漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

四六駢儷文の序

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#7>古詩源 巻三 女性詩753 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2313

曹植 《上責躬應詔詩表》 

作者はかつて楊脩・應楊らと共に酒を飲んで、酔うた上に馬を司禁門に走らせたことがあった。兄文帝は即位の後これをとがめて鄄城侯(山東濮県東)に封じた。時に黄初三年(221)作者三十一歳の夏である。翌年洛陽に朝して、帝にまみえようとしたが許されず、西館に留め置かれた。この時「責躬詩」と「応詔詩」との二首をたてまつった。前者は己の非を責めて天子に拝謁を願う詩、後者は天子の詔を拝して上京入朝することを叙べた詩である。この表は、二篇の詩を献ずるについて添えた上奏文で、当時流行のいわゆる四六駢儷体の文である。

2013年5月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#7>古詩源 巻三 女性詩753 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2313
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩示児 韓愈(韓退之) <112-#1>Ⅱ中唐詩665 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2309
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集徐卿二子歌楽府(七言歌行) 成都5-(21) 杜甫 <470>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2315 杜甫詩1000-470-657/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集苦寒行 謝霊運(康楽)<63> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2316 (05/03)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性金燈花 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-154-26-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2317
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#7>古詩源 巻三 女性詩753 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2313



上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。

#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
形影相弔,五情愧赧。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。

#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。
施暢春風,澤如時雨。
陛下の施政は春風のごとく暖かく包まれ、恩徳の施しは時を得た雨のごとくにゆきわたっています。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
これをもって、荊棘のような悪木でも、わけ隔てをせずに育てるものであり、瑞雲の恵みであります。

#4
七子均養者,鳲鳩之仁也。
七人の子を、むらなく養うのは鳲鳩の仁徳の心であります。
舍罪責功者,明君之舉也。
その罪を問わずに功を挙げることを責めるのは、明君のなされることなのです。
矜愚愛能者,慈父之恩也。
愚かな子でもあわれんでその能力を求め愛するのは、慈父の恩というものです。
是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。
こういうことで、今愚である臣下の私は陛下のご恩徳の施しにすがって生きのび、自らを棄てずにおる次第です。

#5
前奉詔書,臣等絕朝,心離志絕,
さきに詔書をいただいてから、臣下の私は参内することが思いもよらないことになり、私の心は意気消沈したのです。
自分黃耇永無執珪之望,
わかしは老年になるまで、このまま永遠に拝謁の望みはないものとあきらめております。
不圖聖詔猥垂齒召。
然るに思いがけなくもこのたび詔が下って、まげて召し出され謁見できるという恩命にあずかりました。

#6
至止之日,馳心輦轂,
都に参りましてからはこの日になり、天子、朝廷の御車に私の心をはせたのです。
僻處西館,未奉闕庭,
西館に退いて蟄居謹慎をしており、朝廷の御門をくぐることなどかなわぬことでございました
踴躍之懷,瞻望反側,
今、このようにおどり立つ思いで拝謁をまち望み、夜も寝がえりばかりして眠れない有様でした。
不勝犬馬戀主之情。

まるで主人を恋い慕う犬馬の心情であり、これにまさるものはありませんでした。

#7
謹拜表並獻詩二首。
謹んでこの上奏文をたてまつり併せて二首の詩を献上いたします。
詞旨淺末,不足采覽。
浅薄な内容でご覧いただくに足らぬものです。
貴露下情,冒顏以聞。
陛下のお慈悲で下情を察していただきたいために、失礼もかえりみず申し上げました。
臣植誠惶誠恐,頓首頓首,死罪死罪。
臣下である私、曹植は誠に恐れ多い極みでございます。(ぬかずき、ぬかずきます。これで死をお与えください。これで死をお与えください。)

謹みて拜表し並せて詩二首を獻ず。
詞旨【しし】淺末【せんまつ】にして,采覽するに足らざる。
貴露 下情し,冒顏して以聞【いぶん】す。
臣植【しんち】誠惶【せいこう】誠恐し,頓首【とんしゅ】頓首,死罪【しざい】死罪。


『上責躬應詔詩表』 現代語訳と訳註
(本文)
#7
謹拜表並獻詩二首。
詞旨淺末,不足采覽。
貴露下情,冒顏以聞。
臣植誠惶誠恐,頓首頓首,死罪死罪。


(下し文) #7
謹みて拜表し並せて詩二首を獻ず。
詞旨【しし】淺末【せんまつ】にして,采覽するに足らざる。
貴露 下情し,冒顏して以聞【いぶん】す。
臣植【しんち】誠惶【せいこう】誠恐し,頓首【とんしゅ】頓首,死罪【しざい】死罪。


