漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之のブログ 女性詩、漢詩・建安六朝・唐詩・李白詩 1000首:李白集校注に基づき時系列に訳注解説

李白の詩を紹介。青年期の放浪時代。朝廷に上がった時期。失意して、再び放浪。李白の安史の乱。再び長江を下る。そして臨終の歌。李白1000という意味は、目安として1000首以上掲載し、その後、系統別、時系列に整理するということ。 古詩、謝霊運、三曹の詩は既掲載済。女性詩。六朝詩。文選、玉臺新詠など、李白詩に影響を与えた六朝詩のおもなものは既掲載している2015.7月から李白を再掲載開始、(掲載約3~4年の予定)。作品の作時期との関係なく掲載漏れの作品も掲載するつもり。李白詩は、時期設定は大まかにとらえる必要があるので、従来の整理と異なる場合もある。現在400首以上、掲載した。今、李白詩全詩訳注掲載中。

戦争抒情詩

▼絶句・律詩など短詩をだけ読んでいたのではその詩人の良さは分からないもの。▼長詩、シリーズを割席しては理解は深まらない。▼漢詩は、諸々の決まりで作られている。日本人が読む漢詩の良さはそういう決まり事ではない中国人の自然に対する、人に対する、生きていくことに対する、愛することに対する理想を述べているのをくみ取ることにあると思う。▼詩人の長詩の中にその詩人の性格、技量が表れる。▼李白詩からよこみちにそれているが、途中で孟浩然を45首程度(掲載済)、謝霊運を80首程度(掲載済み)。そして、女性古詩。六朝、有名な賦、その後、李白詩全詩訳注を約4~5年かけて掲載する予定で整理している。
その後ブログ掲載予定順は、王維、白居易、の順で掲載予定。▼このほか同時に、Ⅲ杜甫詩のブログ3年の予定http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/、唐宋詩人のブログ(Ⅱ李商隠、韓愈グループ。)も掲載中である。http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/,Ⅴ晩唐五代宋詞・花間集・玉臺新詠http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/▼また漢詩理解のためにHPもいくつかサイトがある。≪ kanbuniinkai ≫[検索]で、「漢詩・唐詩」理解を深めるものになっている。
◎漢文委員会のHP http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/profile1.html
Author:漢文委員会 紀 頌之です。
大病を患い大手術の結果、半年ぶりに復帰しました。心機一転、ブログを開始します。(11/1)
ずいぶん回復してきました。(12/10)
訪問ありがとうございます。いつもありがとうございます。
リンクはフリーです。報告、承諾は無用です。
ただ、コメント頂いたても、こちらからの返礼対応ができません。というのも、
毎日、6 BLOG,20000字以上活字にしているからです。
漢詩、唐詩は、日本の詩人に大きな影響を残しました。
だからこそ、漢詩をできるだけ正確に、出来るだけ日本人の感覚で、解釈して,紹介しています。
体の続く限り、広げ、深めていきたいと思っています。掲載文について、いまのところ、すべて自由に使ってもらって結構ですが、節度あるものにして下さい。
どうぞよろしくお願いします。

北上行 #2 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -304

北上行 #2 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -304


北上行 #1
北上何所苦,北上緣太行。
磴道盤且峻,巉岩凌穹蒼。
馬足蹶側石,車輪摧高岡。
沙塵接幽州,烽火連朔方。
殺氣毒劍戟,嚴風裂衣裳。
奔鯨夾黄河,鑿齒屯洛陽。
前行無歸日,返顧思舊鄉。」
#2
慘戚冰雪里,悲號絕中腸。
真冬の逃行で氷雪の中で悲惨を極めるひどい悲しみの中に有る、泣き叫ぶこと胸も腹も張り裂けんばかりに追い詰められたのである。
尺布不掩體,皮膚劇枯桑。
着の身着のままで逃げだしたのでわずかな布きれでは体を覆うこともできない、寒空の中皮膚は寒さに痛いほどになり、まるで枯葉のようになった。
汲水澗穀阻,采薪隴坂長。
谷沿いの道とはいえ水を汲むには谷川が深いのだ、薪を採るにも岡や 山坂は長いのだ。
猛虎又掉尾,磨牙皓秋霜。
猛虎は勢いよく襲いかかろうと 尾を振り立てている、牙は磨かれていて秋の白い霜よりも白いのだ。
草木不可餐,饑飲零露漿。
あたりの草木も尽きてしってもう食べるものさえなくなった、飲むもの無く飢えてしまいこぼれる露のしずくを啜ってのんだのだ。
歎此北上苦,停驂爲之傷。
この艱難辛苦しても北上したのだ、あまりに悲惨で馬車をとめてこの痛み苦しみを記しておくのである。
何日王道平,開顏睹天光。
いつになったら天子が正道の道を平穏に取り戻してくれるのか、安心して顔を出して歩ける日になり、晴々として 天光を受けることができるのだろうか。


#2
惨戚(さんせき)たり 冰雪の裏、悲しみ号(さけ)びて中腸を絶たつ。
尺布(せきふ)は体を掩(おお)わず、皮膚は枯れし桑よりも劇(はげ)し。
水を汲むには 澗谷(かんこく)に阻(へだ)てられ、薪を采るには 隴坂 長し。
猛虎は 又 尾を掉(ふる)い、牙を磨きて 秋霜よりも皓(しろ)し。
草木 餐(くら)う可からざれば、飢えて零(こぼ)れし露の漿(しる)を飲む。
此の北上の苦しみを嘆き、驂(さん)を停(とど)めて 之が為に傷む。
何れの日か 王道平らかにして、開顔 天光を覩みん。


現代語訳と訳註
(本文) #2
慘戚冰雪里,悲號絕中腸。
尺布不掩體,皮膚劇枯桑。
汲水澗穀阻,采薪隴坂長。
猛虎又掉尾,磨牙皓秋霜。
草木不可餐,饑飲零露漿。
歎此北上苦,停驂爲之傷。
何日王道平,開顏睹天光。


(下し文) #2
惨戚(さんせき)たり 冰雪の裏、悲しみ号(さけ)びて中腸を絶たつ。
尺布(せきふ)は体を掩(おお)わず、皮膚は枯れし桑よりも劇(はげ)し。
水を汲むには 澗谷(かんこく)に阻(へだ)てられ、薪を采るには 隴坂 長し。
猛虎は 又 尾を掉(ふる)い、牙を磨きて 秋霜よりも皓(しろ)し。
草木 餐(くら)う可からざれば、飢えて零(こぼ)れし露の漿(しる)を飲む。
此の北上の苦しみを嘆き、驂(さん)を停(とど)めて 之が為に傷む。
何れの日か 王道平らかにして、開顔 天光を覩みん。


(現代語訳)
真冬の逃行で氷雪の中で悲惨を極めるひどい悲しみの中に有る、泣き叫ぶこと胸も腹も張り裂けんばかりに追い詰められたのである。
着の身着のままで逃げだしたのでわずかな布きれでは体を覆うこともできない、寒空の中皮膚は寒さに痛いほどになり、まるで枯葉のようになった。
谷沿いの道とはいえ水を汲むには谷川が深いのだ、薪を採るにも岡や 山坂は長いのだ。
猛虎は勢いよく襲いかかろうと 尾を振り立てている、牙は磨かれていて秋の白い霜よりも白いのだ。
あたりの草木も尽きてしってもう食べるものさえなくなった、飲むもの無く飢えてしまいこぼれる露のしずくを啜ってのんだのだ。
この艱難辛苦しても北上したのだ、あまりに悲惨で馬車をとめてこの痛み苦しみを記しておくのである。
いつになったら天子が正道の道を平穏に取り戻してくれるのか、安心して顔を出して歩ける日になり、晴々として 天光を受けることができるのだろうか。

黄河二首 杜甫

(訳注) #2
慘戚冰雪里,悲號絕中腸。
惨戚(さんせき)たり 冰雪の裏、悲しみ号(さけ)びて中腸を絶たつ。
真冬の逃行で氷雪の中で悲惨を極めるひどい悲しみの中に有る、泣き叫ぶこと胸も腹も張り裂けんばかりに追い詰められたのである。
惨戚 惨と戚のどちらも、ひどく悲しむいみをもっている。悲惨を極めるひどい悲しみという意味。


尺布不掩體,皮膚劇枯桑。
尺布(せきふ)は体を掩(おお)わず、皮膚は枯れし桑よりも劇(はげ)し。

着の身着のままで逃げだしたのでわずかな布きれでは体を覆うこともできない、寒空の中皮膚は寒さに痛いほどになり、まるで枯葉のようになった。
 わずか。六尺。ものさし。


汲水澗穀阻,采薪隴坂長。
水を汲むには 澗谷(かんこく)に阻(へだ)てられ、薪を采るには 隴坂 長し。
谷沿いの道とはいえ水を汲むには谷川が深いのだ、薪を採るにも岡や 山坂は長いのだ。
澗穀 谷川沿いのこと。・穀は谷。○  地形が険しい。「険阻」 2 遮り止める。はばむ。○ おか。あぜ。隴山。
黄河二首 其一 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 193
黄河二首 其二 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 194
彭衙行 杜甫 132 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 132 -#1
哀王孫 杜甫140  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 140-#1 

猛虎又掉尾,磨牙皓秋霜。

猛虎は 又 尾を掉(ふる)い、牙を磨きて 秋霜よりも皓(しろ)し。
猛虎は勢いよく襲いかかろうと 尾を振り立てている、牙は磨かれていて秋の白い霜よりも白いのだ。
【掉尾】ちょうび 《尾を振る意。慣用読みで「とうび」とも》物事が、最後になって勢いの盛んになること。


草木不可餐,饑飲零露漿。
草木 餐(くら)う可からざれば、飢えて零(こぼ)れし露の漿(しる)を飲む。
あたりの草木も尽きてしってもう食べるものさえなくなった、飲むもの無く飢えてしまいこぼれる露のしずくを啜ってのんだのだ。
 飢える。 ○零露 しずく。つゆ。○漿 みずをのむこと。


歎此北上苦,停驂爲之傷。
此の北上の苦しみを嘆き、驂(さん)を停(とど)めて 之が為に傷む。
この艱難辛苦しても北上したのだ、あまりに悲惨で馬車をとめてこの痛み苦しみを記しておくのである。
爲之傷 このことについて傷をつけることと為す。


何日王道平,開顏睹天光。
何れの日か 王道平らかにして、開顔 天光を覩みん。
いつになったら天子が正道の道を平穏に取り戻してくれるのか、安心して顔を出して歩ける日になり、晴々として 天光を受けることができるのだろうか
○叛乱軍のために、各地で、武者狩りをしていたし、略奪、盗賊が横行したのである。安禄山の軍には1/4ぐらい異民族の兵がいた。

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李白の安禄山の叛乱について情報が少なかったのか、他の詩人の叛乱をとらえた詩とは違っている。特に杜甫の詩と違うのは、杜甫は蘆子関や長安の叛乱軍にとらえられ、拘束されたこと、自分の目で見て確認したことを詩にしていることが違うのである。
 李白は叛乱軍に掴まっていたら、まともではおれなかったであろう。この詩「北上行」は聞いた話を詩にしているのである。李白らしい詩である。

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北上行 #1 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -303

北上行 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -303
安禄山の乱

安史の乱 年譜
 ○756年6月,玄 宗 の命令 に より,哥舒翰軍 は潼関より東に出撃.哥舒翰は敗北して敵の手 中に.長 安では楊 国忠の主張に より,蜀(四川)へ の蒙塵を決定.
○756年6月13日 未明,玄 宗,皇 太子夫妻,楊 貴妃 とその一族,楊 国忠一家,公主たちが,極 秘裏 に宮殿 を脱 出.
○その後,玄宗は蜀へ 蒙塵し,皇 太子 は捲土重来を期して霊武へ向かう.霊武は西北辺境の要衝であり,かつ朔方節度使・郭子儀の本拠地.
756年07月,皇太子は群臣の懇望を受けて,蜀にある玄宗を上皇にまつりあげ,粛宗として霊武で即位.至徳と改元.
756年09月,粛 宗 はウイグルに援軍を求めるために使者 を漠北のモンゴリアに派遣使者とな ったのは,王族の一人(敦 煙郡王承粟)と トルコ系武将の僕固懐恩とソグド系 武将の石定番.
756年8~9月杜甫蘆子関付近で捕縛される
・756年10月にオルホン河畔のオルドバリクで会見.ウイグルの第2代 可汗 ・磨延畷(葛 勒可汗)は 喜んで,可敦(qatun;可汗の正妻)の妹をめあわ自分の娘とした上で,これを承粟に嬰す.さ らにウイグルの首領を答礼の使者として派遣してきたので,粛宗はこれを彭原に出迎え,ウ イグル王女を砒伽公主 に封 じた.
・756年011~12月[通 鑑 によれ ば7~12月],安史勢力側 の阿史那従礼 が突廠・同羅 ・僕骨軍5000騎 を率い,河曲にあった九(姓?)府・六胡州の勢力数万も合わせて,行在=霊武 を襲わんとした。
・756年12月郭子儀は,磨延啜自身が率いて南下してきたウィグル本軍を陰山と黄河の間にある呼延谷で迎え,これと合流、
・一方これ以前 に葛遷支率いる ウイグル別働 隊2000騎 がまず范陽を攻撃したが,成功せずにそこから太原方面に移動.
・郭子儀軍はこれ らのウイグル本軍並びに別働隊と協力して,阿史那従礼軍を斥け,河曲(黄河の大湾曲部内側の北半部,す なわちオルドスを中心に,そ の外側の陰山山脈以南を合わせた一帯;現在の内蒙古自治区の一部とちんにし陝西省~寧夏回族自治区の北辺)を 平定した.


