漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

七言律詩

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
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Author:漢文委員会 紀 頌之です。
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訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
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漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
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どうぞよろしくお願いします。

登安陽城樓 李白「峴山懐古」関連 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -325

登安陽城樓 李白「峴山懐古」関連 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -325

登安陽城樓
縣城南面漢江流,江漲開成南雍州。
襄陽城の南の城壁に向かって漢水の江が流れていく。川はその水を満々とたたえてこの南の襄陽の街を開いている。
才子乘春來騁望,羣公暇日坐銷憂。
才知にすぐれ、頭の働きのすばやい人は春が来たらその陽気にのってここまで馳せ参じてけしきをながめるのである。太公望は、暇な日を過ごすのにじっとすわって心配事をすくなくしたのである。
樓臺晚映青山郭,羅綺晴驕綠水洲。
城郭の高台は夕日に映えていて城郭の向こうに春霞の山々がかすんで見えている。春になるとうつくしいあや絹は晴れた日には妖艶な感じになってくるし、澄み切った水にまた中州も春に驕っている。
向夕波搖明月動,更疑神女弄珠遊。
夕方になってきて満々とたたえた漢水の水面は揺れているそして明るい月がのぼってくる。更に月の仙女が輝く宝飾をもって遊んでいるのかと見間違うようである。


安陽城の樓に登る
縣城の南面に 漢江流る,江を漲らせて成を開く 南雍の州。
才子 春に乘じて 來騁を望む,羣公 暇日 坐して銷を憂う。
樓臺 晚に映ず 青山の郭,羅綺 晴に驕りて綠水の洲。
夕に向い 波搖 明月 動じ,更に疑う 神女 珠遊に弄る。

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現代語訳と訳註
(本文) 登安陽城樓

縣城南面漢江流,江漲開成南雍州。
才子乘春來騁望,羣公暇日坐銷憂。
樓臺晚映青山郭,羅綺晴驕綠水洲。
向夕波搖明月動,更疑神女弄珠遊。


(下し文)安陽城の樓に登る
縣城の南面に 漢江流る,江を漲らせて成を開く 南雍の州。
才子 春に乘じて 來騁を望む,羣公 暇日 坐して銷を憂う。
樓臺 晚に映ず 青山の郭,羅綺 晴に驕る綠水の洲。
夕に向い 波搖れ 明月 動ず,更に疑う 神女 珠遊に弄るかと。


(現代語訳)
襄陽城の南の城壁に向かって漢水の江が流れていく。川はその水を満々とたたえてこの南の襄陽の街を開いている。
才知にすぐれ、頭の働きのすばやい人は春が来たらその陽気にのってここまで馳せ参じてけしきをながめるのである。太公望は、暇な日を過ごすのにじっとすわって心配事をすくなくしたのである。
城郭の高台は夕日に映えていて城郭の向こうに春霞の山々がかすんで見えている。春になるとうつくしいあや絹は晴れた日には妖艶な感じになってくるし、澄み切った水にまた中州も春に驕っている。
夕方になってきて満々とたたえた漢水の水面は揺れているそして明るい月がのぼってくる。更に月の仙女が輝く宝飾をもって遊んでいるのかと見間違うようである。

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(訳注)
登安陽城樓

○安陽城 西には太行山脈がそびえ、そこから流れる漳河(しょうが、海河水系衛河の支流)が河北省邯鄲市との境を流れる。中国七大古都(北京、南京、杭州、西安、洛陽、開封、安陽)の一つである。約三千三百年前の商代後期の都で中国古代王朝の一つである殷の時代の遺跡「殷墟」があり、ヒエログリフ、楔形文字と並び世界三大古代文字の一つに数えられる甲骨文字が大量に出土している。


縣城南面漢江流,江漲開成南雍州。
縣城の南面に 漢江流る,江を漲らせて成を開く 南雍の州。
襄陽城の南の城壁に向かって漢水の江が流れていく。川はその水を満々とたたえてこの南の襄陽の街を開いている。
○縣城 襄陽城。○江漲 春の雪解け水が満々と水を湛えていること。別には、嶂と造るものがある。その場合安陽城の北側を流れる漳河のことを指すのか。○開成 世の人知を開発し、事業を完成すること。○雍州 湖北省襄陽。九州の一つ。古代王朝の安陽ということ。