(現代語訳)
謹んでこの上奏文をたてまつり併せて二首の詩を献上いたします。
浅薄な内容でご覧いただくに足らぬものです。
陛下のお慈悲で下情を察していただきたいために、失礼もかえりみず申し上げました。
臣下である私、曹植は誠に恐れ多い極みでございます。(ぬかずき、ぬかずきます。これで死をお与えください。これで死をお与えください。)


(訳注) #7
謹拜表並獻詩二首。

謹んでこの上奏文をたてまつり併せて二首の詩を献上いたします。


詞旨淺末,不足采覽。
浅薄な内容でご覧いただくに足らぬものです。
○淺末 浅くてすぐ結末がわかる。劣って粗末なもの。低い見識。自己の考えの謙譲語。
○采覽 手に取ってみる。


貴露下情,冒顏以聞。
陛下のお慈悲で下情を察していただきたいために、失礼もかえりみず申し上げました。
○貴露 陛下のお慈悲、心遣いを云う。
○冒顏 無理やりに顔を出す。転じて失礼も顧みず。


臣植誠惶誠恐,頓首頓首,死罪死罪。
臣下である私、曹植は誠に恐れ多い極みでございます。(ぬかずき、ぬかずきます。これで死をお与えください。これで死をお与えください。)
○頓首  ①中国の礼式で、頭を地面にすりつけるように拝礼すること。ぬかずくこと。 ②手紙文の末尾に書き添えて、相手に対する敬意を表す語。
○死罪 臨みを聞いていただいた以上はたとえ死罪を愛ぜられて設けます。いつ死んでも構いませんという語ではあるが、文の最後の決まり文句である。

上責躬應詔詩表 曹植 漢詩<74-#6>Ⅱ李白に影響を与えた詩752 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2308

曹植 《上責躬應詔詩表》 

作者はかつて楊脩・應楊らと共に酒を飲んで、酔うた上に馬を司禁門に走らせたことがあった。兄文帝は即位の後これをとがめて鄄城侯(山東濮県東)に封じた。時に黄初三年(221)作者三十一歳の夏である。翌年洛陽に朝して、帝にまみえようとしたが許されず、西館に留め置かれた。この時「責躬詩」と「応詔詩」との二首をたてまつった。前者は己の非を責めて天子に拝謁を願う詩、後者は天子の詔を拝して上京入朝することを叙べた詩である。この表は、二篇の詩を献ずるについて添えた上奏文で、当時流行のいわゆる四六駢儷体の文である。



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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


上責躬應詔詩表 曹植 漢詩<74-#6>Ⅱ李白に影響を与えた詩752 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2308



上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。

#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
形影相弔,五情愧赧。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
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#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
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是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
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#4
七子均養者,鳲鳩之仁也。
七人の子を、むらなく養うのは鳲鳩の仁徳の心であります。
舍罪責功者,明君之舉也。
その罪を問わずに功を挙げることを責めるのは、明君のなされることなのです。
矜愚愛能者,慈父之恩也。
愚かな子でもあわれんでその能力を求め愛するのは、慈父の恩というものです。
是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。
こういうことで、今愚である臣下の私は陛下のご恩徳の施しにすがって生きのび、自らを棄てずにおる次第です。

#5
前奉詔書,臣等絕朝,心離志絕,
さきに詔書をいただいてから、臣下の私は参内することが思いもよらないことになり、私の心は意気消沈したのです。
自分黃耇永無執珪之望,
わかしは老年になるまで、このまま永遠に拝謁の望みはないものとあきらめております。
不圖聖詔猥垂齒召。
然るに思いがけなくもこのたび詔が下って、まげて召し出され謁見できるという恩命にあずかりました。

#6
至止之日,馳心輦轂,
都に参りましてからはこの日になり、天子、朝廷の御車に私の心をはせたのです。
僻處西館,未奉闕庭,
西館に退いて蟄居謹慎をしており、朝廷の御門をくぐることなどかなわぬことでございました
踴躍之懷,瞻望反側,
今、このようにおどり立つ思いで拝謁をまち望み、夜も寝がえりばかりして眠れない有様でした。
不勝犬馬戀主之情。

まるで主人を恋い慕う犬馬の心情であり、これにまさるものはありませんでした。

sas0034至止の日,心を輦轂【れんこく】に馳せ,
西館に僻處【へきしょ】し,未だ闕庭【けつてい】に奉ぜず,
踴躍【ようやく】の懷い,瞻望【せんぼう】して反側す,
犬馬 主を戀うるの情に勝【た】えず。

#7
謹拜表並獻詩二首。
詞旨淺末,不足采覽。
貴露下情,冒顏以聞。
臣植誠惶誠恐,頓首頓首,死罪死罪。


『上責躬應詔詩表』 曹植 現代語訳と訳註
(本文)
#6
至止之日,馳心輦轂,
僻處西館,未奉闕庭,
踴躍之懷,瞻望反側,
不勝犬馬戀主之情。


(下し文) #6
至止の日,心を輦轂【れんこく】に馳せ,
西館に僻處【へきしょ】し,未だ闕庭【けつてい】に奉ぜず,
踴躍【ようやく】の懷い,瞻望【せんぼう】して反側す,
犬馬 主を戀うるの情に勝【た】えず。