北上行 #1
北上何所苦,北上緣太行。
北への避難をすることは、どうして人を苦しめるのか、北へ向かっていくことは 太行山に沿って行かねばならないのだ。
磴道盤且峻,巉岩凌穹蒼。
馬は 突き出た石に足をとられたりしたし、車輪が 岡を越えようとして砕け散ったりする。
馬足蹶側石,車輪摧高岡。
石の多い急な坂道は平坦だったり、曲がりくねって険しく、切り立った険しいがけ岩山が 天空にそそり立っている。
沙塵接幽州,烽火連朔方。
叛乱軍の巻き起こす砂塵は 幽州から起こったのだ、戦火、烽火は西の方から、この場所から北の方まで連なっている。
殺氣毒劍戟,嚴風裂衣裳。
叛乱軍の横暴は殺気をはびこらせている。それは 剣戟よりも人を恐怖に陥らせ、傷つけているのだ。そこに吹きすさぶ北風は、衣装を引き裂いて吹くほど厳しいものである。
奔鯨夾黄河,鑿齒屯洛陽。
暴れまわる、狂った鯨であるかのように安史軍は 黄河を越え、悪獣の牙の安禄山は 洛陽に居座って皇帝と称している。
前行無歸日,返顧思舊鄉。」

人々は、ただ、北へ逃げるだけで いつになったら帰れるのかわかりはしない、厳しい北風の中人々は、振りかえって 戦のなかったころの故郷を思うのである。
#2
慘戚冰雪里,悲號絕中腸。
尺布不掩體,皮膚劇枯桑。
汲水澗穀阻,采薪隴坂長。
猛虎又掉尾,磨牙皓秋霜。
草木不可餐,饑飲零露漿。
歎此北上苦,停驂爲之傷。
何日王道平,開顏睹天光。
#1
北上何の苦しむ所ぞ、北上は太行(たいこう)に縁よる。
磴道(とうどう) 盤(わだかま)り且つ峻(けわし)く、巉岩(ざんがん) 穹蒼(きゅうそう)を凌(しの)ぐ。
馬足は側石に蹶(つまず)き、車輪は高き崗(おか)に摧(くだ)かる。
沙塵は幽州に接し、烽火は朔方(さくほう)に連なる。
殺気は剣戟(けんげき)よりも毒なり、厳風は衣裳を裂く。
奔鯨(ほんげい) 黄河を夾み、鑿歯(さくし) 洛陽に屯(たむろ)す。
前(すす)み行きて 帰る日無ければ、返顧して 旧郷を思う。

#2
惨戚(さんせき)たり 冰雪の裏、悲しみ号(さけ)びて中腸を絶たつ。
尺布(せきふ)は体を掩(おお)わず、皮膚は枯れし桑よりも劇(はげ)し。
水を汲むには 澗谷(かんこく)に阻(へだ)てられ、薪を采るには 隴坂 長し。
猛虎は 又 尾を掉(ふる)い、牙を磨きて 秋霜よりも皓(しろ)し。
草木 餐(くら)う可からざれば、飢えて零(こぼ)れし露の漿(しる)を飲む。
此の北上の苦しみを嘆き、驂(さん)を停(とど)めて 之が為に傷む。
何れの日か 王道平らかにして、開顔 天光を覩みん。
黄河二首 杜甫


現代語訳と訳註
(本文) 北上行 #1
北上何所苦,北上緣太行。
磴道盤且峻,巉岩凌穹蒼。
馬足蹶側石,車輪摧高岡。
沙塵接幽州,烽火連朔方。
殺氣毒劍戟,嚴風裂衣裳。
奔鯨夾黄河,鑿齒屯洛陽。
前行無歸日,返顧思舊鄉。」


(下し文) #1
北上何の苦しむ所ぞ、北上は太行(たいこう)に縁よる。
磴道(とうどう) 盤(わだかま)り且つ峻(けわし)く、巉岩(ざんがん) 穹蒼(きゅうそう)を凌(しの)ぐ。
馬足は側石に蹶(つまず)き、車輪は高き崗(おか)に摧(くだ)かる。
沙塵は幽州に接し、烽火は朔方(さくほう)に連なる。
殺気は剣戟(けんげき)よりも毒なり、厳風は衣裳を裂く。
奔鯨(ほんげい) 黄河を夾み、鑿歯(さくし) 洛陽に屯(たむろ)す。
前(すす)み行きて 帰る日無ければ、返顧して 旧郷を思う。


(現代語訳)
北上行 #1

北への避難をすることは、どうして人を苦しめるのか、北へ向かっていくことは 太行山に沿って行かねばならないのだ。
馬は 突き出た石に足をとられたりしたし、車輪が 岡を越えようとして砕け散ったりする。
石の多い急な坂道は平坦だったり、曲がりくねって険しく、切り立った険しいがけ岩山が 天空にそそり立っている。
叛乱軍の巻き起こす砂塵は 幽州から起こったのだ、戦火、烽火は西の方から、この場所から北の方まで連なっている。
叛乱軍の横暴は殺気をはびこらせている。それは 剣戟よりも人を恐怖に陥らせ、傷つけているのだ。そこに吹きすさぶ北風は、衣装を引き裂いて吹くほど厳しいものである。
暴れまわる、狂った鯨であるかのように安史軍は 黄河を越え、悪獣の牙の安禄山は 洛陽に居座って皇帝と称している。
人々は、ただ、北へ逃げるだけで いつになったら帰れるのかわかりはしない、厳しい北風の中人々は、振りかえって 戦のなかったころの故郷を思うのである。


(訳注) #1
北上行 
755年 李白は年末に妻の宗氏と義弟の家族をつれて、南へ向かった。「北上行」は黄河周辺の住民が戦禍を避けて北の太行山中に逃げ込む様子を想像で詠った詩である。
 
北上何所苦,北上緣太行。
北上何の苦しむ所ぞ、北上は太行(たいこう)に縁よる。
北への避難をすることは、どうして人を苦しめるのか、北へ向かっていくことは 太行山に沿って行かねばならないのだ。
○人民の戦を避ける心理としては、勝っている方へ行くことである。当時の戦争は歩兵戦が基本であり、平野部を避けたのである。


磴道盤且峻,巉岩凌穹蒼。
磴道(とうどう) 盤(わだかま)り且つ峻(けわし)く、巉岩(ざんがん) 穹蒼(きゅうそう)を凌(しの)ぐ。
石の多い急な坂道は平坦だったり、曲がりくねって険しく、切り立った険しいがけ岩山が 天空にそそり立っている。
磴道 石の多い坂道。○盤且峻 平坦だったり、曲がっているそれからけわしくなる。 ○巉岩 切り立った険しいがけ。高くそびえた岩。○凌穹蒼  上に出る。こえる。しのぐ。 相手を踏みつけにする。天空,大空 苍穹 青空。


馬足蹶側石,車輪摧高岡。
馬足は側石に蹶(つまず)き、車輪は高き崗(おか)に摧(くだ)かる。
馬は 突き出た石に足をとられたりしたし、車輪が 岡を越えようとして砕け散ったりする。


沙塵接幽州,烽火連朔方。
沙塵は幽州に接し、烽火は朔方(さくほう)に連なる。
叛乱軍の巻き起こす砂塵は 幽州から起こったのだ、戦火、烽火は西の方から、この場所から北の方まで連なっている。
沙塵 安禄山の叛乱を示すが、15万の軍勢であったから、隊列は砂塵を巻き起こした。○朔方 北のほう。


殺氣毒劍戟,嚴風裂衣裳。
殺気は剣戟(けんげき)よりも毒なり、厳風は衣裳を裂く。
叛乱軍の横暴は殺気をはびこらせている。それは 剣戟よりも人を恐怖に陥らせ、傷つけているのだ。そこに吹きすさぶ北風は、衣装を引き裂いて吹くほど厳しいものである。
○殺氣 不満分子や、盗賊などが入り混じるもので殺戮、略奪が横行した。○劍戟 戦の剣や矛によるもの。○嚴風 おりしも冬の真っただ中、山中に逃れたのである。


奔鯨夾黄河,鑿齒屯洛陽。
奔鯨(ほんげい) 黄河を夾み、鑿歯(さくし) 洛陽に屯(たむろ)す。
暴れまわる、狂った鯨であるかのように安史軍は 黄河を越え、悪獣の牙の安禄山は 洛陽に居座って皇帝と称している。
奔鯨 安禄山の軍、忠思明の軍に異民族、不満の潘鎮など連合軍を安史軍という。○鑿歯 猛獣の牙。


前行無歸日,返顧思舊鄉。」
前(すす)み行きて 帰る日無ければ、返顧して 旧郷を思う。
人々は、ただ、北へ逃げるだけで いつになったら帰れるのかわかりはしない、厳しい北風の中人々は、振りかえって 戦のなかったころの故郷を思うのである。
○安史の乱によって人口は半減したといわれる。均田法を基礎とした住民登録の租が崩壊したことをいう。この租は律令国家として、租庸調と府兵制の基礎であった。

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(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))

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北風行 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白196

北風行 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白196
雑言古詩



北風行
燭龍棲塞門、光耀猶旦開。
ともし火をくわえた竜が、北極の寒門山にすんでいる。とぼしい光があり、そしてやがて、朝日がのぼってくるだろう。
日月照之何不及此、唯有北風號怒天上來。
太陽やかがやく月光は、どうしてそこへとどかないのか。ただ北風が吹き怒り叫び、天上から吹いてくるだけなのだ。
燕山雪花大如席、片片吹落軒轅臺。
北方にある燕山の雪の花は、むしろのように大きく、花びらがひらりひらりと吹きとんだ、太古の皇帝の軒轅台の上に落ちる。
幽州思婦十二月、停歌罷笑雙蛾摧。
幽州の女は、真冬の十二月となれば、いくさのことでもの思いにしずむようになる。あれだけはなやかにしていたのに歌もうたわず、笑いもわすれ、うつくしい両の眉もだめになるのである。
倚門望行人、念君長城苦寒良可哀。
城郭の門にもたれかかり、出征した夫の方をながめている。「あなたの身のうえ、万里の長城を守る苦しさ寒さをおもうと、ほんとに気のどくでたまらない」、というのだ。
別時提剣救邊去、遺此虎文金靫鞞。
出征の別れ送ったとき、剣をささげ、国境の救援に行ったのだ。ここに残るのは、形見の虎の模様の金の失をいれる袋だけなのだ。
中有一雙白羽箭、蜘蛛結網生塵埃。
袋の中に一そろいの白い羽根の矢が入っている。だが、長い時が絶ち、蜘蛛の糸で巣をはっており、ほこりがたまっているのだ。
箭空在、人今戦死不復囘。
矢だけが、むなしく、のこる・・・・・・。ところが人は戦死して、二度とかえらないということだ。
不忍見此物、焚之己成灰。
この袋の遺品を見るに堪えられない、とうとう焼いて灰にしてしまった。
黄河捧土尚可塞、北風雨雪恨難裁。

よく氾濫する黄河の水でも、両手で土を運ぶようなわずかな事の積重ねでも、いつかは塞ぐことができるものなのだ。「北風」というのは雨を雪にしてふき積もるし、ずっとこもっている恨みはいつまでも断ちきれるものではないのだ。


北風の行
燭竜 寒門に棲み、光耀 猶お旦に開く。
日月之を照らすも何ぞ此に及ぼざる、唯だ北風の号怒して天上より来る有り。
燕山の雪花 大なること席の如し、片片吹き落つ 軒轅台。
幽州の思婦 十二月、歌を停め笑いを罷めて 双蛾摧く。
門に倚って 行人を望む、君が長城の苦寒を念えば 良に哀しむ可し。
別るる時 剣を提げ 辺を救うて去り、此の虎文の金靫鞞を遺す。
中に一双の白羽箭有り、蜘味は網を結んで 塵埃を生ず。
箭は空しく在り、人は今戦死して 復た回らず。
此の物を見るに忍びず、之を焚いて 己に灰と成る。
黄河土を捧げて 尚お塞ぐ可し、北風雪を雨らし 恨み裁ち難し。


北風行 訳註と解説

(本文)
北風行
燭龍棲塞門、光耀猶旦開。
日月照之何不及此、唯有北風號怒天上來。
燕山雪花大如席、片片吹落軒轅臺。
幽州思婦十二月、停歌罷笑雙蛾摧。
倚門望行人、念君長城苦寒良可哀。
別時提剣救邊去、遺此虎文金靫鞞。
中有一雙白羽箭、蜘蛛結網生塵埃。
箭空在、人今戦死不復囘。
不忍見此物、焚之己成灰。
黄河捧土尚可塞、北風雨雪恨難裁。

(下し文)
燭竜 寒門に棲み、光耀 猶お旦に開く。
日月之を照らすも何ぞ此に及ぼざる、唯だ北風の号怒して天上より来る有り。
燕山の雪花 大なること席の如し、片片吹き落つ 軒轅台。
幽州の思婦 十二月、歌を停め笑いを罷めて 双蛾摧く。
門に倚って 行人を望む、君が長城の苦寒を念えば 良に哀しむ可し。
別るる時 剣を提げ 辺を救うて去り、此の虎文の金靫鞞を遺す。
中に一双の白羽箭有り、蜘味は網を結んで 塵埃を生ず。
箭は空しく在り、人は今戦死して 復た回らず。
此の物を見るに忍びず、之を焚いて 己に灰と成る。
黄河土を捧げて 尚お塞ぐ可し、北風雪を雨らし 恨み裁ち難し。

(現代語訳)
ともし火をくわえた竜が、北極の寒門山にすんでいる。とぼしい光があり、そしてやがて、朝日がのぼってくるだろう。
太陽やかがやく月光は、どうしてそこへとどかないのか。ただ北風が吹き怒り叫び、天上から吹いてくるだけなのだ。
北方にある燕山の雪の花は、むしろのように大きく、花びらがひらりひらりと吹きとんだ、太古の皇帝の軒轅台の上に落ちる。
幽州の女は、真冬の十二月となれば、いくさのことでもの思いにしずむようになる。あれだけはなやかにしていたのに歌もうたわず、笑いもわすれ、うつくしい両の眉もだめになるのである。
城郭の門にもたれかかり、出征した夫の方をながめている。「あなたの身のうえ、万里の長城を守る苦しさ寒さをおもうと、ほんとに気のどくでたまらない」、というのだ。
出征の別れ送ったとき、剣をささげ、国境の救援に行ったのだ。ここに残るのは、形見の虎の模様の金の失をいれる袋だけなのだ。
袋の中に一そろいの白い羽根の矢が入っている。だが、長い時が絶ち、蜘蛛の糸で巣をはっており、ほこりがたまっているのだ。
矢だけが、むなしく、のこる・・・・・・。ところが人は戦死して、二度とかえらないということだ。
この袋の遺品を見るに堪えられない、とうとう焼いて灰にしてしまった。
よく氾濫する黄河の水でも、両手で土を運ぶようなわずかな事の積重ねでも、いつかは塞ぐことができるものなのだ。「北風」というのは雨を雪にしてふき積もるし、ずっとこもっている恨みはいつまでも断ちきれるものではないのだ。


 

北風行 ・『詩経』の邶風(はいふう)に「北風」の詩がある。:乱暴な政治に悩む人、国を捨てて逃げようというの歌。 ・飽照の楽府に「代北風涼行」があり、北風が雪をふらし、行人の帰らないことを傷む。李白もそれにたらい、戦死して帰らぬ兵士の妻の気持をうたう。



燭龍棲塞門、光耀猶旦開。
ともし火をくわえた竜が、北極の寒門山にすんでいる。とぼしい光があり、そしてやがて、朝日がのぼってくるだろう。
燭竜 「准南子」に出てくる神竜。北極の山の、日の当らぬ所に住む。身長は千里の長さ、顔は人間の顔で、足がない。ロにともし火をくわえ、太陰(夜の国)を照らす。日をひらくと、その国は昼となり、目をとじると、その国は夜となる。息をはきだすと、その国は冬となり、大声を出すと、その国は夏となる。また、「楚辞」の「天間」に「日は安くにか到らざる、燭竜は何ぞ照せる」という句がある。○寒門 北極の山。○旦開 朝日が昇るさま。