才子乘春來騁望,羣公暇日坐銷憂。
才子 春に乘じて 來騁を望む,羣公 暇日 坐して銷を憂う。
才知にすぐれ、頭の働きのすばやい人は春が来たらその陽気にのってここまで馳せ参じてけしきをながめるのである。太公望は、暇な日を過ごすのにじっとすわって心配事をすくなくしたのである。
○才子 才知にすぐれ、頭の働きのすばやい人。多く男についていう。才人。才物。 2 抜けめがなく要領のよい人。○張公両竜剣 竜泉、太阿という二つの宝剣が、豫章と豐城とで出土し、張華と雷煥の二人が、おのおのその一刀を待ったと伝えられる。その後、張華が誅せられ、剣のありかを失った。雷煥が亡くなったのち、子の雷華が剣を持って旅をし、延平津に通りかかった時、剣が突然、腰間から躍り出て水中におちた。人を水にもぐらせてさがしたが、剣は見つからず、しかし、長さ数丈の二頭の竜を見たという。○羣公 太公望のこと。○暇日 暇な日。仕事のない日。○銷憂 心配を消す。
 

樓臺晚映青山郭,羅綺晴驕綠水洲。
樓臺 晚に映ず 青山の郭,羅綺 晴に驕る綠水の洲。
城郭の高台は夕日に映えていて城郭の向こうに春霞の山々がかすんで見えている。春になるとうつくしいあや絹は晴れた日には妖艶な感じになってくるし、澄み切った水にまた中州も春に驕っている。
○樓臺 建物などの高台見晴らし台。高閣、高楼、やぐら。○青山 孟浩然の自然を動的に表現、遠近法的表現する。また、青は春を意味する。城郭の向こうに小高い山、峴山を遙かに望むことを意味する。
過故人莊
故人具雞黍,邀我至田家。
綠樹村邊合,青山郭外斜。
開筵面場圃,把酒話桑麻。
待到重陽日,還來就菊花。
○羅綺「羅」は、うすぎぬ。「綺」はあやぎぬ。美しい衣服。


向夕波搖明月動,更疑神女弄珠遊。
夕に向い 波搖れ 明月 動ず,更に疑う 神女 珠遊に弄るかと。
夕方になってきて満々とたたえた漢水の水面は揺れているそして明るい月がのぼってくる。更に月の仙女が輝く宝飾をもって遊んでいるのかと見間違うようである。


この詩は安陽城を借りて、襄陽城の遊郭のある大堤あたりから襄陽城の向こうに見える峴山を詠っているようである。
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早春寄王漢陽  李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -284

早春寄王漢陽  李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -284


早春寄王漢陽
早春に王漢陽に寄せる。
聞道春還未相識、走傍寒梅訪消息。
今年も春がめぐってきたと誰からともなく聞いたけれど、どこにも見あたりはしない、寒中に咲いている梅があった、春のたよりをたずねてみるにはその木の傍に寄ってみることなのだ。
昨夜東風入武昌、陌頭楊柳黃金色。
ゆうべも、東の春風は、もう武昌に入って、大道の町角の柳絮やこがね色柳の芽が芽吹いたという。
碧水浩浩云茫茫、美人不來空斷腸。
碧の澄んだ水は、ひろびろとひろがっている、雲ははるかかなたまでつづいている。王君と別れるこの場には美人の芸妓が来るかと思ったがこなかった残念でたまらないことだろう。
預拂青山一片石、與君連日醉壺觴。

青い山でみつけた一つの石をきれいに払い清めて預けよう、君といっしょに連日、新種の壺酒の紐をほどいて酔いたいのだ。


早春 王漢陽に寄す
聞遠く春還ると 未だ相識らず、走って寒梅に傍うて 消息を訪う。
昨夜東風 武昌に入る、陌頭の楊柳 黄金の色。
碧水は浩浩 雲は茫茫、美人来らず 空しく断腸す。
預め払う青山一片の石、君と連日 壺觴に酔わん。

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早春寄王漢陽 現代語訳と訳註
(本文)  早春寄王漢陽

聞道春還未相識、走傍寒梅訪消息。
昨夜東風入武昌、陌頭楊柳黃金色。
碧水浩浩云茫茫、美人不來空斷腸。
預拂青山一片石、與君連日醉壺觴。


(下し文) 早春 王漢陽に寄す
聞道く春還ると 未だ相識らず、走って寒梅に傍うて 消息を訪う。
昨夜東風 武昌に入る、陌頭の楊柳 黄金の色。
碧水は浩浩 雲は茫茫、美人来らず 空しく断腸す。
預め払う青山一片の石、君と連日 壺觴に酔わん。


