用我乎。身、在江海、心、存魏闕。白有之矣。

李太白集注巻八       錢塘 王𤦺 撰

 

李太白集註 277巻七45《懷仙歌》

  懷胡本/作憶仙歌

一鶴東飛過滄海,放心散漫知何在?

仙人浩歌望我來,應攀玉樹長相待。

堯舜之事不足驚、自餘囂囂直繆本/作嚚嚚/可輕。

巨鼇莫載許本/作戴三山去、我一作/欲蓬萊頂上行。

《十洲記》「滄海島在北海中、地方三千里、去岸二十一萬里、海四面、繞島、各廣五千里、水皆蒼色、仙人、謂之滄海也。

《楚辭》「望美人兮、未來臨風/怳兮浩歌、巨鼇事見四巻註

李太白集分類補註巻八    宋 楊齊賢 集註   元 蕭士贇 補註

 

懷仙歌

(仙人を懐って作った歌である)

一鶴東飛過滄海、放心散漫知何在。

一羽の鶴は、東に飛んで、滄海を過ぎ、北海中の島にむかう、しかし、翺翔自在であるがうえに、その放心散漫としているだけに、一つところに留まることはない。

仙人浩歌望我來、應攀玉樹長相待。

仙人は、浩歌して我れが来ることを望んでおり、玉樹の枝を攀じ、青天を翹望して、じっと待って居ることであろう。

堯舜之事不足驚、自余囂囂直可輕。 

堯舜禅譲は、後の王室の継承に良い事例となり、それは、少しも驚くに足らぬことであるが、とかく、俗人どもは、そうした、聖天子の崇高な禅譲に対しても、がやがややかましくちょっかいをだしていることなどは、直ちに輕んじて、聞き棄てにしてしまえば善い。

巨鰲莫戴三山去、我欲蓬萊頂上行。

聞けば、巨鰲は其の甲羅に三山を戴いて居るというが、そのまま、どこかへいって仕舞うとなると、ちょっと固まってしまうので、われは、今、その仙郷の蓬莱の頂上に向って飛んでゆこうと思っているのから、そこにいくまでの間、しばらく、一つところにとどまって居てほしいと思っている。

 

(仙を懷うの歌)

一鶴 東に飛んで 滄海を過ぐ,放心 散漫 知る何くにか在る?

仙人 浩歌して 我が來るを望む,應に攀玉樹を長く相い待つべし。

堯舜の事 驚くに足らず,自餘 囂囂 直ちに輕んず可し。

巨鰲 三山を載いて去る莫れ,我 蓬萊の頂上に行かんと欲す。

 

『懷仙歌』現代語訳と訳註解説
(
本文)

懷仙歌

一鶴東飛過滄海,放心散漫知何在?

仙人浩歌望我來,應攀玉樹長相待。

堯舜之事不足驚,自餘囂囂直可輕。

巨鰲莫載三山去,我欲蓬萊頂上行。

(下し文)
(仙を懷うの歌)

一鶴 東に飛んで 滄海を過ぐ,放心 散漫 知る何くにか在る?

仙人 浩歌して 我が來るを望む,應に攀玉樹を長く相い待つべし。

堯舜の事 驚くに足らず,自餘 囂囂 直ちに輕んず可し。

巨鰲 三山を載いて去る莫れ,我 蓬萊の頂上に行かんと欲す。

(現代語訳)
懷仙歌(仙人を懐って作った歌である)

一羽の鶴は、東に飛んで、滄海を過ぎ、北海中の島にむかう、しかし、翺翔自在であるがうえに、その放心散漫としているだけに、一つところに留まることはない。

仙人は、浩歌して我れが来ることを望んでおり、玉樹の枝を攀じ、青天を翹望して、じっと待って居ることであろう。

堯舜禅譲は、後の王室の継承に良い事例となり、それは、少しも驚くに足らぬことであるが、とかく、俗人どもは、そうした、聖天子の崇高な禅譲に対しても、がやがややかましくちょっかいをだしていることなどは、直ちに輕んじて、聞き棄てにしてしまえば善い。

聞けば、巨鰲は其の甲羅に三山を戴いて居るというが、そのまま、どこかへいって仕舞うとなると、ちょっと固まってしまうので、われは、今、その仙郷の蓬莱の頂上に向って飛んでゆこうと思っているのから、そこにいくまでの間、しばらく、一つところにとどまって居てほしいと思っている。


(訳注) 

懷仙歌

(仙人を懐って作った歌である)

1 歌 古題ではなく、新しい題で、詩の雰囲気は樂府に近いもの、いわば準樂府というべきものを李太白集“巻六、巻七”に集められた詩のカテゴリー『歌吟』とされたものを言う。語調になんとなく「旅情」をかんじさせるものはこの範疇に入っているようだ。

 

一鶴東飛過滄海,放心散漫知何在?

一羽の鶴は、東に飛んで、滄海を過ぎ、北海中の島にむかう、しかし、翺翔自在であるがうえに、その放心散漫としているだけに、一つところに留まることはない。

2 一鶴東飛 一鶴は自分のたとえである。長安追放で李白は東に向かったのである。蕭士贇は此の詩の解説をつぎのようにのべている。「太白、睠顧宗國、繫心君王、冀復進用之作也。」(太白、宗國を睠顧し、心は君王に繫け、復た進用されんことを冀【こいねが】うの作なり。)と。続いて、「一鶴 自、比仙人君、玉樹比爵位。時、肅宗、即位于靈武、明皇就遜位、時物議有非之者。太白豪俠曠達之士、亦曰 法堯禪舜自古有之、何足驚怪彼為是囂囂者不知古今直可輕也。」(一鶴は自ら、仙人は君に比し、玉樹は爵位に比す。時に、肅宗、靈武において即位し、明皇就いて位を遜り、時に物議 之を非とする者有り。太白は、豪俠 曠達の士なり、亦た曰く 堯の舜に禪るに法り、古えより之れ有り、何ぞ驚怪するに足らんや 彼 是れの為に囂囂たる者、古今を知らず、直ちに輕んず可きなり。

3 滄海 《十洲記》「滄海島在北海中、地方三千里、去岸二十一萬里、海四面、繞島、各廣五千里、水皆蒼色、仙人、謂之滄海也。」(滄海島は、北海中に在り、地方三千里、岸を去ること二十一萬里、海四面、島を繞る、各おの廣さ五千里、水 皆 蒼色なり、仙人、之を滄海と謂うなり。

 

仙人浩歌望我來,應攀玉樹長相待。

仙人は、浩歌して我れが来ることを望んでおり、玉樹の枝を攀じ、青天を翹望して、じっと待って居ることであろう。

4 浩歌 声高らかに歌うこと。《楚辭、九歌第二 (六)少司命》「望美人兮未來臨風怳兮浩歌。」(美人を望めどもいまだ来らず、風に臨んで怳として浩歌す。)唐杜甫《玉》「来藉草坐,浩歌泪盈把。」(憂え来って草を藉きて坐す 浩歌涙把に盈つ。) 玉華宮 ② 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 206

5 玉樹 《山海經》「崑崙之墟北有珠樹及玉樹玕琪樹。」(崑崙の墟は北に珠樹、及び玉樹、玕琪樹が有る。)王嘉《拾遺記》「崑崙山第六層有五色玉樹,蔭霸五百里。」(崑崙山、第六層、五色の玉樹り有,蔭霸 五百里なり。

 

堯舜之事不足驚,自餘囂囂直可輕。

堯舜禅譲は、後の王室の継承に良い事例となり、それは、少しも驚くに足らぬことであるが、とかく、俗人どもは、そうした、聖天子の崇高な禅譲に対しても、がやがややかましくちょっかいをだしていることなどは、直ちに輕んじて、聞き棄てにしてしまえば善い。

6 堯舜之事 『史記』に「孝子の名が高かった舜を民間から取り立て、やがて帝位を禅譲した。舜は禹以下の臣をよく用いて天下を治め、特に治水などの功績のすぐれた禹に、やはり帝位を禅譲した。」ことをいう。

7 囂囂 多くの人が口やかましく騒ぐさま。また、やかましく騒ぎ立てて収拾がつかないさま。「喧喧」「囂囂」はともに、やかましいさま。騒がしいさま。

 

巨鰲莫載三山去,我欲蓬萊頂上行。
聞けば、巨鰲は其の甲羅に三山を戴いて居るというが、そのまま、どこかへいって仕舞うとなると、ちょっと固まってしまうので、われは、今、その仙郷の蓬莱の頂上に向って飛んでゆこうと思っているのから、そこにいくまでの間、しばらく、一つところにとどまって居てほしいと思っている。

8 巨鰲 巨鰲はうみがめ。杜甫「兵氣回飛鳥,威聲沒巨鰲。」(兵気 飛鳥を回えす、威声 巨鰲を没せしむ。)安禄山が200㎏とも250㎏といわれおなかが床に付きそうなくらいに肥満であったという。それ以来、叛乱軍の魁(かしら)をたとえていう。巨鰲はよい喩えには使われない。

9 三山・蓬萊 古代において,海上にあると信じられた伝説上の3つの山。『史記』封禅書などによれば,蓬莱 (蓬莱山 ) ,方丈,瀛州 (えいしゅう) の三山をさし,山東省東北沿岸から渤海にかけて浮ぶ島と伝えられていたが,前2世紀頃になると,南に下って,現在の黄海の中にも想定されていたらしい。 

古風五十九首 第十八 李白

古風五十九首 第十八 李白110

古風 第十八であるが、古風での道教の詩としてはここまでである。はじめと終りとに栄華の無常をい、中ごろではそのはかない栄華に得々たる権力者たちを心憎いまでに描写して効果を深めてゐる。しかしこの無常感は、仏教のそれとは全く異なる老荘の説に基くものである。咸陽の市に黄犬を牽いた得意の時を過ぎて、刑場に就く李斯と対照されている鴟夷子は越王勾践の相だった范蠡(はんれい)であるが、李斯を以て当時の李林甫、楊国忠にたとえたものとすれば、呉を亡したのち髪を散らし、姓名を変じて斉に赴いた無欲の范蠡は李白の理想とする姿にほかならない。李白のもっとも言いたかったものではなかろうか

其十八
天津三月時、千門桃與李。』
洛陽の天津橋から見わたすと、時は春三月、千門たちならぶ都大路には、桃と李の花が今をさかりと咲いている。』
朝為斷腸花、暮逐東流水。』
朝には、真っ赤な花の咲き誇って人の心をゆきぶるような思いをさせるその花も、日の暮れには、天津橋下の春の水を迫って東に向って流れてゆく。』
前水復后水、古今相續流。
水は次から次へと、上流から下流へと流れていき、古と今も同じようにつづいてゆくのが「道」である。
新人非舊人、年年橋上游。
橋の上をとおる人達も、顔ぶれが違うものだ。毎年毎年、橋の上で人々の往来は続くのである。
雞鳴海色動、謁帝羅公侯。
鶏が鳴いて夜のとばりの明けそめるころ、朝の朝礼で天子に拝謁する公侯たちが居ならんだ。
月落西上陽、余輝半城樓。
月は西上陽宮に落ちかかり、残った光が城樓の半分を照らしていた。
衣冠照云日、朝下散皇州。』
やがて、朝廷の吏官の冠が日の彩雲に照らされてでてきた、朝延から自分の邸にひきあげているのは、光が帝都に散っていくようだ。』
鞍馬如飛龍、黃金絡馬頭。』
鞍をおいた馬は、飛ぶ竜のようであり、黄金の飾りが、馬の頭につけられている。』
行人皆辟易、志氣橫嵩丘。
道ゆく人びとは、みな辟易して路をよける。そのいきおいたるや向うにそびえる嵩山ぐらいもあるようだ。
入門上高堂、列鼎錯珍羞。
門から入ると、高堂のお座敷に上った、三本足の大食器がならべられ、珍しい御馳走がいろいろとりそろえていた。
香風引趙舞、清管隨齊謳。
かぐわしい風が、趙の国の舞姫の舞いをさそい出していた。清らかな笛の音が、斉の国の歌姫の歌に合わせて奏でていた。
七十紫鴛鴦、雙雙戲庭幽。』
七十羽の紫のつがいのおしどりたちは、それぞれつがいで、庭の茂みのおくにたわむれている。』
行樂爭晝夜、自言度千秋。
昼夜おかまいなく行楽をむさぼり、自分では千年もこうありつづけたいなどと言っている。 
功成身不退、自古多愆尤。
成功して引退しないでいると、むかしからまちがいが多いものだ。
黃犬空嘆息、綠珠成舋讎。
秦の李斯は黄犬を嘆いたが空しかったし、晋の石崇は緑珠を愛したばかりに恋仇のうらみをかって、仕打ちをされた。
何如鴟夷子、散發棹扁舟。』
かの氾蠡(はんれい)が鴟夷子と名乗って髪をかっさばき引退し、小舟に棹さして気ままに江湖にうかんだ境地こそ何よりだ。』


古風 其十八
洛陽の天津橋から見わたすと、時は春三月、千門たちならぶ都大路には、桃と李の花が今をさかりと咲いている。』
朝には、真っ赤な花の咲き誇って人の心をゆきぶるような思いをさせるその花も、日の暮れには、天津橋下の春の水を迫って東に向って流れてゆく。』
水は次から次へと、上流から下流へと流れていき、古と今も同じようにつづいてゆくのが「道」である。
橋の上をとおる人達も、顔ぶれが違うものだ。毎年毎年、橋の上で人々の往来は続くのである。
鶏が鳴いて夜のとばりの明けそめるころ、朝の朝礼で天子に拝謁する公侯たちが居ならんだ。
月は西上陽宮に落ちかかり、残った光が城樓の半分を照らしていた。
やがて、朝廷の吏官の冠が日の彩雲に照らされてでてきた、朝延から自分の邸にひきあげているのは、光が帝都に散っていくようだ。』
鞍をおいた馬は、飛ぶ竜のようであり、黄金の飾りが、馬の頭につけられている。』

道ゆく人びとは、みな辟易して路をよける。そのいきおいたるや向うにそびえる嵩山ぐらいもあるようだ。
門から入ると、高堂のお座敷に上った、三本足の大食器がならべられ、珍しい御馳走がいろいろとりそろえていた。
かぐわしい風が、趙の国の舞姫の舞いをさそい出していた。清らかな笛の音が、斉の国の歌姫の歌に合わせて奏でていた。
七十羽の紫のつがいのおしどりたちは、それぞれつがいで、庭の茂みのおくにたわむれている。』

昼夜おかまいなく行楽をむさぼり、自分では千年もこうありつづけたいなどと言っている。 
成功して引退しないでいると、むかしからまちがいが多いものだ。
秦の李斯は黄犬を嘆いたが空しかったし、晋の石崇は緑珠を愛したばかりに恋仇のうらみをかって、仕打ちをされた。
かの氾蠡(はんれい)が鴟夷子と名乗って髪をかっさばき引退し、小舟に棹さして気ままに江湖にうかんだ境地こそ何よりだ。



古風 其の十八

天津 三月の時、千門 桃と李と。』
朝には断腸の花と為り、碁には東流の水を逐う。』
前水 復た後水、古今 相競いで流る。
新人は 旧人に非ず、年年 橋上に遊ぶ。
鶏 鳴いて 海色動き、帝に謁して 公侯を羅ぬ。
月は西上陽に落ちて、余輝 城楼に半ばなり。
衣冠 雲日を照らし、朝より下りて 皇州に散ず。』
鞍馬 飛竜の如く、黄金 馬頭に給う。』
行人 皆辟易し、志気 嵩邸に横たわる。
門に入りて 高堂に上れば、鼎を列ねて 珍羞を錯う。
香風 超舞を引き、清管 斉謳に随う。
七十の 紫鴛意、双双として 庭幽に戯むる。』
行楽 昼夜を争い、自ずから言う 千秋を度ると。
功成りて 身退かざれば、古えより 慾尤多し。
黄犬 空しく嘆息、緑珠 費健を成す。
何ぞ加かんや 塊夷子が、撃を散じて 届舟に樟させるに。』



天津三月時、千門桃與李。』
洛陽の天津橋から見わたすと、時は春三月、千門たちならぶ都大路には、桃と李の花が今をさかりと咲いている。
天津 橋の名。唐の東のみやこ洛陽をめぐって洛水が流れ、その川にかかっている。初唐の詩人劉廷芝の「公子行」は、「天津橋下陽春の水、天津橋上兼葦の子」という詞句で始まっており、李白はその詩の出だしのイメージを借りている。参照。劉廷芝の詩は「怨詩」である。〇千門 宮殿には多くの門があり、迷路のように門戸が連続している。千門万戸という表現は李白の得意とするところ。


朝為斷腸花、暮逐東流水。』
朝には、真っ赤な花の咲き誇って人の心をゆきぶるような思いをさせるその花も、日の暮れには、天津橋下の春の水を迫って東に向って流れてゆく。
断腸花 真っ赤な花の咲き誇っているさまをいう。李白が断腸という語を使用するとき、女心、嫉妬、焦燥の気持ちを表す際に多い。李白「春思」「清平調詞其三」にある。○東流 東が下流で流れ去る、消えていくことをします。

前水復后水、古今相續流。
水は次から次へと、上流から下流へと流れていき、古と今も同じようにつづいてゆくのが「道」である。
前水復后水 水は次から次へと、上流から下流へと流れていくのが「道」理である。この聯と次の聯は道教の真理「道」についての表現である。


新人非舊人、年年橋上游。
橋の上をとおる人達も、顔ぶれが違うものだ。毎年毎年、橋の上で人々の往来は続くのである。
 往来すること。交流する。


雞鳴海色動、謁帝羅公侯。
鶏が鳴いて夜のとばりの明けそめるころ、朝の朝礼で天子に拝謁する公侯たちが居ならんだ。
海色 夜明け前のほのぐらい色。○謁帝 朝の朝礼。夜明けに集合。


月落西上陽、余輝半城樓。
月は西上陽宮に落ちかかり、残った光が城樓の半分を照らしていた。
○西上陽 洛陽の宮城の西南隅に上陽宮があり、さらにその西側に西上陽宮という宮殿があった。touRAKUYOjou0036
 唐時代 洛陽城図 参照
 
衣冠照云日、朝下散皇州。』
やがて、朝廷の吏官の冠が日の彩雲に照らされてでてきた、朝延から自分の邸にひきあげているのは、光が帝都に散っていくようだ。
衣冠 衣冠をつけた人。朝廷の吏官。○皇州 帝都のこと。


鞍馬如飛龍、黃金絡馬頭。』
鞍をおいた馬は、飛ぶ竜のようであり、黄金の飾りが、馬の頭につけられている。


行人皆辟易、志氣橫嵩丘。
道ゆく人びとは、みな辟易して路をよける。そのいきおいたるや向うにそびえる嵩山ぐらいもあるようだ。

嵩丘 洛陽の近くにある嵩山。道教の総寺観があった。

入門上高堂、列鼎錯珍羞。
門から入ると、高堂のお座敷に上った、三本足の大食器がならべられ、珍しい御馳走がいろいろとりそろえていた。
 足が三本ある一種の鍋。○珍羞 珍しい御馳走 


香風引趙舞、清管隨齊謳。
かぐわしい風が、趙の国の舞姫の舞いをさそい出していた。清らかな笛の音が、斉の国の歌姫の歌に合わせて奏でていた。


七十紫鴛鴦、雙雙戲庭幽。』
七十羽の紫のつがいのおしどりたちは、それぞれつがいで、庭の茂みのおくにたわむれている。
七十紫鴛鴦 楽府古辞(漢時代の民謡)の中に、「鴛鴦が七十二羽、二羽ずつつがいになって、きれいにならんでいる」という意味の詩句が見える。鴛おしどりのオス。鴦おしどりの雌。


行樂爭晝夜、自言度千秋。
昼夜おかまいなく行楽をむさぼり、自分では千年もこうありつづけたいなどと言っている。 


功成身不退、自古多愆尤。
成功して引退しないでいると、むかしからまちがいが多いものだ。
退 引退。范蠡は、斉で鴟夷子皮(しいしひ)と名前を変えて商売を行い、巨万の富を得た。そのあと引退し悠々自適の生活をした。〇愆尤 けんゆう あやまち。失敗。

黃犬空嘆息、綠珠成舋讎。
秦の李斯は黄犬を嘆いたが空しかったし、晋の石崇は緑珠を愛したばかりに恋仇のうらみをかってしうちをされた。
黃犬 このブログ 襄陽歌 李白49に示す。「咸陽市中歎黄犬、何如月下傾金罍。」咸陽の町のまん中で「黄色い犬をつれて免狩りしたかった」などと嘆いた秦の李斯のさいごを思うと、たとえ出世しなくとも、月の下で、黄金の杯を傾けているほうが、どれだけよいことか。 ・歎黄犬:李斯の故事をいう。〇綠珠 晋の石崇は、富を集め豪奪な生活をした人だが、綠珠という女を愛していた。彼女は美しく、色っぽく、上手に笛を吹いた。孫秀という男が人を遣わして綠珠をしつこく求めた。石崇は立腹して言った。緑珠はわたしの愛人だ、と。恨んだ孫秀は、超王倫に告げ口をして石崇を殺そうとした。綠珠は樓から身を投げて自殺し、崇の親兄妻子はみな穀書された。「晋書」にある話。○舋讎 仲たがいのあだ、うらみ。○ 讐と同じ。

何如鴟夷子、散發棹扁舟。』
かの氾蠡(はんれい)が鴟夷子と名乗って髪をかっさばき引退し、小舟に棹さして気ままに江湖にうかんだ境地こそ何よりだ。
鴟夷子 越王勾践は呉王夫差と戦って会稽山で和を請うた。その後二十年、嘗胆の苦しみを経て、氾蠡の助けを得て軍隊を訓練し、呉と戦って会稽の恥をそそいだ。越が呉を滅ぼすと、汚轟は越を去った。小舟に乗り、江湖に浮かび、姓名を変じて斉の国におもむき、怨夷子皮と名のった。鴎夷とは馬の革でつくった袋である。呉の功臣伍子背が呉王夫差に死を命ぜられた上、死体は線夷につつまれて揚子江に投げこまれた。泡轟は賢いから、自分もぐずぐずしていたら、そんな目にあっただろうという意味で、こういう皮肉な名前をつけたのである。○散髪 役人のかむる冠で髪を拘束しないこと。


<ウィキペディアから 抜粋>
范蠡(はんれい 生没年不詳)は、中国春秋時代の越の政治家、軍人。氏は范、諱は蠡、字は少伯。越王勾践に仕え、勾践を春秋五覇に数えられるまでに押し上げた最大の立役者。
范蠡は夫差の軍に一旦敗れた時に、夫差を堕落させるために絶世の美女施夷光(西施(せいし))を密かに送り込んでいた。思惑通り夫差は施夷光に溺れて傲慢になった。夫差を滅ぼした後、范蠡は施夷光を伴って斉へ逃げた。
 
越を脱出した范蠡は、斉で鴟夷子皮(しいしひ)と名前を変えて商売を行い、巨万の富を得た。范蠡の名を聞いた斉は范蠡を宰相にしたいと迎えに来るが、范蠡は名が上がり過ぎるのは不幸の元だと財産を全て他人に分け与えて去った。 斉を去った范蠡は、かつての曹の国都で、今は宋領となっている定陶(山東省陶県)に移り、陶朱公と名乗った。ここでも商売で大成功して、巨万の富を得た。老いてからは子供に店を譲って悠々自適の暮らしを送ったと言う。陶朱公の名前は後世、大商人の代名詞となった(陶朱の富の故事)。このことについては、史記の「貨殖列伝」に描かれている

「古風」 第九首 李白109

「古風」 第九首 李白109

 はじめに荘子の「斉物論」を引き、ついで秦の東陵侯邵平をと引き合いに出し、損得勘定にあくせくする俗人に対して夢を持つことを述べている。


古風 其九
莊周夢胡蝶。 胡蝶為庄周。
荘周はあるとき蝴蝶になった夢をみた、さめてみると蝴蝶がまた荘周となっていた。
一體更變易。 萬事良悠悠。
万物は本来一体であるものが、交互に姿をかえるだけなのだ。万事はまことに、はてしなく運動してゆくのである
乃知蓬萊水。 復作清淺流。
このことはすなわち、仙人の島の蓬莱山を浮かべている東海の水が、またもや清く浅い流れになろうとすることも理解できる。
青門種瓜人。 舊日東陵侯。
長安の青城門の郊外で瓜を作っている人は、昔は位の高い東陵侯という人であった。
富貴故如此。 營營何所求。

富んでいて尊敬できる人というものは、このように位が高い人なのに同じように瓜を作っている。あくせくして損得勘定だけの行動をするなんて愚かなことか。


荘周はあるとき蝴蝶になった夢をみた、さめてみると蝴蝶がまた荘周となっていた。
万物は本来一体であるものが、交互に姿をかえるだけなのだ。万事はまことに、はてしなく運動してゆくのである
このことはすなわち、仙人の島の蓬莱山を浮かべている東海の水が、またもや清く浅い流れになろうとすることも理解できる。
長安の青城門の郊外で瓜を作っている人は、昔は位の高い東陵侯という人であった。
富んでいて尊敬できる人というものは、このように位が高い人なのに同じように瓜を作っている。あくせくして損得勘定だけの行動をするなんて愚かなことか。