(現代語訳)
都に参りましてからはこの日になり、天子、朝廷の御車に私の心をはせたのです。
西館に退いて蟄居謹慎をしており、朝廷の御門をくぐることなどかなわぬことでございました
今、このようにおどり立つ思いで拝謁をまち望み、夜も寝がえりばかりして眠れない有様でした。
まるで主人を恋い慕う犬馬の心情であり、これにまさるものはありませんでした。


 (訳注) #6
至止之日,馳心輦轂,
都に参りましてからはこの日になり、天子、朝廷の御車に私の心をはせたのです。
○至止 毛詩の周頌、雛に「至止粛粛」とある。「止」は助字。
○輦轂 天子の御車。


僻處西館,未奉闕庭,
西館に退いて蟄居謹慎をしており、朝廷の御門をくぐることなどかなわぬことでございました


踴躍之懷,瞻望反側,
今、このようにおどり立つ思いで拝謁をまち望み、夜も寝がえりばかりして眠れない有様でした。
○反側 寝がえりすること。


不勝犬馬戀主之情。
まるで主人を恋い慕う犬馬の心情であり、これにまさるものはありませんでした。

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#5>文選 上 献詩 751 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2303

曹植 《上責躬應詔詩表》 

作者はかつて楊脩・應楊らと共に酒を飲んで、酔うた上に馬を司禁門に走らせたことがあった。兄文帝は即位の後これをとがめて鄄城侯(山東濮県東)に封じた。時に黄初三年(221)作者三十一歳の夏である。翌年洛陽に朝して、帝にまみえようとしたが許されず、西館に留め置かれた。この時「責躬詩」と「応詔詩」との二首をたてまつった。前者は己の非を責めて天子に拝謁を願う詩、後者は天子の詔を拝して上京入朝することを叙べた詩である。この表は、二篇の詩を献ずるについて添えた上奏文で、当時流行のいわゆる四六駢儷体の文である。



2013年5月1日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性四友贊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-152-24-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2307
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#5>文選 上 献詩 751 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2303


上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。

#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
形影相弔,五情愧赧。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。

#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。
施暢春風,澤如時雨。
陛下の施政は春風のごとく暖かく包まれ、恩徳の施しは時を得た雨のごとくにゆきわたっています。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
これをもって、荊棘のような悪木でも、わけ隔てをせずに育てるものであり、瑞雲の恵みであります。

#4
七子均養者,鳲鳩之仁也。
七人の子を、むらなく養うのは鳲鳩の仁徳の心であります。
舍罪責功者,明君之舉也。
その罪を問わずに功を挙げることを責めるのは、明君のなされることなのです。
矜愚愛能者,慈父之恩也。
愚かな子でもあわれんでその能力を求め愛するのは、慈父の恩というものです。
是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。
こういうことで、今愚である臣下の私は陛下のご恩徳の施しにすがって生きのび、自らを棄てずにおる次第です。

#5
前奉詔書,臣等絕朝,心離志絕,
自分黃耇永無執珪之望,
不圖聖詔猥垂齒召。
さきに詔書をいただいてから、臣下の私は参内することが思いもよらないことになり、私の心は意気消沈したのです。
わかしは老年になるまで、このまま永遠に拝謁の望みはないものとあきらめております。
然るに思いがけなくもこのたび詔が下って、まげて召し出され謁見できるという恩命にあずかりました。


『上責躬應詔詩表』 曹植 現代語訳と訳註
(本文)
2#5
前奉詔書,臣等絕朝,心離志絕,
自分黃耇永無執珪之望,
不圖聖詔猥垂齒召。


(下し文) 2#5
前に詔書を奉じ,臣等 朝を絕ち,心離れ志絕える,
自ら黃耇【こうこう】まで永く珪を執るの望み無きを分となす,
圖らざりき聖詔【せいしょう】猥りに齒召【ししょう】を垂れんとは。


(現代語訳)
さきに詔書をいただいてから、臣下の私は参内することが思いもよらないことになり、私の心は意気消沈したのです。
わかしは老年になるまで、このまま永遠に拝謁の望みはないものとあきらめております。
然るに思いがけなくもこのたび詔が下って、まげて召し出され謁見できるという恩命にあずかりました。


(訳注) 2#5
前奉詔書,臣等絕朝,心離志絕,

さきに詔書をいただいてから、臣下の私は参内することが思いもよらないことになり、私の心は意気消沈したのです。


自分黃耇永無執珪之望,
わかしは老年になるまで、このまま永遠に拝謁の望みはないものとあきらめておりました。
○黃耇 老年。
執珪 「珪」は諸侯が天子に朝する時に執る瑞玉。天子に朝見する意味。