(現代語訳)
早春に王漢陽に寄せる。
今年も春がめぐってきたと誰からともなく聞いたけれど、どこにも見あたりはしない、寒中に咲いている梅があった、春のたよりをたずねてみるにはその木の傍に寄ってみることなのだ。
ゆうべも、東の春風は、もう武昌に入って、大道の町角の柳絮やこがね色柳の芽が芽吹いたという。
碧の澄んだ水は、ひろびろとひろがっている、雲ははるかかなたまでつづいている。王君と別れるこの場には美人の芸妓が来るかと思ったがこなかった残念でたまらないことだろう。
青い山でみつけた一つの石をきれいに払い清めて預けよう、君といっしょに連日、新種の壺酒の紐をほどいて酔いたいのだ。

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(訳注)   早春寄王漢陽
早春に漢陽で王に寄せる。
王漢陽漢陽(いまの湖北省漢陽県)の県令であった王某。


聞道春還未相識、走傍寒梅訪消息。
今年も春がめぐってきたと誰からともなく聞いたけれど、どこにも見あたりはしない、寒中に咲いている梅があった、春のたよりをたずねてみるにはその木のの傍に寄ってみることなのだ。
寒梅 寒中に咲く梅。黄梅のこと。芸妓を示すこともある。○消息たより。


昨夜東風入武昌、陌頭楊柳黃金色。
ゆうべも、東の春風は、もう武昌に入って、大道の町角の柳絮やこがね色柳の芽が芽吹いたという。
東風 はるかぜ。○武昌湖北省武昌。漢陽のすぐ東。漢水と長江の合流するところ。○陌頭 町角。大通りの交差点の曲がり角。春風には青緑となるが黄金色は真ん中を表す語で次の聯の美人の真ん中、断腸で下半身の真ん中という意味を含んでおり、李白の遊び心十分の言い回しである。○楊柳 楊柳は男女を示す。また楊は芸妓の色町を示す語である。柳は男性であるが、細柳は女性を示す語として、つかわれる。


碧水浩浩云茫茫、美人不來空斷腸。
碧の澄んだ水は、ひろびろとひろがっている、雲ははるかかなたまでつづいている。王君と別れるこの場には美人の芸妓が来るかと思ったがこなかった残念でたまらないことだろう。
 ○浩浩 水のひろびろしたさま。○美人 よき人。友人にもいう。ここでは断腸という語に対しての語であるから、芸妓のことと思われる。断腸は胸のもやもやではなく下半身のもやもやをいう。


預拂青山一片石、與君連日醉壺觴。
青い山でみつけた一つの石をきれいに払い清めて預けよう、君といっしょに連日、新種の壺酒の紐をほどいて酔いたいのだ。
醉壺觴 酒つぼとさかずき。壺酒は新酒は春の呼び声とともにある。新種の壺酒は油紙のような蓋をして黄色の紐で封印がしてある。この2句も男女の交わりを連想させる語を使用している。

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登金陵鳳凰臺 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350- 210

登金陵鳳凰臺 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350- 210

                 
久しぶりに長安時代における旧友の飲み仲間の崖宗之に会い、都の生活を思い起こし、詩を作り、酒を飲み、唱和したりして、楽しい会合であった。月夜に揚子江に舟を浮かべ、采石磯より金陵まで下った。そのときには、長安時代に着た官錦袖を着て、あたりを顧みて平然と笑い、傍若無人の態度をとったという。金陵における李白の作は多数に上るが、有名な「金陵の鳳風台に登る」である。


登金陵鳳凰臺
鳳凰臺上鳳凰遊,鳳去臺空江自流。
かつてこの鳳凰台に鳳凰が舞い、遊んでいた、鳳凰は飛び去り、その栄光の台だけがむなしくありその傍らを長江は何の変りもなくゆったりと流れてゆく。
呉宮花草埋幽徑,晉代衣冠成古丘。
三国時代孫権が金陵を建業として都をここにおいた、宮殿の花の宮女や草ともする宦官は、人気のない奥深いところに埋れ消えてしまった。 東晋も建康(金陵)に都を置いた、衣冠束帯の貴族、富豪のものも、古い墳墓の土になっている。
三山半落靑天外,二水中分白鷺洲。
金陵南西の遠くに三山がある、澄み切った大空が広がり山々はまるで大空の向こうへ半ば零れ落ちそうである。一筋に雄々しく流れる長江の中州、白鷺洲のところで別れて流れている。
總爲浮雲能蔽日,長安不見使人愁。