(書き下し文)
荘周胡蝶を夢み
胡蝶は荘周となる。
一体たがひに変易し
万事まことに悠悠たり。
すなはち知る蓬莱の水の
また清浅の流れとなるを。
青門に瓜を種うるの人は
旧日の東陵侯なり。
富貴はもとよりかくのごとし
営々なんの求むるところぞ。 


莊周夢蝴蝶。 蝴蝶為庄周。
荘周はあるとき蝴蝶になった夢をみた、さめてみると蝴蝶がまた荘周となっていた。
荘周 紀元前四世紀の人。いまの河南省に生れた。哲学者。「荘子」の著者。○夢蝴蝶 「荘子」の「斉物論」篇に見える話。あるとき荘周が夢のなかで蝴蝶になった。ひらひらと空を舞う蝴蝶。かれはすっかりいい気持になり、自分が荘周であることをわすれてしまった。ところが、ふと目がさめてみると、まぎれもなく、荘周にかえっている。かれは考えた。荘周が夢をみて蝴蝶となったのか、それとも、蝴蝶が夢をみて荘周になっているのだろうか。荘周と蝴蝶とは、はっきりと区別される。すると、これは「物の変化」ということであろうか。つまり、荘子は、人間と蝴蝶、夢と現実を区別する常識的な分別を問題にせず、渾沌とした世界の中で自由にたのしむことをよしと考えたのである。


一體更變易。 萬事良悠悠
万物は本来一体であるものが、交互に姿をかえるだけなのだ。万事はまことに、はてしなく運動してゆくのである
一体更変易 万物は本来一つであるということを明らかにするのが、荘子の斉物論である。世の中のあらゆる現象は、もともと一体であるものが、いろいろに姿をかえているのである。○悠悠 無限に運動するさま。

乃知蓬萊水。 復作清淺流。
このことはすなわち、仙人の島の蓬莱山を浮かべている東海の水が、またもや清く浅い流れになろうとすることも理解できる。
蓬莱水 蓬莱というのは、東海の中にあるといわれる仙人の島。麻姑という女の仙人が言った。「東の海が三遍干上って桑畑にかわったのを見たが、先ごろ蓬莱島に行ってみると、水が以前の半分の浅さになってしまっている。またもや陸地になるのだろうか。」王遠という者が嘆いて言った。「聖人はみな言っている、海の中もゆくゆくは砂塵をまきあげるのだと。」「神仙伝」に見える話。

青門種瓜人。 舊日東陵侯。
長安の青城門の郊外で瓜を作っている人は、昔は位の高い東陵侯という人であった。
青門 長安城の東がわ、南から数えた第一の門を新開門という。青い色であったから通称を青城門、または青門といった。下図 曲江の東にある門
mapchina00201長安城の図 東南側は陵墓と瓜畑が広がっていた。
種瓜人 広陵の人、邵平は、秦の時代に東陵侯であったが、秦が漢に破れると、平民となり、青門の門外で瓜畑を経営した。瓜はおいしく、当時の人びとはこれを東陵の瓜 押とよんだ。

富貴故如此。 營營何所求。
富んでいて尊敬できる人というものは、このように位が高い人なのに同じように瓜を作っている。あくせくして損得勘定だけの行動をするなんて愚かなことか。
富貴 ふうき 富んでいて尊いこと。富んでいて尊敬できる人。○営営 あくせくとはたらいて利益を追求すること。損得勘定により行動をすること。


<参考>
荘周 「夢蝴蝶」
以前のこと、わたし荘周は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた。 自分でも楽しくて心ゆくばかりにひらひらと舞っていた。荘周であることは全く念頭になかった。はっと目が覚めると、これはしたり、荘周ではないか。 ところで、荘周である私が夢の中で胡蝶となったのか、自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか、いずれが本当か私にはわからない。 荘周と胡蝶とには確かに、形の上では区別があるはずだ。しかし主体としての自分には変わりは無く、これが物の変化というものである。
<原文>
 昔者荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。
自喩適志与。不知周也。
俄然覚、則蘧蘧然周也。
 不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。
周与胡蝶、則必有分矣。
此之謂物化。
<書き下し文>
 昔者荘周夢に胡蝶と為る。栩栩然として胡蝶なり。 自ら喩しみて志に適えるかな。周たるを知らざるなり。 俄然として覚むれば、則ち蘧々然として周なり。 知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを。 周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。此を之れ物化と謂う。

古風五十九首 其七 李白 108/350

古風五十九首 其七 李白108/350


古風五十九首 其七
客有鶴上仙、飛飛凌太清。
鶴の背にのった仙人が、大空を飛びまわって大酒境まで行こうとしている。
揚言碧雲裏、自道安期名。
あおい雲のなかから名のりをあげて、われこそは安期生であると言った。
兩兩白玉童。雙吹紫鸞笙。
左右に、白玉のように美しいお顔の童子う従えて、ともに紫檀で鷲のかたちの笙を奏でている。
去影忽不見、囘風迭天聾。
ところがたちまち、姿は見えなくなり、向かい風吹き天上の音楽だけを送ってきた。
拳首遠望之、諷然若流星。
首をのばして遠くを望むと、聞こえてきた天上の調が、流れ星のようにきえていった。
願餐金光草、詩興天斉傾。
わたしの願いは、仙人草を食べることであり、生命は天とならび帰服することにある。

鶴の背にのった仙人が、大空を飛びまわって大酒境まで行こうとしている。
あおい雲のなかから名のりをあげて、われこそは安期生であると言った。
左右に、白玉のように美しいお顔の童子う従えて、ともに紫檀で鷲のかたちの笙を奏でている。
ところがたちまち、姿は見えなくなり、向かい風吹き天上の音楽だけを送ってきた。
首をのばして遠くを望むと、聞こえてきた天上の調が、流れ星のようにきえていった。
わたしの願いは、仙人草を食べることであり、生命は天とならび帰服することにある。


(下し文)古風 其の七
客に鶴上の仙有り、飛び飛んで 太清を凌ぐ
言を揚ぐ 碧雲の裏、自ずから道う 安期が名。
両両たり 白玉の童、双び吹く 紫鸞の笙
去影 忽ちに見えず、回風 天声を送る
首を挙げて 遠く之を望めば、諷然として 流星の若し
願わくは金光の草を餐し、寿 天と斉しく傾かん


客有鶴上仙、飛飛凌太清。
鶴の背にのった仙人が、大空を飛びまわって大酒境まで行こうとしている。
凌 のりこえる。○太清 天上にある世界。道家でいわゆる三清の一つ。聖人は玉清に登り、真人は上清に登り、仙人は太滑に登るという。 李白の詩は、道教の説明をきちんと入れなければいけない。
三清(さんちん):
最高神である上合虚道君応号元始天尊、右に霊宝天尊、左に道徳天尊(太上老君)を配した3神のことである。
三清境に住み、玉清には元始天尊が、上清には霊宝天尊が、太清には太上老君がそれぞれ宮殿を構えていると言われている。6世紀以降、それまで最高神として扱われていた道家の創始者・太上老君を三身一体の一部として組み入れ、元始天尊をリーダーとして道教の最高神として祭られるようになった。
元始天尊 三清の中央に位置する神。三清界の玉京(玉清)という場所に住むという。上合虚道君応号元始天尊 玉清元始天尊、玉清とも呼ぶ。道と万物の創造神であると言われ、道士の信仰が熱い。
霊宝天尊 別名太上道君。三清界の上清境に住むので上清、上清天尊とも呼ばれる。
太上老君 別名道徳天尊。三清の1人で道家の創始者。三清境の太清に宮殿を構えることから太清とも呼ばれる。
 
揚言碧雲裏、自道安期名。
あおい雲のなかから名のりをあげて、われこそは安期生であると言った。
揚言 名乗りを上げる。○碧雲 青雲。李白は青い色にこの文字を多用する。好きな文字なのであろう。○安期 仙人の名。安期宅秦の墳邪の人で、学問を河上文人に受け、東海のほとりで薬を売っていた。当時の人は千歳公と呼んだ。始皇帝が山東に遊んだとき、三旦二晩ともに語った。金崗数千万を賜わったが、みな置いたまま立去り、「数十年のちに、われを蓬莱山のふもとにたずねよ」という置手紙をのこした。始皇はかれを海上にさがさせたが、使者は風波にあい引返した。漢の武帝の時、李少君という者が帝に報告した。「臣がかつて海上に遊んだとき、安期生を見た。かれは瓜のように大きいナツメを臣に食わせた、云云」武帝もまた、方士を海に派遣して安期生をさがさせたという。「列仙伝」や「史記」『三国志』「魏書」に登場する話。

兩兩白玉童。雙吹紫鸞笙。
左右に、白玉のように美しいお顔の童子う従えて、ともに紫檀で鷲のかたちの笙を奏でている。
白玉童 白玉のような清らかな顔の童子。○紫鸞笙 王子喬という仙人は笙の名手であったが、かれの笙は紫檀で鳳翼にかたどって製ってあった。鸞は、鳳風の一種。
 
去影忽不見、囘風迭天聾。
ところがたちまち、姿は見えなくなり、向かい風吹き天上の音楽だけを送ってきた。
囘風 向かい風。上句の「去」の対語としての「囘」は帰ることで天からこちらへ送ってくれた調べとなる。回風はつむじ風。○天声 天上の音楽。
 
拳首遠望之、諷然若流星。
首をのばして遠くを望むと、聞こえてきた天上の調が、流れ星のようにきえていった。
 そらんじる。天上の音楽のこと。  ○然若 しかり・・・・ごとく

願餐金光草、壽興天斉傾。
わたしの願いは、仙人草を食べることであり、生命は天とならび帰服することにある。
金光草 仙人草。 
senninso01日本ではよく見かける。
 ○ せい齊 ととのえる。ならべる。 ・さい齋つつしむ。神仏へのそなえもの。学問をするところ。
 心を傾ける。帰服する。

古風五十九首 其五 李白

古風五十九首 其五 李白 107

古風五十九首 其五
太白何蒼蒼、星辰上森列。
太白山は、なんとおごそかなあお色をしているのだ。多くの星、きらめく星たちは上に、いかめしくにならんでいる。
去天三百里、邈爾與世絕。
天上から山頂まで、わずかに三百里。はるか遠くにあり、俗世間からとは遮断されている。
中有綠髪翁、披云臥松雪。
その山中に緑の髪の翁がいる。雲を着物とし、松に積もる雪を枕にして寝ている。 
不笑亦不語、冥棲在岩穴。
笑わないし、語りもしない、ひっそりと雲を湧かせる洞窟の中に棲んでいるのだ。
我來逢真人、長跪問寶訣。
わたしは道教の教義・奥義を探求し、修練を積んだその人に会いに来た、長く両ひざをついてお辞儀をして、悟りと奥義についてたずねた。
粲然啟玉齒、授以煉藥說。
にこやかに笑をうかべ、玉のような歯なみをみせて、仙薬の作り方を教えてくれた。
銘骨傳其語、竦身已電滅。
骨の髄にまでこの言葉をおぼえこもうとしていたら、突然、翁は身をすくめてしまったと思うと、電撃のようにきえ去っていた。
仰望不可及、蒼然五情熱。
あわてて振り仰ぎ眺めまわしたが、およびもつかないのである。すると春の草木が萌えいでるように喜、怒、哀、楽、怨のあらゆる感情が胸をたぎらせてきたのだ。
吾將營丹砂、永與世人別。
わたしは今後、丹砂をつくることにし、永久に世間の人に別れをつげることにしたのだ。

太白山は、なんとおごそかなあお色をしているのだ。多くの星、きらめく星たちは上に、いかめしくにならんでいる。
天上から山頂まで、わずかに三百里。はるか遠くにあり、俗世間からとは遮断されている。
その山中に緑の髪の翁がいる。雲を着物とし、松に積もる雪を枕にして寝ている。 
笑わないし、語りもしない、ひっそりと雲を湧かせる洞窟の中に棲んでいるのだ。
わたしは道教の教義・奥義を探求し、修練を積んだその人に会いに来た、長く両ひざをついてお辞儀をして、悟りと奥義についてたずねた。
にこやかに笑をうかべ、玉のような歯なみをみせて、仙薬の作り方を教えてくれた。
骨の髄にまでこの言葉をおぼえこもうとしていたら、突然、翁は身をすくめてしまったと思うと、電撃のようにきえ去っていた。
あわてて振り仰ぎ眺めまわしたが、およびもつかないのである。すると春の草木が萌えいでるように喜、怒、哀、楽、怨のあらゆる感情が胸をたぎらせてきたのだ。
わたしは今後、丹砂をつくることにし、永久に世間の人に別れをつげることにしたのだ。


(下し文)
太白 何んぞ蒼蒼たる、星辰 上に森列す。
天を去る 三百里、邈爾として世と絕つ。
中に綠髪の翁有り、雲をかぶりて松雪に臥す。
笑わず 亦 語らず、冥棲 岩穴にあり。
我來って 真人に逢い、長跪して寶訣を問う。
粲然として 玉齒を啟き、授くるに煉藥の說を以てす。
骨に銘じて其語を傳うるに、身を竦めて已に電の滅ゆ。
仰て 望むも及ぶべからず、蒼然として五情 熱す。
吾 將に 丹砂を營み、永く世人と別れんとす。

太白何蒼蒼、星辰上森列。
太白山は、なんとおごそかなあお色をしているのだ。多くの星、きらめく星たちは上に、いかめしくにならんでいる。 
太白 長安の西方80kmにある3767m、陝西省武功県、の南にある山の名。標高もあり、山頂には年中積雪がある。○蒼蒼 山があおあおとしている、そのようす。○星辰 星も辰も、ほし。○森列 いかめしくならぶ。

去天三百里、邈爾與世絕。
天上から山頂まで、わずかに三百里。はるか遠くにあり、俗世間からとは遮断されている。
去天三百里 「武功の太白、天を去ること三百里」という言いつたえがある。○邈爾 ばくじ はるか遠くにあること。

中有綠髪翁、披云臥松雪。
その山中に緑の髪の翁がいる。雲を着物とし、松に積もる雪を枕にして寝ている。 
 着物としてきる。 ○云 雲。云は古来文字。

不笑亦不語、冥棲在岩穴。
笑わないし、語りもしない、ひっそりと雲を湧かせる洞窟の中に棲んでいるのだ。
冥棲 ひっそりとしたところに棲む。
 

我來逢真人、長跪問寶訣。
わたしは道教の教義・奥義を探求し、修練を積んだその人に会いに来た、長く両ひざをついてお辞儀をして、悟りと奥義についてたずねた。
真人 道教の教義・奥義を探求し、修練を積んだ人。○長跪 ちょうき 長く両ひざをついてお辞儀をする姿勢をとること。○寶訣 ほうけつ 修行をして体得した悟りとか奥義。

粲然啟玉齒、授以煉藥說。
にこやかに笑をうかべ、玉のような歯なみをみせて、仙薬の作り方を教えてくれた。
粲然 にこやかに笑うさま。あざやかなさま。○煉藥 仙薬を練ること。丹砂:水銀と硫黄の化合した赤色の土を何回もねり上げると金丹:黄金となり、それを飲むと仙人になれるという。覚醒状態にさせる薬。


銘骨傳其語、竦身已電滅。
骨の髄にまでこの言葉をおぼえこもうとしていたら、突然、翁は身をすくめてしまったと思うと、電撃のようにきえ去っていた。
竦身已電滅 仙人は、上はよく身を雲霄にそばだて、下はよく形を川海にひそめる、という。

仰望不可及、蒼然五情熱。
あわてて振り仰ぎ眺めまわしたが、およびもつかないのである。すると春の草木が萌えいでるように喜、怒、哀、楽、怨のあらゆる感情が胸をたぎらせてきたのだ。
蒼然 春の草木が萌え出るさま。〇五情 喜び・怒。・哀しみ・楽しみ・怨みの五つの感情。

吾將營丹砂、永與世人別。
わたしは今後、丹砂をつくることにし、永久に世間の人に別れをつげることにしたのだ。

五嶽 中国の五つの名山。東嶽(泰山1024m・山東省)南嶽(衡山1290m・湖南省)西嶽(華山2160m・陝西省)北嶽(恒山2017m・山西省)中嶽(嵩山1440m・河南省)


太白山 3767m 五嶽より圧倒的に高い。古来、五嶽を基本のして地方を9つに分けて考えられていた世界観からすれば太白山はその世界を外れた天に続く山とされていたのだろう。  


登太白峯  李白 20
西上太白峯、夕陽窮登攀。
太白与我語、為我開天関。
願乗泠風去、直出浮雲間。
挙手可近月、前行若無山。
一別武功去、何時復更還。
西方登は太白峰、夕陽は山擧に窮めた。
太白星は我に語りかけ、私のために天空の門を開いた。
爽やかな風に乗り、すぐにも出たい雲のあいだを。
手を挙げれば月に近づき、前にすすめば遮るものも無いかのように。
ひとたび去る武功の地、いつまた帰ってこられるのか。

古風五十九首 其三 李白

古風五十九首 其三 李白 106


  これまで約二十首連続で、酒に関する詩を取り上げてきた。それらの詩により、李白の考え方は次のようにまとめられる。
李白は、神仙となって長命を得ることは道を得る機会が増えることであり、奨励されると考えており、真理としての宇宙観には多様性があるとするのが道教の思想であると考えていた。食生活においてはとりわけ、酒飲むことを基本とし、この相乗効果として、さまざまな食物を得ることで均衡が取れ、長生きすると考えていた。


次に李白に人生の集大成とも思われる「古風」五十九首のうちで道教に関するものと思われるものを見ていこう。この詩は、神仙思想というものから見れば、始皇帝の行った数々のことはおろかなことである、神仙を愚弄したものであり、結果は、「金棺の寒灰を葬る。」と。


古風五十九首 其三
秦皇掃六合、虎視何雄哉。

秦の始皇帝は天下国家を一掃し平らげた、虎のような睨みは何と勇壮なことか。
揮劍決浮云、諸侯盡西來。
剣をふるって浮雲を切ると、天下の諸侯は一人のこらず西へ来て秦に降伏した。
明斷自天啟、大略駕群才。
英明なる決断力は天から啓示されたもので、大きな計画は多くの才士を凌駕した。(使いこなしていない)
收兵鑄金人、函谷正東開。
天下の兵や武器をあつめて鋳銅の大人形をつくり、函谷関も、東にむかって門戸を開いた。
銘功會稽嶺、騁望琅琊台。
南は会稽山の嶺にのぼって、自分の功績を石に刻み、東は琅邪台にのぼって、はるかに東方海上を眺めまわした。
刑徒七十萬、起土驪山隈。』
囚人七十万をつかって、驪山のふもとに土木工事をはじめた。(兵馬俑坑の建設)
尚采不死藥、茫然使心哀。
しかもなお、不死の仙薬を採ってこさせようとして、思うようにならず茫然と心をかなしませた。
連弩射海魚、長鯨正崔嵬。
海中に恐ろしい大魚がいて仙島へ行くじゃまをするというので、数十本の矢をつづけさまに発射できる石弓でそれを射たが、あらわれたクジラは岩山のような大きさであった。
額鼻象五嶽、揚波噴云雷。
額と鼻は五嶽のかたち(象)をしており、大波をかき揚げ、雲雷を噴きだした。
鬈鬣蔽青天、何由睹蓬萊。
ひれとひげは大空をもおおいかくししてしまう、これでどうして蓬莱などが見られるというのか
徐市載秦女、樓船幾時回。
徐市は秦の童女をのせて出かけたが、その楼船は何時帰って来るのだろう。
但見三泉下、金棺葬寒灰。
いまはただ、三泉の深い地の底で、こがねの棺につめたい灰が葬られているのを見るだけである。

秦の始皇帝は天下国家を一掃し平らげた、虎のような睨みは何と勇壮なことか。
剣をふるって浮雲を切ると、天下の諸侯は一人のこらず西へ来て秦に降伏した。
英明なる決断力は天から啓示されたもので、大きな計画は多くの才士を凌駕した。(使いこなしていない)
天下の兵や武器をあつめて鋳銅の大人形をつくり、函谷関も、東にむかって門戸を開いた。
南は会稽山の嶺にのぼって、自分の功績を石に刻み、東は琅邪台にのぼって、はるかに東方海上を眺めまわした。
囚人七十万をつかって、驪山のふもとに土木工事をはじめた。(兵馬俑坑の建設)
しかもなお、不死の仙薬を採ってこさせようとして、思うようにならず茫然と心をかなしませた。
海中に恐ろしい大魚がいて仙島へ行くじゃまをするというので、数十本の矢をつづけさまに発射できる石弓でそれを射たが、あらわれたクジラは岩山のような大きさであった。
額と鼻は五嶽のかたち(象)をしており、大波をかき揚げ、雲雷を噴きだした。
ひれとひげは大空をもおおいかくししてしまう、これでどうして蓬莱などが見られるというのか
徐市は秦の童女をのせて出かけたが、その楼船は何時帰って来るのだろう。
いまはただ、三泉の深い地の底で、こがねの棺につめたい灰が葬られているのを見るだけである。


(下し文)古風 其三
秦皇 六合を掃いて、虎視 何ぞ 雄なる哉。
劍を揮って 浮云を決れば、諸侯 盡く西に來る。
明斷 天より啟き、大略 群才を駕す。
兵を收めて 金人を鑄、函谷 正に東に開く。
功を銘す 會稽の嶺、望を騁ず 琅琊の台。
刑徒 七十萬、土を起す 驪山の隈。』

尚 不死の藥を采り、茫然として 心哀しましむ。
連弩 海魚を射、長鯨 正に崔嵬。
額鼻は五岳に象かたどり、波を揚げて云雷を噴はく。
鬈鬣きりょう 青天を蔽おおう、何に由りてか 蓬萊を睹みん。
徐市じょふつ 秦女を載す、樓船 幾時か回える。
但見る三泉の下、金棺 寒灰を葬ほうむるを。



古風五十九首 其三

秦皇掃六合、虎視何雄哉。

秦の始皇帝は天下国家を一掃し平らげた、虎のような睨みは何と勇壮なことか。
秦皇 秦の始皇帝。〇六合 天地と四方と。すなわち、宇宙。世界。天下国家。○虎視 猛虎がニラミをきかすこと。勢意の盛んで強いことのたとえ。

 
揮劍決浮云、諸侯盡西來。
剣をふるって浮雲を切ると、天下の諸侯は一人のこらず西へ来て秦に降伏した。
揮劍決浮雲 「荘子」に「天子の剣は、上は浮雲を決り、下は地紀(大地の根本)を断つ。」とあるのにもとづくもの。○諸侯尽西来 戦国時代の諸侯、すなわち斉・楚・燕・韓・魏・趙の六国の王たちは皆降伏して当時は一番西に位置したので(西のかた)秦に来た。中国初めての統一国家とされているが、実質的には隋王朝の国の体をなした国家、すなわち、律令国家体制こそが初めての統一国家といえるもののではなかろうか。

明斷自天啟、大略駕群才。
英明なる決断力は天から啓示されたもので、大きな計画は多くの才士を凌駕した。(人材をうまく使いこなしているわけではない)
明断 英明な決断力。○大略 大計画。


收兵鑄金人、函谷正東開。
天下の兵や武器をあつめて鋳銅の大人形をつくり、函谷関も、東にむかって門戸を開いた。 
収兵鋳金人 「史記」の始皇本紀の二十六年の条に「天下の兵(武器)を収めて咸陽に集め、これをとかして鐘鐻(しょうきょ:鐘や鼓をかける台)と金人(銅製の大人形)十二をつくり、重さはそれぞれ千石(一石は普通人がかつげる重さ)で、宮廷に置いた」とある。○函谷 秦の東境にある関所の名。いまの河南省の西端。秦は自然の要塞でもあるここを厳重守っていたが、六国を滅ぼして天下を統一したので「東に開」いたわけである。


銘功會稽嶺、騁望琅琊台。
南は会稽山の嶺にのぼって、自分の功績を石に刻み、東は琅邪台にのぼって、はるかに東方海上を眺めまわした。
銘功会稽嶺 「史記」の始皇本紀、三十七年に「会稽山(浙江省紹興)に登って大禹(夏の商王)を祭り、南海を望んで石を立て、文字を刻んで秦の徳をたたえた」とある。杭州が中国南部統治の要衝地であった。その象徴ともいえる山が会稽山である。地図上での南は海南方面であるが李白の時代唐時は交通手段が川・運河であったためこの地を南としていた。○騁望琅琊台 琅邪は琅琊とも、また琅邪とも書く。同じく始皇本紀、二十八年「南のかた琅邪山(山東省諸城県東南)に登って大いに楽しみ、滞留三か月、平民三万戸を琅邪山のふもとに移し、十二年間免税することにし、琅邪台を作って石を立て、秦の徳をたたえた」。この地が最東の要衝地であった。