不圖聖詔猥垂齒召。
然るに思いがけなくもこのたび詔が下って、まげて召し出され謁見できるという恩命にあずかりました。
○歯召 召し出してはいすること。謁見を賜わること。

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#4> 750 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2298

曹植 《上責躬應詔詩表》
愚かな子でもあわれんでその能力を求め愛するのは、慈父の恩というものです。
こういうことで、今愚である臣下の私は陛下のご恩徳の施しにすがって生きのび、自らを棄てずにおる次第です。

2013年4月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
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刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。

#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
形影相弔,五情愧赧。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。

#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。
施暢春風,澤如時雨。
陛下の施政は春風のごとく暖かく包まれ、恩徳の施しは時を得た雨のごとくにゆきわたっています。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
これをもって、荊棘のような悪木でも、わけ隔てをせずに育てるものであり、瑞雲の恵みであります。

#4
七子均養者,鳲鳩之仁也。
七人の子を、むらなく養うのは鳲鳩の仁徳の心であります。
舍罪責功者,明君之舉也。
その罪を問わずに功を挙げることを責めるのは、明君のなされることなのです。
矜愚愛能者,慈父之恩也。
愚かな子でもあわれんでその能力を求め愛するのは、慈父の恩というものです。
是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。
こういうことで、今愚である臣下の私は陛下のご恩徳の施しにすがって生きのび、自らを棄てずにおる次第です。


『上責躬應詔詩表』 現代語訳と訳註
(本文)
#4
七子均養者,鳲鳩之仁也。
舍罪責功者,明君之舉也。
矜愚愛能者,慈父之恩也。
是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。


(下し文) #4
七子 均しく養うは,鳲鳩の仁なり。
罪を舍てて功を責むるは,明君の舉なり。
愚を矜んで能を愛するは,慈父の恩なり。
是を以って愚臣 恩澤に徘徊して,而不敢て自ら棄てざる者なり。


(現代語訳)
七人の子を、むらなく養うのは鳲鳩の仁徳の心であります。
その罪を問わずに功を挙げることを責めるのは、明君のなされることなのです。
愚かな子でもあわれんでその能力を求め愛するのは、慈父の恩というものです。
こういうことで、今愚である臣下の私は陛下のご恩徳の施しにすがって生きのび、自らを棄てずにおる次第です。


(訳注) #4
七子均養者,鳲鳩之仁也。

七人の子を、むらなく養うのは鳲鳩の仁徳の心であります。
〇七子均養 『詩経、曹風、鳲鳩』「鳲鳩在桑、其子七兮。」(鳲鳩桑に在り、其の子七つ)とあり、毛伝に「鳲鳩の其の子を養うや、朝は上よりして下り、暮には下よりして上り、平均なること一の如し」と注してある。
○鳲鳩 「ふふとり」「つつどり」「なわしろどり」「よぶこどり」などの和名がある。


舍罪責功者,明君之舉也。
その罪を問わずに功を挙げることを責めるのは、明君のなされることなのです。
○舍罪 つみをゆるす。


矜愚愛能者,慈父之恩也。
愚かな子でもあわれんでその能力を求め愛するのは、慈父の恩というものです。


是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。
こういうことで、今愚である臣下の私は陛下のご恩徳の施しにすがって生きのび、自らを棄てずにおる次第です。

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#3>文選 上 献詩 749 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2293

曹植 《上責躬應詔詩表》 
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。

2013年4月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#3>文選 上 献詩 749 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2293


上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。

#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
形影相弔,五情愧赧。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。
#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。
施暢春風,澤如時雨。
陛下の施政は春風のごとく暖かく包まれ、恩徳の施しは時を得た雨のごとくにゆきわたっています。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
これをもって、荊棘のような悪木でも、わけ隔てをせずに育てるものであり、瑞雲の恵みであります。


銅雀臺00



















『上責躬應詔詩表』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
施暢春風,澤如時雨。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。


(下し文) #3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
施暢春風,澤如時雨。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
伏して惟んみれば陛下 德 天地に象り,恩 父母よりも隆んに,
施し 春風よりも暢び,澤い 時雨の如し。
是を以って荊棘を別たざるを,慶雲の惠なり。


(現代語訳)
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。
陛下の施政は春風のごとく暖かく包まれ、恩徳の施しは時を得た雨のごとくにゆきわたっています。
これをもって、荊棘のような悪木でも、わけ隔てをせずに育てるものであり、瑞雲の恵みであります。


(訳注) #3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。
・德象 徳の道理。道徳の表れ。


施暢春風,澤如時雨。
陛下の施政は春風のごとく暖かく包まれ、恩徳の施しは時を得た雨のごとくにゆきわたっています。
・施 陛下の施政。
・澤 恩徳の施し。


是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
これをもって、荊棘のような悪木でも、わけ隔てをせずに育てるものであり、瑞雲の恵みであります。