日月照之何不及此、唯有北風號怒天上來。
太陽やかがやく月光は、どうしてそこへとどかないのか。ただ北風が吹き怒り叫び、天上から吹いてくるだけなのだ。

燕山雪花大如席、片片吹落軒轅臺。
北方にある燕山の雪の花は、むしろのように大きく、花びらがひらりひらりと吹きとんだ、太古の皇帝の軒轅台の上に落ちる。
燕山 山の名。いまの河北省玉田県の西北にある。燕山山脈(燕山、えんざんさんみゃく、Yanshan)は中華人民共和国北部にある山地。河北省の河北平原の北を囲むようにそびえる。名は、南に燕国があったことにちなむ。北京市の北部の軍都山から潮白河の峡谷を超えて山海関までを東西に走る。特に北京市西部の潮白河峡谷から山海関までの間(小燕山)が狭義の燕山であり、大房山、鳳凰山、霧霊山などの名山が点在する。北京北部の軍都山から潮白河峡谷までは大燕山とも呼ばれ、軍都山西端の拒馬河峡谷と居庸関の向こうは、河北平原の西を南北に走る太行山脈である。海抜は400mから1,000mで、最高峰の霧霊山(承徳市興隆県)は海抜2,116mに達する。南の華北と北の内モンゴルおよび遼西を隔てる燕山には多数の渓谷があり、これらは南北を結ぶ隘路として戦略上重要な役割を持っていた。主な道には古北口(潮河峡谷、北京市密雲県)、喜峰口(灤河峡谷、唐山市と承徳市の間)、冷口などがある。また万里の長城の東端は燕山の上を走る。○雪花 雪片を花のようにたとえていうことば。○ むしろ。たたみ。○片片 軽く飛ぶさま。○軒轅臺 中国上古の皇帝と伝えられる黄帝は、軒轅の丘に住み、軒轅氏と称した。その黄帝の登ったという軒轅台の遺跡は、いまの河北省凍涿鹿県附近にあるといわれる。



幽州思婦十二月、停歌罷笑雙蛾摧。
幽州の女は、真冬の十二月となれば、いくさのことでもの思いにしずむようになる。あれだけはなやかにしていたのに歌もうたわず、笑いもわすれ、うつくしい両の眉もだめになるのである。
幽州 唐代の幽州は、鞄陽郡ともいい、いまの河北省のあたりにあった。○思婦 思いにしずむ女。○十二月 スバルの星が輝く12月異民族は南下して攻撃してくる。○双蛾 美人の両の眉。



倚門望行人、念君長城苦寒良可哀。
城郭の門にもたれかかり、出征した夫の方をながめている。「あなたの身のうえ、万里の長城を守る苦しさ寒さをおもうと、ほんとに気のどくでたまらない」、というのだ。
○行人 ここでは、出征した夫。○長城 万里の長城。



別時提剣救邊去、遺此虎文金靫鞞。
出征の別れ送ったとき、剣をささげ、国境の救援に行ったのだ。ここに残るのは、形見の虎の模様の金の失をいれる袋だけなのだ。
○辺 国境。○虎文 虎のもよう。○靫鞞 矢をいれる袋。やなぐい。



中有一雙白羽箭、蜘蛛結網生塵埃。
袋の中に一そろいの白い羽根の矢が入っている。だが、長い時が絶ち、蜘蛛の糸で巣をはっており、ほこりがたまっているのだ。



箭空在、人今戦死不復囘。
矢だけが、むなしく、のこる・・・・・・。ところが人は戦死して、二度とかえらないということなのだ。



不忍見此物、焚之己成灰。
この袋の遺品を見るに堪えられない、とうとう焼いて灰にしてしまった。


黄河捧土尚可塞、北風雨雪恨難裁。
よく氾濫する黄河の水でも、両手で土を運ぶようなわずかな事の積重ねでも、いつかは塞ぐことができるものなのだ。「北風」というのは雨を雪にしてふき積もるし、ずっとこもっている恨みはいつまでも断ちきれるものではないのだ。
黄河捧土 「後漢書」の朱浮伝に、「これはちょうど黄河のほとりの人人が、土を捧げて轟津を塞ぐようなものだ。」とある。



(解説)
 冬になると北方異民族からの攻撃が始まり、寒い冬の闘に備えた。しかし、出征した兵士の多くは帰らないのである。唐王朝は幽州の守りを安禄山に任せきりになっていた。統治能力の全くないものが、唐の国内に充満し、堆積していたフラストレーションを時流に乗っただけのものであった。
西方の戦いでも局地戦で大敗し、南方の雲南でも局地戦を大敗するというもので、安禄山だけが無傷であった。

古風 其三十四 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白195 /350

古風 其三十四 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白195 /350

北の幽州で安禄山が驕り高ぶって、野蛮な異民族と同じようになり、おかしくなった状況になってきた。一方、中央の朝廷内でも李林甫の死後、権力をえて、楊国忠が驕った政治を行い、南方での全く無駄な血を流してしまった。


古風 其の三十四

其三十四
羽檄如流星。 虎符合專城。
至急を示す鳥の羽をつけた召集令状が流星のように出されている。虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされるのだ。
喧呼救邊急。 群鳥皆夜鳴。
国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで、みんな、夜中に鳴きだした。
白日曜紫微。 三公運權衡。
真昼の太陽のような天子が、紫微の御座所にかがやいておられる、りっぱな三公の大臣がよい政治をしているのだ。
天地皆得一。 澹然四海清。
天地というものは万物が一から成り立ち支え合い溶け合っていくものであるという「道」なのである、天下はおだやかに四方の果ての海原、そのはてまで澄みわたっているのだ。
借問此何為。 答言楚征兵。
問いかけてみた、「こんなにあわただしいのはどうしたのか」と、答えてくれた、「楚の地方で兵隊を招集しているのだ。」と。
渡瀘及五月。 將赴云南征。』

濾水を渡るのを五月にしている、熱帯の雲南を征伐に赴こうというのだ。』
怯卒非戰士。 炎方難遠行。
臆病な兵卒は戦いの役にたつ勇士とはこのようなものではない、炎のように熱い南方への遠い行軍はむつかしいのである。
長號別嚴親。 日月慘光晶。
泣きわめき怒号のような叫びは、尊い両親にたいしての別れなのだ、そのために日も月も光輝きを失ってしまうばかりなのだ。
泣盡繼以血。 心摧兩無聲。
泣いて涙がつきはて、血が出るまで泣いたのだ、心までくだけてしまい、親も子も声が出なくなった。
困獸當猛虎。 窮魚餌奔鯨。
くたびれはてた獣が猛虎に出あったようなものであり、おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなものになっているのだ。
千去不一回。 投軀豈全生。
千という兵士が出征して一回もかえってこないのだ、身を投じたが最後、命はないものと思えばよいというのか。
如何舞干戚。 一使有苗平。』
ああ、なんとかして、タテとマサカリの舞いを舞うことができないものか、むかしの聖天子の舜が有苗族を服従させたように、一度で辺境を平和にしてもらいたいのだ。



羽檄 流星の如く、虎符 専城に合す。

喧しく呼んで 辺の急を救わんとし、群鳥は 皆 夜鳴く

白日 紫徴に曜き、三公権衡を運らす

天地皆一なるを得、澹然として 四海消し

借問す 此れ何をか為すと、

答えて言う 楚 兵を徴すと

瀘を渡って 五月に及び、将に雲南に赴いて征せんとす。』


怯卒は 戦士に非ず、炎方は 遠行し難し。

長く号きて 厳親に別れ、日月 光晶 惨たり。

泣尽きて 継ぐに血を以てし、心摧けて 両びに声なし

困猷猛虎に当り。窮魚奔鯨の餌となる

千去って 一も回らず、躯を投じて 豈に生を全うせんや

如何か 干戚を舞わし、一たび有苗をして 平らかならしめん』




古風 其三十四 訳註と解説

(本文)
羽檄如流星。 虎符合專城。
喧呼救邊急。 群鳥皆夜鳴。
白日曜紫微。 三公運權衡。
天地皆得一。 澹然四海清。
借問此何為。 答言楚征兵。
渡瀘及五月。 將赴云南征。』

(下し文)
羽檄 流星の如く、虎符 専城に合す。
喧しく呼んで 辺の急を救わんとし、群鳥は 皆 夜鳴く
白日 紫徴に曜き、三公権衡を運らす
天地皆一なるを得、澹然として 四海消し
借問す 此れ何をか為すと、
答えて言う 楚 兵を徴すと
瀘を渡って 五月に及び、将に雲南に赴いて征せんとす。』

現代語訳)
急用を示す鳥の羽をつけた召集令状が流星のように出されている。虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされるのだ。
国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで、みんな、夜中に鳴きだした。
真昼の太陽のような天子が、紫微の御座所にかがやいておられる、りっぱな三公の大臣がよい政治をしているのだ。
天地というものは万物が一から成り立ち支え合い溶け合っていくものであるという「道」なのである、天下はおだやかに四方の果ての海原、そのはてまで澄みわたっているのだ。
問いかけてみた、「こんなにあわただしいのはどうしたのか」と、答えてくれた、「楚の地方で兵隊を招集しているのだ。」と。
濾水を渡るのを五月にしている、熱帯の雲南を征伐に赴こうというのだ。』


(訳註)

羽檄如流星。 虎符合專城。
急用を示す鳥の羽をつけた召集令状が流星のように出されている。虎の絵の割符が各地の将軍の手もとで合わされるのだ。
羽撒 轍は木賎通知書。急用の場合に鶏の羽を目印につけた。この詩では、速達の召集令状。○虎符 兵
士を徴発するときに用いる割符。銅片か竹片を用い、虎の絵が刻みこまれ、半分は京に留め、半分は将軍に賜わり、その命令の真実であることの証拠とした。○専城 城を専らにする、一城の主、すなわち一州一部の主で、地方の将軍のこと。

 
喧呼救邊急。 群鳥皆夜鳴。
国境の危急を救うのだと、やかましくわめき立てている。ねぐらに休んでいた鳥たちまで、みんな、夜中に鳴きだした。
辺急 国境の危急。

白日曜紫微。 三公運權衡。
真昼の太陽のような天子が、紫微の御座所にかがやいておられる、りっぱな三公の大臣がよい政治をしているのだ。
紫微 天子の御座所。〇三公 周代以来、時代によって内容が異なるが、地位の最も高い大臣である。唐の制度では、大尉・司従・司空を三公とした。○権衡 はかりのおもりと竿と。これを運用するというのは、政治を正しく行うこと。

天地皆得一。 澹然四海清。
天地というものは万物が一から成り立ち支え合い溶け合っていくものであるという「道」なのである、天下はおだやかに四方の果ての海原、そのはてまで澄みわたっているのだ。
天地皆得一天下太平のこと。「天は一を得て以て招く、地は一を得て以て寧というのは「老子」の言葉であるが、「こというのは「道」といいかえでもよい。○澹然 ごたごたせず、さっぱりとしておだやかなさま。〇四海 大地の四方のはてに海があると中国人は意識していた。



借問此何為。 答言楚征兵。
問いかけてみた、「こんなにあわただしいのはどうしたのか」と、答えてくれた、「楚の地方で兵隊を招集しているのだ。」と。
借問 ちょっとたずねる。○楚徴兵 天宝十載(751年)唐の玄宗は兵を発し、雲南地方の新興国、タイ族の南詔に遠征して大敗した。八万の大軍が渡水の南で全滅したにもかかわらず、宰相の揚国忠は勝利したと上奏し、それをごまかすために、ふたたび七万の軍で南詔を討とうとした。これがまた大敗したが、このとき人民は、十中八九まで倒れて死ぬという雲南のわるい毒気のうわさを聞いており、だれも募集に応じない。揚国忠は各地に使を派遣して徴兵の人数をわりあて、強制的に召集した。楚は、雲南地方に地を接する南方の地方。なお、中唐の詩人、白居易(楽天)の「新豊折臂翁」というすぐれた詩は、この雲南征伐の際、自分で自分の腕をへし折って徴兵をのがれたという厭戦詩である。



渡瀘及五月。 將赴云南征。』
濾水を渡るのを五月にしている、熱帯の雲南を征伐に赴こうというのだ。』
楚から雲南に入るところに、濾水という川がある。いまの雲南省の北境を流れる金沙江(長江の上流)のこと。この川がおそろしい川である三種の毒ガスを発散して、毎年三月、四月にこの川をわたると必ず中毒で死ぬという。五月になると渡れるが、それでも吐気をもよおしたりするという。蚊の大発生の時期。〇五月旧暦だから、真夏の最中である。





(本文)
怯卒非戰士。 炎方難遠行。
長號別嚴親。 日月慘光晶。
泣盡繼以血。 心摧兩無聲。
困獸當猛虎。 窮魚餌奔鯨。
千去不一回。 投軀豈全生。
如何舞干戚。 一使有苗平。』

(下し文)
怯卒は 戦士に非ず、炎方は 遠行し難し。
長く号きて 厳親に別れ、日月 光晶 惨たり。
泣尽きて 継ぐに血を以てし、心摧けて 両びに声なし
困猷猛虎に当り。窮魚奔鯨の餌となる
千去って 一も回らず、躯を投じて 豈に生を全うせんや
如何か 干戚を舞わし、一たび有苗をして 平らかならしめん』

(現代語訳)
臆病な兵卒は戦いの役にたつ勇士とはこのようなものではない、炎のように熱い南方への遠い行軍はむつかしいのである。
泣きわめき怒号のような叫びは、尊い両親にたいしての別れなのだ、そのために日も月も光輝きを失ってしまうばかりなのだ。
泣いて涙がつきはて、血が出るまで泣いたのだ、心までくだけてしまい、親も子も声が出なくなった。
くたびれはてた獣が猛虎に出あったようなものであり、おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなものになっているのだ。
千という兵士が出征して一回もかえってこないのだ、身を投じたが最後、命はないものと思えばよいというのか。
ああ、なんとかして、タテとマサカリの舞いを舞うことができないものか、むかしの聖天子の舜が有苗族を服従させたように、一度で辺境を平和にしてもらいたいのだ。


(訳註)

怯卒非戰士。 炎方難遠行。
臆病な兵卒は戦いの役にたつ勇士とはこのようなものではない、炎のように熱い南方への遠い行軍はむつかしいのである。



長號別嚴親。 日月慘光晶。
泣きわめき怒号のような叫びは、尊い両親にたいしての別れなのだ、そのために日も月も光輝きを失ってしまうばかりなのだ。


泣盡繼以血。 心摧兩無聲。
泣いて涙がつきはて、血が出るまで泣いたのだ、心までくだけてしまい、親も子も声が出なくなった。



困獸當猛虎。 窮魚餌奔鯨。
くたびれはてた獣が猛虎に出あったようなものであり、おいつめられた魚がものすごい勢いの鯨の餌じきになるようなものになっているのだ。



千去不一回。 投軀豈全生。
千という兵士が出征して一回もかえってこないのだ、身を投じたが最後、命はないものと思えばよいというのか。



如何舞干戚。 一使有苗平。』
ああ、なんとかして、タテとマサカリの舞いを舞うことができないものか、むかしの聖天子の舜が有苗族を服従させたように、一度で辺境を平和にしてもらいたいのだ。
干戚 たてとまさかり、転じて武器の総称。むかしの聖人舜帝は千戚を手にして舞っただけで有苗族がたちまち服従したという。○有苗 中国古代の少数民族の名。