刑徒七十萬、起土驪山隈。』
囚人七十万をつかって、驪山のふもとに土木工事をはじめた。(兵馬俑坑の建設)
刑徒七十万 同じく始皇本紀、三十五年「始皇は阿房宮を作った。東西五百歩つまり3,000尺・南北五十丈つまり500尺という。なお、メートル法に換算すると、乗数に諸説があるため東西600-800m・南北113-150mなどの幅がある。ウィキペディア中国語版では、693mと116.5mと記述されている。 二階建で上は万人を坐らすことができ、下は五丈の旗を建てることができた。殿外には柵木を立て、廊下を作り、これを周馳せしめ、南山にいたることができ、複道を作って阿房から渭水を渡り咸陽の宮殿に連結した。これは、天極星中の閣道なる星が天漢、すなわち天の川を渡って、営室星にいたるのにかたどったものである。その建築に任じた刑徒の数は70余万に昇った。なおも諸宮を造り、関中に300、関外に400余、咸陽付近100里内に建てた宮殿は270に達した。このために民家3万戸を驪邑に、5万戸を雲陽にそれぞれ移住せしめた。」。○驪山 いまの陝西省臨潼県の東南、つまり咸陽の東の郊外にある山。 

尚采不死藥、茫然使心哀。
しかもなお、不死の仙薬を採ってこさせようとして、思うようにならず茫然と心をかなしませた。
○尚採不死薬 「史記」始皇本紀三十二年「韓終・侯公・石生に仙人の不死の薬を求めさせた」。

連弩射海魚、長鯨正崔嵬。
海中に恐ろしい大魚がいて仙島へ行くじゃまをするというので、数十本の矢をつづけさまに発射できる石弓でそれを射たが、あらわれたクジラは岩山のような大きさであった。
連弩 数本ないし数十本の矢を連続して発射できるような仕掛の石弓。○海魚 大鮫。○連弩射海魚 始皇本紀、二十八年「斉の人、徐市らが上書して「海中に三つの神山があり、蓬莱・方丈・瀛洲と申して、仙人が住んでおります。斎戒して童男童女を連れ、仙人を探したいと思います」と言った。そこで徐市を派遣し、董男童女数千人を出して海上に仙人を求めさせた」。三十七年「方士の徐市らは、海上に神薬を求めて、数年になるが得られず、費用が多いだけだったので、罰せられることを恐れ、いつわって、「蓬莱では神薬を得られるのですが、いつも大鮫に苦しめられて、島に行くことができないのです。上手な射手を附けていただけば、現われたら連弩で射るのですが」と言った。……そこで海上に行く者に大魚を捕える道具を持たせ、大魚が出たら、始皇みずから連弩で射ようと、琅邪から労山・成山(いずれも山東省)まで行ったが、ついに現われなかった。之罘に行くと大魚が出たので、一魚を射殺した」。 〇崔嵬 高くて急な、石山の形容。

額鼻象五嶽、揚波噴云雷。
額と鼻は五嶽のかたち(象)をしており、大波をかき揚げ、雲雷を噴きだした。
五嶽 中国の五つの名山。東嶽(泰山・山東省)南嶽(衡山・湖南省)西嶽(華山・陝西省)北嶽(恒山・山西省)中嶽(嵩山・河南省)

鬈鬣蔽青天、何由睹蓬萊。
ひれとひげは大空をもおおいかくししてしまう、これでどうして蓬莱などが見られるというのか
鬈鬣 ひれとひげ。○蓬莱 海上にあるといわれる仙人の島。

徐市載秦女、樓船幾時回。
徐市は秦の童女をのせて出かけたが、その楼船は何時帰って来るのだろう。
徐市 じょふく(一+巾)秦の始皇帝をだましたイカサマ師。徐福ともいう。日本に来て住んだという。紀州にその墓がある。○楼船 二階づくりの屋形船。

但見三泉下、金棺葬寒灰。
いまはただ、三泉の深い地の底で、こがねの棺につめたい灰が葬られているのを見るだけである。
三泉 始皇本紀に「始皇を驪山に葬る。始皇帝が初めて帝位に即いた時、驪山のふもとに陵をつくるため穴を掘り、天下をあわせたのちは、天下の徒刑の罪人七十余万人をつかって三泉の下まで掘り、銅を以て下をふさぎ、外棺を入れた。塚の中に宮殿や百官の席をつくり、珍奇な器物をいっぱい入れた」とある。三泉とは、地下水の層を三つ掘りぬいた深い地底。○寒灰 つめたい灰。死骸は火葬しないが、次第に風化して灰になることをいう。


 この詩も、神仙を願うことに反対しているのではない。また始皇帝をひきあいにだして、玄宗を諷刺したというものでもなく、ただ神仙の道を求める資格が、なかったことをいっているのである。晩年の豪奢と強権、宦官に任せた始皇帝には、不老長寿を求める資格はない、たとえ徐市(徐福)に始皇帝を欺く意志があったとしてもである。


 ○韻 哉、來、才、開、台、隈、哀、嵬、雷、萊、回、灰。

 
毎日のkanbuniinkai紀頌之5大詩 案内
 
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝?・?信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場《李白全詩》
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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 
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●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩全1500首  LiveDoor秦州抒情詩集・紀行集成都草堂ロマン漂泊詩集杜甫総合案内
      
杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)&#160;杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首
杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首
 
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●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性LiveDoor中國の  女性詩人古詩源玉台新詠花間集全十巻
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毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻
魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔?6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻
      

春日獨酌二首 其二  李白 105

五言古詩
春日獨酌 二首 其二 105


春日獨酌 二首 其二
我有紫霞想、緬懷滄洲間。
私は老荘思想、神仙の思想を志している、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
且對一壺酒、澹然萬事閑。
その上に一壷の酒に対してするなら、何もこだわらず、物事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
橫琴倚高松、把酒望遠山。
琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。
長空去鳥沒、落日孤雲還。
大空に鳥は去り姿も見えなくなった、夕日は沈み、雲が流れて行った。
但恐光景晚、宿昔成秋顏。

ただ恐れるのは、景色は暮れていくものだし、 紅顔は、老顔に変ずることである。



私は老荘思想、神仙の思想を志している、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
その上に一壷の酒に対してするなら、何もこだわらず、物事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。
大空に鳥は去り姿も見えなくなった、夕日は沈み、雲が流れて行った。
ただ恐れるのは、景色は暮れていくものだし、 紅顔は、老顔に変ずることである。


其の二
我 紫霞想 有り、
緬(はるか)に 滄洲の間を懐(なつか)しむ。
且つ 一壷の酒に対し、澹然(たんぜん)として万事閑なり。 
琴を横たずさえて高松に倚り、酒を把って遠山を望む。
長空 鳥去って没し、 日落ち 雲孤り還る。
但だ恐る 光景 晩(くれ)、宿昔 秋顔を成すを。



我有紫霞想、緬懷滄洲間。
私は老荘思想、神仙の思想を志している、常々はるかさきの隠者の棲む滄洲を思っている。
紫霞想 老子をも示す。紫霞は仙人の宮殿を言う。この場合紫が老荘思想で、霞は神仙思想とする。 また紫は天子を示す。また。・ 遙かな。 ・滄州 河が湾曲して洲になっているところ。隠者の棲む場所。


且對一壺酒、澹然萬事閑。
その上に一壷の酒に対してするなら、何もこだわらず、物事に自然にふるまうほどの心静かなものである。
澹然 物事にこだわらない自然にふるまう道教の教え。


橫琴倚高松、把酒望遠山。
琴をたずさえて、高松の木に寄りかかり、 酒を把って遠山を眺めている。


長空去鳥沒、落日孤雲還。
大空に鳥は去り姿も見えなくなった、夕日は沈み、雲が流れて行った。


但恐光景晚、宿昔成秋顏。
ただ恐れるのは、景色は暮れていくものだし、 紅顔は、老顔に変ずることである。
光景 景色。ひかり。ありさま。  ・宿昔 以前。むかし。昔は紅顔であった。  ・秋顔 老顔。

春日獨酌二首 其一  李白 104

春日獨酌 二首  李白104
五言古詩  春日に独り酌む 二首
 

春日獨酌 二首 其一
東風扇淑氣、水木榮春暉。
東の風は おごそかな新たな気持ちを引き起こしてくれる、水や木は 春の暖かい陽光につつまれている。
白日照綠草、落花散且飛。
日中の輝く太陽は 緑の草を照らしている、落ちる花びらは 散り、そして、ひるがえる。
孤雲還空山、眾鳥各已歸。
ポツンとした雲は 人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。
彼物皆有托、吾生獨無依。
それらすべてのものは皆身を寄せるところがある、吾が生きるところ、独り身を寄せるところはない。
對此石上月、長醉歌芳菲。

このようなことに対し、石の上にのぼる月があり、ひたすら酔うことは草花のかんばしい香りを歌うことである。



東の風は おごそかな新たな気持ちを引き起こしてくれる、水や木は 春の暖かい陽光につつまれている。
日中の輝く太陽は 緑の草を照らしている、落ちる花びらは 散り、そして、ひるがえる。
ポツンとした雲は 人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。
それらすべてのものは皆身を寄せるところがある、吾が生きるところ、独り身を寄せるところはない。
このようなことに対し、石の上にのぼる月があり、ひたすら酔うことは草花のかんばしい香りを歌うことである。



 其の一
東風 淑気(しゅくき)を扇(あふ)ぎ、
水木 春暉に栄ゆ。
白日 緑草を照らし、
 落花 散じ且つ飛ぶ。
孤雲 空山に還り、
衆鳥 各(おのおの)已に帰る。
彼の物 皆 托する有るも、
 吾が生 独り依る無し。
此の石上の月に対し、
 長酔して芳菲に歌ふ。



東風扇淑氣、水木榮春暉。
東の風は おごそかな新たな気持ちを引き起こしてくれる、水や木は 春の暖かい陽光につつまれている。
東風 春風。○淑気 おごそかな気。○春暉 春の暖かい陽光。


白日照綠草、落花散且飛。
日中の輝く太陽は 緑の草を照らしている、落ちる花びらは 散り、そして、ひるがえる。


孤雲還空山、眾鳥各已歸。
ポツンとした雲は 人気ない山にかえっていく、あつまって鳴き騒いでいた鳥達も それぞれねぐらに帰った。
 雲は山奥の岩間、洞窟から生まれ帰っていく。○空山 隠者の住む山。人気のない山。 ○ 衆。


彼物皆有托、吾生獨無依。
それらすべてのものは皆身を寄せるところがある、吾が生きるところ、独り身を寄せるところはない。
 身を寄せる。


對此石上月、長醉歌芳菲。
このようなことに対し、石の上にのぼる月があり、ひたすら酔うことは草花のかんばしい香りを歌うことである。

芳菲 草花のかんばしい香り。春のことをいう。
 
○韻 氣、暉、飛、歸、依、菲。

待酒不至 李白 103

待酒不至 李白 103
五言律詩「酒を待てど至らず」


待酒不至
酒を待てど至らず
玉壺系青絲、沽酒來何遲。
きれいな酒壺は蓋を青絲で結わえている。世間で売っている酒が来るのが何と遅いことか。(お目当ての女性が酒を持ってくるのが遅い)
山花向我笑、正好銜杯時。
山花が私に微笑みかけるこの頃、まさにこのような時は酒を飲むのが一番だ。(女性の笑い顔には酒が一番良い)
晚酌東窗下、流鶯復在茲。
晩酌は月をみる東の窓辺がよく、その上鶯の鳴き声はますます趣きを加える。(東窗に対して、西の窓辺、閨があり、鶯は女性で潤いが増す)
春風與醉客、今日乃相宜。
春風と醉客とが、今日という日は酒を飲むのに合っている。
(女性に自分は全く相性が良い)

酒を待てど至らず
きれいな酒壺は蓋を青絲で結わえている。世間で売っている酒が来るのが何と遅いことか。(お目当ての女性が酒を持ってくるのが遅い)
山花が私に微笑みかけるこの頃、まさにこのような時は酒を飲むのが一番だ。(女性の笑い顔には酒が一番良い)
晩酌は月をみる東の窓辺がよく、その上鶯の鳴き声はますます趣きを加える。(東窗に対して、西の窓辺、閨があり、鶯は女性で潤いが増す)
春風と醉客とが、今日という日は酒を飲むのに合っている。
(女性に自分は全く相性が良い)


酒を待てど至らず
玉壺 青絲に繫ぎ、沽酒 何ぞ遲れて來る
山花 我に笑って向う、正に好む杯時銜ふくむを。
晩酌す 東窗の下、流鶯 復た茲に在り
春風 醉客にあたうる、今日乃ち相ひ宜し。


玉壺系青絲、沽酒來何遲。
きれいな酒壺は蓋を青絲で結わえている。世間で売っている酒が来るのが何と遅いことか。(お目当ての女性が酒を持ってくるのが遅い)
玉壺 丸い形の酒壺。輝く綺麗な人。○青絲 青い糸。細い柳の枝。李白「將進酒」では黒髪をきれいに整髪しているさま。○沽酒 世間で売られている酒。酒を買ってこいではない。仙界の高楼にいる李白は持ってこさせているのである。

山花向我笑、正好銜杯時。
山花が私に微笑みかけるこの頃、まさにこのような時は酒を飲むのが一番だ。(女性の笑い顔には酒が一番良い)
 くつわ。口にくわえる。


晚酌東窗下、流鶯復在茲。
晩酌は月をみる東の窓辺がよく、その上鶯の鳴き声はますます趣きを加える。
(東窗に対して、西の窓辺、閨があり、鶯は女性で潤いが増す)


春風與醉客、今日乃相宜。
春風と醉客とが、今日という日は酒を飲むのに合っている。
(女性に自分は全く相性が良い)


○韻 絲、遲、時、茲、宜。

 普通に読むと、「前半では買いにやらせた酒がなかなか来ないこということにいらだつさまが描かれ、後半では春風に吹かれながら心地よく酔う楽しみが語られている。」とされるが、玉、壺、花、笑、好、銜、窓、鶯、茲、春、相。すべて、女性を詠う際に使われる語である。儒教的な考えでこの詩を見ると酒の事しか歌っていないものが、悦楽も人生の大切な要件であるという見方からすれば、ありきたりの詩が、断然に違った世界を見せるのである。李白の詩の素晴らしさがここにあるといってもおかしくないのではないだろうか。 
 

友人會宿  李白 102 獨坐敬亭山

友人會宿  李白 102
五言古詩

友人會宿
友人と共に宿る。
滌蕩千古愁。 留連百壺飲。
千古の昔からの愁いを、洗い流すかのように、一緒に居すわって、百壷もの酒を飲みつづける。
良宵宜清談。 皓月未能寢。
こんなにすばらしい夜は、濁り酒飲んで昔からの清談するのがふさわしい。白く輝く月光のもと、まだとても寝る気にはなれないのだ。
醉來臥空山。 天地即衾枕。

すっかり酔っ払って、人気のない山中に寝そべれば、天と地がそのまま、布団と枕だ。


友人と共に宿る。
千古の昔からの愁いを、洗い流すかのように、一緒に居すわって、百壷もの酒を飲みつづける。
こんなにすばらしい夜は、濁り酒飲んで昔からの清談するのがふさわしい。白く輝く月光のもと、まだとても寝る気にはなれないのだ。
すっかり酔っ払って、人気のない山中に寝そべれば、天と地がそのまま、布団と枕だ。
miyajima 709330



友人會宿;友人と共に宿る。
○会宿 一緒に宿泊する。

滌蕩千古愁、留連百壺飲。
千古の昔からの愁いを、洗い流すかのように、一緒に居すわって、百壷もの酒を飲みつづける。
○滌蕩 洗い流す、洗いつくす。「滌」も「蕩」も、「洗う」の意。○千古 遠い昔からの。「万古」の類語。○留連 立ち去りかねるさま、捨て去りがたいさま。〇百壷飲 飲みほした酒壷の多いこと。

良宵宜清談、皓月未能寢。
こんなにすばらしい夜は、濁り酒飲んで昔からの清談するのがふさわしい。白く輝く月光のもと、まだとても寝る気にはなれないのだ
 夜。 ○清談 竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。  〇時月  白く輝く月。

醉來臥空山、天地即衾枕。
すっかり酔っ払って、人気のない山中に寝そべれば、天と地がそのまま、布団と枕だ。
衾枕  掛け布団と枕。寝具。


賢聖既已飲、何必求神仙。
賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。
賢聖 濁り酒と清酒 賢人と仙人 ○神仙 道教の教え



○韻字 - 飲、寝、枕。


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獨坐敬亭山 李白 
獨坐敬亭山
獨り 敬亭山に坐して
眾鳥高飛盡。 孤云獨去閑。
数多く集まっていた鳥が 空高く飛んで消えていく、ポツンと浮かんでいた雲も いつのまにか流れ去って閑けさが戻ってきた。
相看兩不厭。 只有敬亭山。

互いに看合っていて双方が厭きることがないものは、只そこにあるのは 敬亭山。

獨り 敬亭山に坐して
数多く集まっていた鳥が 空高く飛んで消えていく、ポツンと浮かんでいた雲も いつのまにか流れ去って閑けさが戻ってきた。
互いに看合っていて双方が厭きることがないものは、只そこにあるのは 敬亭山。
miyajima 697

(下し文) 獨り 敬亭山に坐す
眾鳥 高く飛んで盡き、孤云 獨り去って閑なり。
相 看て兩に厭ざるは、只 敬亭山 有るのみ。


○敬亭山 李白の敬愛した六朝詩人謝朓が宜城の太守だったときしばしばここで遊んでいる。それを意識してこの詩を詠っている。李白の足跡5
地図のc4にある安徽省宜城市の北北西5kmにある敬亭山。
 

○韻 閑、山。

月下獨酌四首 其四


月下獨酌四首 其四
窮愁千萬端,美酒三百杯。
思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
愁多酒雖少,酒傾愁不來。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない。
所以知酒聖,酒酣心自開。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
辭粟臥首陽,屡空飢顏回。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
當代不樂飲,虚名安用哉。
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。
蟹螯即金液,糟丘是蓬莱。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
且須飲美酒,乘月醉高臺。

ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。



思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。


其の四
窮愁きゅうしゅう千萬端美酒 三百杯
愁い多くして酒少なしと雖いえども、酒傾くれば愁ひは来たらず
所以ゆえに酒の聖なるを知り、酒酣たけなわにして心自ら開く
粟ぞくを辞して 首陽に臥し、屡しばしば空しくて顔回飢う
当代飲むを楽しまずんば、虚名安いずくんぞ用ひんや
蟹螯かいごうは即ち金液きんえき、糟丘そうきゅうは是れ蓬莱ほうらい
且しばらく須すべからく美酒を飲み、月に乗じて高台に酔ふべし


窮愁千萬端,美酒三百杯。
思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
窮愁 思うにまかせぬ愁いや哀しみ。「窮」は、物ごとが思いどおりにならず、行きづまること。政治的・社会的・経済的など、種々の面で用いられる。 ○ 心の緒。各種の心情のありかたを数える単位。量詞。


愁多酒雖少,酒傾愁不來。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない


所以知酒聖,酒酣心自開。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
○賢 濁り酒と清酒 賢人と仙人


辭粟臥首陽,屡空飢顏回。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
辞粟臥首陽 殿周革命の際、伯夷・叔斉の兄弟は、周の武王が殷の紂王を伐つのを諌めて聞かれず、暴力によって天下を奪った周の栗(穀物=俸禄)を受けることを辞退して、首陽山(一説に、河南省偃師県の西北)に隠れ、薇(野生の豆類)を採って食とし、ついに餓死した。(『史記』巻六十一「伯夷伝」)。○屡空 孔子の弟子の顔回は、「屡と空し(常に米櫃が空で経済的に困窮していた)」(『論語』先進)と孔子に評される貧困の中で、学を好み人格を磨いたが天折した。


當代不樂飲,虚名安用哉。
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。


蟹螯即金液,糟丘是蓬莱。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
蟹堅 カニのハサミ(の肉)。ここでは、晋の畢茂世の言葉が意識されていよう。「一手に蟹の贅を持ち、一手に酒の盃を持ち、酒池の中に拍浮げは、便ち一生を了うるに足らん」(『世説新語』「任誕、第二十三」 の二一)。○金液1道教で黄金から精製するという不老不死の仙薬。○糟丘 酒糟で作った丘。○蓬莱 東海の中にあると伝えられる不老不死の仙山。

且須飲美酒,乘月醉高臺。
ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。


*韻字 杯・来・開・回・哉・莱・台。




竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。

賢聖既已飲、何必求神仙。
賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。
○賢聖 濁り酒と清酒 賢人と仙人 ○神仙 道教の教え



  道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。
徳に李白は若い時ほど、神仙思想にあこがれ、いんとんせいかつにあこがれてきた。

李白 月下獨酌四首其三100 月下獨酌四首其四101

  月下獨酌四首其一、其の二は李白の自分自身の考え方生き方と酒を詠っている。今回の其三、其四は自分の考え生き方と酒それに対する、儒教の思想に対する批判を述べている。
 其一から其四まで通して読まないと李白の思想生き方と酒が一体化していること、儒教的な生き方を自分はしないということを酒を称賛することで述べているので深い理解ができないのである。多くの李白の詩を紹介していてもこのように手を抜かないで紹介しているものは少ないと思う。
 現在、この李白ブログ、李商隠、杜甫を連載していますがどれも手を抜かないで行く予定である。
 
「トイレの神様」を自作した歌手が紅白出場に際して、「自分の詩はカットして短くすることはできない」と言って他の歌手たちの倍くらいの時間をとった。その結果、多くの人にそれぞれ違う涙を誘うことできた。詩に、省略ということはろう。 月下獨酌四首は其一だけ、二だけとか一と四とか通常、である。このブログでは可能な限り、割愛をしないでいきたい。
 
月下獨酌四首 其三 
三月咸陽城,千花晝如錦。
春三月 長安の城下、 昼は千の花が色あざやかに咲き乱れる。
誰能春獨愁,對此徑須飲。
誰れもがこのすばらしい春に一人愁いに沈むだろうか、こんな  春に対してはすぐに杯をとって酒を飲もう。
窮通與修短,造化夙所稟。
人の世の貧窮と栄達、人の寿命の長短はあたえられたもの 万物創造の神から与えられた性質の定めるところではある。
一樽齊死生,萬事固難審。
一樽の酒は死ぬことも生きることも同じようにしてくれ、世のすべて事柄、難しい判断もそなえてくれる。
醉後失天地,兀然就孤枕。
酔ってしまったら、あとは天も地もあるはしない、なにも考えない無知な状態で一人枕について寝てしまう。
不知有吾身,此樂最為甚。

酔ってしまうと自分の存在も忘れてしまう。この楽土の境地こそが最もやろうとしていることなどだ。


春三月 長安の城下、 昼は千の花が色あざやかに咲き乱れる。
誰れもがこのすばらしい春に一人愁いに沈むだろうか、こんな  春に対してはすぐに杯をとって酒を飲もう。
人の世の貧窮と栄達、人の寿命の長短はあたえられたもの 万物創造の神から与えられた性質の定めるところではある。
一樽の酒は死ぬことも生きることも同じようにしてくれ、世のすべて事柄、難しい判断もそなえてくれる。
酔ってしまったら、あとは天も地もあるはしない、なにも考えない無知な状態で一人枕について寝てしまう。
酔ってしまうと自分の存在も忘れてしまう。この楽土の境地こそが最もやろうとしていることなどだ。 
  
其の三
三月 咸陽城、千花 昼 錦の如し
誰か能よく春 独り愁ふ、此に対して径ただちに須すべからく飲むべし
窮通きゅうつうと修短と、造化の夙つとに稟ひんする所
一樽 死生を斉ひとしく、万事 固もとより審つまびらかにし難し
酔ひし後 天地を失い、兀然ごつぜんとして孤り枕に就く
吾が身の有るを知らず、此の楽しみ 最も甚はなはだだしと為す



三月咸陽城,千花晝如錦。
春三月 長安の城下、 昼は千の花が色あざやかに咲き乱れる。
咸陽城 長安 ・春の長安は牡丹が咲き乱れる。韋荘「長安の春」中唐・・中唐・孟郊「登科後」
昔日齷齪不足誇、今朝放蕩思無涯。
春風得意馬蹄疾、一日看尽
長安花

の花は牡丹である。貴族の邸宅は、牡丹を植えていた。
春の花は梨花早春の花といえば梅、赤いといえば牡丹、白い花は、雪と対にして梨の花が詠われている。ここでは千花晝如錦(千花昼錦の如し)綿のようにとあるのは蘇東坡の「和孔密州五言絶句 東欄梨花」にある柳絮が加わる。
梨花淡白柳深靑,柳絮飛時花滿城。
惆悵東欄一株雪,人生看得幾淸明。