上責躬應詔詩表 魏詩<74-#2>文選 上 献詩 748 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2288

曹植 《上責躬應詔詩表》
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。


2013年4月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 魏詩<74-#2>文選 上 献詩 748 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2288
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集於安城答靈運 謝宣遠(謝瞻)<58> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2291 (04/28)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬人雨後玩竹 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-149-21-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2292
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#2>文選 上 献詩 748 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2288


上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。

#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
形影相弔,五情愧赧。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。

竊かに相鼠【そうそ】の篇の禮無くんば遄【すみや】かに死せよとの義に感じ、形影【けいえい】相弔【とむら】ひ、五情【ごじょう】愧赧【きたん】す。
罪を以て生を棄てんとすれば則ち古賢【こけん】の夕べに改めよとの勸めに違い;垢【はじ】を忍んで苟【いや】しく全うすれば,則ち詩人の胡【なん】のお顏【かんばせ】かあるの譏【そしり】を犯す。

#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
施暢春風,澤如時雨。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。


『上責躬應詔詩表』 現代語訳と訳註
 (本文)
#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
形影相弔,五情愧赧。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。


(下し文)
竊かに相鼠【そうそ】の篇の禮無くんば遄【すみや】かに死せよとの義に感じ、形影【けいえい】相弔【とむら】ひ、五情【ごじょう】愧赧【きたん】す。
罪を以て生を棄てんとすれば則ち古賢【こけん】の夕べに改めよとの勸めに違い;垢【はじ】を忍んで苟【いや】しく全うすれば,則ち詩人の胡【なん】のお顏【かんばせ】かあるの譏【そしり】を犯す。


(現代語訳)
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。


(訳注) #2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,

心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
○《相鼠》之篇 詩経、鄘風、相鼠に「相鼠有體、人而無禮。人而無禮、胡不遄死。」(鼠を相るに體有り、人にして禮無し。人にして禮無くんば、胡【なん】ぞ遄【すみやか】に死せざらんや。)とある。


形影相弔,五情愧赧。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
○悦帝 はじて赤面すること。


以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
○古賢夕改之勧 骨子の語(大蔵礼記、曾子立事)「君子朝に過あり夕に改むれば、則ち之に与す。夕に過あり朝に改むれば、則ち之に与す。」


忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。
○詩人胡顏之譏 「何の顔ありてか遄かに死せざる」の意。前に示した相鼠の句を受けていったのであろう。


上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74>文選 上 献詩 747 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2283

曹植 文選上 《上責躬應詔詩表》
洛陽に朝して、帝にまみえようとしたが許されず、西館に留め置かれた。この時「責躬詩」と「応詔詩」との二首をたてまつった。前者は己の非を責めて天子に拝謁を願う詩、後者は天子の詔を拝して上京入朝することを叙べた詩である。

2013年4月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表  曹植 魏詩<74>文選 上 献詩 747 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2283
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#5 宋玉  <00-#31>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 660 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2284
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集茅屋為秋風所破歌 成都5-(12-2) 杜甫 <465-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2285 杜甫詩1000-465-#2-651/1500
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74>文選 上 献詩 747 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2283
 上責躬應詔詩表


上責躬詩表
臣植言:臣自抱釁歸蕃,刻肌刻骨,追思罪戾,晝分而食,夜分而寢。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,形影相弔,五情愧赧。以罪棄生,則違古賢夕改之勸;忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。伏惟陛下德象天地,恩隆父母,施暢春風,澤如時雨。是以不別荊棘者,慶雲之惠也。七子均養者,鳲鳩之仁也。舍罪責功者,明君之舉也。矜愚愛能者,慈父之恩也。是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。

 前奉詔書,臣等絕朝,心離志絕,自分黃耇永無執珪之望,不圖聖詔猥垂齒召。至止之日,馳心輦轂,僻處西館,未奉闕庭,踴躍之懷,瞻望反側,不勝犬馬戀主之情。謹拜表並獻詩二首。詞旨淺末,不足采覽。貴露下情,冒顏以聞。臣植誠惶誠恐,頓首頓首,死罪死罪。


作者はかつて楊脩・應楊らと共に酒を飲んで、酔うた上に馬を司禁門に走らせたことがあった。兄文帝は即位の後これをとがめて鄄城侯(山東濮県東)に封じた。時に黄初三年(221)作者三十一歳の夏である。翌年洛陽に朝して、帝にまみえようとしたが許されず、西館に留め置かれた。この時「責躬詩」と「応詔詩」との二首をたてまつった。前者は己の非を責めて天子に拝謁を願う詩、後者は天子の詔を拝して上京入朝することを叙べた詩である。この表は、二篇の詩を献ずるについて添えた上奏文で、当時流行のいわゆる四六駢儷体の文である。