(解説)
 軍事力と統治力、大義と威圧というものがなければ一時的に勝てても、必ず反撃され、敗れる。楊国忠の戦いの目的は低俗なもので、侵略略奪のためのもので、自己の権力を誇示するためのものであった。
 この詩の後半はすべて、戦は人心をつかむものでなければならないということを李白は言っている。
 李林甫が病死して、宦官と結託した楊国忠が行う政治は唐の歴史の中で最低最悪のレベルのものであった。時期を同じくしてこれに、天災が加わるのである。国中にフラストレーションが充満するのである。

 

行行游且獵篇 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白194/350


 
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行行游且獵篇 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白350-  194


行行游且獵篇
邊城兒。生年不讀一字書。 但將游獵夸輕趫。
国境あたりの子は、生れてからずっと一字も書物など読むことなどないのだ。ただ知っているのは狩猟をあそびとするだけ、それにからだがすばしこいのが自慢であるという。
胡馬秋肥宜白草。 騎來躡影何矜驕。
大宛国産の馬が秋になってまるまると肥えるのは白い草もたくさん食べられる頃だからだ。かれらは、馬にむねはってまたがり走ってゆくが、何と怖さを知らず自信をもっているのだろう。
金鞭拂雪揮鳴鞘。 半酣呼鷹出遠郊。
狩猟に出るのに金のむちで雪をはらいのけると、ビシリとむちの先が鳴る。まだ半分酔っ払った状態のまま、鷹を放って、街を遠く離れたところまで出かける。
弓彎滿月不虛發。 雙鶬迸落連飛髇。』
弓を満月のように引きしぼり、射れば必ずあたるときまで矢をはなたない。射たら二羽のマナヅルがまっしぐらに落ち、飛んだかぶら矢が串ざしにしている。
海邊觀者皆辟易。 猛氣英風振沙磧。
放牧できていた湖のほとりで見ている者は、みな、おそれおののいているのだ。猛々しい気性であって、すぐれた風貌は、砂漠中にその名を鳴り響かせているのだ。
儒生不及游俠人。 白首下幃復何益。』

そういうことから儒学者というものは、狩猟ができ、任侠の筋道を立てる人にはかなわないのだ。しらが頭で、家の中にとじこもって、書物をたよりに礼節ばかりで、いったい何の利益があるというのだろう。


行き行きて游び且つ獵の篇

辺城の児、生年一字の書を読まず。但だ遊猟を知って 輕趫【けいきょう】を誇る。

胡馬秋肥えて 白草に宜し。騎し来って影を踏む 何ぞ矜驕【きょうきょう】。

金鞭【きんべん】雪を払って 鳴鞘【めいしょう】を揮)い、半酣【はんかん】鷹を呼んで 遠郊に出づ。

弓は満月を彎いて 虚しく発せず、双鶬【そうそう】迸落【ほうらく】 飛【ひこう】に連なる。

海辺観る者 皆辟易【へきえき】し、猛気英風 沙磧【させき】に振う。

儒生は及ばず 遊侠の人に、白首 幃【い】を下すも 復た何の益かあらん。





行行游且獵篇  訳註と解説

(本文)
邊城兒。生年不讀一字書。 但將游獵夸輕趫。
胡馬秋肥宜白草。 騎來躡影何矜驕。
金鞭拂雪揮鳴鞘。 半酣呼鷹出遠郊。
弓彎滿月不虛發。 雙鶬迸落連飛髇。』
海邊觀者皆辟易。 猛氣英風振沙磧。
儒生不及游俠人。 白首下幃復何益。』

(下し文)

行き行きて游び且つ獵の篇

辺城の児、生年一字の書を読まず。但だ遊猟を知って 輕趫【けいきょう】を誇る。

胡馬秋肥えて 白草に宜し。騎し来って影を踏む 何ぞ矜驕【きょうきょう】。

金鞭【きんべん】雪を払って 鳴鞘【めいしょう】を揮)い、半酣【はんかん】鷹を呼んで 遠郊に出づ。

弓は満月を彎いて 虚しく発せず、双鶬【そうそう】迸落【ほうらく】 飛【ひこう】に連なる。

海辺観る者 皆辟易【へきえき】し、猛気英風 沙磧【させき】に振う。

儒生は及ばず 遊侠の人に、白首 幃【い】を下すも 復た何の益かあらん。
 

(現代語訳)
国境あたりの子は、生れてからずっと一字も書物など読むことなどないのだ。ただ知っているのは狩猟をあそびとするだけ、それにからだがすばしこいのが自慢であるという。
大宛国産の馬が秋になってまるまると肥えるのは白い草もたくさん食べられる頃だからだ。かれらは、馬にむねはってまたがり走ってゆくが、何と怖さを知らず自信をもっているのだろう。
狩猟に出るのに金のむちで雪をはらいのけると、ビシリとむちの先が鳴る。まだ半分酔っ払った状態のまま、鷹を放って、街を遠く離れたところまで出かける。
弓を満月のように引きしぼり、射れば必ずあたるときまで矢をはなたない。射たら二羽のマナヅルがまっしぐらに落ち、飛んだかぶら矢が串ざしにしている。
放牧できていた湖のほとりで見ている者は、みな、おそれおののいているのだ。猛々しい気性であって、すぐれた風貌は、砂漠中にその名を鳴り響かせているのだ。
そういうことから儒学者というものは、狩猟ができ、任侠の筋道を立てる人にはかなわないのだ。しらが頭で、家の中にとじこもって、書物をたよりに礼節ばかりで、いったい何の利益があるというのだろう。


(語訳と訳註)

行行游且獵篇
行行且遊猟篇 古い楽府の題で、もとは天子の遊猟をうたったものといわれるが、李白のこの詩は辺境の少年の遊猟をうたっている。



邊城兒。生年不讀一字書。 但將游獵夸輕趫。
国境あたりの子は、生れてからずっと一字も書物など読むことなどないのだ。ただ知っているのは狩猟をあそびとするだけ、それにからだがすばしこいのが自慢であるという。
辺城 国境の町。○遊猟 狩をして遊ぶこと。○軽超 すばしこい。

 

胡馬秋肥宜白草。 騎來躡影何矜驕。
大宛国産の馬が秋になってまるまると肥えるのは白い草もたくさん食べられる頃だからだ。かれらは、馬にむねはってまたがり走ってゆくが、何と怖さを知らず自信をもっているのだろう。
胡馬 大宛国産の馬。胡は中国北方の異民族を指す。○白草 「白草は、稲に似た雑草でほそく、芒がなく、乾燥するとまっしろになり、ミネラル分が多い牛馬のえさになる。○躡影 疾走の形容。○矜驕 ほこり、おごる。意気揚揚。


金鞭拂雪揮鳴鞘。 半酣呼鷹出遠郊。
狩猟に出るのに金のむちで雪をはらいのけると、ビシリとむちの先が鳴る。まだ半分酔っ払った状態のまま、鷹を放って、街を遠く離れたところまで出かける。
鳴鞠鳴るむちの先。○半酎 半分よっばらう。○呼鷹 鷹狩をする。



弓彎滿月不虛發。 雙鶬迸落連飛髇。』
弓を満月のように引きしぼり、射れば必ずあたるときまで矢をはなたない。射たら二羽のマナヅルがまっしぐらに落ち、飛んだかぶら矢が串ざしにしている。
不虚発 射れば必ずあたる。○双鶬 二羽の鶬。鶬は鶬鴰。地方によって呼び名がちがい、鴰鹿、鶬鶏などとも呼ばれる。鶴の一種で、青蒼色、または灰色。頂には丹がなく、両頬は紅い。マナヅルのことらしい。○迸落 ほとばしり落ちる。○飛髇 髇は鳴鏑、囁矢、に同じく、かぶら矢。木または鹿角で作った中空のかぶら形の筒に数箇の穴をあけ、それを矢の先につける。射れば筒の穴に風が入って激しく鳴る。



海邊觀者皆辟易。 猛氣英風振沙磧。
放牧できていた湖のほとりで見ている者は、みな、おそれおののいているのだ。猛々しい気性であって、すぐれた風貌は、砂漠中にその名を鳴り響かせているのだ。
海辺 海は東方の大海ではない。砂漠の中の実は湖。○辟易 おどろきおそれて、しりごみする。○沙磧 砂漠。 



儒生不及游俠人。 白首下幃復何益。』
そういうことから儒学者というものは、狩猟ができ、任侠の筋道を立てる人にはかなわないのだ。しらが頭で、家の中にとじこもって、書物をたよりに礼節ばかりで、いったい何の利益があるというのだろう。
儒生 儒学者。○遊侠 游は、狩猟が上手い、武術ができる。腕っぷしが強い。その上、強きをくじき弱きをたすけ、生命をなげだして人を救うことを自分の任務とし、私交を結んで勢力をし、命をはっているもの。○白首 しらが頭。○下幃 とばりを垂れおろす。弟子をとること。「漢書」によると、漢の儒者、董仲舒は若いころ「春秋」を修得し、景帝のとき博士となったが、「帷下し」家にとじこもって弟子をとり、講義した。弟子たちは長い間順番を待って授業を受けたが、中には先生の顔を見ることさえできずに帰る者もいた。それほど多くの弟子が押しかけたという。李白は儒学者を評価していない



(解説)
 李白『幽州胡馬客歌』「旄頭四光芒」(旄頭(ぼうとう) 四(よも)に光芒あり)寒くなると北方の異民族は南下して国境線を突破してきた、そのため冬の戦いに備えた。異民族は騎馬民族で馬上の戦いであった。それに対し漢民族は農耕民族で、戦いは歩兵戦であった。
 幽州の兵は、北方の敵に対しての訓練がなされたのである。凶暴、残忍さが加わったのだ。もう一つは、略奪すること。これらが基本で、戦略とか、統治する意識がないのである。安禄山の叛乱は、普通に戦えば天下は取れた。統治するという意識がなさ過ぎたのである。

 李白の北方の詩、辺境の詩、出塞の詩はこういった部分を読み取ることができる。杜甫の『後出塞五首』其四も参考になる。


幽州胡馬客歌 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白193

幽州胡馬客歌 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白193

 開封・単父の滞在の外、華北のいたるところに行はれた李白の旅行の中で、最も注目すべきは、彼が幽州(北京)に赴いていることである。

 幽州には当時、契丹(キッタン)や奚(ケイ)などのこの方面の精悍な異民族の侵入を防ぐために、范陽節度使という軍司令官が置かれていたが、744年天宝三載以来この官にあったのは、のちに乱を起す安禄山である。李白のこの幽州の旅は、安禄山との間に何らかの交渉をもつためであった。このころ安禄山はその鋒さきをあらわしはしないが、長安から追放された李白にとってすがる思いがあったのかもしれない。
 ただし李白は幽州で安禄山が頼るべき相手ではないこと気付いたのである。
幽州での記録はほとんどないに等しい。
その李白が、「幽州の胡の馬客の歌」にあらわしているのである。


幽州胡馬客歌
幽州胡馬客。 綠眼虎皮冠。
幽州の北方異民族出身の馬にのった流寓の人がいる、緑色の眼をして 虎皮の冠をかぶっている。
笑拂兩只箭。 萬人不可干。
豪快に笑って、二本の箭を大長刀で払へば、万人もふせぐことができないのだ。
彎弓若轉月。 白雁落云端。
弓を引かせばまるで満月のようのいっぱいに引き、白雁でも雲端ほどの高さに飛んでいても撃ち落とされてしまうという。
雙雙掉鞭行。 游獵向樓蘭。
馬上、二人ならんで 鞭を掉(ふ)って走っていったのだ、狩りをして遊び、狩猟しながらして楼蘭に向かったのだ。 
出門不顧後。 報國死何難。』

いざ、塞の門を出たならば陣後のことは顧みてはならない、国に報ずるためには、死をおそれてできるものではない。
天驕五單于。 狼戾好凶殘。
匈奴の単于は自らを天の驕児と称した。 狼の如く心ねじれた道理を持っており、強暴で残忍なことを好んでいる。
牛馬散北海。 割鮮若虎餐。
牛と馬は北方の湖海のあたりに放牧している、鳥獣の新しく殺した血の滴るものを虎が食べるように食べている。 
雖居燕支山。 不道朔雪寒。
燕支山に居たことがあるといっても、こんなはるか北方の雪の寒さというのはけた違いである。
婦女馬上笑。 顏如赭玉盤。
ここの人たちは婦女子でも笑いながら馬を乗りこなし、顔は寒さと雪焼けで大皿のように輝いている。
翻飛射鳥獸。 花月醉雕鞍。』
ひっくり返ったり飛びあがったりしている鳥獣は射るものであるし、花と月には彫刻で飾った鞍にまたがって酔うのだ。
旄頭四光芒。 爭戰若蜂攢。
胡の星と考へられる昴(すばる)の星は四方に輝きを放って異民族の攻めてくる予兆である。争い戦をする蜂が集まってくる様子を示している。
白刃洒赤血。 流沙為之丹。
戦で白刃は多くの赤血をたれ流した、ここの流沙はこの流血によって赤くなってしまった。
名將古誰是。 疲兵良可嘆。
名将といわれる人物はいにしへより誰かということなしにたくさんいる。疲れきった兵士は本当に嘆かわしいことであるのだ。
何時天狼滅。 父子得安閑。』

いずれの時か盗賊のような輩は滅びてしまう。大星座の父子たるもの平穏なことでなければならないのだ。 



幽州の胡の馬客(かく)、緑眼 虎皮の冠。

笑って両隻(りょうせき)の箭を払へば、万人も干(ふせ)ぐべからず。

弓を彎(ひ)くこと月を転ずるごとく、白雁 雲端より落つ。

双双 鞭を掉(ふ)って行、遊猟して楼蘭に向ふ。 

門を出づれば後を顧みず、国に報ずる死なんぞ難からん。

天驕 五単于(ぜんう) 狼戻(ろうれい)にして兇残を好む。

牛馬は北海に散じ、鮮を割(さ)くこと虎の餐(くら)ふがごとし。

燕支山に居るといへども 朔雪の寒きを道(い)はず。 

婦女も馬上に笑ひ、顔は赭(あか)き玉盤のごとし。

翻飛(ほんぴ)して鳥獣を射、花月には雕鞍(ちょうあん)に酔ふ。

旄頭(ぼうとう) 四(よも)に光芒あり、争戦する蜂の(あつま)るがごとし

白刃 赤血を灑(そそ)ぎ、流沙 これがために丹(あか)し。

名将 いにしへ誰か是(これ)なる、疲兵まことに嘆ずべし。

いづれの時か天狼 滅し、父子 閒安を得ん。 



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(本文)
幽州胡馬客歌
幽州胡馬客。 綠眼虎皮冠。
笑拂兩只箭。 萬人不可干。
彎弓若轉月。 白雁落云端。
雙雙掉鞭行。 游獵向樓蘭。
出門不顧後。 報國死何難。』