・柳絮〔りうじょ〕柳の花が咲いた後の風に舞う綿毛のある種子。風に従って動くものの譬喩。流離(さすら)うもの。政治的な節操もなく情況に流されて揺れ動く者 李白は遊子の自分のことを示しているということになる。
千花は梅、牡丹、梨の花、柳絮ということになる。

誰能春獨愁,對此徑須飲。
誰れもがこのすばらしい春に一人愁いに沈むだろうか、こんな  春に対してはすぐに杯をとって酒を飲もう。


窮通與修短,造化夙所稟。
人の世の貧窮と栄達、人の寿命の長短はあたえられたもの 万物創造の神から与えられた性質の定めるところではある。
窮通 窮達とおなじ。困窮と栄達。  ○修短 長短と同じ。長いことと短いこと。○ つとに。朝早くから仕事をする。○ 天から受けた性質。俸給のこと。

一樽齊死生,萬事固難審。
一樽の酒は死ぬことも生きることも同じようにしてくれ、世のすべて事柄、難しい判断もそなえてくれる。
 整える。並べる。ただしい。○ 強く固める。固くなる。そなえる。


醉後失天地,兀然就孤枕。
酔ってしまったら、あとは天も地もありはしない、なにも考えない無知な状態で一人枕について寝てしまう。
兀然 こつぜん 高くそびえたつ。ゆったりしないさま。無知なさま。


不知有吾身,此樂最為甚。
酔ってしまうと自分の存在も忘れてしまう。この楽土の境地こそが最もやろうとしていることなどだ。



○韻 綿、飲、稟、審、甚




月下獨酌四首 其四
窮愁千萬端,美酒三百杯。
思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
愁多酒雖少,酒傾愁不來。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない。
所以知酒聖,酒酣心自開。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
辭粟臥首陽,屡空飢顏回。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
當代不樂飲,虚名安用哉。
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。
蟹螯即金液,糟丘是蓬莱。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
且須飲美酒,乘月醉高臺。

ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。
 


思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。


其の四
窮愁きゅうしゅう千萬端美酒 三百杯
愁い多くして酒少なしと雖いえども、酒傾くれば愁ひは来たらず
所以ゆえに酒の聖なるを知り、酒酣たけなわにして心自ら開く
粟ぞくを辞して 首陽に臥し、屡しばしば空しくて顔回飢う
当代飲むを楽しまずんば、虚名安いずくんぞ用ひんや
蟹螯かいごうは即ち金液きんえき、糟丘そうきゅうは是れ蓬莱ほうらい
且しばらく須すべからく美酒を飲み、月に乗じて高台に酔ふべし


窮愁千萬端,美酒三百杯。
思うにまかせぬ愁いは、幾千万、美酒はわずかに、三百杯。
窮愁 思うにまかせぬ愁いや哀しみ。「窮」は、物ごとが思いどおりにならず、行きづまること。政治的・社会的・経済的など、種々の面で用いられる。 ○ 心の緒。各種の心情のありかたを数える単位。量詞。


愁多酒雖少,酒傾愁不來。
愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやって来ない


所以知酒聖,酒酣心自開。
だからこそ、酒の聖なる仙人への道の効用を知ることになり、、酒がまわれば、心はおのずと開けるのだ。
○賢 濁り酒と清酒 賢人と仙人


辭粟臥首陽,屡空飢顏回。
節義に殉じた伯夷・叔斉は、〝周の粟を辞退して″首陽山に隠棲した。学問に励んだ顔回は、〝屡と空しい″貧困のなかで常に飢えていた。(達成の前に挫折が先に来る)
辞粟臥首陽 殿周革命の際、伯夷・叔斉の兄弟は、周の武王が殷の紂王を伐つのを諌めて聞かれず、暴力によって天下を奪った周の栗(穀物=俸禄)を受けることを辞退して、首陽山(一説に、河南省偃師県の西北)に隠れ、薇(野生の豆類)を採って食とし、ついに餓死した。(『史記』巻六十一「伯夷伝」)。○屡空 孔子の弟子の顔回は、「屡と空し(常に米櫃が空で経済的に困窮していた)」(『論語』先進)と孔子に評される貧困の中で、学を好み人格を磨いたが天折した。


當代不樂飲,虚名安用哉。
 生きている今の世で飲酒を楽しみ大道につくことしらないでのまないとすれば、節義や学問など、そんな無理をしての絵空事は、何かの役に立つのか。


蟹螯即金液,糟丘是蓬莱。
 カニのハサミの肉こそは、不老不死の金液、酒糟の丘こそは、不老不死の蓬莱山。
蟹堅 カニのハサミ(の肉)。ここでは、晋の畢茂世の言葉が意識されていよう。「一手に蟹の贅を持ち、一手に酒の盃を持ち、酒池の中に拍浮げは、便ち一生を了うるに足らん」(『世説新語』「任誕、第二十三」 の二一)。○金液1道教で黄金から精製するという不老不死の仙薬。○糟丘 酒糟で作った丘。○蓬莱 東海の中にあると伝えられる不老不死の仙山。

且須飲美酒,乘月醉高臺。
ひとまずは存分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう。


*韻字 杯・来・開・回・哉・莱・台。




竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。

賢聖既已飲、何必求神仙。
賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。
○賢聖 濁り酒と清酒 賢人と仙人 ○神仙 道教の教え



  道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。
徳に李白は若い時ほど、神仙思想にあこがれ、いんとんせいかつにあこがれてきた。

李白 98 月下獨酌四首 其一  99 月下獨酌四首其二

744-006182_22.1-#1 月下獨酌四首其一(卷二三(二)頁一三三一)(從郁賢皓《謫仙詩豪李白》)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之

 

月下獨酌四首其一(ひとり月を見て酒を飲むときに、その感興を述べたものである。)その一

咲き誇る花々の間で一壺の酒を傍らに置いて、ひとりだけで飲み、誰も相手をしてくれる者がいないのだ。そうであっても今宵は、盃を挙げて、明月を迎える、すると、自分と月に加えて、三人目の影ができた。そうかといって月は、酒を飲むことを解してはいないし、影は、ただ私に従っているだけであり、せっかく三人になったけれど物足りない。

 

744-006

月下獨酌四首 其一(卷二三(二)頁一三三一)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7619

全唐詩巻182_-22.-1

李白集校注巻 23-006

767年大暦256  (11)

 

 

 

卷別

李白集校注

全唐詩

李太白集

卷二三(二)頁一三三一

  卷182_22  1

巻二二-6 

詩題

月下獨酌四首 其一

文體

五言古詩

 

 

詩序

 

 

 

作地點

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

及地點

0

0

交遊人物

 

交遊地點

 

 

 

744-006

月下獨酌四首 其一(卷二三(二)頁一三三一)

(ひとり月を見て酒を飲むときに、その感興を述べたものである。)その一

花間一壺酒,獨酌無相親。

咲き誇る花々の間で一壺の酒を傍らに置いて、ひとりだけで飲み、誰も相手をしてくれる者がいないのだ。

舉杯邀明月,對影成三人。

そうであっても今宵は、盃を挙げて、明月を迎える、すると、自分と月に加えて、三人目の影ができた。

月既不解飲,影徒隨我身。

そうかといって月は、酒を飲むことを解してはいないし、影は、ただ私に従っているだけであり、せっかく三人になったけれど物足りない。

暫伴月將影,行樂須及春。

しばらく、月と影を伴い、このようなのどかな春の日に乗じて、行楽をほしいままにしようと思うところである。

我歌月徘徊,我舞影零亂。

やがて、私は歌う、すると、月も併せて、徘徊する、私が舞えば、影も乱れ動き、どうやら興ありげに、わが興を助けるのである。

醒時同交歡,醉後各分散。

そうしていると、酔いも覚めてくるころには、各々が打ち澄まして、互いに喜びあっているが、また酔いが回ってきた後に、おのおの分散して、取り留めなくなるようで、これが実にきわめて面白く、かつ趣があるという事なのである。

永結無情遊,相期邈雲漢。

この三人は、世の中のつまらぬ情などとは無縁の面白い遊びの中から、氷の結びつきのように固く一体となるのであり、かつ、このはるかに広い星空の天上までも一緒にいたいと思うのである。

 

(月下獨酌 四首 其の一)

花間、一壺の酒,獨酌、相い親しむ無し。

杯を舉げて 明月を邀へ,影に對して 三人を成す。

月、既に飲を解せず,影、徒らに我が身に隨う。

#2

暫く月と影とを伴うて,行樂、須らく春に及ぶべし。

我歌えば、月、徘徊し,我舞えば、影、零亂す。

醒時、同じく交歡し,醉後、各の分散す。

永く無情の遊を結び,相期して雲漢たり。

 

月下獨酌四首其一

花間一壺酒,獨酌無相親。

舉杯邀明月,對影成三人。

月既不解飲,影徒隨我身。

 

暫伴月將影,行樂須及春。

我歌月徘徊,我舞影零亂。

醒時同交歡,醉後各分散。

永結無情遊,相期邈雲漢。

 

月下獨酌四首其二

天若不愛酒,酒星不在天。

地若不愛酒,地應無酒泉。

天地既愛酒,愛酒不愧天。

已聞清比聖,復道濁如賢。

賢聖既已飲,何必求神仙。

三杯通大道,一斗合自然。

但得酒中趣,勿為醒者傳。

 

 

月下獨酌四首其三

三月咸陽城,千花晝如錦。

〈上二句一作「好鳥吟清風,落花散如錦」;一作「園鳥語成歌,庭花笑如錦」〉

誰能春獨愁,對此徑須飲。

窮通與修短,造化夙所稟。

一樽齊死生,萬事固難審。

醉後失天地,兀然就孤枕。

不知有吾身,此樂最爲甚。

 

月下獨酌四首其四

窮愁千萬端,美酒三百杯。

愁多酒雖少,酒傾愁不來。

所以知酒聖,酒酣心自開。

辭粟臥首陽,屢空飢顏回。

當代不樂飲,虛名安用哉。

蟹螯即金液,糟丘是蓬萊。

且須飲美酒,乘月醉高臺。

 

李太白集校注(王琦)

  月下獨酌四首

花間一作下文/苑作前一壺酒、獨酌無相親。舉杯邀明月、對影成三人。

月既不解飲、影徒随我身。暫伴月将影、行樂須及春。

我歌月徘徊、我舞影零亂。醒時同交歡、醉後各分

永結無情遊、相期邈雲漢。文苑作/碧巖畔

  其二

天若不愛酒酒星不在天地若不愛酒地應無酒文苑/作醴

泉天地既愛酒愛酒不媿天巳聞清比聖復道濁如賢

賢聖既已飲何必求神仙三杯通大道一斗合自然但

得酒繆本/作醉中趣勿為醒者傳孔融與曹操論酒禁書天/垂酒星之耀地列酒泉之

郡晋書軒轅右角南三星曰酒旗酒官之旗也主宴享/酒食漢書酒泉郡武帝太初元年開應劭註其水若酒

故曰酒泉也顔師古註相傳俗云城下有金泉泉味如/酒藝文類聚魏畧曰太祖禁酒而人竊飲之故難言酒

以濁酒為賢人清酒為聖人晋書孟嘉好酣飲愈多不/亂桓温問嘉酒有何好而卿嗜之嘉曰公未得酒中趣

耳跡胡震亨曰此首乃馬子才詩也胡元瑞云近舉李/墨 為證詩可偽筆不可偽耶琦按馬子才乃宋元祐

中人而文苑英華已載/太白此詩胡説恐誤

  其三

三月咸陽城一作/千花晝如錦一作好鳥吟清風落花/如錦一作園鳥語

歌庭花/笑如錦誰能春獨愁對此徑須飲窮通與修短造化夙

所禀一樽齊死生萬事固難審醉後失天地兀然就孤

枕不知有吾身此樂最為甚梁元帝詩黄龍戍北花如/錦洛陽伽藍記春風扇

花樹如錦淮南子輕天下/細萬物齊死生同變化

  其四

窮愁千萬一作/有千端美酒三百一作/惟数杯愁多酒雖少酒傾

愁不來所以知酒聖一作/聖賢酒酣心自開辭粟卧首陽/

餓伯/屢空飢一作/顔回當代不樂飲虚名安用哉蟹螯

即金液糟丘是蓬萊且須飲美酒乘月醉髙臺晋書畢/卓嘗謂

人曰得酒滿数百斛船四時甘味置兩頭右手持酒杯註/左手持蟹螯拍浮酒船中便足了一生矣金液見五巻

糟丘見/七巻註

 

 

 

《月下獨酌四首 其一》現代語訳と訳註解説
(
本文)

月下獨酌四首 其一#2

暫伴月將影,行樂須及春。

我歌月徘徊,我舞影零亂。

醒時同交歡,醉後各分散。

永結無情遊,相期邈雲漢。


(下し文)
(月下獨酌 四首 其の一)#2

暫く月と影とを伴うて,行樂、須らく春に及ぶべし。

我歌えば、月、徘徊し,我舞えば、影、零亂す。

醒時、同じく交歡し,醉後、各の分散す。

永く無情の遊を結び,相期して雲漢たり。


(現代語訳)
(ひとり月を見て酒を飲むときに、その感興を述べたものである。)その一#2

しばらく、月と影を伴い、このようなのどかな春の日に乗じて、行楽をほしいままにしようと思うところである。

やがて、私は歌う、すると、月も併せて、徘徊する、私が舞えば、影も乱れ動き、どうやら興ありげに、わが興を助けるのである。

そうしていると、酔いも覚めてくるころには、各々が打ち澄まして、互いに喜びあっているが、また酔いが回ってきた後に、おのおの分散して、取り留めなくなるようで、これが実にきわめて面白く、かつ趣があるという事なのである。

この三人は、世の中のつまらぬ情などとは無縁の面白い遊びの中から、氷の結びつきのように固く一体となるのであり、かつ、このはるかに広い星空の天上までも一緒にいたいと思うのである。

 


(訳注と解説) 

月下獨酌四首 其一

(ひとり月を見て酒を飲むときに、その感興を述べたものである。)その一

1.【題義】 この詩は、ひとり月を見て酒を飲むときに、その感興を述べたものである。

 

花間一壺酒,獨酌無相親。

咲き誇る花々の間で一壺の酒を傍らに置いて、ひとりだけで飲み、誰も相手をしてくれる者がいないのだ。

2.無相親 この場において伴侶となるべき人がいないことを言う。

 

舉杯邀明月,對影成三人。

そうであっても今宵は、盃を挙げて、明月を迎える、すると、自分と月に加えて、三人目の影ができた。

3. 明月 旧暦八月十五日の月を明月という。曇りなく澄みわたった満月。また、名月。《季 秋》「―や無筆なれども酒は呑む/漱石」明月地に堕ちず白日度を失わず天体の運行は不変の法則によって営まれる。天運にさからうことはできないことをいう。

4. 三人 自分がいて、そこに月が出てくる、月を擬人化して二人目とし、やがて、月がのぼり、自分の影が人の形を成してきて三人目。

 

月既不解飲,影徒隨我身。

そうかといって月は、酒を飲むことを解してはいないし、影は、ただ私に従っているだけであり、せっかく三人になったけれど物足りない。

 

 

暫伴月將影,行樂須及春。

しばらく、月と影を伴い、このようなのどかな春の日に乗じて、行楽をほしいままにしようと思うところである。

5. 行樂 山野などに行って遊び楽しむこと。遊山(ゆさん)。寒食、清明節の時期に行う。

李白に《宮中行樂詞八首》がある。○宮中行楽詞 宮中における行楽の歌。李白は数え年で四十二歳から四十四歳まで、足かけ三年の間、宮廷詩人として玄宗に仕えた。この宮中行楽詞八首と、つぎの晴平調詞三首とは、李白の生涯における最も上り詰めた時期の作品である。唐代の逸話集である孟棨の「本事詩」には、次のような話がある。

 玄宗皇帝があるとき、宮中での行楽のおり、側近の高力士にむかって言った。「こんなに良い季節、うるわしい景色を前にしながら、単に歌手の歌をきいてたのしむだけでは物足りぬ。天才の詩人が来て、この行楽を詩にうたえば、後の世までも誇りかがやかすことであろう」と。そこで、李白が召されたのだ。李白はちょうど皇帝の兄の寧王にまねかれて酒をのみ、泥酔していたが、天子の前にまかり出ても、ぐったりとなっていた。玄宗は、この奔放な詩人に、律詩を十首つくるよう命じた。五言律詩は、対句が基本、最も定型的な詩形である。李白はあまり得意としない詩形であった。玄宗は知っていて、酔っているので命じたのである。そし二、三人の側近に命じて、李白を抱きおこさせ、墨をすらせ、筆にたっぷり警ふくませて李白に持たせ、朱の糸で罫をひいた絹幅を李白の前に張らせた。李白は筆とると、少しもためらわず、十篇の詩を、たちまち書きあげた。しかも、完璧なもので、筆跡もしっかりし、律詩の規則も整っていた。現在は八首のこっている。

宮中行樂詞八首其一  李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白142

 

我歌月徘徊,我舞影零亂。

やがて、私は歌う、すると、月も併せて、徘徊する、私が舞えば、影も乱れ動き、どうやら興ありげに、わが興を助けるのである。

6. 零亂 乱れ動く。

 

醒時同交歡,醉後各分散。

そうしていると、酔いも覚めてくるころには、各々が打ち澄まして、互いに喜びあっているが、また酔いが回ってきた後に、おのおの分散して、取り留めなくなるようで、これが実にきわめて面白く、かつ趣があるという事なのである。

7. 交歡・分散 酔いがさめると互いに喜びあい、酔いが回ると、それぞれが分散して取り留めなくなる。

 

永結無情遊,相期邈雲漢。

この三人は、世の中のつまらぬ情などとは無縁の面白い遊びの中から、氷の結びつきのように固く一体となるのであり、かつ、このはるかに広い星空の天上までも一緒にいたいと思うのである。

8. 無情遊 ここにある「無情」は精神や感情などの心の働きのないことという悪い意味ではなく、俗世界とは無縁、世俗の情思にとらわれることのないことを言う。

9. 雲漢 天の川と仙界。河漢 あまのがわ。天河・銀河・経河・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。杜甫『天河』。

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99 月下獨酌四首 其二

月下獨酌四首其二
天若不愛酒、酒星不在天。
天がもし酒を愛さないなら、「酒星」が天空にあるわけがない。
地若不愛酒、地應無酒泉。
地がもし酒を愛さないなら、地上に「酒泉」があるはずがない。
天地既愛酒、愛酒不愧天。

天も地も確かに酒を愛している。酒を愛することは天に恥ずべきことではないのだ。

已聞清比聖、復道濁如賢。

酒の清らかさは聖なるものと言われ、また、濁った酒は、賢(知性)のようだと言う。

賢聖既已飲、何必求神仙。

賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。

三杯通大道、一斗合自然。

三盃飲めば天師道の正しい道に入り、一斗飲めば神仙の自然に溶け込む。

但得酒中趣、勿為醒者傳。

ただ酒を飲むことはこれだけの趣がある、 もちろん酔わないで醒めた人に教えてやる必要などはない。
 
其の二

天がもし酒を愛さないなら、「酒星」が天空にあるわけがない。
地がもし酒を愛さないなら、地上に「酒泉」があるはずがない。

天も地も確かに酒を愛している。酒を愛することは天に恥ずべきことではないのだ。

酒の清らかさは聖なるものと言われ、また、濁った酒は、賢(知性)のようだと言う。

賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。

三盃飲めば天師道の正しい道に入り、一斗飲めば神仙の自然に溶け込む。

ただ酒を飲むことはこれだけの趣がある、 もちろん酔わないで醒めた人に教えてやる必要などはない。



其の二
天 若し酒を愛さざれば、酒星しゅせい 天に在らず
地 若し酒を愛さざれば、地 応まさに酒泉しゅせん無かるべし
天地 既に酒を愛す、 酒を愛するも 天に愧はじず。
已に聞く清は聖に比すと、 復た道いふ濁は賢の如しと。
賢聖 既すでに已すでに飲む、何ぞ必ず神仙を求めん
三杯 大道たいどうに通じ、 一斗 自然に合す。
但ただ酔中すいちゅうの趣を得んのみ、醒者せいしゃの為に伝ふること勿なかれ
 

天若不愛酒、酒星不在天
天がもし酒を愛さないなら、「酒星」が天空にあるわけがない。
酒星 酒が醗酵するのは壽星にある。天が酒を造ったという考え。


地若不愛酒、地應無酒泉。
地がもし酒を愛さないなら、地上に「酒泉」があるはずがない。
酒泉 酒にはいい湧き出る泉の水がないといけない。


天地既愛酒、愛酒不愧天。
天も地も確かに酒を愛している。酒を愛することは天に恥ずべきことではないのだ。
天地 万物を作りたもうた神仙。○愛酒 酒を愛することであるが、現実界の悦楽を得ることを含む。道教の教え。


已聞清比聖、復道濁如賢。
酒の清らかさは聖なるものと言われ、また、濁った酒は、賢(知性)のようだと言う。
○清、聖:濁、賢 竹林の七賢は濁り酒を飲んで清談をした、聖は清酒、仙人は清酒を飲んだ。


賢聖既已飲、何必求神仙。
賢人と仙人、濁り酒と清酒、 すでに私はそれを飲んでいる、どうしても神仙の教えをもとめよう酒を飲むために。
賢聖 濁り酒と清酒 賢人と仙人 ○神仙 道教の教え

三杯通大道、一斗合自然。
三盃飲めば天師道の正しい道に入り、一斗飲めば神仙の自然に溶け込む。
大道 道教の教え天師道 ○自然 道教の神仙説


但得酒中趣、勿為醒者傳。
ただ酒を飲むことはこれだけの趣がある、 もちろん酔わないで醒めた人に教えてやる必要などはない。
 酒を飲むにはこれだけの趣がある。 ○醒者 儒教者のことを指す。



道教は老荘思想に天師道、神仙説の融合したものであること、多くの要素から成立しているのであるから、その影響の仕方も様々であって、ある場合には老荘の説に基く純思想とする場合と、天師道の儀式のようなある意味愚民のたぶらかしとなる場合もある。
李白の場合にはこれらすべてが、彼の詩と生活とに根強い影響を与えているのである。この詩の中に道教を否定する、あるいは愚弄するかのような部分は儒教的な見方からのもので、李白は道教を否定はしていない。
李白は、詞と、酒と、自然が彼の生活の中で一体化しているのである。



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李白 97 把酒問月

李白 97 把酒問月


把酒問月、故人賈淳令余問之。
酒の入った盃を持って月に問いかける。 友人の賈淳の要請に応えて、質問の詩を作った。
靑天有月來幾時,我今停杯一問之。
青く澄みきった大空に月が現れてから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。わたしは杯を月に向かってとどめて、月にきいてみようとおもう。
人攀明月不可得,月行卻與人相隨。
人が明るくかがやく月をつかむことは不可能なことである、だけど月は、人が歩くと、どこまでも人についてきてくれる。
皎如飛鏡臨丹闕,綠煙滅盡淸輝發。
白く輝くその姿は、空を鏡が飛んで天上の赤い宮殿にさしかかったかのよう。緑色の靄がすっかり無くなってしまって、清らかな光が射している。
但見宵從海上來,寧知曉向雲閒沒。
ただ、夜になって海面から昇ってくるところは見ているが、夜明けなって、残月が雲間にしずんでいくところは興味ないものだ。
白兔搗藥秋復春,嫦娥孤棲與誰鄰。
白ウサギが秋からまた春になっても、ずうっと仙薬を臼でついて練っている。美しかった嫦娥は不死の仙薬を盗んで飲み、月に奔って、月で独りぼっち住んでいて、いったい誰と暮らすのか。
今人不見古時月,今月曾經照古人。
今生きている人は、昔の月をながめられないが。今見えている月は、かつて昔の人を照らしていたのだ。
古人今人若流水,共看明月皆如此。
昔の人今の人も、流れ去る川の流れのように移ろっていったが、皆が皆、同じ思いで明月を見ているのだ。
唯願當歌對酒時,月光長照金樽裏。

ただ、願わくは、歌をうたい、酒を飲んでいる時には、月光はいつも黄金の素晴らしい酒器を照らしてくれることを。




酒の入った盃を持って月に問いかける。 友人の賈淳の要請に応えて、質問の詩を作った。

青く澄みきった大空に月が現れてから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。わたしは杯を月に向かってとどめて、月にきいてみようとおもう。 
人が明るくかがやく月をつかむことは不可能なことである、だけど月は、人が歩くと、どこまでも人についてきてくれる。
白く輝くその姿は、空を鏡が飛んで天上の赤い宮殿にさしかかったかのよう。緑色の靄がすっかり無くなってしまって、清らかな光が射している。
ただ、夜になって海面から昇ってくるところは見ているが、夜明けなって、残月が雲間にしずんでいくところは興味ないものだ。
白ウサギが秋からまた春になっても、ずうっと仙薬を臼でついて練っている。美しかった嫦娥は不死の仙薬を盗んで飲み、月に奔って、月で独りぼっち住んでいて、いったい誰と暮らすのか。
今生きている人は、昔の月をながめられないが。今見えている月は、かつて昔の人を照らしていたのだ。
昔の人今の人も、流れ去る川の流れのように移ろっていったが、皆が皆、同じ思いで明月を見ているのだ。
ただ、願わくは、歌をうたい、酒を飲んでいる時には、月光はいつも黄金の素晴らしい酒器を照らしてくれることを。


