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東君
暾將出兮東方,照吾檻兮扶桑。
朝日は赤々として東の空に出ようとし、扶桑にある我が宮殿の欄干を照らしはじめている。
撫余馬兮安驅,夜皎皎兮既明。
わたしの馬を撫でてやり、静かにさせて駆けだすと、夜は白々と明けて、もう明るく輝いている。
駕龍輈兮乘雷,載雲旗兮委蛇。
竜に車を引かせて雷雲に乗り、雲の旗をひらめかせて、ゆらゆらとたなびいている。
長太息兮將上,心低佪兮顧懷。
わたしは大きな長いため息をついて、いよいよ一気に天に上ろうとすると、心は去りがたく後ろのほうを振り返る。
羌聲色兮娛人,觀者憺兮忘歸。」
ああ、歌声や美しい巫女の私をなぐさめる、見るものは皆心安らかに帰るのを忘れる。
緪瑟兮交鼓,簫鍾兮瑤虡,
音律におうじて調子を合わせているうちに、神々がやってきて、日を蔽うように天から降りあつまる。張りつめた瑟の糸を締め、鼓をかわるがわるに打ち交わし、鍾をうち、簴(きょ)を瑤るがせる。
鳴箎兮吹竽,思靈保兮賢姱。
横笛を鳴らして、縦笛を吹けいている、そして巫女の徳すぐれてかしこく見た目が美しいことを思うのである。
翾飛兮翠曾,展詩兮會舞。
巫女たちは飛びまわり、カワセミのように飛び上がる、そして詩を歌いながら舞いまわっている。
應律兮合節,靈之來兮蔽日。」
青雲衣兮白霓裳,舉長矢兮射天狼。
太陽のわたしは青雲の上衣に白霓の裳をつける、太陽光線の長矢を以て天狼星を射る。
操余弧兮反淪降,援北斗兮酌桂漿。
私はそれを操って弓を持って下方へむかって降りてきて、北斗星の柄杓をとって肉桂の漿を酌むのである。
撰余轡兮高駝翔,杳冥冥兮以東行。」
そしてわが手綱を振り上げて高く駆け上って、はるかな暗黒の中をわたしは東へと行くのである。
暾【とん】として將に東方に出でんとし、吾が檻【かん】を扶桑【ふそう】に照らす。
餘が馬を撫して安驅すれば、夜は晈晈【こうこう】として既に明らかなり。
龍輈【りょうちゅう】に駕して雷に乘り、雲旗を載【た】てて委蛇たり。
長太息して將に上らんとすれど、心は低佪して顧【かへり】み懷ふ。
羌【ああ】聲色の人を娛ましむる、觀る者憺として歸るを忘る。」
瑟を緪【こう】し鼓を交へ、鍾を簫【う】ち簴【きょ】を瑤す。
箎【ち】鳴らし竽を吹き、靈保の賢姱【けんか】なるを思ふ。
翾飛【けんぴ】して翠曾し、詩を展【の】べて會舞す。」
律に應じて節に合すれば、靈の來ること日を蔽ふ。
餘が弧を操【と】りて反って淪降【りんこう】し、北斗を援【と】りて桂漿【けいしゅう】を酌【く】む。
餘が轡を撰【も】ちて高く駝翔【ちしゃう】し、杳として冥冥として以て東に行く。」
現代語訳と訳註
(本文)
青雲衣兮白霓裳、舉長矢兮射天狼。
操餘弧兮反淪降、援北斗兮酌桂漿。
撰餘轡兮高駝翔、杳冥冥兮以東行。
(下し文)
青雲の衣白霓の裳、長矢を舉げて天狼を射る。
餘が弧を操【と】りて反って淪降【りんこう】し、北斗を援【と】りて桂漿【けいしゅう】を酌【く】む。
餘が轡を撰【も】ちて高く駝翔【ちしゃう】し、杳として冥冥として以て東に行く。
(現代語訳)
太陽のわたしは青雲の上衣に白霓の裳をつける、太陽光線の長矢を以て天狼星を射る。
私はそれを操って弓を持って下方へむかって降りてきて、北斗星の柄杓をとって肉桂の漿を酌むのである。
そしてわが手綱を振り上げて高く駆け上って、はるかな暗黒の中をわたしは東へと行くのである。
(訳注)
青雲衣兮白霓裳、舉長矢兮射天狼。
太陽のわたしは青雲の上衣に白霓の裳をつける、太陽光線の長矢を以て天狼星を射る。
・青雲衣兮白霓裳 高天にある青い雲の上衣をまとい、白い虹のはかまをつけることで、太陽神の象徴でそのいでたちのことである。・天狼 星の名。東井の星の南にあって、侵椋をつかさどる。秦の分野に当たる。冬によく見える星である。これを射る長欠は、太陽の光線を見たてた。
操餘弧兮反淪降、援北斗兮酌桂漿。
私はそれを操って弓を持って下方へむかって降りてきて、北斗星の柄杓をとって肉桂の漿を酌むのである。
・弧 弓。弧矢も星の名。補注に「説文に日く、木弓なりと。晋志に、弧の九星は狼の東南に在り。天弓なり。盗賊に備ふるを主ると。」と。・反淪降 返り立ちもどって、下界に降りる。倫降はしずみくだる。日没のこと。・北斗 北斗七星。ひしゃくの形をしているので、祭りの酒を酌む器として、日神はこれを取る。既に夕空の星が出ていることをいう。・桂漿 肉柱入りの薄い酒。菜はこんずのこと。
撰餘轡兮高駝翔、杳冥冥兮以東行。
そしてわが手綱を振り上げて高く駆け上って、はるかな暗黒の中をわたしは東へと行くのである。
・撰 持ち上げる。・轡 たづな。・配 馳に同じ。はせる。・杳冥冥今以東行 太陽が日没後、遠い暗黒の空を東に行くこと。古代にはそのように考えられていた。
この篇は、昇り行く朝日としての東君が、自分を祭る地上の祭儀に心ひかれて去り難く思う。その祭儀の盛観に、日神は遂に高い空から降りてくる。太陽神は天狼星を射て、天空を征服し、赫赫とした神威を輝かし、北斗を取って供えられた桂策を酌んで、この祭りを享ける。やがて暗黒の空の中を東へ去るという。