(下し文)
幽州の胡の馬客(かく)、緑眼 虎皮の冠。
笑って両隻(りょうせき)の箭を払へば、万人も干(ふせ)ぐべからず。
弓を彎(ひ)くこと月を転ずるごとく、白雁 雲端より落つ。
双双 鞭を掉(ふ)って行、遊猟して楼蘭に向ふ。 
門を出づれば後を顧みず、国に報ずる死なんぞ難からん。

(現代語訳)
幽州の北方異民族出身の馬にのった流寓の人がいる、緑色の眼をして 虎皮の冠をかぶっている。
豪快に笑って、二本の箭を大長刀で払へば、万人もふせぐことができないのだ。
弓を引かせばまるで満月のようのいっぱいに引き、白雁でも雲端ほどの高さに飛んでいても撃ち落とされてしまうという。
馬上、二人ならんで 鞭を掉(ふ)って走っていったのだ、狩りをして遊び、狩猟しながらして楼蘭に向かったのだ。 
いざ、塞の門を出たならば陣後のことは顧みてはならない、国に報ずるためには、死をおそれてできるものではない。


幽州胡馬客 綠眼虎皮冠
幽州の北方異民族出身の馬にのった流寓の人がいる、緑色の眼をして 虎皮の冠をかぶっている。
胡馬客 北方異民族出身の馬にのった流寓の人。
緑眼 中東のペルシャ、白人系の目をいう。 ・虎皮の冠 騎馬民族が被る帽子。



笑拂兩只箭 萬人不可干
豪快に笑って、二本の箭を大長刀で払へば、万人もふせぐことができないのだ。
両隻(りょうせき)二本。 矢の幹の部分。



彎弓若轉月 白雁落雲端
弓を引かせばまるで満月のようのいっぱいに引き、白雁でも雲端ほどの高さに飛んでいても撃ち落とされてしまうという。

雙雙掉鞭行 遊獵向樓蘭
馬上、二人ならんで 鞭を掉(ふ)って走っていったのだ、狩りをして遊び、狩猟しながらして楼蘭に向かったのだ。 
双双 二人ならんでか。・楼蘭 漢代、いまの新疆省のロプ・ノール付近にあった国。



出門不顧後 報國死何難
いざ、塞の門を出たならば陣後のことは顧みてはならない、国に報ずるためには、死をおそれてできるものではない。





(本文)
天驕五單于。 狼戾好凶殘。
牛馬散北海。 割鮮若虎餐。
雖居燕支山。 不道朔雪寒。
婦女馬上笑。 顏如赭玉盤。
翻飛射鳥獸。 花月醉雕鞍。』

(下し文)
天驕 五単于(ぜんう) 狼戻(ろうれい)にして兇残を好む。
牛馬は北海に散じ、鮮を割(さ)くこと虎の餐(くら)ふがごとし。
燕支山に居るといへども 朔雪の寒きを道(い)はず。 
婦女も馬上に笑ひ、顔は赭(あか)き玉盤のごとし。
翻飛(ほんぴ)して鳥獣を射、花月には雕鞍(ちょうあん)に酔ふ。

(現代語訳)
匈奴の単于は自らを天の驕児と称した。 狼の如く心ねじれた道理を持っており、強暴で残忍なことを好んでいる。
牛と馬は北方の湖海のあたりに放牧している、鳥獣の新しく殺した血の滴るものを虎が食べるように食べている。 
燕支山に居たことがあるといっても、こんなはるか北方の雪の寒さというのはけた違いである。
ここの人たちは婦女子でも笑いながら馬を乗りこなし、顔は寒さと雪焼けで大皿のように輝いている。
ひっくり返ったり飛びあがったりしている鳥獣は射るものであるし、花と月には彫刻で飾った鞍にまたがって酔うのだ。



天驕五單于 狼戻好兇殘
匈奴の単于はみづからを天の驕児と称した。 狼の如く心ねぢけ道理を持っており、強暴で残忍なことを好んでいる。
天驕 匈奴の単于はみづからを天の驕児と称した。・五単于(ぜんう)漢の宣帝のとき匈奴は五単于ならび立った。・狼戻(ろうれい)狼の如く心ねぢけ道理にもとる。
 

牛馬散北海 割鮮若虎餐
牛と馬は北方の湖海のあたりに放牧している、鳥獣の新しく殺した血の滴るものを虎が食べるように食べている。 
割鮮 鳥獣の新しく殺したもの。



雖居燕支山 不道朔雪寒
燕支山に居たことがあるといっても、こんなはるか北方の雪の寒さというのはけた違いである。 
脂(支)山 甘粛省河西回廊の「張掖」の東南にある。李白「秋思」に登場。・朔雪 北方の雪。



婦女馬上笑 顏如赭玉盤
ここの人たちは婦女子でも笑いながら馬を乗りこなし、顔は寒さと雪焼けで大皿のように輝いている。

翻入射鳥獸 花月醉雕鞍
ひっくり返ったり飛びあがったりしている鳥獣は射いるものであるし、花と月には彫刻で飾った鞍にまたがってに酔うのだ。
翻飛 とび上って。




(本文)
旄頭四光芒。 爭戰若蜂攢。
白刃洒赤血。 流沙為之丹。
名將古誰是。 疲兵良可嘆。
何時天狼滅。 父子得安閑。』

(下し文)
旄頭(ぼうとう) 四(よも)に光芒あり、争戦する蜂の攢(あつま)るがごとし
白刃 赤血を灑(そそ)ぎ、流沙 これがために丹(あか)し。
名将 いにしへ誰か是(これ)なる、疲兵まことに嘆ずべし。
いづれの時か天狼 滅し、父子 閒安を得ん。
 

(現代語訳)
胡の星と考へられる昴(すばる)の星は四方に輝きを放って異民族の攻めてくる予兆である。争い戦をする蜂が集まってくる様子を示している。
戦で白刃は多くの赤血をたれ流した、ここの流沙はこの流血によって赤くなってしまった。
名将といわれる人物はいにしへより誰かということなしにたくさんいる。疲れきった兵士は本当に嘆かわしいことであるのだ。
いずれの時か盗賊のような輩は滅びてしまう。大星座の父子たるもの平穏なことでなければならないのだ。 



旄頭四光芒 爭戰若蜂攢
胡の星と考へられる昴(すばる)の星は四方に輝きを放って異民族の攻めてくる予兆である。争い戦をする蜂が集まってくる様子を示している。
旄頭 胡の星と考へられる昴(すばる)の星。四方に輝きを放っているときには、異民族が攻めてくる。



白刄灑赤血 流沙為之丹
戦で白刃は多くの赤血をたれ流した、ここの流沙はこの流血によって赤くなってしまった。



名將古誰是 疲兵良可嘆
名将といわれる人物はいにしへより誰かということなしにたくさんいる。疲れきった兵士は本当に嘆かわしいことであるのだ。

何時天狼滅 父子得閒安』
いづれの時か盗賊のような輩は滅びてしまう。大星座の父子たるもの平穏なことでなければならない。 
天狼 盗賊を表わし、侵略をかたちづくるといふ大犬座シリウスの漢名。・閒安 しづかにして安らか。


戦城南   李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白175 戦争

戦城南   李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白175 戦争
雑言古詩



玄宗ものがたり(8)

皇太子側の皇甫惟明が李林甫を弾効する上奏文が、玄宗皇帝の指示で張本人の李林甫の元に届けられる。李林甫は皇太子派の意図を知りそれに備える。一方、皇太子派は皇帝の許可なく外出ができる「元宵節」に行動を開始するが大失敗。李林甫の力をまざまざ見せつられることになってしまう。

 玄宗は、宦官の侍従長・高力士を驃騎大将軍という歴史始まって以来の高い地位に任命する。一方で、李林甫糾弾の計画に失敗した皇太子派の韋堅と皇甫惟明が懲罰される。皇太子自身には咎めは無かったものの、李林甫との権力争いで部下を巻き込んだ事を悔い、争いは避けて耐える決意をする。


 朝廷と後宮に軍隊に、暗雲がもたらされてくる。ひとつは、「安史の乱」を起こすくわせものの策士・安禄山の重用が、朝廷に不満と対立を生む。もうひとつは、楊貴妃は玄宗の浮気心に悩まされるようになる。道教への傾倒は不老不死につながり、それは回春薬につながる。金丹薬が、政治から女の方にしか関心を持たせなくしてゆくのである。宦官の軍隊が皇帝を守る物と矮小化され、従来の近衛軍三軍は、形骸化していったのである。
潘鎮はそれぞれ力をつけてきた、それを抑え、力の均衡を図るため節度使に力を与えてきたことで、叛乱をだれが起してもおかしくないほどの力をつけさせてしまったのだ。その筆頭格に安禄山がいた。


 安禄山は、辺境で戦いの火種をまき、国境防衛を名目に王忠嗣に援軍を要請、王忠嗣の兵力の一部を安禄山の配下に加えことに成功する。この軍勢で東北の敵を壊滅させ、野心を成就していくのである。





戦城南 

去年戦桑乾源、今年戦葱河道。
去年は、東のかた桑乾河の水源で戦い、今年は、西のかた葱嶺河の道辺で戦った。
洗兵滌支海上波、放馬天山雪中草。
刀剣の血のりを、条支の水辺の波で洗い落とした、戦いに疲れた馬を、天山の雪深き草原に解き放って休ませた。
萬里長征戦、三軍盡衰老。』
万里のかなた、遠く出征して戦いつづけ、三軍の将も士も、ことごとくみな老い衰えてしまった。』
匈奴以殺戮爲耕作、古来惟見白骨黄沙田。
異民族の匈奴たちは、人を殺すということを、まるで田畑を耕すような日々の仕事と思っている。昔からそこに見られるのは、白骨のころがる黄砂の土地ばかりだ。
秦家築城備胡處、漢家還有烽火燃』。
秦以前の王家から始まり、秦の始皇帝が本格的に長城を築いて、胡人の侵入に備えたところ、そこにはまた、漢民族のこの世になっても、危急を告げる烽火を燃やすのである。
烽火燃不息、征戦無己時。
烽火は燃えて、やむことがない。出征と戦闘も、やむときがない。
野戦格闘死、敗馬號鳴向天悲。
荒野での戦い、格闘して死ぬ、敗残した馬は、悲しげないななきは天にとどくよう向かう。
烏鳶啄人腸、銜飛上挂枯樹枝。
カラスやトビは、戦死者の腸をついばむ、口にくわえて舞いあがり、枯木の枝の上に引っかける。
士卒塗草莽、将軍空爾爲。
兵士たちは、草むらいちめんに倒れて死んでいる、その将軍がこんな空しい結果を招いたのだ。
乃知兵者是凶器、聖人不得己而用之。』

これで分かったことは「武器というものは不吉な道具、聖人はやむを得ない時しか使わない」という言葉の意味である。



去年は、東のかた桑乾河の水源で戦い、今年は、西のかた葱嶺河の道辺で戦った。
刀剣の血のりを、条支の水辺の波で洗い落とした、戦いに疲れた馬を、天山の雪深き草原に解き放って休ませた。
万里のかなた、遠く出征して戦いつづけ、三軍の将も士も、ことごとくみな老い衰えてしまった。』
異民族の匈奴たちは、人を殺すということを、まるで田畑を耕すような日々の仕事と思っている。昔からそこに見られるのは、白骨のころがる黄砂の土地ばかりだ。
秦以前の王家から始まり、秦の始皇帝が本格的に長城を築いて、胡人の侵入に備えたところ、そこにはまた、漢民族のこの世になっても、危急を告げる烽火を燃やすのである。
烽火は燃えて、やむことがない。出征と戦闘も、やむときがない。
荒野での戦い、格闘して死ぬ、敗残した馬は、悲しげないななきは天にとどくよう向かう。
カラスやトビは、戦死者の腸をついばむ、口にくわえて舞いあがり、枯木の枝の上に引っかける。
兵士たちは、草むらいちめんに倒れて死んでいる、その将軍がこんな空しい結果を招いたのだ。
これで分かったことは「武器というものは不吉な道具、
聖人はやむを得ない時しか使わない」という言葉の意味である。



城南に戦う
去年は桑乾の源に戦い、今年は葱河の道に戦う。
兵を洗う 条支 海上の波、馬を放つ 天山 雪中の草。
万里 長く征戦し、三軍 尽く衰老す。』
匈奴は殺戮を以て耕作と為す、古来 唯だ見る 白骨黄抄の田。
秦家 城を築いて胡に備えし処、漢家 還た烽火の燃ゆる有り。』
烽火 燃えて息まず、征戦 己むの時無し。
野戦 格闘して死す、敗馬 號鳴し 天に向って悲しむ。
烏鳶 人の腸を啄み、銜み飛んで上に挂く 枯樹の枝。
士卒 草莽に塗る、将軍 空しく爾か為せり。
乃ち知る 兵なる者は是れ凶器、聖人は己むを得ずして之を用うるを。



城南に戦う。
戦城南  742年の北方、西方での戦い。詩は後に掛かれたものであろう。玄宗ものがたり(8)時期的の背景になるものである。
漢代の古辞以来の厭戦・反戦的な作であり。天宝年間繰り返された西方、北方の戦争を批判するものである。領土拡張、略奪、強奪の犠牲者を思い、残されたものの悲しみ、悲惨さは誰もが知っていたことである。ここに至るまでの数百年間の間に他の周辺諸国との間に国力の違いが生まれた。農耕民族の生産高が倍増したためであった。当初はこれをもとにして、国土を拡大し、略奪により、さらに国力を増加させた。



去年戦桑乾源、今年戦葱河道。
去年は、東のかた桑乾河の水源で戦い、今年は、西のかた葱嶺河の道辺で戦った。
桑乾  山西省北部に源を発し、河北省東北部を流れる河。下流の北京地方を流れる部分は「永定河と呼ばれる。○葱河 葱嶺河の略称。葱嶺(パミ-ル高原)から現在の新疆イグル自治区を流れる葱嶺北河(カシュガル河)と葱嶺南河(ヤルカンド河)およびその下流のタリム河を含めた総称。



洗兵滌支海上波、放馬天山雪中草。
刀剣の血のりを、条支の水辺の波で洗い落とした、戦いに疲れた馬を、天山の雪深き草原に解き放って休ませた。
洗兵 血のりで汚れた兵器を洗う。○条支  西域の国名。所在地としては、地中海東岸、ペルシャ湾岸、中央アジアなどの西域の地名として象徴的に用いている。○天山 新顔ウイグル自治区を東西に横断する大山脈。またその東南、甘粛省の酒泉・張掖の南に横たわる祁連山も天山と呼ばれる。
五言古詩「関山月」参照。



萬里長征戦、三軍盡衰老。』
万里のかなた、遠く出征して戦いつづけ、三軍の将も士も、ことごとくみな老い衰えてしまった。』
三軍  大軍。もと周代の兵制。一軍が一万二千五百人。大国(諸侯)は三軍を、王(天子)は六軍をもつとされた。(『周礼』、夏官「司馬」)。


匈奴以殺戮爲耕作、古来惟見白骨黄沙田。
異民族の匈奴たちは、人を殺すということを、まるで田畑を耕すような日々の仕事と思っている。昔からそこに見られるのは、白骨のころがる黄砂の土地ばかりだ。
匈奴 漢代西北の騎馬民族、遊牧民。異民族の代称としても用いられる。