唐王朝は、結局、雲が日を覆い隠すように、奸臣、邪臣が、天子の明徳を覆い隠しておるだけだ。そのせいで長安が見えないのだ、わたしの心は悲しい思いに沈んでいるのだ。
 
金陵の鳳凰臺に 登る
鳳凰臺(ほうおうだい)上  鳳凰 遊び,鳳 去り 臺 空(むな)しくして  江(こう) 自(おのづか)ら流る。
呉宮(ごきゅう)の花草(かそう)は  幽徑(ゆうけい)に 埋(うず)もれ,晉代(しんだい)の衣冠(いかん)は  古丘(こきゅう)と成る。
三山 半(なか)ば落つ  靑天の外(ほか),二水 中分す  白鷺洲(はくろしゅう)。
總(す)べて 浮雲  能(よ)く日を 蔽(おお)うが 為に,長安 見えず  人をして 愁(うれ)いしむ。

李白の足跡300

登金陵鳳凰臺 現代語訳と訳註 解説

(本文)
鳳凰臺上鳳凰遊,鳳去臺空江自流。
呉宮花草埋幽徑,晉代衣冠成古丘。
三山半落靑天外,二水中分白鷺洲。
總爲浮雲能蔽日,長安不見使人愁。

(下し文)
鳳凰臺(ほうおうだい)上  鳳凰 遊び,鳳 去り  臺 空(むな)しくして  江(こう) 自(おのづか)ら流る。
呉宮(ごきゅう)の花草(かそう)は  幽徑(ゆうけい)に 埋(うず)もれ,晉代(しんだい)の衣冠(いかん)は  古丘(こきゅう)と 成る。
三山 半(なか)ば 落つ  靑天の外(ほか),二水 中分す  白鷺洲(はくろしゅう)。
總(す)べて 浮雲  能(よ)く 日を 蔽(おお)うが 為に,長安 見えず  人をして 愁(うれ)いしむ。


(現代語訳)
かつてこの鳳凰台に鳳凰が舞い、遊んでいた、鳳凰は飛び去り、その栄光の台だけがむなしくありその傍らを長江は何の変りもなくゆったりと流れてゆく。
三国時代孫権が金陵を建業として都をここにおいた、宮殿の花の宮女や草ともする宦官は、人気のない奥深いところに埋れ消えてしまった。 東晋も建康(金陵)に都を置いた、衣冠束帯の貴族、富豪のものも、古い墳墓の土になっている。
金陵南西の遠くに三山がある、澄み切った大空が広がり山々はまるで大空の向こうへ半ば零れ落ちそうである。一筋に雄々しく流れる長江の中州、白鷺洲のところで別れて流れている。
唐王朝は、結局、雲が日を覆い隠すように、奸臣、邪臣が、天子の明徳を覆い隠しておるだけだ。そのせいで長安が見えないのだ、わたしの心は悲しい思いに沈んでいるのだ。


(訳注)

登金陵鳳凰臺
金陵の鳳凰台に登る。 
金陵 現在の南京市。六朝の古都。南朝の各朝の首都。金陵、建業、建、建康、南京。東の郊外にある紫金山(鍾山)を金陵山と呼ぶところから生まれた。戦国時代の楚の威王が金を埋めて王気を鎮めたことによる。○鳳凰臺 南京城の南西にある台。南朝・宋の元嘉十四年(437年)に、孔雀のようで五色の模様のある美しい鳴き声の鳥が集まったことに因って、築いた台とされるが実際に築かれたものか不明。。現・南京市の鳳凰山上とされる。


鳳凰臺上鳳凰遊、鳳去臺空江自流。
かつてこの鳳凰台に鳳凰が舞い、遊んでいた、鳳凰は飛び去り、その栄光の台だけがむなしくありその傍らを長江は何の変りもなくゆったりと流れてゆく。
鳳去 鳳凰は飛び去った。○臺空 鳳凰台は、なにもなくなった。 ○江自流 長江は人の世の思惑や栄枯盛衰とは関わることなく、いつも変わることなく流れている。


呉宮花草埋幽徑、晉代衣冠成古丘。
三国時代孫権が金陵を建業として都をここにおいた、宮殿の花の宮女や草ともする宦官は、人気のない奥深いところに埋れ消えてしまった。 東晋も建康(金陵)に都を置いた、衣冠束帯の貴族、富豪のものも、古い墳墓の土になっている。
呉宮 三国の呉の孫権が建業(金陵、南京)に都を置いたことによる。 
花草 花と草。宮女と宦官のこと。 ○幽徑 奥深い小道。人気のない静かな小道。
晉代衣冠 東晋もここに都を置いた、その時の権門。東晋の貴族。 
衣冠 貴顕。権門富貴。貴族。 
 ~となる。~と変わった。
古丘 古い墳墓。