上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
刻肌刻骨,追思罪戾,
晝分而食,夜分而寢。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
形影相弔,五情愧赧。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
施暢春風,澤如時雨。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
#4
七子均養者,鳲鳩之仁也。
舍罪責功者,明君之舉也。
矜愚愛能者,慈父之恩也。
是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。

2#5
前奉詔書,臣等絕朝,心離志絕,
自分黃耇永無執珪之望,
不圖聖詔猥垂齒召。
#6
至止之日,馳心輦轂,
僻處西館,未奉闕庭,
踴躍之懷,瞻望反側,
不勝犬馬戀主之情。
#7
謹拜表並獻詩二首。
詞旨淺末,不足采覽。
貴露下情,冒顏以聞。
臣植誠惶誠恐,頓首頓首,死罪死罪。


上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。


『上責躬應詔詩表』 現代語訳と訳註
(本文)
上責躬詩表 #1
bijo02臣植言:臣自抱釁歸蕃,
刻肌刻骨,追思罪戾,
晝分而食,夜分而寢。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。


(下し文)
(躬を責め詔に応ずる詩を上る表)
臣植言す。臣釁【つみ】を抱いて藩にしめ歸りしより、肌を刻み骨を刻みて、罪戻【ざいれい】を追思し、晝分【ちゅうぶん】にして食し、夜分にして寢ぬ。誠に以みるに天網【てんもう】重ねて罹【かか】る可からず、聖恩【せいおん】再び恃【たの】む可きこと難し。


 (現代語訳)
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。


(訳注)
上責躬応詔詩表
 #1
己の非を責めて天子に拝謁を願う詩と天子の詔を拝して上京入朝することを叙べた詩
○曹植 あざなの子建から「チ」訓じる。


臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
○帰藩 藩は封地鄄城を指す。
○抱釁 私罪を受けること。・釁:物事のすきま。すき。また、仲たがい。


刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。

晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。


誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。

春夜宴桃李園序 李白116

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2012年12月1日から連載開始
唐五代詞詩・宋詞詩

『菩薩蠻 一』温庭筠   花間集


春夜宴桃李園序 李白116



天地者,萬物之逆旅;
光陰者,百代之過客。

浮生若夢,爲歡幾何?
古人秉燭夜遊,良有以也。

陽春召我以煙景,大塊假我以文章。
會桃李之芳園,序天倫之樂事。
群季俊秀,皆爲惠連。
吾人詠歌,獨慚康樂。
幽賞未已,高談轉清。
開瓊筵以坐華,飛羽觴而醉月。
不有佳作,何伸雅懷?
如詩不成,罰依金谷酒斗數。


春夜宴桃李園序

そもそも、
 天地者,萬物之逆
この広がる天と地は万物を待ち受けている旅籠のようなものだ。
光陰者,百代之過
行き過ぎてゆく年月、この時は永遠に続く旅人のようである。

 そうして、
 浮生若,爲歡幾
儚い人生というものは、夢のようなもの、喜び楽しむことができるのはどれほどもない。
 古人秉燭夜,良有以也。
昔の人が言うにはともし火をとって夜も遊んだということにはまことに理由があるというものだ。

ましてや、
 陽春召我以煙,大塊假我以文
今はうららかな春の季節、霞立つ素晴らしい景色が私を招く、大自然の神は私に詩文を書く力を許してくれている。
 會桃李之芳,序天倫之樂
桃李の花の香しきかおりはこの庭園に集まってくる、親戚同士の楽しい宴席のことを申し述べる。
 群季俊,皆爲惠
集う多くの若者たちは優れて秀でた者である、みんな謝惠連の文才を持っている。
 吾人詠,獨慚康
年長者であるわたしの詠う詩歌は謝霊運に及ばないので恥じ入るばかりだ。
 幽賞未,高談轉
謙虚な奥深い誉め言葉が続いている間は、賑やかで高尚な話はすがすがしく続いている。
 開瓊筵以坐,飛羽觴而醉
美しい玉で飾った敷物を花咲くもとで広げて座った、羽をひろげた形をした杯を飛んでいるような形で酌み交わし、月明かりに酒に酔う。
 不有佳,何伸雅
立派な作品が生まれなければ、どうしてこの風流な思いを述べることができたといえようか
 如詩不,罰依金谷酒斗

もし、詩ができなかったら故事の金谷園の詩の作れないものの罰であったような酒三斗に倣うことにする。


------韻の位置にあたる語による詩------------
 旅客。 
そもそも、人生は旅人である。
 夢何 游也。 
そうして、夢をどう持つか、遊びこそ勉学だ。
 景章 園事 秀連。 歌楽 已清 華月。
   作懐 成数。
況や、景色を文章にすること、優秀な人材が庭園に集まってきている。歌を唄い、楽しむ中清々しい花と月、いい詩ができないなら数斗をなすことになる。