秦家築城備胡處、漢家還有烽火燃』。
秦以前の王家から始まり、秦の始皇帝が本格的に長城を築いて、胡人の侵入に備えたところ、そこにはまた、漢民族のこの世になっても、危急を告げる烽火を燃やすのである。
秦家築城 秦の始皇帝が慕情に命じて、万里の長城を築いたこと。○備胡 胡人(異民族)の侵入に備える。○漢家 漢王朝。暗に唐王朝をさす。○煙火 危急を知らせる煙火。蜂火台から煙火台へと連絡される。



烽火燃不息、征戦無己時。
烽火は燃えて、やむことがない。出征と戦闘も、やむときがない。



野戦格闘死、敗馬號鳴向天悲。
荒野での戦い、格闘して死ぬ、敗残した馬は、悲しげないななきは天にとどくよう向かう。



烏鳶啄人腸、銜飛上挂枯樹枝。
カラスやトビは、戦死者の腸をついばむ、口にくわえて舞いあがり、枯木の枝の上に引っかける。
烏鳶  カラスやトビ。○衝  口にくわえる。この部分は、漢代の古辞の「城南に戦い郭北に死す、野に死して葬られず、烏食らう可し」を踏まえている。



士卒塗草莽、将軍空爾爲。
兵士たちは、草むらいちめんに倒れて死んでいる、その将軍がこんな空しい結果を招いたのだ。

塗葦葬 草むらの中で無残に死ぬこと。「塗」は、一面に広がる、ばらばらに広がるの意。ここは、兵士の血潮や肝・脳が草むらに広がる・散らばるの意。



乃知兵者是凶器、聖人不得己而用之。』
これで分かったことは「武器というものは不吉な道具、
聖人はやむを得ない時しか使わない」という言葉の意味である。
兵者是凶器、聖人不得己而用之  
『老子』(三十一章)の、「兵(武器)なる者は不祥(不吉)の器(道具)なり。君子の器に非ず。己むを得ずして之を用うるも、惜淡(執着しないこと)なるを上と為す」や、『六第』巻一「兵道」の「聖王は兵を号して凶器と為し、己むを得ずして之を用う」 ○聖人 古代のすぐれた為政者。


○韻  道・草・老/田・燃/時・悲・枝・為・之。

万里の長城  陳琳と汪遵

万里の長城  陳琳と汪遵


万里の長城。世界最大の建造物。そこには建設に狩り出された人々の、血、汗、涙、そして尊い命までもがしみ込んでいるのです。

飲馬長城窟行   陳 琳

飲馬長城窟、水寒傷馬骨。
往謂長城吏、慎莫稽留太原卒。
官作自有程、挙築諧汝声。
男児寧当格闘死、何能怫鬱築長城。


万里の長城の岩穴で馬に水を飲ませてしまうと、その水は冷たく馬の骨まで傷つけるほどだ
俺は監督の役人に言ってやった
「どうか太原から来ている人足を帰してやってください」
訴えを聞いた役人は「お上の仕事には工程が決められているのだ。文句を言わずに杵を取って声を合わせて働け」と言う
人足は「男たるもの戦いの中で死ぬならまだしも、なんでこんな長城を築くやるせない仕事で朽ち果てるのは嫌だ」と憤懣をもらす



馬に飲(みずか)う長城の窟(いわや)
水寒うして馬骨(ばこつ)を傷(いたま)しむ
往きて長城の吏(り)に謂(い)う
慎んで太原(たいげん)の卒(そつ)を稽留(けいりゅう)する莫(なか)れ
官作(かんさく)自ら程(てい)有り
築(きね)を挙げて汝の声を諧(ととの)えよ
男児は寧(むし)ろ当(まさ)に格闘して死すべし
何ぞ能(よ)く怫鬱(ふつうつ)として長城を築かん




陳琳は後漢の建安の七子の一人。秦の万里の長城建設に後漢の衰亡を重ね合わせているという


2)陳 琳(ちん りん)  未詳 - 217年  後漢末期の文官。建安七子の1人。字は孔璋。広陵郡洪邑の出身。はじめ大将軍の何進に仕え、主簿を務めた。何進が宦官誅滅を図って諸国の豪雄に上洛を促したとき、これに猛反対している。何進の死後は冀州に難を避け、袁紹の幕僚となる。官渡の戦いの際、袁紹が全国に飛ばした曹操打倒の檄文を書いた。飲馬長城窟行    易公孫餐與子書



建安文学 (けんあんぶんがく)
 後漢末期、建安年間(196年 - 220年)、当時、実質的な最高権力者となっていた曹一族の曹操を擁護者として、多くの優れた文人たちによって築き上げられた、五言詩を中心とする詩文学。辞賦に代わり、楽府と呼ばれる歌謡を文学形式へと昇華させ、儒家的・礼楽的な型に囚われない、自由闊達な文調を生み出した。激情的で、反骨に富んだ力強い作風の物も多く、戦乱の悲劇から生じた不遇や悲哀、社会や民衆の混乱に対する想い、未来への不安等をより強く表現した作品が、数多く残されている。建安の三曹七子 1)孔融・2)陳琳・3)徐幹・4)王粲・5)応楊・6)劉楨・8)阮禹、建安の七子と曹操・曹丕・曹植の三曹を同列とし、建安の三曹七子と呼称する。



時代は9世紀唐のに王遵は詠います。
長城  汪遵


秦築長城比鉄牢、蕃戎不敢逼臨兆。
焉知万里連雲勢、不及堯階三尺高。


秦の始皇帝は鉄のように頑丈な長城を築き、さすがの匈奴を臨兆の街に近づくことはできなかった。だが、はるかかなたの雲まで届きそうな万里の長城はあの聖主である堯帝のわずか三尺の高さの階段にも及ばなかった。


 堯帝とは古代中国を治めた伝説の皇帝です。その宮殿は質素で土の階段で、わずか三尺の高さであった。それでも堯帝は徳を持って国を治めたといわれます。

 一方、秦の始皇帝は万里の長城を始め、権力任せて国を統一した。ある意味では、中国最初の統一国家を成し遂げたことは歴史に残る偉大なことではあるのですが、彼の死後、たちまち国の内部で反乱がおこり、国は滅びたのです。国を興してわずか15年でした。

 国の守りは、築城の険ではなく、「徳に在って、険にあらず」と詠じていますが、秦という国は、国を一気に統一する力を使い切ってしまった結果短期間で滅びたのですが、中国の統一国家は次の漢以後約700年くらい後、581年隋の統一までかかります。


秦 長城を築いて 鉄牢に比す
蕃戎 敢えて 臨兆に逼(せま)らず

焉くんぞ知らん 万里 連雲の勢い
及ばず 堯階 三尺の高きに



これらの詩の漢文委員会の解説

 陳琳の詩そのものは古来からよくある「問答」詩ですが、最初聯、「万里の長城の岩穴で馬に水を飲ませてしまうと、その水は冷たく馬の骨まで傷つけるほどだ」には驚かされます。

 子の頃から、兵役負担は当時の人々には重い税だったのです。律体制に移行する時代の詩で社会情勢をよく反映しています。。


 この王遵の「国を治めるに徳をもって為せ」ですが、もし秦の始皇帝が万里の長城を築かなかったら(実際には1/3の規模でそれまで築かれていた)、異民族にもっと早く滅ぼされ中国の歴史は変わっていたでしょう。古代における長城建設の威力は大きいものがあったのです。
 国力以上のものを建設し、国の富み、特に人民にそれを強いたのが滅ぼす原因で歴史の必然であることには間違いはありません


 匈奴という国は遊牧民族、騎馬民族です。中国、漢民族の農耕民族と決定的な違いは国力の強化は奪うことが基本なのです。略奪する、制覇して力根こそぎ奪うのです。戦争の本質はいつの時代も同じですが、古代においては、大殺戮と焼野原になりますから、殺さなければ奴隷ですから、万里の長城は偉大な建設物だったのです。万里の長城があるおかげで防御はポイント強化、人配置で済みます。もし3尺の土塁しかなかったら、中国の歴史は変わったでしょう。


 この王遵の詩も実際に自分自身が戦ったり、実体験したものでなく、多くの邊塞詩がそうであるように、文人たちの間で交わされる詩であったと思われます。


 現在でも受けを狙って、面白おかしくされる議論に似ています。この詩からは儒教とか道教の徳の論理性とは違うものを感じます。

古風五十九首 其十四 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白151

古風五十九首 其十四 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白151



古風五十九首 其十四
胡關饒風沙、蕭索竟終古。
胡に対する関所塞は風と砂塵がむやみに多いところにある。未開の地で殺風景であること、大昔からのことだ。
木落秋草黃、登高望戎虜。
木の葉が落ちて秋もふかまり、草の黄ばむころになった、小高い丘にのぼり、はるか先の胡の方をながめた。
荒城空大漠、邊邑無遺堵。
荒れはてた城郭があり、ほかには何もない大きな砂漠があるのだ。国境の村々には、垣根すら跡形なく残っていない。
白骨橫千霜、嵯峨蔽榛莽。』
白骨が千年もの霜を過ごしても、累々と横たわっている。山は高く嶮しいが、藪や叢に蔽われてしまっている。』
借問誰凌虐、天驕毒威武。
だれがいったい、こんな陵虐を引きおこしたのか、とたずねてみると、だいたい、天の騎子とうぬぼれる匈奴が武力を悪用するからである。
赫怒我聖皇、勞師事鼙鼓。
われわれのすぐれた皇帝は、烈火にお怒りになった。そこで軍隊をうごかし、進軍太鼓をたたいて攻撃するのである。
陽和變殺氣、發卒騷中土。』
麗らかな、長閑な生活が、殺伐たる空気に変わった。兵卒をつぎつぎとくり出し、兵車で砂塵は上がり、国中は大騒動になった。』
三十六萬人、哀哀淚如雨。
三十六万人もの兵士。人びとのかなしみのなみだは雨のようだ。
且悲就行役、安得營農圃。
かなしみを背負って、兵士になって戦場に就くのだ。男がいなくなるのにこの先どうして田畑をいとなんでいけるというのだろうか。
不見征戍兒、豈知關山苦。
見たことはないだろう、戦争にかりだされた若者のことを、どうして遠い国境のとりで、山々での苦しみを知ることができるというのか。
李牧今不在、邊人飼豺虎。』
李牧のような名将は、今は存在しない。だから、国境の人びとは山犬や虎のような胡人たちの餌じきになっているのだ。』



胡に対する関所塞は風と砂塵がむやみに多いところにある。未開の地で殺風景であること、大昔からのことだ。
木の葉が落ちて秋もふかまり、草の黄ばむころになった、小高い丘にのぼり、はるか先の胡の方をながめた。
荒れはてた城郭があり、ほかには何もない大きな砂漠があるのだ。国境の村々には、垣根すら跡形なく残っていない。
白骨が千年もの霜を過ごしても、累々と横たわっている。山は高く嶮しいが、藪や叢に蔽われてしまっている。』
だれがいったい、こんな陵虐を引きおこしたのか、とたずねてみると、だいたい、天の騎子とうぬぼれる匈奴が武力を悪用するからである。
われわれのすぐれた皇帝は、烈火にお怒りになった。そこで軍隊をうごかし、進軍太鼓をたたいて攻撃するのである。
麗らかな、長閑な生活が、殺伐たる空気に変わった。兵卒をつぎつぎとくり出し、兵車で砂塵は上がり、国中は大騒動になった。』
三十六万人もの兵士。人びとのかなしみのなみだは雨のようだ。
かなしみを背負って、兵士になって戦場に就くのだ。男がいなくなるのにこの先どうして田畑をいとなんでいけるというのだろうか。
見たことはないだろう、戦争にかりだされた若者のことを、どうして遠い国境のとりで、山々での苦しみを知ることができるというのか。
李牧のような名将は、今は存在しない。だから、国境の人びとは山犬や虎のような胡人たちの餌じきになっているのだ。』


胡関 風沙靡く、粛索 責に終古。
木落ちて 秋草黄ばみ、高きに登りて 戎虜を望む。
荒城は 空しく大漠、辺邑に 遺堵無し。
白骨 千霜に横たわり、嵯峨として 榛葬に顧わる。
借問す 誰か陵虐す、天騎 威武を毒す。
我が聖皇を赫怒せしめ、師を労して 輩鼓を事とす。
陽和は 殺気に変じ、卒を発して中土を騒がしむ。
三十六万人、哀哀として、涙 雨の如し。
且つ悲しんで、行役に就く、安くんぞ農圃を営むを得ん。
征戊の児を見ずんば、豈 関山の苦しみを知らんや。
李牧 今在らず、辺入 豺虎の飼となる。



胡關饒風沙、蕭索竟終古。
胡に対する関所塞は風と砂塵がむやみに多いところにある。未開の地で殺風景であること、大昔からのことだ。
胡関 胡地への関所。胡は、中国北方の異民族。農耕民族に対して、遊牧・騎馬民族。○粛索。ものさびしく、ひっそりしているさま。



木落秋草黃、登高望戎虜。
木の葉が落ちて秋もふかまり、草の黄ばむころになった、小高い丘にのぼり、はるか先の胡の方をながめた。
木落 そのものでなく木の葉が落ちること、詩の慣用語。○終古 いつまでも、永久に。○戎虜 えびす。胡地。



荒城空大漠、邊邑無遺堵。
荒れはてた城郭があり、ほかには何もない大きな砂漠があるのだ。国境の村々には、垣根すら跡形なく残っていない。
大漠 大砂漠。○辺邑 国境の村。○遺堵 のこった垣根。



白骨橫千霜、嵯峨蔽榛莽。』
白骨が千年もの霜を過ごしても、累々と横たわっている。山は高く嶮しいが、藪や叢に蔽われてしまっている。』
千霜 千年のこと。千「□」と千につく語は詩の印象を強めす。例えば、春だと咲き誇る春が千年であり、秋だと、草花が枯れていくさびしい秋が千年となる。ここでは、句の初めに、白骨があり、千霜と冷たくあたり一面広々と霜の白と白骨の白が続く。○嵯峨 山が高くけわしい。○榛莽 やぶや雑草。



借問誰凌虐、天驕毒威武。
だれがいったい、こんな陵虐を引きおこしたのか、とたずねてみると、だいたい、天の騎子とうぬぼれる匈奴が武力を悪用するからである。
天驕 えびすの王の単子が漢に僕をよこして「えびすは天の驕子である」と言った。驕子は我儘息子のこと。*遊牧・騎馬民族は常に牧草地を移動して生活をする。侵略も移動のうちである。略奪により、安定させる。定住しないで草原のテントで寝る、自然との一体感がきわめておおきく彼らからすると天の誇高き息子と自惚れた訳ではなかった。漢民族は、世界の中心、天の中心にあると思っているのに対して、天の息子が漢民族化するわけはない。