(下し文)酒を把(と)りて 月に問う

                       
靑天 月 有り  來(こ)のかた 幾時 ぞ,我 今 杯を停(とど)めて ひとたび之に 問わん。
人 明月に 攀(よ)じんとするも 得(う)べからず,月行 卻って  人と 相 隨う。
皎(きょう)として 飛鏡の  丹闕(たんけつ)に臨むが如く,綠煙 滅び尽くして  清輝 發す。
但 見る 宵に海上より 來り,寧ぞ 知らん 曉に  雲閒に向ひて 沒するを。
白兔 藥を搗いて  秋 復(ま)た 春,嫦娥 ひとり棲み  誰と鄰りせん。
今人は 見ず 古時の月,今月は 曾經(かつ)て  古人を照らせり。
古人 今人  流水の若く,共に 明月を看る  皆 此(か)くの 如し。
唯 願う 歌に當たり  酒に對するの時,月光 長(とこし)えに  金樽の裏(うち)を照らさんことを。


把酒問月;故人賈淳令余問之
酒の入った盃を持って月に問いかける。 友人の賈淳の要請に応えて、質問の詩を作った。
 ・把酒 酒の入った盃を持つ。
李白87~すべて酒に関して詩である。李白 67 宣州謝朓樓餞別校書叔雲 
棄我去者、昨日之日不可留,亂我心者、今日之日多煩憂。
長風萬里送秋雁,對此可以酣高樓。
蓬莱文章建安骨,中間小謝又清發。
倶懷逸興壯思飛,欲上青天覽明月。
抽刀斷水水更流,舉杯銷愁愁更愁。
人生在世不稱意,明朝散髮弄扁舟。
でも酒杯をもって詠う。

青天有月来幾時、我今停杯一問之。
青く澄みきった大空に月が現れてから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。わたしは杯を月に向かってどめて、月にきいてみようとおもう。  
靑天 青空。大空。天。蒼天。人の運命をみつめる青空。大空。青天。 ・有月 月が現れて。・來:…から。…より。…このかた。時間的に続いていることを表す。 ・幾時 どれくらいの時間。 ・一問 すこし尋ねるが。一回、尋ねるがではない。漠然としているもの。

人攀明月不可得、月行卻與人相隨。
人が明るくかがやく月をつかむことは不可能なことである、だけど月は、人が歩くと、どこまでも人についてきてくれる。
 よじる。手の力でつかむこと。 ・明月 澄んだ月。 ・不可得 あり得ることではない、不可能だが。 ・行 月の運行。月の動き。 ・卻 反対に、(思い)とは逆に。かえって。 ・與 …と ・人 ひと、人間。月に対して使っている。 ・ …に。動作が対象に向かっていることをいう。・ ついていく。くっついていく。
李白 88 下終南山過斛斯山人宿置酒
暮從碧山下。 山月隨人歸。
日暮れに碧山から下ってくると、山の端からのぼってきた月も我々についてくる。

皎如飛鏡臨丹闕、綠煙滅盡淸輝發。
白く輝くその姿は、空を鏡が飛んで天上の赤い宮殿にさしかかったかのよう。緑色の靄がすっかり無くなってしまって、清らかな光が射している。
 ・皎 けう 白い。月光が白い。 ・飛鏡 大空を飛ぶ鏡で、月の形容として使われている。 ・丹闕 赤く色を塗った仙人の住む宮殿の門。宮居。 ・丹 あかい。仙人、天子を暗示するものである。 ・闕 宮城の門。・綠煙 緑色の靄。 ・滅盡 すっかり無くなってしまうこと。 ・淸輝 清らかな光。月光のこと。

但見宵從海上來、寧知曉向雲間沒。
ただ、夜になって海面から昇ってくるところは見ているが、夜明けなって、残月が雲間にしずんでいくところは興味ないものだ。 
但見 ただ…だけを見ているが(しかしながら)。「但見」は、逆接の意味が含まれる。 ・ よい。夜。 ・從 …より。 ・ ここでは昇ってくること。・寧 どうして…か。なんぞ。いずくんぞ。 ・ 夜明け。あかつき。 ・ …に。 ・雲閒 くもま。雲間。 ・ しずむ。

白兔搗藥秋復春、嫦娥孤棲與誰鄰。
白ウサギが秋からまた春になっても、ずうっと仙薬を臼でついて練っている。美しかった嫦娥は不死の仙薬を盗んで飲み、月に奔って、月で独りぼっちで住んでいて、いったい誰と暮らすのか。
白兔 白ウサギ。月に住むという。 ・搗藥 不老不死の薬をつく。晉の傅玄『擬天問』「月中何有?白兔搗藥」。等による。『搜神記』等で、羿の妻、嫦娥は、西王母からに与えた不死の仙薬を盗んで飲み、月に奔った、という伝説に因り、白ウサギ(玉兎)が不死の薬を搗いている。 ・秋復春 秋になって、(冬が過ぎて)、また、春になっても。長い間。ずうっと。・嫦娥の妻。1. 道教の影響 2. 芸妓について 3. 李商隠 12 嫦娥 参照  ・孤棲 ひとりだけで住んでいた。・與誰鄰 誰と隣り合って暮らすのか。交わりがないだろうと同情している。

今人不見古時月、今月曾經照古人。
今生きている人は、昔の月をながめられないが。今見えている月は、かつて昔の人を照らしていたのだ。  
曽経 かつて。

古人今人若流水、共看明月皆如此。
昔の人今の人も、流れ去る川の流れのように移ろっていったが、皆が皆、同じ思いで明月を見ているのだ。
流水 年月の経過を云う・如此 このように月を見ている。

唯願當歌對酒時、月光長照金樽裏。
ただ、願わくは、歌を唱い、酒を飲んでいる時には、月光はいつも黄金の素晴らしい酒器を照らしてくれることを。
金樽 黄金の口の広いおおきな酒器。素晴らしい杯。 ・ なか。うち。



 大空に明るく輝く月とむかいあって、この月明かりに自分を全く同化していく、趣興などをとりどりに面白く、詩を愛することを深くしている。こうした趣向は、六朝の詩人陶淵明から発して、初唐の詩人王維、王勃などにも見られるものであるが、その作品の数の多さと、実際の生活が融和している点では、李白に比すべき詩人は全くいない。

 老荘思想、神仙思想、仙人たる隠遁生活にあこがれをもち、詩と酒をこよなく愛した。

 酒の詩はまだ続く。





李白 94 尋蕹尊師隠居 ・95自遣 ・96 獨坐敬亭山

・94尋蕹尊師隠居  ・95自遣李白  ・95 獨坐敬亭山


五言古詩
尋蕹尊師隠居
群峭碧摩天、逍遥不記年。
群がるほどの峰は、緑色をして、天をこするほどの高さだ。法師はここできままな生活をしつつ、何年棲んでいるのか分らない。
撥雲尋古道、倚樹聴流泉。
雲をおし開いて、古い道を尋ね歩いた、木によりかかって流れる泉の音をきいた。
花暖青牛臥、松高白鶴眠。
花は太陽にあたためられ、青い牛がねそべっていた。松の木は高く、その上に白い鶴が眠っていた。
語來江色暮、濁自下寒煙。
尊師と語りあっているあいだに川辺の色は暗くなっていた。自分ひとり、つめたい夕もやの山路を下った。


尋蕹尊師隠居
群峭 碧 天を摩し、逍遥して 年を記さず。
雲を撥いて古道を尋ね、樹に倚って流泉を聴く。
花は暖にして 青牛臥し、松高うして白鶴眠る。
語り来れば 江色暮れ、独り自ずから 寒煙を下る

尋蕹尊師隠居
○尊師蕹というのは道士すなわち道教の法師の名。尊師は道士の尊称。

群峭碧摩天、逍遥不記年。
群がるほどの峰は、緑色をして、天をこするほどの高さだ。法師はここできままな生活をしつつ、何年棲んでいるのか分らない。
○群峭 峭とは、高くけわしい峰。○摩天 天をこする、それほど高いこと。○逍遥 のんびりするさま。・悠々自適に生活する。・荘子の逍遥游 心を時々俗世界に遊ばせる。○不記年 何歳になったかわからない。仙人である尊師の年齢は分からない。

撥雲尋古道、倚樹聴流泉。
雲をおし開いて、古い道を尋ね歩いた、木によりかかって流れる泉の音をきいた。
○撥雲 雲を開く。

花暖青牛臥、松高白鶴眠
花は太陽にあたためられ、青い牛がねそべっていた。松の木は高く、その上に白い鶴が眠っていた。


語來江色暮、濁自下寒煙。
法師と語りあっているあいだに川辺の色はくらくなっていた。自分ひとり、つめたい夕もやの山路を下った。


 この詩は、隠遁生活、道教の基本そのもので、詩の雰囲気からも知識、情報量も多くない、場所の特定もはっきりしない。しかし、道教に対する姿勢ははっきりさせている。


韻 泉、眠、煙。


李白 95 自遣 

五言絶句  
自遣
對酒不覺暝,落花盈我衣。
醉起歩溪月,鳥還人亦稀。



自ら遣る   

酒に對して  暝(ひく)るるを 覺えず,
落花  我が衣に 盈(み)つ。
醉(ゑひ)より起きて  溪月(けいげつ)に 歩めば,
鳥 還(かへ)り  人も亦た 稀(まれ)なり。



自遣
みずから 憂さを晴らす。みずからを慰める。みずからやる。のどかな詩である。しかし、詩題から考えれば、以下のようにもとれる:情況は「不覺」であり、「暝」であり、作者に向かってくるものは「落(花)」で、それのみが作者に「盈」ちてくる。周りは「鳥還」であり、作者を訪ねてくる「人」も、鳥が還ってしまったのと同様に人も亦、「稀」になっている、という心象風景である。
 ・遣 うさをはらす。はらす。

對酒不覺暝,落花盈我衣。
酒に向かっていたら、日の暮れるのに気づかなかった。散ってくる花の花びらが、わたしの衣服にみちていた。 
・對酒:酒に向かう。 ・不覺:悟らない。気づかなかい。思わなかった。分からなかった。いつの間にか。 ・暝 暮れる。日が暮れる。・落花:散ってくる花。花びらの意になる。 ・盈 次第に多くなってみちる。だんだんみちてくる。みたす。 ・我衣 わたしの衣服。李白の衣服になる。88「下終南山過斛斯山人宿置酒」綠竹入幽徑。 青蘿拂行衣。同じように使う。

醉起歩溪月,鳥還人亦稀。
酔いから醒めて、月明かりの谷川を散策すれば。鳥還人亦稀:鳥は、ねぐらに帰り、人影も、稀(まれ)になっている。 
・醉起 酔いから醒める。 ・歩:散歩をする。あゆむ。「踏月」の「踏」でもある。月影を踏む。月明かりの中を散歩する。 ・溪月 けいげつ 谷川に出た月。月明かりの谷川。 ・還 かえる。でかけていったところからもどる。 ・亦 …もまた。「鳥がねぐらに帰って、あたりが静かになる」ということに「人がだれも往来しなくなって静かである」を付け加えて言う。「鳥還」と「人稀」を繋ぐ時にリズムを整えるためにも「亦」を使う。 ・稀き まれ。まれである。
李白93「春日酔起言志」覺來盼庭前,一鳥花間鳴。
同じように使う。


○韻 衣、稀。

李白の足跡5c4に安徽省宣城市


李白 95 獨坐敬亭山

獨坐敬亭山
眾鳥高飛盡。 孤云獨去閑。
相看兩不厭。 只有敬亭山。

○この詩は唐詩選にある。○敬亭山 安徽省宜城県の北にある。李白の敬愛する六朝の詩人、謝朓が宣城の長官であった時、つねにこの山に登ったといわれ、絵のような景色が眺められるという。

謝朓①玉階怨 ②王孫遊 金谷聚 ④同王主薄有所思 ⑤遊東田 謝靈運:東陽谿中贈答 班婕妤と蘇小小 
李白60宣州謝朓樓餞別校書叔雲 李白61秋登宣城謝眺北楼 李白62久別離 李白63估客行

眾鳥高飛盡。 孤云獨去閑
たくさんの島たちは、空高く飛んで行ってしまった。ただひとら浮かんでいた雲も、のんびりと流れて


相看兩不厭。 只有敬亭山。
いつまでもながめあって、たがいにアキのこないのは、敬宇山よ、おまえだけだ。


獨 敬亭山に 坐す
眾鳥 高く飛び盡くし、 孤雲 獨 去って閑なり。
相看て 兩 厭かず、只 有り 敬亭山。


韻 閑、山。

  

李白の略歴であるがほとんど定住していない。
・718 李白18歳 載天山に隠れる。
・722 李白22歳岷山に隠れる。小鳥を懐ける。 科挙試験に推挙されたが拒否
・727 李白27歳 友人呉指南と、楚に遊ぶ。
・730 李白30歳前後2~3年長安地方に滞在。
・732 李白32歳 安陸白兆山で許幸師の孫と結婚
・735 李白35歳 太原に遊ぶ。「太原早秋」
・740 李白40歳  山東に遊ぶ。酒びたりの生活。
この間、各地にある道教の寺観を中心にして遊んでいたと考える。
詩に劇的な変化は見えない。

詩のイメージとしてもほとんど変わりはない。
86 太原早秋 87游南陽清泠泉  88下終南山過斛斯山人宿置酒 李白 89 將進酒 李白 90 夏日山中、91 山中與幽人對酌、92 山中答俗人 李白 93 春日酔起言志 94尋蕹尊師隠居 95 自遣 96 獨坐敬亭山

恋歌詩人・李商隠            杜甫の詩 青年期連載中   
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李白 93 春日酔起言志

李白 93 春日酔起言志

春日醉起言志
處世若大夢,胡爲勞其生。
この世に生をうけることは、荘子のいう「大夢」のようである。 どうして、生きていくことにあくせく気苦労するのか。
所以終日醉,頽然臥前楹。
だから、朝から晩まで、酔っているのだ。酔いつぶれて、入り口の丸い柱のところで横になってしまった。 
覺來盼庭前,一鳥花間鳴。
ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。 一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
借問此何時,春風語流鶯。
今は一体どのような時節なのか、お尋ねします 春風に、乗せて鶯は囀(さえず)りながらこたえてくれた。
感之欲歎息,對酒還自傾。
この情景に感動してため息が出そうになっている。 酒器に向かって、また、杯を重ねてしまった。
浩歌待明月,曲盡已忘情。

大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまっていた。夢の中のように…。


春日 醉より起きて 志を言う 

この世に生をうけることは、荘子のいう「大夢」のようである。 どうして、生きていくことにあくせく気苦労するのか。
だから、朝から晩まで、酔っているのだ。酔いつぶれて、入り口の丸い柱のところで横になってしまった。 
ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。 一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
今は一体どのような時節なのか、お尋ねします 春風に、乗せて鶯は囀(さえず)りながらこたえてくれた。
この情景に感動してため息が出そうになっている。 酒器に向かって、また、杯を重ねてしまった。
大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまっていた。夢の中のように…。



春日 醉より起きて 志を言う (下し文)      
世に 處るは  大夢の若(ごと)く,胡爲(なんすれ)ぞ  其の生を勞するを。
所以(ゆえ)に  終日 醉ひ,頽然として  前楹に 臥す。
覺め來りて  庭前を 盼(なが)むれば,一鳥  花間に 鳴く。
借問す  此れ 何(いづ)れの時ぞ,春風に  流鶯 語る。
之(これ)に感じて  歎息せんと 欲し,酒に對して  還(ま)た 自ら傾く。
浩歌して  明月を 待つに,曲 盡きて  已(すで)に 情を忘る。



春日醉起言志
春の日に、酔いより起きて思いのたけを言う。 
春日 春。春の日。春の昼。 ・醉起 酔いより起きる。酔っぱらって。 ・言志 思いを言う。

 
處世若大夢,胡爲勞其生。
この世に生をうけることは、荘子のいう「大夢」のようである。 どうして、生きていくことにあくせく気苦労するのか。
處世 しょせい 世の中を生きてゆくこと。世間で暮らしを立てること。世の中で生活をしてゆくこと。「處」は動詞。上声。 ・ …のようである。ごとし。如。 ・大夢 大いなる夢。夢のまた夢。紀元前三世紀の思想家の荘子は、あるとき夢のなかで胡蝶になり、ひらひらと飛んでたのしかった。目がさめると掌にかえったが、かれは考えた。胡蝶が夢をみて掌になっているのではなかろうかと。 ・胡爲 こい どうして…なのか。なんすれぞ…(や)。 ・ 気苦労をする。骨を折る。苦労する。労する。 ・其生 その人生。

所以終日醉,頽然臥前楹。
だから、朝から晩まで、酔っているのだ。酔いつぶれて、入り口の丸い柱のところで横になってしまった。 
 ・所以 しょい そうだから。それゆえ。だから。 ・終日 朝から晩まで。昼間ずっと。一日中。・頽然 たいぜん 酔いつぶれるさま。くずれるさま。 ・前楹 ぜんえい 入り口の丸い柱。 ・ えい 棟の正面の東西にある丸柱。

覺來盼庭前,一鳥花間鳴。
ふと目が覚めて庭先を眺めてみた。 一羽の鳥が花の咲く中で鳴いている。
覺來 目覚めてきて。 ・ 目覚める。 ・-來 …てくる。 ・ はん 望む。眺める。希望する。美人が目を動かす。めづかいする。目許が美しい。 ・庭前 庭先。 ・一鳥 一羽の鳥。とある鳥。 ・花間 花の咲いている中に。

借問此何時,春風語流鶯。
今は一体どのような時節なのか、お尋ねします 春風に、乗せて鶯は囀(さえず)りながらこたえてくれた。
・借問 お訊ねする。 ・此 これ。 ・語 かたる。さえずる。ここでは、(小鳥が)さえずる意で、使われている。 ・流鶯 ウグイスの鳴き声が流麗である。

感之欲歎息,對酒還自傾。
この情景に感動してため息が出そうになっている。 酒器に向かって、また、杯を重ねてしまった。
 春の日の情景。軽くリズムをとる言葉。 ・欲:…しようとする。 ・歎息 たんそくたいへん感心する。讃える。褒める。次の酒を誘導するための語句。 ・ 歌声に合わせて唱える。讃える。褒める。たいへん感心する。歎く。・對酒 酒に向かって。酒を前にして。酒に対して。 ・ なお。なおもまた。 ・自傾 酒壷を自分で傾ける。

浩歌待明月,曲盡已忘情。
大きな声で歌って、明るく澄みわたった月を待っていたが。音曲が終われば、とっくに気持ちを忘れてしまっていた。夢の中のように…。 
・浩歌 こうか 大きな声でのびやかに歌う。 
明月 澄みわたった月。 ・曲盡 音曲が終わる。 ・已 とっくに。すでに。 ・忘情 気持ちを忘れてしまう。  ・ おもむき。あじわい。心。感情。なさけ。


 李白は酔いから覚めると芸妓と一緒に過ごしたことに気が付いた。芸妓は唄ってくれていた。美しい声で唄ってくれ、また夢心地にしてくれる。ああ、素晴らしいと感嘆してしまう。歌を聴きながら思わず知らず酒樽を独りで傾けていた。歌を唄いきってしまうと・・・・・。

このブログで取り上げた李白の同形式の「婉情詩」は多い
李白93 春日酔起言志   -------------- 曲盡已忘情。
李白87 游南陽清泠泉   -------------- 曲盡長松聲。 
李白88下終南山過斛斯山人宿置酒---  曲盡河星稀。

 これは李白の神仙思想の表れで、現実世界にいかにたのしく生きてゆくか、海のかなたにある仙人の住む山に行かなくても、仙人の不老長寿の薬よりも回春薬の金丹よりも酒があれば最高なのだ。と解釈するが、このことが、道教の神仙思想を李白が否定したということではなく、ただ、手近な酒に求めることが賢人であると述べているのである。
 「曲尽きて」というのは、情けを交わし合ったことの終わりを示すもの。

李白 92 山中答俗人

李白 92 山中答俗人
七言絶句 (山中問答)

山中答俗人
問余何意棲碧山,笑而不答心自閑。
わたしに尋ねた人がいる「どんな気持ちで、緑深い山奥に住んでいるのか」と。わたしはただ笑って答えはしないが、心は自ずとのどかでしずかでのんびりしている。
桃花流水杳然去,別有天地非人間。

「桃花源」の花びらははるか彼方に流れ去っていく、そこにこそ別の世界があるのであり、俗世間とは異なる別天地なのだ。


わたしに尋ねた人がいる「どんな気持ちで、緑深い山奥に住んでいるのか」と。わたしはただ笑って答えはしないが、心は自ずとのどかでしずかでのんびりしている。
「桃花源」の花びらははるか彼方に流れ去っていく、そこにこそ別の世界があるのであり、俗世間とは異なる別天地なのだ。


山中答俗人
余に問ふ 何の意ありてか  碧山に棲むと,
笑って 答へず  心 自(おのづか)ら 閑なり。
桃花 流水  杳然と 去る,
別に 天地の  人間(じんかん)に 非ざる 有り。


山中答俗人
山に入って脱俗的な生活をするということに対する当時の文化人の姿勢が窺われる。陶淵明の生活などに対する憧れのようなものがあることを古来よりの問答形式をとっていること、具体的に転句結句の「桃花流水杳然去」である。

問余何意棲碧山、笑而不答心自閑。
わたしに尋ねた人がいる「どんな気持ちで、緑深い山奥に住んでいるのか」と。わたしはただ笑って答えはしないが、心は自ずとのどかでしずかでのんびりしている。
  ・何意  どういう訳で。なぜ。 ・棲  すむ。本来は、鳥のすみか。 ・碧山 :緑の色濃い山奥。白兆山、湖北省安陸県にあり、李白は嘗てここで過ごしたことがある実在の山をあげる解説も多いが、ここでは具体的な場所と見ない方がよい。 ・棲碧山 隠遁生活をすること。この語もって、湖北の安陸にある白兆山に住むとするとされるが、「隠遁生活をする」ことにあこがれを持ち

李白 84 安陸白兆山桃花岩寄劉侍御綰
の詩で見るように結婚をして住んだ形跡があるものの、間もなくこの地から旅立って、他の地で隠遁している。李白の神仙思想から言ってもここは一般的な場所と考えるべきである ・笑而 笑って…(する)。 ・不答 返事をしない。返事の答えはしないものの、詩の後半が答の思いとなっている。 ・自閑 自ずと落ち着いている。自閑は隠遁者の基本中の基本である。おのずと静かでのんびりすること、尋ねられても答えない、会いに行ってもあえないというのが基本である。

桃花流水杳然去、別有天地非人間。
「桃花源」の花びらははるか彼方に流れ去っていく、そこにこそ別の世界があるのであり、俗世間とは異なる別天地なのだ。 
桃花 モモの花。ここでは、モモの花びら。「桃花」は陶淵明の『桃花源記』や『桃花源詩』を聯想させるための語句である。 ・流水 流れゆく川の流れ。 ・杳然 ようぜん はるかなさま。 ・ さる。 ・別有天地 別な所に世界がある。 ・非人間 俗世間とは違う。この浮き世とは違う世の中。 ・人間 じんかん 俗世間。


○韻 山、閑、間。   この詩は、陶淵明の詩のイメージを借りつつも陶淵明を李白自身が乗り越えたことを示す作品と解釈する。


道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。
徳に李白は若い時ほど、神仙思想にあこがれ、いんとんせいかつにあこがれてきた。



杜甫 詩 独立しました。toshi blog BN

李白 91 山中與幽人對酌

李白 91 山中與幽人對酌
七言絶句

山中與幽人對酌
兩人對酌山花開。 一杯一杯復一杯。
山中で隠者と差し向かいで酒を飲む。二人が差し向かいで酒を飲んでいたら、まわりには山の花が微笑んでくれる。
我醉欲眠卿且去。 明朝有意抱琴來。

わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てください。


山中で隠者と差し向かいで酒を飲む。二人が差し向かいで酒を飲んでいたら、まわりには山の花が微笑んでくれる。
わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てください。


山中にて 幽人と對酌
兩人 對酌すれば  山花 開く,一杯一杯  復(ま)た 一杯。
我 醉って眠らんと欲す  卿(きみ)且(しば)らく 去れ,
明朝 意有れば  琴を 抱いて來たれ。