暗号のような詩。(実際には要約である。新発見)
------------------------------------------------------------


そもそも、この広がる天と地は万物を待ち受けている旅籠のようなものだ。行き過ぎてゆく年月、この時は永遠に続く旅人のようである。
 そうして、儚い人生というものは、夢のようなもの、喜び楽しむことができるのはどれほどもない。昔の人が言うにはともし火をとって夜も遊んだということにはまことに理由があるというものだ。
ましてや、今はうららかな春の季節、霞立つ素晴らしい景色が私を招く、大自然の神は私に詩文を書く力を許してくれている。
桃李の花の香しきかおりはこの庭園に集まってくる、親戚同士の楽しい宴席のことを申し述べる。
集う多くの若者たちは優れて秀でた者である、みんな謝惠連の文才を持っている。
年長者であるわたしの詠う詩歌は謝霊運に及ばないので恥じ入るばかりだ。
謙虚な奥深い誉め言葉が続いている間は、賑やかで高尚な話はすがすがしく続いている。
美しい玉で飾った敷物を花咲くもとで広げて座った、羽をひろげた形をした杯を飛んでいるような形で酌み交わし、月明かりに酒に酔う。
立派な作品が生まれなければ、どうしてこの風流な思いを述べることができたといえようか
もし、詩ができなかったら故事の金谷園の詩の作れないものの罰であったような酒三斗に倣うことにする。


春夜 桃李園に 宴する序       
夫(そ)れ 
天地は, 萬物の逆旅(げきりょ)にして、光陰は,百代の過客なり。
而(しか)して
浮生は 夢の若し,歡を爲(な)すこと 幾何(いくばく)ぞ?
古人 燭を秉(と)りて夜に遊ぶ,良(まこと)に以(ゆえ)有る也。
況(いは)んや  
陽春 我を召くに煙景を以てし,大塊 我に假すに  文章を以てするをや。
桃李の芳園に 會し,天倫の樂事を 序す。
群季の俊秀は,皆 惠連 爲(た)り。
吾人の詠歌は,獨り康樂に 慚(は)づ。
幽賞 未だ已(や)まず,高談  轉(うた)た清し。
瓊筵を 開きて 以て華に坐し,羽觴を飛ばして 月に醉(よ)ふ。
佳作 有らずんば,何ぞ 雅懷を 伸べんや?
如(も)し 詩 成らずんば,罰は金谷の酒斗數に依(よ)らん。
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------韻の位置にあたる語による詩------------
夫 旅客。 而 夢何 游也。 
況 景章 園事 秀連。 歌楽 已清 華月。
   作懐 成数。
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そもそも、人生は旅人である。そうして、夢をどう持つか、遊びこそ勉学だ。
況や、景色を文章にすること、優秀な人材が庭園に集まってきている。歌を唄い、楽しむ中清々しい花と月、いい詩ができないなら数斗をなすことになる。
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このような意味的なこともだけでなく、韻の位置を変えることで、調子を大きく変えている。詩を散文の雰囲気にしている。天才李白の真骨頂である。
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 この詩は、秋になり、夜露が珠になり、やがて年の瀬に向かう。旅先での寂しさを詠いつつ、年老いていく自分を重ねている。ここでも儒教の礼節の強要を無意味なこと度とし、人生は一瞬ですぎていくのと同じである。欲を言い出したらきりがない。よい時も悪い時もある。曲がった道をまっすぐ歩けない、自然に、自由にすること。それには、毎日を楽しくすごさなければいけないのだ。
 李白は儒教的な考えに徹底的に嫌気を持っていた。そのことは、逆に儒教的詩人たちの評価が低かったのも理解できる。

--------------------四六駢儷文---------------------


夫 天地者, 萬物之逆旅;  
  光陰者, 百代之過客。

そもそも、この広がる天と地は万物を待ち受けている旅籠のようなものだ。行き過ぎてよく年月、この時は永遠に続く旅人のようである。
 中国古典語の発語の辞。四六駢儷文や辞賦におうて発句として全体を導く役割をする。して、やも同様である。 ・…は。主格を表す。・逆旅 げきりょ はたごや。旅人をむかえる旅館。「荘子」「左伝」にあるが、ここは「過客」とともに、陶淵明の『雜詩十二首』其七「日月不肯遲,四時相催迫。寒風拂枯條,落葉掩長陌。弱質與運,玄鬢早已白。素標插人頭,前途漸就窄。家爲逆旅舍,我如當去客。去去欲何之,南山有舊宅。」 とあるのに基づくとともにイメージも借りている。・光陰 年月。時間。・過客 旅人。旅客。