赫怒我聖皇、勞師事鼙鼓。
われわれのすぐれた皇帝は、烈火にお怒りになった。そこで軍隊をうごかし、進軍太鼓をたたいて攻撃するのである。
聖皇 神聖なる皇帝。唐の玄宗をさす。○労師 玄宗の738年開元26年にチベットに大挙攻めいって以来、唐と吐蕃(チベット)の間に戦争はたえなかった。北方・北西は、契丹、奚、突蕨と、西、南西に吐蕃、ペルシャと戦った。○鼙鼓 進軍太鼓。戦車が基本の戦いのため。

陽和變殺氣、發卒騷中土。』
麗らかな、長閑な生活が、殺伐たる空気に変わった。兵卒をつぎつぎとくり出し、兵車で砂塵は上がり、国中は大騒動になった。』
陽和 うららかな、のどかな生活。○中土 中国。



三十六萬人、哀哀淚如雨。
三十六万人もの兵士。人びとのかなしみのなみだは雨のようだ。



且悲就行役、安得營農圃。
かなしみを背負って、兵士になって戦場に就くのだ。男がいなくなるのにこの先どうして田畑をいとなんでいけるというのだろうか。
安得 安は何と同じ。前の聯句は対句を無視して強調され、この聯に受けて、且悲:安得と強調している。
行役 国境守備などの兵役。○農圃 田畑。



不見征戍兒、豈知關山苦。
見たことはないだろう、戦争にかりだされた若者のことを、どうして遠い国境のとりで、山々での苦しみを知ることができるというのか。
不見 君不見・・・と同じ。 ○関山 関は関所、塞。国境の山山。



李牧今不在、邊人飼豺虎。』
李牧のような名将は、今は存在しない。だから、国境の人びとは山犬や虎のような胡人たちの餌じきになっているのだ。
○李牧 (り ぼく、生年不明―紀元前229年)は中国春秋戦国時代の趙国の武将。『史記』「廉頗蘭相如列伝」において司馬遷は李牧を、「守戦の名将」としている。は趙の北方、代の雁門に駐屯する国境軍の長官で、国境防衛のために独自の地方軍政を許されていた。 警戒を密にし、烽火台を多く設け、間諜を多く放つなどとともに兵士を厚遇していた。 匈奴の執拗な攻撃に対しては、徹底的な防衛・篭城の戦法を取ることで、大きな損害を受けずに安定的に国境を守備した。


李白31 関山月

李白31 関山月
楽府、五言古詩。関所のある山々を照らす月。それに照らされる出征兵士や、兵士を思う故郷の妻たちを詠う。
李白の邊塞を詠う詩の掲載をに追加する。



關山月 李白

明月出天山、蒼茫雲海間。
明月が天山の上にのぼってきた、蒼く暗く広がる雲海を照らし出す。

長風幾萬里、吹度玉門關。
遠くから吹き寄せる風は幾萬里、吹度る はるかな玉門關に

漢下白登道、胡窺青海灣。
漢の軍隊は白登山の道を進んでいく、胡の将兵は青海の水辺で機会を窺っている。

由來征戰地、不見有人還。
ここは昔から遠征と戦闘の地だ、出征した人が生還したのを見たことがない

戍客望邊色、思歸多苦顏。
出征兵士は、辺境の景色を眺めている、帰りたい思いは顔をしかめさせることが多い。

高樓當此夜、歎息未應閑。
故郷の高殿で、こんな夜には、せつない歎息が、きっと途切れることもないことだろう。



明月が天山の上にのぼってきた、蒼く暗く広がる雲海を照らし出す。
遠くから吹き寄せる風は幾萬里、吹度る はるかな玉門關に
漢の軍隊は白登山の道を進んでいく、胡の将兵は青海の水辺で機会を窺っている。
ここは昔から遠征と戦闘の地だ、出征した人が生還したのを見たことがない。
出征兵士は、辺境の景色を眺めている、帰りたい思いは顔をしかめさせることが多い。
故郷の高殿で、こんな夜には、せつない歎息が、きっと途切れることもないことだろう。



關山月
楽府旧題。本来の意味は、国境守備隊の砦がある山の上に昇った月。前線の月。


明月出天山
明月が天山の上にのぼってきた。 ・明月:明るく澄みわたった月。 ・天山:〔てんざん〕新疆にある祁連山〔きれんざん〕(チーリェンシャン) 。天山一帯。当時の中国人の世界観では、最西端になる。天山山脈のこと。


蒼茫雲海間
蒼く暗く広がる雲海を照らし出す。 ・蒼茫:〔そうぼう〕(空、海、平原などの)広々として、はてしのないさま。見わたす限り青々として広いさま。また、目のとどく限りうす暗くひろいさま。 ・雲海:山頂から見下ろした雲が海のように見えるもの。また、雲のはるかかなたに横たわっている海原(うなばら)。ここは、前者の意。


長風幾萬里
遠くから吹き寄せる風は幾萬里。 ・長風:遥か彼方から吹いてくる風。 ・幾萬里:何万里もの。長大な距離を謂う。


吹度玉門關
吹度る はるかな玉門關に。 ・吹度:吹いてきてずっと通って先へ行く。吹いてきて…を越える。吹きわたる。 ・玉門關:西域に通ずる交通の要衝。漢の前進基地。関。玉関。現・甘肅省燉煌の西方、涼州の西北500キロメートルの地点にある。


漢下白登道
漢の高祖が白登山(現・山西省北部大同東北東すぐ)上の白登台で匈奴に包囲攻撃され白登山より下りて匈奴と戦い。 ・漢:漢の高祖の軍。 ・下:(白登山上の白登台より)下りて(、匈奴に対して囲みを破るための反撃する)。 ・白登道:漢の高祖が白登山より下りて匈奴と戦ったところ。現・山西省北部大同東北東すぐ。


胡窺青海灣
胡(えびす)は、青海(ココノール)の湾に進出の機会を窺っている。 ・胡:西方異民族。ウイグル民族や、チベット民族などを指す。上句で漢の高祖のことを詠っているが、漢の高祖の場合は、匈奴を指す。 ・窺:〔き〕ねらう。乗ずべき時を待つ。また、覗き見する。こっそり見る。ここは、前者の意。 ・青海:ココノール湖。 ・灣:くま。ほとり。前出・杜甫の『兵車行』でいえば「君不見青海頭」 の「頭」に該る。


由來征戰地
ここは昔から遠征と戦闘の地だ。 ・由來:もともと。元来。それ以来。もとから。初めから今まで。また、来歴。いわれ。よってきたところ。ここは、前者の意。 ・征戰:出征して戦う。戦に行く王翰も李白も同時代人だが、王翰の方がやや早く、李白に影響を与えたか。


不見有人還
出征した人が生還したのを見たことがない。 ・不見:見あたらない。 ・有人還:(だれか)人が帰ってくる。 ・還:行き先からかえる。行った者がくるりとかえる。後出の「歸」は、もと出た所にかえる。本来の居場所(自宅、故郷、故国、墓所)にかえる。


戍客望邊色
出征兵士は、辺境の景色を眺めている。 ・戍客:〔じゅかく〕国境警備の兵士。征人。 ・邊色:国境地方の景色。 邊邑ともする。その場合は国境地帯の村の意になる。


思歸多苦顏
帰りたい思いは顔をしかめさせることが多い。 ・思歸:帰郷の念を起こす ・苦顏:顔をしかめる。


高樓當此夜
故郷の高殿で、こんな夜には。 ・高樓:たかどの。 ・當:…に当たつては。…の時は。…に際しては。 ・此夜:この(明月の)夜。


歎息未應閑
せつない歎息が、きっと途切れることもないことだろう。 ・歎息:なげいて深くため息をつく。また、大変感心する。ここは、前者の意。 ・應:きつと…だろう。当然…であろう。まさに…べし。 ・閑:暇(いとま)。


○韻 山、間、關、灣、還、顏、閑


關山月  
明月 天山(てんざん)より出(い)づ,
蒼茫(さうばう)たる 雲海の間。
長風 幾(いく)萬里,
吹き度る 玉門關(ぎょくもんくゎん)。
漢は下(くだ)る 白登(はくとう)の道,
胡は窺(うかが)ふ 青海(せいかい)の灣。
由來( ゆ らい) 征戰の地,
見ず 人の還(かへ)る有るを。
戍客(じゅかく) 邊色(へんしょく)を望み,
歸るを思ひて 苦顏( く がん) 多し。
高樓 此(こ)の夜に當り,
歎息すること 未(いま)だ應(まさ)に閑(かん)ならざるべし。

李白の詩 連載中 7/12現在 75首

2011・6・30 3000首掲載
漢文委員会 ホームページ それぞれ個性があります。
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李商隠の女詞特集ブログ連載中
burogutitl185李商隠 毎日書いています。

 
李白の漢詩特集 連載中
kanshiblog460李白 毎日書いています。
毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi
kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首

李白27 塞下曲六首と塞上曲

 志願し国境線の戦いに出ていく者はいない。府兵制により行かされたものである。あるいは、左遷の地として 官僚たちも数多く残る。辺塞詩、涼州詩として、王維や王昌齢、王士官が詠っている(別の機会に紹介しよう)。 李白のこれらの詩は形式は戦場に送り出したものだが、残された家族のための詩とは思えないし、体制批判も感じられない。やはり、流行であったこと、求職活動、詩才を示すために作られたのであろう。
 したがって、ここでは、資料的に示すことにしよう。そして、明日から、長安での物語に移ろうと思う。
 ただ、李白の塞下曲六首について、日本であまり触れられていないようなのですべて載せ、読みを紹介するのは昨日の(1)と(4)、(5)にとどめることとする。

塞下曲六首    李白

(4)29
白馬黄金塞,雲砂繞夢思。
白馬のいる黃金の塞,雲と砂の大地を夢を繞る

那堪愁苦節,遠憶邊城兒。
堪えがたきは愁苦しゅうくの季節,はるか遠く国境の兒おのこを憶う。

螢飛秋窗滿,月度霜閨遲。
螢は秋の窓辺に飛び,月は霜ふる閨ねやにを遲くにわたる。

摧殘梧桐葉,蕭颯沙棠枝。
色あせ敗れた梧桐あおぎりの葉,蕭しょうとした颯かぜに沙棠やましなの枝。

無時獨不見,流涙空自知。

いつの時も面影の見えないまま,流れる涙はむなしさを知る。


白馬のいる黃金の塞,雲と砂の大地を夢を繞めぐる。
堪えがたきは愁苦しゅうくの季節,はるか遠く国境の兒おのこを憶う。
螢は秋の窓辺に飛び,月は霜ふる閨ねやにを遲くにわたる。
色あせ敗れた梧桐あおぎりの葉,蕭しょうとした颯かぜに沙棠やましなの枝。
いつの時も面影の見えないまま,流れる涙はむなしさを知る。


この詩も妻の立場で詠っています。白馬と黄金塞から蛍がさみしく寝室に入ってきて、いつの間に枯葉が舞い散るる季節になっていしまった。、面が下さえ見えなくなってしまい、いくら泣いてもむなしさだけが残る。
 李白お得意の流れるような場面である。

白馬 黃金の塞,雲砂に夢思を繞らす。
那ぞ堪えん 愁苦の節,遠く邊城の兒を憶う。
螢飛 秋窓に滿つ,月度る 霜閨に遲し。
摧殘す 梧桐の葉,蕭颯たり 沙棠の枝。
無時に獨り見ず,流淚 空しく自ら知る。



(5)30
塞虜乘秋下,天兵出漢家。
塞の虜は秋になると下っていき 、天子の兵は長安を出発する

將軍分虎竹,戰士臥龍沙。
將軍は敵陣を突破して 、戰士は龍沙砂漠に横たわる

邊月隨弓影,胡霜拂劍花。
塞を照らす月は弓影をうつす 、北方の霜は劒の打ち払う火花さえ消す

玉關殊未入,少婦莫長嗟。

ここ玉門関はまだまだ外敵に侵入されない 、故郷の若い妻嘆くことなぞないぞ
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塞の虜は秋になると下っていき
天子の兵は長安を出発する
將軍は敵陣を突破して
戰士は龍沙砂漠に横たわる
塞を照らす月は弓影をうつす
北方の霜は劒の打ち払う火花さえ消す
ここ玉門関はまだまだ外敵に侵入されない
故郷の若い妻嘆くことなぞないぞ

 塞で対峙していた敵の軍隊も冬になると凍死者が出るので戦えない。春先になるまで引き上げてゆく。その敵陣のすきをついて、攻めに転じる。砂漠に多くの戦死者が出ている。月は塞に影を落とすが剣と剣の火花でさえ打ち消す極寒のつらさ。玉門関を死守している若い兵士は故郷の若き妻に「心配するな、頑張るぞ」だから、ため息ばかりするんじゃないぞ と。

 毎年、毎年、それが何百年と続いている。戦争は勝つと相手のすべてを奪いつくし富が増えてゆくのである。国家による略奪が戦争である。漢民族としては北方の異民族=騎馬民族との戦いは万里の長城に象徴される。あれだけ膨大なものを巨費をかけてでもを作る必要があった。そのために秦国が滅んだのだ。王朝の栄枯盛衰はほとんどが戦争による繁栄であり、それを維持することができなくなっての衰退滅亡というのが歴史である。
 蒙古の元がアジア全域を制覇した際、北京には見せしめのため、人口の大半が殺され死者が通りの建物のようにうず高く野積みなされ放置された。戦いとはそうしたもので、この詩の国境線の砂漠に、戦死者が放置されているというのは普通の状況であったのだ。(世界4大虐殺のひとつ、安史の乱は中国全土の人口が40%減少した)それはまた国中の人々が知っていたことであるから、詩人がそれを題材にしたのである。悲愴、焦燥、長嗟、愁苦、螢飛秋窗、摧殘梧桐、邊月・・・・邊月とは国境の砂漠、見渡す限り何もない砂漠で月だけが輝いている、題材の状況が明確であり、だれでも承知している事項のため、詩人は競って詠ったのである。

以下は、テキストとして書きとめておくことにし、李白の塞上曲も付け加えておく。何時かの機会を見て触れていけたら良いと考える。

塞下曲六首    李白

(1)26
五月天山雪,無花只有寒。笛中聞折柳,春色未曾看。
曉戰隨金鼓,宵眠抱玉鞍。願將腰下劍,直為斬樓蘭。

(2)27
天兵下北荒,胡馬欲南飲。橫戈從百戰,直為銜恩甚。
握雪海上餐,拂沙隴頭寢。何當破月氏,然後方高枕。

(3)28
駿馬似風飆,鳴鞭出渭橋。彎弓辭漢月,插羽破天驕。
陣解星芒盡,營空海霧消。功成畫麟閣,獨有霍嫖姚。

(4)29
白馬黃金塞,雲砂繞夢思。那堪愁苦節,遠憶邊城兒。
螢飛秋窗滿,月度霜閨遲。摧殘梧桐葉,蕭颯沙棠枝。
無時獨不見,流淚空自知。

(5)30
塞虜乘秋下,天兵出漢家。將軍分虎竹,戰士臥龍沙。
邊月隨弓影,胡霜拂劍花。玉關殊未入,少婦莫長嗟。

(6)31
烽火動沙漠,連照甘泉雲。漢皇按劍起,還召李將軍。
兵氣天上合,鼓聲隴底聞。橫行負勇氣,一戰淨妖氛。


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李白32 塞上曲  李白

大漢無中策。 匈奴犯渭橋。 五原秋草綠。
胡馬一何驕。 命將征西極。 橫行陰山側。
燕支落漢家。 婦女無華色。 轉戰渡黃河。
休兵樂事多。 蕭條清萬里。 瀚海寂無波。