山中與幽人對酌
山中で隠者と差し向かいで酒をくみかわす

兩人對酌山花開。一杯一杯復一杯。
山中で隠者と差し向かいで酒を飲む。二人が差し向かいで酒を飲んでいたら、まわりには山の花が微笑んでくれる。
 ・山中 山奥に。 ・幽人 世を遁れた人。隠者。隠棲している人。 ・對酌 差し向かいで酒を飲む。『山中對酌』ともする。 ・ 咲く。擬人的に微笑むという感じ。 ・兩人 二人。 ・山花 山中に咲く花。 

一杯一杯、また一杯と(繰り返した)。 ・一杯一杯 酒を飲む動作が繰り返される表現。 ・ くりかえす。ふたたびする。また。ふたたび。

我醉欲眠卿且去、明朝有意抱琴來。
わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てください。
我醉 わたしは酔った。 ・ …たい。…としようとする。 ・ ねむる。 ・ きみ。人の尊称。 ・ しばし。しばらく。短時間をいう。てきとうなところで、かってなときに、 ・去:さる。 私をほったらかしにしといていいよ。 ・明朝 明日の朝。 ・有意 意志がある。 ・抱琴 琴をかかえる。琴は古代より隠者を象徴するものでもある。隠者は弦のない琴を肴に酒を飲んだ。酒を抱えてきてくれと解釈する。 ・ 来る。

・韻 開、杯、來。

李白 90 夏日山中、 91 山中與幽人對酌、 92 山中答俗人

李白 90 夏日山中
五言絶句 李白が陶淵明の隠遁のイメージを借りてうたっている。

夏日山中
懶搖白羽扇。 裸體青林中。
白い羽の団扇で扇ぐのもおっくうで。青々と木の茂った森林の中で、肩肌脱ぎになる。
脫巾挂石壁。 露頂灑松風。

頭巾を脱いで、岩の壁面にひっかけて。かんむりをつけないで頭を丸出しにして、松の木を吹き抜ける風にさらした


夏の日に山の中(で過ごす)。
白い羽の団扇で扇ぐのもおっくうで。青々と木の茂った森林の中で、肩肌脱ぎになる。
頭巾を脱いで、岩の壁面にひっかけて。かんむりをつけないで頭を丸出しにして、松の木を吹き抜ける風にさらした



夏日山中
白羽扇を 搖(うご)かすに  懶(ものう)し,
裸袒(らたん)し  靑林の中(うち)。
巾を脱して  石壁に挂(か)け,
頂(いただき)を露(あら)わして  松風に灑(そそ)ぐ。


懶搖白羽扇、裸袒青林中。
白い羽の団扇で扇ぐのもおっくうで。青々と木の茂った森林の中で、肩肌脱ぎになる。 
 らん ものうい。面倒くさい。たいぎである。面倒である。怠る。 ・ 揺り動かす。ゆらす。 ・白羽扇 白い羽の団扇。竹林の七賢が清談するときに用いたとされる。三国時代の諸葛孔明も日常的に使った。李白の仲間、竹渓の六逸もこれをまねて使った。 ・裸袒 らたん 左の方の肩を脱ぐ。また、もろ肌をさらす。左右両方の肩を着物から脱いで、上半身を現す。右の方の肩を晒すのは謝罪を表すもの。 ・ かたぬぐ。はだをさらす。 ・青林 青々と木の茂った森林。

脱巾挂石壁、露頂灑松風。
頭巾を脱いで、岩の壁面にひっかけて。かんむりをつけないで頭を丸出しにして、松の木を吹き抜ける風にさらした。 
脱巾 頭巾を脱ぐ。 ・巾 きん ずきん。 ・ かい つるす。ひっかける。掛ける。からまる。 ・石壁 岩の壁面。 ・露頂 かんむりをつけないで頭を丸出しにする。頂はまげを結った頭のてっぺん。 ・ そそぐ。 ・松風:松の木を吹き抜ける風。


韻 中、風。

 世俗を離れ、自由な仙人の世界へ入った李白の詩。酒を讃える詩は続く。




李白 91 山中與幽人對酌
七言絶句

山中與幽人對酌
兩人對酌山花開。 一杯一杯復一杯。
山中で隠者と差し向かいで酒を飲む。二人が差し向かいで酒を飲んでいたら、まわりには山の花が微笑んでくれる。
我醉欲眠卿且去。 明朝有意抱琴來。

わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てください。


山中で隠者と差し向かいで酒を飲む。二人が差し向かいで酒を飲んでいたら、まわりには山の花が微笑んでくれる。
わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てください。


山中にて 幽人と對酌
兩人 對酌すれば  山花 開く,一杯一杯  復(ま)た 一杯。
我 醉って眠らんと欲す  卿(きみ)且(しば)らく 去れ,
明朝 意有れば  琴を 抱いて來たれ。

山中與幽人對酌
山中で隠者と差し向かいで酒をくみかわす

兩人對酌山花開。一杯一杯復一杯。
山中で隠者と差し向かいで酒を飲む。二人が差し向かいで酒を飲んでいたら、まわりには山の花が微笑んでくれる。
 ・山中 山奥に。 ・幽人 世を遁れた人。隠者。隠棲している人。 ・對酌 差し向かいで酒を飲む。『山中對酌』ともする。 ・ 咲く。擬人的に微笑むという感じ。 ・兩人 二人。 ・山花 山中に咲く花。 

一杯一杯、また一杯と(繰り返した)。 ・一杯一杯 酒を飲む動作が繰り返される表現。 ・ くりかえす。ふたたびする。また。ふたたび。

我醉欲眠卿且去、明朝有意抱琴來。
わたしは酔ってしまって眠むたくなってしまった。君は適当なところで勝手に帰っていいよ。明日の朝に、そのきがあったら、琴を持ってまた来てください。
我醉 わたしは酔った。 ・ …たい。…としようとする。 ・ ねむる。 ・ きみ。人の尊称。 ・ しばし。しばらく。短時間をいう。てきとうなところで、かってなときに、 ・去:さる。 私をほったらかしにしといていいよ。 ・明朝 明日の朝。 ・有意 意志がある。 ・抱琴 琴をかかえる。琴は古代より隠者を象徴するものでもある。隠者は弦のない琴を肴に酒を飲んだ。酒を抱えてきてくれと解釈する。 ・ 来る。

・韻 開、杯、來。


李白 92 山中答俗人
七言絶句 (山中問答)

山中答俗人
問余何意棲碧山,笑而不答心自閑。
わたしに尋ねた人がいる「どんな気持ちで、緑深い山奥に住んでいるのか」と。わたしはただ笑って答えはしないが、心は自ずとのどかでしずかでのんびりしている。
桃花流水杳然去,別有天地非人間。

「桃花源」の花びらははるか彼方に流れ去っていく、そこにこそ別の世界があるのであり、俗世間とは異なる別天地なのだ。


わたしに尋ねた人がいる「どんな気持ちで、緑深い山奥に住んでいるのか」と。わたしはただ笑って答えはしないが、心は自ずとのどかでしずかでのんびりしている。
「桃花源」の花びらははるか彼方に流れ去っていく、そこにこそ別の世界があるのであり、俗世間とは異なる別天地なのだ。

 
山中答俗人
余に問ふ 何の意ありてか  碧山に棲むと,
笑って 答へず  心 自(おのづか)ら 閑なり。
桃花 流水  杳然と 去る,
別に 天地の  人間(じんかん)に 非ざる 有り。


山中答俗人
山に入って脱俗的な生活をするということに対する当時の文化人の姿勢が窺われる。陶淵明の生活などに対する憧れのようなものがあることを古来よりの問答形式をとっていること、具体的に転句結句の「桃花流水杳然去」である。

問余何意棲碧山、笑而不答心自閑。
わたしに尋ねた人がいる「どんな気持ちで、緑深い山奥に住んでいるのか」と。わたしはただ笑って答えはしないが、心は自ずとのどかでしずかでのんびりしている。
  ・何意  どういう訳で。なぜ。 ・棲  すむ。本来は、鳥のすみか。 ・碧山 :緑の色濃い山奥。白兆山、湖北省安陸県にあり、李白は嘗てここで過ごしたことがある実在の山をあげる解説も多いが、ここでは具体的な場所と見ない方がよい。 ・棲碧山 隠遁生活をすること。この語もって、湖北の安陸にある白兆山に住むとするとされるが、「隠遁生活をする」ことにあこがれを持ち

李白 84 安陸白兆山桃花岩寄劉侍御綰
の詩で見るように結婚をして住んだ形跡があるものの、間もなくこの地から旅立って、他の地で隠遁している。李白の神仙思想から言ってもここは一般的な場所と考えるべきである ・笑而 笑って…(する)。 ・不答 返事をしない。返事の答えはしないものの、詩の後半が答の思いとなっている。 ・自閑 自ずと落ち着いている。自閑は隠遁者の基本中の基本である。おのずと静かでのんびりすること、尋ねられても答えない、会いに行ってもあえないというのが基本である。

桃花流水杳然去、別有天地非人間。
「桃花源」の花びらははるか彼方に流れ去っていく、そこにこそ別の世界があるのであり、俗世間とは異なる別天地なのだ。 
桃花 モモの花。ここでは、モモの花びら。「桃花」は陶淵明の『桃花源記』や『桃花源詩』を聯想させるための語句である。 ・流水 流れゆく川の流れ。 ・杳然 ようぜん はるかなさま。 ・ さる。 ・別有天地 別な所に世界がある。 ・非人間 俗世間とは違う。この浮き世とは違う世の中。 ・人間 じんかん 俗世間。


○韻 山、閑、間。   この詩は、陶淵明の詩のイメージを借りつつも陶淵明を李白自身が乗り越えたことを示す作品と解釈する。


道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。
徳に李白は若い時ほど、神仙思想にあこがれ、いんとんせいかつにあこがれてきた。



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李白 89 將進酒(李白と道教)

李白 89 將進酒(李白と道教)


 盛唐期  恐らくこの時代に最も不幸だったのは、玄宗皇帝だともいえる。この帝のデビューはすさまじいものであった。710年に中宗を毒殺し、父親の睿宗を即位させた、しかし翌年暮、クーデターを起こし712年即位したのである。唐朝は玄宗がクーデターを起こすまでの足かけ10年、政争を繰り返し政治的に不安定な状態であった。しかし、初唐期における律令体制は間違いなくこの国を他の周辺諸国に比較して圧倒的に豊かにしていった。国土もかってない広大なものとなったのは農耕民族の勝利でもあった。この蓄積を使い果たしたのが、玄宗なのである。

 唐は、道教の僧の予言(隋の煬帝期)の通り、李世民大宗皇帝により、盤石な地盤を整え、諸々の問題はあったとしても則武天(則天武后)が発展させた。しかし、則武天は道教から仏教を重視しようとしたため、政争は、仏教か、道教かの争いでもあった。玄宗は道教と宦官を背景にクーデターを成功させた。

 玄宗の時代の前半は「開元の治」と天下、泰平を謳歌した。しかしこの繁栄の陰に、律令体制の一翼である府兵制度が崩壊したのであるが、不幸なことはここに何の手も加えなかったこと、皇帝の力の及ぶ軍隊が消滅していくのを修正しなかった。李林甫と宦官に政治をゆだね、楊貴妃と奢侈な生活に逃避した。道教を国教とし、宦官と結託して行う陰湿な体制ができあがることを阻止できなくなっていった。そのことは何よりも皇帝、朝廷の権威も失墜させたのだ。血筋、地籍を重んじる朝廷に、無籍の官僚の台頭を許した。李林甫は、敵対派、皇帝側近を貶謫,投獄し、大量殺戮により、玄宗時代を継続させたが、李林甫(65歳位)が病死、楊国忠がこれに変わったが、いつ、クーデターが起こってもおかしくない時代に入っていく。そして、玄宗が逃避・享楽するために求めたのが、楊貴妃と道教とであったが、哀れにもこの双方に裏切られた。玄宗の最後は哀れというよりない。

 道教は、したたかに儒虚精神に飽き飽きしていた国民の支持を得、国の全土に寺観を建てることができた。皇帝、朝廷に対して、宦官を使うことと、神仙思想、回春の媚薬は最大の力を発揮した。

李白・杜甫、多くの詩人は、こうした時代に生まれ、育ち、生きたのである。

 李白の幸福は、他人より勝っている点は何より明朗であることと酒である。酒は前述の如く、彼にとっては道教的生活への入門であったけれど、同時にこの道教生活に徹底しなかったことは救いであるともいえるのではないだろうか。

雑言古詩

將進酒
君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。
君よ見たまえ、黄河の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、いったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。
君よ見たまえ、立派なお屋敷の高貴な人々でも、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいる。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてしまうことを。
人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。
人として生れ、自分のこころにかなうことに出逢えば、歓びを尽くせばよいのだ。 黄金製の酒器を月光のもとにむなしくさらしたりしてはいけない。 
天生我材必有用,千金散盡還復來。
天が、わたしという人材を生んだのは、必ず用いるところがあるからなのだ。大金を使い果たしたとしても、それはまた返ってくるものだ。 
烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。
羊や牛を料理して(ごちそうを作り)しばらくの楽しみごととしよう。そういう機会があったら一回の宴席で、必ず三百杯は飲むのが当たり前だ。
岑夫子,丹丘生。
岑先生、丹丘先輩。酒をお勧めしよう。杯を途中で停めないように。
將進酒,杯莫停。
まさに今、酒をお進めする、杯を途中でやめてはいけない。
與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。
あなた(がた)のために、一曲歌おう。あなたがたにお願いするが、わたしに耳を傾けてほしい。
鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。
カネや太鼓の立派な音楽も、貴ぶものとするほどではない。 ひたすらに長い酔いから醒めないことを願うだけである。
古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
昔から今に至るまでの聖人や賢人は、皆、静寂なものだ。ただ大酒のみのものだけが、その名を記録に留めているのである。
陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
昔から今に至るまでの聖人や賢人は、皆、静寂なものだ。ただ大酒のみのものだけが、その名を記録に留めているのである。
主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
酒屋の主人がどうして、お金が足りなくなったといおうか。直ちに酒を持ってこさせあなたに酒をつごう。 
五花馬,千金裘。
美しい毛並みの馬と高価な白狐の脇毛のかわごろも。 
呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒と交換させて、あなたと一緒になって、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしよう。 


將進酒
楽府旧題。鼓吹曲辭になる。まさに酒をお勧めしようの意になる。楽府題の音楽と題名を使って自分の気持ちを表している。

李白と道教48襄陽歌ⅰ  李白と道教48襄陽歌 ⅱ


この詩は、古楽府題をとりながら、詩中に、李白・元丹邱・岑夫子と具体的な固有名詞を登場させている。通常は故人、逸話が基本である。


君不見黄河之水天上來、奔流到海不復回。
君よ見たまえ、黄河の水は天上からすさまじい勢いで流れ下る、いったん海に流れ込めば、もはやは帰ってきたりはしない。
 ○君不見 あなた、ご覧なさい。詩をみている人(聞いている人)に対する呼びかけ。樂府体に使われる。 ○黄河之水 黄河の流れ。 ・天上來:天上より流れ来る。黄河の源は(伝説の)崑崙とされた。 ・奔流 激しい勢いの流れ。 ○到海 海に到る。 ○不復 二度とは…ない。永遠に…ない。一度も…ない、ということ。 ○回 かえる。もどる。


君不見高堂明鏡悲白髮、朝如青絲暮成雪。

君よ見たまえ、立派なお屋敷の高貴な人々でも、澄みわたった鏡を覗き込んで白髪になったことを悲しんでいる。朝方は黒い絹糸のような黒髪であったが、夕暮には、雪のように真っ白になる老いてしまうことを。
 ○高堂 立派なお屋敷の高貴な人々の意味。 ○明鏡 澄みわたった鏡。 ○悲白髮 (鏡を覗き込んで)白髪の老齢になったことを悲しむ。
○「朝」「暮」は、一日のうちの日の出、日の入りを指すが、ここでは人生の「朝」「暮」の時期のことをいう。 ○朝 あさ。あした。 ○青絲 黒い絹糸。黒髪のこと。緑の黒髪。「青」は黒いことをも指す。“青布”“青鞋”。 ○暮 夕方。 ○成雪 雪のように真っ白になる。


人生得意須盡歡、莫使金尊空對月。

人として生れ、自分のこころにかなうことに出逢えば、歓びを尽くせばよいのだ。 黄金製の酒器を月光のもとにむなしくさらしたりしてはいけない。 
○人生 人が生きる。人生。 ○得意 自分の気持にかなうこと。目的を達して満足していること。意を得る。また、自分の気持を理解する人。 ○須 する、必要がある。せねばならぬ。すべからく…べし。 ○盡歡 充分に楽しむ。よろこびをしつくす。歓楽を尽くす。
○莫使 …させてはいけない。…に…させてはいけない。○金尊 黄金製の酒器。また、黄金の酒樽。 ○空 むなしく。無意味に。 ○對月 月に向かう。

天生我材必有用、千金散盡還復來。
天が、わたしという人材を生んだのは、必ず用いるところがあるからなのだ。大金を使い果たしたとしても、それはまた返ってくるものだ。 
○天生 天は…を生む。また、生まれつき。 ○我材 わたしという人材。 ○必有用 きっと、用いるところがあるはずだ。○千金 大金。 ○散盡 使い果たす。 ○還復來 また再び帰ってくる。

烹羊宰牛且爲樂、會須一飮三百杯。
羊や牛を料理して(ごちそうを作り)しばらくの楽しみごととしよう。そういう機会があったら一回の宴席で、必ず三百杯は飲むのが当たり前だ。
○烹羊宰牛 羊や牛を料理する。 ○烹宰 食物の料理をすること。 ○烹 煮る。 ○宰 さい 料理する。切る。屠る。 ○且:しばし。しばらく。短時間の間をいう。 ○爲樂 楽しみとする。 ○會須 きっと必ず…べきだ。まさに…(す)べし。 ○一飮三百杯 一回の飲酒の席では、三百杯飲む。後漢・経学家の鄭玄は、三百杯を飲んで酔わなかったという。『襄陽歌』では「杓,鸚鵡杯。百年三萬六千日,一日須傾三百杯」 と使う。

李白と道教48襄陽歌ⅰ  李白と道教48襄陽歌 ⅱ



岑夫子,丹丘生。 岑先生、丹丘先輩。酒をお勧めしよう。杯を途中で停めないように。
 一般的解釈で、「宴席でこの二人が賓客となって李白が主宰して接待をしていることになる」が、そうではなくて、道教で尊敬する両人に宴で酒を進めているのである。李白の性格と、資産状況で主催できるはずがない。 ○岑夫子 岑先生。岑勳のこと。同時代の詩人、岑参といわれてもいたが李白より10歳も年したで状況に当てはまらない。 ○丹丘生 道教の先輩。丹丘君。不老不死の神仙の道を求める道士・元丹邱のこと。李白45 元丹丘歌(李白と道教(1))  (2)李白と道教 李白46西岳云台歌送丹邱子   参照 

將進酒,杯莫停。
まさに今、酒をお進めする、杯を途中でやめてはいけない。
 ○將進酒 酒をお勧めする。 ○杯 さかづき。 ○莫 禁止、否定の語。ここでは、(~する)なかれ。 ○停 (手を途中で)とめる。途中でとどめる。「杯莫停」を「君莫停」ともする。君停(とどむ)るなかれ
 
與君歌一曲、請君爲我傾耳聽。
あなた(がた)のために、一曲歌おう。あなたがたにお願いするが、わたしに耳を傾けてほしい。 
○與 …ために。為に。 ○君 あなた。岑夫子、丹丘生を指す。 ○歌 唱う。動詞。
○請君:あなたにお願いする。どうか…(て)ほしい。 ○爲我 わたしのために。 ○傾耳 耳を傾ける。傾聴する。 ○聽 (聴こうと意識をして)聴く。注意して聞く。聞き耳を立てて聴く。

鐘鼓饌玉不足貴、但願長醉不用醒。
カネや太鼓の立派な音楽も、貴ぶものとするほどではない。 ひたすらに長い酔いから醒めないことを願うだけである。
○鐘鼓 カネや太鼓。音楽のこと。 ○饌玉 せんぎょく ごちそう。飲食物。 ○不足 …とするにたらない。 ○貴 とうとい。 ○但願 ひたすら…であることを願う。 ○長醉 長はいつも。とこしえに。 ○不用 用いるまでもない。いらない。  ○醒 (酔いから)さめる。
 

古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
昔から今に至るまでの聖人や賢人は、皆、静寂なものだ。ただ大酒のみのものだけが、その名を記録に留めているのである。
 ○古來 昔から今に至るまで。今まで。 ○聖賢 聖人と賢人。 ○皆 みな。ことごとく。全部。 ○寂寞 ひっそりとしてもの寂しいさま。○惟有 ただ…だけがある。=唯有。 ○飮者 飲み助。呑兵衛。 ○留其名 その勇名を記録に留め(てい)る。

陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
陳王の曹植は平楽観で宴を開いたとき。 陳王・曹植は斗酒を大金で手に入れ、よろこびたわむれることをほしいままにした。
○陳王 三国時代魏の曹植のこと。 ○昔時 むかし。 ○宴 うたげをする。 ○平樂 平楽観。『名都篇』で詠う宮殿の名で、後漢の明帝の造営になる。(当時の)首都・洛陽にあった遊戯場。或いは、長安の未央宮にあった。○斗酒十千 斗酒で一万銭。曹植楽府詩、「一斗一万銭」。 ○斗酒 両義あり。わずかな酒。また、多くの酒。 ○斗 ます。少しばかりの量。少量の酒。多くの酒。 ○十千 一万。 ○恣 ほしいままにする。わがまま。勝手きままにふるまう。 ○歡謔 かんぎゃく よろこびたわむれる。

主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
酒屋の主人がどうして、お金が足りなくなったといおうか。直ちに酒を持ってこさせあなたに酒をつごう。 
○主人 酒屋のあるじ。 ○何爲 何ゆえ。どうして。 ○言 声に出して言う。 ○少錢 お金が足らない。お金が少ない。 ○徑 直ちに。速く。ついに。 ○須 ぜひとも…する必要がある。すべからく…べし。 ○沽取 こしゅ 酒を買い取る。手に入れる。酒を持ってこさせるという意味。 ○酌 酒を注(つ)ぐ。

五花馬,千金裘。
美しい毛並みの馬と高価な白狐の脇毛のかわごろも。 
 ○五花馬 美しい毛並みの馬。青白雑色の馬。 ○千金裘 高価な皮衣。白狐のかわごろも。狐裘のこと。狐の脇の下の毛を数千匹分集めて作られる貴重な衣服。戦国時代の孟嘗君が持っていたという白狐の皮衣。天下に二つとないもの。

呼兒將出換美酒、與爾同銷萬古愁。
給仕の子を呼んで、五花馬と千金裘を持って行かせて美酒と交換させて、あなたと一緒になって、昔から胸につのる萬古の愁いのすべてを消すことにしよう。 
○兒 年若い使用人。ボーイ。給仕。 ○將出 持ち出す。 ○換 交換する。○爾 あなた。なんぢ。 ○ 同じくする。動詞としての用法。 ○銷 消す。とかす。≒消。 ○萬古愁 昔から永遠に解かれることのない愁い。死の恐怖。



將進酒
君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。
人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。
天生我材必有用,千金散盡還復來。
烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。
岑夫子,丹丘生。
將進酒,杯莫停。
與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。
鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。
古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。
陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。
主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。
五花馬,千金裘。
呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

將進酒
君見ずや 黄河の水 天上より来り、奔流し海に到ってまた廻(かへ)らざるを。
君見ずや 高堂の明鏡 白髪を悲しむを、朝(あした)には青糸のごときも暮には雪をなす。
人生意を得ればすべからく歓を尽くすべし、金樽をしてむなしく月に対(むか)はしむるなかれ。
天のわが材を生ずる必ず用あればなり、千金も散じ尽せばまたまた来る。
羊を烹(に)、牛を宰(に)て しばらく楽みをなせ、かならずすべからく一飲三百杯なるべし。
岑夫子(シンプウシ) 丹邱生、酒を進む君停(とどむ)るなかれ。
君のため一曲を歌わん、請う君わがために 耳を側(そばだ)てて 聴け。
鐘鼓 饌玉(センギョク) は貴ぶに足らず、玉餞に同じくりっぱな料理、ただ長酔を願うて醒むるを願はず。
古来 聖賢みな寂寞、ただ飲者のその名を留むるあるのみ。
陳王 昔時 平楽に宴する 魏の陳思王曹植、曹操の子で詩人としても名高い。道観の名、斗酒十千 歓謔を悉(ほしいまま)にす。 
主人 なんすれ 銭少しという、ただちにすべからく沽(かい)取り 君に対して酌むべし。
五花の馬 千金の裘。 
児を呼びもち出でて美酒に換(か)へ、なんじとともに銷(け)さん 万古の愁。 