三山半落靑天外、二水中分白鷺洲。
金陵南西の遠くに三山がある、澄み切った大空が広がり山々はまるで大空の向こうへ半ば零れ落ちそうである。一筋に雄々しく流れる長江の中州、白鷺洲のところで別れて流れている。
三山 金陵の南西にある山で南北に三つの峰が並んでいるとされる。清涼山、獅子山等。李白流の表現でポコポコと山が見えるというこの句全体、遠近法、立体感を出す表現になっている。 
半落 青空の向こうへ半ば落ちている。
靑天外 青空のむこうがわ。
二水 長江の二筋の川。 
中分 川の流れは、中州で分流する。
白鷺洲 はくろしゅう、長江へ注入する秦淮河の合流点付近の中州の名。

總爲浮雲能蔽日、長安不見使人愁。
唐王朝は、結局、雲が日を覆い隠すように、奸臣、邪臣が、天子の明徳を覆い隠しておるだけだ。そのせいで長安が見えないのだ、わたしの心は悲しい思いに沈んでいるのだ。 
總爲 すべて~のために。結局~のために。
浮雲 天子に讒言し、事実を隠し、自己の利益にのみで動く。宦官の高力士、宰相李林甫、のち宰相楊国忠、節度使安禄山、等を指す。 
蔽日 天子の明徳を覆い遮る。 
天子。ここでは、玄宗のことになる。 
長安 天子のいる首都長安。現・西安。 
使人愁 人を悲しくさせる。「人」は、ここでは作者のことになる。

rihakustep足跡

(解説)

この詩は、崔顥の「黄鶴楼」に触発されて作ったものといわれている。「鳳凰台」 の遺跡は今の南京城内にあるが、六朝、宋の元嘉年間に、瑞鳥の鳳風が城内の山にとまったのを記念して、台を建てたという。むろん李白のころは、その台がまだあった。「昔、この台に鳳凰が遊んだというが、今はその鳥も来ず、台だけがむなしく残り、近くを流れる江はそれなりに流れている。その昔の呉の宮殿に咲いた花草は奥深い小路を埋めている。ここは三国時代に呉の孫権が都して宮殿を建てた所である。また、東晋時代も都した所でもある。その時代の衣冠をつけた役人たちも、今は死んでしまい、古い墓が残されているだけである」。

長安を追放されて、五、六年たつが、なお玄宗のことを心配している詩になる。そうなると李白の感慨はさらに一転することになる。
金陵付近の風景、長江を上下するときの風物は、李白の追放の悲しみと旅愁を慰め、しばし自然の美しさにすべてを忘れることもあった。金陵をさかのぼって、白壁山を過ぎ、安微の銅陵県の東南にある天門山に到達した。

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上李邕 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白188

上李邕 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白188


上李邕
大鵬一日同風起、扶揺直上九万里。
大鵬は一日で風と共に飛び立ち、旋風のように上昇して東の海中に生えているという伝説の大木もとへ  九万里を飛ぶのだ。
仮令風歇時下来、猶能簸却滄溟水。
もし、風がやみ、降りるときが来たとしても、それでもなお、青くはてしない大海原をゆらしたり、もどしたりするのである。
時人見我恒殊調、聞余大言皆冷笑。
世の人は私が常に優れた詩文の調子をもっていると見てはいる、だけどそれは大きな志であるが皆冷笑して聞き流している。
宣父猶能畏后生、丈夫未可軽年少。

孔子は「なおよく、若者は畏るべし」と申されております。歳輪の行かない未経験者であなたさまのようにはいかないかもしれません。(でもよろしくお願いします。)


李邕に上る
大鵬(たいほう)  一日  風と同(とも)に起こり、扶揺(ふよう)  直ちに上る九万里。  
仮令(たとえ)  風歇(や)みて時に下り来るも、猶お能(よ)く  滄溟(そうめい)の水を簸却(はきゃく)す。  
時人(じじん)  我の恒に調(しらべ)を殊にするを見て、余の大言(たいげん)を聞きて皆(ことごと)く冷笑す
宣父(せんぷ)も猶お能く后生(こうせい)を畏(おそ)る
丈夫(じょうふ)  未だ年少を軽んず可からず


