曹植 《上責躬應詔詩表》
作者はかつて楊脩・應楊らと共に酒を飲んで、酔うた上に馬を司禁門に走らせたことがあった。兄文帝は即位の後これをとがめて鄄城侯(山東濮県東)に封じた。時に黄初三年(221)作者三十一歳の夏である。翌年洛陽に朝して、帝にまみえようとしたが許されず、西館に留め置かれた。この時「責躬詩」と「応詔詩」との二首をたてまつった。前者は己の非を責めて天子に拝謁を願う詩、後者は天子の詔を拝して上京入朝することを叙べた詩である。この表は、二篇の詩を献ずるについて添えた上奏文で、当時流行のいわゆる四六駢儷体の文である。
上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#7>古詩源 巻三 女性詩753 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2313
上責躬詩表 #1
臣植言:臣自抱釁歸蕃,
下臣である曹植が申し上げます。私罪を受けて藩地の鄄城に帰りました。
刻肌刻骨,追思罪戾,
肌をきざみ、骨をきざむ思いでおり、過去の罪になやみ思う日々を追いました。
晝分而食,夜分而寢。
まず、正午にはきちんと食事し、夜半になるときちんと眠ることにしております。
誠以天綱不可重罹,聖恩難可再恃。
忠誠の考えにたって見ますと、天子による法網は二度と犯してはならないということ、陛下のおなさけを重ねてたのみとすることはよろしくないことであります。
#2
竊感《相鼠》之篇,無禮遄死之義,
心の中でほかの『詩経、鄘風、相鼠』に「人でありながら礼儀がないなら速かに死ぬるがよい」とある意に感じたということであります。
形影相弔,五情愧赧。
形と影とが互いに弔い合うようななにもかにもそうしつしたようなたよりない気持になって慚愧の情に堪えませんでした。
以罪棄生,則違古賢夕改之勸;
そこで罪のためにいっそ死のうかと思えば、古の賢人骨子の言った「朝過ちをしても晩に改めさえすればよい」との勧めに背くこととなると理解したのです。
忍垢苟全,則犯詩人胡顏之譏。
それなら恥を忍んでともかくも生き永らえようとすれば、詩人の「どんな顔で恥をさらりと生きているのか」との譏を犯すことになります。
#3
伏惟陛下德象天地,恩隆父母,
そこであつかましくもここに伏して陳情申し上げる次第であります。思えば陛下の道徳の表れは天地の如く広大であり、ご恩は父母の恩よりも高いのです。
施暢春風,澤如時雨。
陛下の施政は春風のごとく暖かく包まれ、恩徳の施しは時を得た雨のごとくにゆきわたっています。
是以不別荊棘者,慶雲之惠也。
これをもって、荊棘のような悪木でも、わけ隔てをせずに育てるものであり、瑞雲の恵みであります。
#4
七子均養者,鳲鳩之仁也。
七人の子を、むらなく養うのは鳲鳩の仁徳の心であります。
舍罪責功者,明君之舉也。
その罪を問わずに功を挙げることを責めるのは、明君のなされることなのです。
矜愚愛能者,慈父之恩也。
愚かな子でもあわれんでその能力を求め愛するのは、慈父の恩というものです。
是以愚臣徘徊於恩澤,而不敢自棄者也。
こういうことで、今愚である臣下の私は陛下のご恩徳の施しにすがって生きのび、自らを棄てずにおる次第です。
#5
前奉詔書,臣等絕朝,心離志絕,
さきに詔書をいただいてから、臣下の私は参内することが思いもよらないことになり、私の心は意気消沈したのです。
自分黃耇永無執珪之望,
わかしは老年になるまで、このまま永遠に拝謁の望みはないものとあきらめております。
不圖聖詔猥垂齒召。
然るに思いがけなくもこのたび詔が下って、まげて召し出され謁見できるという恩命にあずかりました。
#6
至止之日,馳心輦轂,
都に参りましてからはこの日になり、天子、朝廷の御車に私の心をはせたのです。
僻處西館,未奉闕庭,
西館に退いて蟄居謹慎をしており、朝廷の御門をくぐることなどかなわぬことでございました
踴躍之懷,瞻望反側,
今、このようにおどり立つ思いで拝謁をまち望み、夜も寝がえりばかりして眠れない有様でした。
不勝犬馬戀主之情。
まるで主人を恋い慕う犬馬の心情であり、これにまさるものはありませんでした。
#7
謹拜表並獻詩二首。
謹んでこの上奏文をたてまつり併せて二首の詩を献上いたします。
詞旨淺末,不足采覽。
浅薄な内容でご覧いただくに足らぬものです。
貴露下情,冒顏以聞。
陛下のお慈悲で下情を察していただきたいために、失礼もかえりみず申し上げました。
臣植誠惶誠恐,頓首頓首,死罪死罪。
臣下である私、曹植は誠に恐れ多い極みでございます。(ぬかずき、ぬかずきます。これで死をお与えください。これで死をお与えください。)
謹みて拜表し並せて詩二首を獻ず。
詞旨【しし】淺末【せんまつ】にして,采覽するに足らざる。
貴露 下情し,冒顏して以聞【いぶん】す。
臣植【しんち】誠惶【せいこう】誠恐し,頓首【とんしゅ】頓首,死罪【しざい】死罪。
『上責躬應詔詩表』 現代語訳と訳註
(本文) #7
謹拜表並獻詩二首。
詞旨淺末,不足采覽。
貴露下情,冒顏以聞。
臣植誠惶誠恐,頓首頓首,死罪死罪。
(下し文) #7
謹みて拜表し並せて詩二首を獻ず。
詞旨【しし】淺末【せんまつ】にして,采覽するに足らざる。
貴露 下情し,冒顏して以聞【いぶん】す。
臣植【しんち】誠惶【せいこう】誠恐し,頓首【とんしゅ】頓首,死罪【しざい】死罪。
(現代語訳)
謹んでこの上奏文をたてまつり併せて二首の詩を献上いたします。
浅薄な内容でご覧いただくに足らぬものです。
陛下のお慈悲で下情を察していただきたいために、失礼もかえりみず申し上げました。
臣下である私、曹植は誠に恐れ多い極みでございます。(ぬかずき、ぬかずきます。これで死をお与えください。これで死をお与えください。)
(訳注) #7
謹拜表並獻詩二首。
謹んでこの上奏文をたてまつり併せて二首の詩を献上いたします。
詞旨淺末,不足采覽。
浅薄な内容でご覧いただくに足らぬものです。
○淺末 浅くてすぐ結末がわかる。劣って粗末なもの。低い見識。自己の考えの謙譲語。
○采覽 手に取ってみる。
貴露下情,冒顏以聞。
陛下のお慈悲で下情を察していただきたいために、失礼もかえりみず申し上げました。
○貴露 陛下のお慈悲、心遣いを云う。
○冒顏 無理やりに顔を出す。転じて失礼も顧みず。
臣植誠惶誠恐,頓首頓首,死罪死罪。
臣下である私、曹植は誠に恐れ多い極みでございます。(ぬかずき、ぬかずきます。これで死をお与えください。これで死をお与えください。)
○頓首 ①中国の礼式で、頭を地面にすりつけるように拝礼すること。ぬかずくこと。 ②手紙文の末尾に書き添えて、相手に対する敬意を表す語。
○死罪 臨みを聞いていただいた以上はたとえ死罪を愛ぜられて設けます。いつ死んでも構いませんという語ではあるが、文の最後の決まり文句である。