 この「将進酒」と題する長篇は、元丹邱と岑夫子とに対して憂鬱を打ち明けたという詩である。ここで李白は「万古の愁い」を消してくれる酒を飲もう。竹林の時代より酒こそが一番だ。道教の先輩たちに李白の明朗さは酒を愛したことによるものだろうか。「天生我材必有用、千金散盡還復來。」(天が、わたしという人材を生んだのは、必ず用いるところがあるからなのだ。大金を使い果たしたとしても、それはまた返ってくるものだ。)この思想が李白の基本であり、道教の思想である。

李白 87 下終南山過斛斯山人宿置酒

李白 87 下終南山過斛斯山人宿置酒
五言古詩


下終南山過斛斯山人宿置酒
暮從碧山下。 山月隨人歸。
日暮れに碧山から下ってくると、山の端からのぼってきた月も我々についてくる。
卻顧所來徑。 蒼蒼橫翠微。
振り返って下りてきた小道を見れば山の緑の中に、こんもりとした青い色の道がぼんやりと中腹に続いて見える
相攜及田家。 童稚開荊扉。
友と連れ立って百姓家に来ていた、子どもらが柴の戸を開けて迎えてくれた。
綠竹入幽徑。 青蘿拂行衣。
緑の竹が暗い寂しい小道にまで生い茂り、青いツタが旅の衣にまとわりつく
歡言得所憩。 美酒聊共揮。
楽しみながら話をし、今夜の休むところもできた。うまい酒をちょっとともに酌み交わすことになった。
長歌吟松風。 曲盡河星稀。
長々と歌を唄い、松風を聞いて口ずさむ、歌いきってしまうと天の河の星もまばらになっていた。
我醉君復樂。 陶然共忘機。
私は酔ってしまった、君もまた楽しんだ。心持よく酒に酔ったので、ともに淡泊自然の心境になったということだ。




終南山下り斛斯山人を過り宿し置酒す

日暮れに碧山から下ってくると、山の端からのぼってきた月も我々についてくる。
振り返って下りてきた小道を見れば山の緑の中に、こんもりとした青い色の道がぼんやりと中腹に続いて見える
友と連れ立って百姓家に来ていた、子どもらが柴の戸を開けて迎えてくれた。
緑の竹が暗い寂しい小道にまで生い茂り、青いツタが旅の衣にまとわりつく
楽しみながら話をし、今夜の休むところもできた。うまい酒をちょっとともに酌み交わすことになった。
長々と歌を唄い、松風を聞いて口ずさむ、歌いきってしまうと天の河の星もまばらになっていた。
私は酔ってしまった、君もまた楽しんだ。心持よく酒に酔ったので、ともに淡泊自然の心境になったということだ。



終南山過斛斯山人宿置酒
終南山下り斛斯山人を過り宿し置酒す
終南山 陝西省長安の南にある山。唐時代道教の本山があった。 ○斛斯山人 斛斯は姓。山人は山中に隠遁している人。 ○置酒 酒を用意してもてなしてもらうこと。


暮從碧山下。 山月隨人歸。
日暮れに碧山から下ってくると、山の端からのぼってきた月も我々についてくる。
山月 山の月。登ってきた月。登ってきた月はまだ山に近い。


卻顧所來徑。 蒼蒼橫翠微。
振り返って下りてきた小道を見れば山の緑の中に、こんもりとした青い色の道がぼんやりと中腹に続いて見える
蒼蒼 こんもりとした青い色。 ○翠微 山の中腹。


相攜及田家。 童稚開荊扉。
友と連れ立って百姓家に来ていた、子どもらが柴の戸を開けて迎えてくれた。
相攜 友と連れだって。 ○田家 百姓家。  ○童稚 こども。 ○荊扉 柴で作った粗末な開き戸。


綠竹入幽徑。 青蘿拂行衣。
緑の竹が暗い寂しい小道にまで生い茂り、青いツタが旅の衣にまとわりつく
幽徑 暗い寂しい小道。  ○青蘿 青いツタ。○行衣 旅衣。


歡言得所憩。 美酒聊共揮。
楽しみながら話をし、今夜の休むところもできた。うまい酒をちょっとともに酌み交わすことになった。
歡言 よろこんで話をする。○ 休息。 ○ ちょっと。 ○ ふるう、振り回す。さしずする。


長歌吟松風。 曲盡河星稀。
長々と歌を唄い、松風を聞いて口ずさむ、歌いきってしまうと天の河の星もまばらになっていた。
河星 星屑の天の河。


我醉君復樂。 陶然共忘機。
私は酔ってしまった、君もまた楽しんだ。心持よく酒に酔ったので、ともに淡泊自然の心境になったということだ。
陶然 心持よく酒に酔う。 ○忘機 世のからくりや人間のたくらみを忘れる。道教の主張する淡泊自然の心境を言う。


○韻 下、歸、微、扉、衣、稀、機。


 斛斯(こくし)山人とは李白の道士仲間である。その人と共に山中で道教を学び、その帰りに田家に立ち寄って、酒を飲み、泊まらせてもらった。山中問答の詩、游南陽清泠泉と同じような趣を詠った李白の道教的な考え、あるいは理想を表したものだ。「遊南陽清泠泉」の3聯と下終南山過斛斯山人宿置酒の6聯類似している。

李白 「遊南陽清泠泉」
1.惜彼落日暮、愛此寒泉清。    
2.西耀逐流水、蕩漾遊子情。
3.空歌望雲月、曲尽長松声。
(空しく歌い雲間の月を眺めている、曲が終われば、高い松を抜ける風の音がするばかりだ。)
下終南山過斛斯山人宿置酒
1.暮從碧山下。 山月隨人歸。
2.卻顧所來徑。 蒼蒼橫翠微。
3.相攜及田家。 童稚開荊扉。
4.綠竹入幽徑。 青蘿拂行衣。
5.歡言得所憩。 美酒聊共揮。
6.長歌吟松風。 曲盡河星稀。
(長々と歌を唄い、松風を聞いて口ずさむ、歌いきってしまうと天の河の星もまばらになっていた。)
7.我醉君復樂。 陶然共忘機。




終南山下り斛斯山人を過り宿し置酒す
暮に碧山從(より)下れば、 山月 人隨って歸える。
卻(かえ)って來る所の徑を顧みれば、蒼蒼として翠微(すいび)に橫たう。
相攜(あいたずさ)えて田家に及べば、童稚(どうち) 荊扉(けいひ)を開く。
綠竹 幽徑(ゆうけい)に入り。 青蘿(せいち) 行衣を拂う。
歡言 憩う所を得。 美酒 聊(いささ)か共に揮(ふる)う。
長歌 松風に吟じ。 曲盡きて河星 稀なり。
我 醉うて 君も復た 樂しむ。 陶然して 共に機を忘る。

李白と道教48襄陽歌 ⅱ

李白と道教48襄陽歌 ⅱ

千金駿馬換小妾、笑坐雕鞍歌落梅。
千金の値うちのあるスマートな足の早い馬を、おれの女と取り換えてもらい、にっこり笑い、見事な彫り物をほどこした鞍にまたがり、「落梅」の歌を口ずさむ。
お供の車には傍に一重の酒がぶらさげてあり、鳳の笠やら竜の笛が、道をゆきつつ、酒を飲めと催促している。 
・千金:千枚の黄金。多額の金銭。 ・駿馬換小妾:後魏の曹彰が駿馬を見つけ、それを何とか手に入れたいと思って、馬主に対して「自分には好い妾(つま)たちがいるので、あなたがすきな妾を選び、それと馬とを交換しよう」と持ちかけたという故事。『獨異志』。 ・駿馬:〔しゅんめ〕すぐれた馬。良馬。足の速く強い馬。 ・換:交換する。 ・小妾:〔しょうしょう〕若いめかけ。 ・雕鞍:立派な彫り物を施した鞍(くら)。 ・歌:うたう。動詞。 ・落梅:笛の演奏用の『落梅花』という曲名のこと。

車旁側挂一壺酒、鳳笙龍管行相催。
お供の車には傍に一重の酒がぶらさげてあり、鳳の笠やら竜の笛が、道をゆきつつ、酒をのめと催促している。
・車旁:車の側壁。 ・側挂:ぶら下げている。つり下げている。 ・鳳笙龍管:鳳の鳴き声のような(鳳の姿のような)笙に、龍のなき声のような笛の音。」  ・行:行きながら。ゆくゆく。 ・相催:促してくる。 ・相-:動詞の前に附き、動作の及ぶ趨勢を表す。…てくる。…ていく。

咸陽市中歎黄犬、何如月下傾金罍。
成陽の町のまん中で「黄色い犬をつれて免狩りしたかった」などと嘆いた秦の李斯のさいごを思うと、たとえ出世しなくとも、月の下で、黄金の杯を傾けているほうが、どれだけよいことか。
 ・咸陽:〔かんよう〕秦の首都。秦・始皇帝がここに都を置く渭城。 ・歎黄犬:李斯の故事をいう。・何如:どうして及ぼうか。なんぞしかん。また、いかん。ここは、前者の意。 ・傾:(酒器を)傾ける。酒を飲むこと。かたぶく。下二、四段活用。 ・金罍:〔きんらい〕雷雲の模様を画いた黄金製の酒かめ。黄金製の酒器。

君不見晉朝羊公一片石、龜頭剥落生莓苔。
君は見ないか。あの立派な人格者の菅の羊公でさえ、いまは一かけらの石じゃないか。台石の亀の頭は、むざんに欠け落ちてしまって、苔が生えるじゃないか。
 ・君不見:諸君、見たことがありませんか。詩をみている人に対する呼びかけ。樂府体に使われる。「君不聞」もある。そこで詩のリズムが大きく変化する。 ・晉朝羊公一片石: 晉朝 (西)晋。265年~419年。三国の魏に代わり、265年権臣司馬炎が建てた国。280年、呉を併せて天下を統一したが、八王の乱で、匈奴の劉曜らによって316年に滅ぼされた。 ・羊公 呉と闘った西晋の名将・羊のこと。山を愛し、善政をしたため、羊の没後、民衆は羊が愛した山を望むところに石碑を築いた。 ・一片石 羊の石碑。前出の堕涙碑(紫字部分)のこと。
 ・龜頭:石碑の土台の亀の頭。石碑の土台部分は亀のような形をして、甲羅に碑を背負っている形になっている。あの亀のような動物は想像上のもので贔屓〔ひき;bi4xi4〕という。 ・剥落:剥げ落ちる。 ・莓苔:〔ばい〕こけ。

涙亦不能爲之墮、心亦不能爲之哀。
「涙を堕す碑」とよばれるのに、涙さえおとすことも出来ない。心もかれのために、かなしむことが出来ない。
 ・亦:…もまた。 ・不能:…ことはできない。 ・爲:…のために。 ・之:(古びてしまった)羊の堕涙碑。 ・墮:(涙を)落とす。 ・哀:哀しむ。

清風朗月不用一錢買、玉山自倒非人推。
すがすがしい風、まるい明るい月、こんなすてきなものが、一銭も出さずに買える。風に吹かれ、月を眺め、その上、酒を飲むなら、これにまさることはない。
・清風:清らかな風。涼しい風。さわやかな風。宗教的な趣を湛えた語。 ・朗月:明月。 ・不用:別に…の必要がない。 ・一錢買:お金を出して買う。外にこのような使い方があろうか。
 ・玉山自倒:竹林の七賢の一である魏の康の酒に酔ったさまは、彼の大柄さと人格の偉大さから、玉山がまさに崩れそうな様子だったという。  ・玉山:美しい容姿のたとえ。雪の積もった山。崑崙山の西にある西王母のいたところ。 ・非人…:人為的に…することは(でき)ない。

舒州杓 力士鐺。 李白與爾同死生。
常州の杓よ、力士のうつわよ。李白はたとえ死んでも、まして生きてるうちは、おまえをぜったい離さない。
舒州杓 舒州はいまの安徽省潜山県一帯(省の西南隅)で、唐代では、酒器の名産地。杓は酒をくむ柄杓。
唐の豫章郡産の酒を温めるのに使う三本脚の鼎という。 ○力士鎖 いまの江西省南昌市(唐代の予革)産の堅い上質の磁器、力士の形を刻んであるともいうし、また、力士は器の作者の名前ともいう。よくわからない。・鐺:〔そう〕三本脚の鼎で、酒を温めるのにつかう。 ・與:…と ・爾:なんぢ。酒、酒器を指す。 ・同死生:生死を共にする。

襄王雲雨今安在、江水東流猿夜聲。
襄王がたのしんだという巫山の雲や雨は、いまはいずこにありや。けっきよく、はかない夢ではなかったか。現に巫山には、そんなものは跡かたもない。山あいを長江の水がとうとうと東にむかって流れ、江を挟む山の中で、猿が夜になると、啼くだけだ。
・襄王雲雨 むかし楚の嚢王が詩人の宋玉をつれて、雲夢の丘に遊び、高唐という物見台から景色を眺めた。すると、その上に雲気が立ちこめ、高くまっすぐ上ったかと思うと、たちまち形をかえた。しばらくの間に、千変万化する。襄王がたずねた、「これは何か」。宋玉がこたえた、「いわゆる朝雲です」。「朝雲とは何か」。宋玉が説明した。
「昔先代の王さまがやはりこの高唐に遊びにきて、昼寝をされた。夢の中に一人の女が現われて言った。『わたしは巫山の女です。高唐へ遊びにきましたが、殿様もまた高唐に遊びに来られたことを聞きました。どうか、おそばに侍らせて下さいませ。』 王はお可愛がりになった。去るとき女が言った。「わたしは巫山の南の高い山の峰に住んでいますが、朝には雲となり、碁には雨となり、毎朝毎晩、南の丘の下へ行きます」。翌朝、行ってみると、果して女の言うとおりだったので、そこに社を建てて朝雲と呼んだ。興味をおぼえた嚢王は、朝雲についてその様子をききただす。宋玉は委細をつくして朝雲暮雨を歌いあげる。その話は、宋玉の「高唐の賦」にくわしい。ただし、ふつうの伝説では、夢のなかで巫山の女神と交わったのは、嚢王その人となっている。  ・今安在:今はどこにあるのか。
 ・江水:川の流れ。川の流れは、古来、時間の推移を謂う。流れ去る川の水で、歳月等の時間で一度去って再び帰らないものの譬え。 ・東流:東に向かって流れる。東流するのは中国の川の通常の姿であり、天理でもある。 ・猿夜聲:夜に猿が(悲しげになく)鳴き声。

○韻   西、迷、鞮、泥』 杯、杯、醅、台』 梅、催、罍、苔』 哀、推、鐺、生、聲』


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李白と道教48襄陽歌 ⅰ

李白と道教48襄陽歌 ⅰ

李白と陶淵明の続き

 陶淵明と李白との共通点を見てみると、①社会風刺の作品が少ない、②どことなく孤独感が感じられる、③身分階級の高さを感じなく、④虚勢を張って居る感がある、⑤酒を題材とする作品が多い、⑥非凡俗性、⑦子供は出てくるが妻は全くでない、

 違いは、①李白は明るい、陶淵明は暗い、②家族に対する姿勢、李白はあんまり考えていない、③李白は頽廃的な感じをもっている、④李白は職業詩人に徹している、などだろうか。もちろん、李白の「寄東魯二稚子」と陶淵明の「責子」だけで比較できるわけではないが、李白の唯一詩で子供のことをこれだけ知らないでいられる人間性はどこから来るのであろうか。お酒を飲んで論じ合っていて、竹渓の六逸と称していても社会風刺、社会批判がないのはどうしてなのか。

 一言で、詩人李白は、天才なのだ。それも群を抜いた天才なのだ。陶淵明や、杜甫のように社会と自分と生活;貧乏と戦ってそれを糧にして成長していく天才と、李白は努力をしなくても人を圧倒させる詩が詠えるのである。その天才的芸術性を育んだのが道教と考える。

 唐朝の成立と道教と密接な関係のあることは承知のことである。そして、武則天、韋后の政策によって、仏教を重んじられ始めたのをその後の皇帝玄宗により、それまで以上に道教が重んじられ、玄宗は道教が儒教や仏教の上位にあるという詔を下し、老子が孔子や釈迦牟尼より上位であると規定し、仏教の発展を制限した。

 全国に老子廟を立て、政治的に利用したため、道教は隆盛を極めていった。李白の成長に合わせたかのように呼応である。玄宗は道教の文学芸術の発展にも努力し、彼自身も道教音楽を作り、煉丹・斎などの宗教活動を提唱して、道教を大いに発展させた。唐代の公主が出家して女冠になり、朝廷内の賀知章などの大臣が道士になったことは、道士・女冠の社会的な地位がかなり高かったことを物語っている。

 こうした社会的背景があってこそ李白の遊学生活が成り立ったと考える。

 李白の生活ぶりを示す襄陽歌、襄陽曲四首 をあげる。


襄陽歌
落日欲沒峴山西。倒著接籬花下迷。
襄陽小兒齊拍手。攔街爭唱白銅鞮。
旁人借問笑何事。笑殺山翁醉似泥。』
鸕鶿杓。    鸚鵡杯。
百年三萬六千日。一日須傾三百杯。
遙看漢水鴨頭綠。恰似葡萄初醱醅。
此江若變作春酒。壘麴便筑糟丘台。』
千金駿馬換小妾。笑坐雕鞍歌落梅。
車旁側挂一壺酒。鳳笙龍管行相催。
咸陽市中嘆黃犬。何如月下傾金罍。
君不見晉朝羊公一片石。龜頭剝落生莓苔。』
淚亦不能為之墮。心亦不能為之哀。
清風朗月不用一錢買。玉山自倒非人推。
舒州杓。力士鐺。李白與爾同死生。
襄王云雨今安在。江水東流猿夜聲。』


まっ赤な夕日が幌山の西にしずもうとしている。白い帽子をさかさまにかぶって、花ざかりの木の下を、ふらりふらりとさまよう。

すると、裏陽の街の子供たちが大勢よってきて、いっせいに手をたたきながら、道いっぱいにふさがり、「白銅提」 の歌を口口にうたってはやしたてる。

いったい何でそんなに笑っているのかと、通りかかった人がたずねる。子供はこたえる、あのおじさんのベロベロに酔っぱらった恰好がおかしい。』


段通の柄杓。そして、艶鵡のさかずき。どちらもすばらしく立派なうつわだ。

人の一生は、百年であり、しょせん三万六千日。一日に三百杯、飲むことが必要だ。

はるかに洪水が見える。水はあおあおとして、ちょうど鴨の頭のような緑色。葡萄が醗酵しはじめる時の色によく似ている。

この川の水が、もしも春の酒に変るものなら、うずたかい麹で、酒の粕の高台を築いてやろう。』


千金の値うちのあるスマートな足の早い馬を、おれの女と取り換えてもらい、にっこり笑い、見事な彫り物をほどこした鞍にまたがり、「落梅」の歌を口ずさむ。
お供の車には傍に一重の酒がぶらさげてあり、鳳の笠やら竜の笛が、道をゆきつつ、酒を飲めと催促している。

成陽の町のまん中で「黄いろい犬をつれて免狩りしたかった」などと嘆いた秦の李斯のさいごを思うと、たとえ出世しなくとも、月の下で、こがねのさかずきを傾けているほうが、どれだけよいことか。』


君は見ないか。あの立派な人格者の菅の羊公でさえ、いまは一かけらの石じゃないか。台石の亀の頭は、むざんに欠け落ちてしまって、苔が生えてるじゃないか。
「涙を堕す碑」とよばれるのに、涙さえおとすことも出来ない。心もかれのために、かなしむことが出来ない。

すがすがしい風、まるい明るい月、こんなすてきなものが、一銭も出さずに買える。風に吹かれ、月を眺め、その上、酒を飲むなら、これにまさることはない。

いわゆる「玉山が倒れるように」、人が押さないのに防手に倒れてしまうぐらい、飲むにかざる!

常州の杓よ、力士のうつわよ。李白はたとえ死んでも、まして生きてるうちは、おまえをぜったい離さない。

襄王がたのしんだという巫山の雲や雨は、いまはいずこにありや。けっきよく、はかない夢ではなかったか。現に巫山には、そんなものは跡かたもない。山あいを長江の水がとうとうと東にむかって流れ、江を挟む山の中で、猿が夜になると、啼くだけだ。』

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(2)李白と道教 李白46西岳云台歌送丹邱子

(2)李白と道教 李白46西岳云台歌送丹邱子

 李白は少年時代、四川省にいた頃、処士東巌子といい者と岷山(ビンザン)に隠棲していたことがある。東巌子の素姓は不明だが、彼等の生活が十二分に道教的な色彩を帯びたものであったことは否めない。李白は20代後半から30代にかけ、しばしば隋州(湖北省)の胡紫陽の許に赴いた。胡紫陽の事蹟は李白の作「漢東紫陽先生碑銘」あり、ここに詳しく伝えられている。

 「胡紫陽は代々道士の家に生れ、九歳で出家し、十二歳から穀類を食うことをやめ(これが修行の第一段階である)、二十歳にして衡山(五嶽の一、南嶽、湖南省衡陽の北)に遊んだ。(この後は欠文があって判りにくいが、その後、召されて威儀及び天下採経使といふ道教の官に任ぜられ、隋州に飡霞楼を置いたなどのことが書かれている。)彼の道統は漢の三茅(茅盈、茅固、茅衷の三兄弟)、晋の許穆父子等に流を発し、その後、陳の陶弘景(陶隠居)、その弟子唐の王遠知(昇元先生)、その弟子潘師正(体元先生)、その弟子で李白とも交りのあった司馬承禎(貞一先生)を経て、李含光より伝はった。弟子は三千余人あったが、天宝の初、その高弟元丹邱はこれに嵩山(スウザン)及び洛陽に於いて伝籙をなさんことを乞うたが、病と称して往かぬといふ高潔の士であった。その後、いくばくもなくして玄宗に召されると、止むを得ないで赴いたが、まもなく疾と称して帝城を辞した。その去る時には王公卿士みな洛陽の龍門まで送ったが、葉県(河南省)まで来て、王喬(また王子喬、王子晋といい周の王子で仙人だったと)の祠に宿ったとき、しずかに仙化した。この年十月二十三日、隋州の新松山に葬った。時に年六十二歳であった。」

 と示しており、李白が紫陽と親交あり、紫陽の説教の十中の九を得たことをいっている。李白にはまた別に「隋州の紫陽先生の壁に題す」という詩があり、紫陽との交りを表している。しかし胡紫陽先生よりも、その高弟子元丹邱との関係は、さらに深い。その関係を表す詩だけでも、以下の12首もある。

 1.西岳云台歌送丹邱子   「西嶽雲台の丹邱子を送る歌」、(11/7/1)
 2.元丹邱歌           「元丹邱の歌」、                            (11/6/30)
 3.潁陽元丹邱別准陽之   「潁陽にて元丹邱の准陽に之くに別かる」、
 4.詩以代書答元丹邱    「詩を以って書に代え元丹邱に答う」、
 5.酬岑勛見尋就元丹邱對酒相待以詩見招
            「岑勛に尋ねられ元丹邱に就いて酒に対して相待ち詩を以って招かれるに酬いる」、
 6.尋高鳳石門山中元丹邱      「高鳳の石門山中に元丹邱を酬いぬ」、
 7.觀元丹邱坐巫山屏風       「元丹邱が坐の巫山屏風を観る」、
 8.題元丹邱山居           「元丹邱の山居に題す」、
 9.題元丹邱潁陽山居 并序      「元丹邱の潁陽の山居に題す並びに序」、
10.題嵩山逸人元丹邱山居 并序  「嵩山の逸人元丹邱の山居に題す并びに序」
11.聞丹邱子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡、
12.與元丹邱方城寺談玄作 、


 以上の十二首である。その他にも詩中彼の名の表われる詩も五篇あるので、元丹邱を李白の第一の友、尊敬する先輩という存在であろう。これらの詩の中、第一のものは最も力作である。第2の元丹邱歌を最初に紹介したのはここに導入するためにふさわしいと考えたからである。

七言古詩  西嶽雲臺歌送丹邱子 
西嶽崢嶸何壯哉、黄河如絲天際來。 
黄河萬里觸山動、盤渦轂轉秦地雷。』
榮光休氣紛五彩、千年一清聖人在。 
巨靈咆哮擘兩山、洪波噴箭射東海。』 
三峰却立如欲摧、翠崖丹谷高掌開。 
白帝金精運元氣、石作蓮花雲作臺。』 
雲臺閣道連窈冥、中有不死丹邱生。 
明星玉女備灑掃、麻姑搔背指爪輕。』 
我皇手把天地戸、丹邱談天與天語。
九重出入生光輝、東來蓬萊復西歸。 
玉漿儻惠故人飲、騎二茅龍上天飛。』