李邕に上る 訳註と解説
(本文)
大鵬一日同風起、扶揺直上九万里。
仮令風歇時下来、猶能簸却滄溟水。
時人見我恒殊調、聞余大言皆冷笑。
宣父猶能畏后生、丈夫未可軽年少。

(下し文)
大鵬(たいほう)  一日  風と同(とも)に起こり、扶揺(ふよう)  直ちに上る九万里。  
仮令(たとえ)  風歇(や)みて時に下り来るも、猶お能(よ)く  滄溟(そうめい)の水を簸却(はきゃく)す。  
時人(じじん)  我の恒に調(しらべ)を殊にするを見て、余の大言(たいげん)を聞きて皆(ことごと)く冷笑す
宣父(せんぷ)も猶お能く后生(こうせい)を畏(おそ)る
丈夫(じょうふ)  未だ年少を軽んず可からず


(現代語訳)
大鵬は一日で風と共に飛び立ち、旋風のように上昇して東の海中に生えているという伝説の大木もとへ  九万里を飛ぶのだ。
もし、風がやみ、降りるときが来たとしても、それでもなお、青くはてしない大海原をゆらしたり、もどしたりするのである。
世の人は私が常に優れた詩文の調子をもっていると見てはいる、だけどそれは大きな志であるが皆冷笑して聞き流している。
孔子は「なおよく、若者は畏るべし」と申されております。歳輪の行かない未経験者であなたさまのようにはいかないかもしれません。(でもよろしくお願いします。)




大鵬一日同風起 扶揺直上九万里  
大鵬は一日で風と共に飛び立ち、旋風のように上昇して東の海中に生えているという伝説の大木もとへ  九万里を飛ぶのだ。
大鵬 中国神話の伝説の鳥、霊鳥である。羽ある生物の王。李白の才能を示す。○扶揺 東の海中に生えているという伝説の大木。つむじかぜ。・扶桑東海の日の出る所にあるという神木。日本の別名 ○九万里 36万km大鵬の飛ぶ距離、慣用語。



仮令風歇時下来 猶能簸却滄溟水  
もし、風がやみ、降りるときが来たとしても、それでもなお、青くはてしない大海原をゆらしたり、もどしたりするのである。
仮令 もし、仮に。○簸却 ふるわせたり、静かにさせる。○滄溟 果てしない大海原。



時人見我恒殊調 聞余大言皆冷笑  
世の人は私が常に優れた詩文の調子をもっていると見てはいる、だけどそれは大きな志であるが皆冷笑して聞き流している。
時人 今どきの人。○恒殊調 常に優れた詩文の調子。

宣父猶能畏后生 丈夫未可軽年少  
孔子は「なおよく、若者は畏るべし」と申されております。歳輪の行かない未経験者であなたさまのようにはいかないかもしれません。(でもよろしくお願いします。)
宣父 孔子 ○后生 後に生まれたもの



(解説)

詩型 七言律詩
押韻 起、里。/來、水。/調、笑、少。

 李邕は『文選』に注をほどこした李善(りぜん)の子で、文と書にすぐれた大家で、このとき六十二、三歳であった。青州(北海郡)の太守に左遷されていたのだ。朝廷の高官が一地方郡の知事クラスということは、この頃の李林甫の文人を遠ざける施策の最大の犠牲者であった。
 それでも李白と杜甫にとっては作った詩歌を見てほしいと思ったことであろう。

そのとき李白が李邕に献じた詩が「上李邕」と思われます。李白も天子のおそばで翰林院供奉であった片りんを見せている。この大家に自分を『荘子』逍遥游篇の大鵬に比してみせている。

送賀監歸四明應制 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白138

「送賀監歸四明應制」:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白138
李白 賀知章の思い出(5) 李白138 



送賀監歸四明應制
賀秘書監が山陰四明に帰られるのを送る 天子の命に応じて作る。
久辭榮祿遂初衣。 曾向長生說息機。
長く命を受けて努めた職をやっと辞することになり栄誉をもって俸禄を受けまだ官についていないときに来た衣服を着るときがきた。これまでながく続けられてこられやっと仕事をおやめになられることをお喜びします。
真訣自從茅氏得。 恩波寧阻洞庭歸。
この朝廷にお別れをすることになり天子より、茅という諸侯名をえられた。波のように降りそそぐめぐみはむしろ洞庭湖に帰るのをさえぎるほどであろう
瑤台含霧星辰滿。 仙嶠浮空島嶼微。
美しい仙人の住まいは かすみを漂わせているが、大空の星々は滿天にある。仙人のいるところへ向かう嶮しい道は大空にまで浮いていて仙人の住む島嶼を微かくしている。
借問欲棲珠樹鶴。 何年卻向帝城飛。