李白26 塞下曲

 邊塞詩 戦争に行っていない李白が戦場や、外敵から守るための塞、などを題材にして歌う。漢文委員会ではこれを妻の立場で歌う、「春思う」、や「秋思う」等も邊塞のグル-プとしてとらえていく。


李白26 塞下曲六首

(1)塞下曲    李白
五月天山雪,無花祗有寒。
五月に、天山では雪が降る。花はなく、ただ、寒さだけがある

笛中聞折柳,春色未曾看。
笛の調べ折楊柳の曲を聞いた、春の気配など、まだまったく見たことがない

曉戰隨金鼓,宵眠抱玉鞍。
朝、鐘と太鼓に従って戦い。夜には、立派なくらを抱いて眠る。

願將腰下劍,直爲斬樓蘭。

できることならば、腰に下げた剣で,ただちに樓蘭を斬ってしまいたいものだ。


旧暦の五月(=夏)に、天山では雪が降る。(春や夏の訪れを示す)花はなく、ただ、寒さだけがある。
笛の調べで、折楊柳の曲を聞いた(が),(実際には、柳の芽吹く)春の気配など、まだまったく見たことがない
朝(からの戦闘で)は、鐘と太鼓に従って戦い。夜には、立派なくらを抱いて眠る。
できることならば、腰に下げた剣で,ただちに樓蘭を斬ってしまいたいものだ。


 戦争にまったく行っていない人が、辺疆の砦附近の風物や戦争のありさま、出征兵士の心情を詠ったものの詩題にしている。この詩は六連作のその1。こういった詩の特徴の一つに、塞に出征した兵士の気持ちを詠うものだが、それぞれの句に 雪、花、柳、春色、金、玉、剣、蘭と花と色が散りばめられている。詩がお遊びの一つになっている。特にこの時期則天武后の末期にあった、朝廷内のごたごたを張説らにより収められ、太平になっていた。均田制と府兵制をベースにした律令制の中で、府兵制が人民に与えた負担は大きかった。砂漠の砦に贈られた兵士の悲壮感だけを詠うのではなく、こうした、色をちりばめて少し華やかに気持ちを切り替えた。
  同時期の同様な詩はhttp://kanbuniinkai7.dousetsu.com/辺塞詩、王翰、王昌齢、王之渙を参照にされたい。李白にとって楽府、辺塞、塞下の詩は就職活動の一つであったのだろう。

五月天山雪
旧暦の五月(=夏)に、天山では雪が降る。
 ・五月:陰暦五月で、夏になる。 ・天山:〔てんざん〕新疆にある祁連山〔きれんざん〕(チーリェンシャン) 。天山一帯。当時の中国人の世界観では、最西端になる。天山山脈のこと。新疆ウイグル(維吾爾)自治区中央部タリム盆地の北を東西に走る大山系で、パミール高原の北部に至る。雪山。ここでは「異民族との戦闘の前線」の意として、使われている。


無花祗有寒
(春や夏の訪れを示す)花はなく、ただ、寒さだけがある。
 ・無花:花は(咲いてい)ない。 ・祗有:〔しいう〕ただ…だけがある。「無花祗有寒」の句中で前出「無」との揃いで用いられる表現。「無花祗有寒」。≒只有。 ・寒:寒さ。


笛中聞折柳
笛の調べで、折楊柳の曲を聞いた(が)。
 ・笛中:胡笳の調べで。葦笛の音に。 ・聞:聞こえる。 ・折柳:折楊柳の曲。


春色未曾看
(実際には、柳の芽吹く)春の気配など、まだまったく見たことがない。
 ・春色:春の気配。春の景色。 ・未曾:まだ…でない。…いままでに、…したことがない。 ・看:見る。


曉戰隨金鼓
朝(からの戦闘で)は、鐘と太鼓に従って戦い。
 ・曉:明け方。朝。あかつき。 ・戰:戦う。 ・隨:…にしたがって。 ・金鼓:(軍中で用いる)鉦(かね)と太鼓。進むのに太鼓を用い、留まるのに鉦(かね)を用いたことによる。


宵眠抱玉鞍
夜には、立派なくらを抱いて眠る。
 ・宵:夜。よい。 ・眠:眠る。 ・抱:だく。いだく。 ・玉鞍:〔ぎょくあん〕立派なくら。玉で作ったくら。


願將腰下劍
できることならば、腰に下げた剣で。
 ・願:願わくは。 ・將:…を持って。・腰下:腰に下げた。 ・劍:つるぎ。元来は、諸刃(もろは)の刺突用武器を指す。


直爲斬樓蘭
ただちに樓蘭を斬ってしまいたいものだ。
 ・直:ただちに。 ・爲:〔ゐ〕…のために。…に対して。…に向かって。目的や原因を表す介詞。また、なす。する。致す。動詞。 ・斬:傅介子等が楼蘭王を斬り殺した故実のように、征伐をする。 前漢の昭帝の頃、傅介子等が樓蘭王を殺したことを指す。 ・樓蘭:〔ろうらん〕漢代、西域にあった国。都市名。天山南路のロブノール湖(羅布泊)の畔にあった漢代に栄えた国(都市)。ローラン。原名クロライナ。現・新疆ウイグル(維吾爾)自治区東南部にあった幻の都市。天山の東南で、新疆ウイグル自治区中央部のタリム盆地東端、善〔善+おおざと〕県東南ロブノール湖(羅布泊)の北方にあった。そこに住む人種は白人の系統でモンゴリアンではなく、漢民族との抗争の歴史があった。四世紀にロブノール湖(羅布泊)の移動により衰え、七世紀初頭には廃墟と化した。現在は、楼蘭古城(址)が砂漠の中に土煉瓦の城壁、住居址などを遺しているだけになっている。 ・終:どうしても。いつまでも。とうとう。しまいに。ついには。 ・不還:還(かえ)らない。戻らない。かえってこない。


○韻 寒、看、鞍、蘭。

五月天山雪,無花祗有寒。
笛中聞折柳,春色未曾看。
曉戰隨金鼓,宵眠抱玉鞍。
願將腰下劍,直爲斬樓蘭。


 塞下曲       
五月  天山の雪,
花 無くして  祗(た)だ 寒のみ 有り。
笛中  折柳(せつりう)を 聞くも,
春色  未だ 曾(かつ)て 看ず。
曉(あかつき)に戰ふに  金鼓に 隨(したが)ひ,
宵(よひ)に眠るに  玉鞍を 抱(いだ)く。
願はくは  腰下(えうか)の劍を 將(も)って,
直ちに 爲(ため)に  樓蘭(ろうらん)を斬らん。



■漢詩の利用法

●手紙の書きだし ヒント。
先日、私がお友達に出した手紙の書き出しです。

冥冥細雨來・・・・・。しとしとと雨が続きます。(杜甫 梅雨より)
お元気ですか。梅雨は「湿気」と意外に「冷え」にも注意がいるそうです。私のほうは、おかげさまでここ数年何事もなく元気に過ごさせていただいています。
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
     草々(こういう手紙の時終りに書く)
追伸
私の好きな杜甫の詩を添えておきます。
梅  雨      杜甫51歳 成都 浣花渓草堂
南京犀浦道,四月熟黃梅。湛湛長江去,冥冥細雨來。
茅茨疏易濕,雲霧密難開。竟日蛟龍喜,盤渦與岸廻。

南京の犀浦県の吾が居宅の道では四月に梅のみが熟する。このときの長江の水は湛湛とたたえて流れ去り、暗っぽくこまかな雨がふってくる。吾が家のかやぶきのやねはまばらであるから湿りやすく、雲や霧は濃くとざして開けがたい。一日じゅう喜んでいるものは水中の蛟龍であり、水面のうずまきは岸勢にしたがって回転しつつある

成都郊外に我が家があり、4月は梅が熟している。
川にあふれんばかりの水が流れ、厚い雲でしとしとと小雨が降っている。
カヤぶきの屋根は湿気がはいる、雲や霧は戸をあけておくことができない。
こんな時でも一日中喜んでいる奴は水中の蚊龍。水面の渦巻きは岸辺に沿って流れていく。



形式とか、韻とか無視してもっと要約してこれだけ取り出してもいいのかもしれません。

南京犀浦道,四月熟黃梅。
湛湛長江去,冥冥細雨來。

4月になると我が家には、梅が熟している。近頃続く雨に家前の川は水嵩があふれんばかりにを増している、
厚い雲で暗くなっていて小雨もしとしと降り続く、


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李白20 辺塞詩 (春思、秋思)

李白20 春思


春を迎えての思い。異郷に旅立っている男性を思う歌。留守を守る女性の立場で詠われた作品である。楽府題。五言律詩。


春思 李白 

燕草如碧絲,秦桑低綠枝。
當君懷歸日,是妾斷腸時。
春風不相識,何事入羅幃。


(男性が出かけている)北国である燕国の草は、緑色の糸のように(生えて春を迎えたことでしょう。
 (ここ)長安地方のクワは、(もう、しっかりと繁り)緑色の枝を(重そうに)垂らしている。
あなた(男性)が戻ってこられようと思う日は       
(それは)わたしが、腸(はらわた)の断ち切られるばかりのつらい思いをする時である。
春風は、顔見知りの愛(いと)しいあの男(おかた)ではない(のに)。
どうしたことか、(わたしの)寝床の薄絹のとばり内ら側に入ってくるではないか。

 ○韻 絲、枝、時、幃。

燕草如碧絲:
(男性が出かけている)北国である燕国の草は、緑色の糸のように(生えて春を迎えたことでしょう。 ・燕草:北国である燕国の草。 ・燕:〔えん〕北国の意で使われている。現・河北省北部。 ・如:…のようである。 ・碧絲:緑色の糸。 ・碧:みどり。あお。後出「綠」との異同は、どちらも、みどり。「碧」〔へき〕は、碧玉のような青緑色。青い石の色。「綠」〔りょく〕は、みどり色の絹。

秦桑低綠枝:
(ここ)長安地方の桑は、(もう、しっかりと繁り)緑色の枝を(重そうに)垂らしている。
 季節も変わり、月日も流れた…、という時間経過を表している。 ・秦桑:(ここ)長安地方のクワ。 ・秦:〔しん〕、女性のいる場所の長安を指している。 ・低:低くたれる。 ・綠枝:緑色の枝。

當君懷歸日:
あなた(男性)が戻ってこられようと思う日は。 ・當:…あたる。 ・君:(いとしい)あなた。男性側のこと。 ・懷歸日:戻ってこようと思う日。(彼女に告げていた)帰郷の予定日。

是妾斷腸時:
(それは)わたしが、腸(はらわた)の断ち切られるばかりのつらい思いをする時である。
 *この聯は、いつになっても帰ってこない男性を、ひたすら待つ身のやるせなさを謂う。 ・是:(それは)…である。 ・妾:〔しょう〕わたし。女性の謙遜を表す自称。 ・斷腸:腸(はらわた)が断ち切られるほどのつらさや悲しさ。

春風不相識:
春風は、顔見知りの愛(いと)しいあの男(おかた)ではない(のに)。 ・不相識:顔見知りの人ではない。知り合いの人ではない。

何事入羅幃:
どうしたことか、(わたしの)寝床の薄絹のとばり内ら側に入ってくるではないか。
 *わたし(=女性)の切なく淋しい胸の内を理解して、春風は慰めてくれているのであろうか。 ・何事:どうしたことか。 ・羅幃〔らゐ〕薄絹のとばり。

燕草如碧絲,秦桑低綠枝。
當君懷歸日,是妾斷腸時。
春風不相識,何事入羅幃。  
                     
燕草は 碧絲の如く,
秦桑は 綠枝を 低たる。
君の 歸るを懷おもう日に 當るは,
是これ 妾しょうが  斷腸の時。
春風  相ひ識(し)らず,
何事ぞ 羅幃らいに 入る。


李白21 秋思

 秋を迎えての思い。異郷に旅立っている男性を思う歌。留守を守る女性の立場で詠われた作品である。楽府題。五言律詩。


秋思

燕支黄葉落、妾望白登台。
海上碧雲断、単于秋色来。
胡兵沙塞合、漢使玉関囘。
征客無帰日、空悲蕙草摧。


秋の思い。
燕支の山で黄葉もみじが落ちるころ、妾わたしは白登台を望みます。
湖上のほとり、真っ青な空の雲も、遠く流れて消え、単于の住むところ、北の国には、秋の気配が満ちてきた。
胡の兵たちは、砂漠の塞に集結したという、漢の国の使者は、玉門関から帰ってきた。
出征されたお方は帰ってくることないのでしょうか、残された者は、空しく悲しい思い、あたかも香草が霜枯れするように。

 玉門関以西に出征したものの帰還はまれだった。本来、3年間が府兵制度の兵役であるが、なし崩しで守られなかったのだ。
 多くの詩人に詠われている邊塞詩、あるいは、この玉門関そのもの名で、あるいは、「涼州詞」と題し詠われている。王翰、王昌齢、王之渙、が詠っている。李白よりすこし先輩である。
 六朝時代より伝統的な戦場に行かないで戦場のことを詩に詠う形式も邊塞詩の特徴である。たいていは、これらには音楽を伴って、酒場などで歌われた。李白の詩は、酒代であったのだろうか。


 ○韻 台、來、囘、摧。

燕支に 黄葉もみじ落ち、妾は望む 白登台。
海上 碧雲 断え、単于 秋色 来る。
胡兵は 沙塞に合わせ、漢使は 玉関より囘る。
征客は 帰える日無く、空しく悲しむ 蕙草の摧くだかれるを。


(1) http://kanbun-iinkai.com
(2) http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/
(3) http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/
(4) http://kanbuniinkai.web.fc2.com/
(5) http://3rd.geocities.jp/miz910yh/
(6) http://kanbuniinkai06.sitemix.jp/

 辺塞詩を詠う詩人という特集を掲載している。

従軍行三首(其二)  王昌齢
 海長雲暗山、孤城遥望門関。
 沙百戦穿甲、不破楼終不還。

 青海湖そして長く尾を引く白い雲、その長雲で暗くなった雪の山々がある。はるか平原にただ一つポツンと立っている玉門関をこの塞から望む。
黄砂塵の飛ぶこの砂漠で、数えきれないほどの戦いをしてきたことか、こんなに鉄でできた鎧や兜にさえ穴が開いてしまっている、だけど、あの宿敵楼蘭の国を破らぬ限りは故郷に帰らないぞ!。

 辺塞詩であっても妻の口を借らないで出征した本人が詠ったとすれば、女々しいことは言えない。ただこの詩は、色が散りばめられている点が面白い。


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