西嶽はなんと荘厳で険しいことか、黄河は広く長く天まで糸が続くように。
黄河はどこまでも山に沿って動く、濁流が渦巻き水かきたて長安の街に地鳴りのように響く。』
河洛を祭ったら榮光が色とりどりに四方に立ち込めてくるような、千年に一人といわれる聖人なのである。
黄河の神は雄叫びをあげて両山を引き裂く、荒れ狂う波は飛沫を挙げながら東海へ。』
華山の三峰は立ちはだかって押しとどめようとしている、みどり茂る崖、赤き谷は両手を高く広げ仙人を招いている。
白帝の神は金精で元氣を運んでくるし、石作蓮花に雲はその臺となしている。
雲臺、楼閣への道は暗処につながっているが、働き盛りの丹邱生は死なない。
明星の玉女は掃除のために備えておられる、麻姑の神人は背をかく指も爪も鳥のように軽やかに伸びている。』
わが皇帝は天地の戸を自由にしておられるが、丹邱は天に肩を並べる皇帝と話をしている。
九重の御門を出入しても堂々としている、東のほうへ蓬萊の神を訪ね次は西の神を訪ねて歸ってくる
玉漿をもし私しに飲ませてくれたなら、華山にある呼子先のように、龍にのって天に昇り飛んで行くだろう。』

李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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李白45 元丹丘歌(李白と道教(1))

李白45 元丹丘歌(李白と道教(1))

  元丹邱は李白が30歳前後に交際していた道士のひとり。李白はこの人物の詩を12編も書いているとおり、心から信服していたようだ。頴川は河南省を流れる川、元丹邱丘はこの川のほとりに別荘をもっていた、嵩岑は嵩山のこと、五岳のひとつで神聖な山とされた。

元丹邱歌
元丹邱  愛神仙。
朝飲頴川之清流、暮還嵩岑之紫煙。
三十六峰長周旋。

長周旋 躡星虹。
身騎飛龍耳生風、横河跨海与天通。
我知爾遊心無窮。


元丹丘は、神仙を愛す。
朝には頴川の清流を飲み、暮には嵩山のもやの中へと帰っていく。
嵩山の三十六峰を常に巡回している。

いつも巡回しては、星や虹を踏んで歩く、またその身は飛龍に乗って耳を風になびかせ、黄河を横断し東海をまたいで天に通ずる、私には君の果てしない心がよく分っている

韻 仙、煙、旋。/ 虹、通、窮。

元丹邱の歌
元丹邱(げんたんきゅう)  神仙(しんせん)を愛す
朝(あした)には頴川(えいせん)の清流を飲み
暮(くれ)には嵩岑(すうしん)の紫煙(しえん)に還る
三十六峰  長く周旋(しゅうせん)す
長く周旋し  星虹(せいこう)を躡(ふ)む
身は飛龍(ひりゅう)に騎(の)って耳は風を生じ
河(か)を横ぎり海を跨(また)げて天と通ず
我れ知る  爾(なんじ)の遊心窮(きわま)り無きを

 李白は秋まで宋州に滞在したが、再び運河を西にもどって嵩山(河南省登封県の北)に行き、元丹邱の山居に滞在した。元丹邱は安陸以来の尊敬する道士で、このときは安陸から嵩山に移ってきていたようだ。

 この元丹邱と李白の関係、李白の詩に多大な影響を与えた道教についてみていかないと理解はできない。直接、詩題に挙げたのは十二種、詩の中で名前を挙げているのが五首もある。そして、道教に関連した詩はたくさんある。道教の修行の丹という名がついていることから、一定以上の地位の人物であったのだろう。もう一つは唐の時代で儒教、仏教、道教とあったが最も大切にされたのが道教なのだ。事実、この時代道教はもっとも隆盛な時を迎えている。太宗、武則天と道教を国宗として進め、725年11月、玄宗は、道教が儒教や仏教の上位にあるという詔を下し、泰山に封禅の礼を行うことで、最盛期を迎えたのだ。李白はこの時24歳、これに触発されるように蜀を発したのである。李白はそれ以降、道教の盛んな各地を回っている。

  これらから李白と道教との関係は実に深いように感じられ、その関係をのべなければ、李白の詩を深めることができない。(数々の謎は実は道教に傾倒していることから生じたもの!?と思っている。)

 彼の詩が賀知章をして「謫仙」と呼ばせたのも当然であるが、これがまた儒教的な杜甫の詩と好対照であり、隆盛により圧倒していたことから下降いていくにともない、そのため後の儒教、仏教から批評、特に宋代の詩人学者から、李白の詩を杜甫の詩の下に置こうとする傾向が起っている。藝術上問題のみならず、彼の生活に多大の影響を及ぼしているこの道教と李白との関係を、「元丹邱の歌」を契機にブログを進めていこうと思う。
 ただ、日本では、この元丹邱と李白の関係について紹介している事例が少なくマイナーであり、面白くないかもしれない。しかし、マイナーなところを取り上げていくことが漢文委員会の役割と考えている。

 李白と杜甫の交友で、杜甫は李白を尊敬してやまないが、李白は普通の付き合いとしか思えない行動を示している。これは、杜甫が儒教を基本に仏教も勉強し尊重しているからであろう。したがって、あっさり別れているし、一旦別れると、その後の接触を断っている。
 また、長安で、いろんな人との触れ合いがある中、詩人として抜きんでていた王維との接点がないのも、おかしい。李白は、任侠に足を染めた過去が原因というより、道教的な考えで遭遇の機会すら得ようとしなかったのではなかろうか。この時、王維も李白も、同時期、長安洛陽にいた形跡があり接触してもおかしくはなかったが、そうならなかったのは、対比表作成しても何から何まで、正反対の王維と李白であったためであろう。
 科挙の試験を受けなかった李白が、道教の付き合いから念願の朝廷から招致されるのである。李白の長期計画の成功を見るのである。

 こうした意味でも李白と道教を見ていくことになる。ものがたり的ではなく、できるだけ李白の詩で見ていくことにする。

つづく

李白32 玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿二首 其二

 蜀の国から都に出てきた無名の詩人が時の宰相に会えた。 李白が時の宰相、張説(ちょうえつ)の世話になったことは凄いことではある。なぜこの時仕官できなかったのであろうか。確かに張説は前後して没してはいる(730年歿)ものの宰相をしている時に会い、家の世話までしてもらっている。しかし、その事跡も1000年もの間埋もれてしまうほどこの頃の李白に問題があったのか、訴えるものがなかったのか、出自に問題ありとされたのか、疑問の残る点である。ただ、張説が没したのち息子の張洎(ちょうき)がどこまで李白をフォローしたかについては分からない。(張説ものがたり  安史の乱  安史の乱の三詩人)

 しかし、李白はこの張洎に対し詩を残している。(この張説の息子張洎は安史の乱の際、玄宗絶対の信頼があった。しかし、絶対ないと思われていた裏切りを見せ後死亡)其の一では(729年秋に)その張洎に家を探してもらってそこでの生活を詠っている。この段階では、貧しさも求職のことも全く触れていない。其の二では、一変して強烈な詩に転じている。この詩は、内容、韻で三分割して読んだほうが分かりやすいかと文末に下し分を添えて示した。

李白32 玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿二首(其の二) 

其二
苦雨思白日。浮云何由卷。稷契和天人。陰陽乃驕蹇。
秋霜劇倒井。昏霧橫絕巘。欲往咫尺涂。遂成山川限。
潀潀奔溜聞。浩浩驚波轉。泥沙塞中途。牛馬不可辨。』
飢從漂母食。閑綴羽陵簡。園家逢秋蔬。藜藿不滿眼。
蠨蛸結思幽。蟋蟀傷褊淺。廚灶無青煙。刀機生綠蘚。』
投箸解鷫。換酒醉北堂。丹徒布衣者。慷慨未可量。
何時黃金盤。一斛荐檳榔。功成拂衣去。搖曳滄洲旁。』


長雨続きで困ったものだ、カンカン照りがなつかしい。農耕の神様、后稷こうしょくや契の伝説の時代は天地がうまくなじんでいたが、太陽も月も驕っている。秋の長雨はバケツを返したような豪雨で、雨霞は峰まで覆い尽くしている。手じかなところへ行こうと思っても、山川にさえぎられる。
ごうごうとため池に水があふれ、浩々と大波が寄せてくる。
 土石流は行く手を遮り、牛か馬か見分けはつかない。
本筋を投げ捨て皮のころもを質に入れ、酒を手に入れ奥座敷で酔っぱらう。』


ひもじいと老女(漂母)からでも食を貰い、暇に任せて虫に食われた本を綴りなおす
農家では秋野菜の収穫期であるのに、わが家には豆の葉っぱもない
蜘蛛は網の上で静かにしているし、コオロギは狭い場所をうれいている。
釜戸には紫炎などないし、包丁やまな板は青カビが生えている。』


丹徒にいた無冠位のものがいた、計り知れないほど辱められた
いつになったら黄金の大皿に、一斛の檳榔を盛り出せるのか
功が達成すれば衣の塵を払って去り、滄洲のあたりで のんびり暮したい』

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●后稷(こうしょく)は、伝説上の周王朝の姫姓の祖先。中国の農業の神として信仰されている。


●漂母 韓 信(かん しん、生未詳 - 紀元前196年)は、貧乏で品行も悪かったために職に就けず、他人の家に上がり込んでは居候するという遊侠無頼の生活に終始していた。こんな有様であったため、淮陰の者はみな韓信を見下していた。とある亭長の家に居候していたが、嫌気がした亭長とその妻は韓信に食事を出さなくなった。いよいよ当てのなくなった韓信は、数日間何も食べないで放浪し、見かねた老女に数十日間食事を恵まれる有様であった。韓信はその老女に「必ず厚く御礼をする」と言ったが、老女は「あんたが可哀想だからしてあげただけのこと。御礼なんて望んでいない」といわれた。老女が真綿を晒す老女であったことから、漂母という。


●丹徒の布衣者と一斛いっこくの檳榔びんろう
 劉 穆之(りゅう ぼくし、360年 - 417年)は、中国五胡十六国時代の東晋末期に劉裕(宋の武帝)に仕えた政治家のことさす。若く貧しかった頃は、妻の兄である江氏の家に食事を乞いに行っては、しばしば辱められ、妻にも行くのを止められたが、これを恥としなかった。後に劉穆之は江氏の祝いの宴会に赴き、食後の消化に檳榔を求めたが、江氏の兄弟に「いつも腹を空かしているのにそんなものがいるのか」とからかわれた。妻は髪を切った金で兄弟に代わり劉穆之に食事を出したが、これ以後、劉穆之の身繕いをしなくなった。後に劉穆之は丹陽尹となると、妻の兄弟を呼び寄せようとした。妻が泣いて劉穆之に謝ると、劉穆之は「もともと怨んでもいないのだから、心配することもない」といい、食事で満腹になると金の盆に盛った1斛の檳榔を彼らに進めたという。

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 李白は科挙の試験同様に故事を引用し、自分も才能があり、必ず出世できる。出世をして恩を返しをしたい。張洎に求職を訴えたのだ。同時に、スポンサーを求めたのだ。スポンサー、パトロンがいないとどうしようもないのが詩人である。宮廷詩人になる早道は、科挙試験に及第すること、詩を披露するチャンスは圧倒的に増大する。李白のように高級官僚に詩を贈り認めてもらう間接的なやり方はかなり困難な手段であったのだ。こののち杜甫も同様に貴族宛に詩を贈るが、全く相手にされなかった。求職というより、パトロン探しというのが本命であったと思う。
 この詩を送られた人間、あるいは客観的な人間から見て、どうだろう。千数百年の昔の人は説得されたであろうか、詩は曲に合わせて歌われれば内容はどうだっていいのだろうか。これだけ、詩才があり、知識がある人がいっていることだから、きっと良いことを言っている。受け取る側が好意的でないと理解できないのではなかろうか。
 もうひとつは、これが理解してもらえないならまた別な人に訴えよう、別のところに行こう、というのか。

○韻巻、蹇、、転。辨、簡、眼、浅、蘚。/ 霜、堂、量、榔、傍。



玉真公主の別館に雨に苦しみ衛尉張卿に贈る 二首(一を録す)
苦雨(くう) 白日(はくじつ)を思う、浮雲(ふうん) 何に由(よ)ってか巻かん。
稷(しょく) 契(せつ) 天人(てんじん)を和し、陰陽 仍(な)お驕蹇(きょうけん)たり。
秋霖(しゅうりん) 劇(はげ)しく井を倒(さかしま)にし、昏霧(こんむ) 絶巘(ぜつけん)に横たわる
咫尺(しせき)の塗(みち)を往(ゆ)かんと欲するも、遂に山川(さんせん)の限りを成(な)す。
潨潨(そうそう)として奔溜(ほんりゅう)瀉(そそ)ぎ、浩浩(こうこう)として驚波(きょうは)転ず
泥沙(でいさ)  中途を塞(ふさ)ぎ、牛馬(ぎゅうば)  辨(べん)ず可からず』

飢えて漂母(ひょうぼ)に従って食し、閑(かん)に綴る  羽林(うりん)の簡(かん)
園家(えんか)  秋蔬(しゅうそ)に逢(あ)うに、藜藿(けいかく)  眼(め)に満たず
蠨蛸(しょうしょう) 思幽(しゆう)を結び、蟋蟀(しつしゅつ) 褊浅(へんせん)を傷(いた)む
厨竃(ちゅうそう)青烟(せいえん)無く、刀机(とうき)  緑蘚(りょくせん)を生ず』

筋(はし)投じて鷫霜(しゅくそう)を解(と)き、酒に換えて北堂(ほくどう)に酔う
丹徒(たんと)布衣(ふい)の者、慷慨(こうがい)  未だ量(はか)る可からず
何(いずれ)の時か 黄金の盤(ばん)、一斛(いっこく)の檳榔(びんろう)を薦(すす)めん
功(こう)成(な)らば衣(い)を払って去り、滄洲(そうしゅう)の傍(かたわら)に揺裔(ようえい)せん』



玉真公主の別館に雨に苦しみ衛尉張卿に贈る 二首(一を録す)


苦雨思白日。浮雲何由巻。稷契和天人。陰陽仍驕蹇。
秋霖劇倒井。昏霧横絶巘。欲往咫尺塗。遂成山川限。
潨潨奔溜瀉。浩浩驚波転。泥沙塞中途。牛馬不可辨。』

苦雨(くう) 白日(はくじつ)を思う、浮雲(ふうん) 何に由(よ)ってか巻かん。
稷(しょく) 契(せつ) 天人(てんじん)を和し、陰陽 仍(な)お驕蹇(きょうけん)たり。
秋霖(しゅうりん) 劇(はげ)しく井を倒(さかしま)にし、昏霧(こんむ) 絶巘(ぜつけん)に横たわる
咫尺(しせき)の塗(みち)を往(ゆ)かんと欲するも、遂に山川(さんせん)の限りを成(な)す。
潨潨(そうそう)として奔溜(ほんりゅう)瀉(そそ)ぎ、浩浩(こうこう)として驚波(きょうは)転ず
泥沙(でいさ)  中途を塞(ふさ)ぎ、牛馬(ぎゅうば)  辨(べん)ず可からず』



飢従漂母食。閑綴羽林簡。園家逢秋蔬。藜藿不満眼。
蠨蛸結思幽。蟋蟀傷褊浅。厨竃無青烟。刀机生緑蘚。』

飢えて漂母(ひょうぼ)に従って食し、閑(かん)に綴る  羽林(うりん)の簡(かん)
園家(えんか)  秋蔬(しゅうそ)に逢(あ)うに、藜藿(けいかく)  眼(め)に満たず
蠨蛸(しょうしょう) 思幽(しゆう)を結び、蟋蟀(しつしゅつ) 褊浅(へんせん)を傷(いた)む
厨竃(ちゅうそう)青烟(せいえん)無く、刀机(とうき)  緑蘚(りょくせん)を生ず』



投筋解鷫霜。換酒酔北堂。丹徒布衣者。慷慨未可量。
何時黄金盤。一斛薦檳榔。功成払衣去。揺裔滄洲傍。』

筋(はし)投じて鷫霜(しゅくそう)を解(と)き、酒に換えて北堂(ほくどう)に酔う
丹徒(たんと)布衣(ふい)の者、慷慨(こうがい)  未だ量(はか)る可からず
何(いずれ)の時か 黄金の盤(ばん)、一斛(いっこく)の檳榔(びんろう)を薦(すす)めん
功(こう)成(な)らば衣(い)を払って去り、滄洲(そうしゅう)の傍(かたわら)に揺裔(ようえい)せん』


参考

其一

秋坐金張館。 ( 秋一作愁 ) 繁陰晝不開。 空煙迷雨色。 蕭颯望中來。 翳翳昏墊苦。

沉沉憂恨催。 清秋何以慰。 白酒盈吾杯。 吟詠思管樂。 此人已成灰。獨酌聊自勉。

誰貴經綸才。 彈劍謝公子。 無魚良可哀。


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金陵酒肆留別  李白 7

 天門から北へ流れていた長江が東へ向きを変えると、舟はやがて江寧(こうねい・江蘇省南京市)の渡津(としん)に着く。江寧郡城は六朝の古都建康(けんこう)の跡である。雅名を金陵(きんりょう)といい、李白はほとんどの詩に「金陵」の雅名を用いている。金陵の渡津は古都の南郊を流れる秦淮河(しんわいか)の河口にあり、長干里(ちょうかんり)と横塘(おうとう)の歓楽地があ。そして酒旗高楼が林立している。


李白 7

金陵酒肆留別          
風吹柳花満店香、呉姫圧酒喚客嘗。
風は柳絮(りゅうじょ)を吹き散らし  酒場は香ばしい匂いで満ちる
          呉の美女が酒をしぼって客を呼び 味見をさせる
金陵子弟来相送、欲行不行各尽觴。
金陵の若者たちは  集まって別れの宴を開いてくれ
       行こうとするが立ち去りがたく  心ゆくまで杯を重ね合う
請君試問東流水、別意与之誰長短。

どうか諸君  東に流れる水に尋ねてくれ
           別れのつらさとこの水は  どちらが深く長いかと


風は柳絮(りゅうじょ)を吹き散らし  酒場は香ばしい匂いで満ちる
呉の美女が酒をしぼって客を呼び 味見をさせる
金陵の若者たちは  集まって別れの宴を開いてくれ
行こうとするが立ち去りがたく  心ゆくまで杯を重ね合う
どうか諸君  東に流れる水に尋ねてくれ
別れのつらさとこの水は  どちらが深く長いかと


 李白は秋から翌年の春にかけて、金陵の街で過ごし、地元の知識人や若い詩人たちと交流した。半年近く滞在した後、726年開元十四年、暮春に舟を出し、さらに東へ進む。詩は金陵を立つ時の別れの詩で、呉の美女がいる酒肆(しゅし)に知友が集まり、送別の宴を催してくれる。


韻は、香、送、觴。/嘗、短。

金陵酒肆留別          
風吹柳花満店香、呉姫圧酒喚客嘗。
金陵子弟来相送、欲行不行各尽觴。
請君試問東流水、別意与之誰長短


(下し文)
金陵の酒肆にて留別す
風は柳花(りゅうか)を吹きて  満店香(かん)ばし
呉姫(ごき)は酒を圧して  客を喚びて嘗(な)めしむ
金陵の子弟(してい)  来りて相い送り
行かんと欲して行かず  各々觴(さかずき)を尽くす
請う君  試みに問え  東流(とうりゅう)の水に
別意(べつい)と之(これ)と  誰か長短なるやと


李白の詩 連載中 7/12現在 75首

2011・6・30 3000首掲載
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訪載天山道士不遇 李白1

訪載天山道士不遇 李白1
■ 李白の父親の身分・職業については何もわかっていない。一般的に、李白の家は異民族の出で、西域から蜀に移り住んできたということになっている。本当に異民族なのか、身分的な問題のある出自なのかわかるものは残っていないようだ。
 しかし、李白には兄と弟がいたが、李白だけが教育を受けてけている。教育を受けることは、官吏を目指すことだ。
 李白は幼いときから頭がよく、父親にこの子に教育をさずけて官吏にしようという気持ちと必要な資金があった。知識人になるためには字を学び書を読む必要がある。学問をするためには寺院にこもって、その蔵書を読む必要があった。


李白 1
訪載天山道士不遇   
載天山の道士を訪ねて遇わず
犬吠水声中、桃花帯露濃。
犬の吠え声は谷川の流れる音にまじって静かである。桃の花びらは  露に濡れてより鮮やかになる。
樹深時見鹿、渓午不聞鐘。
木立は深いのでときおり鹿の姿を見かける、谷川には  正午になっても鐘の音が聞こえない。
野竹分青靄、飛泉挂碧峰。
野竹の林は青い靄を分かつように立っている。滝の飛沫(しぶき)が緑の峰にかかっている。
無人知所去、愁倚両三松。
道士は行く先を知る人はいない、悲しい思いで二、三本集まった松の木に寄りかかった。


●載天山の道士を訪ねて遇わず
犬の吠え声は谷川の流れる音にまじって静かである。桃の花びらは  露に濡れてより鮮やかになる。
木立は深いのでときおり鹿の姿を見かける、谷川には  正午になっても鐘の音が聞こえない。
野竹の林は青い靄を分かつように立っている。滝の飛沫(しぶき)が緑の峰にかかっている。
道士は行く先を知る人はいない、悲しい思いで二、三本集まった松の木に寄りかかった。

訪載天山道士不遇
○載天山 四川省彰明県の北にある山。別名として、大康山、康山、大匤山、とある。李白が少年時代、読書をしたところ。○道士 道教の修行につとめ、その祭儀を執り行う専門家。道家。 ・神仙の術を行う人。仙人。方士。 ○不遇 隠遁者の生活環境は「閑」であり、「静」である。会えないのが基本。 *陶淵明の詩のイメージを借りている。

犬吠水声中、桃花帯露濃。
犬の吠え声は谷川の流れる音にまじって静かである。桃の花びらは  露に濡れてより鮮やかになる。
犬吠 静寂を示す。猿が鳴くのは、愁いを示す。鳥が鳴くのはうるさいことを示す。 

樹深時見鹿、渓午不聞鐘。
木立は深いのでときおり鹿の姿を見かける、谷川には  正午になっても鐘の音が聞こえない


野竹分青靄、飛泉挂碧峰。
野竹の林は青い靄を分かつように立っている。滝の飛沫(しぶき)が緑の峰にかかっている。

無人知所去、愁倚両三松。
道士は行く先を知る人はいない、悲しい思いで二、三本集まった松の木に寄りかかった。

●載天山の道士を訪ねて遇わず
犬は吠(ほ)ゆ  水声(すいせい)の中(うち)
桃花(とうか)は露を帯びて濃(こま)やかなり
樹(き)は深くして  時に鹿を見(み)
渓(たに)は午(ご)にして  鐘(かね)を聞かず
野竹(やちく)は青靄(せいあい)を分け
飛泉(ひせん)は碧峰(へきほう)に挂(か)かる
人の去(ゆ)く所を知る無し
愁(うれ)えて倚(よ)る  両三松(りょうさんしょう)


 李白は十八歳のころには郷里の近くにあった載天山の大明寺に下宿して読書に励んでいる。
詩は載天山に道士を訪ねていって会えなかったときのもので、十六、七歳で本格的に学問をはじめたころの作品。こまやかな観察と少年のころの李白の淳朴な姿が写し出されていて、初期の習作のなかでは佳作に属する微笑ましい詩だ。しかし、厳密にいえば詩才は十分に感じられるが、他の詩人の若き頃の作品と比較すると技巧的には抜群で、レベルは非常に高いところにあるが若さに欠ける感じを受けるのは私だけだろうか。もう一つ「隠者を訪ねて隠者に会えず」という設定はやはり若者の発想ではないような感じがしてならない。

韻は、中、濃、鐘、峰、松。

犬吠水声中、桃花帯露濃。
樹深時見鹿、渓午不聞鐘。
野竹分青靄、飛泉挂碧峰。
無人知所去、愁倚両三松。

犬は吠(ほ)ゆ  水声(すいせい)の中(うち)
桃花(とうか)は露を帯びて濃(こま)やかなり
樹(き)は深くして  時に鹿を見(み)
渓(たに)は午(ご)にして  鐘(かね)を聞かず
野竹(やちく)は青靄(せいあい)を分け
飛泉(ひせん)は碧峰(へきほう)に挂(か)かる
人の去(ゆ)く所を知る無し
愁(うれ)えて倚(よ)る  両三松(りょうさんしょう)

717年 開元5年 17歳 載天山に隠れる。
718年 開元6年 18歳 
719年 開元7年 19歳 ・李白 豪放で恬淡な生活。任侠徒に加わり殺傷させる。
720年 開元8年 20歳 蘇頲に認められる。
721年 開元9年 21歳 成都、峨眉山に遊ぶ。
722年 開元10年 22歳 2 岷山に隠れる。
723年 開元11年 23歳 
724年 開元12年 24歳  ・李白 蜀を発。江陵、洞庭湖など巡る。「峨眉山月歌」


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