ちょっとうかがいますが 仙境にあるという樹に留まっている鶴はそのままそこに棲もうとお思いであるのか。 でもまあ、何年かしたら、天子のおられる長安城に飛んでこられたらよかろうと思います。



賀秘書監が山陰四明に帰られるのを送る 天子の命に応じて作る。
長く命を受けて努めた職をやっと辞することになり栄誉をもって俸禄を受けまだ官についていないときに来た衣服を着るときがきた。これまでながく続けられてこられやっと仕事をおやめになられることをお喜びします。
この朝廷にお別れをすることになり天子より、茅という諸侯名をえられた。波のように降りそそぐめぐみはむしろ洞庭湖に帰るのをさえぎるほどであろう
美しい仙人の住まいは かすみを漂わせているが、大空の星々は滿天にある。仙人のいるところへ向かう嶮しい道は大空にまで浮いていて仙人の住む島嶼を微かくしている。
ちょっとうかがいますが 仙境にあるという樹に留まっている鶴はそのままそこに棲もうとお思いであるのか。 でもまあ、何年かしたら、天子のおられる長安城に飛んでこられたらよかろうと思います。


賀監 四明に歸るを送る 應制
久辭して 榮祿 初衣を遂う。 曾て向う 長生 息機を說ぶ。
真訣によりて茅氏を得。 恩波は 寧ろ洞庭に歸えるを阻えぎる。
瑤台は 霧を含み 星辰滿つ。 仙嶠 浮空 島嶼とうしょを微かくす。



賀監 四明に歸るを送る 應制
賀監 秘書外警号していた賀知章のこと。詩人賀知章、あざなは季真、会稽の永興(いまの浙江省蔚山県西)の人である。気の大きい明るい人で話がうまかった。かれを盲見ないと心が貧しくなるという人もいた。官吏の試験に合棉して、玄宗の時には太子の賓客という役になった。また秘書監の役にもなった。しかし晩年には苦く羽目をはずし、色町に遊び、自分から四明狂客、または租書外監と号した。李白が初めて長安に来たとき、かれを玄宗に推薦したのは、この人であったと伝えられる。天宝二年、老齢のゆえに役人をやめ、郷里にかえって道士になった。 ・應制 天子の命令によって即興でつくるものとされている。  ・四明  四明山1017m。浙江にある山の名。杭州市、蕭山市の東南100kmの所にある。近くに会稽山がある。「賀監」「賀公」どれも、賀知章のこと。 賀知章 回鄕偶書二首



久辭榮祿遂初衣、曾向長生說息機。
長く命を受けて努めた職をやっと辞することになり栄誉をもって俸禄を受けまだ官についていないときに来た衣服を着るときがきた。これまでながく続けられてこられやっと仕事をおやめになられることをお喜びします。
久辭 長く命を受けて努めた職をやっと辞する。 ・榮祿 栄誉をもって俸禄を受ける ・初衣 まだ官についていないときに来た衣服。・息機 しごとをやめる ・ よろこぶ



真訣自從茅氏得、恩波寧阻洞庭歸。
この朝廷にお別れをすることになり天子より、茅という諸侯名をえられた。波のように降りそそぐめぐみはむしろ洞庭湖に帰るのをさえぎるほどであろう
真訣 真の別れ  ・茅氏 茅という諸侯名。 恩波 波のように降り注ぐめぐみ。 寧阻 むしろ~をさえぎる 洞庭に歸る。



瑤台含霧星辰滿、 仙嶠浮空島嶼微。
美しい仙人の住まいは かすみを漂わせているが、大空の星々は滿天にある。仙人のいるところへ向かう嶮しい道は大空にまで浮いていて仙人の住む島嶼を微かくしている。
瑤台 五色の玉で作った高台。美しい仙人の住まい。
李白「清平調詞其一」、「古朗月行」。  ・星辰滿  星も辰も、ほし。 仙嶠 仙人のいるところへ向かう嶮しい道。 浮空 ・島嶼微  島、嶼もしまをかくす。



借問欲棲珠樹鶴、何年卻向帝城飛。
ちょっとうかがいますが 仙境にあるという樹に留まっている鶴はそのままそこに棲もうとお思いであるのか。 でもまあ、何年かしたら、天子のおられる長安城に飛んでこられたらよかろうと思います。
借問 ちょっとうかがう。 ・珠樹鶴  仙境にあるという樹に留まっている鶴 。  卻向 うえをあおぎみてむかう。 