而 浮生若夢,爲歡幾何? 
  古人秉燭夜遊,良有以也。

そうして、儚い人生というものは、夢のようなもの、喜び楽しむことができるのはどれほどもない。昔の人が言うにはともし火をとって夜も遊んだということにはまことに理由があるというものだ。
浮生 はかない人生。この世。浮き世。・爲歡 歓楽事をする。よろこびをなす。 ・幾何 どれほど。いくばく。魏の曹操の『短歌行』に「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。」とあり、その意も含んでいる。
秉燭 明かりを取り持つ。『古詩十九首之十五・生年不滿百』の中の「生年不滿百,常懷千歳憂。晝短苦夜長,何不秉燭遊。」とあるのに基づく。 ・秉手に取り持つ。「夜夜當秉燭」とあった。
「秉燭唯須飲」(燭を秉って唯須らく飲べし。) 
李白の前向きな姿勢をあらわす言葉の一つである。
夜遊 有限の時間を貴重に思って、夜遊びをする。・ まことに。・以 ゆゑ。ゆえに。・ 断定、詠嘆の助辞。


況 陽春召我以煙景,大塊假我以文章。
ましてや、今はうららかな春の季節、霞立つ素晴らしい景色が私を招く、大自然の神は私に詩文を書く力を許してくれている。
・況 ましてや。いはんや。・陽春 春季。・ めす。・煙景 かすみがたなびく春景色。・大塊 造化。造物主。大自然の神。・ かす。かりる。ゆるす。


會桃李之芳園,序天倫之樂事。
桃李の花の香しきかおりはこの庭園に集まってくる、親戚同士の楽しい宴席のことを申し述べる。
會 時間や場所を決めて、会うこと。・桃李之芳園 春の桃李の花が咲き乱れている庭園。・序:述べる。申し述べる。・天倫之樂事 兄弟が揃って開く楽しい宴席。・天倫 自然に備わる人の順序。親子、兄弟など。


群季俊秀, 皆爲惠連。 
集う多くの若者たちは優れて秀でた者である、みんな謝惠連の文才を持っている。
群季 集う多くの若者たち。諸弟。・俊秀 優れて秀でた者。・皆爲 みんな…である。・惠連 優れた弟の意。本来は人名。晋の謝惠連のこと。文をよくし、従兄の謝靈運にほめられたという故実に基づき、優れた弟の意で使われる。謝霊運。


吾人詠歌, 獨慚康樂。
年長者であるわたしの詠う詩歌は謝霊運に及ばないので恥じ入るばかりだ。
獨慚 ひとり、はじる。多くの弟たちは、晋の謝惠連のように、みな優秀であるのに、兄の自分だけは、晋の謝惠連の兄である謝靈運に及ばないということ。・康樂 謝靈運の封号。謝恵連の従兄の謝霊運のこと。


幽賞未已,高談轉清。
謙虚な奥深い誉め言葉が続いている間は、賑やかで高尚な話はすがすがしく続いている。
幽賞 静かに誉め味わう。謙虚な奥深い誉め言葉。・未已 まだ終わらない。・高談 賑やかで高尚な話。あたりかまわぬ声高い話。思う存分話をする。・ いよいよ。いとど。ますます。


開瓊筵以坐華, 飛羽觴而醉月。
美しい玉で飾った敷物を花咲くもとで広げて座った、羽をひろげた形をした杯を飛んでいるような形で酌み交わし、月明かりに酒に酔う。
・瓊筵 けいえん 美しい玉で飾った敷物の意で、立派な宴席のこと。 ・筵 酒席、酒宴。坐るムシロ、せき。筵は宴になる。・坐華 (美しい)花の上に坐る。華やかな宴席に列座する。・ 盃を交わす。「羽觴」なので、それに合わせて「飛」と表現した。・羽觴 スズメが羽をひろげた形をした杯。


不有佳作,何伸雅懷?
立派な作品が生まれなければ、どうしてこの風流な思いを述べることができたといえようか
不有 「有る、存在する」ということの打ち消し。「有るということがない」「いない」「存在しない」。「深沈百丈洞海底,那知不有蛟龍蟠。」に同じ。・佳作 立派な作品。・何 なんぞ。・ 述べる。・雅懷 風流な思い。雅やかな考え。


如 詩不成, 罰依金谷酒斗數。
もし、詩ができなかったら故事の金谷園の詩の作れないものの罰であったような酒三斗に倣うことにする。
如 もしも…ならば。もし…ば。仮定を表す。・詩不成 (もしも)詩が出来ない。詩が完成しない。・罰 ここでは、罰杯。罰として、酒を飲むこと。・依 よる。もとづく。依拠する。・金谷酒斗數 罰杯。晋の石崇が金谷の別荘で客を招き宴会をし、詩の作れない者は罰として、酒三杯を飲むこととした故事。石崇の『金谷園詩序』に「余以元康六年,………有別廬在河南縣界,金谷澗中,………晝夜遊宴,屡遷其坐,・・・・・・・・・遂各賦詩,以敘中懷,或不能者罰酒三斗。」とあることに基づく。


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