(掲載予定にはなかったものをいれる。)

送友人  李白 118

送友人  李白 118

送友人

青山橫北郭、白水繞東城。
草木が青々と茂っている山が、街の城郭の北側に横たわっている、澄んだ水は 城郭の東側をながれている。
此地一為別、孤蓬萬里征。
今、この地でひとたび別れることになれば、風に吹かれてひとつだけで風に飛びさすらう根なし蓬のように、万里の道をゆくのである。 
浮云游子意、落日故人情。
浮ぶ雲は、旅人の心であり、しずむ夕陽は残される友人の感情である。
揮手自茲去、蕭蕭班馬鳴。

手を振って、ここより去りろうとしている、ヒヒーンヒヒーンと、別れゆく馬もものさびしく嘶いた。

草木が青々と茂っている山が、街の城郭の北側に横たわっている、澄んだ水は 城郭の東側をながれている。
今、この地でひとたび別れることになれば、風に吹かれてひとつだけで風に飛びさすらう根なし蓬のように、万里の道をゆくのである。 
浮ぶ雲は、旅人の心であり、しずむ夕陽は残される友人の感情である。
手を振って、ここより去りろうとしている、ヒヒーンヒヒーンと、別れゆく馬もものさびしく嘶いた。


青山  北郭に 橫たはり,
白水  東城を遶(めぐ)る。
此地  一たび 別れを 爲(な)し,
孤蓬  萬里に 征(ゆ)く。
浮雲  遊子の意,
落日  故人の情。
手を 揮(ふる)ひて  茲(ここ)より 去れば,
蕭蕭(せうせう)として  班馬 鳴く。


送友人:友人を見送る。人を送るために、しばし同行してゆく。澄んだ水が、都市(城市)の東側をめぐっている。

青山橫北郭、白水繞東城。
草木が青々と茂っている山が、街の城郭の北側に横たわっている、澄んだ水は 城郭の東側をながれている。
・青山 草木が青々と茂っている山。また、墓所とすべき山。ここでは、前者の意。 ・橫 よこたわる。動詞。 ・北郭 都市の城郭の北側。・白水:澄んだ水。 ・遶 じょう めぐる。めぐらす。とりまく。 ・東城 城郭の東側。

此地一為別、孤蓬萬里征。
今、この地でひとたび別れることになれば、風に吹かれてひとつだけで風に飛びさすらう根なし蓬のように、万里の道をゆくのである。 
・此地 この地(で)。この場所(で)。 ・一爲 ひとたび…をなす(やいなや)。ひとたび…をす(れば)。 ・別 別れること。離別。名詞。・孤蓬 こほう ヤナギヨモギが(根が大地から離れて)風に吹かれて、ひとつだけで、風に飛ばされてさすらうさま。日本のヨモギとは大きく異なり、風に吹かれて転がるように風に飛ばされる。(風に飛ばされて)転がってゆく蓬。飛蓬。「蓬」は、日本のヨモギとは異なる。蓬が枯れて、根元の土も風に飛ばされてしまい、根が大地から離れて、枯れた茎が輪のようになり、乾いた黄土高原を風に吹かれて、恰も紙くずが風に飛ばされるが如く回りながら、黄砂とともに流れ去ってゆく。映画『黄土地』にもその場面が出てくる。江湖を流離う老人が、転蓬とともに歩み去ってゆく。
飛蓬。転蓬。
黄色い砂埃がやがて、老人も転蓬をも隠してゆく…。中華版デラシネ表現の一。流転の人生の象徴。。 ・萬里 遙かな行程をいう。 ・征 旅に出る。行く。

浮云游子意、落日故人情。
浮ぶ雲は、旅人の心であり、しずむ夕陽は残される友人の感情である。
・浮雲 浮かび漂う雲。漂う雲のように行方定まらないこと。・遊子 旅人。家を離れて他郷に旅立つ人。ここでは、李白の友人を指す。 ・意 心。・落日 夕陽。 ・故人 旧知の友人。 ・情 思い。

揮手自茲去、蕭蕭班馬鳴。
手を振って、ここより去りろうとしている、ヒヒーンヒヒーンと、別れゆく馬もものさびしく嘶いた。
・揮手 手を振る。 ・自茲去 …より ここ。 去る。行く。・蕭蕭 馬の嘶く声。また、もの寂しいさま。 ・班馬 離れ馬。 

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